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#52 英語学習に「計画」は必要なのか?
2026-08-02 13:52

#52 英語学習に「計画」は必要なのか?

ものごとを計画的にすすめることは基本的によいことであるとされていますが、それはすべてのシーン、すべての状況であてはまるでしょうか。この動画では、計画とは主観にとどまる話ではなく、多人数でシェアできる客観性の高いドライな要素であるという指摘をしたうえで、英語学習、語学学習と計画性の相性がいまいちになることを指摘しています。ラジオ的に楽しめますので、ぜひ最後までご視聴ください。


プロフィール:

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


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サマリー

このエピソードでは、英語学習や語学学習において「計画」が本当に必要なのかという問いに対し、計画不要論を展開しています。まず、計画とは「実現可能性(フィーズビリティ)」を前提とし、その達成までの道筋が客観的に判断できる「ドライ」な要素であると定義します。しかし、語学学習においては、興味や好奇心の発展が予測不可能であり、具体的な道筋が見えにくいため、この「実現可能性」が低いと指摘します。 計画を立てることは、リソースを消費するにもかかわらず、学習の進展に直接寄与しないばかりか、計画倒れによる挫折や失望を招く可能性があります。これは「期待値のコントロール」の失敗であり、過度な期待が学習からの遠ざかりにつながると警鐘を鳴らします。また、社会が語学学習に「ネイティブのような流暢さ」といったキラキラしたイメージを植え付け、人生をかけた「超ビッグプロジェクト」のように捉えさせる風潮にも疑問を呈しています。 スピーカーは、自分に過度な期待をせず、「やりたいからやる」「面白いからやる」といった現在に焦点を当てた、小さく地道な学習を推奨します。義務感ではなく、好奇心を満たすことを原動力とすることで、結果的に長期的な成長につながると主張。未来の目標に縛られず、今この瞬間の楽しさや面白さを追求するシンプルなアプローチが、語学学習において最も効果的であると結論付けています。

導入:英語学習における計画の必要性
こんにちは、そっちゃそです。 この番組、そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸に、その本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは。今回も英語学習・語学学習系の話を ラジオ的にしたいと思います。
今回はいつも僕がよくやっている英語学習の 学習法に関する疑問・問題を提起するってやつなんですけど、
今回は英語学習・語学学習の計画・目標・目的・プラン、 そういうやつの話をしたいと思います。
計画の定義とその本質
これ多分幅ついているのが2つあって、
英語学習では綿密な計画を立てて、 ビッグな計画を立てて、長期的にうまくやっていった方がいいっていう、
僕がよく言っている毎日継続とかも多分こっちに入りますよね。
もう一つは、そんなことはしなくてもいい。 自由気ままに進めればいい。
僕はどっちかというと、自由気ままに進めればいいっていう派閥なんですけど、
今回は英語学習には計画が必要かどうかっていうのを一つ取り上げて、
それでその両者2つを計画があった方がいいっていうのと ない方がいいっていうのを比較しつつ、
僕の立場計画はしなくてもいいよっていうのも ザックバランで説明したいと思います。
まず一つ前置きというか、計画云々、 英語学習の計画云々の話に、
そもそもなぜ人は計画を立てるのかっていうのを まず確認したいんですけど、
計画を立てるっていうのは、 それが実現できることを前提として計画を立てますよね。
無理なことは計画しないですよね。
空を飛ぶことを計画してますとか言ったら 変じゃないですか。
空なんか人間飛べないですよね。
地面を蹴ったり走ったりしたら 空を飛びますとかならないじゃないですか。
空を飛ぶこと、翼を広げて空を飛ぶことを 計画してますって変な人じゃないですか。
だから基本的に計画をするっていうのは、 それが中長期的に見た場合、
実現することを前提として計画しますよね。
これがまず大きな確認が大抵の人です。
計画をするということはつまり、 それを実現できると思っているというのが一つあります。
ということは、もっと掘り下げていくと、
実現できるということは、どのように持っていけば 実現することができそうかっていうのは、
その人の中で決まっているということですよね。
このようにすれば再現できる、 このようにすれば実現できるというのは、
その人の中で分かっていて、
それを手順を踏むことで達成できるというのは もう分かっているから計画に落とし込まれるわけですよね。
計画しましょう、計画しよう、計画しようというと、
それが一番最初に来るように思いますけど、
実は背後というか裏にもステップがあって、
何があるかというと、
真理としてまずそれを実現できるということが 少なくともその人の中では分かっていて、
かつそれをするためには何をすればいいか 分かっているというのがあると思います。
これはどっちも必要ですよね。
どっちかが欠点はないですよね。
実現できることが分かっていると、
それをどのように実現すればいいか 分かっているというのはどっちも必要ですよね。
これは計画ですよね。
そうすると計画を人に伝えたり、計画を公開したり、
私はこのような計画を持っていますよというと、
それを見た人が確かにこれはできそうだ というふうに共感しますよね。
当然100%だったことはないんですけど、
確かにこれの言われたとおりにすれば、
うまくいきそうだというのをシェアできますよね。
それも計画の一つです。
計画というのはこういうふうに実現可能性が 見えるというのが大前提なんですよ。
やる前からですよ。
それを手につける前からですよ。
やる前に何か文章化した計画を見て、
自分プラス自分以外の人が、
確かにこれはうまくいきそうだ、
道筋がやる前から見えるというのが計画の特徴なんですよ。
これは別に規模に関係なく、
今日の計画とか1週間の計画とか、
今年の計画とかもそうで、
それがパッと見せられたときに、
確かにこれはうまくいきそうだとか、
逆にこれは無理があるんじゃないかとか、
現実的にないんじゃないかというのも見えてくるんですよね。
それが計画の特徴です。
ここまでで確認したのは、
計画というのはかっこいい言葉で言うと、
フィーズビリティ、実現可能性というのが必ず関与してきます。
これは実現したいとか、
熱量、やる気、エネルギーとかの問題ではなくて、
ものすごくそうじゃなくて、
ドライなんですよ。
極めて客観的に判断して、
フィーズビリティを判断して、
これは無理そうですね、
これはいけそうですね、
他人が客観的に判断するという計画のフィーズビリティになります。
ここが今回の話の大前提になります。
語学学習と計画の相性の悪さ
英語学習の話に戻ってきますけど、
英語学習も当然フィーズビリティを考える必要がありますよね。
これはうまくいきそうだとか、
これは確かにそんな感じがするわ、
そういうのを感じてからこれを進めますよね。
それがあります。
ここで一つまた疑問を提起したいんですけど、
それってできますかね。
英語学習をこのようにすると、
必ずとは言わないですけど、
かなりの良い線いきますよって、
言いにくいじゃないですか、そもそも。
英語学習、さっき一番最初に、
まず実現できること、
プラス実現までの密が分かること、
さらにそれに加えて、
それを客観的に誰かに見せた時に、
確かにドライに判断できるかどうか、
フィージビリティを判断できるかどうかって、
さっき言いましたけど、
英語学習だと無理そうじゃないですか。
ここなんですよね。
計画を立てるっていう流れって、
さっき計画を立てる前提に
実現可能性の話をしましたけど、
英語学習の、語学学習の計画の、
フィージビリティって低いんですよね。
そもそもそれを実現する時の、
道筋ってのはそもそも、
見えないというか見えにくいとか、
そういう景色があるんですよね。
これは僕はいつも言っていることで、
語学学習ってのは、
興味、興味関心、好奇心の発展と、
確認の連続ですから、
これってどのように発展するかっていうのが、
見えにくいというか見えないというか、
本当に予測不可能なんですよ。
計画っていうのと、
実際の学習の進展っていうのは、
物凄く噛み合わないんですよね。
そこなんですよ。
僕は最初に計画をした方がいいか、
しない方がいいかっていうのを、
言われたときに、
しない方がいいっていう立場を取ってるんですけど、
その理由がここになります。
そもそも計画をするためには、
フィージビリティを確認する必要があるんですけど、
それができないっていうのは、
まず語学学習、大きな景色の一つになります。
計画がもたらす負の側面
もう一つ、角度を変えて説明するんですけど、
ない方がいい理由のに、
そもそも予測不可能っていう、
ランダムな性質が強いっていうのがありますよ、
っていうふうに言ったんですけど、
もう一つ、計画を立てたところで、
角度を変えるんで、
結局同じことを言ってるような気がするんですけど、
計画を立てたところで何も発展しないんですよね。
だから、
計画を立てるって、
それなりにリソースを使うじゃないですか、
そのときに、
それが全然成果に発展しないんで、
ただ立てるだけで、
ただただトローに終わるんですよね。
これって、むしろトローに終わるというか、
がっかりするじゃないですか。
計画倒れになって。
挫折とかするじゃないですか。
だから逆に、
ビッグな目標、
すごくでかい目標を立てて、
勝手に挫折して、
勝手に落ち込んで、
勝手に語学学習から遠ざかるっていう、
マイナスの成果を出してしまう感じなんですよね。
自分に期待値のコントロールみたいな、
期待値のコントロールって言ってもいいと思います。
自分に期待しすぎた結果、
その期待と
大きく外れた結果になってしまって、
結果的に、
勝手に落ち込んで、勝手に
しょんぼりしてしまうというのは、
計画をした結果ですよね。
これがあまり良くないのではないかと
僕は考えています。
期待値のコントロールっていうのは、
たぶんこれくらいになると思いますよっていうのを
あらかじめ検討しておいて、
それをあまり期待しすぎずに、
マイペースに素直に進めていくっていうのが
いいのではっていうのが
僕の意見です。
何をしなきゃいけないか、
そのビッグな目標であるほど、
何をしなきゃいけないか、
何をすべきかっていう義務感が強くなりますよね。
視野が狭くなって、
小さい部分を見逃してしまいますよね。
ただそれは、
男語学学習に関してはあまり良くなくて、
語学学習って小さな好奇心の連続ですから、
小さくて
目立たない部分にもちゃんと
気を使った方がいいと思うんですよね。
それが目標とか目的とか計画っていう
そういう禁止眼的なやつに
邪魔されると
良くないじゃないですか。
そういうのがあります。
とにかく期待というキーワードを
使いましたけど、計画をすると
逆に
がっかりしちゃうっていうのがあるんですよ。
それをやめるためには計画をしない
っていうのがいいですよね。
これはさっき言ったのと、角度を変えて説明した感じです。
「ビッグプロジェクト」としての語学学習への疑問
とにかく、
残念ながらというか、
みんな計画を立てるというか
ビッグなイメージ
ネイティブとペラペラ会話するとか
ネイティブのようなハットウェアとか
ネイティブのような
高い英語力を身に付けるとか
すごすぎる目標を持つ
ように仕向けられるっていうのがあるんですよ。
綺麗な
イメージを植え付けられて
それを成ることが
かっこいいとかイケてるとか
そういうイメージが植え付けられてるんですよね。
なおかつ、自己実現とか
自己啓発とかキャリアアップ
新しい人生みたいな感じで
英語学習の先にあるすごそうな
イメージを植え付けられちゃうんですよね。
そうすると
英語学習って別にすごく
超ビッグプロジェクトじゃないんですよね。
別に趣味で適当にやるようなものなんですよ。
英語学習っていうのは。
ただ、それがさっき言った変なキラキラ
イメージのせいで
素大化というか非大化というか
そんな感じででかくなりすぎてる
というのがひとつの問題だと思います。
ビッグになりすぎてる
すごく人生をかけてやるような
超一大プロジェクトのように
思われちゃってるとかあるんですよね。
ただ、これってあんまり良くないですよね。
さっきも言ったように
期待値のコントロールっていう面でいくと
でかすぎる目標でやっていくのは
やっぱ、がっかりする結果に
つながるじゃないですか。
そういうのがまずあります。
現在に焦点を当てた学習法
最後に言いたいんですけど
自分に期待すぎる
っていうのはしないほうがいいと思うんですよね。
小さくやっていく
地道にやっていく
やったりやらなかったりを繰り返しながら地道にやっていく
ってのは良いと思います。
これは目標とか
期待とか目的とか
計画とかそういうのに関係なしで
しかも他人がどうこうも関係なしで
自分の好きなようにやっていくのは
全てだと思います。
これって目標というよりも
やりたいからやる
好奇心を満たすためにやる
面白いからやる、楽しいからやる
そういう感じだと思います。
目標というと
未来にフォーカスしてますけど
これって楽しい好奇心を
満たしたいっていうのはやっぱ
今ですよね。現在にフォーカスしてますよね。
そこの違いもあると思います。
今楽しいからやる
だから英語学習します
結構いい筋言ってると思うんですよね。
結果的にそれで
発展しますし
長期的に言ったら伸びるじゃないですか。
何か楽しいからやる
役に立つかどうかはよく分からないけど
面白いからやるっていうのも立派な
考えですしモチベーションですし
僕がよく言ってる論点思考にも
通じるものがありますけど
楽しいからやるっていうのは
重要ですよね。
いずれにせよ
考えなくてもいい領域まで
考えすぎている。未来の未来の
未来まで考えてビッグに考えて
超巨大な計画にして
しまうっていうのはあんまりいい心の
癖じゃないと思うんですよね。
もっとシンプルにやっていって
今楽しいからやるとか
ちょっと面白いからやるとか
ちょっと面白そうだから手を出してみるって
そういうちっちゃな感覚にした方が
期待値のコントロールとか
期待値のコントロールとかの観点から
言うとすごくいいと思います。
いつも僕が言ってるんですけど
やりたければやればいいし
やりたくないのであればやらなければいい
それだけに
その言葉に収束するのかな
っていう風に思います。
まとめと今後の案内
そんな感じですね。
今回の話は以上になります。
次回の動画もよろしくお願いします。
最後までお付き合いありがとうございました。
ノートやKindleでも
このラジオで扱っている内容を
より体系的に整理したコンテンツを
発信しています。
さらに深く学びたい方は
概要欄から
ぜひチェックしてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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