で、このイギリスでできた賭博のお話に戻ると、今回の事件っていうのはダーツが問題になった事件で、事件が起きたのはイギリスのウエストヨークシャー州リーズという街のパブでのことでした。
このパブ、実は今も実在してます。
あ、そうなんですね。
写真こんな感じです。
外観はこんな感じで、そもそもやっぱりイギリスの街並みは綺麗ですよね。
多分当時の建物がそのまま残ってる感じでしょう。
中はこんな感じで、今見ると全然ダーツとか高級層にすら見えるような感じです。
結構オシャレですね。
当時はこのパブの中でダーツが併設されていたというようなお話です。
で、このパブの店主であるジム・ガーサイドという男が、店内でダーツをさせた罪。
で、賭博法違反でリーズの治安判事裁判所に召喚されました。
このリーズというパブがあった街なんですけど、どういう街かというと、産業革命の中核都市だったそうで、
パブは労働者たちの地域コミュニティの中心であって、
パブ内ではお酒を飲みながらダーツをするみたいなものが、
労働者たちの仕事の疲れを癒すような交流所みたいな形で機能していたというような形です。
ただやっぱりお酒、禁酒法の時にもやりましたけど、治安との関係ではあまり良いものじゃないという関係があったので、
警察当局がパブを基準に強化したりとか、管理をする、圧力をかけるみたいな関係で、
ダーツを足掛かりにという行動をしていたかもしれないです。
事実上の賭博だろうということで、たまに摘発をしていた。
でも基本的には見逃していた。
そういう中で、このジムガーサイドのお店というものが摘発されるに至ったというような状況だったそうです。
こうやって摘発されて怒られたらやめればいいんじゃないかと思うかもしれないんですけど、
パブの経営って免許制だったんですよ。
日本でもそうじゃないですか。免許を置かないといけませんという話ではあるんですけど、
厳密には許可ですけど、やらなきゃいけませんという話ではあるんですけど、
違法賭博の疑いで免許を剥奪されるということになると、結局パブの経営をこれから続けることができない。
でもお店としてはもう作り込んでいるし、家賃もかかるしという状態で、免許を剥奪されると死活問題だった。
ということだと、だったらダーツを置かなきゃいいじゃないかという話なんですけど、
ダーツが技術の原因として法的に認められるということは、
実はジム・ガーサイドのお店自体もそうだし、それだけじゃなくて、
パブ産業全体にとって経済的な意味で切実な要請としてあったというような背景の下、
このジム・ガーサイドがダーツを刺した罪で捕まりました。ということが事件の発端です。
じゃあ、このフット・アナキンが
ダーツをどうやってイギリスのゲームかと証明したかというお話なんですけど、
それが法廷で証言をしたわけではなくて、
実際にダーツを実演してみせるというお話なんですけど、
当時のダーツボードっていうのが、今のダーツボードとちょっと違うんですよ。
そうなんですか。
今のダーツの的って分かります?どんな感じか。
もちろん正確には分からないと思いますけど。
なんていうか、円盤にチェック柄みたいな感じになってて、
そのポイントごとに点数が振られているみたいな。
法則はあるのかもしれないですけど、
上に行くほど高い点数とか、下に行くほど高い点数とかじゃなくて、
基本的には円を書くように、謎の順番で数字が並んでいますよね。
たぶん一番上が20点かな。
隣がたぶん1点とか、そんな感じで並んでいて、
ただ真ん中に入れると50点がもらえる。
ダブルブルとかブルーというものがあって、
それから周辺にはダブルとかトリプルっていう、
書かれている数字の2倍だったり3倍だったり点が入る、
みたいな構造になっているんですね。
今のダーツボードって。
今のダーツボードだと一番高い点数っていうのは、
20のトリプルの60点。
次がど真ん中、ダブルブルで50点。
みたいな、そういう仕組みなんですけど、
当時のダーツボードはもうちょっと簡易的なものなんで、
ブルーが存在しないんですよ。
なので一番高い点数っていうのが、
ダブルの20点。
トリプルも存在しなかったんで、
ダブルの20点っていうのが一番高い点数だったんですけど、
このダブルの20点っていうものを狙い通り当てたという風にされています。
この辺りの流れっていうものが、
文献によって結構いろんなことが書いてあって、
ちょっと何が本当なのかよくわからないんですよね。
1908年の話など、今から100年以上前の話なので、
きちんと資料が残っているわけではなくて、
あんまりよくわからないんですけど、
よくある説明としては、
まずは20のダブルに命中させたという話。
もしくは判事に対して、裁判官に対して、
好きなところを指名してくださいという風に言って、
3回連続で当てたという話。
それから変わり種としては、
そのボードに対して新聞紙を貼り付けて、
数字が見えない、うまく狙いが定められないようにして、
でも自分の頭の中にどこに当てるっていうのは分からないから、
狙った場所を当てますよ、何点指名してくださいって言って当てたとか。
いずれにしても、狙った場所に狙い通りに当てるっていうことをやったわけなんですよ。
それを受けて、裁判官がかなりびっくりして、
え、運じゃないの?適当に当てて適当に当たるっていうものじゃないの?
自分もやったことあるけど、酔っ払ってて全然当たらなかったけど違うの?
っていう話をして、いつも酔っ払ってたからなと。
ちょっとやってみなさいっていうことで、
裁判所の職員である書記官に対して、
同じようなことをやってくださいって言ってやってみたんですよ。
書記官は、これがちょっと大げさすぎると思うんですけど、
そもそもダンスボールに刺さらない。
狙ったところどころが全然違うところに当たった。
ということで書記官は全然できなかった。
多分真面目な人だったんでしょうね。ダンスとかやらないと。
下手すぎないのかなと思うんですけど、少なくともそういう感じだった。
で、やっぱ違うのかもしれないなというふうに裁判官がなってる中、
で、沸騰穴級がもう一度、もう一回やりますよという形で、
今度はダメ押しでダブルの20というのを3回連続で入れて、
これさすがにこいつは狙ってあげられずと。
ということを裁判官が思った。
というところで、
This is no game of chance.これは運のゲームではない。
ということを高らかに宣言をして、
パブの選手だったガーサンが無罪訪問という形になって、
犯例という形で残るので、
ダンスは違法なギャンブルから合法的な技術のゲームである。
という形になった。
結局のところ1908年とか1970年代のアメリカとかイギリスにおいては、
何かが社会的な市民権を得てスポーツとしてきちんと認められるためっていうのは、
住民たちが意見を出すとかそういう話ではなくて、
誰かがお墨付きをつけるということが必要だったというような構造が透けて見えるわけなんです。
そうですね。
じゃあそのお墨付きをつけるためにはどうするのかという中で選ばれたのが、
フットアナキによる神業の披露であったりとか、
ピンボールの名手によるピンボールの神業披露であったりとか、
というような実力で何とか黙らせるということがどうしても必要だったというようなお話があります。
これってすごいお話ですし、伝説として語り継いでテンションが上がるようなお話ではあると思います。
自分ももしダーツプレーヤーだったらそれだけすごいプレーをしたいというふうに思うかもしれないし、
ピンボールプレーヤーっていうのが世の中にいるのかわからないですけど、
もしいるんだったらそれだけの神業をやりたいというふうに思うかもしれないんですけど、
だけど一方でその一人のプレーヤー、今回で言うフットアナキであったりとか、
ピンボールの名手の実力だけによって結論が左右されるというのは、
手続き的にどうなのというのは法律家としては思っちゃいますよね。
確かにそうですよね。実際に実演する人がそのダーツ界の代表者というわけでもないですよね。
例えばこの人ができないんだったらしょうがないと思えるような、
この人が代表として適切だという手続きを経て選ばれたわけじゃないですよね。
そうなんですよ。
ただの地元のチャンピオンですもんね。
そういう意味で言うと現実の裁判が地味で、ドラマと結構違うのは、
そういう手続き的な面がちゃんとしたからという点も原因としてあるかもしれませんね。
なるほど。確かにそうかもしれない。
ちゃんとしていけばしていくほど手続き的なことが多くなって、
こういう神業披露みたいな機会がなかなかなくなる。
そうですよね。ドラマチックにはなりにくいですよね。
地味なのは面白くないけれども、面白いよりもちゃんとしたという話かもしれない。
逆に言えば、ちゃんとしていないところで何とか力技で強引に成立させるというか、
ダーツの地位を守るということが行われたのがこの双銀事件だったという話ですかね。