だから森の中とかで誰にも気づかれず自給自足してる人以外は社会人になるよね。
それはさすがに社会人じゃない。
森の中は誰にも気づかれずに。
でも少なくとも仕打ちが他人の。
それは社会から見たらでしょ。
でもその人は無視して、しかも人からも気づかれずに、誰からも。
人から気づかれずにいたらもう社会とは離れてるよね。
そこで小さくても集落があれば、もう社会になる。
本当だ、小さな社会がある。
新しい社会がそこに。
2人組の森の住人はこれ社会人ですかね。
これむずいね。
なんか3人以上って感じだね。
3人以上は社会。
でもそれが子供と両親とかだったら社会っぽくない気もするっていうか。
でも最初の社会って言ったりするよね。
言いますね、家族は。
親は最初の社会って言うけど。
でも社会ができてるよね、家の中でも。
ルールっていうのがポイントなのかな。
村じゃない?社会じゃなくて。
別に社会って感じせんくない?村っぽくない?
いずれにせよ村だと書かれてない、社会だと書かれてる、ルールが書かれてるとか。
何らかの規範を共有してるみたいなのが、ましか共有しなければならない。
規範に通達したら裁きがあるみたいなのがあれな気がしますね。
社会とかそういう村とか集団の。
ルールを受け入れてるとか、不本意でもですよ。
受け入れてればもう社会人と言える気もしますけどね。
私が浮かんでるのは、サーフィンみたいな乗りこなしてる社会人。
社会の波を。
なんていうかな、おっとこれはコンプライアンスみたいな感じで波を一個一個乗り越えてる社会人みたいなのが映像で浮かびました。
波に乗れてない社会人もいっぱいいるなみたいな絵も出てるぞ、おぼれてるみたいな人もいるみたいな。
そうね。
それは社会人ですか、おぼれてる人。
国民って感じ。
国民と国民が違うんだ、また。難しいな。
サーフィンのイメージではないけど、元気発達にスーツ着てパソコン作業したり訪問したり、
曲先訪問したりっていうイメージでは結構近いっていうか、乗りこなしてる感じっていうのはすごいわかりますよ、言ってること。
でしょって、波に疑問を持っちゃダメだよって大体優秀な社会人っていうイメージ。
波は乗り越えるもんだからみたいな。
いやーそうだ。
波に疑問を持って波打ち際にいる人は、はい社会にこれじゃないねみたいなイメージがある。
逸脱した人になりますね。
なるかも。
すごいいい例えだなでも。
イメージやけど。
波に疑問持たないですもんね、サーフィン。
持ったらダメじゃん。
なんでこの波起きてるんだっけとか、なんで俺この波越えるんだっけ。
ごめん、これサーフィンしてる人とかは、ぜひいろいろ聞いてみたいんやけど、波越えるじゃん。
どこにもたどり着かんやん、サーフィンって。
それがちょっと私も面白い競技だなと思ってたんよ。
でもそれすごい、もっと社会ってよりは資本主義って感じがする、波の世界観。
で、その波を別に否定することもなく乗れるっていうのは、今これビジネスチャンスだねっていうやつだと思うんですよ。
なるほどね。
これいけるわ、でも一本落ちれば危ない、波が大きいのは。
でもチャンス、それがチャンスなんだっていう感じでいける人もいるし、
ちょっとした波で、安全なところで波で遊んでる人もいれば、おっしゃる通り水にも入れない人もいるし、みたいなすごいグラデーションがあってってやつだと思う。
で、おっしゃる通り、乗ってなんなんっていうやつ。楽しかったんだろうね、みたいなところも一方である。
楽しいことは否定できないけど、当然ね、楽しくていいんだけど。
で、何だったんですかって言われたら、いや、波乗って気持ちよかったんだよねっていうやつを。
なんかどっか島に波に乗ってたりどり着くとかの。
目的地がね、あるんかとそうじゃなくて、いい感じで乗れたかっていうやつだから、ビジネスもそんな感じになってるんじゃない?資本主義社会も。
いい波に乗れたね、みたいな。で、どこに行くんでしたっけ?
でかい波来たぞ、みたいな。
ってことの時に、別にどこに行ってるわけでもないというか、あの波にちゃんと乗れたということを褒めてほしいみたいな。
そうでね、それの社会人の波のイメージで言うと、波に乗ってる人と浅瀬で遊んでる人と、外にいる人と、なんかあんま交われないイメージなんよ。
でも、あんまり交われないイメージが何であるのかなって今、上水くんの話聞いて思った。
少なくとも、社会においては波に乗る、より高い波、激しい波に乗りこなすことが優秀とされてると思うんですよ。
あまりにも波に乗ることすらできないような人って、波に乗れる人から見たらしょぼく見えるっていうことじゃないですか。
そうそうそうそう。でなんか、昔社会人って言うとスーツバシッと着てるとか、そういうイメージがあったけど、なんか最近は私服でもOKとかいう会社も増えたりしていって、
私が思う社会人って、すごい今複雑になってってるなと思う。すぐ波乗りの社会人が見分けがつかんくなった。
私スーツ着てたら確かに社会人だって単純に思い込んでた気がするけど、今はわかんない。どの人が社会人か。
誰かサーファーか。
そうそうそうそう。わかんない。
サーフボード持ってない人が最近いますよね。
そうそうそうそう。なんかそういうのない?ない?私はなんか。
まあ、わかりにくくなってますよね。確かに。
確かに、実家の八百屋を継ぐ社会人みたいな言葉は使わない気がしますね。
やっぱサラリーマン的な組織の中に入っていくために、規律を守れる人であるかみたいな言葉のひとつとしてある気がする。
学生とかなり近い言葉な気がする。
学生と対になると思いきや、実は近い。どっちもルール。
高速があるみたいな感じで、社会人の掟があるみたいな感じで、すごい規範的であるみたいな。
放たれてないやん、じゃあまだ。
そう、だから最初に言ってた芸術家が社会人かみたいな時に、多分、規範意識とかあんまない方にすると、社会人とは言い難いみたいな、狭い意味での社会人というのは当てはまらないのかもしれない。
確かにね。私の知ってる友達は、家がご商売してて、商売人じゃなくて会社に入りなさいって言われてたらしいんよ。
商売人って言葉があるんだって、その時思ったよね。
商売人と社会人。
そこの親はそう訳って言ってたんだよね。商売人なんてもう大変なんやけん。会社に就職しなさい、みたいな。
会社も商売しますからね。
本当だね。
ビジネスパーソンですからね。ビジネスパーソンの日本語が商売人みたいな感じなんですよ。
個人事業主はやめなさいってことかな。
個人も商店みたいなのがきついってことだよね。
多分時代的には農家とかさんもいたけど、息子は兼業農家ですとかも増えてった時代があるじゃん。
そうだ、やっぱり。ちょこちょこ各自で店やってたんかもね、みんなが昔は。
会社が強くなってから、社会人っていう言葉が。
社会人って大人な感じしますけど、ごまかされてる感じしますね。
実際やることって学生から見たんですよ。
社会人になるってみんな目指すわけじゃないですか。仕方なしでも。
どっか就職してっていうのを目指すわけじゃないですか、みんな。
社会人って立派な感じするけど、実際やってることは基本を守る、ルール守るとかいうことでしょ。
騙された感ありますね。
確かにね、社会人って立派な社会人になるんだぞ的にね。
でもさ、名刺交換とかでしょ。
社会人のイメージ。
そうですね。イメージざっくり、だいぶざっくりしてるけどそういうことじゃないですね。
自分もそういうことです。そう思ってます。
でも、名刺交換とかもそうだし、
社会のルールみたいなのがあんまりビジネスじゃないところで社会人っぽさを求められてた感が、私は若い時あるけどね。
例えば。
どれだけ、例えば洞察力がある意見を言うかとか、自分が考えたオリジナリティのある考えを言うかとかは全然求められなくて、
ちゃんと名刺交換ができて、時間通り来て、で、なんかこう、わかる?ちゃんとみんなに聞くばりができて、みたいな。
で、みたいな感じだよ、すごく。そこ求められたところがよくわかんないな、みたいな。
なんか意見とか、私はね、別に社会人になったんだと思うんだけど、何回か言われた記憶があるのは、デシャバルナなんよね。
社会ってデシャバっちゃダメなの?って思ったことある。勝ち出してくるみたいなイメージはあったけどね、社会人って本当は。
ちょっと待って、それは別の闇深さを感じますよね。
おそらくは女性であり、みたいなそんなのもありますよね、なんか。
そうね、それもあったね、当時はね。女がデシャバルナみたいなね、あったね。
じゃあ社会人って何?社会って男性が強かったってことよね。
強いってか今もなお、だいぶそれが叩かれてはいるけど、声が上がるようになってきたけど、結局そうやって年長者であり、男であり、みたいなのが強い、みたいなのが埋め込まれてるみたいな。
すでに作られた規範の中でどれだけ溶け込んでいくか、みたいなのが求められてた気がするな、とは思うな。
だから一緒に規範を作る一員として呼ばれた感じはしなくて、我々が作った規範をしっかり守るんだぞ、みたいな圧、みたいなね。
しっかり守るんだぞっていう圧、いやなんかね、就活してる時にしっかり守るんだぞって圧は感じなくて、入ったらすごい感じるみたいな。
やっぱ騙されてるな、みたいなのが、いいイメージないかもしれないですね、そういう意味では、俺は。
いやでも、社会性があるってのはいいイメージがあるよ、私。
例えば約束を守るとか、信用みたいなのは社会性がある人、ちゃんとメールしたら返事が来るとかさ、なんかそういうのってさ、社会性じゃん。
いやーもう一週間メール見てなかったっすーとか、やっぱおいおいとかなるわけじゃん、実際ね。
だけ、なんか社会性があるってのは信用につながるなと思うんだけど、社会人であるのイメージがね、勝手な私のイメージが、おとなしくしとけんに聞こえる。
うんうん、確かに。
何も起こすな。
やっぱ学生の延長線上にあるんだと思うんですよ。お金もらう番、学生じゃないけど、っていうニュアンス。
学生、なんていうか、拘束を守ってね、みたいなのが強くて、先生に逆らっちゃダメですよ、みたいな、先生のこと絶対ですよ、みたいなのが、なんかある言葉だった気がする。
けど、多分今の時代はもうちょっと拡張しないといけなくなってきてるんでしょうね、って感じなんですね。
そんなの全然多様性ないじゃん。
学校社会が先で、それに習った形で会社の仕組みを作っていったんじゃないですか、もしかしたら。
ねえねえねえ、そんな感じするよね。
あのね、嘘か本当か分からんけど、この間、会社が3月決算で、4月から3月になってる会社多いじゃないですか。
あれ何でなんですかねって聞いたら、学校がそうだからじゃないですか、って。
新卒が入ってくるのはそのタイミングだから。
学校が元になってるんじゃないですか、とか言ってるじゃんって。だからあるかもって思った。
それ、もっと言うと役所じゃない?役所って年度を分けするじゃん。4月からが年度始まるっていうスタート?
あれいつからなの?
分かんない。確かに昔から思ってたなあ、社会に出て。1月から1年って始まるのに、なんでみんな年度始めて4月に売ってんだろうとか思ってたわ。
2回、気持ち刷新できるのはいいんじゃないですか。
僕はすごい良いと思うんですけどね。
お得感?
お得感ありますけどね。
12月が重たくなりすぎるって。
1月も新しい気持ち。3月、4月もまた新しい気持ちで。
1月は個人的に新しい気持ち。4月は仕事の新しい気持ちとかね。
2回に新しい気持ちになるのはお得感ありますけどね。
なんでだろうね。ちなみに2人は社会人として、社会人だなって思うことはあるの?
社会人って言えるのかなって思うことはあるんですけどね。
どこらへんで?
会社で働いてないっていう。
サラリーマンじゃないっていうのが、社会人って言っていいのかなっていう気持ちはすごいありますね、正直。
社会人って言われると、すごい違和感を感じるんですよね、自分。
セルフイメージとのギャップというか。
確かに、あんまり言うから社会人という、確かに言葉はイメージできないかも。
でもたぶん、学生じゃない、自立してるっていう意味では社会人って言えるかもしれないですけど、やっぱりイメージとだいぶ違うんですよね。
上水君はある?社会人だなって思うとき。
3段階ありますね。
1つ目が、さっき言ったように狭い意味での社会人。
学生から、社会に出ますよねみたいな、ほぼ会社員で、就職しますよねみたいなニュアンスで言うと、就職もうまくいかなかったし、全然社会人じゃないなって思ってると。
で、次に、別に働くことが全てではなくて、たとえば選挙に対してすごく前のめりであるとか、自分の日頃消費してるもの、お金の使い方とかにめちゃくちゃ自覚的で、ここには使わない、ここに使う、その要は意味を込めてね、とかしてるか、それもしてないから、それでも社会人としてはあんまり、なんならちょっと政治からも距離取りたいと思ってるくらいの感じだから、社会人じゃないなって思うっていう。
ただ、ルールは守っているから、最低限の。そういう意味では、社会人だなって思うんで。どこのラインのことを社会人って問われてるかによって回答が変わるって感じ。
ルールは守ってる。