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2026-10-11 40:08

「神の子供の特権Ⅱ 祈りの応答の確信」2026年10月11日のメッセージ

東京ぶどうの木教会 2026年10月11日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

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(聖書))マタイ-19シモン・ペトロが、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。17すると、イエスはお答えになった。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。18わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。19わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。」

メッセージ題 :神の子供の特権Ⅱ 祈りの応答の確信(マタイ16:16-19)
*教会は神の子供の特権について分かち合っています。1)救いの確信、2)祈りの応答の確信、3)導きの確信、4)赦しの確信、5)勝利の確信・・・神の子供に与えて下さったこれを、知って活用するなら?
*先週は救いの確信について・・・天国で見た救われた人に対するイエス様の感激?伝道エペソ6:17
*祈りの応答の確信について。祈りに答えるのは?天地の持ち主、神様!マタイ16章、救われた信者に、先ず天国の鍵を?携帯電話のように・・・神様の手は全世界に!ご自身の子供を豊かに助けられる

1.こんなに大事なお祈り! お祈りには霊的な法則があります。 その1,求める人に答えられる!
*マタイ16:19地上でつなぐ?地上で解く?天上でも!主導権は私たち?この世の管理権を人間に任されたので、創世記1:28私たちが祈らなければ、神様は? 霊的な存在、神様と私たちと悪魔に対する霊的法則が
人間はこの世の管理権を、自由意思も、神様に祈るか、悪魔に祈るか?歴代上10:13,14サウル王は・・・従って先ず、求めるように。マタイ7:7-8繰り返しお話を!イエス様は真理なので、一度言われることで!しかし
*ラクダの膝と言われたイエス様の弟ヤコブ、得られないのは願い求めないから!ヤコブ4:2下。先ず求める

2.神様は、信仰の祈り、確信をもって祈るお祈りに答えられます。
*私が祈るとき、「やってくださらなければどうしよう!」不安、心配の祈りを…そうしながら、絶対善の神様、私たちの行われるすべての事には神様の計画があること悟って、悔い改めて信仰をもって感謝を
*イエス様が死んだラザロの為に祈られるとき、ヨハネ11:41,42「父よ、わたしの願いを聞き入れてくださって感謝します。42 わたしの願いをいつも聞いてくださることを、わたしは知っています?」確信と主の栄光が現れることを信じて・・・ *イエス様はすべての事に対して最優先的に祈られました。マルコ1:35,ルカ6:12,13₋>弟子たちにも信仰の祈り、確信の祈りができるように。聖霊様を送られました
ヨハネ14:12、16:23 *使徒たちの祈りをみても、1ヨハネ5:14-15確信に満ち溢れ答えられること信じた。 *異邦人の女性ラハブ?ヨシュア2:10,11イスラエル民と共におられる神様の噂を聞いて、神様に自分と家族の運命をかけたのはラハブしかいなかった。どのようにそれができたのか?信仰確信

3.神様は、最後まで落胆しないで祈る人に答えられます。
*ルカ18:1イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを!神様も恐れない不義な裁判官に自分の願うを訴える一番弱い寡婦!願いが適えられたのですが・・・どのように?しきりに!
#悪魔は、上の1,2,3のような祈りの人が現れると困るから・・・すべての攻撃を祈る人に!
1)誘惑して罪を犯すように!キリスト者が罪を犯すなら?詩編66:18 自分自身の苦しみ、葛藤・・・それから悔い改め、神様との親しみを回復するまで・・・どれほどお時間が? 無駄な時間が Ⅰヨハネ1:9
2)恐れと心配を入れて、祈りより心配するようにさせます。 心配の祈りは応答はありません。 従って
フィリポ4:6どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、
3)最後のとき、油断するようにして霊的な眠りに陥れます。 マタイ26:41、―>終わりの時、聖書は私たちにも同じ警告を。ルカ21:36,Ⅰペトロ4:7、終わりの時は、忙しいダニエル12:4 しかし、お祈りの世界は?その範囲は広く、奥深いなのか・・・信仰の先輩たちが体験したこと?私たちもそれを知りたい
@今は終わりの時期、お祈りの応答の確信が与えられている私たち、どう生きればいいでしょう?ダニエルのように、シメオンとアンナのように、リバイバルと魂の救いを目指して、天の国の鍵を熱心に使い

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サマリー

牧師は、神の子供に与えられる五つの確信のうち、今回は「祈りの応答の確信」を取り上げ、救いの確信や赦し、導き、勝利の確信にも触れます。マタイ16章の「天の国の鍵」を、神が働かれるために信者へ与えられた祈りの権限として説明し、求める者に答えられるという原則を、創世記の管理権やサウル王の例、マタイ7章、ヤコブ4章から説きます。祈りには、願い求めること、信仰と確信をもって祈ること、最後まで落胆せず粘り強く祈ることが必要だと述べ、ラザロのために祈ったイエス、使徒たち、ラハブ、ルカ18章のやもめを例に挙げます。

神の子供に与えられた五つの確信
さあ今日は神の子供の特権の第2番目の時間として 祈りの応答の確信に対して一緒にメッセージを分かち合いたいと思います。
教会は神の子供の特権について分かち合っています。 イエスキリストを信じる信仰告白をしっかりして神の子供になった人たちには
神様が特別な資格、特別な特権を与えられたと言います。 ここから私たちに与えられる5つの確信があります。
はじめは救いの確信。今日私は死んだら 必ず天国に入るという確信です。
これすごいですよ。2番目、祈りの応答の確信です。 私が祈るなら神様が必ず聞いてくださる。
3番目、導きの確信です。私はいろいろ彷徨っているんですけど 神様は精霊様を通して私を一番良い道に導いてくださるんだということです。
4番目、許しの確信です。 私たちは毎日罪を犯しています。
毎日何回罪を犯しているのかわからないほど罪を犯しています。 しかし罪によって私たちはダメになるものですから。
ですからこの罪の問題をどう解決するか。 世の中の人々はもうお酒を飲んで忘れて解決するかもしれないけど、
私たちにはイエス・ギリストの十字架の師匠によって 杭を洗った目の中で必ず許される。
二度も罪が私たちを邪魔すること、私たちをダメにすることはできない。
これは許しの確信、または勝利の確信です。 イエス・ギリストによって悪魔は出て行け!
悪魔に必ず勝つんだ! 心配する必要もない、恐れる必要もない。
皆さんこの5つを私たちがしっかり理解して、これを覚えていらっしゃるなら、
私たちの信仰生活がもっともっと力強いものになるでしょう。
ですから今度この5つを皆さん内容までしっかり覚えていきましょう。
前回2回にわたって救いの確信を分かち合いました。
エペソの手紙、エペソの神体の手紙は、もともと霊力な戦いの本と言われるほど、
霊力な戦いの部分はしっかり書かれてあるんです。
ここで6章17節に、また救いを兜としてかぶり、霊力な戦い、すなわち神の言葉を取りなさい。
じゃあ救いを兜としてかぶりと言います。
じゃあ救いという確信は私たちの頭にかぶる兜だと言います。
兜をかけるなら頭が保護されるように、
救いの確信が確かであるなら、デッキが私たちを倒すことができない、
もう絶対的に守られるこのパワーが救いの確信から出てきます。
先週、スサラ先生の集会で聞いたことを紹介しましょうか。
その方がイエス様と天国で共に行ったんですけど、
ある男性が死んで天国にしゃーっと登ってくることが見えた。
その時、天国に入るこの男性に対してイエス様はどうされたのか。
イエス様が走って行って、その兜を焚き込んで、
私の息子よ、と涙ながら、私の息子よ、と言って。
また、ある女性が天国に入ったら、私の娘よ、と言って。
イエス様がこんなに喜ぶのは見たこともないほど。
一人の魂が救われる時に、天国に入る時に、
私の息子よ、私の娘よ、と言って。
それを見てびっくりして、もう先生は時間があれば伝道しよう。
イエス様はこんなに喜ばれる。
一人一人を救うために伝道する。
今、日本に来ているんだけど、日本語はできないから。
また、日本で韓国語できるとか英語できる人がいないかと探して、
その人に何とかイエスキリストを伝えようと、
頑張っていること、それを見てきました。
いや、イエス様はこんなに喜ばれることを体験したもんですから。
だから、私たちの時間がある限り、
私たちに許された、この時間を通して、
たくさんの人々を助ける。
救いに導く。
このようなことを私たちができればと思いますね。
ぜひとも、私はこれでたくさんの挑戦をいただきました。
じゃあ、救いの革新、本当に素晴らしいことを学びました。
天の国の鍵と祈りの力
今日は2回目として、祈りの応答の革新です。
皆さん、お祈りされているでしょう。
私たちが祈るなら、誰が聞きますか?
誰がその祈りに応えてくださいますか?
それは、天地万物を作られた、全世界の作り主、神様が応えてくださる。
今日、読んでくださった聖書、
マタイの16章、16節から19節、本当に大事な聖書です。
イエスキリストを私の救い主として、
主人として受け入れた人は、そして神の子供になった私たちに、
神様が一番先に私たちに与えてくださったことは何でしょう?
これは、天の国の鍵なんです。
実は、皆さん、鍵を持っていたら、
もう、私たちの子供はみんな鍵を持っているんでしょう。
だったら、自分は私の家に鍵を持って、シャッと入ってきて、
それで、冷蔵庫の中で飲み物を飲んだり、
そこで自分の部屋に入って遊んだりするんですね。
鍵があれば、その家に入って、自分は何でもできるんです。
私たちが天国の、天の国の鍵を持っていることは、
私たちに、神の国の、天国の全てを、
自由に使うことができる、それが与えられているということです。
それを何を持って使うのか?
お祈りを持っています。
お祈りは、素晴らしいものです。
なぜ、神様が信仰を告白して、神の子供になった人に、
一番先に、天の国の鍵をくださるのか?
これは、この後に書かれてある、「黄泉の力」という言葉に、
いろいろ問題があります。
黄泉の力が、これに対抗できない。
じゃあ、黄泉の力ってことは、悪魔の力です。
この世の神、悪魔が、
この世で過ごしているキリスト者たちを攻撃します。
とにかく倒そうとして、頑張ります。
その時、私たちは何を持って、悪魔の攻撃から、私たちを守るのか?
これがお祈りです。
イエス様が、ルカの宿主の3節に、こう言います。
私は、あなた方を使わす。
それは、狼の群れに、羊を送り込むことと同じです。
皆さん、狼の群れに、小羊がそこに入ったら、どうなりますか?
食い尽くされて、殺されるかもしれません。
狼の世界が、今、この世の中です。
狼が住んでいるこの群れの中に、
今、私たちの子供たちが、朝早く学校に行ったり、
塾に行ったり、いろいろやっているのです。
この赤ちゃんが、この狼の群れの中に入って、どうするか?
危ないでしょう。
だから、一番心配している方は、神様です。
だから、自分の子供に携帯電話を与えて、
何があったら、電話しなさい。電話してね。
電話するなら、お母さんが飛んでくるからと同じです。
私たちがお祈りをするなら、神様が飛んできます。
そうじゃなければ、天君天使という、
大勢の群勢が、祈るところに集中して集まります。
そこで、私たちを攻撃する者を倒してしまいます。
皆さん、お祈りということを、私たちにはどれほど大事なのか。
お祈りは、私たちを守る一番大きな武器だということを、
ぜひ考えていただきたいと思います。
ところが、みんな祈るんですよ。
しかし、祈りの答えは来ない。
みなさん、祈りの答えは3つあります。
イエス、ノー、待ちなさい。
3つありますけど、祈りの答えがなかなか来ない。
だから、信仰生活をしても楽しくない。
なぜ来ないのか。
祈りの法則がある。
礼儀的な法則。
今日、3つ、みなさんと申し上げましょう。
求める者に答えられる祈り
まず1つ目。
神様は、求めるものに答えを下さい。
今日のマタイの16章、19瀬。
私は、あなたに天の国の鍵を授けろ。
あなたが地上で繋ぐことは、天上でも繋がれる。
あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる。
これ、順序が変わるじゃないか。
私が祈ったら、神様が天上で繋ぐ。
では、私が主導権を持っているのか。
そうです。
祈りに対して、主導権は私が持っています。
だから、私が祈るなら、神様が働きます。
私が祈らなければ、神様が働きません。
これが、私たちが錯覚する一番大きな問題。
じゃあ、祈るなら働きます。
私たちが祈らなければ、祈るときまで待ちます。
なぜ、そうされるのか。
これが、礼儀的な法則があります。
神様が、礼儀的な存在、自中状にする存在として、
神様がおられるし、悪魔がいるし、
間に私たちがいます。
神様は人間に、
創世紀1章28瀬。
全世界を人間に与えてください。
管理しなさい。
だから、全世界の管理権は誰が持っていますか?
人間に与えてくださった。
神様は人間にこの力を与えてくださったから、
神様が人間を別にして、神様が働くことはありません。
神様は人間を通して働きます。
しかし、人間には自由意志があるでしょう。
私たちは自由意志があります。
私が神に祈るのか、
例えば占い師のように、
サタに祈るのか、
自由があります。
だから、私の自由を神様が勝手にできません。
これは尊い力ですから。
だから、自由意志を持って神様を求めるなら、
神様が手を伸ばして助けてください。
でも、神様ではなくて、
サタに求めた者がいます。
これはサウル王です。
タビデの前のサウル王です。
サウル王は占い師を尋ねていました。
悪魔を尋ねていました。
だから、彼は王から退けられて、
見捨てられました。
私は、神に祈ることもできるし、
サタに祈ることもあります。
だから、私は、
私の自由意志を神様が逆らうことはしませんので、
私が祈るまで待ちか。
私が祈るとき働きます。
だから、聖書の祈りのことを見たら、
全部同じです。
マタイ7章7節8節。
求めなさい。そうすれば与えられる。
探しなさい。そうすれば見つかる。
門を叩きなさい。そうすれば開かれる。
誰でも、求める者は受け、
探す者は見つけ、
門を叩く者は聞かれる。
みなさん、これが本当に大事です。
みなさん、イエス様は、
もう一回、求めなさい。そうすれば与えられる。
これで終わってもいいでしょう。
なぜ、求めなさい。探しなさい。叩きなさい。
また、この次の世には、あなたが探すなら与えられる。
なぜ、繰り返し繰り返し言われるのか。
これほど大事だということです。
イエス様の家族がいました。
母はマリア。
イエス様の弟がいました。
人間的な家族。
この中で、ヤコブという人。
後に言うとヤコブ使徒になりますけど、
ヤコブが書いた手紙が、
ヤコブ賞ということです。
ヤコブ賞は、
イエス様の弟であるヤコブが書かれたもの。
彼が、別名があります。
ラクターヒザ。
ものすごく祈ったから、
ヒザがラクターノみたいになった。
これほど祈ったヤコブの人が、
こう言います。
ヤコブ4章2節です。
得られないのは、願い求めないからであり、
願い求めても与えられないのは、
自分の楽しみのために使おうと、
間違えた動機で願い求めるから。
与えられないものは、求めないから。
これが、これなんですよ。
だから、求めるときに与えられる。
教会の家族の中で、祈るのに難しい方がいます。
私が今度経験しました。
いろいろ辛さがあって、
いろいろ難しさがあって、
祈ろうとしても、なかなか祈りが出てこない。
だから、教会の家族が、
鳥なしのうにが大事なんです。
誰かが私のために祈ってくださる、
この祈りの声のゆえに、
私が癒されたり、
私が今日生きているところ。
とにかく、私が祈るか、家族が祈るか、
お互いに祈り合って、助け合って、
それで、祈るなら与えられる。
祈りがなければ、神様は待つ。
なぜ?霊的に、ちゃんと決められた。
神様が決められた法則ですから。
だから、ぜひとも初めに、
求める時に与えられる。
だから、求める立場になっていない方のために、
教会は祈りを助ける責任がある。義務がある。
信仰と確信をもって祈る
2番目、神様は信仰の祈り、
確信の祈りに応えられる。
私も祈ろうと頑張るんですけど、
祈りながら、たびたび、
やってくださらなければどうしよう。
私もそうですよ。
祈りながら、やってくださらなければどうするのか。
不安の祈り、心配の祈り。
みなさん、これは不信仰の祈りです。
不信仰の祈りには、神様が応えられません。
心配の祈り、何時間やっても意味ありません。
だから、私たちに大事なのは、
信仰の祈り。
私も、そのような心配の祈りをしながら、
絶対全の神様、また全てのことに対しては、
神様の計画がある。
これを考えるなら、信仰が来るんですよ。
だったら、この信仰を持って祈ること、
また、神様の大きな計画の中で、
大きな見業を成し遂げることを考えながら、
感謝の祈りをすることができるんです。
イエス様はいつも、確信の祈り、
信仰の祈りをされました。
イエス様が、死んで4日になった、
ナザロのために祈る時に、こう言います。
ヨワネ11章41節から。
イエスは、天を仰いで言われた。
父よ、私の願いを聞き入れてくださって感謝します。
私の願いをいつも聞いてくださることを、
私は知っています。
イエス様は、神様が聞いてくださることを知っているし、
この答えをくださることを知っています。
これを確信を持って、
死んで4日になったナザロのために祈ります。
この確信の祈り、信仰の祈りに神様は応えられて、
死んで4日になったナザロが、
お墓から出てきました。
素晴らしいでしょう。
だから私たちも、信仰の祈り、確信の祈りをするために、
まず神様の信仰を与えてください。
また、悔い改めが必要なら、悔い改めながら、
神様から与えられる信仰を持って祈ること。
これが大事だと。
ですからイエス様はいつも、お祈りを通して働かれた。
一番祈りのために素晴らしいのは、マルコ1章35節。
朝早く、また暗いうちにイエスは起きて、
人里離れた所に出て行き、そこで祈っておられた。
ここで祈りの大事な要素が全部あります。
朝早く人里離れた所に行って、
そこで毎日同じ場所、同じ時間で、
イエス様も祈られたことがわかります。
またイエス様は弟子を選ぶ前に、
中二弟子を選ぶ、この大事な大事な時期にも、
夜通し祈られて、神様から見越えを聞かれて、
中二を選ばれた。
イエス様は弟子たちに祈りを教える時に、
一個章だけ紹介しましょう。
ヨハネ16章24節。
今まではあなた方は、私の名によって何にも願わなかった。
しかし、願いなさい。
そうすれば与えられ、あなたたちは喜びに満たされる。
今まではあなたは祈らなかった。
しかし、これから祈りなさい。
そして祈ったら、あなたたちは喜びに満たされるだろう。
その通り、使徒たちは熱心に祈られました。
使徒たちは覚醒をもって祈りました。
ヨハネ14章15章。
使徒ヨハネの祈り。
何事でも神の御心にかなう事を私たちが祈るなら、
神は聞き入れてくださる。
これが神に対する私たちの確信です。
私たちは、願い事は何でも聞き入れてくださる事が分かるから、
神に願った事は既に叶えられたと分かります。
使徒たちの祈りは確信の祈り。
祈りながら既にもらったという気持ちを持って祈った事が分かります。
祈りの中で素晴らしい方が、
イホウ人の中でヨウシュワの攻撃を受けた、
そしてエリコ城のある商婦、ラハブでした。
エリコ城が滅亡される時、
イホウ人の中で一人生き返れたんですけど、
彼女がラハブでした。
ラハブは、イスラエル人はエジプトから集中して、
そしてエリコ城まで来るこの長い時間の間に、
このイスラエル人たちを神様がどのように助けられたかという噂を、
エリコ城の人たちがみんな聞いたという事です。
聞いて、心がくじけた。
心が溶けてしまったほど、
うわぁ、神様怖い。
イスラエル人たち素晴らしい。
それほど信じていた。
そうしながら、エリコ城の人々が、
神様を信じようとする人は誰もいなかった。
神に自分の人生を賭けようとする人は誰もいなかった。
しかし唯一、ラハブは、
この神様に、イスラエルの神様に自分の人生を賭けたかった。
信じたかった。
そして自分の自分の家族みんなが、
このイスラエルの神様を信じて受け入れることを決めた。
それで彼女は、イスラエルのスパイを隠しておいて、
そして、イスラエルのスパイに私の家族を救ってください。
頼みながら、
みんな信仰を持って頼んで救われたのは、
ラハブの家族だけだった。
滅亡の中で唯一残された、
エリコゾーのイオージン。
ラハブの家族だった。
このように信仰を持って、確信を持って祈る祈りに、
神様は応えてください。
皆さん、神様は信仰に応えられるんです。
不信仰には応えないんですよ。
イエス様は口癖、
あなたの信仰があなたを救った。
あなたの信仰通りになりますように。
だから皆さん、私たちは祈るんですけど、
願いがあるんですけど、
心配、悩み、できなければどうする?
こんなことを祈らないことと全く同じ。
不信仰は神様を侮辱することです。
神様は力が足りないので、
私のこの世の問題を神様が解決できる?
私は無理だと思うんだけど。
神様の面前で神様を侮辱することでしょう。
このような祈りを神様に聞いてくださるはずがないじゃないですか。
ですから信仰の祈りをしましょう。
確信を持って既に与えられたと信じて祈りましょう。
その時、神様は喜んで、
あなたが私を認めてくれるから、
私も喜んで働くよという、
このような心で働いてくださる。
ぜひとも皆さん、信仰の祈り、確信の祈りをしましょう。
最後まで祈り続ける力
3番目、それをどのように表されるのか。
最後まで落胆しないで祈る人に応えられる。
ルカの18章1節、
イエスは気を落とさずに絶えず祈らなきゃいけないことを教えるためにと言いながら、
不義な裁判官、裁判官が、神も恐れない、人も恐れない裁判官がいました。
この裁判官、本当に悪い裁判官、怖い裁判官の前で、
イスラエルで一番弱い人がヤモメ。
ヤモメが自分の願いを持って裁判官に言って、
私の願いを叶えてください。
この傲慢な裁判官は、この弱いヤモメをもう会いたくもない。
見たことも見ず、そのような気持ちで会うでしょう。
しかし、結局彼女の願いが聞き入られる。
なぜでしょう。
粘り強く、最後まで祈り続けるから、裁判はもう聞いてあげるしかなかった。
もう聞いてあげなければ、毎日聞いて私を面倒かける。
うわー、もううんざりだと思いながら、聞いてあげるから、聞いてあげるから。
そして聞いてあげた。
悪い裁判もそうなんだけど、神様が私たちを愛して、もっといい方ではないか。
だったら私たちが祈り続け、もう粘り強く祈るなら、神様は必ず聞いてくださるんだ。
じゃあ皆さん、大事なのは、はじめは何だったんですか。
はじめは、求める人に与えられる。
2番目は、信仰の祈り、確信を祈りする人に答えられる。
3番目は、最後まで粘り強く祈る人に答えられる。
この祈りの秘密をわかってから、祈る人がいるなら、
神様が喜んで喜んで、それを叶えてくださるでしょう。
ところが、悪魔もこれを知っている。
皆さん、悪魔の攻撃は、どこに一番強いのか。
悪魔の攻撃は、祈る人に攻撃するんです。
なぜなら、祈るなら、神様が働いて、悪魔がすべてもう滅ぼされるから。
だから、祈る人は、祈ったらどうするの。
祈ったら、ダメ、ダメ、ダメ。
俺は妨げよう。もう邪魔する。
祈りができないように、妨げるんです。
悪魔は、祈る人がいなければ、自由に働きます。
しかし、祈る人がいたら、そこには働けないので、
祈る人がいたら、怖がるんです。
ところが、私たちは祈らなくて、いつも勉強しようとするんです。
聖書勉強とか。
日本で特に、神学が強い国ですから、
神学の学びをする牧師がたくさんいます。
日本で神学を学びする教授たちは、天才です。
天才が牧会をすることよりは、教授になりたくて、
知識、知識。だから、日本は神学的な知識は優れている。
しかし、みんな学ぼうとするんだけど、
祈ろうとはしないということが問題ですね。
初代業界で、人たちによって、
精霊のリバイバルによって、神徒たちがたくさん集まる。
恵まれるから、みんな自分の持ち物を全部売り払って、
教会に献金する。
教会に献金がたくさん集まりました。
教会はこの献金を持って、集まった人々、
異邦人もユダヤ人も集まった人たちを、
全部救済の活動に、このお金を使おうとしました。
だったら、その事情を聞いてあげて、
そして、このお金を使わなきゃいけないものですから。
それを人たちがやろうとしたら、
人たち12人しかいないので、
もうみんな、3000人、5000人、1万人、
もう集まってくるので、
その人を面倒見ることはできないじゃないですか。
だから、人たちがもう、
いやー、私たちは他の仕事ができない。
救済しかできない。
だから、ここで選ばれたのは、
7人の羊たちを選ぼう。
その方たちに救済の活動を任せて、
私たちはもっと大事なことをしようとしながら、
言われたことが、
使徒行典6章3節4節です。
4節、
私たちは祈りと見事場の奉仕に専念することにします。
使徒たちの優先順位、
使徒たちの働きは何ですか?
祈りと見事場の奉仕です。
見事場が先ですか?
祈りが先ですか?
祈りが先なんです。
このように、
使徒たちはもちろん見事場の奉仕もしますけど、
祈りにもっと力を入れた。
だから、使徒たちが祈るとき、
聖霊様が強く働いて、
そして、
聖霊教会の勢いは、
ますます広まって、
全世界に伝えていった。
私は、
牧師として、
毎週メッセージを任されています。
私の一番の悩みが、
皆さん何か知っていますか?
メッセージがうまくできなかった日は、
1週間悩みます。
メッセージが少しできたって、
これ感じるんですね、自分なりに。
メッセージができた日は、
1週間気持ちがいいです。
しかし、
もう少しだったら、
次の日は、
石子の日は、
メッセージがうまくできなくなった。
それはわかります。
私は感じるから。
誰が言わなくても、
わかります。
メッセージができなかった日は、
1週間、
私なりに悩んで、
私を打ち叩いて、
何が問題だろう、
何が問題だろう、
間違いなく、
メッセージがうまくできた日は、
私の祈りが、
1週間、
祈りの生活をしっかりした日は、
これはメッセージがうまくできました。
今週はどうでしょうね。
祈りがうまくできなくて、
忙しくて、
家に何が起こったりして、
祈りがうまくできなかった日は、
間違いなく、
ダメになりました。
私は、
私の、
牧会のすべての問題の原因は、
祈りでした。
祈り。
皆さんはどうですか。
私は、
祈りが、
私の牧会がうまくできるかないか、
神徒たちの皆さんに、
うまく奉仕ができるかないかに、
関わっているので、
私は、
祈りが大事だと思います。
これは、
誰が一番わかっているか。
悪魔です。
だから、悪魔は、
私の祈りができないように、
私の身の回りを、
何、
すべてを通して、
私を妨げます。
いろいろな問題を起こします。
罪・心配・霊的な眠りへの警告
はじめに、
誘惑します。
牧師も誘惑されるものですから、
牧師の中で、
いろいろ噂が聞いてくるので、
いろいろな罪に追っていられる先生もいるんですね。
皆さん、牧師が罪を犯した。
在籍家もあるんですけど、
この罪の中で、
悩み、
葛藤、
祈り、
絶対できない。
詩編の66の中8節。
もし私の心に不義を抱いているならば、
主はお聞きにならないであろう。
私の心の中で罪があるなら、
何か悪い心を抱いているなら、
神様は答えてくださない。
だから、悔い改めを通して、
徹底的に、
神様の前で、
悔い改めて、
祈らなければならない。
皆さん、これが、
時間が大分かかるんです。
罪を犯した。
それをもって、
牧師が葛藤したり、悩んだり、
私みたいな人間、
誰が、
何か、
自分自分を責めるから、
在籍家ということがあって、
自分自身を責めるから、
在籍家をもって祈るなら、
祈りが全くできないんです。
祈りができないから、
力が全くない。
その牧会は誰が、
誰を救うことができますか。
だから、
罪の誘惑に陥ってしまったら、
それを解決できて、
自分の元の位置、
回復できるまで、
時間がだいぶかかる。
その間に、
その先生の牧会はダメです。
だから、
皆さん、
罪を犯すように、
悪魔が誘惑するんです。
2番目、
心配です。
心配を入れて、
祈るように、
心配をさせるようにします。
だから、
皆さん、
祈るんだと言いますよ。
祈りじゃなくて、
よく聞いたら、
心配ばっかりやってる。
不信仰の祈りは、
力が全くありません。
だから、
不信仰の祈りは、
やめてください。
ピリポ四書六説、
どんなことでも、
思い煩いはやめなさい。
何事につけ、
感謝と込めて、
祈りと願いと捧げ、
求めるものを、
神に打ち明けなさい。
だから、
その時は、
神様、
今、私の悩みしかありません。
どうしましょうか。
信仰を与えてください。
信仰を与えてください。
恵みを与えてください。
それをまず、
しっかり覚えて祈って、
また、何かあったら、
罪を徹底的に悔い改めて、
そして、
神様から信仰をいただいて、
それをもって、
確信と祈りをしっかりする、
私たちになりましょう。
ぜひとも。
また、
3番目、
悪魔は、
油断させるのです。
霊的な眠りの中で、
落ち込むようにするのです。
イエス様が、
結成までの祈りをされる時に、
弟子たちは、
何と言うんですか。
私のために、
祈ってください。
祈ってください。
しかし、
彼らは、
祈らないのです。
また、
26章41節、
誘惑に陥らないように、
目を覚まして、
祈りなさい。
心は燃えても、
体は弱い。
皆さん、
終わりの時代に祈る使命
終わりの時に、
イエス様は、
私たちに、
同じことを、
申し上げます。
これらが、
起ころうとしている、
すべてのことから、
逃れて、
人の雲の前に、
立つことができるように、
絶えず、
目を覚まして、
祈りなさい。
しかし、
今、
目を覚まして、
祈ることは、
なかなか難しいのです。
なぜなら、
終わりの時には、
ものすごい忙しい。
ダニエル章に書かれてある、
ダニエル中二章四節、
ものすごいスピードが速い。
知識が増します。
増す。
だから、皆さん、
正常教祖から、
陥らないためには、
知識が必要でしょう。
だから、
知識を得ようとして、
あちこち、
あちこち、
言っている間に、
祈る時間がないのです。
祈る暇もないし、
だから、
終わりに行けばいくほど、
祈りが弱くなるので、
最後の時に、
これを、
私は気をつけなければならない。
事実は、皆さん、
祈りの世界ほど、
広く、
深く、
この素晴らしい世界は、
ありません。
シト・パウルは、
第三の天まで登って、
天国に登って、
見ていました。
シト・ヨーネは、
将来に起こる、
牧師録のことを、
全部見ていました。
ダニエルも、
旧約聖書の中で、
牧師録の最後まで、
全部見ていました。
今度の集会で、
スサラ先生、
その先生は、
お医者さんで、
勉強もたくさんやりましたけど、
イエス様に出会って、
不思議な体験を、
たくさんされた先生に、
その先生が、
メッセージの中で、
なんていうのか、
子供は、
子供がいない。
結婚されたのに、
子供がいない。
自分に子供がいたら、
と言いながら、
自分に子供がいたら、
後産になったら、
威厳を与え、
後産から、
威厳の祈りをさせたい。
何かわかりますか、皆さん。
威厳の祈りを通して、
霊的な世界が、
たくさん、
注がれたと言いましょうか。
見えてくるようになったと言いましょう。
威厳の祈りの、
ああ、私が、
その話を聞いて、
威厳の祈りの力、
これが私の問題解決も、
大事だけど、
これから行われる、
神の深い世界のために、
威厳の祈りが大事だな、
と思います。
天の国の鍵を使う教会
皆さん、私たちには、
祈りの応答の特権を持っています。
私たちは、
祈りの答えが、
与えられると、
神様から聞いていますから、
だから、祈りを、
この鍵を使わなければならないんだけど、
私たちの、
毎日の問題、
子供の病気とか、
いろいろな問題、
私が解決しなきゃいけないことが、
たくさんあるでしょう。
あゆみちゃん、
ゆなちゃん、
じゅけん、
これを考えたら、
祈るしかない。
皆さん、
分かっているんじゃありませんか。
ところが、
この世の中、
これから行われる、
霊的な世界、
私は、
これを少し聞いたことですよ。
また、本を頂いたので、
この本を、
しっかり読みます。
今の時期は、
どこなのか。
牧師録、
6章、
12節に、
第6の封印が、
解かれる、
解く時期だ。
牧師録のとこが、
今、通れている。
皆さん、
これから何が起こるのか。
この世の中には、
リバイバルと、
大収穫。
人、
魂の救い。
激しい、
霊的な戦い。
イエス様の、
空中の再臨。
地上の再臨の前で、
空中の再臨。
その時に、
信仰を持っている人、
敬拒されます。
これから、
イエス様が、
地上に再臨されて、
これは、
悪魔との天装。
最後の裁き。
これから行われる、
霊的な計画は、
ずっと、
牧師録に書かれてある。
ここに、
信徒たちの、
祈りが必要だ。
私たちみんな、
敬拒しなければいけない。
引き上げられなければ、
観覧を通らなければいけない。
これは難しいでしょう。
だから、
敬拒されること。
また、
勝利を得るものにならない。
また、
イエス・キリストの、
花嫁にならなければいけない。
いろいろな部分。
私たちの、
信仰の姿勢。
また、
信仰で、
私たちが、
しっかりやらなければいけない部分。
これが、
全部、
祈りが必要だ。
だから、
私たちには、
祈りの力が必要だ。
どうすればいいでしょう。
祈りを通して、
祈りの力をいただく。
ダニエルが、
毎日3回祈った、
エリアの祈り。
天から、
火が、
ババーンと落ちるような。
また、
洗礼者ヨアネの祈り。
シメオンとアンナの祈り。
もう、
皆さん、
聖書の中で、
祈る人のリストが、
ちゃーっと書かれてあります。
この人たちが、
粘り強く祈って、
上からの力に満たされて、
そして、
最後の時期に、
自分がやるべきこと、
しっかりになっていったように、
私たちも、
祈りの答えの、
もう、
約束をされているものですから、
祈ることを通して、
力をいただいて、
最後の私たちの役目。
まず、
教会。
また、
神様の、
この身棟にある、
いろいろな働き。
ここに、
私たちの教会も、
しっかり、
これから、
一緒にやっていきたいと思います。
皆さん、
ぜひとも、
祈りの力をいただいて、
祈るんですよ。
恵みをたくさん与えられるように、
これから、
祈っていきましょう。
そして、
最後に、
主の前に立って、
神様が私たちにくださった、
天の国の鍵、
たくさん使いました。
ありがとうございました。
このような報告ができる、
教会になりたいと思います。
お祈り出します。
主よ、
今日は、
天の国の鍵、
お祈りについて、
分かち合いました。
なぜ、
神様が救われたばかりの、
私たちに、
天の国の鍵を、
授けてくださったのか、
よく分かって、
よく使う、
私たちにならせてください。
これから、
行われるべき聖書に書かれて、
すべてのことを、
よく分別して、
私たちの教会がやるべきことを、
しっかり担っていく、
私たちにならせてください。
祈りをする恵みを、
祈る恵みを、
豊かに与えてください。
イエス・キリスト、
皆を通して、
お祈りいたします。
アーメン。
40:08

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