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はじけるトイとつまんで
てつがく!
てつがくポップコーン
こんばんは、TOKAIYOです。
このポッドキャストは、ポップコーンのように軽やかで、
かむほど味がする、手のひらサイズのはじけるトイをつまんで味わう、てつがく対話番組です。
というわけで、3回目のてつがくポップコーン。
今回はまた新たなメンバーで番組を作っていきます。
ゆきさんとすなどけいさんとパキラさんです。
お願いします。
ゆきです。
普段は教育とITの掛け合わせたような企業で働いています。
好きなポップコーンのフレーバーは、新宿にあるちょっといい映画館の食べ放題のポップコーンで、
塩とキャラメルのハーフ&ハーフです。
よろしくお願いします。
すなどけいです。
仕事は医療関係の仕事をしています。
好きなポップコーンのフレーバーは、私も塩とキャラメルです。
よろしくお願いします。
お願いします。
パキラです。のんびり生きています。
好きなポップコーンのフレーバーは、スパイス味です。
よろしくお願いします。
お願いします。
スパイス?
スパイス味です。
私は塩一択ですってことだけは伝えておきたいと思います。
それでは、対話に入っていく前に、この時間が対話的であるために、3つのルールを説明したいと思います。
1つ、人の話をよく聞くこと。話の途中で評価やジャッジをせずに、まずは相手の話を受け入れましょう。
2つ、誰かの言葉を借りてこないこと。誰かの言葉の引用ではなく、私はこう思うを大切にしましょう。
3つ、諦めないこと。人それぞれで諦めず、それがスタートになるようにしましょう。
こんな感じで、無理に結論を急がず考えていければと思います。
そしてこの番組、時間が決まっておりまして、時間が来ましたらこの音が鳴ります。
その時点で哲学対話を終了となります。
それでは始めていきます。今回のテーマのスタート地点は、
長生きしなきゃダメです。
いいテーマ。
長生きか。
ゆきさん、長生きしなきゃダメのテーマ、いいよねって言ってたけど、どうしてこのテーマにしたいなと思ったんですか?
長生きしなきゃダメと思ってないんだけど、近くにいる人とか、自分が近くにいる人から思われてることを考えると、
長生きしてほしいなって多分思うと思ってて、なんか自分が考えてることと求められてることがなんだか違うなと思って、そこをちょっと話したいなと思いました。
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あれ、砂時計さんも選んでましたっけ、これ。
ちょっと違うやつだったかもしれないけど。
あ、そっかそっか、ごめん。適当だった。
でも長生き、私はしたくないです。
例えば家族がいる人は多分周りからそんな感じで長生きしてほしいって思われてるから、そう思わざるを得ないというか、思わなきゃいけないのかなって思っちゃうのかもしれないけれど、
私結婚もしてないし子供もいないので、言ったら多分どのタイミングで死んでもいいみたいな感じの人生なので、
ってなると、ずっと元気で長生きできたらいいんだけれど、
なんかあんまり好きじゃないけど、やっぱりこう自分がこう体が老いてきて誰かの手を借りないと生きていけないような状況にならざるを得ないのかなって思ったときに、私はちょっと独身でこれから先多分結婚とかしないかもしれないので、
そうするとちょっと人に迷惑をかけてまで生きていくのがちょっとしんどいなって今はずっと思ってて、
だからなんかこうぽっくり60とか70とかなんかそのぐらいで死ねたら超楽だなって常に思ってます。
わかる。
桜さんは?
そうだな、私も実はあんまり長生きはしたくない派で、
そうなんかやっぱり結構自分のおじいちゃんがあんまり体が自由にならなくなってしまってもまだそれでできることが少なくなっていって、
ちょっとどんどん元気がなくなっていくみたいなものを見てしまったりっていう経験もあって、
それだったら本当は元気で体の自由が利くうちにいろいろできるうちにさっとぽっくりっていう言い方も変か。
でもそこまで長生きしたいなっていうふうには今は思わないかな。
なんかこのタイトルというかお題が長生きしなきゃダメのダメがなんかすごい私の中で引っかかってて、
要は長生きしないとダメですよっていう風潮だなって多分これお題を挙げた人はそう思っていて、
でもそれに対して疑問を呈してるっていうことなんだよねって思って、
そうすると今話し聞いててもあんま長生きしたいと思ってる人いないんだけど、この場だけか特集案件かもしれないんだけど。
でもやっぱ社会がちょっとなんかその自己責任論とかをめちゃくちゃ言ってるっていうかなんかこういう今のご時世なのも相まって、
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なんか人に迷惑かけるなんてみたいな風になんか思わされてるみたいなところはやっぱあるなって思ってて、
なんかお互いに迷惑かけ合っていいぜみたいな、なんかそういう優しい社会だったら普通に長生きしたいって思えるんだけど、
そうじゃないからなんかそういう風な選択をなんかせざるを得ないみたいないう風な気持ちはちょっとあるかなーみたいな。
なんか思わされてるってすごいキーワードな気がするね。
なんか自分では思ってるのと外から何かこうさせられてるところがなんか複雑な気がすごくした。
なんか広告で、広告だったかな何だったかちょっと忘れちゃったんだけど、アンダーヘアーを剃りましょうみたいな。
で、若い人たちのアンダーヘアーを整えるやつじゃなくて、介護とかに行くときにアンダーヘアーが邪魔だから、
それが介護従事者にご迷惑をかけしてしまうので、アンダーヘアーを剃りましょうみたいな。介護脱毛みたいなやつ。
初めて知って、あ、そうか、毛が生えてることはご迷惑なのかっていうのがまず一つあったのと、
あとあなたたちの年だらどうせ白髪混じりの毛だから、それはもう本当ちゃんとそれ言うのも剃れるようになってますとか、
なんかいろいろわーってなっちゃって、今度は死にに行くための準備でお金稼ぎされてるなってすごく感じた。
迷惑×長生きしたいっていうのはみんなの願いだけどなかなか難しいことですよね。少しでも負担は減らしたいけど。
難しい問題ですよね。難しいって言っちゃうけど。
長生きするのってそんなに迷惑かな。
迷惑ではないけど、迷惑をかけちゃうんじゃないかみたいな思いが、
自分ができないことを人に頼っちゃうっていうことが迷惑になっちゃうかもしれない。
誰に迷惑をかけるのかっていう問題もあって、
私たぶん結婚しなかったら、この先すごいちょっと疎遠な親戚とかにお願いすることにもしかしたらなるかもしれないんですけど、
今の段階で大学生とかの妹っ子たちが、お金残してくれるんだったら世話してやってもいいよって言われてて。
分かりやすくていいんだけど、ちょっと味気ないなみたいな風には思ってて。
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やっぱり人のケアをするとか、人の面倒を見るとか、病院に連れて行くとか、
そういうのって自分の時間を割いてその人のためにやるっていうことだから、
私とその親戚って全然そういう関係じゃないけれど、
私は医療関係なので、病院で働いてると何かにつけて手術の同意書とかだったりっていうのは、
手の繋がった血縁者がそこにサインを書かなきゃいけないっていうタイミングがやっぱり多くあって、
ってなった時に、どれだけ仲がいい友達がいたとしても、そこには全然仲良くない親戚とかをわざわざ呼んできてとか、
来てもらってそこにサインしてもらわなきゃいけないのかなとかいうようなことを見ると、
しかも迷惑かけたら絶対こいつら嫌がるだろうなみたいな、親戚だからちょっと、うーんみたいな。
長生きしてこの人たちのお世話になるって考えるとちょっとしんどいなって思うしもあるし、
一方でだから家族を主体とした誰かをケアするっていうシステムに対してもちょっとどうなのかなっていつも思ってます。
めちゃくちゃわかります。私は入院した経験があって、ちょっと長い入院だったんですけど、
その時に毎週付き合っている人が面会しに来てくれたんですけど、家族じゃない他人だからどうしても私の家族と面会に来なくちゃいけなくて、
もし他人だったら、例えばどっちかが死んだら面会とかに来られないんだよねみたいな話があって、
本当に家族じゃないとこういう時に何も介入できないんだっていうことがあって、それで結婚したっていう経緯があるんですよ。
それまでは全然結婚しようとか何も考えてなかったんだけど、どうしてもその医療になると家族じゃないとどうにもできない部分があるよねみたいな。
血縁じゃないとどうにもできない部分があるみたいな。
一人じゃないと、一人のもしパートナーがいないで独身の人でも手厚くケアが受けられるようだったら、長生きしても安心なんだけどなって思ったりします。
長生きしなきゃだめ、すごい私本当このテーマ文章の文字がものすごいずっと気になってるんですけど、長生きができない状況だった人たち、
例えば戦争の時の人たちとか、健康病気を患っている人とか、すごく本当に切実に長生きをしたいって思っている人たちが人口の大多数を占めていた時の長生きしようねとか長生きすることが大事だっていう、
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その時代のやつをそのまま今のこの時代に持ってきたとしたらやっぱりぶつかっちゃうよねっていうのはすごく感じているし、もちろん長生きしたい人はしたいだろうし、したくない人はしたくないだろうけど、ただその長生きしなきゃいけないよねみたいな通念、感覚だけはずっと一緒に持ってこようとしているような。
なんかちょっとハマってないというか、今の感覚の人たちに合わない感じがあるから、やっぱりこういうテーマが長生きしなきゃダメっていうテーマが出てくるんじゃないかなって思うなーって思ってて、私、健康産業的なところに一応いるので、長生きしようっていうよりかは健康でいたいとか、それこそ年を取ってても元気でいたいみたいな人たちとすごくよく会う。
なんかやっぱりお金と比例数になってちゃうと思っちゃったりとかして、やっぱりすごいお金持ちの人が多いというか、お金持ちの人は、そりゃあなんかすごい30種類の野菜のランチ食べてるし、
毎週毎日ジム行って、レストリン行って、サウナ行って、ご飯も気にして、長生きしたいし健康でいたいんです、みたいな、ですよねーみたいな感じなんだけど、
片栄はやっぱり違うところを見ると、特に私は健康産業にいないから、本当に全然食に興味ないし、自分も長生きしたいと思ってないから、
今日本当小麦しか食べてないやーみたいな、グルテンフリーという言葉があるのに、自分だけフルみたいな、今日グルテンフルだったわーみたいな感じの日とかもあるし、
だから、ちなみに今日、すごいちょっといい野菜食べたらお腹壊しちゃって、
ダメだもう、あまりにもダメなやつ食べすぎて、腹壊したと思って、ぐらいだけど、なんかそういうのを、いろんな人を見ていると、健康が特権になっているなという感じがすごくして、
で、そうするとこれがどんどん広がっていくと、長生きできる人とできない人というか、今もう実際にあるのかもしれないけど、もっと如実になってきちゃうのかなと思って、すごい、うーんって感じです。
確かに健康はお金で買えないとは言うけど、お金をかけることで得られる健康はありそう。
うん、うん、そんな感じがする。
なんかリーサが言ってたんですけど、自分がこれから生きていく、もっと未来で、どんどん新しいテクノロジーが出てきたりとか、どんどん新しいカルチャーが出てきたりとか、
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そういう自分が見たことない未来がどうなっていくのかを見たいっていうことを言っていて、
そっか、長生きするって子供とか孫のためじゃない人もいるんだっていうことにそこで初めて気づいたっていうことがありました。
なんかその家族にまつわることだけじゃなくて、モチベーションが他にもいろいろあるんだなあっていう。
でもやっぱ長生きするの前提として、すっごい病気のまま、すごい具合が悪いままずっと生きていたくない。
まあでもそれでもね、生きてたいとかさっき言ったように、今言ってくれたように、世界が見たいからちょっと不健康つらくても頑張って生きるって人ももちろんいるだろうけど、
あともう一個さっき出てた迷惑みたいな、長生きすることが他人への迷惑につながるって考えちゃう時点で、
なんかすごいやっぱそういうふうに思わさせられているような気がして、私はよく、前も話したかもしれないけど、
館王家に何入れるかいつも考えてるんですよ。
なんかその時に、何と一緒に焼かれたいかっていう話をよく友人とするんだけど、私はポテトフライが大好きだからポテトフライを入れてほしいっていうのを言ってて、
それはちょっと匂い的にダメじゃないかっていう話になり、じゃあもう焼くんだったら生のポテトを入れてもらって、もうそれでベイクしてもらうっていうのどうだろうかとか、
友人は反流スターが好きだから、等身大の反流スターの写真をご遺体の下に敷いてもらって、バックハグしてもらう形で焼かれたいとか、そういうの言ってると死ぬのが楽しいというか、
融合していく。でも好きな反流スターも燃やすのはどうなんだろうみたいな、その倫理感はどうなんだろうとかいう感じで悩んだりしてて。
長生きしたいっていうのは、生が楽しくて死が終わりみたいな感じで、そこはやっぱり怖いから長生きしていこうっていう考え方があるんだったとしたら、死を楽しみにしていくことでいつでもウェルカム。
生きるっていうことが大事だから長生きっていう考え方があるけど、死までが自分の道のりだと思うと、あくまでも死ぬことは通過点で、逆にその通過点をどう楽しむかっていうのがあれば、別に長生きしてもしなくてもどっちでも楽しくていいかなって個人的には思うようにしてるんですよね。
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私も全然孤独死するかもしれないけど、孤独死したら死んだ時点で、別にマジでどうでもいいから、どんなに家が汚れてようが、もう全然死んだらしょうがないよねみたいな感じだから、孤独死上等だぜみたいな感じで言ってるんですけどね。
やっぱりその後世の中に迷惑はちょっとかけるかもしれないけど、死んだしねっていう。
死を楽しみにというか通過点に考えるのっていいねすごく。
みんなの話聞いてると、自分に死が迫ってないからこういうこと考えられるんだってすごい思って、長生きしなきゃダメなのかとか、誰かに迷惑かけるかもとかも、自分が今健康でいるからそんなこと考えられるけど、自分の健康が怪しい状態になってると強烈に生きたいと思うかもしれないなと思ってて。
この問いが出てる時点ですごいありがたいことなのかもと思って聞いてた。
いや本当そうよ。本当そうだと思う。もしあと2ヶ月ですって言われたら、どうしよう。
なんかそうだよね。やっぱ寒温計に何入れるかもうちょっと具体的に、より鮮明に考えないといけないし。
寒温計で思い出したけど、長生きっていうかそもそも自分が一体何歳まで生きるんだろうっていうのがめっちゃ気になってて、今丁度両親が就活っていうか、いらないものをたくさん整理してて、たくさん長生きするつもりだったら後でこれ見返したいかもとか思ったりするものもあるかもしれないけど、
いやーなんかこれもういいかなとかってなんか捨てちゃってるものとかあって、いいのそれ?みたいなものとかいっぱいあるんだけど、
私ずっと日記をつけてて10年ぐらい。その日記を他人に見られたらすっごい困るんだけど、日記って毎日積み重ねていくものだから、
なんか明日死ぬんだったら今日処分するんだけど、何かいつ死ぬかわからないから、日記はもうなんか多分ずっと多分死ぬ間際まで捨てられないんだろうなっていつも思いながら、でも突然せしたら結構恥ずかしいしやばいと思ってる。
やばい、私スマホの漫画の画面見られるの超やばいかも。
なんかすっごい変な漫画ばっか買って、変なって言ったら作者に失礼なんだけど、ギャグ漫画とか見られるのやだな。
でももしかしたら今残した日記が1000年後とかにまで残って貴重な資料になったりするかもしれないよ。
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でもそれすごい思います。
過去の日記だってそういう、今のがめちゃくちゃ歴史的かって感じ。
自分は恥ずかしいけどね。
そういう問題考えてないと思うけど。
でもそうなんか自分よりも昔の人が全く知らない赤の他人だけど、昔の人の書き残したものをちょっと見させてもらえるってすごいことだなと思うので。
でもそれが目に触れるのもすごい歴史的価値がある。
なんかその、明日死ぬんだったら日記処分するけどって言った。
それすごいなんか今ハッと思ったんだけど。
なんか寿命決まってる方が私は怖いかも。
なんかあなたは50歳に死にますって言われたら、なんか結構ダメかもしれない。
なんか今日死ぬかもしれないし、明日死ぬかもしれないからこんな風に生きていられるんだろうねと私は思った。
例えば50歳までって言われたら、とりあえず50歳までになんかしないといけないとか思っちゃうかもしれないし、なんかすごい怖くなっちゃうかもしれないし、
なんかあと何歳まで?何歳まで?とか超みんなに言っちゃうかもしれないし、
それでなんか余計うらやましいとか思うのかな?どうなんだ?それは全然想像がつかないけど。
え、90?みたいな。なんかわかんないけど、その世界ちょっと怖いかもって想像して思っちゃいました。
そこはちょっと目を背けて生きていきたいかも。
それはそれでプレッシャーかもしれない。
うん、知らされちゃうと。
なんか小説が1本書けそう、そういう。
人の寿命が見れたり分かったりすると、人間関係もなんか変わりそう。
変わりそう。
なんかこの人も、あと病気の人とかね、実際今もそうかもしれないけれど、
本当にあと数年でその友達なりなりが亡くなってしまうっていうことを分かったからといって、
その人との人間関係って変わったりするのかなとか、どうなんでしょうね。
なんかついてあげるか、もう見届けるのがつらすぎちゃうか、そこは何か変化があるかも。
なんかそれで離れていったったら結構しんどいけど、
でもその、なんか残された人たちのためにしたいなっていうのもあるから、
そんなもう例えば嫁、私が2ヶ月だったとして、
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だったらもう私の2ヶ月の、私のことなんか忘れて、自分の人生進んでくれよとも思うから、
でもあーどうなんだ、いやちょっと2ヶ月だけ一緒にいてとか言っちゃうかもしれない。
あと2ヶ月だったら、とか。
縋ってしまうかも。
ここのメンバーだったら押しかけそう。
大丈夫かーって。
終わってしまったー。
よかったー。
じゃあそれでは、鳥がはじける哲学ポップコーン、後半に続きます。
はじける鳥とつまんで味わう哲学。
哲学ポップコーン。