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【ゲスト回#04】なっちも常にカッコつけていたい①
2022-05-19 33:04

【ゲスト回#04】なっちも常にカッコつけていたい①

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◇◇◇今回のカッコつけ◇◇◇(毎週ほぼ月木朝5時カッコつけ)

スベビビ」「聞くお惣菜」のなっちさんがカッコつけに来てくれました。と、いうよりバラバラにしてもらいました。言語化モンスターでした。尊敬してます。
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スベビビ:日々の気付きや悩みをお裾分けさせていただくひとり語りの番組です。
聞くお惣菜:なくても良いけど、あると嬉しい。

この番組は、九州で在宅ワークな日々を過ごす夫なっちと妻もちこの、昼休み中の気楽な雑談をお届けします。トピックは、食や暮らし、夫婦や育児、方言や英語教育に仕事観や人生観まで?きっとさまざま。

役には立ちませんが、リモートワーク中のひとりごはんのおともに、仕事の合間の気分転換に、締切前の現実逃避に?、だれかと雑談したい気分のときにふらりとどうぞ。
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なっちも常にカッコつけていたい①:いひひ
なっちも常にカッコつけていたい②:2022/05/20配信予定
なっちも常にカッコつけていたい③:2022/05/23配信予定
なっちも常にカッコつけていたいフル:2022/05/25配信予定
なっちさんダイジェスト:気が向いたら編集頑張ります。

◇◇◇前回配信◇◇◇#0093 カッコつけたせいで失恋した話 ▼AnchorApple Podcast

◇◇◇関連配信◇◇◇【ゲスト回】トートも常にカッコつけていたい ▼Anchor  ◆Apple Podcast

◇◇◇カッコつけた人◇◇◇ ボクのつぶやき 🕊Twitter:@iamloveboyfukui/ボクの日常 🎞instagram:@i_am__taiki_official

◇◇◇ご意見・ご感想◇◇◇ お聞きいただきありがとうございます。ご意見ご感想は#たいきは常にカッコつけていたい or #常つけ でツイートお願いします。喜びますっ!

◇◇◇たいきは常にカッコつけていたい再生回数TOP3◇◇◇ 第一位:ボクにとってのカッコつ第二位:#0044 祝日「は」「家族サービス」しなきゃ「いけない第三位:「怒りについて」のつもり

感想

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00:00
どうも、たいきでーす。いつもありがとうございます。 今回の配信はもう1ヶ月近く前かなに、
すべてにビビビって言う、あ、違うわ。 解明したやつね。すべビビのなっちさんが
と対談させてもらった時の音源ですね。 それをようやく配信させていただくことになりました。
なっちさんのことをご存じない方は、もう僕のこの配信を聞いていただいている人ではいないかなと思うんですけど、
新型オトナウイルスの初ゲストの方ですね。 僕もなっちさんのことをそれで知って、そこからなっちさんの
個人で配信されているポッドキャストすべビビを聞いてより好きになり、 あとは今はもちこさん、奥さんのもちこさんと一緒に
キクオソウザイというスーパーハッピーハートフルホカホカラジオを配信されてますけど、 そのそんななっちさんがゲストに来てくれたので一緒に喋ってます。
ぜひ聞いてください。 ぜひこのままお聞きください。じゃあ、いってらっしゃい。
どうも大輝です。いつもありがとうございます。 今日は久しぶりにこのポッドキャスト、僕のポッドキャストつねつけにゲストが来てくれてます。
まあじゃあ早速ゲストの方呼んでいきます。 おーい。
はーい。
来てくれた来てくれた。 来ちゃった。
自己紹介をお願いします。 はーい、なっちでーす。よろしくお願いします。
すべビビのなっちさんが来てくれました。ありがとうございます。 よろしくお願いします。
いやーすっごい緊張してます。 楽にいきましょう。
えっとなっちさんがここに来てくれた、つねつけに来てくれたのは、 えっとひぐち塾コミュニティのディスコードの方で僕がポロッと
愚痴のようなことを起こしたら、なんて言ったんだっけな、自分で 考えてたことがわかんなくなったから誰か助けてくださいって言ったらなっちさんが手を挙げてくれたので
ちょっと僕のことをバラバラに今から分解していただこうかなと思ってます。 いいですか、なっちさん。
頑張ります、怖い。 えっともう早速話すんですけど、僕って常にカッコつけてたいじゃないですか、カッコつけてるじゃないですか。
それがね、 なんでカッコつけてるんだろうっていうことを
03:03
分かんなくなってきたんですね。 理由があるの?
理由があるかどうかもちょっとわかんないんですけど。 なるほど。
なんでそう思ったかの前に、会社で
仕事でそこそこ関係のある、めっちゃ仲いいわけじゃないけどそこそこ関係のある人と喋ってて
仕事急に休まないといけなくなって、僕が子供の都合で休まないといけなくなったんですよねっていう話をしたら
あれ、奥さんは?みたいな話、疑問を言われたんですね。
で、僕的にはその奥さんが子供を見るんだ、妻が子供を見るんだっていうその固定概念、観念がその人にあるのかもなって思っちゃったんですね。
僕の方が思っちゃって、で、妻がその日は仕事が外せないから僕がっていう話をしたら
ああ、そういうの流行ってるよね、育免的なのって言われて、その人に
僕は流行ってるからそういう積極的に育児をしてるのかっていうふうに思って
僕的にはそういうつもりではなかったんですけど、流行りに乗っかって
男性も父親もお父さんも育児に参加するべきだっていう
そのべき論に僕は乗っかって育児に積極的に参加してるのかなっていう疑問が僕の中に1個はできたんですね。
それと同じような感じで考えてたら、結構僕は積極的に気候変動のことだったり
LGBTQ2のことだったりも、ジェンダーの問題も積極的に調べたり自分にできることはやっていこうとしてるんですけど
これも流行りに乗っからないとダメだと僕がどっかで思ってやってるのかな
そういうなんだろうマイノリティーの声を聞くのが流行りだと僕の中のどっかで思ってるのかなって思ってて
そういうふうにしてるのがかっこいいって思ってるのか僕はっていう声の小さい人たちの声を聞こうと頑張ってる僕を
かっこいいって思ってるからやってしまってるのかっていうのがあって、ここをもうちょっと考えたいんですけど
情報足りてますか?
うん、たぶん、たぶん大丈夫ですね
自分が大切にしたいと思っている考え方のうち
06:06
少数派が唱えているものとおそらく多数派が唱えているものとって
なんかその好きな考え方になるかどうかっていうバイアス自分である気がしますか
なんかそれがないと思ってたんですけど
もしかしたらその少数派だったり新しい意見だったりを積極的に聞いてる方が良いと
周りが思ってるから思ってるのかなっていうふうな
今そこぐるぐるしててどっちかわからないですまだ
どうありたいですか?
自分がどうありたいか?
なんかその少数派だから意見を聞くというのがまあたとえ
嫌だとしたら何を基準に自分は意見の良し悪しとか
自分で何を主張するかっていうことを決めたいですか?
やっぱり納得してない人がいることがたぶん嫌だと思うんですね
納得してないことがいることに僕が納得してないから
反発意見反対意見を聞こうとはしてるかもしれない
自分の意見がそこで変わるかどうかですよね
その人の意見を聞いて自分の意見が変わったり
意思が変わったり自分の意思って何だろう
絶対的に自分の意見っていうのがもしかしてないかもしれないですね
それはきっと僕にもないやつですね
ないというかあるのかもしれないんですけど
あるっていう保証ができないんですよね
あるっていう証明ができない問題だなって思って
自分が例えばこういう音楽が好きっていうのも
誰かが聴いてたからっていうきっかけがあったりとか
自分でレコードショップで見つけたやつとかだったとしても
そこのレコードショップの店主が好きだったから
そこに置いてたものであったり
確かに自覚してるものもしてないものもあるけど
胸を張ってこれは自分がゼロから気に入っているものだっていう
自信が持てることって僕ないなと思うんですよね
だからそのそれって考え方とか意見とかについても
きっと同じことが言えて
自分の意見っていうものをどう捉えるかっていうのが
迷いどころだし突破口な気はしますよね
09:02
そうですね
一個この話に関連して今思い出したのが
誰が言ってたんだっけ
めっちゃいっぱい本を読むと
いろんな人の意見が自分で理解できて
自分が思っていることの相対的な位置が明らかになる
みたいなことを言ってたんですよね
誰かが言ってたんですね
でもそれ自分の意見ってそういうことなんだなって
僕はそれを聞いて思ったんですよ
ゼロから作るっていうと
絶対的な位置っていうものが示せそうだけど
じゃなくて今世の中にはとか
歴史的に世の中にはこういう意見がいっぱいあって
それと比較して自分は今こう思っている
みたいなことだと思うんですよね
例えば少数派が唱えている
なんか一つの強い意見に強く傾倒していると
そことの結びつきが近すぎて
あんまり自分の意見だって
それを思えなくなっていくような気がしますね
結果同じ考えに行き着くとしても
その他のいろんなものから引っ張られて
バランスを取った結果
自分は今ここにいるんだっていう
プロセスを得られると
同じことを言うにしても
これは結構自分の意見味があるぞ
みたいなことが思えるのかもしれない
確かにそうですね
だから自分の意見って今までいろんな情報を得て
うちから出てくると思ってたんですけど
そういうことじゃないのかもしれないですね
で言うと
さっきのめっちゃ戻りますけど
マイノリティの声を聞くことを
で自分の意見ができてるんだとしたら
やっぱり悲しんでる人がいない状態を作りたい
悲しんでる人がいない状態を見てたいんですね
多分僕は
だから簡単に目を背けることはできるけど
その背け方も知らないので聞いちゃう
あれ自分の意見になってない
状況しか説明してない
自分の意見がまだ見つかってない
僕が嫌なのが
やっぱりその流行ってるからカッコつけてるのが嫌な
12:00
カッコつけるっていうのは
あいつ流行りに乗ってるなって
思われるのが多分嫌なんですね
上司から言われた話のことですね
そうそうそれが嫌なんですけど
流行りに乗ってたら
僕が流行りに乗ってるから言われるのは別に
しょうがないと思うんですよ
それが自分的には流行りに乗ってるつもりなかったから
嫌なんですけど
流行りに乗ってることが僕の中で証明されれば
しょうがないと思えると思うんですけど
ちょっとそこがスッキリしたい
そこをスッキリさせたい
はいはいはいはいはい
整理すると大輝さんが男性が育児に参加することというのは
普通のことであるというふうに捉えているのだが
それが流行りだからそう思っているのか
それは要はそれがかっこいいから
かっこいいと捉えられるからそう思っているとか
自らそう思っていて
それがたまたま流行りであったのか
っていうところが気になる
気になりますね
いやーわかんないですよね
例えば他の流行りが出てきた時とか
今まで他の流行りがあったらそれを思い浮かべてみて
それについてどう思うか
いうことを考えてみるのがいいのかもしれないな
っていうとさっきもちょうどって言ったんですけど
気候変動のこととかも
この時代に僕が生まれて
この時代に生きてるから気になってるのかどうかも
ちょっとモヤモヤしたりしますね
僕以外にもそういう声を言ってる人がたくさんいるから
そう思うのか
勝手に僕も一人でそういうふうに
気候変動のことを気にするようになるのかが
流行ってるからなのか
流行ってる流行ってないに関係なく
僕は思うのかも
やはり難しい問題ですよね
流行りだからそう思うっていうのは
個人の性質であって
別に良いとか悪いとかいう話ではないと思うんですけど
15:01
いやーなんだろうな
流行りかどうかっていうところもありますよね
少数派が言ってることって
流行りじゃないじゃないですか
確かにそうですね
だからなんて言うんだろうな
それが流行りに見えている社会であるっていうことを
ちょっとこれはうまく言えないな
そのような声を上げる人が目立つが
まだ流行ってはいないっていう状況ですよね
あるいはある狭いコミュニティとか
狭い年齢層の中で流行っている考え方である
だからもうその流行る境遇
流行りの中にいる流行るコミュニティに所属している人間としては
大輝さんとしてはもうそれは流行り
分かんないな
流行りだから考えているって言っても言わなくても
なんかもうあらゆる証拠から
どちらの証明もできるっていう気がしますね
そうですね
結局判断するのは己の心みたいな
僕はどっから見てるんだろうな
その流行りってなってるのもまず嫌なんですよね
そういう声が当たり前だと思ってるから
流行りとも思いたくないんですけど
流行りと思われるのが嫌なのか
今の流行りと思われるのが嫌っていうのは
大輝さんの姿勢について
流行りに乗っていると思われるのが嫌なのか
それとも男性が育児に参加すべきっていう考え方自体を
流行りと言われるのが嫌なのか
そっちですね
後者ですね
それも嫌だし
そう思った上で
男性が育児に参加するのが流行りと思った上で
大輝は流行ってるからやってるって思われるのも嫌ですけど
そもそもそれが流行り
SDGsも流行りだとは認識してほしくないですね
もう完全な社会課題だから
やって当たり前なことだと思ってるんですけど
18:01
流行ってるよねっていうのが結構気になっちゃう
だから流行りって言われることに
なんかこの軽視されているようなニュアンスを覚えて
ここに違和感があるみたいなことですかね
ああそうなのかな
じゃあ僕がどうのこうのっていうよりも
僕がやってることにどうのこうの言われてるのが嫌なのかな
あれでもなんで僕がカッコつけてるって考えたんだったっけ
それちょっと聞いてみたいですね
なんでだって
この僕にとってのカッコつけと
一般的なというか要は生きてるとか
ちょっとネガティブなイメージで使われるカッコつけが
僕の中で2個あるんですけど
僕にとってのカッコつけっていうのは
もう全く今回は置いといて
あの人カッコつけてるよねっていう
カッコつけだけで今日話しますね
今から話すのは
あの人カッコつけてるよねっていう
あの人が僕だった場合
あの人って父親として育児に参加して
カッコつけてるね
イクメンぶってるねって思われてるのって
僕が育児に参加してるぜっていうアピールを
してるからなのか
それとも僕以外の誰かに
育児に参加しようぜって
してるぜなのかしようぜなのか
どっちだかを発信してるから
発信してしまってるから
そういうふうに思われちゃう
別に思われて思ってるよって
言われたこともないんですけど
そこまで妄想した時に
なんで僕は発信してる
そういうふうに
そういうふうに見せちゃってるのかなっていうのが
ここがカッコつけてるのかもなーって思ってます
ネガティブな意味でカッコつけてるのかもなーって
よく見られたいのか
あーそこがあるかもってことですね
よく見られたいから
こっちの考え方の方がいいよっていう発信をして
実践しているということを含めて発信している
そうです
でも発信するモチベーションって
やっぱり人に知らせたいとか
巻き込みたいとかいうのはあるのかなと思いますけどね
21:03
どうなんだろう
でもツイッターに日記書くみたいな感覚で
発信も捉えられるか
チラシの裏に書いとけみたいな
煽り文句がありますけど
あれチラシの裏に書くのを
人に見せたいとか読まれたいとかではなくって
本当にチラシの裏に書いてるつもりで
インターネットに書くっていう姿勢も
あり得ますよね
あり得ますね
そのチラシの裏に書く代わりに
インターネットに書くっていう感覚を理解できない人しか
チラシの裏に書いとけっていう煽りは使えないなって思ったんですけど
だからカッコつけてんじゃねーよって言ったり
カッコつけるのは格好悪いって言ったりする人の側に
発信するということは
人にそれを知らせたいという欲求が
根っこにあるからなのだっていうことが
うんうんうんうん
そうですね
で大輝さんも今チラシの裏のことを
インターネットに書くのは自分には理解できないって
おっしゃったところから推察するに
発信するときには人に知らせるっていう欲がありますよね
ていうことですね
ありますね
だって僕が日記に書いてあることと
SNS、ツイッターで発信する内容って
イコールじゃないですよね
全く一緒じゃないですよね
だからちょっと変えて発信してるから
何かしら知って欲しいんでしょうね誰かに
それか今ちょっともう秒速で自節を覆しますけど
メディアが変わると考え方が変わるっていうのがあって
例えば紙にペンで日記を書くときと
パソコンにタイピングで日記を書くときと
ホワイトボードに日記を書くときと
携帯のフリック入力で日記を書くときとって
多分書くことが変わるんですよね
内容がですか
内容がです
例えば日記だとちょっと例がわかりにくかったかもしれないですけど
ある数学の問題への回答をそれで書くとしたときに
パソコンでタイピングで書くとコピペができるとか
書いた順序が入れ替えられるとか
24:00
っていうメディアの特性があるので
多分書くことが変わるっていうような
書くことってそういうことですね
でおそらく主張も変わると思うんですよ
変わるか
多分そのやりにくいからやらないみたいなことが
多分起こると思うんですよね
コピペできないから
これをもう1回強調して書くのは面倒くさいから
やめようっていうような
そういうフィルタリングが多分挟まっている
だからそういう視点で見ると
日記に書くこととインターネットに書くことっていうのが
根っこにある欲求とかじゃなくて
ただ書くことが変わるから書いてんだみたいなことも
言えなくはないなと思いました
そうですね
目的がそもそも日記に書いてるのと
SNSで変わるのは目的が違うって
自分ではっきりしてるので
目的が違うってはっきりしてるので
書くことも変わるし
目的もはっきりしてるって分かるってことは
やっぱりSNSでは見られるって分かってるんですよね
結局そうですね
分かってるから変わるんですね
それってある種当然かなと思ってて
大輝さんだって自分が強く発信していることを
みんながそう思うようになればいいのにって
ある程度思ってますよね
そうですね
だからそれはそういうものなんじゃないですか
だからカッコつけるっていう言葉の定義が
さっきの人に自節を知らせたいとか
自分の行動をアピールしたいということだったとして
それはその定義そのままカッコつけている行為である
という結論に至ってしまいますよねこれ
本当ですね
それが善なのか悪なのかみたいな話は
また別途あるべきだと思いますけど
カッコつけたいから発信はしてるんですね
カッコつけたいから発信してるってことは
すごくスッキリしましたね
スッキリしたというか一個ハテナは消えましたね
その新しい意見とか小さい声の意見に
賛成賛同するのが僕はカッコつけてるんですかね
27:02
マイノリティの声を聞くことが正義だと思ってるのかな
やっぱりよく思われたいのかな
当事者の声を聞いてるのを誰かに見せつけてるのかな
一個僕が答え候補になりそうだなと思ったのは
死ぬ時の自分とか自分の子供にとかですかね
子供には嫌っていうくらい言ってるかもしれないですね
死ぬ時の自分か
考えたことないな
それはありますね
死ぬ時にカッコいい大輝だったなって思って
死にたいですよね
我が人生に一片の悔いなしって
死にたらいかないですよね
そこまで言い切れたらカッコいいですけど
トータルカッコよく死にたいですね
そのカッコいいが分かってないけど
ずっとやっぱカッコつけてるんですね
カッコつけてて
カッコつけてるところも見て欲しいんだ
SNSで発信してるってことは
でもやっぱりなんで
そういう声とかを積極的に聞こうと思うのか
分からない
聞かない人がカッコ悪い
でも聞かない人カッコ悪いって思っちゃってるかもな
自分の意見と違う主張を聞かないのがカッコ悪い
聞かないのがカッコ悪い
それは感覚としては分かりますね
誰かの意見を猛烈に反対することって
意見とか思想を反対することってあるかな
主張を自分が取り入れようと思わないことと
その主張をつまらないものだと思ったり否定したりする
つまらないと思うのはいいんだけど
その主張を否定して変えさせようとするっていうことって別ですよね
その後者をやらないということを
多分大輝さんは今全部反省している
っていうような表現をしたのかなと思うんですけど
それはあるかもしれないですね
相手の意見を変えさせるとは思わない
でも相手が自分の僕の意見を変えさせようとして言ってくること
30:06
に対してはやっぱり反対しちゃいますね
例えば具体的に言うと
宗教の勧誘にあったとか
神はいるんですよみたいな感じの話をした時に
神がいてもいなくてもいいのに
いない方の意見を思い浮かべまくっちゃいますね
いない方の意見を思い浮かべる
はいはいはいはいいるんだぞと強く主張されると
いない
でもこういう理由でいないとも言えるし
そのいるっていう主張はこういう意見があるから
間違ってるんじゃないですかっていう風に
直接言うかどうかは別としてめっちゃ思いますね
それは結局あれですよね
自分の身を守るためみたいなことですかね
の過剰反応かなと今聞いてて思ったんですけど
そうなのかな
なんかその自分の意見を自分の主張を
曲げようとしてくるものに対して
拒否反応を示すっていうのはすごい普通だと思うんですよ
でその拒否反応というのが受け流すっていうことであれば
それでもいいしじゃなければ
自分の意見を曲げようとしてくる主張を否定することっていうのは
防衛として適切な主張かなとは思いますね
その相手の意見っていうのは大事だよっていうのは
暴力にならない範囲でっていうのが結構絶対だなと思っているんですけど
確かにな
だからそこは非常事態なので
今そういう場合もあるなって言って
話をそこでそれを考慮に入れるっていうのは
別にしなくてもいいんじゃないかなと思います
相手の話を尊重するということの反例として
相手が暴力を振るってきた場合っていうのは
結構な特殊ケースだと思う
基本的に聞こうとしてるし
賛成しようとしてることが
やっぱり僕の中でかっこいいんですかね
ちょっと別の話しますけど
33:00
次回へ続きます
33:04

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