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「ブレる大人」を信用しなきゃいけないのか?【ふたりがたり #2】
2026-04-06 52:14

「ブレる大人」を信用しなきゃいけないのか?【ふたりがたり #2】

⁠⁠ふたりがたり⁠⁠」は、ディスカッションの学びの空間「Dコート」で子どもたちが発した印象的な言葉をテーマに、のぞみと上水が語り合う企画です。


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00:01
みなさん、こんばんは。ふたりがたりのお時間です。小中高生対象のディスカッションの習い事、Dコートの中で印象に残った言葉をテーマに、のぞみと上水の2人で価値観の交換をしていきます。
今回は、「ブレる大人を信用しなきゃいけないのか?」についてお話ししていきたいと思っています。お願いします。
お願いします。
今日も夜モードですね。こんばんはということで。
こんばんは。
夕方やけど。
オンラインで収録するのは初めてですね。
確かに。
収録もね。
まあでも、ミーティングが全部ほぼオンラインだもんね。
うん。別にいつも通りって感じですね。
違和感はないですけど。ただ、もしかしたらリアクションとか、そういうのはなんか影響するのかな。
どうでしょうね。2人だったらそこまでなんか影響しない気もしますけどね。
まあでも、これもね、聞いてくれる人が徐々にね、出てきてくれたら嬉しいんですけど、ふたりがたりも。
今日は、このブレる大人を信用しなきゃいけないのかっていうのは、特に何かのお題をしたっていうわけじゃないんですけど、
高校生の男の子が、自分の人生いろいろ考えてて、今後どうしていくかみたいなことも自分の人生を考えてるときに、
まあなんかさ、親も先生もあらゆる大人がいろんなことを言ってくるらしいんですよ。
で、その大人を見ていると、その大人の一人に、自分はめちゃくちゃブレてるのに、なんか、
俺の言うことを聞けじゃないけど、なんかこうわかる?
自分めちゃくちゃブレてるのに、すごくこうするよとかこうしなさいみたいなことを言う大人を信用しなきゃいけませんか?みたいな感じで、
最後、Dコートから帰るときに、吐き捨てるように帰っちゃったんですよ。
ほうほう。
だから、これはなんかディスカッションできて、価値観の交換できた一言ではなく、私が一つも消化できず終わってしまった一言。
で、
これはなんかディスカッションがある、そういうテーマじゃないんですよ、そういうことを考えるきっかけになるようなテーマだったのか、それともディスカッションは全然違ったけど、
プライベートでなんか考えてて、終わって、日常会話をしてて、自分のプライベートに対して吐き捨てていったのかっていうと、どっちの校舎なんですか?
いや、ちょっと微妙につながってるのが、そのときはね、政治のあれこれみたいな、本当に政治で気になる話とかを話してて、
なんかこう、世の中のことを喋り出すと、結構中高生って自分の人生とか自分の将来とかを勝手に喋り出すところはあるんよ。
03:09
で、なんかもうちょっとこう、なんていうかな、わははーって感じで喋ってて、でもなんかこういうところも難しいんだよねとか、
あと私の性格上さ、そうやればいいじゃんとかさ、え、お前あれやるって言ってなかった?とか平気で言うじゃん。
そうですね。圧があるとヤバいやつ、圧がないですからね。
で、そしたらそれを考えて、なんでできないかって言うととか、なんでそれをやらなかったかって言うとってことは、みんな言ってくれるんやけど、
多分その子は、そのある大人、ブレる大人が信用して振り回されたから、何かができなかったんだと思うよ。
はい。
それ、自分の計画がとんざしたってことね。
はいはいはい。
ちょっと、ほんとちょっとね、具体的には言えないんだけど。
言わないほうがいいでしょね。
そうそう。それで、なんかその、だから、自分が全てを決められるわけじゃない年代じゃん。
そうですね。
でも、その時に重要なのは、あらゆる大人たちの声だったりアドバイスなんだけど、そのブレる大人のことを信用せないかんですか?みたいな感じで、
ちょっともう、そのいろいろ政治も考え、人生も考え、最後なんでできんの?みたいなこと私に言われ、吐き捨ててきたって感じの、
吐き捨てたって感じじゃなかったな。なんかこう、言えたって感じもあった。言ってやったぜ、みたいな。
はいはいはい。
なんか、すがすがしかったよ。でも、そっから議論できないじゃん。もうバイバイって時だから。
うん、帰りがけばね。
だから、私の中で残ってた言葉です。
なるほどね。
ブレる大人ね、多いですよね。
大人のことをブレる大人って、私はその頃には思えてなかったけど、矛盾してる?とか思ってたよね。
中高生の時。
なんか矛盾してない?とか、前と今言ってること違うじゃん?みたいな不満はあったんだけど、
そのブレる大人って明確に言ってきた彼は、なんか刺さったんよ、私の中で。ブレる大人、うわーって。
はいはいはい。
ブレますよ、そりゃ。大人も。
ブレるってのがどういう状態かってまず考えたいですよね。
確かに。
結構、なんか計画を変更するとか、やってることを中止してとか、新しいことを始めるとかっていうことは当然あるわけじゃないですか。
06:06
何ならチャレンジ癖がある人ほど、その辺のスピード感もあったりとかして、場合によってはブレて見えることもあれば、本当にブレているということもあり、じゃあこの境目が何なのかって、ブレるってのは何なのかっていうのをちょっと。
確かに、なんか、例えばさ、家の中であるブレるで言うとさ、多分、私の時代に聞いたことある、よくあるやつで言うと、
どこの学校も行っていいよって言ったけど、お父さんの会社がちょっと業績悪くなっちゃって、国立しかダメとか急に言われだすとか。
でも、これってブレてるというよりは状況が変わったなんやけど、その状況説明は、なんか、あんまり丁寧にはされてない印象はあって。
でも、丁寧にしてるかしてないかの前に、状況が変わったので、今まで言っていたことが変わりますっていうのはブレてる?
えっとね、わかった。状況が変わったら前提が違うんだから、変えないといけないことってあるじゃないですか。
それこそ、大学に、子供とか一旦無視して、自分自身がね、よし今から大学に行こうと思って、
例えば、いくらのお金がかかるみたいな想定してたら、いざ調べてみたら、なんか来年から値上がり、なんか学費上がって2倍になってる。
これはもう無理だってなった時に、大学には行かないって言い出すわけじゃないですか、例えば。
予算に合わなくなって、そこまでしやらなくていいやと思ったとか、その過程を全部吸っ飛ばして、結論だけ言うと、
あれ、大学行くって言ってたんじゃないの?ってなっちゃうみたいな、そこのブレですよね。
だから、その過程を、途中を、やっぱり共有してないっていう、コミュニケーション不足がブレになってると思うんですよね。
なんか、ブレる大人っていうのは、その前後の話を噛み砕いて話すと、言ってたことが変わってるってことだと思う、大人がね。
そうですね。
例えば、英語勉強しなさいって言い続けてたのに、そのAIが出てきて、AIを使ってみて、例えば親なり先生なりが、
今からは英語喋れんでいいかもとか急に出したらさ、ブレてるよね。ブレてますよ、それは。
ブレてるってことは変更してるんだけど、その説明がなくても察せられる範囲だったらいいんだが、
なんでそうなったかが、相手からするとわからない状態のときに、ブレてるなって言ってることが違うなって思うってことなんじゃないかな。
かつ、なんで変わったのって言えない関係性ってのもでかいと思うよ。
09:01
あー、ご了承しちゃうのはあるかもね。もういい、変わったんだよって言われると思うでしょ。なんで変わったか知りたいんだけど。
その影響を受けて当たり前みたいな姿勢がダメなんじゃない?
いや、そうだね。
もしかしたら計画してたかもしれないし、もしかしたらあなたはこうしようと思ってたかもしれないけど、っていう相手へのリスペクトがない感じで、
だから、ある意味大人を信用してたってことだったんだろうなって思うよ。
大人がこれしとったらいいよって言われたら、あ、そうなんやって、ある意味信じてやってきた。
自分はそこに意味を見出せてないけど、まだ。あなたがそう言うんだったら信じてやってますっていう状態だった。
自分が信じれることをやりなって思っちゃうけど私は。でも最初わかんないから、大人を信じるよね。
大人というか、これはたまたま子どもの発言で大人の力を借りないとできないことだったと思うんですけど、
子ども大人の対比じゃなくても大人になっても他者の力を借りて何かしないといけないことっていっぱいあるじゃないですか。
その相手がブレるというときに信用しなきゃいけないのかみたいなのにも繋がると思うから、
わりと大人子どもだけの話じゃない気もしつつ。
大人同士でも仕事してて相手がブレるってことあるし、例えば夫婦でも急にブレたなみたいなのあるだろうし。
だからまずはブレるってのは何で起こってんだっけっていうことを僕たちなりに特定しないと、
ブレるがふわふわだと信用するかどうかの話にもならない気がするというか。
でもやっぱりブレるね。
でも途中のんさんが言った、相手からするとAからBに変わったこと、その間がわからない。
例えばAIを使ってみたら英語をやらなくていいと思ったって人がいたときに、
そのAIを使って英語をやらなくていいと思ったその間が抜けたまんま英語をやりなさいから英語をやらなくていいに変わるわけじゃないですか。
なんでってなるわけじゃないですか。
あんだけやれって言ってたのに、なんで急にやらなくていいとか言うんだみたいな。
わけがわからないからブレてんなこの人って思ってるっていう説ですよね。
そうですね、確かに。
で、広くこれな気がするんだけどな。
本人の中では、なんかこうなったからこうしてるっていう、全く理由がなく変わってることあるのかな。忘れてるもあるのか。
でもね、ブレるっていう言い方を使うときって、あんまりメンバー系に使わないっていうか、子供がブレてんなとか思わんしあんまり。
12:02
なんかやっぱり相当意思決定者みたいなイメージが勝手に自分はあったかもって言われた。
えーと、ブレてるかは?
ブレるという表現を使われるのは、比較的その意思決定をする責任のある立場だと思ってて。
なんか別に子供たちが、例えばブレって、もう滑り台が好きってあんなに滑り台しよったやんとかいう話ではないじゃん、全然別に。
で、考えるとその人の意思決定が他に影響するっていう立場の人に言われるのがブレるなんじゃないかって。
いや、そうだと思う。
なんか今話してて思ったんやけど。
そのブレによって、なんか被害を受ける立場に。
そうそうそうそう。
だから被害を受けるのは受けてもいいんだけど、その説明してっていうのはあるってこと。
納得のいくことはないと、この被害に対して納得がいかない。
ちゃんとそういう理由があれば、納得しましたか?一緒にその苦労をやりますって言えるけど、
なんか急に、あれ?計画勝手に変わってるけど、しんどいんだけどっていうときに、
うむも言わさないみたいなのが、ブレてる感じがしますね。
確かに。
ブレてるなって思うときの気持ちや気がする。
で、なんか例えば旅行とかで、一人で、いやちょっとゆっくり温泉行こうとか思っとって、
ずっとみんなにそう言ってたけど、なんか急にどこどこでお祭りがある系、どこどこに行くことにしたみたいなさ。
急にアクティブになっとんやん。もともとゆっくり温泉行くって言おったのに。
っていうとき、一人だとさ、ブレじゃなくて、ほんと変更というか、好きままに決断してるっていうので、そんなに嫌悪感ないんやけど、
家族旅行で、よし温泉でゆっくりするぞみたいなのをお父さんとかお母さんに言われとって、
ちょっと変更しますかなってなったら、なんか違うやんって巻き込まれた感はあるよね、子供。
ありますね。
とか先生がさ、あんなに楽しく部活しようって言ってたのに、急に一回戦ぐらい勝てよとか言い出してさ、
チーム全体がザワザワするみたいな。
一回戦ぐらい勝てよありますよね。なんでキレてんだろうって感じですよね。今までの感じだとそういう感じじゃなかったでしょっていうね。
本人の中で勝手にちょっと温度感変わってるみたいなね。説明してほしいよね、その温度感変わる前に。
だったら試合出ないから。そんな試合だったら出ないからさ。
そうなんよ。とか、大阪にUSJ行こうって言ってたのに、もうちょっとお母さん疲れたけ、温泉旅行に帰ったわ。
みんなにUSJ行くねって言ってしもうたやんとかもあるやん。
ありますよね。
やっぱ意思決定者、先生とか周りの大人は基本的には意思決定者なんだと思うよ、子供にとって。
15:05
その人たちがブレるというのは非常に問題であるということを言ってたのかもな。
そうでしょうね。これ多分会社員の人とかはめちゃくちゃ共感するやつだと思いますよ。
基本上司がブレるとか社長がブレるとかの影響めっちゃ受けるじゃないですか。
それも社長の立場からすると、これブレてるんじゃなくて変更しただけなんだけど、みたいなこともあったりすると思うんだけど、
社員の方からすると、なんでそうなってその後は何の説明もないし、なんならこの進めてたこれどうすんの、みたいな。
納得のいく説明をしてくれたら、到底上司とか社長には言えないから、分かりましたって言うしかない、みたいな日々を。
なんならそれを当たり前とする、それが社会人になるぐらいの感じで内面化して頑張ってる人いっぱいいると思うから。
たしかに。ブレる社長を信用しなきゃ、ブレる上司を信用しなきゃいけないのかって急にテーマ変えても。
あれはどうですか?納さんの上下関係みたいなところから起こってくるっていう、それは結構僕もよりそうだなと思うんだけど、
フラットな関係、割と対等な関係でも起こり得るのかどうかでどうですか?
ブレみたいなのの影響?
例えば友達で、あんまりしかもどっちかが強いとかいうことはあんまりないような友達の時に、このブレの、ブレても関係ないって感じなのか、ブレに巻き込まれないから大丈夫なのか。
私はね、ちょっと一般化していいのかわかんないけど、友人でもバリバリ目的確認する派じゃん。
目的だったけど覚悟を通ってますもんね。本当にやるんだね、みたいなことを言ってる。
何だっけ、なんかこう、これってこう、例えばさ、今度旅行行こうとか言われて、これって何?リッチにゆっくりって感じで、使うお金とかも結構ガンガン行く感じとか、こんな感じで聞いちゃうから、
ブレを許さないタイプかもね。
ブレを先に潰してる、合意してるから、これが外れるってことは契約不履行であり、ブレですよっていうのを先にもう固めちゃう、契約書を固めちゃってるみたいな。
なんかもう、婚前契約巻いてるかも。
ここまでしてブラしてくる人は日本人には少ないでしょ。
外国人の友達の方が強いね、そういう意味では。私は変更する必要があります、みたいな。なぜかというと、みたいな。あんたの都合やん、みたいな感じで揉めたりするけど。
でもその辺のコミュニケーションは、外国人はさ、ひどいとかあんまない国の人だからいいけど、日本人の友達で合意しとって、それをなんかなぁなぁでブラしてくる人は少ないかもね。
18:19
どう?上水君は友人でブレたら、やっぱ。
僕はまず、友人とそんなに距離が近くないので。
なるほど、なんか一緒してるわけじゃないみたいな。
そうそう、だからブレてても、ブレてるなとは思いますけど、それは。
変更してるなってこととブレてるなは違う?
変更してるという自覚がなんか変わっているときに、と僕から見えるときにブレてるなって思う。
いや、そうだね。変更してる、自分の意思で変更してる感覚がないみたいなの?
スピード感が早いとかじゃないんですよ。本人の中で別に、いやでもこれはこういう理由でこう変えているとかっていうのがあれば、単純に変更し続けてるんだなって思うけど。
まあでもそれもなんか説明できてたらいいってもんでもまたないんですよ。
その説明がしょぼいと、後付けで何か言ってるだけでブレてるのを正当化するだけだなとか思う人もいるけど、
けど多くの場合は本人がブレていることに気づいていない、変更、勝手に変更しちゃってることに気づいていない、
あの時約束してることと変わってることを本人気づいてないみたいなときに、わあブレてるなって思う。
じゃあ例えばさ、いやもう私はね、そんなバリバリ働いたりとかじゃなくて、
よかを楽しんで、ある程度生活ができてって生きていきたいんだよね。
その人が急に、いやもう金いる、貯めんな、もう老後大変なんよって言い出したら、これブレてる?
突然言い出したらブレてますね。
突然言い出したら。
でも何かあったんかなと思わん?
何かあったんだったらなんかそれは、僕から観測する上ではブレてるだけで、話してみたらいや実はみたいな、
こういうことで何かすごいお金がかかることが発生して、やっぱりお金だなと思って、ちょっと考えを改めたんだよねみたいなエピソードが出てきたときに、
僕が初めて情報量としては、あの頃のこの人と今のこの人は別の人間にもうなったんだっていうふうに認識できるけど、その出来事を経て。
はいはいはい。いやその時にさ、え、私そんなこと言ってた?みたいな人いるんよ。
それはブレてる、私の中で。
だから自覚ないわけじゃん。だからブレてるなーって思いますよ。
いや私そんなことはそんな言った記憶のないけどぐらいで言って、でも今思えばそのレベルで言ってることっていっぱいあるから、私が一個一個に反応しすぎな気もするんやけど。
はいはいはい。
でもやっぱり友人関係でブレてるはそこまで影響しないかも、そうは言っても。
21:04
どこか勝手に事故るわけじゃないですか、その人の責任の範囲で。
こっちがそれで理不尽な目に遭うとかもないと思うので、一定の距離が空いてると。
これプロジェクトとなるとまだ話がややこしいんですけど、自分も影響受けるから。
でも友達だったら全然ブレてくださいっていうか、ブレたいんだったらブレればいいし、自分生きればいいみたいな。
ブレないことがいいこととも僕は思ってもないので。
そうね、確かにブレることが悪いみたいなイメージもちょっと違う気がするね。
でも世の中的にはありますよ、多分ね。ブレるってそんなポジティブな意味で、いいね、ブレてるねと言わないじゃないですか。
でもね、この間討論カフェによく来てくれる人がさ、揺らいでない人が苦手って言ってたよ。
またこれ揺らぐとブレるまた違うと思うんすよ。
ちょっと待って、むず。
難しいな。
じゃあさ、ブレる大人を信用しなきゃいけないのかという問いについては、どう?そろそろ。
ブレるは一旦、何か状況変更があったかもしれないが、それを説明し、納得できる説明がないかしないか。
か、無自覚か。
無自覚か。
無自覚ゆえに説明もできてないか、自覚はしてるんだけど単に説明不足かってこの2パターンあるけど、基本的にはそこの空白がある人ですよね。
無自覚系の人は言語化できてないだけって可能性もあるよね。
もうしょうがないよとか言い出したりとか。
それ説明、自覚あるが説明できないってだけかそれは。
そうですね。そのパターンもあるね、確かに。
変わってることに気づいてない、変わってることに気づいてるが説明できない、説明はできるが説明していないぐらいのバランスがありますよ。
確かに、分かってきた、OK。
じゃあ、そういう大人を信用しなきゃいけないのか。
ここで信用は何ですか?何か利害を共にするっていう意味も込みですか?
それともその辺に生きている、歩いている大人と。
やっぱり利害を共にしてる感じだったね。
利害関係があるという意味ですね、OK。
みんなに持ってほしいイメージで言えば、例えば部活とかいう目的がある中の顧問の先生とかさ、将来を一緒に考えたりする学校の先生とか塾の先生も結構信用に値するじゃん、子供からすると。
それこそ親とかおじいちゃんおばあちゃんとかそういうゾーンだと思ってもらっていい。
なるほどね。切れないというか、関係性があり…。
関係性が切りにくいかつ、自分の将来に影響する人たちみたいなイメージでいいと思う。
24:03
その中にブレる大人がいました?信用しなきゃいけないのかっていう。
えっとね、分かった。
その隙間があるわけですよね、さっき言ったブレてることに気づいていない。
変更したことに気づいてはいるが、なんかうまく説明できない、説明別にしてないだけって言いますと。
これ全部ひっくるめても、こっち側としては、そうじゃない相手側としては、それが今分からないから隙間がAからBに変わって戸惑っている。
なんで変わったんだろうと思っているということに対して、それを軽視しない人だったら信用していいと思いますね。
え、どういうこと?
例えばのんさんがAからBに変えたと。なんでしょうかね。
どうでもいいことにしますけど、ちょっと一旦。カレー屋食べたいって言ってるから、僕がカレー屋をいっぱい調べて、どうですかって言って、カレー屋を提示したら、
焼肉なんだよねって急に言い出すときにですよ。何があった?理不尽だなって思うわけじゃないですか。
ちょっと例がしょぼいけど、変更の説明がないから、なんであんだけカレーって言ってたのに焼肉になってんのってなるわけじゃないですか。
そのときに、ご了承してのんさんが何の説明もなく焼肉だからって言われると、やっぱり僕のカレー屋さんを探してきた努力とか、ここを軽視してるじゃないですか。
じゃなくて、やっぱりここの溝を埋めようと思っているかどうか、もしくはそれを申し訳ないと思っているかどうかが大事だと思っているって感じかな。
なんか、それで言うと、なんかこう、なんていうかな、なんかDコードとかでもやってって思うんだけど、そういう自分たちで何かを決めれない立場の人じゃない?その子どもっていうジャンルの人たちってさ、
だからさ、軽視されてる、リスペクトされてるに結構敏感な気がしてて、たとえば本来20分で終わる何かを5分伸びます。すいません、5分伸ばしても大丈夫ですかって言われたことないみたいな、わかる?
でもまさにさ、ちょっとさっきカレーって言ってて、もしかしたらカレーを調べたかもしれないんですけど、ちょっと焼肉に変更になりました。で、ちょっと説明する今時間ないんですけど、いいですか?とかさ、たとえば。
なんかこう尊重されてるコミュニケーションの感覚がないと、確かに嫌かもなって今聞いてて。
ぶれてることが嫌なんじゃなくて、軽く扱われてることが嫌なんじゃない?
そうかもしれん。だからなんかこう、結構ほら、私ディスカッションコーディネーターっていうのをさ、必ずDコートで一人つけてアシストまでつけるのは、そういうなんていうかな、フォローがやっぱり大人数だとできなくなるよね。
27:15
だからその、中高生コースとかは4人に対して2人大人をつけるのは、やっぱりなんか、今のこれなんでこう進んだの?とかいう、そういう違和感みたいなものを、別にそれをその子の要望を叶えたいとか叶えるとかいうのではなくて、説明したり対話する環境作りみたいなのは結構意識してきたんよね。
それは多分、想像以上に決定する権限がないから、という子供たちにね。
だけどせめて尊重されるという環境、意見が言えるという環境みたいなのだけは担保したいなって思ってるから。
ブレる大人を信用しなきゃいけないかって言われたときに、信用するって結構、自分を無限に扱う人を許すに近い感じをしてしまうよね、自分は。
ブレた後の対応で無限に扱う人かどうかがわかるって感じがする。ブレてるかどうかもわかんないからね。変更してるってこともあるから。
会社とかだったら多分多いと思うんですよ。訳もなく変えてる会社もあるけど、たまに。社長の気まぐれで変わったものであるけど。
でも、やむを得ない変更とかいっぱいあるわけじゃないですか。環境が変わったからこれを切り替えてみたいな。
丁寧に説明する時間がなくて、しかも何階層か降りてくる間に、なんでこれはこうなってるのみたいな。今までだったら矛盾するじゃんみたいな。現場からしたら不満みたいなこともあるわけじゃないですか。
でも、その時にやっぱり無限にしてない対応がどこまでできるかだったらね。
そうそう。無限にしてないっての大きいかも。無限にしてないとか尊重されてるみたいな感覚がないとやっぱりムカついちゃうやろうね。
会社であれば多分説明責任を一個上の上司がちゃんと果たしていけば、その伝言ゲームになるけど、全部果たしていけばそんなに変なことなんないけど、
どっかで多分雑に下ろしてたりするから、なんかわかんないけど決まったんだよねってやっぱりなっちゃうことがあると思うんですよ。
でもさ、会社はちょっとわからんけど、それが仕事のはずだからね。でも少なくとも、先生も親も、いわゆる子どもたちに接する大人ってめちゃくちゃ忙しいと思うよみんな。
なんか説明しと暇ないっていう気持ちもわかるよ。でも尊重される場はあまりに少ないと思っている私は。忙しいんよ、しょうがないんよってのは全然ありだと思うんだけど。
30:16
説明責任を果たしてる教師少ないと思いますよ。僕の受けてきた教育の話になっちゃいますけど。もちろん個別対応で説明しろってのは無理だと思う、40人とかいて。
でも最初に、前回の話だと宿題を出すときに、この宿題が何なのかって説明はできるはずなんですよ。その上でわけわかんないことをしてても、説明はしてる上の話だから、丁寧にね。
一人ずつ時間使ってたら難しいかもしれないけども、一回もそれしてないじゃんみたいな時が多い気がする。
だから、やりながら感じて察して、これってこういう意味があったんやって、やっていきましょうってこと?
そういうことでやってきたんだと思う。圧倒的に力関係があり、言うこと聞かなかったらぶん殴るっていう世界観だったからね、何十年前は。
てか僕の時代とか殴られてたから。でもそれは良くないよねっていうのは今ここに来てるわけだからさ、じゃあ何をすべきかって言ったら説明するしかないじゃん。
その恐怖や暴力で支配しないんでしょって。そんなことはしないじゃん、今の時代は。だからちゃんと説明して、わかる可能性を高めていくしかないと思うんです、コミュニケーションによって。
そうね、そう考えると信用しなきゃいけないのかっていうよりは、信用するとかしないとかいう、ついてくかついてかないかじゃないけどそれぐらいでっかい判断軸にするよりは、
ぶれる大人との距離感の取り方を学んでいくのはどうかな。
いや、そうだと思います。信用するかしないかの二択じゃないと思う。付き合っていかざるを得ないですからね。
でも距離感の置き方とか大人でも難しいもんね。でも羨ましいけどね、その時代からその距離感を調整する感覚を持てるって。
なんか自分は叩かれたりしてたし、反発したり、もう信用しねえとか思ってさ、なんも言うこと聞かんで殴られるみたいな世界よりは、信用するとかしないとかの前にどんぐらいの距離感でこの人と接しようかなって考えれるって。
うらやましいわ、なんか逆に。
そうだね。
見分けて楽しめばいいんじゃないかな、ブレてんなって思った時に、この人は自分でもわかってないのかな、なのか、わかってるけど言葉にできないのかな、それとも説明しないだけかなみたいな。
33:04
どっちが大人なんて。
その上で自分にこういう態度を取ってるのはなんでなのかなってことに思いを巡らすっていう。
つまりね、これはDコードの世界観ですけど、大人って呼んでくれてますけど、大して変わらない人と人なんですよ。
まあまあそうだね。
確かに上とか大人って思うと、おいってなっちゃうんだろうね。
でも同じ人間だと思ったら、人間もいろいろあるんだろうな、みたいな感じで。
先生もいろいろあるんやろうな、みたいな感じで。
難しいか、でも。
なんかちょっと壮大な話になりますけど、人を信用しちゃダメですよ。
たとえ先生であろうと親であろうと。
肩書きがすごかろうと。
自分と距離が近かろうと。
それだけで信用しちゃダメで。
自分とその人の間で、どのようなやり取りがこの人生の中で行われたかっていう、その履歴を信じることが大事だから。
なんか肩書きとか大人だとか、なんだとか、そんなんじゃない。
自分とこの人はどれだけ向き合って今までくれたっけとか、大変な時に助けてくれたっけこの人とか。
自分が思いやりを持って何かした時に、それがちゃんと受け取ってくれたっけとか、その関係性を見とかないと。
なんかこれでもさ、高校生に言われたからわーとかなってるけど、別にこれもし大人からもらった問いだとしてもよ。
もうブレる相手を信用すべきかどうかっていう、この信用すべきかどうかの部分があまりにグラデーションがない感じが一番大きいかもな。
だからブレる大人がどうこうではなくて、その信用するっていう、信用するかしないかの判断軸の方が、ちょっとこう、なんていうかな、もうちょっとグラデーションあるよねっていう感覚がしてきたよ、だんだん。
もうブレる人は、ブレる大人だらけじゃない、たぶん。
そうですね。だから大きなことをしようとすると、ブレながら何かやっていくしかないみたいなところがあって。
僕はブレながらプロジェクトをやるのが本当に嫌いだから、大きなことは何もしたくないなって思ってますね。
ブレない人と小さなプロジェクトをやっていきたいなって思ってるから、僕は割とブレる大人を信用してない。
じゃああれだね、上水君はブレる大人を信用してないらしいよとしか言えない。
3パターンうちの最初のパターンの人ね、自分でもブレてることによくわかってない人は、コミュニケーションしてもわかってないから、会話が成立しない。
36:01
でも2番目3番目の人は、本人が向き合ってくれる気があれば、僕は向き合う気があるから、会話として成り立っていくから、
誤解が埋まっていくから、コミュニケーションによって。でも1つ目の人は無理ですね。ブレてるって本人が思ってないから。
ちなみにブレてるって本人が思ってないが、多いのか少ないのか、少数派なら別にあれやけど。
どうすかね、わかんないね。
でも自分も含めやけどさ、ブレてる時ほど自分が自覚できないっていう説もあるじゃん。
そうね、だからブレてるっていうね。
そうそうそうそう。だから自分もそういう節あって、だからそういう意味で他者の意見って大事やね。
私とかは結構梅水くんに言われるもんね。Aって言ってたけどBもやるんだったらAは失いますよとかさ。
なんか恐ろしいこと言ってきてなみたいな。だからそう、対話がないとやっぱブレは自覚できんよ。
なんかのんさんは2番目のパターンじゃん。言葉にはなってないけど、なんかブレているかもしれないことの感覚はあり、会話をしていけばそこの溝が埋まるみたいな感じですかね。
でも最初のパターンは多分怒り出すと思うんですよ。何をブレてるもの扱いしてくるんだみたいになるわけじゃん。
そっかそっか。でも怒る人ほど自分はブレてるんだなって思ったほうがいいかもね。
私ね、自分の子供に対しても思うけど、自分が理不尽なことをやってる時ほど怒っちゃうんよね。なんかそれを指摘されると。
それはもう説明したところで矛盾してたり、その説明は自己都合だったりって正直親も感じてると思うよね。大人も。
これってもう完全自己都合だよねとかさ。
例えばどこどこ行くって言い寄ったけど、ちょっと仕事でどうしてもこれ確認せない件があったけ、あそこはやめといて職場の近くのあそこに変更とかはさ。
明らかにさ、自分の都合やん。で、その時に何て言っちゃうかっていうと、いやこっちの方が楽しそうよとか謎のさ。
わかる?なんか選択肢としてこっちの方がいいよみたいな感じで、最初に言っちゃうと、その自己都合の説明がどんどんできんくなるというか。
自分は遊園地の方がいいみたいな。
お母さんの行く動物園すっごいらしいよとか謎の説得になるんよ。
じゃなくて、最初から大変申し訳ないと。私はこういう仕事の都合があって、今日遊園地に行こうと言っていたが、どうしても行けない。
39:06
ただ、私の仕事が終わらせてすぐ近くに動物園があるから、動物園なら変更可能であると。
遊園地に行けないだけか、遊園地にはいけないけど動物園行くか、その辺はちょっとどうでしょうとかっていう会話をする余裕がないんよ。
だから、動物園という選択肢に持っていく謎の会話をして、そこで痛いことをつかれるわけ。
例えば、お母さんが行きたいだけじゃないのとか言われたら、そしたら急に論理がぐちゃぐちゃになって、
なんていうかっていうとね、お母さん、遊園地も動物園も行きたくないよとか謎に言い出すんよ。
わかる。
多分こういう状況がブレてる人には起こってるんじゃないかっていう説。
なるほどね。
コミュニケーション不能になってくるよ、本当に。
苦し紛れのAからBなのに、それを指摘されると、もう破壊するしかないみたいな。
そうそうそうそう。
もうそんなこと言わせない状況にするしかないみたいな。
ある芸人さんかなんかが、お母さんのヒス興奮みたいなのあって。
ヒステリック興奮だっけ、なんか。
はいはい、なんかありましたね。
お母さんなんていなくていいんでしょみたいな。
あれは多分、論理がぐちゃぐちゃになった末に落ちるなっていうのは、自分も要素としてはある、すごい。
なるほど。
そう。
じゃああんた一人でいけんの?U・N・Jとかって、絶対に向こうが負ける論理を持ち出したりとか。
そういうのが大人と子どもの関係にはたくさんある気はしますね。
まあね、根本的に、養育者がいないと死んだとか生きていけないじゃないですか。
だから最後従うしかないみたいな絶対的な最後のラインがあるから、難しいよね、どうしても。
かなあ。
学校の先生も40人とかいてさ、たぶん詳細にみんなに合わせれないっていうのもきっと矛盾としてあるんじゃないかなとか思うよね。
だからブレる大人はね、いろいろとやっているうちにわけわかんなくなりました、大人と思ってほしい。
確かにね。そうかもね。どうしたらいいんでしょうね。
今日優しいじゃん、ヨメミさん。
確かにそうかも。そうかもよ。
そうかもね。何の答えも。
子供の立場がきついよね、でもね。
42:00
だっけ、そうなの。ちょっとごめん。ここは別に宣伝とかじゃないんだけど。
私はそれを先生とか親子とか、どうしても共に生活をしていくとか、何かしっかり教えていかなきゃいけないとかいう関係性で、
そんな説明し合おうねとか尊重し合おうねって、やっぱりなかなか難しいと思ったよね。
だけんこそ、昔で言うおじいちゃんおばあちゃんじゃないけど、一番余裕のある、子供たちとフラットに話す場を持っているっていう、
そういう場がたくさんあったらいいなって思って、その自分は一つになれたらいいなっていうのは、Dコート作ってるベースにあるよね。
しかも、おじいちゃんおばあちゃん的な要素もあるけど、その疑問、そういった、なんでこうなんだっけみたいな話とかを、ちゃんと徹底的に考える場になるから、
消化できたりしますよね。今言ったブレる音、例えば親なのか教師なのか、ちょっとわかんないですけど、塾の先生なのか、
ブレてる人との向き合い方を自分で考えて、自分で調整できる一点になるみたいな意味では。
考えることすら許されないですもんね、日常だと。
さっきの遊園地のくだりとかもそうですよね。
考えることすら。
動物園イエスって言うしかないよ、そんな選択肢がない。
消化不良な思いみたいなの。遊園地どこ行ったんだろうみたいな気持ちとかを消化できないままなるけど、
どこかでこういうことがあってって、仕事をしている親の状況とか考えるきっかけにもなったりとかね。
とか、うちの親も言うよとか、だんだん大人の状況みたいなのをみんなで分析していったりとか、
そういうことで、そこの不具合とかはむしろなくしていこうって感じじゃないよ。
大人がもっと対等にとか言いたいわけじゃないよね。
どっちかというとそういう、どうしてもしょうがない場面と、
もっとリラックスして考えれたり向き合えたりする時間とって、
バランスよく取れたらいいんやろうなとか思ったりするね。
信用の先の話にまた途中に戻ると、
ブレていてそれで無限に扱われるみたいな話があったけど、
無限に扱われてる側ができることは、もう疎遠になるってことは一つだけど、
それができない場合があるじゃないですか。そのときはやっぱり、
今最後に話したみたいに、その対象をしっかりと観察して、
なんでこんなことが起こってるのかって分かったような感じになれば、
消化できるんじゃないかなと。
あ、お母さんは仕事で忙しかったんだなって、例えば分かるようになったら、
余裕がなくなって、しかもなるべく楽しませようとしてなのか、
45:03
もしくはずるい考えでなのか理由わかんないけど、
明るく動物園を提案したんだなみたいな思考をトレースできたら、
そんなに起こることじゃないっていうか、余裕がなくてテンパって
こういうこと言ってたんだろうなって。
大人見てるけど、それぐらいの自分側でできることがあるとしたら
そういうことですよね。晒されてる側ができることがあるとすると。
そうだね。てか、考えてこうだったのかもしれんねとかって、
自分で消化できるっていうのはさ、これは大人も同じと思うけど、
結構自分でコントロールできる部分があるってことが大事と思うよ。
だから考えるとか自分で消化するっていうのは、自分でコントロールできた証な気がしてて、
そういう意味では結果重則化になりそうやけどね。
いや、そうだと思う。ずっと人のせいにしてもそこそこ解決しないじゃないですか。
苦しいからね。
生きていけないっていうか、やっぱブレる大人はたくさんいますから、
ずっとムカつくなうになっちゃうけど、
そうね、確かに。
そこを少し自分なりに理解というか消化できると、
誰しもそうだよ。
誰しもそうだと思う。
誰しもそうだよ。
子どもの話じゃなくてね。人類、みんなそうな気がする。
今ね、もう終盤だと思いますけど、今世界がその辺なくなってきてますよね。
そうなんかな。
他人の理解不能なことに対して、なんでこうなるんだろうって考えてみる、
その一歩想像することがなくて、ダメってすぐ判断しちゃうみたいな。悪いやつ。
判断が早いかもね。
さっきのお母さんが、遊園地って言ってたけど事故都合で、
動物園のほうが楽しそうやし、動物園に行こうとか、
変更するねとかって言われた時に、ひどってすぐなるみたいなね。
約束してたのにひどいみたいなね。
でも、その第一印象はいいんですよ、それを持っても。
ただ、それで決めつけて、もうお母さんを二度と信用しない。
まだ言っちゃうから、それはさ。極端じゃん。
でもね、そのゾーンに一旦なるんよ、みんな、たぶん。
話しながらだんだん納得感が出たり、自分なりに消化するんやけど、
それを親の私に向けてきても、必須公文でしか返せませんって話、わかる?
特にその、思春期というかね、10代とかになってくると、自分も成長して、
本当に早く考えたりとかするじゃないですか、頭が回ったりするから、
やっぱりもう、解決してもらうだけじゃなくて、
48:00
自分で消化する力っていうのを同時につけていくのは大事かなと思いましたね。
そうだね、本当に。もう自分で消化することばかりですよ、生きてきたけど。
会社とか入るとまた急にもうね、
本当にもう給料もらってんだからさ、みたいになってさ、
急にもう本当に全部自分で消化しないといけないみたいになるしね。
でもやっぱ会社の社長とかリーダーが、今の遊園地、動物園論理で必須公文になっちゃいかんやろって思うけどね。
多くない?でも。
知らん。ノブチェーンや。とか言って。
多いけどね。何?って思うけど、でもなんか、
俺が取ってやったんだろう、みたいな、なんかすごい、
いつの時代ですか?みたいな人結構いますけどね。
そうね、なんか、私はめちゃくちゃ反旗翻す計画を立てたり、
ストレートにおかしいやろって言っちゃう派だから、
ある意味、
自分の立場をわきまえてない系なんやけど。
僕も反旗を翻したんですけど、
良かれと思って改善の提案をしたら反旗を翻したとみなされ、
粛清されるってのは僕の大体。
なるほどね。なるほど。
やっぱだから、なんだっけ、
やっぱり変更に敏感になるべき立場あるかもね。
あると思うけどね、本来ね。
自分だ。自分の立場だ。
自分の立場だ。
でも、どうだった?
高校生の男の子からの一言で始まりましたけど。
この企画好きですよ、僕。
あ、そうなの?
楽しいですね。
文脈があるから。
ある人から投げかけられた言葉なんだなって思うと、
どういうことなのかなって、
結構掘り下げて考えたくなっちゃうっていうか。
だから、ブレるっていうことについても、
こうかな、あかなとか、信用するって何かなとかって、
結構ね、しぶとく、
辛抱強く考える気持ちになれて、
いい企画だなって思ってますね。
そうだね。
しかもそれを発した人の年齢とか、
置かれてる状況とかで想像できるし、
また、高校生の男の子とは違う立場とか、
置かれてる状況の自分?
視点でも考えれるし。
ていうか、これ聞いてる人もさ、
絶対いろいろ思ってんだろうね。
いやいやいやいや。
ブレるってそういうことじゃないでしょ?みたいに思っとうかもしれんけど。
その方はぜひ討論カフェで遊びに来ていただいたりとか、
子供たちにそういう議論の場が必要だと思う方、
51:00
ぜひ行こうと体験です。
無料ですからね。
そうだね。
全然1回体験するだけで、思い出になるし。
思い出ならば、経験にはなりますからね。
そうね、確かに。
なんかこれは引き続き、
てか、そういう声は山ほどあるんで、
みんなにも一緒に考えてもらえたら嬉しいですね。
なんかこうやっぱ、ポロッと出てくる一言が、
いつも考えてて、問いとして投げれてない本音というか、
まあ、だから辛辣で、
ちょっと自分は消化できないままいる言葉がいっぱいあって。
いや、そういうのやりましょうよ。
みんなで考えたいなって感じ。
最後まで聞いていただきありがとうございます。
Dコートでは毎月体験レッスンを開催しています。
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52:14

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