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#141 北区飛鳥山から広がる産地の絆|ゲスト: 畑川麻紀子さん、山田浩太さん、梶谷篤史さん
2026-08-13 17:06

#141 北区飛鳥山から広がる産地の絆|ゲスト: 畑川麻紀子さん、山田浩太さん、梶谷篤史さん

▼今月のゲスト 

「North Gate構想」北区担い手みらい塾team Aより 

 

JimoKids代表 畑川麻紀子さん 

北区役所/「公務員ただいまはみ出し中!」パーソナリティ 山田浩太さん 

株式会社みのりプロジェクト代表取締役 梶谷篤史さん 

 
▼今回のトーク内容: 

ノースゲート実証第1号「きりたんぽ」の挑戦/産地の文化と誇りをそのまま東京へ連れてくる/「産地の名前を正しく呼ばれたい」鹿角が抱いた願い/飛鳥山公園を埋め尽くした、予想を超える完売の熱狂/生産者へ直接届ける「食べている時の感動」/仕事終わりの弾丸ツアー、秋田まで片道8時間の強行軍/「食べたことがないのはカッコ悪い」現場へ飛び込む公務員の意地/歴史と食が繋ぐ、酒田市プロジェクトという次なる一手/「東京で何かをやりたい」地方が抱く強烈な憧れと欲求/「おもてなしの連鎖」が生む、北区と地方の好循環/外から来るものを拒まない、北区民の圧倒的な寛容さ/公式の枠を越えた、多都市が混ざり合う「ぐちゃぐちゃ」な交流の未来/震災派遣での個人の絆を地域の繋がりへ還元する/「はみ出し」の交流が次なる玄関口を拓いていく 

 

▼撮影協力 

Bar purest note 

〒114-0002 東京都北区王子1丁目27−15 

HP:https://www.purestnote.com/ 

 

🌸飛鳥山の窓から -TOKYO NORTH MOVEMENT-🌸 

東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が 
王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きします。 
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。 
グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。 

 

 

 パーソナリティ:こしのみつひろ  

創業100年を超える越野建設株式会社代表取締役社長。 
独自のRC建築ブランドや「音楽マンション」を展開し、地域に根ざしたまちづくりを推進。 
東京商工会議所北支部会長として、東京北区の未来づくりにも尽力している。 


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サマリー

北区の「ノースゲート構想」を推進する畑川麻紀子さん、山田浩太さん、梶谷篤史さんをゲストに迎え、産地の文化や誇りを東京へ繋ぐ取り組みについて語る。第一弾として秋田県鹿角市の「きりたんぽ」イベントが飛鳥山公園で開催され、予想を超える盛況ぶりで完売。この成功を皮切りに、山形県酒田市との連携プロジェクトも始動。東京への強い憧れを持つ地方との繋がりを深め、北区の寛容な土壌が「おもてなしの連鎖」を生み出し、多都市が混ざり合う未来への期待が語られた。

ノースゲート構想と「きりたんぽ」イベントの挑戦
パーソナリティーを務めます、樫野光弘です。 今週も3人のゲストの方をお迎えして、ノースゲート構想についてお伺いしています。
さて、ノースゲート構想の中で、 いろんなこういうことをやるんだよっていうふうに書かれたそうですけども、その第1号のやるぞっていうのが
霧担保? 霧担保のイベントっていうのをやろう。 これ何ですか?
これですけれども、ノースゲートをやるってなった時に、やっぱり北の玄関口として、実際にやっぱその産地の人との繋がりっていうか、もうその産地の文化だったでしょうか、もう全部含めて来ていただきたいなと思っていたところで。
霧担保だから秋田だよね? そうなんですよ。 秋田のどこの場所から来ていただいたんですか?
鹿津野っていう。 鹿津野っていうとどっちかな? 鹿の角なんですよ。
ちょっと秋田の中でもちょっと岩手県寄りのちょっと外れたところ。 山の方へ寄った方なんですね。
なのでそこと弊社がですね、かなりもう創業の時からずっと長い付き合いがありましてですね。
でこういうことを、鹿津野さんの方も東京で、実はこう鹿津野っていうものの名前を間違わずに呼ばれるようになりたいんだとか、
若い生産者さんだったり商店の方に東京ってもの知ってもらいたいんだみたいな話はずっと公開はしてたんですけど、私ただの民間の人間ですから、そんなのをどこかで発揮する場もなくただの取引をするっていうところに留まってた。
そこへこのノースゲート構想っていうのに書いたっていうことがあって、そこから動き出したんですね。
こんなあるんですけどご協力いただけませんか? ったらもうじゃあぜひとやりましょうみたいな形で言っていただいたのが鹿津野だったと。
なるほど。 具体的に言うと僕も行きましたけどそこの三角公園のところでやったんだよね確かね。
始まりはそうだよね。 その後にさらに未来塾っていうものを1年の期間なんですけど、それ終わったもうその次の年ですよね。
次の年の冬に飛鳥山公園で大々的に。 そうだそうだ飛鳥山公園でもやったね。
そこにも来ていただいて、鹿津野から来ていただいて、霧田んぽ、発祥の地なんですよ。
昔ね東住所に霧田んぽっていう店がありましたね。
僕らちょっと行ったりしてね、あそこのお父さんとお母さんが作ってくれるのも美味しかったんだけど、確かあそこから思い出しました。
飛鳥山のも美味しかったですね。 そうそういうところあるぐらいいらっしゃるんですよね。
由来のある方々が。 こちらとしては未来塾で構想を出したのは3人プラスアルファぐらいだと思う。
あとどういう人たちが協力してやったんですか?
いろんなところにお声がきましたけど、やはり山田さんの所属されている。
帰宅部のメンバーもすごく協力してくれましたし、あとは未来塾のチームAじゃない?
他のメンバーですね。 BCDEFメンバーもすごい手を貸してくださって。
あとJCの連中とか。 JCの皆さんも来ていただいてました。
JCなんかだと向こうの青年会議所とのつながりもあったりとか。
そうですね。それのきっかけに行くと、何の気なしに知り合ってた人が、
僕実はカズノのJCなんだよみたいなやつに知り合ったりとか。
ネットワーク広いな、JC中だけで。
特に向こうで志を持っている経済人って結構JC入っている人が多いですよね。若い人ね。
さて、これやってみて、まずノースゲートコースの第1弾の実証として、どういう成果でした?
すごい混んでてびっくりされましたよね。
すごい混んでましたね。
反響はすごかったですね。
思ってた以上の人入りで完売しちゃって、むしろ買えなかったっていう。
おいしい切れたんぼがただで食べられるといえばね、人は集まるっていうのもあると思うけど、
それだけじゃないでしょ。だって寒い時だしさ。
切りたんぼだけ売ってるわけじゃないでしょ。
切りたんぼ以外にもブッサン、その他。
帰宅のメンバーからもね、王子からもお店出してもらったり。
そうかそうか。
帰宅の事業者もカズノのものを使って、切りたんぼを使って何か出すし、
向こうは向こうでも本当の本場のものを作って出すしみたいな、
そういうやっぱり合わせて、両方でやるみたいな。
なるほど、なるほど。
じゃあその中でもって、さっき言われた民間のネットワークの中で、
いろいろ個別にも交流して、
じゃあこういう、うちはこういう店なんだけど、こういう材料ください。
そうですね。取引が始まるといいなっていう。
ただそのイベントだけじゃなくて、
今後もずっとそういうのが食べられる場所でありたいなっていうのがあるんですよ。
なるほど。
今、山田さんから取引が始まるといいなっていう、そういう思いを入れた。
公務員の現場への飛び込みと産地への想い
これって結構行政としてはかなり踏み込んで、現場に飛び込んでいくっていうことだと思うんだけど、
山田さんとしてその意味って言語化するとどういう感じ?
地域と地域がつながるっていう言葉、すごく耳に優しくて素晴らしい言葉だと思うんですけども、
それが風景として見えるってなかなかないことだと思うんですよね。
切りたんぼフェスはそれを言語化というか目視化したすごく分かりやすい事例だというふうに思っていて、
実際に東京に来たいぞって人たちが自分たちの街を知って欲しいっていう願いの下、
ご努力していらっしゃって、その努力が直に、
カルチャニさんがよく使う言葉を引用させていただくと、
生産者さんたちって食べてる時の感動は得られないから、
その感動を届けるのが自分なんだっていうカルチャニさんの言葉があって、
私その言葉すごく好きなんですけど、
まさにその感動を見に来るっていう、目視できるっていう、これ本当に素晴らしい。
なんかカルチャニさん、山田さんから弾丸ツアーに巻き込まれた。
これ何なの?
僕はさっき山田さんおっしゃったように、
お客様に提供した時の感想とか、我々使ってみた感想みたいなのを、
産地の方に必ずお戻しに行くんですよ。
それはもう私も長い休み取れないから、
仕事終わって車で秋田まで7時間8時間かけて行って、
産地回ってそのまま夜、一緒にお酒飲んでご飯食べて、
次の日帰ってくるみたいなのをやってるんですよみたいな話をしたら、
ぜひ行きたいですって言うんで、
じゃあ助手席に乗るんだったらいいと。
じゃあ山田さんに巻き込まれたんじゃなくて、
普段やってる弾丸ツアーに山田さんが乗っかってきたってことですね。
そうです。
一緒に行ったわけ?
一緒に行きました。
日本でもずっと休憩なしぐらいでも。
きりたんぽフェスやるっていうのはきりたんぽ食べたことありませんわ。
かっこ悪すぎるなと思って。
それはひどいね。
行って、これかって言ってやってきたっていうのは。
なるほど。
それで秋田まで大成功っていうことで、
新たな連携:山形県酒田市プロジェクト
これは当然盛り上がって次だって話。
これは何も構想の中には書いてなかったんだけど、
第2第5戦。
それが山形県坂田市プロジェクト。
これはどういうものなんですか?
坂田市は最初は何から始めた?
やっぱり帰宅としてやるんであれば、
有効都市としてある坂田市は絶対にやりたいと、
帰宅側は思っていたところだったんで、
それでやりたいなってところがあったんじゃないかなと思います。
戦争中に疎開をされてたとかね、
そういうご縁もあったりとかということで、
昔の人に僕は聞いたことがありますけど、
そのご縁をさらに次世代につなげていくのが、
やっぱり植っていう部分。
まず大地は植だった。
坂田ってなかなか面白い町で、
北前船の時代から経理地になってたりとかっていうんで、
なかなか文化的にもね、
今なくなっちゃったのはね、
面白い映画館があってね、
坂田市の中に昭和の映画館を残してて、
しかもそこが文化の拠点みたいになって、
面白いですよね。
その中で、
梶谷さん毎年実は坂田祭りに行ってんだって?
そうなんですよ。
これは青年劇場JCのご縁もあるんですけど、
坂田祭りの前夜祭っていうのを、
坂田さんのJCが仕切ってやってるんで、
それの交流の関係で、
お手伝いをっていうところで、
3年か4年前くらいからやってて、
それやってるんだったら僕も行きますって言って、
行ってるところから。
結構不便なんだよね、坂田って出るのがね。
新潟から行くの?
結局車から。
電車とか飛行機とか非常に難しいんだよね。
省内空港から意外と近い。
そうですか。
あれは坂田と鶴岡の間にあるので、
意外と行きやすいんですけどね。
そうやって若い向こうの方たちとお付き合いしてると、
今、私が北区の会長を務めてる東京商工会議所の
会頭の小林さんなんかもよくおっしゃるんだけど、
やっぱり東京への憧れとも言えるし、
それからやっぱり東京で何かをやりたいっていう欲求って、
東京の皆さんが考えてるのとは全然違うレベルで、
やっぱり地方の人って考えてますよっていうのをね、
よく小林会頭おっしゃるんですよ。
そういう感じあります?
すごいあります。
東京で何かをやる。
北区の寛容さと多都市交流の未来
本当にだから坂田っていう場所が何か生まれるっていうだけで、
それだけで意味があるというぐらいですよね。
だから我々北区、東京を代表するみたいなこと言うと、
なんとなくちょっと気恥ずかしいっていうか、
ちょっと港区の視線を感じたりとかおっしゃうんだけど、
やっぱりこの23区の中にしっかりあるっていうことは、
やっぱり地方の人たちとやっていくときに、
ちゃんと果たせる役割があるっていうことなんでしょうね。
私たち北海道出身ですね。
ノース側から。
ノース側から。
ノース側から言うと北区って割とホームな感じがするらしいんですよね。
するする。
僕の祖父も北海道の車庫さんですからね。
本当に大宮が北の玄関口とかって言ってるんだけど、
その昔はやっぱり赤羽だったしね。
だからあちら側からの人たちについても、
あそこまでだったら手が届くみたいな感じのところがあるのかもしれない。
だからみなさん伸び伸びとやってるなっていうのが見てるんで、
僕はすごい読みが。
そういう意味で東京の一員として、
地方の方といい連携をしていく。
ちょっと上から見せるのは違うかもしれないけど、
受け入れていくっていうのの面白さって、
畑川さんどういうところで感じますか。
面白さ。
それこそ、やっぱりいろんな町の人たちがどんどん来るっていう、
その楽しさを自分たちで仕掛けてるっていう、
そういう面白さなんじゃないかなって。
こっち。
どうですか、山井さん。
そうですね。
おもてなしの数の酒田の皆さんが、
帰宅にお越しくださいって言ってお招きをしてて、
その皆さんが帰宅民の皆さんをおもてなししてくださってるっていう、
とてもいい循環な気がしてますね。
おもてなしの連鎖というか、
楽しませようとすることの連鎖、つながりみたいなことを、
すごい感じてます。
僕らずっとやってきて、帰宅の良さとか、
やっぱり非常に下町情緒的なものはあるんだけど、
そこに支出するんじゃなくて、
外から来るものに対して非常に寛容だと思いますよね。
というのがすごく、
僕は帰宅の美点というか、帰宅民の美点というか、
楽しくやろうよというところがありますよね。
排斥しない感じはありますよね。
ありますよね。
どう岡谷さん、実際に実践していて。
最初何もなかったところに、
まず最初店を作って、そこからやった時に、
すごいウェルカムだったんですよね。
店やって頑張って応援するよとかやってくれてありがとね。
いろんなものを連れてきて、面白くてやってるね。
本当にそのウェルカムな感じが、
患者の帰宅というところの可能性も感じていますね。
姉妹都市というか、連携都市というものに着目して、
次は酒田ということをやっていただいたんだけど、
区役所が従来そうやって結んできたところとの関係性に比べて、
山本さん、区役所の中にいる人として、
何か違いみたいなの感じます?
酒田はもちろん有効都市というのがあります。
カズの遊びでは有効都市ではないんですけども、
だからフリーハンド気味に、
いろんなことがやれる自由度みたいなのがあるといいなと。
例えば神羅町なんかさ、交流があってさ、
向こうにね、帰宅のお金を出して立派な建物を建ててとか、
スポーツ交流みたいにしてたりとか、
それはずっと役所とスポーツ協会みたいにやってるじゃない。
でもなんかさ、聞いてるとさ、
なんか違うよね。
僕らが昔の感じと。
もっとぐちゃぐちゃっとしてるっていうか。
なるほどなるほど。
ぐちゃぐちゃの中にオフィシャルな神羅、中野城って仲間の皆さんも
飛び込んでくるというか、
うまく混ざり合っていくような未来になっていくといいなってすごく思います。
そうそうそう。
何も一対一だけでやってる必要ないんだし。
なんだかわかんない。
いっぱいいろんな都市が来てみたいな。
そういうのあってもいいよね。
なんかそういう意味では、
次なる連携都市。
もうちょっとこういうとこ新しい仲間を増やせないかなとかって、
「はみ出し」の交流が生む新たな繋がり
なんかないですか?
どうなんですか?
でも東北、新潟、長野と含めてですけど、
北の玄関口ってあるところは、
僕は全ての自治体が可能性あるし、
全ての自治体が来るぐらいのところを目指したいなと思ってます。
なんか具体的な名前はちょっと私わかんないんですけど。
募集したら、はいはいはいはいって手が挙がる未来だったらすごくいいなって思います。
そのぐらい北国魅力を感じてくれればいいなと思いますよね。
畑川さんはどうですか?
なんかこういうとこと、
逆にこちらがすごく魅力を感じてるんで、
こういうところと仲良くしたいなみたいな。
私は北海道の東側出身なので、
清水町そうです。
清水町ね、今でもある。
やっぱ北海道って、
北海道一個でくくられちゃうから、
中の市町村見てもらえないっていう辛さがある。
めちゃめちゃ広いからね。
全然その北海道のひとっくりっていうのとは全然違うしね。
そもそも釈迦丹もね。
そうなんです。
今ね、実はね、釈迦丹町の人からお会いを受けて、
釈迦丹町が実は町になって70周年なんです、今年。
それで、ぜひ来たくてっていうね、
東京でやりたいんで、
いろいろ教えてくださいっていう話を、
実はちょうどもらってるところで。
だから、本当にいい形でね、
あんまり重くならない形で、
いろいろできるといいなと思ってます。
山田さんどうですか、新しい典型って。
そうですね。
民と民が始まる方がいいと思いつつ、
公けっていうことでちょっとわがままを言うと、
昔、被災地派遣で気仙沼に行ってたっていうのがあって、
同じ仲間が釜石に行ったり福島に行ったりしてたんで、
なんかその時に仲良くなったつながりみたいな、
結構みんな切れてなくてずっと続いてるんですよね。
それが飛鳥山とか北区のいろんな場所に顔を覗かしてくるような、
あの時の苦労を分かち合った仲間みたいな感じの交流が始まると素敵かな。
いいよね。
それはでもさ、間の交流じゃないよね。
だから要するにお役所っていうところにたまたま居た、
それぞれの個人のつながりが何か地域同士に広がっていくみたいなさ、
それは素敵だよね。
だから向こうではみ出してるのを見つけてきて。
はみ出す交流かよ。
ということなんでしょうね。
じゃあ次は企画を通してね、
北区のことをちょっといろいろ話し聞いていきたいと思います。
また来週よろしくお願いします。
17:06

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