まず把握するっていうのは要するにメタ認知のことじゃないですか。
メタ認知っていうのは確かこのポッドキャストのエピソードでも前回に語学学習とメタ認知っていうキーワードでエピソードを作っているので、
これもぜひご覧ください。毎度のことながらエピソードの説明欄に過去のエピソードのリンクを貼っておきます。
まずメタ認知についてなんですけど、メタ認知っていうのは要するに自分の視点よりも上位の視座、
要するに自分の視点ではなくてそれを鳥の視点から眺めて自分が今どのようになっているかっていうのを把握する、
自分で自分を俯瞰的に把握する能力がメタ認知ですよね。
これができないとどうしても目の前に映る現象や事物しか理解できなくて、
故に目の前に映る現象や事物に基づいた判断しかできないという状況になります。
これは判断や行動の重さに直結しますよね。
みんながこぞってやってからやりますとか、かっこいい偉そうな人がこぞってお勧めしてからやりますとか、
そういうのは判断の重さですよね。
これってメタ認知が甘いってのは分かりますよね。
全体を把握してない、自分及び他者の感情、意図をうまく把握できてないっていうのがありますよね。
要するに感情っていうのは感情がまず内側にあってそこから言動が出てくるわけじゃないですか。
それは他人及び自分でもそうですよね。
なんでこの人はこのような順番でこのようにこちらに話しかけてくるのだろうかっていうのはまず意識するんですよね。
これは相手の感情を理解してそれを適宜活用するとかあるいは逆に防御するっていうのがあります。
なんでみんながみんなある行動をしたがるのかっていうのはまず考えるんですよ。
それもメタ認知ですよね。
例えばさっきみんながオススメしてるからやるっていうのはやっぱ変だなって言ったんですけど、
それって前回でも社会的証明の位置形態でいわゆる赤信号をみんなで渡れば怖くないと全く同じことをしてるわけですよね。
みんなが同じことをするっていうのは要するにそのみんなも一人一人がみんなと同じことをしているっていう感覚なんですよね。
それって集団として勝手につるみたい、つるみたい、絡みたい、他人と同調したいっていうそういう心理が根底にありますよね。
それがメタ認知で獲得できる他者の心理ですよね。
そこまで考えるとそこにプラスワン、プラスイチして自分もわらわらついていくのはやっぱおかしいなってわかるじゃないですか。
これがメタ認知から得られる高いEQから得られる行動ですよね。
他人とつるまない。僕はいつも語学学習では他人とつるまないほうがいいし、それは何の役にも立たないって言ってるんですけど、これと全く同じです。
他人とつるんでも意味ないし、それはみんなと同じことをして安心したいっていう集団の心理から出てくるわけのわからない意味不明な行動なんじゃないですか。
それが一つあります。
問題はやっぱりじゃない方なんですよね。コンプレックスっていう言葉を使って説明できると思うんですけど、コンプレックスがまさに自分の感情を理解できてないパターンの典型だと思います。
要するに意気を発揮できていない、メタ認識できていないっていう状態が要するにコンプレックスですよね。
自分がどのように感じているのか、自分がどのような感情を持っていて、どのようなマイナスの感情に振り回されているのかっていうのが、そもそもそれすらわからないっていう状態が一番まずいわけですよね。
それがコンプレックスなわけですよね。英語学習もよくコンプレックスビジネスとかにやりされたりするじゃないですか。
ちまたの広告を見ると英語学習しないとやばいとか、英語学習から逃げるなとか、英語学習しないと置いてかれるとか、そういうのばっかりじゃないですか。
ちまたの参考書、ちまたのネット広告、ちまたのユーチューバーのサムネとか、本当にそれしかないですよね。
みんな煽ってきますよね。それは何でかっていうと、ユーチューバーが煽りたがりではなくて、それをするとコンプレックスを持っている人が喜んで視聴してくれるからそれをやってるわけですよね。
順番はまずコンプレックスをこじらせてしまった人がいて、その次にそのコンプレックスをこじらせた人たちの感情を理解して、これこそ別のある意味言い切りを発揮しているわけですよね。
コンプレックスをツンツンする人が言い切りを発揮して、そこに被せるようにこちらの不安を煽る、増大するようなコンテンツを仕掛けてくるわけじゃないですか。
それはそういう構図になっているというのをまず理解するんですよ。これもメタ認知ですよね。これも上から把握するやつですよね。
そうなっているんだなって把握すると、問題の根源はどこにあるかというと、やはり自分がコンプレックスを持ってしまっているという状況じゃないですか。
そこを打破すれば、なんか、巷でやってくる煽り系インフルエンサーの言葉に対しても、なんか変なことを言っているなぐらい、あの人たちはよくわからないことを言っているなというふうにスルーできるんですよね。
そこで過度に不安を増大して、変なふうに消耗したりすることもないじゃないですか。
なぜそのような考えに至ってしまったのかというのを考えるんですよね。
誰かから頼まれたわけでもないのに、劣位の感情を勝手に抱いて消耗するってのはやっぱり変じゃないですか。
そうすると、比較しないとか、他人と比較しないとか、他人と上下の対比を作らないとか、そういうのが根底にありそうですよね。
それってやっぱり管理できそうじゃないですか。そこでまず把握すれば、私は今上下の比較を作ろうとしているという暗示的な感情がもしそこの場で特定できたのであれば、なんかそれって管理できそうじゃないですかね。
要するに比較してしまうというのは、比較される対象が目に入ってしまうから比較してしまうわけですよね。
ネットの人たちとあまりつるまないようにするとか、そういう場所じゃなくて、もっと一時情報、いつも言っている一時情報、生の情報、現場の情報を見て、
実際はもっとフラットで、別にそんな比較でピリピリする必要はないのかなというふうに感じることができるはずじゃないですか。
例えばTOEICとか英検もそうで、TOEICとか英検って人によっては比較したがりますよね。
私のTOEICのテストの点数はこちらの誰々さんよりも高いなの低いなのみんな言いますよね。
それってやっぱり比較の真理を増大させるじゃないですか。比較の真理っていうのは要するに、比較する場合って必ず勝者と敗者がいるわけですから、
その時に敗者になる方はやっぱり劣位の感情を抱えちゃいますよね。それはあんまり良くないですよねっていう話なんですよね。
そういうのを考えると、やっぱり比較したがりの人たちに対してつまらないというのは全く同じことは言いますけど、一つの解になりそうじゃないですかねというのがありますよね。
一番まずいのはやっぱりマイナスの感情に振り回されて、自分が勝手に作ったマイナスの感情に振り回されて、
そこで勝手に溺れる、別に頼まれたわけでもないのに勝手に溺れてデッキ死してしまうというのが一番まずいじゃないですか。
そこでマイナスの感情をなんでそうなってしまうのかなっていうのは、そもそも考えてそういうネットの情報の海に溺れて勝手に自分を卑屈に見てしまうとかそういうのがいろいろあるんですよね。
本当にそれは人それぞれですぐにはわからないんですけど、少なくともなぜそのような感情になっているのかっていうのはまず把握するというのは誰にとっても役立つはずです。