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#90 「考える」と「調べる」は違う。AI時代に調べものばかりして思考した気分にならないために
2026-08-25 14:14

#90 「考える」と「調べる」は違う。AI時代に調べものばかりして思考した気分にならないために

スマホで親指を必死に動かしてウンウンとうなりながら、Google検索やAIで調べ物をする光景は現代のよくある姿になりました。ただそれは、たんによその情報を手元に持ってきているという淡泊な作業であり、思考ではありません。今回は、思考することと調査することは根本的に異なる活動であることを説明し、調べ物をたくさんして思考している気分にならないことの重要性について説明しています。


【プロフィール】

そっちゃそ(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@trans_souta⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠)。フリーランス産業翻訳者。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。ご意見・ご感想は⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠公式HP⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠のお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。ライオン君との共同ホストPodcast番組、『⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠円卓上のイエティ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠』にもレギュラー出演中。


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サマリー

今回のエピソードでは、「考える」ことと「調べる」ことの根本的な違いについて解説しています。多くの人が検索やAIを使った情報収集を「考える」ことだと誤解しがちですが、それは単に既存の情報を手元に集める「調べる」作業に過ぎません。真の「考える」とは、自分の頭を使って独自の意見やアウトプットを生み出すことであり、他人に代行させることはできません。AI時代において、調べ物ばかりして思考した気分になることの危険性を指摘し、オリジナリティのある思考の重要性を強調しています。

導入:「考える」と「調べる」の違い
こんにちは、そっちゃそです。この番組、そっちゃその語学ラジオでは、語学学習というテーマを軸に、その本質やあり方について哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、通勤中や作業中など、長ら時間にぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは、今回もポッドキャストの配信を始めたいと思います。
今回は、また語学学習に関連する話になるかなと思うんですけど、やっぱりもっと一般的に通用する話になると思います。
テーマ、キーワードは、考えることと調べることは違うという話をしたいと思います。
考えると調べるってまあ似てますよね。
どっちも頭を使ってうんうん鳴って、机とかに座りながら、もしくは頭を抱えながら何かするっていうのは似てますよね。
考えることと調べることってすごく、見た目は見た目はっていうのは、他人が考えてる人や調べてる人を見たときに、あの人何かしてるなっていうのは多分同様に察することができるでしょうし、
なんか見た目も似てるんですけど、これって根本的に違う取り組みなんですよね。
今回は、語学学習のコンテクストとかとうまく交えながら、考えることと調べることは明確に違う活動であるし、
もっと大事なこととして、何かを調べることをして、考えたことにしないっていうのがあります。
これ多分今ネット社会AI知りたいみたいな、うんたらかんたらとかそういうのですごくよくあると思うんですけど、
調べるっていう作業を考えることに、として使わないっていうのが多分すごく大事になると思うんですよね。
今回はこの話をしたいと思います。
「調べる」とは何か?その本質と特徴
調べ物をして調査をして考えたつもりになってる人がすごく多いんじゃないのかなっていうふうに僕は思ってるんですよね。
頭を使いましたって変っていう作業を、なんかカッコつけてAIを使ってまとめてそれを提示することが考えたことになってるというふうに感じるんですよね。
それで考えるんじゃなくて、人様の考えを自分のものに横取りして提出しただけですよね。
自分の考えじゃないですよね。
ここなんかすごく分けたほうがいいなっていうふうに思いませんかね。
それぞれの違いをまず触れたいと思います。
調べるっていうのは、もうすでにどっかにある情報、もうすでに世の中に流通している情報をこちらの手元に持ってくる作業ですよね。
それって時刻表を調べる、天気を調べる、地図とか固定された情報を調べるっていうのが調査じゃないですか。
これは客観的な情報を調査するっていうのが一つあります。
プラス他人の意見を聞く、要するに取材とかですよね。
取材って現地とかに行って何が起きたんですかとか、この件についてどう思いますかとかテレビとかで聞くじゃないですか。
取材って調査ですよね。
それも他人の意見を聞く、すごいと思いましたとか、びっくりしましたとか、信じられませんとか、
そういう取材で出てくる情報っていうのは、他人の意見を手元に持ってきて、自分の何かの素材として使っていくのが取材ですよね。
これも調査の一形態だと思います。
いずれにせよ、集める情報の形態は様々あると、共通する部分には、
他人の情報を何かしらの手段を持ち、持ってくるっていうのが取材、調査なんですよね。
これは別にAIがどうとかネットがどうとかじゃなくて、昔から今まで変わっていません。
手段が変わっただけで、原理原則の部分、要するに他人から持ってくるというのは何も変わっていません。
これポイントとして言い換えると、自分で考えるって作業してないですよね。
聞くっていうのは、要するに尋ねる、答えを得る、手元に持ってくるっていう作業だけなんで、これってすごく機械的なんですよね。
質問をすれば答えられる、質問をすれば答えが得られる、現地で確認すれば答えが得られるっていう、そういう単白な作業なんで、何かクリエイティブな要素はないんですよね。
何を調べるかっていう選択はありますけど、調べること、行為そのもの自体は簡単にできますし、
であるがゆえに誰かにこれを調べてくださいって頼むこともできます。
まさにAIってそれじゃないですかね。
AIってこれについて広く調査してとかよく言いますよね。
それも同じで、調べるっていうのはすごく作業的性質が強い分、人に任せたり、大規模に、大規模にっていうのは要するにアンケートとかですよね。
アンケートって大量に配って、紙でも電子的でも何でもいいんですけど、大量に配って大量に回答させて、大量の回答を取得して統計的に何かまとめるってよくやるじゃないですか。
それが可能なのは作業としての性質が強い分、複製したり、大規模にスケーリングすることがすごく調査、調査調べるっていう点においてはすごく有利というか、そういうのがかみ合いやすいというのがあります。
これが調べるですよね。
「考える」とは何か?独自のアウトプットを生み出す思考
ここに対峙したいのが考えるっていう仕事なんですよね。
考えるっていうのは調べることではありません。
考えるっていうのは何かアウトプットを出す前提で自分の頭を使うことですよね。
これって調査とか調べ物とかと決定的に違うのは、別に何か外の情報をこちらに引っ張ってくるっていうことは関係ないんですよね。
とにかく頭を使って何か言う、頭を使って私は〇〇だと思いますとか、そういう話を自分の頭を出すっていうのは考える仕事なわけじゃないですか。
これって何かイエス、どうでもそうですよね。
これについてどう思いますかっていうふうに対して、ことに対して私はイエスだと思います、私は〇〇だと思いますというポジションを取る。
ポジションを取るのが考えるっていう仕事のアウトプットになります。
これは調査とは関係ありません。
当然、意見を出すときにイエスだと思います、〇〇だと思いますという意見を出すときに調査の情報が前提になることも当然ありますけど、それは必須じゃないんですよね。
仮説的情報、間違えた、仮説的な意見、何となくの意見、直感的意見っていうのは意見として成立しますし、それは変なことではありません。
なんか将棋とかチェスみたいなもんで、将棋とかチェスって一手打つときに別に何か調査しませんよね、いちいち。
あの盤面を見て、確かに盤面を見るんですけど、そこに何かアルゴリズム的な要素はないですよね。
何となく次の一手はこれがいいはずだっていう直感に頼って次の手を打ちますよね。
それが意見の提出っていうのとすごく似てて、
私がそう思ったからこうしたっていうのが要するに考えるっていうことなんですよね。
これが直感的要素が強いっていうのはまずあります。
だから正解も不正解もなくて、思ったからそう思いました、それで本当にいいんですよね。
だから駆動用ですけど、調査の内容を反映することはあるが、それは必須ではないっていうのが考えるっていうことなんですよ。
そうすると考えるって別に時間をかけないとできないとか、たっぷり考える時間を取らないとできないっていう感じはしなさそうじゃないですか。
考えるって意見を考えるイコールポジションを取る、考えるイコール意見を出すという風に考えるというか設定するならば、極論すると数秒でできそうじゃないですか。
これってどう思いますか?に対して私はイエスだと思いますとかどうだと思います?
多分限りなく短い時間で速答できそうじゃないですか。
だから考えるっていうのはスケールとはあまり関係ないんですよね。
時間を10倍にしたら10倍になる、リソースの投下を10倍にしたら10倍になるという性質ではありません。
これ調査とか調べるとは対照できる。
さっきも言ったんですけど、調査っていうのは大規模にしやすい、拡大しやすいっていう性質があるってさっき言いましたよね。
ただそれは考える作業っていうのはちょっと違くて、これは考える時間を10倍にしたら10倍になるとか、
もしくは逆に、他人に考える作業を依頼するっていうのはすごくできないんですよね。
調査の依頼はできるけど、思考の依頼はできないんですよ。
何でかっていうと、仮にこれについて考えてくださいっていうふうに、
これについて考えてくださいっていうふうに誰か他人にお願いして、
実際にそれをしてくれたとしてもそれって自分の考えにはならないんですよ。
他人の考えなんですよね。
他人の考えっていうのは、確かにそれを釈用してこちらの手元で使うことはできますけど、
それって要するに調査の結果じゃないですか。
他人の意見を釈用して調査の結果として利用するっていうのは、
それは自分で考えたことにならないんですよね。
これが重要な点の一つで、考える作業を代行できないんですよね。
考えるっていう仕事は自分しかできないと。
だからであるがゆえに、考えた結果っていうのは絶対に、
例外なくオリジナリティが出てきます。
他人と似た考えになるっていうことになりますけど、
必ずぴったり100%重なるっていうのは原理上ありえないことなんですよね。
「調べる」を「考える」と錯覚する危険性
ここなんですよ。考えることと調べることは違うっていうテーマで今回はしゃべったんです。
しゃべったというか、しゃべっているんですけど、
これってそうですよね。
ここまで説明すると、そもそも根本的に原理的に違う活動であるなっていうのはわかると思います。
検索とかAIはやっぱり調べるっていうのなんですよね。
それは考えてる風の気分にはなれるんですけど、考えてないんですよ。
調べてるだけなんですよね。
それがまずいなっていうのがあります。
物を調べてたくさん調べて考えたつもりになる、
考えたしこうしたつもりになるっていうのはすごく危険なんじゃないのかなっていうのが僕の意見です。
例えばですけど、さっきも言いましたよね。
これを考えてくださいって誰かに依頼して、それを考えた結果を自分のものとして使うって、
これ思考じゃなくて調査であるとさっき説明したんですけど、
これってよくいますよね、そういう人。
ネットとかに他人の考え偉そうな人の考え、権威性のすごそうな人の考えを復翔して、
復翔って同じことを言って偉そうな態度を取る人っているじゃないですか。
権威にすがって、権威主義者的な発想で権威にすがって、
自分が偉い気分、強くなったような気分になっている人っていますけど、
それってさっき言ったところ、自分で考えるっていう作業が重なってないですよね。
それが単に調査した結果を偉そうにしゃべっているだけで、実質何もしてないわけですよ。
コピーペみたいなもんですよね。
調査の結果って同じことを複製するだけですから、
全体的に見た場合、情緒さが増すだけで本当に何も発揮してないですよね。
もしここに考えるっていう作業が加わるのであれば、
さっき考える仕事の結果を例外なくオリジナリティを発揮するって言ったんですけど、
それと同じで、今この世にまだ存在しなかったものを一つ作るっていう作業ですから、
それは意味があるんですよ、例外なく。
ある意味考えるっていうのは、調べるっていうのはちょっと違います。
もっと平たく言うと、考える仕事っていうのは、
私は〇〇だと思いますの〇〇の部分に入ることを言うだけでいいはずなんですよね。
それって本当に原則大でもできるはずなんですよ。
ただこれを従わない人がすごく最近多くて、
AIの発言をコピーして偉そうに自分で言うとか、
なんか権威性のすごそうな人の腰銀着になるとか、
そういうことを従う人がすごく多くて、
なんか自分の意見を隠したがる人がすごく多いと思うんです。
それはすごくもったいないですし、
全体としてもさっき言ったようにオリジナリティが生まれないっていうのはすごく問題だと思います。
似たような意見が増殖しても情緒になるだけで、
本当に何も生まれてないですし、
それって無駄じゃないですか。
情緒さが似たようなものが大量に増えて、
誰にとっても好ましい状況ではないはずですよね。
まとめと語学学習への応用
今回のまとめなんですけど、今回の話は以上になります。
考えることと調べるというのは根本的に違うので、
考えることをするべきであるし、
調べるという作業は重要度は相対的に、
少なくとも今の時代においては高くないと思います。
というのも、このエピソードを通じて何回か言ったんだけど、
他人にお願いできる、AIにお願いできる、ネットにお願いできるというのは調査の部分では強いので、
ここは別に自分で頑張らなくてもいい部分なんですよね。
ただ、そこを頑張ってしまう、そしてもっと厄介なこととして、
そこを調査を頑張るイコール考えたえへんというふうに考えてしまう人がすごく多いように見えるというのが問題だと思います。
というのが今回の話です。
これは語学学習でも当てはまるはずですよね。
調査ばっかりして何も動かないとか、調査ばっかりして自分のポジションを取らないという人は、
語学学習のコンテクストでもすごく多いんじゃないのかなというふうに僕は考えています。
エンディング
今回のエピソードは以上になります。
次回のエピソードもぜひよろしくお願いします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
NOTEやKindleでもこのラジオで扱っている内容をより体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてみてください。
また、英語発音講座の無料体験を常時受け付けていますので、こちらもお見逃しなく。
詳細はエピソード説明欄、真っすぐのリンクからご確認ください。
オンライン完結ですので、ご自身のペースで取り組むことができます。
それではまた次回お会いしましょう。
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