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はいみなさん、おはようございます。 2026年3月22日、日曜日、ツカサです。
この放送は、現役ベンチャー企業の管理職、ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、そしてビールを通じて豊かな人生をお届けする番組です。
みなさん、おはようございます。 今日も元気よくやっていきたいと思います。
今日はね、3連休最終日ということで、みなさんね、のんびり過ごされている方も多いんじゃないでしょうかね。
私の家ではですね、息子が久しぶりに帰ってきまして、どうやら友達を呼んでバーベキューをするということで、
息子もそうですけれども、娘も新生活に向けた、今度はね、新しい生活に向けたいろんなものね、手続きとか買い物とか、最終的な追い込みに入っているようなんですよね。
各有、私は何をやっていくかというと、読み残している本の追い込みとですね、この後ですね、会社に行かなければいけないので、その準備ということなんですけれども、
新しい生活に向けての動きがね、みなさん活発になっているんじゃないかなというふうに思っています。
今日はその中で、テーマとして言葉の力というようなシェアをしたいんですね。
これ何かというとね、私はクーリエ・ジャポンっていう雑誌、今はデジタルになりましたが、このデジタルメディアを有料記事、お金払ってね、読んでいるんですけど、
これがね、まだデジタルになる前ですね、2015年の7月号で紹介されました。
言葉の力というね、タイトルで、世界1500メディアからの記事を厳選された、このクーリエ・ジャポンの雑誌、組まれているんですね。
これをね、たまたまね、自分の家の本棚が整理していたときに出てきて、結構ね、付箋がついていたんですね。
私は本を読むときに付箋をつけながら読むので、おお、なんだなんだ、こういうことにこの時は気になったのかなというふうに、付箋を見ながら思い出していたんですけど、
で、今回のね、読んでて、例えばね、この10年前ですね、まだですね、兄弟が狂弁を取っていらっしゃった、あの人は哲学者なのかな、違うな、
滝本さんってね、鉄踏みさんってね、もう亡くなりになったんですけど、武器としての交渉術、交渉志向とかね、あとはいろいろとあります。
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ありますが、今日シェアしたいのはね、映画のセリフですね。
やっぱりね、いろんな映画ね、映画といえばね、やっぱり監督が伝えたいものを全力で伝えるために作られる作品なんで、
その中で、主人公だったり脇役に喋らせる、語らせる、そのセリフっていうのはかなりね、宣伝されてるなっていうふうに思うんですけど、
この中で、映画評論家、2015年の時に映画評論家の町山さんね、町山智寛さんっていう方なんですけど、この方がピックアップした人生の意味を考えさせられる傑作映画の十の名言っていう記事があるんですが、
そこで紹介されてきた言葉がね、まあちょっといろいろあるんだけど、いろいろいい言葉が出てるんだけど、一つね、紹介したいんですね。
これね、映画セッションっていう映画。これはジャズの映画なんですけど、その中で紹介されている言葉なんですが、軽くこのセッションっていう映画を紹介すると、
主人公の28歳の男性が、ドラマーとしてね、一流を目指していくっていう、そういうストーリーなんですね。そこで、その主人公をしごきまくる鬼教師がいるんだけど、
このね、鬼教師と主人公の間での物語、そしてそれを素直に聞いていた主人公が、そのうち浸透していくんだけども、なるほどーなんて思っていくと、実はそれが大きな罠として動き始めて、てんてんてんみたいな。
そんな映画なんですけど。で、このね、鬼監督というか鬼教師がいるんだけど、ちなみに鬼教師はね、この年アカデミー賞を受賞しました。はい、この鬼教師役のJKシモントさんですね。
で、まあそれちょっと一旦置いておいて、何をこの鬼教師が言っているかというと、よくやったという言葉ほど、害悪な英語はない、みたいな鬼ですね。
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まあそういう言葉を残してですね、かなりね、映画の中では深い言葉になっているんですが、この鬼教師はこの新人ドラマーに対してかなりしごきまくるんだけど、その中でね、人は褒められると努力をやめてしまうという意味で、この言葉を送るんですね。
で、これはね、僕らマネジメントに関わる中間管理職の立場としては、すごくこれが本当にいいのかって考えさせられる言葉なんだけれども、これはちょうど11年前ですね。2015年なんで、11年前の時の映画の話なんですけど。
どうでしょう皆さん、これ今言ったらハラスメントになるかな?ならないかな?スレスレかな?っていうね、そんな気がしますね。
この言葉の解釈はいくつかあると思うんですけども、僕は大きく2つあると思ってて、そのよくやったっていう言葉っていうのは褒めるっていう意味で捉える部分と、もう一つはここまでやりましたっていうゴールをコーチが決めているっていうね、この2つじゃないかなと思うんですけど。
前者の褒めるっていう言葉、言葉としての褒めるという意味ならば、いい褒め方、悪い褒め方があると思ってて、このいい褒め方、悪い褒め方はどこが違うのかっていうと、いわゆるフィードバックだと思うんだけど、
フィードバックっていうのは、僕が思うのはね、やっぱりその人の行動を変えるためのフィードバックであって、良くも悪くも変わっちゃうんですよね。
だから、いい方向に変わるようなフィードバックが必要で、そのためにここはよくやったねと、そのプロセスに対して言うのがよくやったという言葉であって、褒めてるということではないと思うんですよね。
本当はね。なので、褒めるっていう言葉イコールフィードバックと言い換えることができるならば、そのフィードバックっていうのは、良くも悪くもあって、悪いフィードバックっていうのは、いいフィードバックっていうのは行動変容させるための起動修正のための言葉だと思うんですね。
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で、悪いことはっていうのは、ただただ家庭を褒めるみたいなことで、例えば、あなた昨日徹夜すごい頑張ったね。徹夜してまだここまでやったんですねみたいな話っていうのは、この行動は徹夜の方に意思には行ってしまって、結果の方はあまり重要視しないように見えるんですね。だからこのフィードバックっていうのはあまり良くないと思うんですよね。
なんていうふうに思うわけです。で、もう一方では、ゴールをどこに設定してるのかっていう、ここまでやりましたねっていう設定をコーチが決めるんですかというような意味合いでの良くあったという言葉。
これもやっぱり良いところ悪いところあると思うんですけども、この良くやったっていうことを、いわゆるゴール設定なんですけど、ゴールを本人が決めたら良くやった、本人が決めたらゴールなのか、それともコーチが決めたら良くやったのかっていうのはゴールなのかっていうのは全然意味合いが違ってて。
やっぱりコーチは本人に対して高いところを目指してゴール設定してもらった上で、結果届かなかったけれども、プロセスとして良くやりましたねというゴールならば良いと思うんだけれども、達成しちゃったねという意味での良くやりました、ニジュアルみたいなものはですね、この先伸びないと思うんですよね。
なので、これについてはまた気をつけて言わなきゃいけない言葉かなと思うんですよね。
いずれにせよこの良くやったっていう言葉っていうのは、時間軸で見るとですね、一つの区切りのようなものに見えてしまって、それ以上終わりですっていう風になりがちなんですけど、気をつけて言わなきゃいけない本当の理由は、これは積み重ねていく上での過程なんだっていうこと。
それは前提としてあって、その上で使う言葉かなという風に思っておりました。ということでね、今日の放送は以上です。
今日はね、言葉の力というか、映画の名言を引用して良くやったという言葉ほど、外役な英語はないというね、映画セッションの名言からシェアさせていただきました。
はい、今日の放送は以上です。この放送が皆さんのお役に立てたら嬉しいです。皆さんもね、何か名言、自分を動かした言葉、心に残っている座右の銘みたいなものがありましたら、シェアしていただけると嬉しいです。
ぜひ、いいね、コメント、いいね、コメントでフィードバックしていきましょう。それではまた皆さん、明日お会いしましょう。さよなら、バイバーイ。