オープニングとリスナーからの便り
皆様のひとときにお邪魔します。問いを味わう時間です。 このラジオは、今の時代に生きる私たちの答えのない問いをテーマに対話するポッドキャストです。
私たちの毎日にあるちょっとしたモヤモヤや気になることを、コーチング研究やコミュニケーションの視点から考えてみませんか?
忙しい日々の中で、立ち止まって一緒に味わい考えていくきっかけのお時間を、私ユイとモトキでお届けします。
はい、今回も始まりました。問いのラジオのお時間です。 モトキさん、調子はいかがですか?
たまにやってくる。調子はいかがですか?
ボール。はい、調子はいい感じですかね。
ちょっと背景の話をすると、1ヶ月分バーッと撮っていってるので、6月分の4本撮りみたいなところが最終回になってたりもして、
いろいろここまで話してきたことは、自分たちの中で巡りつつ積み上げられつつ、今、迎えてる感じですかね。
はい、そうですね。というちょっと裏話も出ちゃいましたけれど、そんな積み上げがあった中で、今回お話ししていくことはですね、
いただいているお便りから、テーマにお話をしていきたいと思います。はい、匿名希望さんよりお便りいただきました。ありがとうございます。
最近、SNSで大学時代の友人が緊急報告を投稿していました。海外を飛び回り、強い使命感のもと新たなチャレンジに向かっていることがひしひしと伝わり、
画面越しに彼女のキャリアと肩書きがキラキラ輝いているように見えました。すごいなぁと思う一方で、私にはそんな綺麗な肩書きがなく、
劣等感のような気持ちが生まれてしまったのですが、この他者と比較して生まれてしまう劣等感をテーマにお話ししてください、とのことです。
はい、劣等感です。
キラキラ輝いているように見える、肩書きキャリアも含めて、遠い存在になっていったなぁ、みたいな感覚に陥ること。
劣等感の捉え方とコーチング的アプローチ
前は机並べて一緒に勉強してたのにとか、あの人がああなったんだ、みたいな。後輩だった人かとか、なんかありますよね。
ありますね。同じ学び屋にいたのになぁ、みたいな。私にもこんな生き方もあったのかしら、みたいな。
確かに。
でもすごくいいテーマだな、っていうふうに思いつつ。
でもなんかこのベースとなる事象と、それを通して起きている感情みたいなところが、なんか分けて考えられるなっていうふうに思いつつ。
まず起きているのは、他者の人生を何かしらの形で、SNSという形ですかね。何かしらの形で他者の視点や生き方、また現状に触れるという機会から、何かしらのそれが刺激になっているところから起点になりながら、その刺激の捉え方が、劣等感という捉え方。
この形はなっているかなというふうに思いつつ。同時に、何か違う結果というか捉え方になっていく人もいるな。それがそれこそ、そのまんまポジティブな刺激として、何か自分の願いに気づいていくとか、それからエネルギーをもらって進みたいとか、こういうことチャレンジしてみたい、みたいな感覚になっていく人もいるだろうし。
純粋に何かそこで比較というよりは、すごいなーで終わるというか、その後今日のものは何作ろうみたいな、何ていうんですかね、通り過ぎるものというか、なっていくケースもあるかなというふうに思いつつ。何かそこはちょっと澄み分けてというか、何かそんなことを最初に浮かびますかね。
そうですね、何かコーチングのテーマとか、お話の中でも出てきそうなね、こういうこういう出来事があって、私今こういう劣等感を感じているんですっていうような流れになること、何か似たようなこと、これまでもあったかなと思いながら、何でしょうね、何がその劣等感を
作り出しているんでしょうとか、何か自分がそのこの出来事のどんな部分に注目していて、何かそれがどうしてこの劣等感につながっているんだろうかとか、何かそんなことが、例えばセッションの中だったら、コーチと一緒に話されていったりするのかなーみたいな、そんなところを思いますかね。
そこに好奇心を向けていきながら、その感情をコーチングの中で感情を捉えていくときに、感情自体がどうこうというよりは、感情は何かしらに関してメッセージを伝えてくれている、そういうメッセンジャーであるみたいな、そんな捉え方をして、その感情自体が大事というよりは、何か怒りが大事とか、劣等感を感じるとか、そういうことというよりは、
それってどこから来て、どうやって生まれていって、その感情、表出している状態自体は何を伝えようとしてくれているんだろう、みたいな、そんなところに手を立てることが多いんですけど、そう思ったら劣等感ということを感じる自分は、何かどんなところから来てるんだろう、そこにはどんな願いがあるんだろう、この劣等感が自分に伝えたいメッセージがあるとしたら、何だろうとか、
もしかしたらすごく、何だろう、期待や希望に満ちたメッセージかもしれない、何か、自分が自分に、あなたはもっと、こんな人生を歩める存在だと、私はあなたのことを信じているよって自分が自分に伝えている可能性もあると思うし、何か、そういう劣等感や葛藤がエネルギーになって大きなことを成し遂げていく人もいるだろうし、何か、そういうネガティブな感情や感覚って、
すごく心地悪い、心地悪いけれども、でもそれが大きな燃料になっていくケースもあって、でもそれがただ、ただ、劣等感の中で苛まれてしまって、みたいなこととエネルギーになっていったり、それをどうして気づきが生まれていくかっていうところの違いとしては、
自分の感情にちょっと距離を置いて、好奇心を向けて考えてみる、また他の人と対話してみて、何か、ただただ聞いてもらうっていうことというよりは、好奇心を向けて一緒に考えてもらうとか、何かそんなことも一つ大事なのかもなあって、そうすると他者比較で生まれるというよりは、自分の中に問いが向かっていくっていうのが今ふと浮かぶところですかね。
第三世代コーチングと物語の視点
そうですね。そう思うと、やっぱりこうコーチングのようだね。ちょっと安心したような関係性や状況の中で、聞いてくれたり、またそこに言葉を返してくれる人がいるっていう存在がいている中で、ちょっと客観的にというか、もう劣等感があってっていうのも一人で多分劣等感があっているなと思っているのと、そういう誰かにちょっと劣等感を感じている気がして、
しててって話すだけでも何かこう心持ちが変わるような気もしますし、何かそういう他者の存在だったりとかっていうのも一個すごく何かね、この劣等感を劣等感だっていう、ああ、劣等感だわー、やだわーで終わらないような何か、何かそんなこうきっかけになったりするのかなあっていうのを思いますね。
あとはね、第三世代コーチングで言うと、物語っていう視点をね、すごく第三世代コーチングは大切にしているんですけれども、いろんなね、私たちの日常の出来事っていうのは、そのどんなことが起こったかとか、そこで何を感じたかとか、どんな意味がそこにあったかっていうのって、私たちはこう選び取ってね、物語をストーリーを自分の理解として作っているっていうのがね、一つあるんですけれども、
何か第三世代コーチングはそのストーリーをちょっとアップデートしていくみたいな視点を持っていて、そこにコーチが登場して、コーチから見るとこう見えるよとか、こんなこともあるよねっていう新しい視点が生まれることで、例えばこの劣等感を感じたっていうストーリーが全然違うストーリーになるみたいな。
ちょっと違うところに注目したら、全然違うものが同じ状況、出来事なんだけれど、見えてくるみたいな。何かね、そんなところもありますよね。
そうですね。何か人生で起きていくいろんな出来事の解釈、自分の起きた出来事そのものというよりはその解釈が自分のアイデンティティというか、自分ってどういう存在かみたいなことを作り上げていっているので、例えば何か自分は挑戦することができなかった、何か一歩踏み出せなかった存在だとか、何かこういう時に失敗してしまうとか、何か
田舎町の取りに足らない、つまらない人生を送っている存在だとか分からないですけど、何かそういうふうに自分がもし思ってしまっているとしたら、全ての景色や起きている事象はそれと紐付けて考えてしまう。
なので、このSNS見ても劣等感という結論というか状態になってしまうけれども、何か自分同じ事象を違う捉え方、また自分が登場人物の物語があるとしたら、その登場人物の何ですかね、説明というか、その登場している時にこの人はこういう存在でみたいな、そういう説明書きがあるとしたら、何かそこってどんな説明書きだろう、またどんな説明書きにアップデートすることで
見え方が変わっていくだろうとか、自分が一番大切にしたいことを大切にしていく、またこの状況に対して新たな視点を得ることができる考え方、視点、フィルターになっていくだろうか、みたいなふうに物語視点でアップデートしていくと、事象に対する関わり方、アプローチが変わっていくみたいなところを結構やりますよね。
そうですね、何かの出来事から自分という物語のタイトル変わっていったりとか、タイトルが変わっていくから、またちょっとした小さな出来事のそのストーリーの中の注目するところが変わっていったりとか、
何かそこは、それを繰り返し続けながら私たちこの世界を生きているんだな、みたいな、この物語っていう視点を持つと、何かちょっとまた面白い見方が一つできますよね。
そうですね。
何かその感覚自体、感という感覚自体はすごく薄まっていく気はしますけどね。
何か違うものになっていく予感はすごくありますね、これ。
対話と変化を楽しむこと
ちょっとさっきユイさんが触れてくれたけれども、何か他の人とこれを対話してみるっていうところを何か一つやってみるのいいかなというふうに、安心安全な場でですかね。
何かその時に、何だろう、友人とかだったら、こういうことを感じたんだよねって言ったら、そんなことないよって、何かちょっと励ましてくれちゃうというか、いいことなんですけど、励ましてくれちゃう。
何かその対話というよりは、何でこれが劣等感という状態に自分がなっているのか、ちょっと一緒に考えて欲しいんだけど、みたいな、コーチングっていう文脈じゃ全然なかったとしても、友人との対話とか、身近な人との対話の中でも、何かその対話の仕方やその設定みたいな言い方をするんですけど、その対話の設定というか、
設定みたいなところで、何でこういう感じ方をしてしまうのか、みたいなことをちょっと一緒に考えてもらったり、何か自分も言葉にさせてもらいながら、何か友人の方には聞いてて感じたこととか、こうじゃない、ああじゃない、ああでもない、こうでもない、一緒にめぐらしてみる時間したいんだけど、みたいな、そんな形だったら、それが成立しそうだな、みたいなことは思いましたかね。
そうですね。
なんかね、前回のポッドキャストの中とかでも、それ以前でも話してきたことで言うならば、何か作り続けるものである、みたいな視点もね、また第三世代コーチングにはありますから、このね、ああもう劣等感があるんだっていう、これはきっと固定された、もうその状態としてあり続けるものではなくて、
今はそう受け取っている、なんかそういう出来事だったなって感じているけれど、なんかこれを人と話してみたり、自分でちょっと好奇心を持って考えてみたり、何かしていくごとに、これもまた作り続けられ、変わり続けていくみたいなね、なんかそんなちょっと流動的なものかなという気もするので、
その変化もまた楽しんでくださいというのはあれですけれど、注目してみると面白い部分でもあるかなという気がしますね。
そうですね。
なんか私っていつもこう、みたいな風に考えてしまうのではなくて、よくこの成長マインドセット、固定マインドセットみたいな、そんな研究でも言われたりしますけど、それが固定的なっていうことよりは、今はこういう結果になっている、逆にそこって何でだろう、みたいな。
それが変化していくものみたいな捉え方が、同じ事象に対しての捉え方が違うだけで、その未来が変わっていくみたいな、そんなところともつながりますね。
ぜひね、このお便りをくださった匿名さんも、ちょっとなんかこの劣等感と今はなっているものとの、何て言うんでしょうね、なんか変化を楽しみつつ、いろんな方向でなんかちょっとここを探求してもらえたら嬉しいなというふうにも思いました。
エンディングとメッセージ募集
はい、ありがとうございます。
問いのラジオではこんな形でですね、皆様からのメッセージやコメントを募集しています。
ラジオでテーマにしてほしいことや気になることなど、ぜひお聞かせください。
この時間を皆さんと一緒に立ち止まって味わうきっかけにしていけたら嬉しいです。
それではまた次回一緒に対話していきましょう。ありがとうございました。