オープニングとリスナーからの質問紹介
皆様のひと時にお邪魔します。問いを味わう時間です。 このラジオは、今の時代に生きる私たちの答えのない問いをテーマに対話するポッドキャストです。
私たちの毎日にあるちょっとしたモヤモヤや気になることを、コーチング研究やコミュニケーションの視点から考えてみませんか?
忙しい日々の中で、立ち止まって一緒に味わい考えていくきっかけのお時間を、私ユイとモトキでお届けします。
はい、本日もモトキさんと一緒に、そして皆さんと一緒に、いろいろ巡らせて考えていきたいと思います。 モトキさん、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
調子はいかがですか?
調子はいいですね。日本は梅雨が明け、夏が来て、私は地元が湘南エリアなんですけれども、もうサザンオールスターズが頭の中で流れてくるかのような、そんな気候になっていて、心も上がってる、そんな感じでございます。
サザンなシーズンですね。
サザンのシーズンです。
はい、そっかそっか。
本日はですね、リスナーの方からちょっとご質問というか、ぜひこの話題で話してほしいというのをいただいているので、ご紹介していきたいと思います。
はい、本日のテーマはこちらです。
結婚や出産を経て、自分がわからなくなるとき、どうしたらいい?ということで。
これくださった方も、ご自身が結婚とかご出産を経験されていらっしゃる中で、多分いろいろ考えたことがあったりとか、思うことがあって、というのも、またそういう方、周りの方を見てて感じることがあって、っていうので、
ぜひこのお話をというリクエストをいただいたんですが、
結婚・出産による自己喪失の要因
仏さん、どんなことが巡りますか?
そうですね、とてもリアルな課題というか、またよく聞くテーマであったり、
コーチングを私たちに提供させていただく中でも、その辺の部分を扱っていくことは多々あるなと思いつつ、同時に、
コーチング、少なくともコーチングの領域の中では、やっぱりリーダーシップとか、部下の育成とか、ビジネスとか、自分のビジョンを前進させるとか、
よりそのような前進したり、育成したり成長したり、そんなテーマやというのが多い中で、
日常会話とか、またコーチングのトピックが時々扱われることは多いものの、
まだまだ、これに悩んでいる方の数に比べたら、このテーマでコーチングが届いていくとか、また人とコーチング的に対話をする。
悩んでるんだよね。難しいよね。って終わるんじゃなくて、日常の会話とかでも、そこにどんな思いがあるのかとか、じっくりとそれと向き合い、味わい。
このラジオのテーマでもありますけれども、そんなことがあまりなされていない。
必要性と比較して、みたいなことをなされていない。そんなテーマなのかもなぁってところが最初に浮かぶことですかね。
確かに、こういうことについて、ちょっとじっくり話したり、飾らず気取らずオープンに、
いろいろ言葉にできたり、またそれを聞いてもらったり、自分も聞いたりっていう場があるとね、なんか、
よりその人にとっても、なんかこう何かを達成するためにっていうことを、一生懸命込みとして考えるとかっていうようなコーチングのような時間とはまた違った意味で、
自分と向き合うことにつながったり、何か豊かさ、その方の人生の意味とか、真ん中に持っていたいものにつながったりとか、しそうな感じはありますよね。
なったらいいのになぁっていうのは、思いますね。
私たちのこのラジオの、あるいはミッションみたいなところの一つで言うと、このコーチ的対話じゃないですか、第三世代コーチングの視点から、
立ち止まり、味わい、ともに探求することが日常の中で、いろんな接点でなされていく、そんな風に広がっていってほしい、
そんな思いがある中で、意外とママとも界隈とかで言うと、子供の悩み事とか、旦那の愚痴とか、そういうのはよく出てくるけれども、
ガチの悩み、自分に関するガチのモヤモヤ悩みとかなると、意外とお互いに話さないし、話しても難しいよね、で終わっちゃう。
でも本当は話したい、みたいな声は、深く話させていただく機会とか、結構ママともと、私喋ること多かったりもするんですけども、
そういう声は結構聞くなっていうのも、思いますかね。
確かに、何がこの、結婚や出産によって、自分がわからなくなるということにつながるんでしょうかね。
もちろんすごく環境の変化とかね、ライフステージの変化くらいの大きい変わっていることがあるんでしょうけれども。
いくつか浮かぶものをちょっと一緒に挙げてみると、
一つ、キャリアの断絶みたいなところで、今もそこまでは、一個人として自分でキャリアを積んできていたところ、
結婚を通して違う土地に行くとか、それが旦那さんメインの土地に行くことがあったりとか、
また出産とかになると、産休育休みたいなところで女性が取る機会の方がまだ全然多いかなというふうに思いますけれども。
その中で、自分のキャリアの断絶という部分と、それにひも付き、経済的な視点でいくと、
自分自身一人で立って稼いでいないみたいな、そこに対する漠然とした不安とか、
家庭内の勢力図じゃないですけれども、力関係が少し傾くようなことが、
メインで英語でブレッドウィナーとか言いますけれども、日本だとライスウィナーですかね。
知らんけど、家庭の家計をメインで支えている存在が旦那さんとかになる場合は、そこに対する引け目であったらいいのかなとか、
キャリア断絶しているから、このままそこが、自分はこのままなんだろうかもそうだし、
あと純粋に時間が全然なくて、暴殺されていて、育児とかで、暴殺されていて余白とか、自分と向き合う時間がないとか、
先日、ゆいさんもその類のコーチングをされていた記憶があります。
日常が子育てとか、いろいろでわーっと過ぎちゃって、自分がふーっと一回落ち着いて、自分の人生について考えるみたいな、その機会が全くなくみたいな方とかも、
時間的制約ゆえの、余白がない、またその世界が狭くなる、家庭だけ、家から出ることがないとか、その閉塞感もあったりとか、
そんなことが、最初にいくつか挙げてみると、複合的だなーと思いますけど、ゆいさん聞きつつ、巡ることとかあります?
そうですね。確かにな。
それだけ大きな変化があって、環境が変わったら、まずはね、きっとそこに慣れていく、適応していくことに、一生懸命になっていって、
目の前のとにかく、今この瞬間をこなしていくというか、過ごしていくっていうことに、すごくね、一生懸命になっているうちに、
あれ?そういえば、なんか私ってこんなんだったかしら?みたいな、そんなふうに気づかれることがあったりするのかなーっていうのを感じるのと同時に、
あと逆になんか、それをイメージしてしまって、キャリアが断絶するかもしれないとか、自分の時間がなくなっちゃうかもしれないとか、
そういうことをイメージを膨らませているがゆえに、そこに踏み出せない。結婚とか出産に踏み出せないっていう、
ブレーキがかかっている部分があったりするっていうこともありそうだなって、私もそうですけれども、あるんじゃないかなって思いますね。
そうですね。そこらへんが、どうしてもギブアンドテイクじゃないけれども、
なんだろう、一個選択したら一個犠牲にとか、なんか諦めなきゃいけないものみたいなふうに感じていたり、
結婚や出産の中でも、自分の道っていうところが、先を想像すると見えづらくなって、ぼやーっとするのは、
特に女性のライフステージの大きな変化の中では、
想像の範疇しか、私は語れないですけど、あるんだろうなっていうのを感じますね。
そうですね。
SNSとの比較と自己定義の問い
あと、なんか、そして家でちょっと時間があると、すごいインスタ見ちゃうとか、
YouTubeとかすると、なんかその中でもキラキラ強くやってる人みたいなのとか、
やってる風なのかもしれないですけど、いろいろ本当にやってる人もいれば、そう見せようと努力してる人もいれば、
まちまちかと思うんですけれども、少なくともそういうものが比較的にまた日常の中で入ってくると、
なんかそことのギャップで、自分いいんだっけとか、なんかそんな、
一人煽られみたいな、なんていうんですかね、向こうは煽ろうと思ってやってるわけじゃなかったり、
煽ろうとするマーケティングとかあるかもしれませんけれども、ある朝までいいのか、
そういうのは少ないとして、シンプルに、なんかそういう風にキラキラしているのを見るときに、
なんかそれにすごく影響を受けつつ、自分が葛藤を覚えるみたいなのもきっとありますよね。
そうですね。
なんかそう思うと、自立をしている感覚だったりとか、自分の人生を生きている感覚をどう定義しているかというか、
どういう前提の上でそれを考えているのか、なんかそれが経済的自立でね、
もう本当に何かあったときには、私は一人で生きていけますっていうようなことなのか、
そうではない、そうとも限らない、そこが入るかどうかはわからないけれども、
なんかもっと違う心の自立なのかとか、なんかそのあたりのね、自分の中での定義というか、
そしてなんでそう定義しているんだろうみたいなところも含めて、そこはすごく考えさせられますよね。
ですよね。
自分が自分らしく生きれているという主観的な体感、納得感みたいな、
そういう自分で選択できていると感じることっていうのも、
最初は経済的な自立が重要だと思ったけど話しているうちに、そっちじゃなくて、
自分は例えば1級から復帰して仕事してても、別にやりたい仕事じゃないとか、
でも1回キャリアちょっと断絶してるから、すごくキャリアアップコースからはちょっと外れていて、
別にやりたくない仕事とか、未来がすごく見えづらい仕事をお金のためにやり続けているみたいな。
もちろんそれは家庭を守るためにとか、そういうしっかりとした目的ゆえにそれを、
一瞬まで一応選択はしているという表現にはなるものの、
その自分がもっと自分らしく生きるとか、納得できるライフスタイルとかなんだろうかとか、
何を一番一番求めているんだろうか、意外と避けるチーズじゃないですけれども、
玉ねぎじゃないですか、こう思ってるけど本当にそうなのかなって、
一個一個細分化してみたり、ピリピリって分けていくと、
意外とこっちなのかもみたいな、自分がこのもやもや漠然とした自分分からないとか、
でも分からないって問いが出るってことは、分からなきゃいけないと思っているという、
ある意味前提となる潜入感があるときに、自分が自分を分かっていなきゃいけないって何で思ってるんだろう、
あのインスタでこう言ってたからかなとか、今これが大事だとか、
この経済的な不安とか、自立できてないみたいな、そういう感覚とか、
それはでも本当にそれが必要なんだっけとか、
そんな自分のその奥底のもやもやや価値観や考え方を一度ちょっと立ち止まり、
疑うじゃないですけれども、そこに問いを投げてみて深めてみるみたいなところは、
確かに一つなのかなあっていうのは思いますね。
他者との対話の重要性とラジオへのメッセージ募集
そうですね。
コーチングでもね、お金があればって思ってる、お金が必要なんですって言って、
本当ですか?本当にじゃあこのぐらいのお金があったらどうなってると思いますか?みたいなのを考えていったら、
あれ?みたいな、お金あってもこの焦燥感とか不安感は本当に拭えているかどうか分からないみたいな、
そういうことに気づかれるクライアントさんとかいらっしゃいますけれど。
ベースとして、このように誰かと対話するっていうのがなんだかんだしっかり向き合い、
もやもやしていることを聞いてくれる人に聞いてもらって一緒に考えてもらう、
意外と勇気いることかなって思うんですけど、それこそ先ほどまともな話じゃないですけど、
ちょっと真剣な話してもいい?みたいな、どうしたの急に?みたいになるけど、
それをしても大丈夫そうな人に一緒に考えてほしい、難しいねとかだけじゃなくて、
どう思う?とか、一緒に問いを持って一緒に考えてみる、巡らしてみるみたいなことができると、
少し変わっていきそうな印象もありますかね。
そういうことができるお相手の方だったり、環境だったり、そういうものが作れたり、
自分がそういう場に身を置けるような状態になれるとね、
誰かと話すとやっぱりちょっと違いますよね。
一人で考えると悩みの森に入っていくような、孤独や不安が増していくような時あると思うんですけれど、
誰か言ってくれるだけで、本当にそうならずに、純粋に好奇心というか疑問を持って、
なんでなんだろう、なんでなんだろうって考え続けることができたりとか、
全然違うなあっていうのは思いますね。他者がいるっていうのは。
ですね。
なので、あんまりクリアな解決と言いますか、この自分が分からなくなる時どうしたらいいみたいな時に関しては、
改めて自分の中で、なんで分かる必要があると思っているのか。
これ自分の一番の願いってなんだろうかみたいなことをちょっと問い寄せてみながら、
焦りや不安というよりは自分の願いはなんだろうみたいなところに問いを立てつつ、
同時に話し聞いてくれそうな人に対話を何人かいろいろしてみつつ、
その話しながら自分が感じることに好奇心を向けていって、
本当に自分が求めていることはなんだろうって一人でぐるぐる考えつつも難しかったりもすることがあるので、
他者と対話しつつ、他者の中に、他者からの視点。
また他者が言ったことにすごく別に自分は無茶苦茶に共感しなくても共感しなかったという、
例えば現実がある時に、じゃあ自分はどこに逆に意識が向くんだろう。
なんであそこで、頭では理解するけれども、自分が求めていた回答じゃなかったと感じるんだったら、
じゃあ逆に求めていた回答は何だったんだろうとか、
そんな風にとどまり味わい続けるっていうことをやってみるといいのかなと思いますし、
同時に、ぜひ私たちにもラジオにもレターを送っていただいたりしたら、
一緒に考えたいなっていうふうにも思うので、そういうのもすごく嬉しいなと思いますね。
本当ですね。このラジオもそういう対話のきっかけになったり、
これを聞いてくださった方が、ちょっとあの人なら話聞いてくれるかなみたいな、
誰かの顔が浮かんだりとかね、そんなきっかけになったら嬉しいですね。
はい、今もときさんがお話ししてくださったとおり、
このラジオでは皆様からのメッセージやコメントを募集しています。
皆さんのモヤモヤや気になること、日々の中で感じている問いなどをぜひ聞かせてください。
この時間が皆さんが少し立ち止まって味わうきっかけになっていたら嬉しいです。
それではまた次回一緒に対話していきましょう。
今日もありがとうございました。