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「聖霊様に従う生活」2026年7月26日のメッセージ
2026-07-26 35:31

「聖霊様に従う生活」2026年7月26日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年7月26日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

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(聖書) ローマ-17 神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。15 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。16 この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。17 もし子供であれば、相続人でもあります。神の相続人、しかもキリストと共同の相続人です。キリストと共に苦しむなら、共にその栄光をも受けるからです。
 
メッセージ題 : 聖霊様に従う生活 (ローマ8:1-17)
*神様は神の御姿で創造された人間が、罪によって神から離れ悪魔の支配下にあることを、一番気の毒と思われます。→この人間を元々の神様との愛の関係に取り戻そうとされる神様の熱心が十字架
*神様はイエス様を通して人間を救われ、聖霊様を送って下さいました。イエス様は救い主、聖霊様は

1.聖霊様は助け主です。では、聖霊様は何を助けてくださいますか? 今日は、ローマ7-8章の内容を通して。
#私たちが弱くてできなかった律法の守りを、私たちを助けて、できるようにして下さいます。ローマ8:3
*律法を守れないというのは?神の御言葉を聞き従えない?続けて善悪の知識の木の実をとって食べる?
では、創世記3:16-19の罪の罰、呪いを続けて引き受けることになります。 *反面、律法を守るとは?神の御言葉を聞いて従う・・・祝福されます。また神様が喜ばれます。マタイ7章では、岩の上家を建てる人の祝福が
#問題は、今まで守れなかったのに、どうしてこれからは守れるのか?→ここに、キリスト者の葛藤が
毎週の牧師のメッセージを聞きながら、真面目な信徒たちは頑張ります。しかし、できない、どうしよう!

2.ここに、聖霊様の役割があります。
*私たちがどうしても守れないと諦めているとき、聖霊様は律法を守らせる為に、どんな働きをされる?
→聖霊様は、罪の赦し、新たに生まれる体験をさせてくださいます。VS 聖霊によらない悔い改めもあります。それは知識的な反省、頭だけで、心も体も動きません。しかし聖霊様による悔い改め、罪の赦し、新たに生まれる体験には私たちの人生を根本的にひっくり返す力が。謝罪の体験、地獄から天国、喜びが伴いますが・このような体験ができれば、人は根本的に変わります。物理的変化→化学的変化
このような人に聖霊様は、人間的な力によらないで、神様の恵みの力で御言葉を守るようにして下さる
#使徒パウロが、それを体験しました。(ローマ7,8章)昔のパウロは?自分の力で律法を守ろうとしました。守っていると思いました。しかし、それは部分的であり、表面的なこと。律法を与えて下さった神様の御旨、本質には至りませんでした。できたら神を愛し、隣人を愛したはず。自分の信念で、イエス様に逆らい、キリスト者を迫害しました。ところが、聖霊様が働かれると、自分が罪人であることが照らされましたが・・・ローマ7:24,25 また、自分の身代わりに十字架で死んで下さったイエス様の愛と恵みも
ローマ8:1-2 *なぜ、神様は恵みを与えられますか?8:4肉に従う生活をやめて、霊に従うように
肉に従う生活?霊に従う生活?その結果?ローマ8:6,霊に従って生きる決断を8:10,11,親しみ+PLO

3.霊に従って生きる生活を通して、究極的に・・・私たち、キリスト者に与えられる祝福は?
1)神様をアッバ、父よ!と呼ぶことができる祝福!8:15節→天地を創られた神様が私の父であると?
2)神の国(永遠の天国)を相続される特権!8:17上→それもキリストと共同の相続人? イエス様はどんなお方ですか?ピリッポ2:9-11 天上のもの、地上のもの、地下のものすべてがひざまずき、主であると宣べ、褒め称えるお方!私たちはキリストの花嫁としてその場で共に座らせることができる光栄
3)キリストと共に苦しむ特権!8:17下、 苦難は嫌です。それが特権ですか? 栄光ある苦難があります
例)羊を守る為の羊飼いの苦労、家族を養う為の父親の苦労、全人類を救う為のキリストの十字架苦難
→どれほど価値ある苦難でしょう。永遠に主の恵みと犠牲に感謝するでしょう。#苦難を通して何が?
救いが、信仰の成熟が、キリストを見習う美しい人格が、神の誉れと栄光の冠が、永遠にキリストと統治
@神のすべてを犠牲して聖霊を送って下さった神様の御旨?聖霊に従って祝福の人生になりなさい!

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00:02
今日は、「聖霊に従って歩む生活」という対応を持って、メッセージを分かちたいと思います。
神様は、何を一番気の毒だと思っておられるでしょう。
神様は、神の見姿で作られた人間が、罪によって神様から離れ、悪魔の支配下の中にいることを一番気の毒だと思っておられます。
この人間を、もともと本来の神様との愛の関係に取り戻そうとされる神様の熱心が、イエス・キリストの十字架に現れていますけど、
神様はイエス・キリストを通して人間を救われ、そして私たちに聖霊様を贈ってくださいました。
イエス様を送られた理由は、救いですけど、聖霊様を贈ってくださった理由は、助けるためでした。
ですから、イエス様は救い主、聖霊様は助け主と言いますけど、聖霊様は私たちの何を助けてくださるのか、今日は一つ考えていきたいと思います。
これはローマ書8章で表れていることです。
聖霊様は私たちが弱くて守れない立法を私たちを助けて守るようにしてくださいます。
ローマ書8章の3節の始めです。
肉の弱さのために立法が成し得なかったことを神はしてくださいます。
私たちの弱さによって守れなかった立法を聖霊様は守るように助けてくださいます。
皆さんここで立法を守ることができないということは、神様の御言葉に従わないということになります。
これは創世紀3章の全約の知識の木の実を続けて食べるという意味があります。続けて食べてしまう。
これは創世紀3章で表れている罪の罰、罪の呪いを私たちは続けて行うようになりますので、これは本当に怖いですね。
立法を守れない、これは簡単に言うことではありません。世の中のすべての問題はここから発生するものですから。
反面立法を守るということは神の御言葉に従うという意味で、神の御言葉を守るなら必ず祝福されます。神様が喜ばれます。
03:01
マタイの7章3章の末訓の最後に見てますと、神様の御言葉を聞いて従う者は岩の上に家を建てることと同じだと。
世の中でどんな混乱、世の中でどんな問題があっても必ず守られ、しっかり立たせることができる。この祝福の神聖になる秘訣が御言葉に従う神聖です。
では問題は今まで守れなかったのにどうしてこれからは守ることができますか。ここにキリスト者たちの葛藤があります。
牧師はいつも説教します。この神様の御言葉です。守ってください。守ってくださるなら祝福されますよ。神様が喜ばれますよ。説教します。
事実牧師もこのメッセージを知ってから後ほど忘れることもあるし、まだ守れないことがほとんどですけど。
しかし真面目な神と皆さんは牧師のメッセージだから守るように頑張ります。皆さんも全部神様を喜ばせたいでしょう。しかし現在の元にある人間は弱くて立法を守ることができないんです。
ここで信者の葛藤があります。私たちの信仰生活がほぼこのくらいで今すまじいているのではないかと思います。
神様を喜ばせたい。神様から祝福してもらいたい。ですから御言葉通り生きたい。守りたい。しかし弱くて守る力がありません。
このような葛藤が信者の中で誰もあります。だから教会に来るのが本当に難しいです。
教会に喜んできて何か楽しみがあるなら教会に来ますけど、今日もいたら牧師のこの本当に難しい説教を聞かなきゃいけないし、それを守らなきゃいけないと皆さん負担を持って教会に来られるといったら難しいですね。
だから教会本当に牧師のメッセージが本当に大事なんですけど、それを長い間聞きながら信徒たちはみんなこう思います。
いやどうせ守れないこと牧師がいつもそう言うけど牧師はそのような癖があるからそんなこと言うんだ。
だから牧師がどんな世紀をしても私はできる分だけやろうという気持ちで何とか適当に妥協しながら信仰生活しているのではないでしょうか。
じゃあここに守れない私たちに聖霊様が働いてください。
私たちはもうどうせできないんだとほぼ諦めているところなんですけど、聖霊様が私たちが守れない立法、守れない神の御言葉を守るようにどんな働きをしてくださるのか、これがローマ書8章3節のところにあります。
06:18
イエス様が十字架で私たちの罪のために書かれて死んでくださったのは私たちの罪をすべて終わらせてくださるための働きだった。
私たちは立法を守ったらいいんですけど守れない。
だからいろいろな罪、過ち、問題を抱えている私たちの弱さをイエス・キリストが十字架で全部背負って、十字架で血を流して死んでくださったので、私たちの罪を守れない、立法を守れない罪をイエス様が全部終わらせてくださった。
私たちは立法を守れない私の罪をイエス様が背負って十字架で死んでくださったから、だから私たちは罪から自由になり、守れない立法、そこから自由になる心ができた。
イエス様は私たちのために身代わりとして死んでくださった。
この神とイエス様の恵みを私たちはどうすればいいのか、このことが聖霊様が私たちに悟らせてくださることです。
私たちは守れなくて、もう地獄に行くしかない私たちですけど、イエス・キリストが十字架で全ての罪・過ちを血を流して死んでくださったから、私たちは守れない罪をイエス様が代わりになってくださった。
血を流してくださった、だから私たちは罪を罰せることではないし、罪による呪いを受けることでもない。これから神の恵みによって生きるものになったという、この神様の十字架の恵みの肌だき、これを聖霊様が悟らせてくださる。
皆さん、知識によって分かったら、頭は分かったと言うんですけど、体全体に動くことはありません。しかし聖霊の働きは、知識的に分かることではなく、心で分かるので、霊で分かるので、霊で悟ることができたら、ここから本当に感謝と感激が現れるようになります。
そうするならこの人たちは、このイエス様のために私はどうすればいいのかという心があります。ただただ守れなかった私たちに対するこの後、聖霊様が、イエス様がどうされてくださったのか、この恵みを悟らせてくださり、これを悟らせてくださったことによって、私たちの心の中にある感謝と感激の喜び。
09:06
これが、Amazing Graceという賛美を通して私たちに現れます。心から神イエス様に対する感謝。この感謝がある人たちに、聖霊様は、自分の力で神の見事を守ることではなく、神の恵みによって守る方法を教えてくださるんです。
私たちは自分の力で、今まで自分の力で守ろうとしたんですけど、そうじゃなくて、神イエスキリストによる十字架の恵みを悟った人は、これから自分じゃなくて、神の恵みによって立法を守ることができる、この世界に入るようになるんだと。
これをシト・パウルが体験しました。これが、ローマ書7章8冊の大事な内容です。
過去、パウルは自分の熱心によって立法を守ろうとしたんです。そして自分は立法をうまく守っていると考えていました。
しかし、パウルが守った立法は、立法の一部分だけで、またそれも快適な姿は守るように見えたんですけど、立法を与えてくださった神様の身もね、本質は守れなかったんです。
彼がたぶん立法の本質を守ったとするなら、神を愛し隣人を愛したはずです。だから彼はこの立法を守らなかった、自分なりには熱心に立法を守るように見えたんですけど、結局彼は自分の信念、熱心によってイエス様に敵対し、キリスト者たちを迫害しました。
なぜなら、自分をうまくやっていると勘違いしたからです。
ところが、このようなパウルに聖霊様が働いたら、自分がどれほど深い罪人であるのかを悟らせてくださった。
ローマ書7章24節25節、私は何と惨めな人間なのでしょう。罪に定められたこの身体から誰が私を救ってくださるでしょうか。今まで自分は義人だった。自分はうまくやっていると思ったのに、どうしていきなり私は何と惨めなものなんでしょうという、これを告白するようになったでしょうか。
これは、聖霊様の悟りによって、神の見前であなたがどんな存在なのかということを、聖霊様が照らしてくださった。私はもう神様に向かって、世の全ての人々に向かって、火の打ち所もない、私は完全な働きをしているんだと自信を持って考えたんですけど、
神の目線で見せてくださったら、自分は何と私は惨めな人間でしょうという、このことが悟られたということです。ところがそれだけではありません。私はもう何と惨めなものなんでしょうということで終わったのではなく、
12:18
聖霊様は自分の罪のためにイエス・キリストが忠実家で見代わりにして、死んでくださったイエス・サーモンの愛の恵みも照らしてくださったんです。それが悟られた時に彼がこう言います。
7章25節、私たちの主イエス・キリストを通して神様に感謝します。それを確信を持ってまだ言います。ロマン書8章1節2節、従って今やキリストイエスに結ばれているものは罪に定められることはありません。キリストイエスによって命をもたらす礼儀の法則が、罪と死の法則から私たちを解除したからです。
ここで2つの法則が出てきます。罪と死の法則、また命をもたらす礼儀の法則。
罪と死の法則は何ですか。立法によって私が立法を守れなかった罪、罰がバーッときます。また頑張ったのにまだ立法を守れなかった罪を犯した、またバーッと罰を受けます。罪を守れなかった罰、罪の守れなかった罰。
皆さん、これを続けて続けてやるなら、この人は死にますよね。だから、罪と死の法則と言います。罪によって結果、死のしかない立法による法則です。しかし、命をもたらす礼儀の法則があります。
罪を犯したら、イエス・キリスト十字架の恵みが働きます。そして私の罪を許してください。これを許してくださり、また私たちに神イエス様の命が与えられます。これは十字架のイエス・キリストによる恵みの法則です。
これを繰り返し繰り返し、また罪を犯しました。イエス・キリストの恵みが働きました。罪を許していただきました。神の命をいただきました。そして自分の心の中で感謝が満ちあおれるようになります。
罪を犯したら、神の恵みが働いて、許されて、命が与えられます。何という恵みでしょう、何という感謝。もう、罪を犯したら、ますます上からの恵みが与えられるので、その罪を犯したことが恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくて、神の恵みをいただく私、これでいいでしょうか、いいでしょうかと言いながら、これからだんだん罪を犯さないようになる法則。
これが命をもたらす霊の法則です。
15:02
皆さん、私たちは二つの法則の中にいます。罪と死の法則。立法を守ることによって何とか死の前に行こうとするなら、立法を守れなければ罰。立法を守れなかったら罰。立法を守れれば罰。いつも立法と罰、罰、罰、罰、罰。
それで、もう苦しみの中で人生難しいと思うんです。
しかし、十字架によるイエス・キリストの恵みの法則に至ったら、もう私たちが弱くて罪を犯したなら、イエス・キリスト十字架の恵みが働いて、許してくださり、またそこに命を与えてくださる。
これは何という恵みでしょう。また罪を犯します。またイエス・キリストの恵みが働きます。許してくださいます。
それによって、また命が働く。これは恥ずかしくて恥ずかしい。
主よ、主よ、これでいいんでしょうか、いいんでしょうかと言いながら、主の前にひざまずいて、私は罪人です。上からの力を与えてください。
お祈りをもって、イエス・キリストの恵みに感謝する毎日の生活です。
なぜ神様が罪と死の法則でただ死んで地獄に行くようにほたらかしておけばいいのに、私たちを命をもたらす霊の法則の中で導いてくださって、
罪を犯すたびにイエス・キリスト十字架の恵みが働いて、もっともっと私たちに力、命を豊かに与えてくださるのか。
これは神様が、これからはあなたは自分のうちわがままで肉に従って生きる生活をやめて、これからは霊に従って生きる生活をしなさいという、イエス・キリスト様の切なる願いがここに込まれてあるのです。
ですから、これからイエス・キリストの十字架の恵み、命をもたらす霊の法則の中にいる人は、これから私たちに大事なのは霊に従って生きる生活です。
私たちは肉に従って生きるか、霊に従って生きるかを自分なりに決めなければなりません。
ローマ書8章5節6節
肉に従って歩む者は、肉に直することを考え、霊に直して歩む者は、霊に直することを考えます。
肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和であります。
肉に直して生きるということは、自分の本性のまま、自分の思いのままに生きることです。
しかし、霊に従って生きるということは、聖霊の御声を聞いて従う生活を意味します。
私たちの教会でいつも皆さんに申し上げますね、私たちの信仰生活は、神様との親しい交わりの中で、神の御声を聞いて従う、PLOの生活だということ。
18:13
これは一言で言えば、霊に従って歩む生活を意味します。
その時、私たちには神の命と平和が望むようになります。
もう一度申し上げましょう。
肉に従って生きる生活は、自分のわがまま、自分の本性、自己中心的に生きることを意味します。
これはローマ書2章9節には、苦しみと悩みがその人に下るんだと言います。
ですから私たちは、自分の本性から出てくる肉の考えを捨てて、霊に従って生きる生活をしなければいけません。
霊に従って生きる生活のために何をするんですか。
まずお祈り。
次に、御言葉を深く黙想することです。
また、神徒たちの交わりに参加することです。
神徒たちの交わりがなぜ大事なのか。
皆さん、世の中のお友達と交わりをするなら、世の中の働きをいろいろ聞きます。
私は、最近韓国のニュースとかいろいろ見たら、韓国は株をそんなにするんですね。
株。
だからある人は株でどのくらいお金を儲けた、儲けた話をするから、
みんなが私もしなきゃいけないんじゃないかと思いながら、自分もよくわからないのに、みんながやっていることをバンバンやります。
それで今、破産直前にいる人たちがたくさん現れているというから、だからみんながこうするなら儲けるよ、儲ける。
世の中の人々の交わりは、全部儲けることばっかり考えます。
どうすれば世の中で楽しく生きるか、お金を儲けるか。
皆さん、キリストの家の中じゃなくて、外の交わりはほとんどお金の話。ほとんど楽しみの話ばっかり。
だったら私もやりたい。私もそれを生活したい。
ただ、ついてきながら、もうキリスト者として、今もうアイデンティティもなくなる。
だから世の中の人がキリスト者とかわからなくなって、こんな生活をする。
しかし、神徒たちの交わりには何がありますか?
礼儀的な話をします。礼儀的な考えをします。神を喜ばせる話をします。
皆さん、それを通して私たちは神様を喜ばせる。ローマ書8章6節。
力の思いは死であり。そうです。力の思いは死です。
株でいくらお金を儲けたとしても、よく見たら、この後はこのような生活習慣としたら、本当に全部破産になるんですね。死です。
21:04
しかし、礼儀の思いは命と平和だという話をします。
また、ローマ書8章8節には、力の支配下にある者は、神に喜ばれることはありません。
9節は、神の礼があなたたちの家に宿っている限り、あなたたちは力ではなく、礼の支配下にいます。
キリストの礼を持たない人は、キリストに直していません。
ですから私たちは、これから、礼によって生きることを決断しなければなりません。
礼によって生きる、どのようにすればいいでしょうか。
その方法は、神様との親しい交わりの中で、神の御声を聞いて従おう。
礼によって生きる方法は、親しみプラスPLO。
これです。今、私たちの教会、いろいろここで考えていることでしょう。
今度は、これからもっともっとうまくやるために、金曜トリナシ祈り会では、神を体験するということを一緒に学びながら、
これから、礼によって生きることをどうすればいいのか、これをもっともっと詳しく学びたいと思います。
12回なので、皆さん、このLINEの家族部屋にあるファイルをダウンロードしてもらって、自分に全部キープしてください。保存してください。
いつもこれを出して、それをずっと読んでみたら、これを、皆さん、信仰の大事な部分を自分は確かめるようになるので、
ぜひともぜひとも、それを資料を全部使っていただければと思います。
では、礼の従う生活、これを通して究極的に私たちの信者に与えられることは何なのか、
これをローマ諏訪では私たちに教えてくださいます。
まず大事なのは、中国語説です。
あなた方は人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けた。
人を奴隷として再び恐れに陥れる霊、これが悪魔です。
私たちは悪魔から来た霊を受けたのではなくて、神様から来た霊を受けた。
神の子とする霊を受けた。
それによって私たちは神様をアッパ父よと呼ぶようになった。
じゃあ皆さんここを考えてみてください。
天地を作られた創造主神様が私の父なんです。
これはもう聖なる聖なる父、こんなことじゃなくてアッパ父。
赤ちゃんが、サクちゃんがアッパーというこのような感覚です。
父とものすごい親しみの中にいる一番かわいい子供たちが父に呼ぶ名前がアッパ父よということです。
私たちはどうして天地を作られた創造主神様を父よという呼ぶようになったんでしょうか。
24:08
私たちはどうしてそれがわかったんでしょうか。
どうしてそれがなったのか、またそれがわかったのか。
これは聖霊様による。
聖霊様があなたは天地を作られた神様があなたの父だよ。
パパー言いなさい。
神様の何でも一番近くまで行けるものがパパーという子供たち赤ちゃんだ。
私がそのようなレベルのものを教えてくださったのは聖霊様。
これを考えれば考えるほど私はこんな素晴らしい存在なのかと思われるように、これは聖霊様が教えてくださった。
もう一つ、神の国を宗族してもらう特権があります。
神の国、もし子供であれば宗族人でもあります。
神の宗族人、しかもキリストと共同の宗族人です。
私たちは神の宗族人ということは天国を受け継ぐものになるということです。
しかもキリストと共同の宗族人。
キリストは何を受けられますか?
私はキリストと共に受けるものですから、キリストが一体どんな宗族されるのかを見てみたらわかります。
フィリポン2章9節から10節まで。
キリストは万王の王、万宗の主になりました。
神様の切なる願いに従って十字架を背負うことによって、
神様がイエス・キリストを高く引き上げられ、
この地上のもの、天上のもの、地下のもの、すべての上に、
一番素晴らしい名前として呼ばれるようになったということです。
だから世の中のすべてのものが、この下、口からのイエス・キリストは主であると、
大役に言われまして、神を褒めたたえると言います。
だったらイエス・キリストは何を受け継ぐんですか?
神様のすべてを受け継ぐ万王の王、万宗の主。
このイエス・キリストの前では天上のもの、地上のもの、地下のもの、すべてがひざまずき、
その前に褒めたたえるこのレベルのイエス様と共に私が荘軸される。
なんという素晴らしいことでしょう。
これはキリストの花嫁としての、受けられるこの素晴らしい荘軸なんです。
また三番目、イエス・キリスト共に苦難を受ける特権。
え?キリストと共に苦しむなら共にその栄光を受けられる。
キリスト共に苦難を受ける、いや苦難を受けることが特権でしょうか。
27:00
皆さん苦難は嫌ですよね。しかし栄光ある苦難があります。
例えば羊を飼っている羊飼いたち。
羊飼いは羊のために夜通し羊の番をします。
また野獣たちが来た、猛獣たちが来た時にはこの羊を守るために羊飼いは戦います。
これは羊飼いが担っているこの働きは苦難がある苦難の中で神様の栄光ある働きです。
お父さんたちは子供たちと妻のために職場の生活を頑張ります。
上司たちにいろいろ嫌な話ばかり聞きながら難しくサラリーマンとしての生活をするこの苦難が父たちにはあります。
この家族のために流されるこの汗、
家族のために上司たちにいろいろ嫌な話を聞くこのような生活が皆さん苦難でしょうか。
むしろ家族の前ではこの生き甲斐ではないでしょうか。
またイエス・キリストは全人類のために十字架で血を流して死んでくださった苦難がありました。
怖くて痛いことですけどイエス様は全人類を救うために地獄から天国に救うためにイエス・キリストが十字架になってくださった。
これはもう救われた全ての人が永遠にイエス・キリストに感謝感謝褒めたたえるこの働きですからどれほど素晴らしいことでしょうか。
ですから苦難はただ苦難ではなく苦難の中で栄光ある苦難があるんだということ。
しかし栄光ある苦難に私たちがイエス様と共に働くならイエス様と共に栄光をいただくようになるんだということです。
昔々のことです。
韓国のソウルのある教会の姉妹たちが中東のアフカニスタンですかねどこか戦況旅行に行きました。
その姉妹たちが戦況旅行に行ったんですけどその人たちが中東のある武装勢力タレバンでしょうかねわかりませんけど
昔々のことだからその人たちに捕まえたんです。
その韓国の教会の先生を私は知ってます。なぜなら私の妻と名前が同じバグンジョー先生です。
同じ先生だから私よくも知ってますけどその先生がいつもニュースとかどこに出て
今自分の教会の信徒たちが今中東地域で武装勢力で捕まえています。
自分は教会でどれほど辛かったでしょうかね。
で私はその場面を考えながら牧師としていろいろ考えました。
もし私の教会の家族何人かがアフカニスタンとか中東地域に戦況のために今も東アジアとかね
30:06
戦況のために出られたと思いましょう。そこで武装勢力に捕まえました。
だったら教会の家族が武装勢力に捕まえて今もう苦難を受けていらっしゃるんですけど
牧師が平気に教会でメッセージをしてこれまでいられるんでしょうか。
私はその場面をよくよく考えました。私だったらこれをどうすればいいんだろうかと。
だったら私は思いました。私はその現場に行く。そして武装勢力に私がいて
私の教会の家族を解放させてください。私が代わりに人父になります。
それで私が人父になって家族をみんな解放して家族に韓国に取り戻される。
このような場面を考えながらやっぱり牧師はこのような働きをされるべきだなと思いました。
私はその場面を何回も練習しました。自分なりの頭でいつも考え練習もしましたけど
私にはこのチャンスが来てくれませんでした。しかしもしこのようなことが起こって
その働きに私が牧師としてその働きができるなら
これは牧師としての最高の栄光のある苦難ではないでしょうか。
本当にこれから私たちの教会にそんなことがなければいいと思いますけど
私は覚悟しています。とにかく神様は私たちの家族を守ってくださるように。
神様はなぜ私たちにこのような苦難を許されるのでしょうか。
イエスキリストの苦難または神徒たちの苦難を通して私たちに与えられることは何でしょうか。
まずイエスキリストの苦難を通して私たちは救いをいただきます。
これは救いより世の中に大きいものはありません。地獄に行くものが天国に行くようになった。
これは何によっても変えられない。一番素晴らしいこと。
救いがない信仰生活はこれは信仰生活ではありません。
信仰生活は何より救いです。救いが与えられます。
もう一つ苦難の中で信仰的に成熟します。
またイエスキリストに見習った美しい人格を持つようになり
神様の誉まれと栄光の冠があります。
またイエス様と共に天国で永遠に永遠に王として統治する素晴らしい働きができます。
だから聖霊様が来られて私たちにやってくださる全てが素晴らしい。素晴らしいことばかり。
ですから皆さん聖霊様を歓迎して来てください。来てください。
いつも私と共にいてください。私は聖霊様と共に歩みたいんです。
33:00
というような祈りをぜひともやっていただければと思います。
最後に私たちの信仰生活は私たちの力と努力によって立法を守り抜く生活ではありません。
聖霊に導かれ、聖霊に従って生きるなら、聖霊様が立法を守るようにしてくださる生活です。
私たちの力では何もできません。ただただ聖霊様によって神様を喜ばせることができます。
私たちが努力して頑張る信仰生活は私たちが走っていくものだと思ったら、
聖霊の導き、聖霊に従って生きる生活は、聖霊といわれる飛行機を乗って空を飛ぶような信仰生活です。
皆さん走っていきたいですか?空を聖霊によって飛んでいきたいですか?
聖霊によって飛んでいく私たちになりましょう。
では、イエス様の十字架が私たちに聖霊を贈ってくださるために、
そのために賛美大の神様の寄生と献身があるとしたら、
私たちに聖霊を与えてくださいながら、神様は何を期待するのでしょうか?
あなたの力で頑張るんじゃなくて、これから聖霊に従って生きなさい。
そうするなら、力に従って生きるこの中で呪い、呪いの生活はこれからもう永遠にグッバイだ。
ですから、聖霊によって生きる生活をこれからやりなさい、やりなさい。
私たちは積極的に聖霊に従って生きる生活をして、神様を喜ばせる私たちになりたいと思います。
お祈り出します。
主よ、今日は私たちに聖霊様を贈ってくださった神の御胸を学びました。
絶対全愛の神様、神様の御心を良くして、これから自分の力で頑張る生活ではなく、
聖霊に従って生きる神様との親しい交わる中で、
御声を聞き従う生活がうまくできるように助けてください。
イエス様の皆を通してお祈り致します。
アーメン。ありがとうございます。
35:31

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