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  父親が80歳になりました!共感は理解からではなく解釈から生まれる
2026-07-31 11:57

父親が80歳になりました!共感は理解からではなく解釈から生まれる


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サマリー

パーソナリティの父親が80歳の誕生日を迎え、妻の発起で初めて誕生会が開かれた。これまで誕生日を祝う文化がなかった家族の中で、妻や姉が「誘われたら後悔しないように受けたい」と話したことから、パーソナリティは、人は他者のために行動を選択できること、そして環境によって意思決定が左右されることに気づかされる。年齢に関わらず、異なる価値観を持つ人々との交流や新しい場に参加することの重要性を語る。

冒頭の挨拶と近況報告
はい、みなさん、おはようございます。 こんにちは。こんばんは。
えー、2026年7月31日、金曜日、高橋ツカサです。
この放送は、ペアレンビール営業部長の高橋ツカサが、 日々の仕事や生活の中での学びや気づき、
そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
みなさん、こんばんは。
えー、いかがお過ごしいでしょうか。
7月もね、最後の日ということでございますけれども、
森岡では、8月1日の明日から三作踊りが始まりまして、
4日間ですね、夏の風物詩が始まります。
私は、そのうち4日間、全部なんですけど、そちらに出展し、
かつ、昼はきちんと仕事もし、みたいな感じでですね。
まあ、ちょっとハードかな。
まあ、でもね、そんな日もありますし、
頑張りどころで頑張るっていうのはね、大切かな、なんていうふうに思っております。
父親の80歳の誕生日と誕生会
さて、今日はですね、私の父親が80歳の誕生日でお誕生会をしたんですよね。
で、このお誕生会にまつわる話をね、少ししたいんですけど、
この誕生会、実は、えー、発起人は私の妻でして、
で、多分、これ妻が言わなければ、私の家族ね、高橋の両親や姉、弟は絶対こんなことしないと思うんですよね。
というのも、昔から誕生日を祝ったことがなくて、
僕自身ももちろん祝われたことがないんですけど、
なので、そういう文化がないんですよね。
だから、祝われないからといって、特に嫌な思いをすることもないし、
祝おうとするつもりもないし、逆に言うとね、
なんかね、全く執着もないんですね、そこにね。
だから、誕生日っていう一つの節目に対しても、
普通に365日のうちの1日くらいの間隔で、特別な1日として認知してないんですよね。
だから、私は本当に両親の誕生日をずっと覚えられないし、兄弟の誕生日もそうなんですけど、
うちの両親もぼんやりとしか多分覚えてないと思うんですよね。
祖父もね、生きてたときにはそんな感じだったんで、
なんでこうなったのかな、忙しかったのかな、みんな。
だからね、あんまりやらないもんでしたね。
で、誕生日を祝うごと時代、なんか西洋文化みたいな感じなのかな、みたいな。
そういう子供ながらにね、誕生日とクリスマスは日本の文化じゃないんじゃないかっていうふうに思ってて、
全然なかったですね、そういう文化がね。
で、そんな話が、そんな感じなんだけど。
で、妻がね、うちの父親が80歳だから、誕生会しましょうよと。
しかも8月1日なんですよね、誕生日がね。
だけど、僕もすっかり忘れてたんだけど、覚える気ないんだけど、
8月1日って毎年お祭りがあるから、
もう23年、私がレアレンビリーに入ってからもそうだし、
前職の時もそうなんだけど、一度も父親の誕生会なんかしたことないんですよね。
だから覚えてもないし。
で、そんな中、妻がそれを言い出して、
80歳という節目だからということで、それを行うことになるということなんですよね。
母親と姉の反応から学ぶこと
で、この話ね、うちの母親にしたんですよ。
その時の回答がすごく印象的だったんですよね。
っていうのも、妻が父親の誕生日を祝いたいって言ってるんだけど、
80歳の誕生日、どうするって。
当日は無理なんだけど、前日の7月31日に時間取れるって聞いたら、
母親は、そうね、何とか別に用事もないし、いいかもねって言ったんですよね。
で、その後に以前、都合が悪くて断ったことがあったんだけど、
すごくその時やっぱりやっとけばよかったなって後悔したから、
今回は、誘われたら必ず受けるようにしようってその時決めたんだよねって言ったんですよね。
で、それ聞いた時に、あ、そんな風に思ったんだってちょっとハッとしたんですよね。
っていうのも、母親も当然誕生日全然気にしないから、そんなことはどうでもいいっていうか、
あまり気にもしなかったんだけれども、断ることによって誘った側が悲しいんだと。
で、受けることによって誘った側は喜ぶと。
こういうお誕生会とかそういうもの、文化的なものも何でもそうなんだけど、誰かが関係するようなことって、
自分が共感するしないに関わらず、受け止めれば喜ぶっていうものが相手に見えるわけですよね。
それを見ることによって自分も、あ、いいことをしたなというような気持ちになれると。
だから、やろうというような意思決定の選択もあるんだなって思ったんですよね。
自分がやりたいからとか、自分が嫌だからとか、そういうことではなくて、
あの人が喜ぶからとか、あの人に誘われたからとか、そういう選択もあるなと。
そしてね、年齢も年齢なんでね、やっぱり思い出に、思い出を一つずつ作っていくっていうことに対して、
その節目を、節目の機会を、自分とは違う感覚の人から与えてもらうっていうことに対して、
すごく感謝をしているんですよね。
それに僕はすごく感動したというか、素直に、いくつになっても人から影響を受けて変わることができるんじゃないのかな、
なんていうふうに思ったんですよね。
これ、うちの姉にもね、今日都合が良かったら来れるって聞いたら、
ああそうね、前に誘われて後悔したことがあったから、誘われたらまず何とかしようって毎回思うんだよねって言って、
姉も同じことを言ってね、参加してくれたということがありました。
意思決定と環境の影響
このことから僕が思ったのは、やっぱり誘われるということだけではないんだけど、
意思決定の選択って自分の中の価値観だけじゃないし、やっぱり環境でも変わるなとも思うんですよね。
全て自分の意思で決めているように見えるけれども、実際は決めることができる環境を作ってもらっているっていうような、そんなこともあるんじゃないかなと思うんですよね。
だから記録を見返せば、おそらくうちの父親は80歳の誕生日を祝ってもらう、そんな場を作ってもらったと。
そういう場に私は出かけたんだっていうような記録が残って、記憶も残って、思い出として残るわけだけれども、
それ自体はやっぱり父親一人では作れないわけですよね。
誰かが言ってくれて初めて受け止められると、そういう場を作ることができると。
同様に母親だって私だって、何も声掛けされなければ、そんな思い出は作れなかったと思うんですよね。
だけど声掛けしてくれたから、そういう意思決定ができたと、そういう選択ができたと、そういうふうにも思えるわけですよね。
何が言いたいかというと、自分のこれまで決めてきたこととか選んできた選択肢っていうのも、
これもまた自分一人で選ぶことができた選択ではないと思っているんですよね。
結局は環境によって選ばされているとも言えるんじゃないのかなというふうに思っています。
新しい場への参加の重要性
なので今回思ったのは、何事も自分の価値観だけでとらわれずに、
やっぱり違う価値観を持った人からのお誘いとか、そういった場には意識的に出ていったほうが、
自分の後から共感できたということがあるんじゃないのかなというふうに思います。
共感できると思っていくことと、行ってみたらやっぱり共感できたということ、
これと全然違うことだと思うんですよね。
だからいくつになっても新しい場に出ていくとか、そういったことも大事なんじゃないのかなと思ったので、
今日のシェアとさせていただきました。
エンディング
はい、ということで今日の放送は以上です。
すいませんね、深夜に収録しているもので、ちょっと小声になってしまいましたけれども、
最後まで聞いてくださってありがとうございます。
また明日お会いしましょう。
さよならバイバイ。
11:57

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