約束の変更とメールの利便性
前日の深夜に体調不良だからって、翌日の約束を急遽今日アンセルされちゃいました。 思考は完成させなくていい。
TheThinkingTrack 気になったテーマを深まり。
改めまして、今回はメールは約束を軽くしたのかをテーマに進めてまいります。
はい、気づいたのその約束の時間だったんですね。
メール見てない私が歩いてはそれまでなんです。
ただ、メールを送ってきたのは前日の深夜で当日特に電話連絡もなし。
メールって深夜でも連絡できるから便利なのは間違いないです。
と同時に顔が見えないから気まずいこと言いやすい。
ドタキャンとかもそうですよね。
声も聞こえないから相手の状態も全くわからない。
このメールというツールが普及したことで、良い部分ではない逆の部分、負の部分、人との約束を簡単に変更できちゃう。
罪の意識なく、そんな風潮が特に都合の悪い時ほど広がっているようなことはないか。
特にデジタルネイティブ世代において。
気のせいなんでしょうか。
コミュニケーションの心理的コストとメール
まずコミュニケーションの心理的コストの話。
電話とか対面だと相手が怒ったりもしますし表情もわかっちゃう。
反応がリアルタイムに見える。
声だけでもトーンとか沈黙があったりとか、体調悪ければ声が出ないとかそういうのもあります。
断られる側はそういう情報を得られるし、それが良さでもあったりするんですけども。
逆に断る側においては、相手の反応が見えない分、一方的に送りつけるだけだから。
心理的負荷がかからないメールだと。
それがゆっくり言い訳も考える余裕がありますよね。
アドリブで電話だとその場でリアルタイムに答えないといけないので詰まってしまったりとか、
あらぬ言ってはいけない余計な嘘を言ってしまったりとか、ボロが出てしまう。
メールの場合はそれがない。準備できるからね。
これがメールの良さでもあり特徴でもあり、社会的摩擦。
ソーシャルフリクションが下がると言われる部分でもある。
でも結果何が起きるかというと、断るハードルが下がっていく。
つまりは予定変更しやすくなり予定変更が増えていく。
そんな効果があるのではないかと。
仮予約文化とデジタル世代
デジタル世代の研究で仮予約文化っていう表現があるそうです。
弱い約束、仮予約。
昔って一度決めたら基本確定じゃないですか。
決めた変更する連絡ができないからなぜなら当日。
例えば駅に行って駅で待ち合わせしました。
駅で立っている人に伝言するツールがない。
だから伝言版、黒版ですよね。
チョークで書く伝言版なんかが昔ありました。
今は携帯電話お互いに持っているのでどこにいても連絡がつく。
連絡がつかなかった頃は変えると多大な迷惑がかかるから変えないのを基本にしていた。
ところが今ってとりあえず入れといても後で簡単に変更できるから
会わなくても電話一本メール一本で連絡つくし
再確認を何なら年入りにやるなら直前にまたやればいい。
その時の状況で相手がオッケーなら、お互いオッケーなら調整しよう変更すればいいじゃないか。
ということで仮約束的なものが増えているというのが現状のデジタル世代だそうです。
Tentative culture、仮予約文化というらしいです。
英語圏ではsoft commitment、柔らかい約束なんていうこともあるそうです。
別にこれが悪いっていうことを私は言いたいわけではありません。
約束の固定化の難しさと不便さ
その文化が広がっていくと予定が固定化しにくくなっていく。
変更できる前提で予定を入れちゃうので、一度決めても結構緩い予定で簡単にそれが崩れていってしまう。
それ便利なようで実は不便なんじゃないかと思うんです。
だって勝手に他の予定を万難廃して調整したのに無くなっちゃうんだったら他の万難廃する予定を変えなきゃよかったって。
何にも定まらなくなっていく。
これって昭和世代の感覚なんでしょうか。
ドタキャンの実態と行動様式の変化
で、面白いお話があって研究結果なんですけども。
若い世代ほどドタキャンは手軽にやってるように私感じたんですけども、ドタキャン失礼って思ってるそうなんです。
そういうデータがあるんだそうです。
本当かよって気もしますけども。
決して倫理観が弱いわけでもないし。
ただ単に便利なツールがあるからそのツールによって行動が変わっているという側面が強い。
そういう見方です。
都合の悪い時の連絡と行動回避
でもさ、私なんかもやる理由は、
都合が悪い時ほどこういうメール一本でその後のフォローの電話もないみたいな。
要望する時はメールだけじゃなくて再確認とか念押しとかいろんな手段が来るのに。
断る時だけは知れへと軽く連絡が来る的な感じがしてるんです私。
でもこれって心理学的に言うと行動回避の低コスト化っていうことでおかしくない。
気まずい状況の時ほどテキストでの連絡が使われていくわけです。
遅刻するもそう、お断りもそう、約束の変更だってそうです。
だから電話じゃないし対面でもないしメールなんですね。
技術が進歩して何が起きたか、誠実さが劣化したように感じてもいたんですが、
そこまで大げさなものではなく、ただ単に約束の重さが変化した、軽くなったってこと。
昔は約束といえば揺るぎない約束であり重たくて固定的なもの。
今は約束とはいえ一旦仮決め的な調整がいつでもできる。
そんなように変化しているのではないかと感じた次第です。
まとめと免責事項
はい、今回はこの辺りで。皆さんどのようにお考えでしょうか。
悪いことばっかりじゃないんで、否定的なことを言いたかったわけではないです。
誤解なきように聞いていただけたら嬉しいです。
最後にお断りです。
この配信では身の回りでセイラージーが感じたことを基に、ネットやAIなどから得た情報も参考に構成しています。
正確性についての保証はいたしかねますので、くれぐれもご自身で最終判断をしてください。
疑わしき情報やお気づきの点がございましたら、お知らせいただけると助かります。
思考は途中にこそ価値がある。
ここだけの話ですけどね。
私、今回メールに全然気づかないで約束通り本人の家へ訪問しました。
もちろんね、不在でしたよ。
体調悪いってことでしたけど、寝てんのかもしれないし、起き合いもあったし、出かけてんのかもしれない。