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両親の働き方から見た、正しさより楽しさの重要性。
2026-04-19 10:55

両親の働き方から見た、正しさより楽しさの重要性。


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00:05
はい、皆さんこんばんは。2026年4月19日、日曜日、高橋ツカサです。
この放送は、現役ベンチャー企業の管理職、高橋ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
皆さん、こんばんは。今日も元気よくやっていきたいと思います。
今日はですね、非常に暖かい1日でしたが、日曜日で、私はね、農作業をしておりまして、今ね、お米の種まきをしております。
農業をやったことがない人は、ちょっとイメージつかないかもしれませんけれども、ちょっとだけね、種まきの話をすると、
お米って、米粒を田んぼにまくわけではなくて、一旦苗箱っていう、そうだな、30cm×50cmぐらい、高さが5cmぐらいの薄いプランターみたいな、そういうね、長方形の薄いプランターみたいなところに、
土をまいて、稲の種をまいて、そして、何でしょうね、少し芽を出させてから田植えをするっていうね、そういう流れなんですね。
で、その苗箱に種をまくっていう作業が、今日の作業だったんですね。
で、この作業を、今日やってたんだけど、今日お知らせしたい話っていうのは、僕のね、心境の変化みたいなものなんだけれど、
うちの両親とか、一緒に農作業をするご家族と、一緒にね、二家族でこの作業をするんですね。
で、私が小さい頃からこの農作業っていうのをやってまして、で、この農作業がね、僕はね、すごく嫌いだったんですね。
本当に嫌だったんですね。何かっていうと、すごく非効率な仕事の仕方をしているのね、この農業っていうのが。
で、肉体労働だからすごい大変だし、効率的じゃないし、何なんだろうなと。
その上、私はおじいちゃんから、お前は農家の孫だから、将来は農家だからっていうふうにね、将来を押し付けられているような、そういう、
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幼少期だったんで、小さい頃はもう本当にね、毎朝神棚に向かって、どうか私は農家を継ぎたくないので、農家だけはやらせないでくださいということを神様に祈ってたっていうね、そんな幼少期だったんだけど。
まぁ、ちょっとね、余談だったんだけどね。で、そんな私が農業に対して、最近非常に大変な仕事だったけど面白かったなというふうに思えるようになってきているんですよね。
それは何かっていうとね、非効率な中にも楽しみがあって、それが農業というかお仕事なんだなというふうにちょっと思えた瞬間があったんですよね。
で、両親や、両親も高期高齢者だから、記憶がそんなに不確かなものを毎年毎年、一年に一回だからね、種まきも含めてね。
だから、作業を毎年思い出しながら進めていくと。で、思い出しながらやるんだけど、毎年同じところで失敗するんだよね。
失敗はするものの、メモも記録も残さないと。失敗と言ったらなんだけど、つまずくというか、工程が、仕事の進み具合が遅くなるっていうね、効率的じゃないっていうふうに見えるわけね。
で、それを毎年見てて、私自身が本当になんだこんな学習しないのかなっていうふうに思ってたのね。ずっと。だからもうすごくイライラしちゃって。
で、こういう仕事、例えばね、流れ作業の中でやるんだったら、手渡しの方が早いんじゃないかとか、ここに椅子を置いた方が効率がいいんじゃないかとか、腰を痛めないようにするにはこういう動きの方がいいんじゃないかとか。
まあそんなことをね、いろいろ言ったり、あとここにはメモを貼った方がいいんじゃないかとか、こういういちいち何回も何回も数えないで、数えたらここにこういうふうな紙を挟めばいいんじゃないかとか、まあそんなことをやるわけね。
で、やるんだけど、今日ね、やりながら思ったんだけど、今年はね、なんか心境の変化があったのか、自分が変わったんだと思うんだけど、そういう今年もまた同じような農作業の中の非効率な会話が生まれているんだけど。
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また言ってんの?これとか思いながら。
だけど、今年はなんかね、あんまりイライラしなかったんだよね。
それで、どこかその会話を楽しんでいる両親と一緒に仕事をしている家族の方々がいるんだけど、いて、
あ、待てよと。そもそもこの農作業に対して、もう70、80のうちの両親や、そのね、一緒に仕事をしている農業をやってくれるご家族の人たちもそうなんだけど、そもそも生産性とかそういう話じゃなくて、楽しんでんだなと。
毎年間違う会話も、間違う作業の内容も思い出しては、また同じことを言っているよみたいなことを言っているこの会話のやり取りも、そして苦労すらも、全部これ楽しんでんだなと。
だからそんな風に思うと、生産性とか正しさみたいなものだけがこの農業において、全然ね、正解じゃないというか、取り組み方の姿勢としてはこれ違うんだなという風に思ったんですよね。
失敗すら思い出して間違うことすら楽しんでいるというか、そんな人生を味わっているような感じだったんですよね。
そうやってみると、すごく自分が速さとか効率とか生産性とかを押し進めるというか、押しつけているような発言をしてきたことに対してちっぽけだなという風に感じたんですよね。
で、楽しいの?そんなことやってっていうことに自分の胸に手を挙げて考えたときに、楽しいんだろうかという風に思っちゃったんですよね。
少なくともうちの両親は楽しんでやってるなと。確かにのんびりやってるし、間違えることも多いし、思い出すことも去年と同じことをまた間違えるというか、つまずいたりしながら仕事をしているけれども楽しんでいる。
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一方で、自分は何なんだろうと。常に正しいことを正しいというか、生産性を高めなきゃなと思いながら、やりながら、壊しながらみたいなものを考えている。
そんな仕事をしているんですけど、何なんだろうなと、この違いはというのをものすごく感じた一日だったんですよね。
皆さんはどうですかね、お仕事。時につまずいたり失敗したり、いろんなことはあると思うんですけど、それもひっくるめて楽しんでいられればいいかと思えるんじゃないのかなと思うんですね。
そんなことをね、うちの両親を見ながら農業を手伝って一日もしてたっていうね、そんな試合でした。
はい、ということでね、これが何かいい皆さんのプラスになるようなお話かどうかはちょっとわかりませんけれどもね。
まずはね、今週も一週間お疲れ様でしたということで、また明日から月曜日、一緒に頑張って参りましょう。
はい、ということで今日もお疲れ様でした。最後まで聞いてくださってありがとうございます。また明日お会いしましょう。さよならバイバイ。
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