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【聖書からはじめる信仰入門⑪】 わたしに従いなさい(マルコ 2:13-17)
2026-08-15 14:08

【聖書からはじめる信仰入門⑪】 わたしに従いなさい(マルコ 2:13-17)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
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【概要】 イエスはガリラヤ湖の方へ進まれる途中、税関に座っているレビを見かけられた。徴税人としての彼の生活と内面は?なぜイスラエルの民がローマのために税金を搾取することを?お金に対する恨みのある事情?お金さえあれば幸せになる。しかしユダヤ人が絶対にやってはいけない仕事…「山には狐、町には徴税人」→今や大金を稼いだが…人間として扱われない…後悔!人生のやりなおしはできるだろうか? イエス様!私に従いなさい!これまでのレビは?これからは? →レビはすべてを捨てて立ち上がり、従った。#一人の人が変わると…同じ問題を持っている多くの人々に。嘲笑するパリサイ人たち? 17節「わたしは義人を招くために来たのではなく、罪人を招くために来た。」自分が罪人だと考えて、イエス様に従う者の人生を変えてくださる。レビはマタイ、ユダヤ人のための福音書を書いた。Ⅱコリント 見よ、すべてが新しくなった。

【聖書の箇所】マルコによる福音書 -17
イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。 そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。 イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。 ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。 イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

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サマリー

イエスは、ローマ帝国のために税金を集める徴税人レビに出会い、「わたしに従いなさい」と招かれました。レビは人々から嫌われ、孤独な人生を送っていましたが、イエスの言葉に従い、すべてを捨ててイエスに従いました。この決断により、レビは新しい人生と永遠の命を得て、後にマタイとして福音書を記しました。イエスは、正しい人ではなく罪人を招くために来たと言い、自分を罪人だと考えるすべての人に救いの道を示されています。

はじめに:イエス様のもとに人々が集まる理由
みなさんこんにちは。東京ぶどうの木教会のファンと申します。 私たちの教会は神様の御言葉、聖書を用いて
グッドニュース、福音を伝えているところであります。 前回私たちは創世記3章を通して、はじめの人間が蛇の誘惑を受けて、神様が禁じられた
誠学の自色の樹の実を食べて、 エデンの園から追い出されたことを学びました。 その時神様は罪を犯した人間に女の子孫を約束されました。創世記3章15節
その方が処女を誕生されたイエス・キリストです。 今日は福音書を通して
イスラル民と言いながらローマの手先であるこの超人人レビにどんな問題があったのか一緒に考えていきたいと思います
また彼がどのように救い主イエスキリストに出会って新しい人生と永遠の命を得ることができたのか分かち合いながら
私たちもイエスキリストを通して永遠の命を得天国に入っていく私たちになりたいと思います
じゃあパルコ2章 13節から17節まで私に従いなさい
イエス様が彼らの海辺に行かれると大勢の群れが集まってきた
なぜ大勢の群れがイエス様のところに集まってきたでしょう
問題が多かったです
当時イスラルはローマの植民地当時また宗教的な勤務がたくさんあり貧しかったです
貧しいところでいつも病と悪霊による苦しみがたくさんありました
ところが彼らを助けるべき宗教主導者バリザイ人たちは大勢いたんですけど役に立たなかった
誰も助ける人がいないところでイエス様の噂を聞かれました
そして大勢の人々が集まってきたんです
そこでイエス様は何をされたのか教えられたんです
助けを求めて集まってくる人々になぜ教えるのか
神の身分を知らないそして自分のわがままで生きながら問題がきたからではないでしょうか
じゃあイエス様が彼らの海辺のところに行かれると
徴税人レビの人生と葛藤
州税賞で勤めているレビ超人人レビを見ました
当時超人人という人はイスラル人ですけどローマのために公用された公務員と言いましょうか
ユダヤ人たちはプライドがあります私たちは神様の選ばれた民
また違法人を獣扱いをされているところで自分たちを支配しているローマがどのように見えたんでしょう
当時ローマは戦争する国でたくさんのお金が必要だったでしょう
ですから超人人を利用してローマのために税金を収める
その上自分たちの分も集めて合法的な行動と言いましょうか
ですからイスラル人たちは山には狼街には超人人と言われるほど
ユダヤ人たちは超人人を獣より悪い人間と思いました
ではなぜレビはイスラル人たち一番嫌われる超人になったでしょうか
彼の人生のストーリーはよくわかりませんけど何かお金と関わる恨みがあったのではないでしょう
お金さえあれば幸せになるお金さえあればできないことがない
しかしお金を稼ぎようとしても自分の背景があまり良くない
何もなくても一番早くお金持ちになる道
それが超人になることではなかったでしょうか
しかしユダヤ人たちは絶対やってはいけないお仕事の中で一つだったんですね
だからローマの指示通り税金を収めるとき
貧しいイスラル民はもういろいろ非難しながら悪口をしたでしょう
それにも関わらず超人人は民からお金を借りた
そしてお金をたくさん稼ぎました
お世話をお金をたくさん稼ぐなら幸せになると思ったんですけど
お金はあるんですが行くところはない
妻は例えば同窓会に行くなら
何かいろいろ飾りながら同窓会に行くなら
超人の妻と言いながら悪口を言う
子供たちが学校に行こうとしたら超人の息子と言いながら悪口を言う
また超人とイスラル民と一緒に礼拝することさえできなかったんじゃないでしょうかね
もともと礼拝が願ったのはこんな生活はなかった
もうこの時代にきて人生間違えた
悟ってみたら遅すぎる
どうすればいいのか
皆さん聞いた線が切れたら新しい線を入れ替えればいいんですけど
人生を一度誤った道の人生になってしまえばやり直しができない
一度選択した人生の道
それによって苦しんでいるレビをイエス様は見かけられた
人生やり直しできますか皆さんどう思いますか
イエス様からの招き「わたしに従いなさい」
イエス様は彼に私に従いなさいと言われました
ここで私に従いなさいって意味は
私があなたをその世の沼からあなたを救ってあげる
私があなたの罪を許してあげる
私があなたの人生をこれから生きがいがある新しい人生として変えてあげる
色々な意味を持ってイエス様が私に従いなさいと言いました
ではレビは今まで何をついていたんですか
お金についていた
イエス様はお金についていたこのレビをこれから私についていきなさい
イエス様についていく人になってほしくなってくださいと言います
聖書はヨアネ14章6節
私は道であり真理であり命である
私を通らなければ誰も父のもとに行くことはできないと言います
父親神様神様のところにすべてがあります
この神に出会う道は何なのか
イエスキリストです
神から離れた問題の中にいる人生
神に出会う道
神の祝福をいただく道
永遠の命をいただく道
これは神様が許された救いの道であるイエスキリスト
他の道はない
その話を聞いたレビの決断は
彼は立ち上がってイエスに従ったと書いている
同じ記事を書かれている6話の後章には
彼はすべてを捨てて立ち上がってイエスに従った
今までの人生
自分が願っていた本当にすべてのことを
これをもうゴミ扱いをして
すべてを捨ててイエス様に従った
本当にこのような人生の価値観の変化
人生がひっくり返るようなこのような変化が
これが一番キリスト教で大事なことです
変化したレビの生活と福音の広がり
決断した後レビの生活がどのように変わったのか
今まで彼はケチだ
自分しか知らない人間だったかもしれません
しかし彼は変わってからはイエス様を招いて
自分の家でパーティーを開いた
今まで悪口ばかりで
自分を人間扱いをしてくれなかったんだけど
自分を理解してくださって
それで助けてくださる
イエス様に出会ったこの感謝感激
変わったレビに
大勢の朝前人と杖人たちが集まって
イエス様と共に食事をした
じゃあみなさんなぜ
大勢の朝前人と杖人たちが集まってきたでしょうか
私もレビのように変わるかな
私の人生変えることができるかな
新しい人生に対する期待か
福音が述べされる一番大事な
一人の人を助けたら
同じ立場にいる方たちを
この人を連れてくると言いましょうか
言葉は変ですけど
このような効果がある
福音の働きはここから始まる
パリサイ人との対立とイエス様の教え
ところがバリハサイ派の立法学者たちは
どうして彼は朝前や杖人と一緒に食事するのか
非難した
じゃあイエス様は神様のため
立法学者バリハサイ人たちも
神様のために働く人だったんでしょうね
しかし立場は全く違います
なぜ非難するんでしょう
父親の心を知らなければ
神の御業にむしろ邪魔になることがあるんじゃ
でも父なる神様は何を願っておられるんでしょう
宗教者たちは
罪人のように一緒に関わりをしない
罪人と違う生活、区別した生活をすることが
神様が願われることだと思ったんでしょう
しかしイエス様は
罪人のところに行って
彼らを助けて救われること
これが神様が願われることだと思った
じゃあ神様が何を願われるのか
この考えが
この違いによって
バリハサイ人とイエス様の働きは全く違った
じゃあここでイエス様がどのように説明しますか
病者に
イサが必要である
罪人には私が必要だ
救い主が必要だ
私は奇人を招くために来たのではなく
罪人を招くために来た
ここで大事なことがある
自分は罪人だと思うのか
だったら私のところに来なさい
私はあなたを助ける
救う
しかし自分は奇人だと思っているのか
だったらあなたたちと私は関係ない
じゃあイエス様が
必要ない人がいますか
救い主イエス様が必要じゃない人がいますか
みんな罪人で
みんなイエス様が必要です
ところが自分は奇人だと思って
思っている人たちはイエス様はいらないと言うでしょう
変わったレビ
新しい創造:キリストに従う人生
変わったレビが
マタイの福音書を記録したマタイです
どのようにユダヤ人が一番嫌われる
超罪人出身のこのレビが
ユダヤ人を向かった福音書を書かれる
このマタイの福音書を書かれて
人になったのか
変わったんです
聖マタイとして
キリスト教で一番大事なのは
変わること
変化と言いましょう
では私たちはどうすれば
イエス様についていくことができますか
イエス様と親しい関係性の中で
イエス様の見越えを聞き従う生活
その生活を続けていくところで
私たちは神様が願われる奇人という
奇人ではないですけど
奇人ということもできるし
私たちの人生を新しく始まることができます
私たちはみんな罪人です
問題だらけです
どうすれば私たちは神様が願われる
ギッとされることができるし
私たちの人生を新しくすることができるのか
イエス様についていく
イエス様についていく
イエス様との親しい関係性の中で
見越えを聞き従う生活
第2コリント5章17つとこう書いてある
だからキリストと結ばれる人は
誰でも新しく創造されたものなのです
古いものは過ぎ去り
新しいものとものが生じたと言います
私たちはみんなイエス様に従って
新しくなることをしよう
今日レビューを通して
私たちがどうすれば
人生をどうすればやり直しができるか
教えてくださってありがとうございます
私たちはイエス様についていって
従って新しくなりたいです
助けてください
イエス様の皆を通してお祈りいたします
阿弥陀佛
14:08

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