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#14 英語学習不要論の違和感について
2026-06-29 19:48

#14 英語学習不要論の違和感について

AIが台頭したから英語学習がいらなくなる、という話は、もう食傷気味なほどに言い尽くされています。今回のエピソードでは、英語学習がいらなくなると声高に叫ばれる昨今の状況の「違和感」について、そっちゃそが触れていきます。


プロフィール:

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


テキストによるまとめはこちら:

https://note.com/trans_souta/n/n331e3b88a050


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https://www.youtube.com/@trans_souta

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では、そっちゃそです。 この番組、そっちゃその語学ラジオでは、語学学習というテーマを軸に、 その本質やあり方について、哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeで公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再構成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や採用中など、長ら時間でもぜひお楽しみください。
それでは、今回のテーマに入っていきましょう。
今回も動画の配信を始めたいと思うんですけど、 今回は英語学習、語学学習の話になるとは思うんですけど、
英語学習に限定される話ではなくて、 それよりも広い一般に通用する話になるんじゃないかなと考えています。
今回は、毎日のように目にするといっても過言ではないAI関連の話であります。
生成AI、文章画像、動画生成AIとかいろいろあるじゃないですか。
文章で自然言語のプロンプトというのを適当に作って、 その通りかそれに近い生成物を出してくれるというのがあるじゃないですか。
これってもちろん英語学習、語学学習に浸透というか波ができていますよね。
AIを使って語学学習をするみたいな感じがあるじゃないですか。
僕自身AIについてはあまり詳しくないので、 AIで語学学習をすることの是非とかについてはあまり触れないんですけど、
そのAIで語学学習をするというムーブの隣というか、 その近辺にAIを使って語学学習をしようというのとは正反対で、
AIがあるから語学学習をしないというムーブメントもありませんか。
AIが訳筆とか言語の言葉の生成とかをしてくれるから、 自分の生身の人間が学習して自分で言葉を出すということをしたり、
もしくは自分の目で言葉を読んだりせずとも、 AIが読んだり要約したりしてくれるから、
要するにコスパみたいなやつで、 自分で労力をかけて勉強するよりもAIにさせた方が良いのではみたいな、そういう論調はあるじゃないですか。
この論調の行き着く先には語学学習不要論というか、 語学学習はもうしなくていいみたいな、そういうのに行き着くんですけど、
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今回お話ししたいのは語学学習不要論、 しなくてよくなったという話なんですけど、
これに関する僕の意見というか、 素直な感想みたいなのを話したいと思います。
AIってツールですよね。 ツールがあるから何かするっていうのがあるんですよ。
ツールを使って何か目的を果たす、 ツールを使って今までやってたことをもっと効率的にやるとか、
ツールを使って何かするっていうのはよくあるじゃないですか。
道具があるからそれをやるって、 現代的なハイテクツールでなくても、
普通に手元にある運動靴を履いて運動するとか、 そういうレベルでもいいんですけど、
そういう道具があるからやるっていうのは普通じゃないですか。
AIがあるからそれを使って英語を勉強するものは そんなに変なことではないと思うんですけど、
対してAIがあるから英語を勉強しないっていうのは不思議というか、
他に例がないじゃないですか。
道具があるからやめるってあんまり見ないですよね。
そこが一番疑問というか不思議だなというふうに思う点です。
だから言い換えると、何かが存在して、 何かの存在が自分の行動を止める理由になるっていうのが、
そんなこと本当にあるのかなっていうのが 僕の大きな疑問です。
繰り返したんですけど、道具の存在が アクションを実行するっていうのはたくさんありますよね。
たくさん思いつきますよね。
その逆で、道具があるからそれをしないっていうのは、
AIがどの子の以外の事例であんまり見ないですよね。
見ないっていうか、いまだに僕も思いつかないんですよね。
道具があるからやめるっていうパターン。
AI関連の話で代替、リプレイスですよね。
代替っていう言葉がよく出てくるんですけど、 これはあると思います。
代替っていうのは、さっき言った英語学習をやめるとは違いません。
代替っていうのは、今までやっていたことをやるんですけど、
その手段、ツールの方法を置き換えて、
結果的に促進していく、良くしていく、大体ですよね。
一番身近な例だったのは、文字を書く時って、
大昔は石とかに、硬い石に削って文字を書いてましたよね。
石板とかに。
それはすごくしんどいじゃないですか。
手間がかかりますけど、
今、石に文字を掘るという水準から紙ができて、
紙とかに筆とか鉛筆とか、そういうので文字を書くようになりましたよね。
それ以外にも代替って、効率的・合理的な方向に流れてますよね。
06:06
文字を書くにしても、一つ一つ手書きで書いたらしんどいですから、
カッパー印刷みたいな、版を作って、
版をペタペタ押してて量産するという流れもできましたし、
タイプライターみたいに、筆記速度が変わらないかもしれないですけど、
きれいに打つという技もできましたよね。
ペンからタイプライターに代替するというのもありましたよね。
もっと言うと、もちろん、今、現代に目を向けてやると、
今、ペンはありますけど、タイプライターを使って文章を打っている人はいないじゃないですか。
今、起きているのはパソコンとかスマホで、
Microsoft Wordとか使えますよね。
そういうので文字を打ちますよね、キーボードを使って。
スマホならFlickとか使って使えますよね。
ツールとかがどんどん変わって、歴史の流れに従って。
すごく頻繁というか予測不可能な感じでコロコロ変わっているんですけど、
根本的なメディアがあって、
メディアというのは石でも紙切れでも電子ファイルでも何でもいいですけど、
何かメディアがあって、それに文字情報を打ち込んだり書いたりするというのは変わっていないですよね。
やることは本質的に数千年レベルで変わっていないけど、
より効率的な方向に流れているという感覚がありませんかね。
こういうのは大体リプレイすると言うんですけど、
これはペンとかスマホとかに限らずいろんな例を思いつくことができますよね。
他にも音楽とかもそうですよね。
レコード、CD、CDも今では古いものになって、
今ではストリーミングって言って欲しいときだけダウンロードして、
それを手元に持ってきて使う、再生する。
再生し終わったら自分の手元のローカルのデバイスからは消えてなくなるという、
使いたいときだけ手元に置くというのが主流になりました。
YouTubeもオフライン再生、ローカルに保存する技もありますけど、
基本的に欲しいときだけダウンロードして、
ストリーミング再生するというのは普通ですよね。
まさにレコードってデカいじゃないですか。
レコード1曲の分のサイズってすごくデカいじゃないですか。
それは物理的なスペースも増えますし、
単位に対して出たりの容量もそんなに大したことないじゃないですか。
そういうのに比較してすごく桁違いに効率が良いのがストリーミングですよね。
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これが大体ですよね。
こういうのは本当に例を挙げたらいくらでも挙げられると思います。
ポイントは基本的に効率の良い方向に流れるのが世の定めなんですけど、
古い方、だいたいされた側って別に速やかにこの世の中から消えてなくなるって感じじゃないですよね。
これは良い感じのバランスがあって、よくカウンターカルチャーとか言いますけど、
古い方にこそ成長的価値があるっていう流れがどこでもあると思うんですよね。
型や機能や生産性を追求した結果、
さっき言ったパソコン、スマホ、ストリーミングサービス、YouTubeとかもそうですけど、
それは機能や生産性を追求した結果なんですけど、
それってやっぱり情緒的、感傷的部分に欠けるじゃないですか。
それに対応するように、対応じゃない、対抗するように、
ペンやペンタイプライター、レコード、手紙とかもそうか、手紙って手で書くやつですけど、
そういうのがあるじゃないですか。
それってどっちかが勝ってどっちかが負けるって感じじゃないですよね。
古いものがもっと情緒的価値が削られるっていうのはあんまなくて、
良い感じで両立するっていうのは大抵の場合なんですよね。
レコードって今、さっきレコードはデカくて、容量の割にはデカいって言ったんですけど、
やっぱりレコードって情緒的価値はありますし、
今最新のレコードプレイヤーって普通に家電量販店に置いてありますよね。
しかも結構デカい販売コーナーがありますよね。
ペンもそうですよね。
ペンや手紙も情報を書いたりするときってみんなスマホとかパソコンとか使いますけど、
ペンや手紙ってまだ思いっきり存在するじゃないですか。
無印良品とか大きな書店とかに行けばペンや手紙、ノートとか文房具コーナーがすごくありますよね。
手紙なんてLINEやメールでいいんじゃないかって思うと思うんですけど、
それでもなおやっぱりレターセットって生きてますよね。
これは情緒的価値ですよね。
こういうのいろいろあるんですよ。
すごくだいたいリプレイスっていう話の流れがすごく今時間を送ったんですけど、
これって世の中のだいたいリプレイスとされる現象、一連の流れは大体こんな感じなんですよね。
新しいものが出てくる。
新しいものっていうのは効率的だったり、
新しいものって効率的とか生産的とか今までよりも明らかに、桁違いに効率がいいっていうのが出てきて、
それがもちろん当然広く流通する結果になるわけですよね。
今まで使ってたやつがあまり使われなくなるという結果になりますよね。
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ただ、さっき言ったように情緒的価値はあるので、
古い方、だいたいされる側が駆逐されるってことはあまりない。
そういう話をここまででちょっとしましたけど、
これAIもそうですよね。
今メインの話はAIなんですけど、
AIも似てる景色がありませんか。
AIで文章を書いたり、絵を書いたりするじゃないですか。
イラストを書いたりするじゃないですか。
でもやっぱり、AIの文章もイラストも量産品ですよね。
量産品っていうのはさっき言ったように、
効率と情緒はトレードオフの関係がありますから、
誰でも簡単に量産化できるほどコモディティ化して、
ざっくり見るとどれも似たような景色なんですよね。
上手いとか上手くないとかで水準でいうと上手いのかもしれないですけど、
やっぱり情緒的な部分が失われるじゃないですか。
それがあって、人間が書くイラスト、
人間が書く文章ってやっぱり行きますよね。
そこがさっき言ったように、
お互いがお互いをバランスとって、
両方ともいい感じに両立するっていう感じですよね。
そういうAIの景色ってそんな感じな気がしませんか。
確かに効率がいい部分はあるが、
世の中でよく言われる全てを代替するって感じではないですよね。
これもさっき言ったように、
レコードの話とAIの話はかなりアナロジティがあると思います。
ここからすごく前置きというか、
ここからまた話が本数に戻るんですけど、
僕が最初に言ったのは、
AIがあるから語学学習をしないっていうのが
変なんじゃないかっていう話でしたよね。
それってしないっていうのは、
行動を止めるっていうじゃないですか。
これさっき長々と説明した大体じゃないですよね。
大体だったら、それこそAIを使って
語学学習をやり続けるわけじゃないですか。
語学学習そのものは停止しないですよね。
でも、英語学習をしなくなるっていうのは
大体じゃないじゃないですか。
ここが違うポイントです。
繰り返しながら、
AIが何かを代替するっていうのはすごくあると思います。
今まで歴史を振り返るとそういうのがたくさんあったので。
でも、やっぱり行動停止の要因っていうのは
なり得ないんじゃないかっていうのが僕の考えです。
AIがあるから英語学習をやめるっていうのは
ドジックとしては不思議というか違和感があって、
その表現自体に違和感が含まれてるんですよね。
繰り返しなんか同じようなことを言うんですけど
道具が行動を止める要因っていうのは
他の例がないんですよね。
だから、それはないんじゃないかっていうのは
僕の考えです。
その一方というか、それでもやっぱり
AIがあるから語学学習をしなくてもいいんじゃないか
っていう論調はありますよね。
事実としてネット上に。
なんで僕がそういうのが出てきてしまうのかっていうのは
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やっぱり順番としては
AIがあるからっていうのが一番先頭にきますけど
見かけ上はですよ。
AIがあるからって言いますけど
そうじゃなくて、ロジックの先頭にあるのは
語学学習をそもそもしたくないっていう人たちがいる
っていうのが僕の考えです。
だから、これの順番を考えて
語学学習をまずしたくないっていうマインドがあって
今、それをしなくてもいい理由っぽい理由の一つに
AIが出てきたんじゃないかって考えるのが
ナチュラルな気がしませんかね。
これをこういう順番で考えると
他にもいろいろあるじゃないですか。
日本にしかいないからしなくていいとか
日本語しか読まないから
日本人としか会話しないから
語学習をしなくていいっていう
後付けの理由ってたくさん出てきますよね。
確かにそれは意見ごもって思うんだけど
根本の真理はやっぱり
先頭に来るのは
英語学習をしたくないっていう根本真理ですよね。
理由っていうのは別に
どんな理由が引っ張られてくるかってのは
正直どうでもよくて
それはカッコつけるために理由が後から
引っ張られてくるわけじゃないですか。
日本人しか会話しないから
日本から出る気がしたいかなとか
日本語で完結するからって
日本だけで全てが完結するみたいな
そういうのって後付け理由じゃないですか。
その後付け理由の一つが
さっきまで言った
AIがプラスワンというか
プラスイチとして出てきただけっていう
そういう景色なんじゃないかなって
僕は考えています。
だから道具が存在してからやめるっていうのは
違くて
根本、本質的な論点は
AIどうのこうのじゃなくて
英語学習をしたくない
語学学習をしたくない理由を
待ち望んでいるというか
待っている人がいて
その人たちが
AIっていう言葉を見て喜んでいる
そういう景色なんじゃないのかなって
僕は考えています。
こういう理由が後から
集合されてそれっぽくなって
言説が出てくるって
多分結構あると思うんですよね。
ただそれって
理由を後からそれっぽく作って
何か言うって
やっぱりおかしな話じゃないですか。
これはやっぱり現実とは違うっていうか
てっちあげじゃないですか。
それは本質はずれてるんで
これはあんまり
そういう話を見聞きしても
あんまり間に抜けない方が
いいんじゃないかなって
僕は考えています。
AIがどうのこうのって
そうであってほしいみたいな
そういう人間の心理が出てくると思うんですよね。
AIがあるから
学習しなくても
いいようになってほしいっていう
その人間の心理が
表現に出てくるんじゃないかなって
僕は考えています。
最後なんですけど
18:00
道具があるからしないって
やっぱり変なんですよね。
結局なんですけど
英語学習は
やりたければやればいいし
やらなくていいんだったら
やりたくないと考えちゃったら
やめればいい
全ての言葉に収束するんじゃないかな
収束するんじゃないかな
って僕は考えています。
何をするか何をしないか
別に他人に何か言われるわけないですし
その人が決めてるわけですよね。
当然の話なんですけど
個人が決める
自分で主体的に決める
っていうのは全てだと思います。
AIに関連する話だけじゃないと思うんですけど
世の中の景色が変わったり
トレンドが変わったり
流行ったりできたりしても
それに振り回されるのは
しんどいんじゃないですか
それを回避するために
自分が語学学習をしたいんだったら
やればいいんじゃないか
そういう話に着地しますよね。
これは別に時代がどうか
普遍的広く通用する話だな
という風に僕は考えています。
今回の話は以上になります。
語学学習の関連の話ですけど
語学学習以外にも
拡張できるんじゃないかな
という風に考えています。
次回の動画もぜひご視聴ください。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
noteやkindleでも
このラジオで扱っている内容を
より体系的に整理したコンテンツを
発信しています。
さらに深く学びたい方は
概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
19:48

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