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#53 英語学習を平穏にすすめるためのちょっとしたコツ
2026-08-02 19:58

#53 英語学習を平穏にすすめるためのちょっとしたコツ

ネットで英語学習をすすめているさい、オラついたネットの雰囲気みたいなのを感じませんか。過激な発言や奇をてらった発言がネットではとくに多いため、ネットで学習をすすめるほどにつかれてしまう、という経験をしたことがある人は多いと思います。この動画では、ネットをはじめとした外部の情報に踊らされないためのマインドセット、自分で素直に、ふつうに語学学習をすすめるためのコツを紹介しています。ラジオ的に、肩の力を抜いてご視聴ください。


【プロフィール】

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


【YouTube】

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サマリー

そっちゃそ氏の語学ラジオでは、英語学習を巡るネット上の「ノイズ」に惑わされず、主体的に学習を進めるための心構えが語られます。世の中にはインデックス投資や確定申告、学校のテストのように「正解がある問題」と、語学学習のように「正解がない問題」が存在し、後者においては外部の意見に流されず、自ら考え、行動することが重要だと強調されています。 語学学習は、山登りのルートや塗り絵のプロセスのように、到達点は一つでもアプローチは無限に存在すると例えられます。ネット上には過激な学習法や日本人の英語力に関するネガティブな情報が溢れ、学習者の不安を煽りがちですが、これらをシャットアウトし、自分自身の興味・関心に基づいてプロセスを楽しむことが大切です。語学学習の真の目的は、単なる知識の習得や技能の向上だけでなく、「普遍」や「真理」を自ら探求し、獲得するプロセスにあると定義されます。 この探求の姿勢は、科学研究における真理の追求に似ていると述べられています。研究者が最短最速の研究法を鵜呑みにせず、オリジナリティを持って実験方法を確立するように、語学学習者も他人の学習法を参考にしつつも、最終的には自分自身の方法論を確立し、主体的に真理に会いに行くべきだと提言されています。この「研究者」のようなアプローチこそが、平穏かつ効果的な語学学習の鍵であると締めくくられています。

はじめに:主体的な語学学習の重要性
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容を基に、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、
通勤中や作業中など、ながら時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは、今回も英語学習系の動画、 英語学習というか語学学習になりますね。
前回までで、周りのノイズに騙されない、 周りのノイズに踊らされないようにして、
自分で考えて決めて主体的にやっていくという話をしたんですけど、
今回もまたすごく尺の長い動画になると思うんですけど、 これについてもう少し説明してみたいと思います。
話の大筋は前回以前の話と同じで、
自分が決めていく、自分がやっていく、 自分が考えて定めていくという、
それが大事なんですよという話をしたいと思うんですけど、
それではい、わかりましたとはならないですよね。
自分で考えましょうと言われて、はい、わかりましたとはならないじゃないですか。
自分で考えましょうの具体的中身、もうちょっと掘り下げて、
どうやって具体的に何をするか何をしないかっていうのを、
周りの空気とか雰囲気とか、トレンドとかノリとか、
流行りスタイルとかに全く流されないで、
自分でこれだっていう風に決めていくってやり方。
時代に影響されないとか、普遍的とか、別に最新でもないしですし、
いつにも通用するっていう、そういう感じの話をしたいと思います。
だから技術がどうこうとかも関係なしで、
今後の通用数で話をしたいと思います。
「正解がある問題」と「正解がない問題」の対比
前回までのキーワードっていうのは、正解があるかないかって話でしたよね。
正解があるかないか、正解がある問題はさっさと解決して、
正解がない問題の方は自分で何とかするっていう話だったんですけど、
これが今回も聞いていきます。
正解がない方の話をどういう風に処理していくかっていうんですけど、
どっちかというと、正解がない方が多いですよね。
どっちかというと、正解がある方って悩まないんですよね。
これも前回の話なんですけど、正解がある方っていうのは教科書的なものがありますからね。
例えばインデックス投資っていうのは、インデックスファンドに投資して、
ドルコスト4とかで毎月一定額を積んでいくっていうやり方がありますよね。
あれはほとんど正解と言ってですね、
投資で最もリターンを稼ぐんだったらそれにたどり着くって、
世の中の雰囲気になってるじゃないですか。
毎月一定額をS&P500とかに連動するようなインデックスファンドに
順々積み立てていくっていう、そういうのが正解と言ってもいいじゃないですか。
陶器じゃなくて、長期的にいった場合、最もリターンが期待できるのはそれですよね、
ってもうみんな万情一致で言ってますよね。
これ正解ですよね。
だから、いかにしてそれをやるかっていうのがフォーカスじゃないですか。
他にも確定申告とかもそうですね。
確定申告って紙で書いたり、インタックスでやったりとかいろいろありますけど、
なんだかんだ今は、税理士さんにお願いするか、自分でフリーとか、
弥生の確定申告みたいな確定申告作業を促進するソフトウェアを使って自分でやるっていう、
それしかないですよね。やり方が決まってるんですよね。
これに対してあれこれ言うところはないですし、
これが正解ですと言い切っても多分いいじゃないですか。
これが正解がある方なんですよね。
その正解を学習するっていうのは、本とか読んで動画とか見て、
その正解を学習するっていう作業はありますし、
人によってはそれ自体は結構しんどいかもしれないですけど、
ポイントはそれを理解する、それを知るっていう目的がリジットに決まってるところなんですよね。
これはすごくクリアじゃないですか。
できるできないは別として何をすればいいかってのは分かってますよね。
学校の勉強とかもそうですよね。
学校の勉強って何をすればいいか、もっと正確に言うと、
何を周りから期待されて、何をすると褒められるか、
何をするともっとやりなさいって言われるかって決まってるじゃないですか。
具体的に何かっていうと、テストでいい点を取るとか、
受験でいい点を取るとか、学年で何位になるとか、
学クラスで何位になるとか、そういうの数値化されますよね。
5科目の点数が同校で順位が同校っていうのは数値化されますし、
その中でいい順位、いい点数を取るっていうのがもう正解じゃないですか。
それができるできないかは別として。
何をして欲しいかっていうのは決まってるんですよ。
これはインデックス投資とか確定申告と同じで、
方向性を議論する余地がないんですよね。
こっちに進むことが良いこと、こっちに進むことが良いことであるっていうのは、
もう景色として確定してるんですよね。
それが正解がある問題。
そういうのってできるできない、黒いようですけど、
できるできないは別として、どっちに進めばいいかっていうのは分かるんですよ。
外部がきれいに整備してそれを教えてくれるんですよね。
だから自分がやることはそっちに進むだけなんですよね。
それを進めたかどうか、どれくらい進んだかどうか、
どれくらい正解に近づいたかどうかっていうのは評価の指標になりますよね。
ここまで長々と説明したのは正解がある方の問題でした。
具体的には外部が理想的な状態を定義してくれるっていう状態にあって、
その理想的な状態に近づくことが良いことであるっていうのが、
マンクスの正解がある問題の話ですよね。
具体例をいくつか説明したんですけど、
語学学習は「正解がない」問題:プロセスを楽しむ
その一方で言語学習、語学学習っていうのはそうじゃないですよね。
正解ないですよね。
真実値としての知識は一つなんですけど、
それにたどり着く方法はいろいろあります。
僕はよく山登り、頂上は一つでルートはたくさんという山登りのたとえがよくあるんですけど、
僕はどっちかというと塗り絵のたとえを好んで使ってるんですけど、
塗り絵って完成したら一つになりますけど、
塗る場所とかをどの場所を塗っていくかとか、
どんな風に塗っていくかって個性出ますよね。
結果的に出来上がる作品は、
同じロードを使うとそれは同じですけど、
プロセスは無限に近くないじゃないですか、塗り方が。
そんな感じなんですよね。
ポイントはどこを塗り始めるかっていうのは興味・関心とかに、
その個性、興味・関心、何が面白そうと感じるかって聞いてきますから、
そこにはすごく文脈依存っていうかコンテクスト依存で、
まずこの場所から塗り絵を塗った方がいいですよって言えないじゃないですか。
それが正解がないっていう問題ですよね。
今からその話をしようとしてるんですけど、
この塗り絵を塗る時に、
英語学習を今塗り絵に例えましたけど、
塗り絵を塗る時に学習法探しとか正解探しで筆を取る手を止めるとか、
色を塗るのに迷うとかってもったいなくないですか。
そんな感じの話を今からしようと思うんですけど、
その時に前回の動画でも言った外部の人が邪魔してくるんですよね。
これをするな、あれをするな、あれをしろ、これをしろとか言ってくるんですけど、
それをシャットアウトして淡々と、語学学習って個人的な取り組みですから、
外部にややわわ言われるのって変なんですよね。
語学学習って別に趣味でやってる人もいますし、
仕事も兼ねてやってる人もいますけど、
あくまでも個人的なんですよね。
誰かに生化物を納品するっていう感じじゃないですし、
納期があるわけじゃないですよね。
自分がやろうと思ってやってるわけですから、
あくまでも個人的な取り組みである語学学習を
自分のペースで淡々とやっていくっていう、
自由でわがままで柔軟な取り組みなんですけど、
それを邪魔してくる人はいるんですけど、
それをシャットアウトして、
塗り絵のプロセスを楽しむっていうのが語学学習ですよね。
英語を喋れるようになる、外国語を喋れるようになるっていうことが、
生活のものにフォーカスすると、
プロセスを軽視するというか、
プロセスを楽しむ、
エンジョイするってところにすごく無視してあるというか、
ケアしなくなっちゃうんですよね。
物事にはプロセスと結果がありますけど、
プロセスって結構面白いんですよね。
自分がそのプロセスを認識して、認知して味わうっていうのは、
これ語学学習の面白ポイントのひとつなんですけど、
そこを楽しめるようになります。
自分でやっていくっていうことを重視すると。
教育なんとかみたいなそういう感じじゃなくて、
プロセスを重視して楽しむっていうのが、
すごく気になってくると思います。
ネットのノイズと外部依存からの脱却
ここからは周りの環境の話。
さっき外部のノイズがどんどん来るって言ったんですけど、
その話をしてみたいと思います。
外部のノイズっていう話をしたんですけど、
これってネットを見ると、
見たくなくても見ちゃうようなものありますよね。
アルゴリズムでYouTubeが出てくるときに、
過激な動画が出てくるじゃないですか。
過激な動画っていうのは、あれするなこれしろとか、
サムネイルで目の前で腕でバッジ印を組みながら、
あれするなとかそういうのがあるじゃないですか。
そういう木を手立ったサムネを見ると、
やっぱり自分がやってることはよくないんじゃないかとか、
逆にこれをやらないとやばいんじゃないかとか、
そういう不安な気持ちになりますよね。
こういうのが、さっき言った外部から来るノイズってやつですね。
これがネットが浸透して、
おがくがくしをネットでやるっていう、
景色が当たり前になったがゆえに、
出てきてしまうっていう景色なんですよね。
周りに会ったこともなければ話したこともない赤の谷に、
ピーチックパーチック言われて、
あれしろこれしろって言われるのがしんどいんですよね。
そういうところで、しかもそれと加えて、
ネットニュースを見ると、
日本人が英語ができない理由がどのコーナーみたいなことを
議論してる人もたくさんいますし、
日本の英語力ランキングは世界で92位ですから、
そういう日本の英語力の無さを小馬鹿にするというか、
そういうのもたくさんありますよね。
そういうのがさっき言った景色なんですけど、
こういうのって嫌ですけど、
プラスやっぱり手段としても数えられますよね。
英語の動画って、
結構カオスな環境の中で、
動画の中でカオスでわけわかんない景色ながらも、
外部の英語系YouTuberが作った動画とかから、
勉強、学習に役立てられそうなものを拾って、
それを何とかして、
学習に役立てたいという人もいると思うんですけど、
こういうのが全体的な景色ですよね。
だから結構外部に依存するっていうのが強いんですよね、
学習の時に。
外部に依存するっていうのがあったんですけど、
ポイントが2つあって、
まずものすごく量が多いってこと。
みんながみんないろんなことを言ってるから、
すごくノイズが多いというか、
何を見ればいいのかわかんないとか、
そういう状況になってませんか。
だから混乱するっていう状況になってませんか。
これが景色ですよね。
ここで一つ考えてほしいんですけど、
その前提として、
語学学習イコール、
誰かが教えてくれるっていうのがありませんかね。
そうすると、論点が、
周りの外部にある情報とかノウハウを、
適宜、より分けて、
本当に正しい学習法、
本当に正しい英語ノウハウっていうのを、
探検するかのように、
会いに行くっていう感じがするんですけど、
それが僕が違うなっていうポイントが一つ。
一番冒頭で、
語学学習は主体的に進めるべきであるっていう話、
前回の動画でもしたんですけど、
これが絡んできて、
大きな論点として、
語学学習って何なのか、
外部の知識を、
人からタラカラボタン押し的に教えてもらうことじゃなくて、
そうじゃなくて、
自分から主体的に動いて、
語学学習の真実地に会いに行くっていうのが、
語学学習の本来あるべき姿かなって思います。
語学学習の真の目的:普遍と真理の探求
これを考えるためにまず、
そもそも語学学習とは何ですかっていうのを、
いまいち振り返る必要があるんですけど、
それって何か分かりますかね。
語学学習って何ですかって言われたら、
それは何だと思いますか。
語学学習って何を目的にしていますかって言われたら、
何でしょうかね。
ぱっと思いつくのは、
語学学習とは、
その外国語を習得することですって言ってる感じがしますけど、
これって反復してませんか。
学習すると習得するを言い換えてるだけですよね。
だからこれは違う感じですよね。
もう一つ、もうちょっと具体的に言うと、
語学学習とは、
その外国語を話したり、
聞いたり、いわゆる4技能の話なんですけど、
話したり聞いたりできるような状態になることって言ったら、
ちょっといい感じなんですけど、
これって何か結果を説明してるだけですよね。
語学学習をします、
そうすると語学学習で英語が使えるようになります。
その果て結果の間のプロセスが抜けてる気がしませんか。
そこがまずケアしたいポイントの一つで、
語学学習をするとその言語が使えるようになるっていうのは事実なんですけど、
その間に何かがある気がしませんか。
この何かっていうのが、
さっき言った自分自身の力で探して見つけて、
それを獲得するっていう、
言い方を変えると普遍とか真理とか真実とか、
そういう言葉で言えるんですけど、
これが間に来るんですよね。
語学学習をする普遍や真理を獲得する、
その普遍や真理を獲得して、
言語感覚として自分のものにして、
その言語感覚を活用して、
結果的に自分で英語を使ったり、
見たり聞いたり話したりできるようになるっていうのが、
語学学習の段階ですよね。
さっき対比したのが、
ノウハウを外部に探して拾っていくっていうのを言いましたけど、
これは何だろう、
外にある知識を拾ってくるんですけど、
何が違うかわかりますかね。
大きなポイントは、
誰かがくれる情報と、
自分で能動的に探して特定する情報という違いがあります。
校舎があるべき姿だと僕は考えています。
語学学習を「科学の研究」として捉える
真理の追求っていうと、
科学の研究、
自然科学とか外科学の研究に行きますよね。
それってすごくその通りで、
語学学習っていうのは、
真理の追求ですよね。
さっきも言ったんですけど、
真理や不変の追求が語学学習じゃないですか。
語学学習の真理の追求って、
研究って学問の研究の真理の追求と、
割と似てるなって僕は考えています。
何でかっていうと、
研究方法ってありますよね。
学習法とまたアナロジーがあるんですけど、
研究方法って自分で考えますよね。
研究者が最短最速究極の研究法とか読んでたら、
すごくダサいじゃないですか。
別に先行研究とかもありますけど、
先行研究をパクるだけでは、
研究者としてリスペクトされないですよね。
それと同じで研究方法っていうのは、
最短最速究極の研究法を使うのでもないですし、
過去の先行研究をやった人たちの研究方法を
パクるのでもない。
何が言いたいかっていうと、
自分でオリジナリティを発揮して、
研究方法、実験方法を確立してそれを進めて、
真実値に会いに行くっていうのは、
科学の研究ですよね。
これとほとんど同じなのが、
語学の学習なんですよね。
何が言いたいかっていうと、
他人の研究と同じで、
他人は参考になりますよ。
他人の学習法、学習の感想、
学習遍歴っていうのを参考にするのはいいんですけど、
それはあくまでも参考ですよね。
それを丸パクりして自分ができなかったっていうのは、
当然なんですよね。
プラス、研究法と同じで、
学習法を概要に求めてもすごくダサいというか、
変ですよね。
科学の研究者のように語学をやったほうがいいというのが
僕の意見です。
だから、とにかく方法論にはオリジナリティが必要である。
方法論は自分で決める。
周りの景色は参考にしますが、
それはヒントに決めて、
自分でやっていくという感じのほうが一番いいと思います。
あと、語学の学習を進めるときに、
もうひとつ付け加えたいのが、
ひとつ嬉しいことがあって、
それは、科学の研究の場合で存在するかしないものが
分からないという状況もあるんですけど、
例えばエーテルって、
物理の受験免許をしたことがある人なら分かると思うんですけど、
エーテルっていう物質はご存知でしょうか。
エーテルってないんですけど、
昔はあると考えられた物質で、
それが存在が、
波動、音波とか光とか電波とかそういうのが
波動一般を媒介する物質、
メディアだというふうに考えられてたんですけど、
それはないんですよね。
だから、こういうエーテルみたいに
あると思ってたけどなかったっていうのはあるんですけど、
科学の場合は。
でも、語学の場合って、語学学習の場合って
そういうのがケアしなくていいんですよ。
語学学習の真実値はそこにあるというふうに
当然捉えて、それを会いに行くっていうのができます。
これもちろん、科学とはちょっと違う嬉しい点の一つです。
これが語学学習を進めるときの態度の全態度ですよね。
自分でやっていく。
だから、繰り返したんですけど、
研究者になったような感覚で
語学学習を進めるのが僕はおすすめです。
研究者っていうのは、さっき言ったように
オリジナリティが命ですから、
自分でやっていく。
方法論は自分で固めていくっていうのは大事です。
その背後にはもちろん理念とかもありますよね。
だから、考え方、理念っていうのは色濃く反映した
自分のオリジナリティを発揮していくっていうのが大事ですよね。
まとめと今後の展望
今回の話は以上になります。
これはシリーズものみたいな感じで、
これから続編を作ろうかなって考えています。
とりあえず、今回の話はここで一つ一つにしたいと思います。
次回の動画もぜひお楽しみにしていてください。
ご視聴ありがとうございました。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
ノートやKindleでも、
このラジオで扱っている内容をより体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は、概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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