ものごとを計画的にすすめることは基本的によいことであるとされていますが、それはすべてのシーン、すべての状況であてはまるでしょうか。この動画では、計画とは主観にとどまる話ではなく、多人数でシェアできる客観性の高いドライな要素であるという指摘をしたうえで、英語学習、語学学習と計画性の相性がいまいちになることを指摘しています。ラジオ的に楽しめますので、ぜひ最後までご視聴ください。
プロフィール:
フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。
YouTubeはこちら:
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
このエピソードでは、英語学習や語学学習において「計画」が本当に必要なのかという問いに対し、計画不要論を展開しています。まず、計画とは「実現可能性(フィーズビリティ)」を前提とし、その達成までの道筋が客観的に判断できる「ドライ」な要素であると定義します。しかし、語学学習においては、興味や好奇心の発展が予測不可能であり、具体的な道筋が見えにくいため、この「実現可能性」が低いと指摘します。 計画を立てることは、リソースを消費するにもかかわらず、学習の進展に直接寄与しないばかりか、計画倒れによる挫折や失望を招く可能性があります。これは「期待値のコントロール」の失敗であり、過度な期待が学習からの遠ざかりにつながると警鐘を鳴らします。また、社会が語学学習に「ネイティブのような流暢さ」といったキラキラしたイメージを植え付け、人生をかけた「超ビッグプロジェクト」のように捉えさせる風潮にも疑問を呈しています。 スピーカーは、自分に過度な期待をせず、「やりたいからやる」「面白いからやる」といった現在に焦点を当てた、小さく地道な学習を推奨します。義務感ではなく、好奇心を満たすことを原動力とすることで、結果的に長期的な成長につながると主張。未来の目標に縛られず、今この瞬間の楽しさや面白さを追求するシンプルなアプローチが、語学学習において最も効果的であると結論付けています。