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#92 語学学習で「現実」を見るのは必須の要件
2026-08-27 16:53

#92 語学学習で「現実」を見るのは必須の要件

語学学習を始めるとなると多くの人は、教材やスクールなどの外部のエンティティをまず探し始めますが、それはものごとのひとつの側面にすぎません。語学学習では、「今どうなっているのか」という一次情報としての事実の確認が必須になるし、それをしないのであればほんとうに何も前進しない、という話をしています。


【プロフィール】

そっちゃそ(⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠@trans_souta⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠)。フリーランス産業翻訳者。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。ご意見・ご感想は⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠公式HP⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠のお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。ライオン君との共同ホストPodcast番組、『⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠円卓上のイエティ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠』にもレギュラー出演中。


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サマリー

このエピソードでは、語学学習において「現実を見る」ことの重要性を強調しています。これは、教材や他人の意見といった二次情報に頼るのではなく、自分の英語使用状況を一次情報として確認し、それを自分の言葉で説明する能力を指します。TOEICや英検のスコア、あるいはYouTubeのショート動画のような手軽な情報に依存し、「分かったつもり」になるだけでは、真の学習や問題解決には繋がりません。自分の現状を正確に把握し、課題を設定し、改善していくプロセスこそが、語学学習における本質的な進歩の出発点であると説いています。

オープニング
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、語学学習というテーマを軸に、 その本質やあり方について哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容を基に、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長ら時間にぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
語学学習における「現実を見る」ことの重要性
こんにちは。今回も語学学習の話をしたいと思うんですけど、 今回はちょっと抽象的な話になると思います。
抽象的っていうのは、ノウハウチック、ハウトゥーチックの話ではなくて、 もっと普遍的な話になると思います。
学習っていう話なんですけど、これは語学学習に限らず、 学習のコンテクスト、局面、全般に通用する話なんじゃないのかなと考えています。
今回のキーワードは問題解決になります。 問題解決能力、もっと言うと課題設定かな、課題設定能力になります。
それはよくビジネスチックな文脈で言われますよね。 課題設定、問題設定をしてそこにリソースを探って、
よくある話じゃないですか、エッセンシャル思考とか そういうやつも多分通ずるものがあると思います。
今回は語学学習の話でこれをしたいんですけど、 ポイントは問題を設定するっていうのは何かっていうんですよね。
そもそも問題とは何か、問題とはどのように確認できるのか、 それは誰かにお願いしたら問題をくれるのかとか、
あるいはネットを調べたら問題がわかるのかとか、 そういう話なんですよね。
ここが勝負の分かれ目というか、そこを大事にするかどうかで ことの局面が大きく変わるのがほとんどであるっていうのが僕の考えなんですけど、
その話をしたいと思います。 キーワードは現実ですよね。
現実の問題を解決するには現実を見なければいけないという、 そういう当たり前の原則があるわけですよ。
机上の空論で現実の問題を解決できないというのはわかりますよね。
現場のことを何も知らない人が現実の問題を解決できるわけがないというのは当たり前じゃないですか。
そういう話をしてみたいと思います。
現実確認の第一歩:一次情報の把握
語学学習は課題設定と解決の一連のアプローチと考えるのであれば、 これってまず何よりもですよ。
何よりもまず現実を確認しなければいけないという、 そういうテップ1が入るのが当然じゃないですか。
それを僕はすごくこのエピソードで強調したいんですけど、
それに二の足を踏むというか、後回しになるというか、 そもそもそこをすること自体に対してすごく謎に警戒というか、
後ろめたさというか、恐れおろの感じを抱いている人がいるというか、 たくさんいるような気がしているんですよね。
今回の話はそういう話になります。
現実を見るというのは、要するにこれは事実を確認する、 目の前の情報をありありと広がっている一時情報をそのまま確認することなんですよね。
これって他人の意見を聞きますとか、 他人から瞬き切って何か情報を得ますとか、そういうことではありません。
問題設定のステップ1なんですけど、何でこれをしたいかというと、 状況を言語化したり、状況を把握したり、状況を他人とシェアしたり、
今こんな感じになってますよという状況を自分ないしは他人と共有して、 そこから叩き出したとしても作るというのが現状の確認というのがステップ1なんですよね。
別に今更確認するまでは当たり前のことなんですけど、 何もない状態、さっき机上の空論って言いましたけど、
何もない状態から物事を改善していくって無理なんですよね。 なぜかというと物事がそもそも存在しないから。
何もない状態から何かを言うっていうのはすごく難しいんですよね。 できないんですよね。
であるがゆえに叩き台を目の前に提示した状態で話を進めるというのがすごくマストなんですよね。
素案って言ってもいいと思います。 語学学習の素案、語学学習の現状。
それって具体的には自分が英語を使っている姿そのものとか、 あるいは自分が書いた英文そのものとか、
あるいは自分でなくて他人だとして、 他人がどのように英語を使っているかとかを色々と自分の目で確認するというのは、
そういう作業が現状を把握するじゃないですか。 それが駆動用ですけどステップ1になるわけですよね。
二次情報への依存と現実確認の心理的障壁
これってどうですかって言われたらどう回答しますかね。 それできてますか。
色眼鏡で情報を見てないですかっていうのが僕の一番聞きたい質問なんですけど、
何か学習をします、何か勉強をしますというときに、 まず真っ先に何をしますかという質問の形態に書き換えてもいいと思うんですけど、
そのときに例えばですよ、解説動画を見ますとか、参考書を読みますとか、教本を読みますとか、
あるいはGoogleに行きますとか、よく知ってそうな人に教えてもらいますとか、
そういうのが出てくる場合って、いずれも一時情報ではないですよね。 現状把握になってないですよね。
現状把握は現実を見なきゃ始まらないって言ったんですけど、 それっていずれも二次情報、三次情報以降の、
誰かの手が着色が入った情報ですよね。 それがダメだというわけでは決してないんですけど、
それだけになってしまうと現状把握がどんどん遅れるじゃないですか。
それをしないほうがいいというのが僕のサジェクションになります。
そうなってしまうのは何となくわかるんですよね。 さっき自分の英語を録音しましょうとか、
自分の書いた英語そのものを確認しましょうって言ったんですけど、 それって何となく恥ずかしいとか照れとか、
何となく後ろめたさが感じるのはわかるんですよね。 何でかっていうと、やっぱりみんなネイティブ英語、ネイティブ発音とか言ってるんで、
それと比較してしまいますよね。 それで自分の英語を出すのが恥ずかしい。
もっと言うと、記録として残しておくこと自体、 記録として残して公開したりシェアしたりすることに対して、
すごく心理的抵抗を感じる人がすごく多いと思うんですよね。 それは何となくわかるんですけど、
それは必ず通らなければいけない道なんですよ。 それが相反かたきなになって、
どんどんどんどんインプルーヴしていくわけですよね。 それをしないと本当に何も始まらないわけですよね。
技術的ハードルもないじゃないですか、別に。 録音するにせよ、英文を記録するにせよ、
スマホ一台あればできますよね。 録音録画って別に人々が24時間手元に持っていて、
スマホを使えばいつでもできますし、 あるいは英文だってテキストでタイプすれば別にいいわけじゃないですか。
当然記録っていう面でも有利で、 スマホに残しておけばいつでもチェックできますよね。
現状把握、現状確認っていう元々の目的ともすごく整合すると思います。
だからできないはずがないんですけど、 それは記録して確認してインプルーヴしていくっていう、
ある意味当たり前の方法ってできないはずがないんですけど、 なかなかそれをやってくれる人がすごく少ないんですよね。
それをしないでやっぱり二次情報、三次情報、 誰かの教え、誰かの情報、誰かのハードツールばかりを求めてしまうと、
主観が抜けて客観ばかりが入ってきてしまうっていう、 そういう状況になってるんですよね。
自分の問題、自分の課題、自分の目標、自分の方向性っていうのは、 やっぱり現状確認してると本当に分からないんですよね。
それをした方がいいっていうのがサジェスションになります。
TOEIC・英検スコアの限界と真の語学力
ここまで言うと多分、じゃあトイックや英検で現状とか、 そういう自分の到達点を測ればいいのではないでしょうかっていう風に思う人もいると思うんですけど、
それって大きく間違ってないんですけど、 それってスコアとか級って個々の情報が、
具体的な情報が一つの数字に一色体にされるというか、 まとめられてしまった情報ですよね。
トイックの3桁の数字を眺めても、 自分の英語力がどうなってるかってパッと分かんないじゃないですか。
良いとか悪いとかは言えるかも。 良いとか悪いっていうか、誰々さんよりも優秀とか、 誰々さんよりも低いとかは言えそうなんですけど、
それ以外のことなんか言えなくないですか。
やっぱり数字とか、3桁の数字とか、英検の級も、 それって語学力から誘導された情報であることは間違いないんですけど、
技能それそのものではないですよね。
やっぱり技能それそのものっていうのは、 自分が英語を使っている姿を確認しないと分からないんですよね。
分析とか解析の結果っていうのは、 本物というか一時情報に対立されて、
摂取というか使われる情報ですから、
それはトイックの3桁のスコアだけを見て、 何か言えるっていうのはちょっと難しいんですよね。
大原則なんですけど、英語を使ったことがないのに、 英語を使えるようになった人はいないわけですよ。
もっと言うと、使ってきたという事実を確認していないと、 自信にもならないわけですよね。
英語を使えるかどうかって質問をされたとして、 あなたは英語を話せますか?
あなたは英語を使えますか?って質問をされたとして、 その時に何を言いますかっていうことなんですよ。
トイックのスコア英検の級を伝えて、 英語を使えますよってアピールするのか、
もしくは今まで英語を使ってきたという事実を、
事実っていうのはさっきここまでずっと言ってきた 一時情報の生の情報っていう話と全く同じなんですけど、
今まで英語を使ってきたという事実を認識しつつ、 はい、使えます。
なぜなら過去に使ってきたからです。 たくさんって言えるかどうか。
事実をちゃんと自分で把握しているかどうか っていうのの違いだと思います。
それができないとトイックのスコアで 自分の英語力を説明したことにするっていう風になっちゃうんですよね。
自分の言葉で説明することの価値
それって日本人には通じますけど、 日本人以外の誰かにトイックのスコアを伝えても
別に本当に何にもならないんですよね。 トイックの知名度は知らないですし誰も。
ちょっとここからは角度を変えるんですけど、 現実を見ているかどうか、見えているかどうか、
現実をちゃんと把握できているかどうかっていうのが 良いもの差しというかチェックになるのが、
自分の言葉で説明してみるっていうのがあります。 これすごく役に立つと思います。
まさに僕がやってることなんですけど、 ノートとかYouTubeとかこのポッドキャストで
自分の言葉で僕が説明してるじゃないですか、 それをやってみるのが良いのではというのが
僕のサジェクションになります。 というのも現実を説明するっていうのは、
現実を把握していることの十分条件になりますから、 説明できるのであれば理解しているって言っていいはずですよね。
説明できないってことは、現実を、目に入ったことを うまく解釈できていないっていう、逆にそういうサインになりますよね。
それってすごく役に立つんですよ。 なんでかっていうと、そこで出てくる言葉が
世間がよく言っていることに やきましになっている場合とかもありますよね。
例えば、どこかのインフルエンサーっぽい人が 言っていることを復習をしただけでは、
それ現実を説明したことには なってないですよね。
ネイティブはこのような表現をします。 ネイティブ英語はこれです。
カタカナ教科書英語はこれです。
そういうことを誰かが言ってたよっていう説明をしちゃうと、 それって現実の説明にはなってないですよね。
それは二次情報をもっと薄めて 説明しただけじゃないですか。
それをしてしまうと、現実を見ていない っていうサインになるんですよね。
逆に現実っていうのは もっと訳がわからないんですよ。
一言で説明できるようなことでもないですし、
そこをわけわからないとか、カオスとか、 もう本当に複雑でよくわからない状況を
理解、把握しつつ、それでもわけわからないなりに 自分の言葉で説明することがもしできたのであれば、
それって現実を見ているという証拠になりませんかね。
それをするといいと思います。
これって語学学習でもすごく役立つと思うんですよね。
語学学習っていうと、教科書とか参考書とか、 そういうのに書いてある情報を暗記して
複装できるようにすることだけじゃないですよね。
それは現実ではないですよねっていうのが くどいようですけどあります。
事実としてどうなっているのかを確認する。
確認した事実を自分の言葉で説明するっていう流れが すごく効くっていうのが僕の持論になります。
現実把握から問題解決と優先順位設定へ
最初に冒頭で示した話にまた戻るんですけど、
現実の問題を何とかしたい場合は、 現実を見ないといけないんですよ。
現実を見て、現実を説明すると、 それが問題解決のスタートステージになるわけですよね。
このようになってました。
じゃあそれはつまりどういうことか。
それは好ましい状況なのか、それとも インプルーブした方がいいのか。
あるいは別にそこまでできればインプルーブした方がいいけど、 そこまでに大した違いにはならないのかとか、
あるいは優先順位の問題でここは明らかに 何とかした方がいいなっていう状況下にあるのかとか、
そういうのが分かるんですよ。
それって現実を把握して初めて分かることですよね。
優先順位、順番、課題設定の問題です。
「分かったつもり」の危険性と真の学習
怖いのは分かったような気分で止まっちゃうことなんですよね。
YouTubeのショート動画とかが典型なんですけど、 分かったような気分になってしまって止まっちゃうっていうのはすごく多いんですよね。
それって現実を見ないで数十秒、 十秒、数十秒の動画だけ見ていい気分になっておしまいっていう感じなんですけど、
これって全然学習になってないんですよね。
学習っていうのは、現実を見て問題を把握して インプルーブしていくって何度も何度も言ったんですけど、
それはYouTubeのショート動画を100万個見ても 分からないわけですよ。
YouTubeのショート動画は簡単分かりやすい風ですけど、 それってなんかシュガーコードされてるというか、
複雑な現実を見せないようにしてるっていう、 ある意味良くも悪くも配慮があるわけですよ、クリエイター側の。
それを見てていい気分になると、 現実の問題が隠されちゃうわけですよね。
それを、そのせいで実際にどうなっているのか よく分からないという状況になるわけです。
くどいようですけど、いかに自分の言葉で 説明できるかっていうのがすごく重要になるはずです。
二次情報、三次情報だけをたらふく摂取して いい気分になって、
世の中の物事を全て知ったような気分になるのは すごく危険で、というのもやっぱりそれをすればするほど、
一次情報、現実の情報、生の情報が 見えなくなっちゃうんですよね。
そうすると、内外の現実を見てそれを捉えるっていう仕事、 問題解決、課題設定の重要な仕事の力逆転が削れて、
削れてなくなっちゃうっていうことになります。 だから程度問題でもなくて、
これはそこを外すと永遠に話が始まらないという 状況になるわけですよ。
時間の無駄って感じがしませんかね。
だから分かっているつもりと分かっているのが 違いだというふうに説明してもいいと思います。
分かったつもり、分かっている、分かった気分っていうのは 比較的容易に達成できてしまうんですけど、
実際に分かっているかもっと言うと、 分かった上でそれを技能として紹介して、
ちゃんと自分で披露できるかっていうのは 本当に点とちょうどの差がありますから、
それはそこにものすごくギャップがあるっていうのは 理解したほうがいいはずです。
それを確かめるためには自分の言葉で説明する、 自分でやってみる、
現実をちゃんと把握するっていうのが 本当に大事になると思います。
エンディングと関連コンテンツの紹介
今回は長々と説明したんですけど、 今回の話は以上になります。
次回のポッドキャストというエピソードも ぜひよろしくお願いします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
noteやkindleでもこのラジオで扱っている内容を より体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学べている方は概要欄から ぜひチェックしてみてください。
また、英語発音講座の無料体験を 常時受け付けていますので、
こちらもお見逃しなく、詳細はエピソード説明欄、 マットリのリンクからご確認ください。
オンライン完結ですので、 ご自身のペースで取り組むことができます。
それではまた次回お会いしましょう。
16:53

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