1. そっちゃその語学ラジオ
  2. #62 英語初心者を自称して卑屈..
#62 英語初心者を自称して卑屈になってしまう風潮について
2026-08-07 10:01

#62 英語初心者を自称して卑屈になってしまう風潮について

私は英語ができません、全然だめです、という説明を嬉々としてやってしまう人は世の中たくさんいます。それは防衛反応の一種であり、基本的には褒められた話ではありません。このエピソードでは、英語ができないこと、初心者であることを必死にアピールしてもなんにもならないし、「できることを説明する」という至極当たり前の流れにしたほうがいい、という話をしています。


プロフィール:

そっちゃそ(⁠@trans_souta⁠)。フリーランス産業翻訳者。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。ご意見・ご感想は⁠公式HP⁠のお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。ライオン君との共同ホストPodcast番組、『⁠円卓上のイエティ⁠』にもレギュラー出演中。


YouTubeはこちら:

https://www.youtube.com/@trans_souta


英語発音講座の無料体験も常時受け付けています。今のところ大好評です:

https://www.souta-maruyama-trans.com/hatsuon

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

このエピソードでは、自分の英語力を過小評価し、「自称英語初心者」とアピールする風潮について考察しています。多くの人が自信のなさや他人からの批判を避けるための防衛本能として、本来の能力を「割引いて」説明してしまう現状を指摘。しかし、これは実利的なメリットがなく、むしろ評価を下げる結果につながると述べています。TOEIC高得点者でさえ自己卑下するケースや、翻訳業界の「翻訳者の卵」という表現を例に挙げ、自分の能力は客観的なデータだけでなく、主観的な自信に基づいて堂々と説明することの重要性を強調しています。最終的に、自己卑下は一時的な防衛にはなっても、長期的に見て何の役にも立たないと結論付けています。

はじめに:自称英語初心者というテーマ
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容をもとに、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など、長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは、今回も音声配信を開始したいと思うんですけど、 今回は英語系の話になります。
英語系って言っても、ノウハウチックな話じゃなくて、 学習者に僕が感じることっていう話の一つをやってみたいと思います。
心理的態度、こういうふうにする人結構いるよねって話を 雑談チックにやってみたいと思うんですけど、
今回はキーワードは自称英語初心者っていう話をしたいと思うんですけど、
自称英語初心者ってなんとなく自分のことだとか思ったりしちゃう人も多分いると思うんですけど、
自分のことを英語全くできませんとか、自分に対して英語初心者ですっていう、
そういうのをやたらアピールしたがるっていう人っていますよね。
周りにもたくさんいると思うんですよね。
それってなんでだろうな、言い換えると、
なんで自分のことを英語力をやたら低く見積もって 説明しちゃうのかなっていう話をしたいと思います。
英語力ディスカウントの現状と疑問
これは一言で言うと自信がないからですよね。
何をもって英語力があります、もしくはありませんって 説明すればいいのかって、
ユニークじゃないじゃないですか。
通訳の点数が何とかかんとかだけでは説明できそうにないですよね。
何かよりどころがあって、ここまでできます、できませんっていうのは、
ビシッと本来であれば定めないといけないんですけど、
それができない人も多いはずなんですよ。
あるがゆえにできませんっていう方向にドリフトして、
ドリフトした結果、初心者は自傷したり、
全くできませんという風にいってしまうっていうのがすごくあると思います。
これは僕の表現をするなら割引きですよね、割引きディスカウント。
例えば本来の英語力が10だとしたら、
それを3割引き、5割引きとかあるいは7割引きぐらいにして、
その割引いた値を説明するっていう人が多分結構いると思うんですよね。
それって変じゃないですか。
なんでそこで割引くんですかっていう大きな疑問が一つありますよね。
プラスそれに対して、みんながみんなそのように言うことに対して、
あまりそれって本当ですかって深く突っ込む人もまたいないっていうのも事実なんですよね。
英語できませんアピール合戦をしている人って結構いるじゃないですか。
私もできません、私もできませんって謎に競り合って、
英語できませんのアピールで合戦している人すごくいますよね。
それもあります。今2つのことを言ったんですけど、
1つは英語できませんってアピールしちゃう人が世の中たくさんいるよねっていう疑問、
プラスそれに被せるようにまた別の人も言っちゃうよねっていうのがそういうのがあります。
これが何でだろうなっていう話なんですよね。
高得点者にも見られる自己卑下と実利的な不利益
これもっと過激というか、発展系というアシュみたいなのがあって、
それはTOEICとかで900点取りました、英検で1級取りましたとか、
そういう人でもなぜか特にノートとかでいると思うんですけど、
ノートとかで説明している人がすごく多いなと僕は思うんですけど、
それで一般的にハイスコアとされているような上位のレベルを取ったにもかかわらず、
まだ自分はスタートラインになってないんだぞって謎にストイックさを見せる人とかも結構いるんですよ。
それもなんかめちゃくちゃ変じゃないですか。
さっき割引ディスカウントって言ったんですけど、それに近いものを感じますよね。
社会のマナーのようなものに、自分の英語力を割引って説明しないといけないっていうのがあるのかなってすら感じてしまいます。
ただそれはやっぱ変なんですよ。
日本語力でもなんでもいいんですけど、自分の能力はそのままその通りに説明した方がいいはずですよね。
自分の英語力が10あったら10説明した方がいいじゃないですか。
自分で自信を持ってここまでできます、できませんっていうのは自分で決めた方がいいはずなんですよ。
それが実際できてない人の方が多いなって思います。
だってこれって実理的というか、実際の面でもそれがいい方に運ぶと思いませんか。
例えば同じような能力があるとして、同じような能力を持っている2人がいるとして、
1人はやたら自分の能力をディスカウントして説明しているが、
もう片方の人はちゃんとその実体通りに説明しているっていう人がいた場合って、
それって実体通りに説明している後者の人物を多分高く評価しますよね。
なぜかディスカウントする人って自分を下げる結果その評判を下げちゃうんですよね。
なんかそれはすごく変ですよね。
マイナスしかないじゃないですか。
であるがゆえに本来であれば10の能力を持っていたら10の能力をあるものとして扱い説明した方がいいはずなんですよ。
それがなんか変だなというふうに思っています。
防衛本能としての自己卑下とその無益さ
そうなってしまうのもなんとなくわかってきて、
世の中って特にインターネット上には人の他人の英語力をイチャモンつけたり、
なんか小バカにしたり、発音があらこうだとか、文法があらこうだとか、
あったこともない人に対してイチャモンつける人がたくさんいるから、
それでちょっとディスカウントして、ディスカウントというか防衛本能的なやつで、
私はできませんということにしておいてください。
であるがゆえに攻撃しないでくださいっていうふうにそういう感覚を持っている人が結構いると思うんですよね。
であるがゆえに自分を下げるという動きをするんだと思います。
たださっきディスカウントしても意味ないよって言った通りで、
自分の能力を下げても本当にプラスにならないんですよ。
これ翻訳業界、翻訳者界隈でもあることで、
翻訳者ってスタートに立つときに卵を受賞する人がいるんですよね。
翻訳者の卵です。翻訳の修行中ですとか、翻訳学校に行ってますとか、
そういうのを広くアピールしちゃう人がいるんですけど、
それも同様の理由で変ですよね。
なんで変かっていうと、マイナスしか生み出さないんですよ。
だってこの人は翻訳者の修行中なんですねって言われたら、
なんかプロじゃないんだって思っちゃいないですか。
その時に仮にプロになりましたって言っても、
さっき今の世まで先生と説明してた修行中っていうラベルを剥がして、
プロになりましたよって言うわけですよね。
すごく手間じゃないですか。
だったらいきなりちゃんとできます、実はもうできますよって言った方が楽ですよね。
それと似てますよね。
主観的な自信の重要性と経験に基づく自己評価
全てに通じるのは、自信っていうのは主観的なんですよ。
主観的っていうのは客観的なデータがあって、
これくらいのデータが出てるから、
ゆえに私は〇〇ができます、できませんとか、
そういう話をするわけじゃなくて、
自分の主体、主観だけを信じてここまでできますよって宣言するのができる、できないの話なんですよね。
トイックとか英検っていうのは別に、
できます、できませんの下支えはしてくれませんよね。
極論すると、その人が英語できると思ったらできるって言っていいんですよ。
当たり前ですよね。
そうするんですよね。
そこに他人がやいのやいの言い落ちはないはずです。
これは別にその通りなんですよね。
できると思ったらできると言えばいいです、そうしまいでいいと思うんですけど、
そこをどこまで自分のことを信じられるか、
要するに張ったりとかじゃなくて、
張ったりとかでまかせではなくて、
本当に私はそう思ってますっていう、
ぶれない心の心境を持ちながら私は英語力ができますって言えるかどうかなんですよね。
これ多分言えない人の方が多いと思います。
そこは自信をつけるっていうのは、
過去の経験とか何かをしてきたっていう事実がある、
例えば英語を書いてきた、英語を話してきたっていう事実がもしあったら、
その事実からつながる自信がもしできているのであれば、
ブレずに堂々と英語できますよって言えそうじゃないですか。
そこまで持っていくのがやっぱり大事ですし、
冒頭で言ったように、自称英語初心者を名乗ってやたらと自分をディスカウントしない方がいいっていうのが僕のポジションになります。
まとめ:自称英語初心者の問題点と結論
最後になんですけど、やっぱり英語初心者を自称するのは防衛本能なんですよ、多分。
それをすると意地悪な人から攻撃されないっていうのは事実だと思いますし、
それは防衛できているんだろうなったら普通に思いますけど、
何度も同じことを言いますけど、それって役に立たないんですよね。
マイナスになってプラスにならないっていうのは間違いありません。
まとめ的に言うと、できるできないっていうのは自分で考える、
主観で物を言う、心を良いところにして物を言うっていうのが全てだと思います。
今回の話は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
ノートやKindleでもこのラジオで扱っている内容をより体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
10:01

コメント

スクロール