リスナーからのコメント紹介
上水優輝)やっほー! 上水優輝)やっほー!
上水優輝)あらー、やっぱオンライン焼きかな。合わんかったね。
上水優輝)やっほー! 上水優輝)やっほー! 上水優輝)合わないでしょ。
上水優輝)合わないと思いますね。 上水優輝)番外編です。
今日も最初にコメントを言って、 その後ちょっと会社の遠隔を話したいと思います。
第88回、誠実な人とは? っていうテーマに対するコメント。
サンゴロウさんからですね。
自分の場合、誠実という言葉から 連想したのは謝罪でした。
悪いことをしてしまった時に、 ちゃんと謝れる人は誠実っぽい。
自分を守ることと社会的な規範を守ることの 両方が天秤にかけられた時に、
自分を優先しないでいられるかが 重要な気がします。
そうね。誠実って結構シンプルだね、サンゴロウさんの。
納得感ある、私は。
ありがとうございます。
みんなのそういう誠実とはとか何とかとか 聞きたいから嬉しいです。
次はですね、言葉に重みがある人、ない人。 第92回の感想です。
シカゴコーヒーさん。
重みは説得力と似てる気がして、実体験を 伴っていればより多くの聴衆の心に届く。
その実体験ですらものの捉え方は その人の視点によるし、
偏らず多面的に重ねた経験から放たれた 言葉は多くの人に刺さる。
討論カフェの過去を聞けば、この回も 軽くはないのだろうし。
とのことです。
討論カフェも重みがあるってこと?
嬉しいね。
てか、その方ぜひ来てほしいね。
しゃべりたいね、なんか。
シカゴコーヒーさん。
あれやこれや一緒に考えられそうな コメントをいただいた気がします。
うん。
ちょっと聞きたい、ちょっとごめん、 私には難しいとこもあったんで。
直接ね、質問ありで聞かせてもらえると また動作が深まっていくっていうね。
ぜひぜひ。
お気軽に遊びに来てください。
ということでですね、 イベントに対するコメントもいただいてます。
エリーさんから。
今日もオンラインでお世話になった 討論カフェ。
本当毎回深い意見交換ができて、 自分の考え方の偏りだったり、
新しい発見があってめちゃくちゃ楽しい。
日本にもっと広がってほしいな。
ですよ。
ありがたい。
ありがたいですね。
広めてほしいですね。
エリーちゃんはね、討論カフェを まとめてくれたりしてくれてるんよ。
記事にしてくださってましたね。
そうなんですね。
すごい本当に価値観。
余白を作る練習になるって言ってたよ、 ユンの話を。
本当ですか。
ちょっと嫌なこと言われてる。
違う違う違う違う。
違う本当に本当に。
自分にない視点って言ってました。
そうですか。
というわけで、続きですね。
Dコートオープンと初期の苦難
会社の成り立ち、ビッグティーができるまで、 ということでお願いします。
今日は、いくつか話したいんだけど、
一つはですね、
まず前回お話ししたとおり、
Dコートオープン。
で、全然来なかった。
それはそうよね。
2015年の11月ですね。
そうです。
Dコートがオープンして、
で、チラシにあれこれ言っちゃいけないんだ、 何だ言って、
上水くんにポスティングさせた結果、
来たの一人という状況からスタートしますね。
で、一人じゃディスカッションならんやろということでね、
ユンを呼び出します。
で、ちょっとその、何人かおらんのやっぱね、
せめて3人はいないとね、
上水くんももちろんいたりね、
あの、いたんだけど、ちょっとユンを、
あのとき働いてたよね。
そうですね、普通にサラリーマンしてましたね。
で、働いてたけど、
夕方、Dコートレッスンのときに来てくれて、
もう一人いたよね、社会人の女の子が。
で、2人来てくれて、
その4人でディスカッションするっていうのが、
もう最初のスタートだね、本当に。
で、もちろんね、オープン当時は実を言うと、
テレビも来たし、新聞も取り上げてくれたし、
まあ、なんかやってくれたけど、
そこの反応もほぼほぼなくて。
まあ、2016はありましたけどね。
ちょっとあったか、問い合わせとかあったか。
でも私からすると、もっとあると思ってたからさ。
で、ちょっとね、Dコートを意気揚々とオープンさせたんだけど、
2つの私の衝撃が実は走ってて、
1つはですね、
1個ちょっと新聞をきっかけに来てくれた人がいるんだけど、
あの、まあ中学生、高校生だったかな当時、男の子。
高校生の男の子が来たんだけどさ、
体験のときにね、もうほぼほぼ、なんていうかな、
不機嫌とかじゃないよ、もう目も合わせてくれんし、
ずっとこう、
その子は中学生かな?
中学生か、椅子をこう動かして、
なんかこう上を向いて、話も聞いてない雰囲気やし、
まあポロポロと何か異見らしくことは言うんだけど、
明らかに敵対されてるというか、
なんていうか、敵対までいかんけど、
なんか対話不能感みたいな。
もう今、多分今思えばね、ザ思春期なんですよ。
知らん人と急にさ、テーマとか出されてさ、
お題選ぼうとか言ってさ、話させられてるから、
多分感じで、私そのときに、
あ、私はなんて大変なことを始めたんだって実感するんよ。
私、中高生舐めてたなって。
なんも、なんかもう、え?ってもう、
ね、言ったよね、上水くん、弱った後ね。
私はとんでもないことを始めてしまったんじゃないかみたいな。
もうやめようとしてましたもんね。
うん、もう無理だって。
これちょっと無理だと思ったこと言ってましたよね。
無理だと思って、なったよ。
で、なんとその子が入会します。
はい、すごい不機嫌そうやったのに行き。
いやもう謎や。
絶対入らんやろって思ったわけですよね。
まあそっから先もそんなことは山ほどあるんだけどね。
はい。
なんかもうとにかく絶対入らんやろって思ってた。
でも入って、入ったっていう。
まあもうそれがまず。
その子の背景としては、学校に行ってなくて、
お母さんがすごい心配して、
どこかになんか人とコミュニケーションとってほしいと。
それはどこでもいい、フリースクールでもなんでも、
習い事でも、遊びでもなんでもいいけど、
ずっと家にいるから誰かとコミュニケーションしてほしいっていうやつで、
いろんな場所に行ったけど、どこも息子さんが嫌だと言って、
体験はするけど、どこにも入らないからずっと家にいて、
で、までいいことにも来てみたら、
なんでちょっと、かようかわかんないけど、
息子に聞いてみますってお母さんは言ってたんですよ。
で、当日の手応えから行くと、
まあね、ちょっと。
もう絶望。
むしろ怒らせちゃったかなぐらいのね。
絶望的な感じだったんですけど、
翌日とかに、いや、息子がかよって言ってって連絡来て、
入会ってなったっていう、結構ドラマチックな感じだったんですよ。
うん。
すごい嬉しいというか、なんかもう、
わけがわからんっていう世界に入りました、あの時。
今はわけがわからんのが、まあね、
そういう世界なんだと思ってますけど、
当時はやっぱね、なんかやっぱどっか、
なんかこう、自分がコントロールできる意識みたいなのあった気はしますけどね、私自身にもね。
なんかすごくね、ガーンっていう、今でも言語化で共生が対して衝撃を受けたという、
いわゆるもう大変な道を歩んでいるんだということはかなり自覚したっていう時でしたね。
上水氏の役員就任と財務状況
で、もう一つは、この時上水くんが役員に就任します。
はい。
これもね、なんでかってよくいろいろ言われるんですけど、
上水くん働いて1年ぐらいだよね。
1年経ってないんじゃない? 経ったっけ?
経ってないよね。
半年とかだな。
半年ぐらいだよね。
うん。
で、ビッグトリー、お金借りてDコート作ったんですけど、
マジでお金ありません。
で、上水くんのギャラを、こう上げてこうと思ってたわけ、Dコートが起動に乗ったら。
ね、結構いいギャラを渡してこうと思ってたけど、
ギャラ上げれるところか、もうこれどうなるかわからんわぐらいになってます。
まあ1人ですからね。
財務の面でね。
そうそうそうそう。
1人しか通ってくれてないしさ。
で、人は3人いたよね、あの時ね。
ああ、そうですね。
あの、役員っていうか3人いて。
で、バルちゃんと上水くんと私がいたからね。
だからもうほんとギリギリというか、もう死にそうみたいな状況だった時に、
あの中野さん、株主の中野さんにこういう状況で上水くんがこう出たら、
お前ら早く上水を役員にせんか、みたいな。
全部数字も見せてしまわんか、みたいな。
ちゃんと責任持って、ちゃんと全部見せたらわかる人ぞ、みたいに言われたんよ。
ええ、そうなの、みたいな。
恥ずかしくて見せたくないこんな数字、みたいなこと言ったら、うるせえみたいなレベルで怒られたんよ。
でも、いいから早くしろ、みたいな感じで言われて、あ、そうですかって言って、上水くんに。
ね、ごめん、役員するわ。
するわな、役員なっていいか、なんか多分言って。
いいんですか、みたいな。
いいけど、パンドラの箱開けますよ、みたいな。
感じで、上水くんに役員になってすぐ数字見せたら、全然、あ、なるほどですね、みたいな。
状況がわかりましたって言って、すごく淡々と全然驚きもせず絶望もせんかったんよ。
チャットGPTみたいな感じですね、だからね。
なるほど、状況がわかりました、みたいな感じです。
むしろ状況がオープンになってよかったです、みたいな感じたときに、うわあ、中野さんが言った通りや、みたいな感じで、すぐ。
ただ、上水くんは、まず役員も、こういう役員報酬も、まあ、今はまだ大丈夫だからこうしましょうとか言って、
なんか私よりさ、経営してる人を探して、経営してる人を入れてるつもりやったけど、
結果、何の権限も渡してないし、何の情報も渡してないという状況だったんですけど、
中野さんの一押しで、全てをダダダダダッと出した感じよね、当時ね。
確かに、そうかも。
ビジネスプランコンテストでの経験
うん、そう。で、その上水くん役員になったし、私が嫌なことさせようという混沌で、
ベンチャーあるあるなんですけど、ビジネス発表会みたいなのに上水くんを送り込みます。
これはね、史上最強の余計なお世話でしたね。
本当に嫌だった。
ベンチャー企業論っていうの覚えてるでしょう?私が大学時代にやったコンテストみたいなね。
それのもうちょっとリアルなビジネスパーソン寄りなんですけど、
自分のビジネスの5年後をイメージし…あ、違うか。
とにかく自分のビジネスプランを発表するっていうのなんだけど、
そういうとこ行くと、私ってすっごいいろいろ言われちゃうから、もう行きたくなかったわけ。
ビジネス分かってないとか、いろいろ言われちゃうからね。
だから、上水くんに行ってこーいみたいな感じで行ったんだけど、
ここからは上水くんが少し話してもらうと。
そもそもこのコンテストは当時取引してましたっけ?
取引先の社長が別の企画で、スタートアップを育てようみたいな人にお金払って、
福岡でこれからベンチャーを起こしたいとか、既に起こしてる人に発表させて、
資金調達の機会を与えますみたいな。
そういうビジネスプランコンテスト的なやつで、出てくれる企業家募集みたいな中で、
取引先だったから、のんさんに声がかかって。
そしたらのんさんが僕に行けって言って、行ったっていうのが経緯ですね。
全部6回、半年間ぐらい毎月宿題やってっていうのがあって、半年後に発表するっていうやつだったんですけど、
当たり前っちゃ当たり前なんですけど、社長になるって甘いコツじゃないんだぞ、みたいな。
けっこう体育会系の雰囲気ね。
命だけでやる覚悟あんのか、みたいな、そっち系なわけ。
でもさ、僕はこのDコートがプランだから、チラシにすらいろいろかけない人間がさ、
お前はやる気があるのかとか言っても、僕はちょっと言えないんですよね、そこまで、みたいなことがいっぱいあって。
権限ないですよ、みたいな。
これ社長がどうしても言いたくないって言ってるからですね、とかなって。
サラリーマンみたいな感じで来てるわけ、そこに。状況としては。
社長に聞かないと、これ僕勝手に言えないんですよね、みたいな状態で来てるから、
めっちゃ怒られるけど、めっちゃ怒られるけど、やりますとか言うことじゃないじゃん。
やるって僕は決めれないんですよね、みたいな感じになっちゃうから、
すっごいミスマッチみたいな半年間で、もう行きたくないなっていう気持ちでしたけど、
取引先のやつとかもあるからやめられないっていう、結構きつい気がしますね。
だからその、いわゆるコンテストまでいろいろメンターとしてやってくれる人がいるんだけど、
なんかカフェに呼び出されて、いろいろ言われてたよ、上水くんがね。
で、その発表会があって、上水くんが発表してるのを見に行ったよね、もちろん私は。
自分のプランでもあるから。で、上水くんは普通に上手にプレゼンしてたんだけど、
あー良かったね、上水くんの発表良かったじゃん、みたいなことをバルちゃんとね、廊下で、
その発表会の、自分たちの発表が終わった後、わちゃわちゃ言ってたんよ、キャッキャーみたいな感じで、
そしたらその主催の人が、主催の結構メインのパーソンが廊下にやってきて、
で、お疲れ様ですって言って、あれ君たち何のチーム?みたいな感じで、
いやさっき上水が言ってた、ディスカッション教室で、みたいな感じでキャッキャーって言ってた、
あーあれね、みたいな、あれどういうつもりでやってんの?みたいな。
いやいやもう自信満々でしゃぶっちゃったらさ、あれね、社会不適合者作るよ、って言われたんよ。
で、私ね、え?でも何も言えなかったの。
で、バルさんが、なんあいつ?みたいな。何言ってんの?みたいな。
バルさんだけはすごいね、もうあの、あんなの聞いてないのいいよ、みたいな感じで言ってたんだけど、
すごいショックでさ、Dコートを、中学生の子からもさ、大変だなっていう現場もあり、
なんかビジネスプランではあんたすごい悪いことしとうよ、ぐらいの感じで言われ、ちょっと絶望の期間がありましたっていう。
まあそれはその6ヶ月の間にも繰り返し、いやこれって社会不適合者作るんじゃないですか?って言われて。
いやいや、私、そのなんだろう、その私たちが考えていることを、その言葉で指摘してくるっていうこと自体が、もうなんか私の想像絶したんよ。
だから、あ、教育とは社会適合者を作ることってことですか?って逆になんかもうパニックに陥っちゃって。
いや、そうだと思いますよ。社会適合者を作るものだと思うけど、その社会っていうのがすごくこう今不安定になっていて、
これが適合してるっていう一個の型じゃなくなってきてるからこそ、柔軟な行き先っていうのがあるだろう。
しかもそれをなんか誰かに正解を与えられて、これが正解だからやっとけって正解になるような世界でもないから、自分で考えられないとまずいよねってやってるわけだから、
それを不適合と呼ぶんだったら呼ぶ、そうかもしれないし、要は型にはまらないことを不適合と言うならば不適合かもしれないけど、
でも、じゃあ型をやってたらみんなが社会に適合してハッピーなんですかって言うと、そういう時代でもないよねって言ってやってる授業だから、
まあ、それを社会不適合と言うんだったら言ってくださいっていう感じだった、僕は。
だから結構、今思えばあの時にドーンって言われて、毎回自分がなんでこれをやってるのかって、今でもなんだけど、考える機会にはなったんだけど、
まあ、世の中に求められてないんだなとか、それでも自分はいいなと思ってやってるけど、中高生さえもこんな感じなんやとか、なんかね、スタートダッシュで結構転んだ感覚でしたね、いろいろ。
私、なんでこんなこと始めたんだろうって、ほんといつも上水君言ってたよね。私、なんでこんなこと始めたんだろうって言うぐらい、結構、本当に美しいぐらいつまずきましたね。
まあ、それしてたけどね。してたよね、今は。
事業の動機と自己防衛
今日はつまずきの話までですかね。
つまずきの時に、あんまり僕はつまずいてる感覚がなかったっていうか。
そうね、上水君は淡々としてたね、当時ね。
そもそもDコートを立ち上げる手前からそのような、生徒がどれぐらい来るかみたいなのは全然未知数だけど、ビジネス未経験だったから。
けど、やってることが、そういうふうに見たら社会不適合だろうななんてことは、織り込み済みというか、そりゃそうだろうねって感じだし。
そもそも来た動機っていうのは、僕、作業療法っていうかリハビリのほうから来てて、学校から。
なんで来たかっていうと、実習とかで、70代、80代とかの患者さんが思考を停止して、セラピストの言うことを全部お飲みにして、なんかありがとうございますって言ってるのを見て。
で、僕はめっちゃ当時ガリ弁で勉強してたから、そのセラピストが間違ったこと言ってんなみたいなときに、明らかに間違っている現代の感覚からすると、現代の理論からすると、間違っていることをドヤ顔で言ったのをありがとうございますって言ってやってて。
で、僕がナチュラルに、なんか否定まではしなかったけど、生活でどうなんですかみたいな感じで、雑談みたいな感じで患者さんと話してたけど、
ちょっと崇拝してるみたいになってたんですよ。先生が言うことは絶対だからみたいな感じに。だから、あ、患者さんもやべえなみたいな感じになったのは結構きっかけで。
その患者さん自身に意思みたいなものがほとんどなくなって、言うこと聞きますみたいな状態で、でも、作業療法の世界って自分を取り戻すとか、自分のね、心地よさとかを取り戻したりとかっていうのをなんか聞いたときに、
あ、でもそれって自分、自己理解とかさ、自分が何がいいかとか知っとくってめっちゃ大事よねみたいなことはめちゃめちゃ盛り上がった記憶あるよ、上水君とね。
自分の生活を取り戻すわけだから、取り戻す術としてセラピストがいるわけであって、生活の理想とか、生活何が大事かってことは自分にしかわからないことだから、
本来、専門家と会話をして、オーダーメイドはちょっと理想論だけども、でもなるべく自分が取り戻したい形に寄り添ってもらうってのはやるべきことなのに、
全部言われるがまま、はいわかりました、はいわかりましたってやって、全然間違ったことさせられてる。
例えば手が動く、全然生活送ってる人がずっとおはじきを右から左に動かしてるみたいな意味のないことさせられてるのを見たときに、
これもう業界を変えるみたいな側もあるけど、患者さんがバランス取れる部分もあるから、患者さんの教育も必要だよなみたいな思ったけど、
70、80でコミュニケーションがとか考えるということはとか、情報をお飲みにしないということはなんてことは教える立場にもなければ教えることもできないから、
これはもう若いうちから自分で考える癖をつけていかないと、世界にはいろんなものの見方があってっていうことを体読していかないと、
社会に出て騙されるなっていうのをすごく問題意識として持ってるときにノンさんがディスカッションとか価値観の交換の教室やりたいっていうのがあって、
それは予防として大事ですね、この社会に出ていく予防として。
それこそが学校では教えるのに時間がどうしても割けないとか、40人規模とかだったりするから丁寧にできない部分、だから小人数でしっかり語り合って、
いろんな物事にはいろんな見方があり、正解ってどの立場から見るかで変わるしっていうことは体験として持っておくと大事だよねっていうので、学校ができたわけですよ。
なんか私より言語化できてるね。
社会不適合者って言われたらそうかもしれない、確かに先生が言うことをお飲みにしてはいわかりましたとか言わないかもしれないけども、
でも逆にそれでいいんですっけって思うから、全然言ってくださいって感じでしたね。
あの頃に戻りたい、言ってやりたい。もう戻れない。悔しい。
僕は思ってますけど社長はわかりませんって言いましたから。
だから社長の私に聞いてきたんやと思うよね。
でも、え?え?ってなって終わった。
まあ私はやっぱりね、社会が何を求めてるかみたいなところは本当に疎い社長ですね、完全にね。
だから自分がいいなとか自分が感じてきたことはやってきたんやけど、やっぱそういう批判に晒された時にやっぱもう、
もうね、世間という場所、社会という場所にもう出たくないみたいなのがすごい強い。
だからね、そこからも、その前後からですね、もう私ほぼ行きません。
医療士交流会とか、もうこもるね、こもる社長になります。
もう誰とも交流しないぜみたいな、そういう社長になっていくって感じですね。
確かに。
まあ、ユウンはそういうのは知らなかったと思うけど、感じもしてなかったよね、レッスンに来てくれてたけど。
そうですね。でも、ちゃんと、何だろう、リーコートの意義とかを言語化するのはすごく嫌がってるというか、いまだにその詩はありますけど、ずっと感じてはいますね。
いつかそれも話さないかね、ゆっくりね。そうなんですよ、なんでね。
今後の展望と次回予告
まあ、当時のちょっと転んだ話ですかね、今日は。
今日はこんぐらいで、転んだ話あんま長くしたくないんで。
今からさ、転んだ先をちょっと話していこうかなと思います。
ちょっと次回予告ですけど、次回は、そうね。
次回は別にいい話ないんだけど、上水くん、企業検証に駆られるという。
上水くん、人を紹介してもらうときに怒られるとか、ちょっと上水くんネタ多いな。
メンバーから私が赤ちゃんだと言われるとか、3本でお送りしたいと思います。
こけた話しかないじゃないですか。
次回もこけた話あったわ。
まあ、でもちょっとここから頑張っていきましょう。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。