はい、次は主体性を発揮したくないことの回ですね。覚えてますか?あなたが主体性を発揮したくないことは。
覚えてない。
覚えてない。
山山さん、「家族って何?」ですね。合わせていきますね。
しおたもとやさん、「のぞみさんの求める家族のあり方、わりとわかるな。」主体性がテーマだったのに、家族に関するコメントが2つ来てますね。
私が主体性発揮したくないのが家族って言ったのに。
家族って言ったのに。
それに共感?
山山さんに関しては、「家族って何?」っていうのもさんの問いに、衝撃を受けたんじゃないかな。
で、「確かに家族って何だろう?」って思ったとか、そんなのかな。
ちょっとこの一文だけだと。
覚えてる。このときなんか2人に、「家族ですよね?」って何回か言われたもんね。
もちろんね、家族もオリジナリティある、それぞれの家庭でね、あるのかなと思う一方で、やっぱり文化的なものとかね、もしくは長い時間で培われたしがらみみたいなものも同時にあると思う。
でも人と人とが一緒にいるってことはって感じなんですけど。
時間軸って関わる人数と序列みたいなのがいろいろと混ざってるんですよ。
家とかって。
だから議論するとか、フラットじゃないみたいなのがたぶん前提になって、話してはいけないみたいなのが結構ありそうだよねみたいなのが括弧にあって、
家族ですよねって2人は言ったら嬉しい。
でもありがたいね。山山さんの言った家族って言ったっけ?
家族って何?
これちょっと今度お題にします。
家族っていいですね。
そのままね。
一方で塩田本屋さんは、のぞみさんの家族のある方はわりとわかるなって共感してくださってますね。
だからフラットに議論すればいいじゃんって思ってるってことなのかな?
嬉しいです。
理想はでもそうですよね。
でもやっぱその権力を持ちたくなるタイプの人というか、一人でもいると一気にバランスが崩れちゃうというか。
だいたいその昔の家族像ですけど、お父さんがやっぱ力を持っててっていう。
でも確かにその言葉とかやりとり、対話というコミュニケーションに期待感があったり、
まだ信じてるっていうのが私とか塩田さんなのかもなって思いましたね。
これややこしいのは、例えば今生存してる家族一族が例えば20人いるとするじゃないですか。
20人全員で合意してフラットでいいよねってなったとしても、先祖を否定することになるから難しいんですよね。
死んだ人の合意取れないから。
あの人は偉くないっていうことになるけど大丈夫ですか?みたいなことが起こるけど。
まず死んだ人をなかったことにしようっていう合意をしなきゃいけない。
めちゃくちゃなことする。
でも、ちょっと議論が始まっちゃう。
家族って何の時に始まるのね。
そして、川畑葵さんと呼びます。
なんと、ポッドキャストにコメントを書いたら番組で読んでもらえるというレアな機会に恵まれましたので、さらに投稿してみます。
これ番外編4回目かな。
スピノザみたいなコメントをいただいたので、僕たちがどういうところなんだろうって疑問で返しちゃった。
それに対してさらにアンサーしてくださってますね。
エピソード18で好きを仕事にすることについての回で、理論がスピノザ的だと思ったのは、なんとなくこれ自分はコストなしでできるんだなみたいなそういう欠片を日々いろいろとやってみる中で探すということが、
自分のコナツスを身に出すっていう考え方に近い気がしたのです。
哲学者スピノザについては、扱っているポッドキャストゆる哲学ラジオがあるので、よければぜひ聞いてみてください。
全6エピソードあります。
推進読んでいただけただけでとっても嬉しかったです。
嬉しい。
それちょっと後で見ます私。
またでも難しい言葉できました。コナツス。
これ聞くしかないですね。これもうわかんないから。
これ聞くしかないですね。ゆる哲学ラジオぜひみなさん聞いてください。
でもなんかね、こうやってコメント返しみたいなので、アンサーソング的な感じで嬉しくないですか?
嬉しいです。ソングではないけど嬉しいですね。
ソングを投げ合いましょう。
ということで、コメント以上ですね、ご紹介は。
ここからはいつも通りですね、ビッグトリーの歴史ですね。
なんかみんな聞いてくれてるみたいでめちゃくちゃ嬉しいです。
嬉しいですね。
今回ね、第6回目ということで、これまでの5回すっごく単純に言うと、
討論カフェっていうイベントが、のんさんが大学時代に始めて、そっからいろいろいろあって、
ビジネスプランコンテストに討論カフェを出して、そしたら優勝してしまったと。
してしまったというか、優勝するていでね、そもそも。
そうです。
出したら本当に優勝して、で、どうしようかな今後って思ったときに、
起業するって決意をした、大学3年生の冬、1月。
7日。
7日。からの話かな、今日は。
7日に日記を書いてたってだけなんですけど。
ということで、ついにもう回想経ちましたね。今回。
えっとですね、いろんなことがあるんです。
まだそこない。
ごめんなさい。
なんで、今から1月の話しますよね。
3月ぐらいまでの話。
今日は大学3年生の1月から3月、4年生になるギリギリ手前までのお話。
もうちょっと先もあるかな。
分かりました。
で、2005年のノートがあるんで、それ引っ張り出して。
すごい。
ちょっと見直しつつ話そうかなって思います。
分かりました。
じゃあ、討論カフェビジネスプランコンテスト出して、そのあと年明けまでゆっくり考えて、
東京の学生に煽られて起業すると決意したとこからですね。
お願いします。
決意しました。
最初に何をしたかっていうと、会議をしました。
はい。
で、その会議はね、独立するって決めた私とバルちゃんともう一人女の子がいて、
3人でやるって決めたんだけど、会議に参加してたのは6人ぐらい。
違う違う、7、8人ぐらいいたの。
なんで?
ビジネスプランコンテストに参加してたメンバーとか、そもそも討論カフェを手伝ってくれてる子とか、
独立を一緒にするわけじゃないんだが、ビッグトゥリーを応援してくれてるというか、
私のやってることを応援してくれるっていう人たちと含めて、
勝手に大学の空いてる教室を使って、毎日会議をしてました。
毎日。
そうです。で、ちょっとね、面白いのが発見されたんで、
あ、ポッドキャストだから見えないんだ。
うん、ビジュアルは、でもあとで写真撮ってね、どっか概要欄から買っておきましょうか。
ちょっと見ます、これ3月ですけど、見ます?これ。
3月、はいはい。
会議、会議、会議、会議。
オール会議?
毎日会議。
カレンダー書くまでもないぐらい会議じゃん。
わかってくれた?この現実を。
これぐらい企業の解像度が低いんです。
何をしていいかわかんなかったから、
私のイメージは、会議はするもんだと思ったんですよね。
はいはいはい。
だからとりあえず、会議が大事とか、最初は会議だよね?じゃないです。
私が知っている仕事で、唯一あったのが会議だった。
踊る内装は見てないんですか?
見てない。
何?
事件は現場で起こってるっていう。
現場がないもん。
現場なんてないよ、独立して。
そっか。
事件は起こってないから会議室しかないんだって。
ないんです。
ほんとそうなんです。
おもしろい。
会議室から始まるんです。
で、集めて、例えばだけど、会社設立ってどうやってするんだっけっていうのを調べてきてくれたりする人もいて、
どうも登記というものをするそうだとか、そっから。
ちょっと待って、会社、箱じゃないですか、会社を作るとか。
そのビジネス何しようかとかは。
それももちろん。
あわせてね。
今で言うマネタイズっていうことですね。
どうマネタイズしていくかとか。
何を事業としてやっていく会社なのかみたいなのが、
討論カフェはビジネスならないで発表終わってるから、
それはそのままじゃ多分無理なわけじゃないですか。
そうね。
だからたくさん話すことがあるんだけど、
誰にもお前企業ってこんなんだとか言われてないんですけど、
体で感じるんです。
ここにいてもダメだって。
それをみんなも感じてるんですよ。
それでいろんな人に会いに行き始めました。
誰が言い出したんですか?
これ意味ある?
誰が言い出したかまではわからんけど、
ここにいてもダメやね、
か、なんか私が言ったんやと思うよね。
いやねえ、いやねえ、みたいな。
みんなやっぱ思ってたって言ってるから。
で、なんかそのときに、
もう動きたくてしょうがなくなるまで、
たぶん話し合ってなかった。
だから誰も主体性のない感じの人はいなかった。
それはすごいありがたかった。
何をしていいか単純にわかんなくて、ひたすら話してたってことですね。
で、もうこれ以上話すことがないと。
もうやらないとわかんないと。
本当に煮詰まってたって感じですね。
そうですね。
たぶんそういう感じだと思います。
ただそんな整理もされてませんが、当時は。
で、動き出したと。
で、何で動き出したかっていうと、
いろんなこういうことが討論カフェっていうスタイルで、
こんなことができるんじゃないかとかっていう、
いろんな人のアドバイスを聞いたりとか、
実際に討論カフェを学校外でしっかりイベントとしてやってみようってことで、
イベント会場探してみたりとか。
で、そういうことをやり出しました。
それはとりあえず動いてみたみたいな感じなんですか?
それとも何か仮説があって、
これをこうしたら、こんだけの人が来てこうだから、
こういうふうにしたらビジネスになるなみたいなテスト的に何かが出たというよりは、
とりあえず動いてみようみたいな感じに近いんですか?
そうね。みんなが出したアイデアを全部やろうってなったから、
討論カフェのアイデアも出たし、
こういう人に会って聞いたほうがいいとかも出たし、
とりあえずみんなが出したアイデアを一個ずつ潰していくっていうスタイル。
だからみんな動き良かったよ。
それこそさっき言った会社の登記を調べるのも、
それをしたほうがいいよねって言い出した人がいてって感じだから、
だから役割分担も特になく、
じゃあこれやるわ、これやるわ、これやるわみたいな感じで。
組織になってきてる感じが。
組織じゃないやけど、そうね。
みんな一体的にいいチームになってきてる感じがしますね。
で、始めたんですけど、
その時に一個問題が起きたんですよ。
自分たちの会社を作るっていうイメージだったんですけど、
ベンチャー企業論っていうところの卒業した先輩たちが、
社長体験会社っていうのを作ってたんよ。
会社なんですか?
株式会社だったよね。
で、それに入りなさいって教授に言われたんですよ。
ベンチャー企業論の教授から。
すごい恩師だけど。
社長体験をさせるっていうサービス。
お金払っていくんですか、それ。
一応ビジネスモデルでは、
事業をしたマージンを取るっていうビジネスモデルだったと思う。
コンサル業の、そういう形でやってるコンサル業みたいな感じだね。
会社登記もしなくていいし、
社長体験会社の一事業部として動ける。
けど、決済権も全部こっちにあるし、
独立再産制だから売り上げも自分たちのお金だし、みたいな。
ただ、組織としては社長体験会社の一部分っていう。
で、大抵抗しました。
嫌だったんですか?
大抵株式会社、社長体験会社の高投げですってなっちゃうってことでしょ?
それもびっくりって言っていいんだけど、
よくわかんないフタみたいなのがある感覚だったから。
上司がいるみたいな覚悟になっちゃいますよね。
とか、一応どんな事業をするかとかも言わないかもし。
で、抵抗したんだけど、恩師に押されて。
とりあえずまだ3年生だったし、
4月、卒業するときにはっていう気持ちで入りました。
学生の間はそこでいるか、みたいな。
でもね、銀行とか行くと社長体験会社様とか呼ばれるけめっちゃ嫌だったんやけど。
社長体験会社ってそういう会社名なんですか?
内容はそれでもいいけど、名前は変えさせてほしいからね。
ちょっとかっこいい名前つけてほしい。
途中変わったんやけどね。
ヘッドクォーターやったか、なんか変わったんだけど。
当時は、私のときは社長体験会社。
で、そこにいた八百屋さんをしてた先輩と、居酒屋そうめんの。
居酒屋そうめん?
そうめん居酒屋の先輩と、自分っていう3つ事業があったんよ。
で、社長体験会社に社長がいたんだけど、それも先輩ね。
で、その3人の事業の社長を体験してる3人に、いろいろ社長として教えなきゃいけないってなって、
税理士さんの勉強会を、もう毎週入れられたんですよ。
それがほんとによかったですね。
会社ってこうやって作るんやーって思って、ほんと助かりましたから。
いやいや、入りましたけど、今はそのときは感謝してます。
基礎がね、そこでできたわけですね。
なんか、げんかとかいう言葉もそんなピンときてなかったけど、そういうのも全部教えてくれて、
でもボロクソ言われるんですけどね、みんな。
事業計画書ある?
え、ないです。
え、どうやってやってくの?みたいな。
結構厳しいんですね。
めちゃめちゃ厳しかった女性の税理士さんだったんだけど、
容赦なかったね。
で、来週までにこの数字を埋めてきてくださいとか、この概要書全部作ってきてくださいとか、
ターゲットを全部考えてきてくださいみたいな。
それってほぼボランティアでやってるんですか?
社長体験会社が払ってる。
でもそんなめちゃくちゃな報酬払ってなさそうですよね。
もう数万ぐらいだったんじゃないかな。
面白さを感じてたかもしれない。前回の話ですけど。
深い感情だね。
確かにその税理士の立場で新しい事業にちょっと手の空いた時間で参戦するってちょっと面白いそうですよね。
いやでも相当優秀だったら面白いと思うんだけど、すごいよ。
2行とかで書いていくからね。
事業計画書。
わかんないんだもんだって。
討論カフェを広めるとか、
討論カフェで売り上げ何百万とか、
何ですかこれは?何人くるんですか?
そうそうそうそう。
で?みたいななんかもう。
そんな感じだったよ。
優しい。
熱量ある感じ。
最初に出会ったのが税理士さんでよかったなって思うのは、
まさにスケールしなきゃとか、成功しなきゃとか全くなくて、
もう一個丁寧に理解していくっていうか、
そういう教え方をしてもらった感覚は今ありますね。
当たり前に売り上げ作って利益残さないといけないよね。
そのためにこういう風に計算考えていかないと残らないよね。
当たり前のことを言われたって感じか。
残ってないからダメじゃなくて、マイナスがいくらか確認して、
資金繰りがあってとか、そういう目処があってとか、
いいも悪いもない感じでしゃべっていくんよ。
確かにね。
それが合ってたんでしょうね。
場合によっては、こういう風に進めていったらこうなるよみたいなのが欲しいタイプの人がいるから。
それがたぶん鬱陶しいでしょ。
いらんね。
こういうところに行ってこういう見せ方をしたらこうなるよとかいうのが。
なるほど。高谷さんは討論カフェですね。はい、わかりました。みたいな。
そんな雰囲気だよね。
アカデミックというか、いいですね。
すごい私は。
色をつけてこない感じがいいですね。
その討論カフェに対して何の批判もしてこない。
ちなみにそれは単価いくらですか?決めてなくて、
じゃあ何パターンかで出してみてくださいとか。
なんか別にその単価も上げたらしてよとか、そういうのはない。
とてもいい、名前覚えてませんけど、いい先生でした。
で、それでおかげさまで、いろんなことを考えるというかビジネスみたいなベースを教えてもらったんで、
今度建築会社の社長さんが、1月に私がんばりますって言ったら、
おお、がんばれって言ってくれた中野さんっていうのがいるんだけどね。
その中野さんがね、社会を知らんやろって言って、
建築の営業をさせてくれたんよ。
だからようわからんけど、なんか社会確かに知らんなと思って。
討論カフェと建築って関係ないやん。
でもまあなんかちょっとコミュニケーションってことで、いろいろつながってるからって言ってなんかやった。
たぶんですけど、今後も中野さんはずっと出てきますよね。
出てきますよね。
めちゃくちゃアクティブな人でね。
すごい支持してくれてるというか、今も。
でもすごいそのときに、結構いろいろと反発もしてたんよ、いつも。
常に、え、なんでこれしなきゃいけないのっていうのが私の口癖ぐらいだったんだけど、
やっぱそれにね、真っ向から説明するとか、持論を述べるというか、怒ったりしなかったね。
なんか冬とか、マフラーつけたまんま事務所にいて、マフラー外すんぞとか、そういうレベルからなんか言われてたね。
で、そのときにね、いろんな社長さんを紹介してもらったりしたんよ、ほんとに、中野社長から。
すごいよね。よく合わせたよね。
マフラー外さないんでしょう、だってもう屋外に入ってもね。
そういうところかなって思ったら、こわくて紹介とかなかなかできないとかね。
そうだよね。
だからすごい変わってたんでしょうね。
けんこつとかもされたけど。
で、人に会う大事さ教えていただいたよね。
なんかパーティーに連れてってくれたんだけど、その、なんか当時あんまり、もう独立してちょっとたっとったけど、あんまりこう、なんていうかな、ごちそうにありつけてなかった時期があって、