1. 飛鳥山の窓から -TOKYO NORTH MOVEMENT-
  2. #135 日本一のインドアゴルフ..
#135 日本一のインドアゴルフスクール創業者は”白いキャンバス”に人生設計を描いたことが始まり|ゲスト:榎本考修さん
2026-07-02 16:34

#135 日本一のインドアゴルフスクール創業者は”白いキャンバス”に人生設計を描いたことが始まり|ゲスト:榎本考修さん

▼今月のゲスト

ステップゴルフ株式会社 代表取締役CEO 榎本考修さん


▼今回のトーク内容:

創業の原点/プロゴルファーへの道を諦めた25歳の決断/PL学園軟式野球部での経験/ロイヤルホストの白い紙に書いた人生設計/自分をさらけ出す作業/涙でぐちゃぐちゃになった「白いキャンバス」/商売人としての第一歩/挫折から日本一への軌跡


東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が

王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。

情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。

グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。


▼番組への感想、MCヘのメッセージは以下までお寄せください!
https://shibusawakun.fm/program/tnm/

お便りお待ちしております♪

▼しぶさわくんFM公式サイト

https://shibusawakun.fm/

▼Facebook

https://www.facebook.com/share/1HiX4YMj3V/?mibextid=LQQJ4d

▼X

https://x.com/shibusawakunfm

▼Instagram

https://www.instagram.com/shibusawakunfm

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、日本一のインドアゴルフスクール「ステップゴルフ株式会社」の創業者である榎本考修さんをゲストに迎え、その波乱万丈な人生と事業の軌跡を辿ります。榎本さんは、幼少期にPL学園軟式野球部に入部するも、プロ野球の道に進むためには異なるルートが必要だと気づき、高校からゴルフに転向。家業がゴルフバッグの刺繍業であったこともあり、ゴルフへの関心を深めました。25歳でプロゴルファーの道を諦めた後、ロイヤルホストの白い紙に人生設計を書き出すという情熱的な作業を経て、自身の人生と向き合い、ステップゴルフ創業へと繋がるビジョンを固めていきます。 創業前には、自身の経験や家族、周囲の人々への思いを「白いキャンバス」に書き出し、涙ながらに人生を見つめ直すという深い自己探求の時間を過ごしました。この経験から、ゴルフ業界の「時間とお金のある人しかできない」という課題に対し、誰もがリーズナブルに始められるインドアゴルフスクールという革新的なアイデアが生まれました。4980円で習い放題・通い放題という画期的なビジネスモデルは、ゴルフ人口を増やすという榎本さんの強い思いから生まれたのです。番組では、この創業に至るまでの榎本さんの決断と情熱、そして「白いキャンバス」に描かれた人生設計が、いかにして日本一のインドアゴルフスクールへと繋がったのかが語られました。

番組紹介とゲスト紹介
飛鳥山の窓からTOKYO NORTH MOVEMENT
東京都北区飛鳥山
暖炉のある小篠三宏さんの部屋には、未来を思う様々な人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
飛鳥山の窓からTOKYO NORTH MOVEMENT
パソナリティを務めます小篠三宏です。
今、私がいる場所は大地飛鳥山にある邸宅の談話室。
こちらに北区内外の多彩な企業家、経営者をお招きして
グラスを傾けながらじっくり楽しくお話しする。
そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
さて、今月はインドアゴルフ界で日本一の希望を誇る
ステップゴルフ株式会社の創業者
榎本隆信さんをお迎えしております。
どうぞよろしくお願いいたします。
初めまして。ステップゴルフ株式会社の代表を務めます。
榎本隆信です。どうぞよろしくお願いします。
北区との繋がりと創業の原点
今、ラジオを聞いている方に対して
初めましてというお話がありましたけど
もう僕らはお久しぶりですということでね。
そうですね。
もう何年前になるでしょうか。
実はステップゴルフさん、本社を北区
住所というと上中里でしたかな。
に置かれていた時期があって何年前になりますかね。
もう本当に10年というぐらいですけど
8年から9年ぐらい前です。
そうですか。僕はその時に
ゴルフの新しい切り口で
ゴルフをビジネスにしてやっていくっていう人が
たまたま名簿から見ていて
すぐに事務局に
この人ちょっと諸行会議所に入ってもらおうよって
言いに行った覚えがあるんだけど。
いやー光栄でしたよ。
ありがとうございます。
それが本当に
最後のほうでいろいろお話を伺うけど
本当に素晴らしい展開をされてね
上場も目指そうかっていうのはね
そういうふうになっているのは
僕らちょっと縁のあったものとしては
こんな嬉しいことはない。
ありがとうございます。
PL学園での野球経験とゴルフへの転向
この程度の縁になってきたら
いっぱいいると思うけどさ。
いやーとんでもないですよ。
本当に創業して
最初は藩島というところで
秋島市で始めたんですけど
4年目、5年目になってですね
駒込のほうに
長里のほうに
引っ越しをしてましたので
その時もまだまだ本当にまだまだ
成長途中で
今もそうなんですけど
はい。
それの話からまた伺ってきますが
まず学生時代の話を伺うと
実は大阪の名門PL学園の中学校の時
南式野球部
そうですね。
どうですか。
やっぱり強いチームだし
なかなか大変だったと思うけど
どうだった?
やっぱり上手かったんでしょうね。
それが小学校の時に南式野球
少年野球ですよね。
中学でもセレクションみたいなのやるの?
あのぐらいの学校になると。
やります。
だからやっぱりちゃんと
小学校の中で実績もあったし
いい選手として入ったわけだ。
それがセレクションあるもののですね
と言ってもやっぱり部活動でやってるので
南式野球だったので
PL学園の公式野球というものは
それこそそのセレクションとかに入らず
普通にリトルリーグとか
シニアリーグに行ってる人が
世界大会とかの選抜になってるような選手が
突如高校生からPLに入るんです。
なるほど。
これが分かってなかったんですよ。
そうか。下からこう行って
やっぱり当然中学PL目指すわけだから
自分も甲子園に行きたいとか
そういう思いがあって入ったんだけど
ちょいと違ってたと。
そうなんです。
今思えばね
全然ルートを間違っちゃいましたね。
なんかニッテルのアナウンサーにもなった
上重さん。
はい。
彼なんかとも大体同じくらい。
そうですね。
僕は高校生からゴルフ部ということで
体育コースで野球部、剣道部、ゴルフ部
これが隔離された5組というクラスがありました。
そこの体育コースにいたので
上重さんともですね
僕が2年生の時の1年生というような方でした。
そうですか。
彼でさえさ
この間YouTubeでPL関係の人たちがみんな集まって
話したけど
入った時に
お前は7番目とか6番目だとかって言われて
体育が全然違ったとかっていう話をね
してましたけどね。
そういう中だったんだけれども
ちょっと路線変えて
ゴルフを目指されて
今ちょっと実は目の前にはね
高校時代の写真もね
かっこいい
パターのライブを読んでる
素敵な写真がありますけれども
このきっかけは何だったんですか
野球からゴルフ
そうなんです
まさしくさっき話したように
PL学園の野球部といっても
何式野球から始めざるを得ない部活動だったので
いくらPL学園だと言ってもですね
やっぱりそういう制度の中で
何式野球だったということで
何式野球を続けてる限りは
リトルリーグとかシニアリーグで
公式をやってない限り
高校の公式
この名門
PL学園野球部公式には
スカウトもできないんですね
そうなんだ
もうされないんですよね
入部試験みたいなことも
できるはできるんでしょうけども
なかなかもう難しいんですよ
なので
高校生から僕はゴルフに転身したということに
もちろんゴルフの経験は全然なかったんでしょうか
なかったです
なぜゴルフに行こうという風に
実はうちの両親が
ゴルフバッグの刺繍屋さんをやってまして
これ画期的な刺繍機を
実はうちの父が発明していたんですけども
ミシンメーカーと一緒に発明したんですが
大きなバッグですよねゴルフバッグって
それを出来上がったものを
そのまま荷台に乗せて
大きなミシンで刺繍をするというものを
発明したんですけども
それが一斉不備して
全国からいろんなメーカーから
プロゴルファーからも全部キャリーバッグが
押し寄せてきて
そういった家業をしていたんです
なるほどだから
ゴルフというものに対しての先天とかってあったし
そうです
じゃあ要するに野球の道が
ちょっとなってなった時に
じゃあ今度はゴルフだってできたわけだ
そうですね
プロゴルファーへの道と人生設計
どうでした最初
よくある話
今多分ステップゴルフに行こうかなって
迷ってる人みんな思うんだけど
その最初どうでした
当たりました?
いや空振りでした
中学校3年生の何月だったかな
初めて打ちっぱなし練習場とかで
父が連れて行ってくれたんで
やらせてもらいましたけど
最初空振りで
次も6スポ当たらないので
面白いなと思ってなかったんですけどね
それがその後のきっかけで
なぜかゴルフ部を目指すことになったと
なるほど
そうすると高校のゴルフ部で活動を
当然したわけですよね
そうすると最終的に高校3を終わるぐらいまでで
どのぐらいも70パーキル
要するにアンダーパーで回るぐらいのところまで行ったって感じ?
そうですね
すごいねやっぱり
高校卒業する頃にはそこまで行けました
なるほど
そうすると
その後はプロゴルファーっていうことも
考えたんじゃないかと思いますが
どうでした?
プロゴルファーはいつ頃まで目指したんですか?
25歳までですね
なるほど
もうきっかり25歳までという約束を
父としてました
なるほど
そこでやっぱり自分のプレイヤーとしての
一つの区切りをつけてということで
そしてその創業前に
ここにエピソードもらってるんですけど
「白いキャンバス」に描いたビジョンと創業
ロイヤルホストで白いキャンバスに
人生設計を書き出したって言うんだけど
これはどういう
これは会社始めて
25歳でゴルフクラブを置いてから
持ち前の営業魂なのか
商売を父も母も祖父も祖母もやってましたんで
やっぱり根っからの商売人の家計だったんだろうと思います
ある程度は何売っても
なんか偉そうな話ですけど売れちゃうんですよね
ですけどやっぱり
社員とか手伝ってくれる人とやるのが
僕は会社だと思ってましたんで
早くからそういうメンバーが中に入ってくれたり
僕が募集というか声をかけたりとかしながら
やっていた時に
3年4年経った頃に
すごく頭打ちになってですね
すごく悩みましたね
やっぱり自分の人生をちゃんと見つめ直さなきゃいけないなって思ったのか
もう本能です
そうか創業前って僕当たり前のように質問しちゃったけど
いくつか違うビジネスも考えた上で
この創業前っていうのはまさにステップゴルフの創業前夜
そういうことなんだね
おっしゃる通りです
この白いキャンバスにもろもろ
親のことだったりおじいちゃんおばあちゃんのことだったり
近くで一緒に関わってくれる人たち
あとは自分の年齢だったり目指してるものだったり
っていうものをすべて書き出して
もうルイヤルホストで朝から晩までいたんですけど
晩になるまでにもう紙が書いたのがぐちゃぐちゃになるぐらい
泣き崩れてたこともその時間の中にあってですね
そういうのがあってこそ
もともと創業期に考えたサービス業というか
せっかくやっていたゴルフの素晴らしさ分かっていたので
ゴルフをする人がなぜか増えてないよなと
やっぱり時間もお金もある人しかゴルフできないよなっていう業界というか
どこのスポーツ界にもあるかもしれないんですけども
課題があると分かってまして
それに対して自分ができることっていうのが
ゴルファーをとにかく増やすことだと
それで親子3世代で楽しんで健康になってくれたらいいという思いが
ふつふつと本当にもともとあったんです
結局そのビジネスモデルを
ビジネスのモデルを考えようっていうんじゃなくて
まさに白いキャンバスにまず自身のことを書いていく中で
そういうものに伝わることが湧き上がってきたっていうことかな
はい
さっき泣いたことも涙でぐしゃぐしゃになったこともっていう話があったけど
そうすると1日で書き終えたんじゃなくて
もう何度も何度も今の話を書き直したりしながらやったってことなんだ
はい お察しの通りです
すごいね
それはもっと最近までの話を言っても
5年に1度ぐらいはアップグレードしてますね
それが僕の中の事業計画の前の人生ビジョンみたいなものになっていて
今まで続けてこれたんだなっていうふうに思います
なるほどね 私なんかもうそんな本当に何となくみたいな
要するに今言われてるようなイメージでやっていこうっていうのは
あっても書き出して可視化するっていう作業をなかなかやらなくて
だから僕の中ではどこかでどのタイミングで整理されていくっていうのは
確かにあったんだけど
今の可視化するっていうのは本当に大事
大谷選手なんかがね やっぱりそういうふうにやられて
大谷選手より先輩だね 大谷選手より先にやってるよね
もしかしたらマンダラーチャートっておっしゃられるものの
もっと漠然としたものかもしれませんけど
同じような性質があったのかもしれません
素晴らしいね
今このラジオ聞いてくださってる若い経営者の人たちは
すぐにやるといいよね
僕が若い時これ聞いてたらもうちょっと今の会社なんとかなってたんじゃないかな
いや とんでもありません
いや 本当に
ありがとうございます
素晴らしいですね
ステップゴルフの誕生とビジネスモデル
さて その企業を決意してそういうバックボーンを持ちながら
実際にまず何から始めたんですか
ステップゴルフをやっていこうっていったとき
頭打ちにさっきなってキャンバスに書いてということで
僕は25歳で創業 最初会社作ったときから
今20年目になるわけなんですけども
ステップゴルフ 今14年目なんですね
なるほど
ですので5年間ぐらいはそのような頭打ちになるまで
営業活動とかいろんな商売を経験しながら
売上を作って食い口を作ってやってきたんだと思うんですけど
やっぱりおじいさん お父さんのものを引き継いでもいるし
それなりに売れてるけれども
そこにやっぱり頭打ちを感じて
そこに残ることなく次のステップ行った
そうです
それでステップゴルフか
いや 本当にその思いも入ってます
人生の踏み台にというかステップにしてほしいという思いでもあります
自分自身も本当そうですしということで
最初に考えたのはさっき創業時に
もともと漠然とも考えていた
ゴルファーが増えていけば社会が良くなるという
そういったサイクルというか循環を起こしたかったので
ゴルファーを増やそうと考えたんですね
ゴルファーが増えない仕組みになってるっていうことが
時間とお金も両方ある人しかゴルフをしていないようにも見えていて
だから主婦の方とか若い人でもゴルフ始められる
リーズナブルでかつ続けやすい始めやすい
インドアゴルフスクールが必要じゃないかというように
これも20年前から考えてたんです
そのステップゴルフを始める前から
はい
ただ今でこそ言語として理解してますけども
ソフトサービスじゃないですか
物体がないものなので
何とか自分が商売というものを経験しないといけないので
物販をするべきだと考えて
岩崎八太郎さんの昔の話を聞くと
町で仕入れた魚を山の上に持って行って3倍で売ると
それ喜ばれると
3倍で売ってるのに喜ばれるってどういうことだろうとか
そういう商売の原理みたいなものを
ちょっと学ばなきゃいけないじゃないかと
かっこつけて言うんですけど
本能的に思ったんですよね
だから最初は物販だと思って一生懸命物を売りました
そうやって5年間やってる間に
だんだん自分がソフトサービスというか
物じゃないものを売るというか
喜んでお金をお支払いいただいて続けてもらって
良くなってもらえるっていう
そんなことを考えてたのが
ゴルファーを増やすことだったんですけど
町中でゴルフを始めるという概念がそもそもなかったので
うちっぱなし練習場が関の山で
だいたいはもうゴルフコースしか想像されないと思うんですよね
なので車も必要お金も必要
ゴルフクラブはめっぽう高いと
そんな中からどうすれば
ゴルファーが掘り起こされるんだろうって考えた時に
4980円で習い放題
通い放題のステップゴルフが生まれました
なるほど分かりました
次回はここからステップゴルフの経営戦略
これを伺っていきたいと思います
また次週もよろしくお願いいたします
ぜひともよろしくお願いします
16:34

コメント

スクロール