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「絶対善の神様、 God is good!」2026年4月12日のメッセージ
2026-04-12 41:01

「絶対善の神様、 God is good!」2026年4月12日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年4月12日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch

 

(聖書) ローマ8:34-39  34だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。 35だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。36「わたしたちは、あなたのために一日中死にさらされ、屠られる羊のように見られている」と書いてあるとおりです。 37しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。 38わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、 39高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

 

メッセージ題 : 絶対善の神様、 God is good! (ローマ8:34-39)

*イースターの週、戦争中のイランであったこと。アメリカの空軍パイロットがイランの敵陣で撃墜された緊急の状況の中で救助作業を行う米軍と懸賞金をかけながら逮捕しようとする中で、God is goodという信号を発信しながら忍耐し、ドラマのように救助されたことがニュースで!それもイースターの日に!

*God is goodの信号の意味?それはまさに、詩編23:4のダビデの信仰のように…そこで学びたいこと

 

1.キリスト教について、復活は…その意味は大きい!それをイースター礼拝で済ましてしまうとはもったいない!

*福音書の最後の部分での弟子たちの動き?イエス様の十字架の事件によってすべてが終わったと諦めたような・・故郷にもだって?ルカ24:13,ヨハネ21:3、彼らの告白?ルカ24:21希望を持てたが…

*しかし宗教指導者たちは?分かったような気がします。マタイ28:12,13多額のお金を、嘘を指示?

#すべてが終わったと思ったその瞬間、神様は働き始めました。復活の大事さ、その意味…もう一度!

イエス様は神様!罪がないお方、悪魔にころされるおかたではない。罪がないのにわざわざ死なれた、その意味は贖いの死!贖罪!それがイエス様を信じる人に効果が。またイエス様に繋がっている人は死んでも復活することを!ローマ8:11イエス様によって、その中に聖霊様が来ておられる人は

→それによって全人類の救いの御業が完全し始められました。ヘブライ2:14,15,マルコ16:17,18

 

2.復活は、第2の創造です。

*神様が天地創造されるとき、無からすべてを創られましたが…神は言われた?+創1:2神の霊が?

→「御言葉と聖霊の働き」によって!これは神様のすべての御業に共通的なこと!聖書の事例を…

)先ず、ヨハネ11章で、死んで4日も経ったラザロの復活事件!

両親がいない兄と妹たちの暮らし。そこで兄が死んだ。ユダヤの社会で・・どう生きれば?悲しむばかり

しかしイエス様は?ヨハネ11:25,26 イエス様がそこで死んだラザロを生かすことは誰も信じなかった

悲しまれるイエス様、ご自身が復活の権勢者であることを!ヨハネ11:39―44 イエス様がラザロ、出てきなさいと命じると…死んで4日に経った死者が歩いて出て来た。復活の権勢者、イエス様!その後、十字架と復活の事件の後、イエス様が弟子たちに聖霊を!ヨハネ20:22,23→マルコ16:17,18

2)エゼキエル37章での枯れた骨の幻!これは、復活の方法論を示してくださった事件!

エゼキエル37:2,3枯れた骨?=イスラエル民。甚だしく枯れていた?=回復の可能性はない。しかし神様は生かそうと?→方法は?先ず、御言葉!37:4,7そしたら形ができたが、その中で命はない。

ここで、続けて37:9,10霊に言いなさい(祈りなさい!)そしたら霊が入ると…非常に大きいな集団に?

#この幻は、いつ行われることなのか?旧約時代はなかった!イエス様が来られることで聖霊様働かれて・最後のとき、イエス様の再臨されるときの大収穫を意味するのでは。そのとき大塚の小さな教会が

#復活は第2の創造ですが方法は?復活の権勢者、イエス様の命令によって。また、御言葉と聖霊で。

この世でキリスト者は、この世の神と言われる悪魔によって(Ⅱコリント4:4)苦しみを受ける。迫害され滅亡するように見える。しかし、私たちの主イエス・キリストの復活によって…最後は!輝かしい勝利を!

それを分かったパウロの叫び!ローマ8:34―39 これが復活信仰!その信仰で迫害したローマが?

@先週の米軍パイロットの信仰告白、それで奇跡的に救助されたように、最後に苦難はあるが私たちも

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サマリー

このメッセージは、イースターの週にイランで起きたアメリカ空軍パイロットの救出劇と、その際に発信された「God is good」という言葉に込められた信仰について語っています。この言葉は、困難な状況下でも神の良さと救いを信じる信仰の表明であり、詩編23編4節のダビデの信仰にも通じるものがあると述べられています。 復活の重要性についても強調されており、弟子たちがイエスの十字架後に希望を失ったのに対し、宗教指導者たちは復活の可能性を恐れていた様子が対比されています。イエス様の復活は、罪のない方が贖いの死を遂げ、信じる者に復活の希望を与える「第二の創造」であると説明されています。ラザロの復活やエゼキエルの枯骨の幻を通して、復活は御言葉と聖霊の働きによって成し遂げられることが示されています。 最終的に、キリスト者は世の悪魔による苦しみや迫害に直面しても、イエス・キリストの復活の力によって輝かしい勝利を得ることができると語られています。パウロの確信のように、死も命も、どんな力も神の愛から私たちを引き離すことはできないという復活信仰を持つことで、困難な人生においても勝利を確信し、大胆に歩むことができると結ばれています。

「God is good」に込められた信仰
今日は絶対善の神様、 God is goodという意味、絶対善の神様について一緒にメッセージを分かち合いたいと思います。
皆さんもニュースを見られてよくわかっておられると思いますけど、先週このようにニュースがありました。
4月3日、イランの南部地域でアメリカの空軍機が撃墜されたのですが、
二人のパイロットの中で一人の方は早く救助され、一人が残されたんですね。
イランの地域、イランの敵の真ん中に。
その米軍は情報を担当しているものすごい何かアメリカの秘密的な情報を持っている方だと思っていますけど、
この米軍を見つけようとして、アメリカ側でも働かれるし、その話を聞いて、
イラン側は懸賞金をかけながら捕まえようとします。
アメリカ軍もイラン軍も。
その中で米軍が全力で救助作戦を開いて、結局救助されたと言います。
イラン軍とアメリカ軍はこの一人の人をどのように早く見つけて早く捕まえるか、
そのように頑張っている間に、米軍によって救助されよかったんですけど、
そこでアメリカの国防長官がこう言います。
彼は4月3日、正金曜日に洞窟に身を隠しておいて、4月4日土曜日は岩の隙に自分の体を隠しておいた。
そして4月5日日曜日に救助されたんですけど、これはまるで復活の日の朝、
イエス様が復活されたように一人のパイロットが死から新たに生まれたような状況だと。
これはアメリカの国防長官がこのような救助作業をキリスト教の復活に比べながら話をしたと言います。
これが先週イランで行ったことでした。
ここでこのパイロットが、アメリカ軍はこれをパイロット、情報担当、長居は良い人だそうです。
早く見つけようとしたら、この人に何か無線で連絡を取り合うんじゃないですか。
これをイラン側ではみんなそれをちょっと決意しようと今いろいろ情報制御を行っているところで、
彼が私は生きていますよということをどのように表現したのか。
ガード・イス・グッド、このような無線で発信した。
もちろんガード・イス・グッドって何の意味か、イラン軍は分からなかったと思いますけど、
もちろんアメリカ軍も分からなかったと思いますけど、
彼がこのような言葉を無線で発信した、この理由は何なのか。
本当にここに彼は自分の深い信仰者だと言われるんですけど、
私はこの話を聞きながら、私なりに解釈をしてみました。
ガード・イス・グッド、意味はどんな意味か。
神様は私を敵の陣営から救い出してくださることを信じます、という意味かなと。
もし私がイランの地域で死んでしまうなら、
私を天国に導いてくださることを信じます、これが信仰告白かなと。
また、この全てを合わせて神様が私に一番いいことを与えてくださる方だということを信じて、
彼はガード・イス・グッドと言ったのか。
とにかく無線で連絡を取り合いながら、自分の信仰告白を無線で送り出したということ。
これは本当にすごいなと思いました。
皆さん、ダビデが詩編で、詩編の23章の4節に、
死の影の谷に行く時も、私は災いを恐れない。
あなたが私と共にいてくださるからだ。
ダビデはいつも自分と共におられる神様を考えながら、
死の影の谷を歩く時も、私は恐れがありませんという、
このことと似ているんじゃないかなと。
このベイクンのパイロットの信仰。
イスターを迎えたそのところで、イランの戦場で行った復活のドラマみたいなことではなかったのかを私は考えながら、
復活ということはものすごい大きな神様の御業なので、
今日は米軍兵士の信仰告白をきっかけとして、
復活の重要性と弟子たちの反応
今週も続けて復活の大事さを皆さんと一緒に分かち合いたいと思います。
さて、福音書を読んでいますと、福音書の最後の最後の部分。
弟子たちは当時イエス様が中時間にかけられ亡くなったことによって、
弟子たちは全てが終わったように気がしたんじゃないかと思います。
イエス様は何度も私は三日目によみがえられると弟子たちに言ったんですけど、
これは弟子たちの頭ではありえないことだから、聞いても残らない。
だから弟子たちは中時間の事件で亡くなられることを見てからは、
全てが終わったと思ったんでしょうか。
今日、教会学校のメッセージでも、
古里苑間王に下っていた二人の弟子の話、またこの後を見ていますと、
両氏であった弟子たちも全部神羅院に戻っていって、
海辺で寮をする場面が出てきます。
彼らがこのような話をする、ルカの24章21節ですけど、
私たちはあの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。
しかも中時間の事件によって、
まあ中時間の事件があって、その中時間の事件から三日に経ったんだけど何もなかった。
その中ではイスラエル人たちの何か考え方があるように見えますね。
三日間に亡くなった方が生き返ることがあるんだということは何かあるんでしょうかね。
三日経ったのに何もなかった。
だから全てが終わったと思って、
苑間王の故郷に戻っていくことではなかったかなと思います。
とにかく弟子たちの間では、
イエス様が亡くなってからこれあと何か起こるとは全く思ってなかったということはわかります。
ところが宗教指導者たちは少し違ったんです。
復活の可能性を考えたような気がします。
マタイの28章12節13節を見ますと、
そこで最初たちは長老たちと集まって相談をした。
そして兵士たちに多額の金を与えて行った。
弟子たちが夜中にやってきて、
我らが寝ている間に死体を盗んでいたと言いなさい。
宗教指導者たちは何か復活したという場合は、
これは死体を盗んでいたと言ってくれと思いながら、
その人たちにたくさんのお金を与えたということもありますから、
弟子たちよりは宗教指導者たちが生き返る可能性を考えたのではないかと、
そのことがあったらいけないと思って、
彼らたちはそのことをあらかじめ防ぐようにお金を使ったということはここにあります。
とにかく当時の人々の中ではイエス・サムの復活はありえないと思ったと思います。
すべてが終わったと思ったそのところで、神様の働きが始まったんです。
神様は見言葉で言われた通り、イエス・サムを復活させられたということです。
皆さん復活の大事さ、その意味はご存知でしょうね。
復活はイエス・サムは神様だった。
罪がないお方だった。
死の地から悪魔のような存在が殺すことができない神様だったということがまず一つ。
ところがイエス・サムは罪がないのにわざわざ死んでくださった。
その意味はイエス・サムの死のことによって贖いの贖罪が行われた。
またイエス・サムの復活によってイエス・サムを信じてイエス・サムにつながっているすべての人たちも
イエス・サムが復活されたようにイエス・サムにつながっているすべての人も復活するんだということ、
これを示してくださるために復活されたということを理解していいでしょう。
ここで復活は何によってできるのか教えてくださる聖書がローマ書8章11節です。
もしイエスを死者の中から復活させられた方の霊があなたたちの内に宿っているなら、
キリストを死者の中から復活させた方はあなた方の内に宿っているその霊によって
あなた方の死ぬはずの体をも活かしてくださるでしょう。
聖霊様がおられるならその聖霊様は最後に私たちを必ず活かしてくださるんだ、復活させてくださるんだと。
結局復活の力は何なのかと言いますと聖霊様だということを私たちがこれから認識する必要があると思います。
とにかくイエス様の復活、十字架と復活によって全人類の救いの御業が完成されたんです。
じゃあ完成はされたんですけど、それを一人一人の人に伝えてその人がそれを信じて救われることはまた別のことですから。
これから私たちの役目、地の果てにまでこれを伝えて信じるようにしてその人も生かされて最後に天国に入るような救いの御業のことが私たちを通して全世界に広めていく、このような働きが私たちの中に働いています。
復活は第二の想像です。
復活は第二の創造:御言葉と聖霊の働き
神様が天地万物を作られるときに何にもなかったところから無から全ての世界が作られたんですけど、その御言葉によって作られたように見えます。
初めに光があれって光があったって言うんですけど、これは1章3節で光があれって言ったんですけど、1章2節に何て言うのか、全世界の上、全世界何にもなかったとき、その上に神の霊が動いていた、働いていた。
何にもなかったこの世界の上に神の霊が働いていた。そこで神様が光あれって言ったら光があった。
じゃあ御言葉がありました。そこに御言葉を持って働かれる方はどなたかと言いますと、精霊様だった。
ですから神の霊、精霊様がおられる人とおられない人は大きな差があります。
事実、洗霊式があって、もう何かやって私たちはみんなが私は救われたと言われるんですけど、その心の中に精霊様がおられるのかおられないか、これは本当に確かめなければいけません。
今救いに対して問題、救いのに対していろいろ問題があるのは、本当にこの方の中に精霊様がおられるなら、このことはやらないはずだ。
これは必ず御言葉通り生きるはずなのに、御言葉を聞いても何にも分かっていない知らんぶりにして、自分勝手に過ごしていることを見たら、
精霊様がおられる人ならこんなことがないでしょうという、いろいろ疑問が生じるような行動をキリスト者たちがたくさんやっています。
だからこれが赤ちゃんだから、赤ちゃんだから分からなくてこんなことをするのか、
信仰生活をしても同じようにいつも赤ちゃんみたいにやっているのなら、これはもし精霊様がおられないんじゃないかという、
この本当に霊的な分別力の中で精霊様がおられないことなのか、幼いことなのか、分からない状態で今私たちは救いのを言っているところで、いろいろ問題が起こっているのではないかと思います。
とにかく私たちの救われた人の中には精霊様がおられます。
精霊様がおられること、精霊様がおられたらこれから何かいろいろやるでしょうということは私たちはもうすでに分かっています。
とにかく今日申し上げたいのは、復活は精霊の働きだということです。
今日、聖書の中でイエス様の復活と復活される前、聖書には復活の記録がありました。
復活というよりは生き返られた記録がいろいろありました。
それを通して復活を今の時代、私たちはどのように復活の力によって生きることができるか、これを一緒に考えていきたいと思います。
まず紹介してもらいたいのは、ヨハネの中一章、心霊から四日に経ったラザロの生き返られた事件です。
ラザロの家族はラザロとマルダとマリア、三人家族です。両親がいません。
両親がいないところで、兄であるラザロ、二人妹、マリア、マルダが一緒に生活していたと思います。
その中で、お兄さんであるラザロが死にました。
ユダヤの社会では、女性だけは何もできません。
だから男性がいなければ、ユダヤ社会も同じ、イスラム社会も同じなんですけど、男性がいない女性だけの生活は、これは本当に差別され、無視され、難しい状況です。
その中で、兄が死んでしまったから、妹たちはもう亡くしかないですね。
周りの人たちも、亡くなってから、死んでから、もう四日目だったから、可能性が全くないと思って、泣き続けているということですね。
そこにイエス様が四日目に来られて、何というのか、ヨハネ中1章25節からです。
私は復活であり命である。私を信じる者は死んでも生きる。
生きていて私を信じる者は誰も決して死ぬことはない。このことを信じるかと言います。
誰も信じません。妹であるバルタも、その場で死んでしまった自分の兄が生き返ることは信じませんでした。
イエス様は誰も信じてくれないことを気の毒だと思いながら、自分は復活の力を持っている、復活の献身者だということを示してください。
これがヨハネ中1章39節40節です。
もし信じるなら、神の栄光を見られると言っておいたではないか。
こう言いながら、ラゼロ、出てきなさい。大声で叫ばれた。
すると、死んでいった人が手と足を布でまかれたまま出てきた。顔は大いに包まれていた。
イエス様は人々にほどいてやって、行かせなさいと言った。
死んでから4日に経ったら、誰も生き返ることができないと思っている。
そのところでイエス様が来られて、イエス様は命の力を持っている、見事ばの力を持っていることを示してください。
ラゼロ、出てきなさいと命じるから、死んだラゼロが体全体を包帯でくるくる巻いた状態で出てきた。
ここで皆さん、はじめに復活はどのように行われるのか。
復活の力を持っている、復活の命を持っている、イエス・キリストの皆によって行われたんです。
事実、これはイエス様がこの後、忠実家と復活の事件があるから、忠実家と復活の事件をある前、イエス様が行われたことなので、これは驚きなんです。
忠実家と復活のことを通して神様から全世界の主として認められて、これから力を発揮されるかなと思ったんですけど、
この前もイエス様は、すでに人を生かす、救う力の所有者、見事場の力の所有者ということを示してくださった。
これから忠実家と復活の後、弟子達にこう言われます。
これは大事な聖書です。
ヨハネ二十書、二十二節、二十三節。
こう言ってから彼らに息を吹きかけて言われた。
聖霊を受けなさい。
誰の罪もあなた方が許せば、その罪は許される。
誰の罪でもあなた方は許さなければ、許されないまま残る。
これはすごいですね。
人を、罪を許すか許せないか、その力はイエス様を持っていったんですけど、
それをイエス様が復活された後、弟子達にフーッとしながら、聖霊を受けなさい。
聖霊を受けるなら、これからあなた達は、
命を救う、死ぬことと生きることを何かできるような力を与えるような気がします。
これが弟子達のうちにおられる聖霊様によってこれができるということです。
これ一言で言えば、復活の命の力が、
私達の中にもあるような、弟子達の中にもあるような気がします。
復活の命の力を、イエス様は聖霊を受けなさいと言いながら、
フーッと吹き入れられたんですね。
それから、イエス様が弟子達に何と言われるのか、
マルコの中六書でこう言われます。
信じる者には次のような印が伴う。
彼らは私の名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。
手で摘み、蛇を掴み、また毒を飲んでも決して甲斐を受けず、
病人に手を置けば治る。
これは、これは、イエス様を信じる人には、
聖霊様がその中にある人は、次のようなことが起こる。
事実、私は新学校の時に、この聖書は本当に正しいのか。
自由主義者が多い、ドイツの新学者達は、このような反応をすることを見ました。
皆さん、聖書の写本がいろいろあります。
写本の中で、ある写本はこれはある、書かれてある。
ある写本にはこれは書かれてない。
だからこれは、あと弟子達が書き加えた。
と思いながら、自由主義新学者達は、マルコ中六書、中七説、中八説を信じません。
私は、聖書に書かれてあるのを信じない人も、変だなと思いますけど、私は信じます。
誰でも、聖霊様がそのうちにいる人なら、
イエス・キリストの皆によって、いくらでも神の御業を行うことができることを、私は信じます。
なぜなら、私達が御言葉を語るんですけど、
これは神様が言われた御言葉であるなら、霊魔が大事。
御言葉であるなら、聖霊様がそれを持って働かれるからです。
結局、地区復活の力は聖霊様が持っておられるんだと。
これを皆さん、ぜひ理解してください。
もう一つ、皆さんに申し上げたいのは、
旧約時代にも、どうすれば復活ができるのかということに対して、
方法論を教えてくださった聖書があります。
これがエジケール37章に書かれた、枯れた骨の幻です。
ここで、どのように復活が行われるのか。
神様がエジケールを連れて、ある谷に行かれます。
これは死の谷ですけど、その中には非常に多くの骨がありました。
この骨は、イスラエル民を意味します。
しかし、この骨は、はなはたしく枯れたと言います。
これはもう、これ以上、この骨は生き返られる可能性が全くない、不可能だという意味で、
はなはたしく枯れたと表現を使っているでしょう。
ところが、神様は、この骨を生かしたいと思っておられます。
ですから、エジケールにこう言います。
人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか。
神様がなぜエジケールに質問されるんですかね。
私は生かしたい。しかし、あなたは私に用いられるかということを聞かれたと思います。
皆さん、神様は私たちを生かしたいんです。
神様の身心をわかっている人は、神様が言われたらその通りやるでしょう。
ですから、神様がエジケールに、これからあなたはこう言いなさいと言います。
この骨に向かって、私の身言葉を宣言しなさい。
身言葉を伝えなさいと言います。
そしてエジケールは、この枯れた骨のところに、神の身言葉を伝えます。
皆さん、信仰がない人は、
はなはたしく枯れているこの骨のところで、神の身言葉を語りなさいと言ったら、語りますか。
この石だらけの荒野に行って、神の身言葉を伝えなさいと言ったら、伝えますか。
なぜなら、何が起こるんだろう。
ここで何にも可能性がないんじゃないか。
これから何にもないんじゃないか。
私が、ちいちい皆さんこれは申し訳ないんですけど、
日本に来て福音を伝える役目をしながら感じたことです。
この日本で福音を伝えるんだって、誰が聞いてくれるんだろうかという。
川口の駅前である黒人の方が、
イエス・キリスト、イエス・キリストと英語で何とかしゃべりました。
誰も知らんぷりして通り過ぎてしまいました。
誰が聞いてくれるんだろう。
同じです。
荒野で、今は死の谷のところで、
はなはたしく枯れているこの骨がいっぱいあるところで、
神の身言葉を語りなさいと言った時に、
エジケルはそれを語るのに本当に難しかったと思います。
しかし彼は従います。
従ったら、不思議に枯れた骨がカタカタカタと動き始めて、
骨が骨につき、その上に筋肉がつき、
骨に肉がつきて、これは立ってしまう。
すごい大きな群青になったんですけど、
その中に命はなかった。霊がなかった。
そのところで、エジケル37章9節10節に主は言われます。
主は私に言われた、霊に予言しなさい。
人の子よ、予言して霊に言いなさい。
主なる神はこう言われる。霊を死後から吹ききたれ、
霊をこれらの殺された者の上に吹きつけよう。
そうすれば彼は生き返る。
それでエジケルは、霊様来てください。
これを今の私たちの言葉で言えば、
祈りをもって霊様働きを求めたということでいいでしょう。
霊様来てください。来てくだられて、
この死んでいる、しかし体は何か立派になっている、
この死んだイスラル人の中で、
霊様働いてください。働いてください。
と祈ったということです。
そしたら彼たちは、生きて、動いて、
大きな手段、大きな軍隊になった。
これがエジケルの幻。
37章の素晴らしい幻。
これが皆さん、復活という言葉で、
当てはまるいい幻ではないかと思います。
ところが私がこれを皆さんに申し上げたいのは、
いつこのことが起こるか。
この幻のようなことが起こる。
事実、エジケルは旧約の終わりの時の
預言者だったんですけど、
パヴェロンからエルサレムに戻っていくところで、
大きな力を発揮されたと思いますけど、
復活の幻の成就と現代への適用
事実、エジケルの幻は、
この旧約聖書の中で行われることでは
なかったんじゃないかと私は思います。
いつこれが起こるのか。
これがイエス・キリストによって起こる。
初代、新約時代にこれが起こる。
もちろんイエス様が初めに来られた時も、
領主のような、死んだことと同じような
領主たちが何か福音を伝える働きを
用いられた素晴らしいことがあったんですが、
もっともっと大事なのは、終わりの時の今の。
終わりの時に主の軍勢が現れて、
大収穫を行う。
このことが事実、
エジケルの幻の大事なことではないかと思います。
今、枯れた骨のように死んでいる教会。
枯れた骨のように死んでいるキリスト者たち。
この人たちがいつか神の御言葉を述べ伝えられ、
命のある聖霊がこの上に吹き付けられると、
枯れた骨のように死んだように見えたこの人々は
生かされて大きな軍勢になるでしょう。
私はその時、枯れた骨のような状態で
死んだように見えた大塚の小さな小さな教会が、
これから何か主に用いられ、
力を発揮する時が来るのではないか。
私はこれで期待を覚えています。
期待をしています。
今日まとめてみましょう。
復活は第二の創造ですけど、
いつ、どうすれば行ったんでしょう。
まずはじめ、復活は復活の力を持っておられる
イエス・キリストの皆によって命じる時、
聖霊様が働いて復活が行われます。
はじめの時に、私たちはイエス・キリストの皆によって
その時信じるべきことは、
イエス・キリストは復活の主、命の主、
全てを生かすことができる主だということを信じて
イエス・キリストの皆によって
なぜろ出てきなさいと、
なぜろ出てきなさいという気持ちで
皆さん今苦しんでいられる方、
病んでおられる方、難しさの中で
どうすればいいか分からない方々に
なぜろ出てきなさい。
イエス・キリストの皆によって
命の復活の力の皆によって出てきなさい。
私たちはこれを命じるべきだと思います。
信仰をもって命じるなら
奇跡が起こると私は信じます。
もう一つは、
御言葉と精霊の調和によってです。
御言葉によって延べされる時に
何か力を立たされるように見えました。
その中で命がなかった、
精霊様来てください、働いてくださいと言ったら
生かされて大きな手段になる
このような復活の力がこれから行われるでしょう。
今世の中は、
この世の神、悪魔が
人々を苦しめ
精神的、体的、
いろいろな所で人々を苦しめて、殺して
難しい状態で散々やられている状態で
復活信仰による勝利
世の中でみんな苦しんでいます。
キリスト者たちは悪霊によって
散々やられてしまって
特に日本は八百万の神々の
このような働きによって
日本の教会は今小さくなっていて
今存在もないように見える状態です。
これを見る時に完全に負けて
完全に滅亡するように見えます。
しかし、私たちは
復活の力を持っておられる
イエス・キリストによって
苦難を乗り越え
失敗が勝利に変わり
病気が命に変わり
死から蘇られる驚くほどのパワー
驚くほどの豪華が
これから現れるでしょう。
これをパウロが悟ったんです。
悟ってからパウロが叫んだことが
ローマ書3章8章の34節から
誰が私たちを罪に定めることができるか
死んだ方、否、むしろ
復活させられた方である
イエス・キリストが
神の右に座って
私たちは鳥なし祈りをしてくださる。
誰がキリストの愛から
私たちを引き離すことができるか
皆さん、キリストの愛から
引き離されてしまえば
死にます。
地獄に行きます。
しかし、私たちはキリストの愛から
くっついて
引き離されることではなく
しっかりくっついているから
私たちは生かされる
救われる天国に行くんです。
私たちをキリストから
切り離すものは
世の中にはありませんということは
パウロが悟ったことなんです。
なぜでしょう。
イエス様も神様から
切り離されて死んだと思ったんですけど
3日目に
よみがえられて
神様から切り離されることはなく
神様がしっかりくっついてくる
を見せてくださった。
それによってイエス様は復活され
復活の命をいただいた
弟子たち、人たちは
世の中に出てローマを倒し
ローマをキリスト国になるように
働いた。
最後の最後の私たちは
地の果てにまで
イエス・キリストの復縁を延べされるときに
悪魔は今世の中で
攻撃して
選挙主たちはほとんど
日本は選挙主のお墓だと言われるほど
ほぼ死んでいる状態です。
しかし死んだのではなく
死んで終わったのではなく
イエス・キリストの
復活の力によって
生き返られるようになる。
失敗が勝利であり
死んだと思った人が生かされ
病気を持っている人が癒され
失敗が勝利になる
全てをやってくださることは
この復活の力だ
ということを
パオルが悟った。
だからローマの発祥
このことを悟った。
38節を読みましょう。
私は確信しています。
死も命も
天使も支配する者は
現在の者も未来の者も
力ある者も
高いところにいる者も
低いところにいる者も
他のどんな非常物も
私たちの主イエス・キリストによって
示された神の愛から
私たちを引き離すことはできない。
できません。
これがパオルが言った
復活の信仰です。
この復活の信仰によって
大勢の人々が救われ
今も
この復活の信仰によって
イエス・キリストが生きて
働いておられるんです。
皆さん
私たちキリスト者の生活は
試合の結果を
わかっていて
試合を見ている人と
同じです。
皆さん試合を見てますと
最近大谷選手の
ダウンする球技を
いろいろ見ているところなんですけど
結果をわかっています。
しかし試合を見ているのに
今負けている状態です。
いろいろ難しい苦しみもあります。
いやーもう負けたかな
これでどうするかと思ったんですけど
復活信仰を持つ者の生き方
私は結果をわかっています。
勝利している。
勝利していることをわかっていながら
あー競技の中でいろいろあったね。
いろいろ
いやー負けるんじゃないか
という心配もあったし
いろいろあったんだけど結局勝った。
勝ったことを
わかってから見る競技
と同じような
私たちの人生です。
今皆さん難しさありますか
心配しないでください。
今難しさ小さな苦難はあるけど
結局は勝利なんです。
結局は勝利なんです。
復活なんです。
これを見せてくださったことが
イエス・キリストの復活なんです。
今皆さん苦しんでいますか
難しいですか
いろいろ経済的に
いろいろ苦しんでいますか
しかし結果は勝利です。
結果は勝利です。
結果は豊かなんです。
これが
これを信じて
結果をわかってから
このすべてのことに対して
大胆さを持って見守ることができることが
復活進行を
持っている人の状態なんです。
先週
ベイコン
パイロットが
敵の知恵から
God is goodと言いました。
彼は何を分かっていたんでしょう
結果を分かっていた。
自分は救われること
そして
今は敵の知恵の中で
今迷っているところなんだけど
結果は私は神様によって
救われることを分かってから
彼はあらかじめ
信仰告白で
God is good
神は絶対全
神は私を救うのに十分な
お方だと宣言したと
思います。
ベイコンの空軍のパイロットが
God is goodと言ったように
私たちも
毎日毎日の生活の中で
物差があっても
何があっても
それによってどうしようか
私は死ぬんじゃないか
いろいろ何か悲鳴とか
何か落胆
挫折こんなことやめて
今苦しみがあるけど
難しみがあるけど
結局私は勝利だ
結局私は勝つんだと
結局私は治るようになっているんだと
心配ないんだと
豊かになっているんだと
信じて
キリスト者らしく
過ごす私たちになりましょう
これは復活
信仰を持っているキリスト者の姿
これが一言で
God is good
今悩んでいるんだけど
今逃げ続けているんだけど
God is goodと
言われた
アメリカベイコンのパイロットの
信仰告白ではなかったか
私たちの教会、共同体が必要なのは
一人は難しい
一人は病気が襲ってきたら
あー眠れない
あー痛い
そうすると弱くなるんですよ
しかし家族がいるなら
家族を祈ってあげ
復活信仰を持って
大丈夫、最後は勝つようになっているから
いっそ生きておられるから
一言一言
もう言葉を通して
いろいろ愛を通して
私たちとお互い
助け合っていくなら
私たちの教会は復活信仰によって
ます続けて
生き生きする教会になると信じます
復活信仰を与えてくださったイエス様
ありがとうございます
お祈りいたします
主よ
先週復活イースター
神様は
米軍の
空軍パイロットの
信仰告白
ガーズグッドを持って
全世界に
復活の信仰
復活の命を示してくださって
ありがとうございます
私たちも
いろいろ問題もあり
いろいろ難しさもあります
しかし
イエス様は生きておられます
イエス様は私の心に
おられるだけじゃなく
私たちを助けてくださり
上から隣から
私たちの前から後ろから
私たちを引っ張ってくださり
支えてくださるお方です
精霊の働きを信じます
主よ聞いてください
豊かに聞いてください
枯れた骨のような状態ですけど
生かして
主の軍勢として用いられる
私たちにならせてください
イエス様の皆をもって
お祈りいたします
アーメン
41:01

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