1. 飛鳥山の窓から -TOKYO NORTH MOVEMENT-
  2. #118 こしのさんとご親戚?!..
2026-03-05 14:06

#118 こしのさんとご親戚?!滝野川ご出身のテレビの歴史をつくる放送作家・関さん|ゲスト: 関秀章さん

【今月のゲスト】 

放送作家 関秀章さん 
【今回のトークテーマ】 

・こしのさんとご親戚?!滝野川ご出身のテレビの歴史をつくる放送作家・関さん 

・滝野川での思い出は”トロリーバス” 

東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が

王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。

情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。

グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。


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サマリー

放送作家の関秀章さんがゲストとして登場し、自身の華々しい経歴と、意外な形でMC小篠さんと親戚であることが判明したエピソードが語られました。特に、生まれ育った北区滝野川の思い出として、都電とトロリーバスが交差する風景や、かつて野球場やカンケリ場だった飛鳥山の様子が語られ、地域の歴史と地形にまつわる興味深い話が展開されました。

00:05
飛鳥山の窓からTOKYO NORTH MOVEMENT
東京都北区飛鳥山
暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思うさまざまな人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
飛鳥山の窓からTOKYO NORTH MOVEMENT
パーソナリティーを務めます、小篠光洋です。
今、私がいる場所は、大寺飛鳥山にある邸宅の談話室。
こちらに帰宅、内外の多彩な企業家・経営者をお招きして、
グラスを傾けながらじっくり楽しくお話しする。そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
放送作家・関秀章さんの登場と経歴
さて、今月お迎えするのは放送作家関秀章さんです。どうぞよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。関秀章です。
さて、簡単になんて言っちゃいけないんだと思うんだけど、
これまでのご経歴などをちょっと教えていただけますか。
そうですね。ずっと話すとこれで1ヶ月分言っちゃうと思うんですけれども、
おそらくはそうですね、今68歳なんですけど。
あ、私の一つお兄さんだ。
ありがとうございます。弟よ。
よろしくお願いします。
20代の時にニュースステーション。
実は先日私の師匠の久美浩が亡くなりまして、ちょっとショックだったんですけれども、
久美浩さんと一緒に20代の時にニュースステーションを立ち上げた。
30代はビートたけしさんとTVタックル。
40代は紅白歌合戦。
50代は所さんと大改造ビフォーアフター。
60代はたけしさんと再び家庭の医学。
そしてブラタモリと。そんな感じ。
なんかテレビ紙に残るところに。
あ、ずいぶんカットしてますよ。
いやいやいや、でもすごいな。見てない番組ないもんね。
NHKのポップジャムとかもやってましたし、
ずいぶん忘れた番組もいっぱいあるんですけれども、
ただ自慢してるわけじゃなくて、
短い時間で経歴紹介しなくちゃいけないとなると、こういうふうな形になっちゃうんですけど。
ただ本席は放送作家なんですけど、いろんなことやってまいりまして、
ラジオのパーソナリティーもずっとやってまして。
夜の文化放送の夜対とかもやってましたし、
FMもやってましたし、テレビの司会もやってましたし、
テレビのコメンテーターも、今度残念ながら3月で終わってしまう、
あっこにお任せ。
それからブロードキャスターとかもやってましたし、
コラムも書いてましたし、とにかく何でもやらないと生きていけなかった。
いやいやいや、ものすごい。
貧乏暇なし。
多彩だね、メディアの中で。
そんな感じで大丈夫ですかね。
意外な親戚関係の発覚
その関さん、歴史上の人物みたいな方を今回お迎えしてるんですけど、
この方が実は私たちの地元の滝の川のご出身だって聞いて、
北区民はそういうこと聞くとすぐ嬉しくなっちゃうんですけども。
そうですか、滝の川も広御山して1丁目から7丁目まであるんですよ。
僕は滝の川の5丁目というところで。
真ん中の西菅野交差点の。
まさに西菅野交差点の真裏に住んでるんですよ。
きっとご地元の方はずっとご存知だと思いますけど、
首都高がぐにょんと曲がる。
あのぐにょんと曲がった下ぐらい。
シェルのガソリンスタンドの裏あたりですね。
すごいローカルな感じですけど。
いやいや、でも非常に有名なスタンドで。
たぶんここで聞いていただいてる方はみんなわかると思います。
あのあたりでずっと26年ぐらい育ったんですかね。
そうですか。
でも不思議なことによくみんなからどこのご出身ですかって聞かれるんですけど、
実は江戸っ子18代目って言ってるんですよ。
母の家が田中って言うんですけど、
今ちょうどここ王寺じゃないですか。
飛鳥山があるじゃないですか。
飛鳥山の向こう側、荒川サイド。
あそこはね、うちの母がですね、
あそこは全部うちだったからって言うんですよ。
関さん。
僕ね、遠縁ですよ。ものすごい遠いけど。
まじで。
握手しましょう。
どうもどうも。
田中家なんですよ。
僕のね、父の兄貴がいるんですね。
お父様のお兄様。
これの連れ合いですから、僕のおば。
これがね、田中一族から来てる。
親戚じゃん。
私の腰の建設っていう会社の前身。
旗の組っていう会社なんですけど、
この役員に田中真子さんっていう。
田中真子さんは母のいとこです。
前の堀舟の町会長されてた。
もうずっと前のね。
僕も何度も会ったことあるし。
役員を務めいただいたことあったりして。
お宅もずいぶん行きましたよ。
親戚じゃん。
ということでね、すごいご縁が分かったところなんですけども。
うちの母は意外とね、僕に似てね、
モルフォーなんですよ、話を。
だからね、嘘だと思ってたわけ。
子供の頃に。
小学校の先生だったんですけど。
モルからこれは嘘かなと思ってて。
そしたら実は5年ぐらい前かな。
そこの飛鳥山の博物館で、
田中家紋書店っていうのがあったんですよ。
いやいや、そうですよ。ものすごいメーカーですから。
びっくりしちゃって。
本当だったんだ。
それで一応戦々戦ずっと戻っているところから行くと、
母方ではありますけれども、
僕が18代目ということで。
だから亡くなっちゃった中村屋さんの、
カンザブローさん。
カンザブローさんとも非常に仲良かったんですけど、
あそこも中村屋18代目なんですよ。
なるほど。
それでね、一緒だねって言って仲良くなったっていう。
そうですか、恐れ入りました。
すいません、余計な話。
もう終わっちゃいます、これで。
大丈夫です。
いや、田中家ではね、レンガなんかも作ってたんでね。
だから本当に今でもですね、
王子のこの近辺、工業地帯でしたから、
新しい建物を建てようと思うと、
地下から機械の基礎がいっぱい出てきたりするんですよ。
建物の基礎とか。
そういうのはね、昔レンガだったんですよね。
そうですね。
だから僕が出てくるたんびに、
これ僕の先祖さんのお世話になった田中さんの建物なのかな、
って想像しながらね、やるんですけどね。
あのね、それでだから、
うちの母の、僕が持ってたと言われる話の一つが、
文豪の川端康成先生の、
トンネルを抜けるとそこは雪国だったっていう、
あの清水トンネル。
あのレンガもうちだっていうわけですよ。
いやでも、そうだと思いますよ。
俺はね、もう本当、お袋いい加減にしろよ。
嘘話もいい加減にしてくれよって、
当時言ってた思いがあるんだけど、
あのね、きっと本当だったんだと思う。
全部じゃないですけどね。
あそこの、今だと常磐線のあそこなんていうのかな、
北区滝野川の少年時代の思い出
日暮里からあっちの松戸に行く方とか、
高架になってるでしょ。
あのレンガはそうらしいですね。
それはこの間の博物館のときに拝見しましたけど。
だからね、意外にね、すごい。
ただそれがね、
腰野さんっちはいいですよ。
そのままほら、今も天下の腰野建設ってドンと言ってるけど、
うちは1929年の昭和の大恐慌で、
没落しちゃったんですよ。
それで祖父は、僕会ったことないですけど、
区役所か何かに勤めることになる。
だからね、小さい頃は良かったのよって、
これまたね、それもだいたい持ってると思って、
ずっと思ってなかったんですけど、
やっぱり親の話とかね、
親御像の話っていうのはちゃんと聞くもんだろうね。
いや本当ですね。
なんかあの、
ほうじの茶飲み話みたいになりましたので、
ちょっと次に行きたいと思いますけども。
僕と1歳違いお兄さんということで、
当時少年時代とかの北区滝野側の雰囲気とか空気感とか、
今の若い人にちょっと教えていただいて。
そうですね。どうですか?
王子もこんな感じでした?
都電がまず通ってましたよね。
あのね、都電がね、
都電ともう一つトロリーバスっていう、
バスで上に電気で走るね。
バスの上にアンテナみたいなのが立ってて、
それとバス、それが西津川の交差点で交差してたんですよ。
これがね、昼間からベベベベベっと火花が散ってた。
そうなんですよね。こう曲がるときにベベッとこういうね、火花が。
あれがね、楽しみでね。
であの、今の白山通りを都電が走ってたっていう、
あの都電のガラガラガラって音ってのは非常に確かにね、
当時の思い出っていうかBGMっていうかね。
でもうほとんど電車沿いのところに住んでたんで、
あの非常に電車ってのは非常に深くありますね。
そうですよね。やっぱりちょうどこう曲がるところだから、
カッカッカッカッカッとかね、ブレーキがカッカッカッとかね、
印象的な音がして。
そうですね。あとまあそうですね。
あとね、やっぱりここ今、渋沢FMですよね。
その渋沢邸ね、渋沢邸でよくカンケリやりました。
そうなんですよね。まだあんな整備されてなくて。
いや、廃墟だったんですよ。
そうですよね。本当になんかこう、忍び込むみたいな感じ。
忍び込んでましたね。
そんな感じでした。
だから飛鳥山っていうのも、隣の学区にはなるんですけど、
歩いて15分ぐらいですから、自転車で来たりして、
飛鳥山遊びに行こうよって言うと、必ずカンケリをやるってことになって、
飛鳥山がね、野球場だったんですよ。
そうです。もう砂ぼこりの日の野球場でね。
野球場。それで、その奥の方になんか変なのがあるよってことになって、
そこはね、カンケリ場だった。
それが今の渋沢邸なんですよね。
僕ね、TBSの渡辺健太郎さんっていうアナウンサーがいらっしゃったじゃないですか。
あの方、野球大好きで。
僕は塚山球場はよく行ったんだよって言われたことありますけど。
渡辺健太郎さん、高校の先輩ですか?
そうです。小石川ですよね。
渡辺健太郎さんがおっしゃってるように、
僕も一番最初に野球やってたっていうのは。
ちょっと聞いてる一人。
渡辺健太郎さんっていうのは、TBSの名アナウンサーでね。
野球実況の本当にエキスパート。
お上手でね。
本当に素晴らしい方です。
ご存知のうち、僕も何度もお会いしたことがあります。
そうですか。僕は結婚式の司会なんですよ。
あ、そうですか。
結構そんなこんなで、野球場っていうのは思い出。
僕も一番最初は、父と一緒に写真が残ってますね。
そこでキャッチボールみたいなことをした。
でもそれって本当にね。
もう博物館にちょっといただきたいような写真だと思いますよ。
だんだん機会があったらね。
気がついたら野球場なくなってました。
そうなんですよ。
それで整備されて、噴水のある公園ができて。
あの公園も嫌いじゃなかったです。
非常に良い公園だったんですけども。
滝の川はそこから行くとちょっとこうなんていうんですか。
どっちかっていうとね、池袋を向いてるんですよ。
あの滝の川っていうのは正直。
そうですね。
うちの前からだとバスに乗ると3つぐらい池袋がつきますし、
歩いても15分か20分で行っちゃう。
今は高い建物がありますけど、当時はあそこね、
河岸段階になってるんで、丘の上っていうのかな。
6丁目の辺りからだと、池袋のデパートのアドバルーンが見えてましたね。
なるほど。
ずっとこう、ちょっとね。
下って下ってきますからね。
下りますよね。下って上がるみたいなね。
そうそうそう。
だけどまあだいたい下ってくるから。
面白いですよね。やっぱり地形の話は後でしますけども。
滝野川の地形と歴史
やっぱり滝の川っていうところは23メートルから5メートルで標高は高いんですよ。
だから非常に昔は結構景色も良かったんじゃないかなと思いますね。
僕、池袋から来てですね、下がる手前のところから向こう側が見える。
それで今、飛鳥山の向こうに結構高層のマンションがあるんだけど、
あれが夕焼けに照らされてるって大好きでね、
すごい広々した感じがするんですよ。
だからあれが本当に周りが何もなかった時代は、
なんか綺麗だったろうなって気がしますね。
こしのさんね、おそらくね、実は明治通りが昔何だったかって知ってます?
明治通りですか?
明治通りが堀なんですよ。
堀割りってね、あそこ上がりますね。
家でしょ。今も定理所があるぐらいですから。
だからずっと洋水があって、
その洋水っていうのはおそらくその土地の高さ、高低差っていうから、
それを使って流してたんじゃないかな。
自然にね。おとなし川の方から引っ張ってきてね。
で、あそこに行って下がるのは、あそこのところにもう一個川が、
今の八田川っていう川があって、
それがずっと藍住川の方に行くんですけど、
そことの交差点だったのかなとかね。
そういうことを考えると非常に楽しいんですけどね。
本当にね、今まさに某有名番組の構成に関わるようなお話なんですけども、
本当にそういうところは実は来たくて、面白くてですね。
面白いですね。
とにかく関東平野の一番端っこのね、
ダンキューのあるところですね。
そうですね。河岸ダンキューですからね。
その面白さっていうのはまたそこもですね、
詳しくお話を伺いたいと思います。
エンディング
もうついつい親戚話が入ってしまったので、
ちょっとプログラム崩れましたけど、
まず今週はこれでお話を終わりにさせていただいて、
次週またよろしくお願いいたします。
失礼しました。
ありがとうございました。
14:06

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