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では、そっちゃそです。この番組、そっちゃその語学ラジオでは、 語学学習というテーマを軸に、その本質やあり方について哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeで公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再構成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や採用中など、長ら時間でもぜひお楽しみください。
それでは、今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは。今回も配信を始めたいと思うんですけど、 今回より前の配信で、英語学習の方法について色々と説明しました。
英語学習で取りに行く知識体系というのは一つなんですけど、 それを取りに行くための手段・方法論というのは、無限に近いくらいを足したように存在しますし、
順番もまちまち、やることもまちまちで、 これが正解というのは、すごく正解を出しにくいという状況があるというのを説明しました。
じゃあどうすればいいのかという、 自分で何をやるかというのを考えて判断して決めるというプロセスが必ず必要なんですけど、
その時に各々が、学習方法は人それぞれでおしまいと言ったら、 その通りなんですけど、ちょっと何をすればいいか分からないですよね。
方法を見つけるための方法が欲しいですよね、普通。
今回はそういう話、方法は人それぞれで完結しないようにするために、 何をよりどころにして学習を進めていけばいいかという話を、僕なりの考えを解説したいと思います。
方法を定める手法というのは多分二つあって、 方法というか具体的には次に何をするかでいいと思います。
次に何をするかを定める方法というのは二つあって、 直感的に何となく決める方法と、合理的に論理的に定める方法があります。
直感的にというのは、むしろ直感的に何かを決める方が人生多いですよね。
人間は1日にものすごい何枚かやったかな、それくらい判断をしているらしいんですけど、 その判断って99%くらいは合理的ではないですよね。
歯を磨く時に上の歯から磨くか下の歯から磨くかとか、そういうのって合理的に決まらないですよね。 完全に何となく決まっていると思います。
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理由がなくて、ただでも特に迷いなく決めてますよね。
そういうのが何となく決めるというところで、 これも一つの判断のモードになります。
もう一つの合理的な方法というのは、複数の選択肢があったとして、 まず選択肢を並べて最も確からしい、最も効果のあるらしい手段を、
データなり過去の経験なりから推論的に判断してこれだというのを決めて、 それをやるというのが合理的な判断ですよね。
ポイントは、英語学習でももちろん何となくやるというのと、 合理的に考えてやるというのが2つのモードがあるんですけど、
どっちが良いとか悪いとかそういう話じゃないですよ。
直感的にやるよりも合理的にやった方がOKとか、 逆に直感的に進めた方がOKという感じじゃなくて、
これはどっちも良いところがあるので、 お互いを活かしながら進めるのが良いんですよ。
僕はよく論理と直感の両輪を使うと言ってます。 竹馬みたいなもんですよ。竹馬って竹に足掛けるところがありますよね。
竹馬って2本あるんですけど、前に出すときに片方ずつ出しますよね。
それと同じような感じで、論理を前に出すときと直感を前に出すときが 交互に来るみたいなイメージだと思います。
だから決してどっちが良いとか悪いとかじゃありません。
なんでそういうことをしなきゃいけないかというと、 英語学習の方法にはさっき言ったように論理的にビシッと定まることと定まらないことが多いんですよね。
どっちかというと論理的に定まらない方が多いと思います。
そういう部分って唯一の正解出せないですよね。合理的じゃないですから。
だからそういうときって本人の感覚とかセンスに頼るしかないんですよね。
これが良い、これがダメっていうのは理由なく、なんとなくこれが良いんじゃないかっていうのは 本人のセンスに頼るしかないですよ。
だから直感を結構注視しようというふうに僕は言っています。
例えばですけど、合理的判断っていうのは結構楽なんですよ。
合理的判断ってよく頭を使って考えてあれこれなんやかんやした結果、 合理的な判断をしますけど、
これって一見すごく頭の良い人しかできないように感じませんか。
実はそんなことはなくて、合理的判断っていうのは今ではすごく楽になっています。
論理で固めて、論理で結果を出すっていうのは誰がやってもそれは似たような結果になりますから、
何ならもう既に誰かがやっている可能性があるんですよ、論理的に結果を出すっていうのは。
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そういうのこそネットとか書籍はされるべきなんですよね。
要するに誰か他の頭の良い人が既に考えて結果を出しているものをそのまま使えばいいんですよ。
だから、論理的に決まるものほども答えがあるんですよね。
それは素直に答えを探ればいいわけですよ。
そこに疑う余地はないですし、答えの精度とかもありますけど答えに近いものはかなり簡単に手に入ります。
だから、論理的に決まることを自分で考える必要っていうのは実はあんまりなくて、
論理的に定まった簡易を取りに行ってそれを使うっていう感じなんですよ。
だから直感よりも論理の方が結構簡単なんですよ。
ポイントは直感の方で、直感って本人のセンスに結構よりますよね。
さっき言ったように答えがないですから、外から探しに行くっていう技ができません。
直感の難しいところって理由がないんですよね。
なんとなくこれがいいだろうっていう、あるいはなんとなくこれが面白そうだっていう、
そういう本人の感覚を結構拠り所にしますから、誰かが教えてくれるわけでもないですし、
外に答えが転がっている感じでもありません。
ここが多分、英語学習の方法論を探すときにすごく難しいと思います。
よく僕が言っているのは、答えを求める人ほど直感を大事にできない感じがするんですよね。
結局何をすればいいんですかとか、じゃあ私は何をすればいいんですかっていうのを
偉い人とかすごそうな人とか先生的な人に聞くのは何かが間違ってはいけないんですけど、
自分で解を持っていくっていうのが意識が欠けているなっていうふうに僕は感じてしまいます。
言われたことをする忠実さよりも、自分で小さな疑問を持ったり、
疑問っていうのはこれって変だよねっていう疑問を持ったり、こうじゃなくてこうだよねっていう
そういう着想を持つ方が大事なんですよね。
それって頭がいいとかどうかっていうより、目に入ったものとかを感じる吸収効率の良さとかセンスとか
そういう感じだと思うんですよね。
だから主体的に自分で考える、考えたら主体的に自分で着想を得てそれを考察するっていうのが直感なんですけど、
これって今日何かしたら直感が磨かれますって感じでもないんですよね。
自分が普段日頃から疑問を持つように生きてきたかっていうのは結構聞いてくるんですけど、
これも本人がどのように生きてきたかっていうのは結構関わると思います。
だから直感は磨くっていう流れになるんですけど、直感を磨くときも物事の見方を今まで鍛えてきたかどうかっていうのは結構聞いてくるんですよね。
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そこがセンスの磨かれ方で結構聞いてくると思います。
何が言いたいかっていうと、いつも言ってるような感じで外部の正解を探るんじゃなくて、
内部から自分の疑問を見上げるっていうそういう感覚を持つとこれが良いこれがダメっていうのを外部の指標とかに依存せずに決めて、
そこから迷いなく、それが行動の指針になりますからそこで直感的アプローチで英語学習を進めることができるようになるはずです。
今回の論点はまず英語学習の方法論は無限に近く存在するっていう前提がありまして、
無限に近い方法論がある中でどのように進めればいいかっていう素直な疑問に対して論理で決まる部分と直感で決まる部分があるよっていう話をしました。
論理で決まる部分っていうのはもうすでに解がどっかにあるのでそれをたどればいいんですけど、そうじゃない部分の方が大事であって難しいんですよね。
その直感で決まる部分っていうのは本人の内的な指針によりますから、これは頑張って自分でよく考えてやるしかないっていうのは結構あります。
これは本人のセンスに大きく依存する気がしますので、ここはかなり大事にしたほうがいいんじゃないかっていうふうに僕は考えています。
今回のお話は以上になります。ご視聴ありがとうございました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
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さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。