またオデュッセイアの話もしてますので、ネタバレ気になる人はご注意。
今後読んでいきます!
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感想
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サマリー
3人は、Misoが夢中になっている『オデュッセイア』を手がかりに、人間の愚かさや不完全さを受け入れることについて話す。神々も人間も身勝手で、物語には同じような失敗や暴力が世代を超えて繰り返される一方、現代のSNSでは他人の浮気や失言を神のように裁く風潮があると指摘する。教養や知識が人を必ず寛容にするわけではなく、正義を掲げた強い言葉や同調、フィルターバブルによって攻撃性が増幅されることも議論される。フロイトとアインシュタインの往復書簡『なぜ戦争をするのか』を通じて、愛と破壊衝動、学問が戦争の武器にされる危険、文化の発展による戦争終結の可能性が語られる。ロボトミー手術を例に、社会にとって迷惑なものを一律に黙らせることが別の危険を生むという見方も示される。戦争やテロは止めたい一方、抑圧された人々にとって抵抗権まで奪う平和はディストピアになり得るため、暴力を単純に否定できない難しさが語られる。人間は民族や国家などの共同体に結びつく社会的な生き物であり、その所属意識が復讐や大規模な戦争につながるという分析も出る。最後には、AIや教育で人間を改善できるのか、価値観を誰が決めるのかという問題に戻り、人間の不完全さを織り込んでどう共存するかを考え続けるしかないという結論になる。
『オデュッセイア』が描く人間の不完全さ
叙事詩知らない奴、やばくね、テツセカ。
この番組は、哲学を知りたい3人が知らないながらも、素人をあがく番組です。
Misoです。
Moです。
トモキです。
えー、なんかね、今日、実は、テツセカにしては珍しく昼に撮ってんすよね。
うんうんうん。
普通に、現在2時15分とか、それぐらいなんですけど。
なんかいつもやっぱりトモキ氏は、ほぼ100%酒飲みながらやるじゃん。
確かに。
夜だとね。
うん。
だけど、やっぱり今日飲んでないからさ、いまいちキレが悪いなっていう感じはある。
でも、まったりしてるよね。
笑い
やっぱり夜の方がいいのかもしれないね。
うん。
酒が入らないとね。
うん。
なんかね。
まあまあ、コーヒーでちょっとブーストしていきますんで。
テツセカっていう、もっとなんか、力強い感じのイメージが俺の中ではある。
そうね、そうね、確かに。そこも違うね。
そうそうそうそう。
でもね、また全方位的なところにね、喧嘩を打っていくようなスタイルで。
うん、ヤバくね?と。
してますね。何がヤバいんですか?
え、もうほんとに、なんか私がちょっと言っちゃったからって、それをタイトルにしたじゃんっていうのは、なんかやっぱり全然面白くない。
笑
なるほど。
困ったわね。
えっと、それはやっぱりオデュッセイアっていうのを私はちょっと見て、なんかハマってるわけです。
だいたい。
うんうん。
今、とっても、なんかXとかにもいっぱい流れてくるのを読んだりとか、あと資深先生の動画を見たりとか、やっぱりこれなんか変な、やっぱりちょっと、ちょっとおかしな人なんだと思うんですよね。
こう集中しちゃうっていうのはね。
うんうん。
過集中みたいな。
うん。
で、もう1日中考えてるわけ。
だから読んだりはできないんですけど。
うん。
そしたら、いやもうこんなジョージ氏とか知らないで生きてる人、やばくない?って。
笑
あ、言っちゃった。まだ。
笑
何がやばいの?
え、っていうかこれ、ここから人間始まってるじゃん、みたいな。
うんうんうん。
物語とかのこと語ってるやつで、これ知らない人もしいたら、ほんとみんな知ってんのか?でも私だけか知らなかったのは。
うーん。
そうなの?
っていうか、こういう物語が人間が何千年とか前なんだよね、こういうのね。
うんうん。
あって、まあインチキ臭い話とかもあるわけだけど、それが語り継がれてきていて、
いやーだから、なんかこれ知らないでなんかあだこだもし言ってる人がいたら、
あだぽだっていうのはなんかこう文学がどうとかこっちとかとかって言ってる人いたら、やばいなこれって思って。
笑
まあさすがにそれ言ってる人は知ってるとは思いますけど。
うーん。
でもその凄さをこういう一般ピーポーの私みたいのが、こんな年取ってから知るなんて最悪だなって、ちょっとだんだん弱気になってきました。
そうなの?
いや、いろんなことが説明できるよなと思ったりとかして。
うんうんうん。
なんかずっこけてたりとかしてもいいってみんな思ってたはずなのに、なんでこんなになっちゃってるの?今こうしなきゃいけないやしなきゃいけないとかって。
どういうこと?ずっこけてもいいっていうのは。
なんかこうなんかなんか絶対に嘘だろうみたいなことを、なんかみんな信じてきてて、なんとかやってたわけじゃん。
そのなんていうの、え、なんていうのかな、オデュッセイ…え?オデュッセウスが。
うん。
なんか訳をしてるわけじゃないですか。
うーん。
だからそういうこともあるよねみたいな感じでみんなそういう世の中だった、世の中っていうかそういう人、なんて人間っていうのはそうやって話をして、
あ、語り継いでてきてるのに、なんか今時の人とかはこれしちゃダメ、あれしちゃダメとか、Xとかでもそのなんかちょっと売れてる人とかの浮気の場をつかんでそれをなんかいじめる、ひびょう中傷したりとかするとかっていうのって、
そんなんでそんなにおかしくないとかっていうこととかをバー考えてたら、とりあえずオデュッセイは見ないとでしょとか。
あれはさ、ジョジシ、オデュッセイとかもそうだし、やっぱり神々もちゃんと出てくるし、そのクズの人間も出てくる。
で、人間は神じゃないから別にクズなんですよっていう、なんかそれはクズでしょみたいな、神じゃないもん。
で、神々もクズの部分もあるけど、なんていうか、そのクズさをひっくるめてやっぱ人間でしょみたいなのも描いてる気がする。
だけど、まさかこんなSNSとかを見ていると、なんだお前ら神になろうとしてるのかみたいな、なんかそういう感じですよね。
私がさばいてあげましょうって言う人いるよね結構。
そう、ゼウスみたいな。
君にさばきようみたいな。
雷帝ならしましょうみたいな。いますね。
そうだねそうだね。
ゼウスとポセイドンいるわ。
そうだね。
あらぶる神。
あと神様も、だから神様も結構勝手者だったり大きなお世話だったりするわけじゃない?
だから、あれもなんかいろいろな意味があるっていうふうにししん先生もおっしゃってたけど、
なんていうのかな、なんか別にそこであなたが出てくる必要ないよねとかって思うんだけど、
なんかその優しさみたいなおせっかいみたいな感じが、なんかそんな感じだよねって多分、
なんか、なんていうのかな、一般の人たちってなんとなく嬉しくて読んでたりとか話聞いてたりとかしたかもしれないんだけど、人間らしいから。
まあそうだよね、別にだって現実の世界だって、なんか別にね、あくらくもなくたまたまラッキーでなんかなっちゃったみたいなこともあるわけで、
本当運悪くとかもあるわけで、
それを神に置き換えてるみたいな感じだと思うので、それを解釈しようとすると、たまたまアテナの気まぐれで助けてくれたんだなとかっていうような解釈をしてたっていうふうに思えば、
まあまあ普通にあり得るよなっていう感じはしますよね。
なんかまあ野蛮だった昔の方がやっぱりこういろいろ戦争とかもしなきゃいけなくて、野蛮だったところもあるかもしれないけど、
まあなんかもっと許せてるみたいなお互いになんか、まあ君も完璧じゃないしこっちも完璧じゃないしみたいなのもあったような雰囲気なんだけど、
そういうの読んでなくて大丈夫かよみたいなのが何回か見たりとかしてて、話してるってことはそうだよね。それでなんかイライラしてるのかもしれないけど、わかんないけど。
前回のなんかモーさんの感想だと、まじあのオーディオ聖夜に出てくる男どもにまじムカついてきたみたいなこと言ってて、
それはそれでめちゃくちゃ面白かったんだけど、なんか若干ちょっと変わったっていう感じなんですかね。それもひっくるめてって感じ。
それもいいポイントだったなと思った。
結局それを語り継いできてる人は男の人でかっこいいだろうみたいな、結局はね。
まあクズだけどかっこいい。だからって言ってやっぱ男すごいねみたいな。きれいな奥さんもらってすごいねみたいなとか、待っててくれた奥さんよくいたねとか。
でもまああの人は殺されちゃうんだよね。
何だっけ、名前忘れちゃった。
あがめむのん。
あがめむのん。殺されちゃったりとかするから。
そうだなちょっと勉強不足だったから、まあそういうこともあったから男女はあんまり関係ないか。
ああなるほどね確かに確かに。
まあいろんな読み方もできるよね。オディオスセイヤー自体をね。
だけどまあそういう風になんか語り継がれていること自体がなんかなんとなく男の人の英雄伝みたいになってるってことは、なんかちょっとやだなっていう。
一応オディオスセイヤーのなんかまあ続きとされているような話もあって、そこでオディオスセイウスも殺されるんですよね。
しかもキルケーだったはず、キルケーに払わせてしまって、キルケーの息子に殺されるみたいな。
キルケーの息子がまたオディオスセイウスみたいに父探しの旅に出て遭難して、でたまたま着いたのがイタケの島で。
でなんかそこの現地の人と喧嘩になって差し殺しちゃって、それがオディオスセイウスだったみたいな。
なんかそんな感じの話で。
それはホメロスが作ったかどうかは微妙だよね、みたいなことは言われてるけど。
同人誌的な感じなんじゃないのっていう。
一応やっぱりそういう、結局はそういう運命にあるんだよ。
父探しの感じとかもオイリックス王の話を模してるみたいな感じがするので、似たような話だと思いますけど。
殺されちゃうんですよ。
なんか全てが語られてるって感じがするんだよね、私みたいなのが見るとあれを。
全て語られてたんだって思うよね。
SNSで他人を裁く正義と教養
結局は繰り返されるってことでしょ。
ミソちゃんがいつも言う、人間は学ばない。
学ばない、学ばない。
学ばないのもあるし、結局はこうね、次の世代へと回ってるっていうかね、繰り返されてるってことだよね。
確かにね。
SNSの話はよくお二人ともするけどさ、
なんかやっぱりそういう、表揚?
人類で人間の中で起こっていることを知ってさえすれば、その人たちっていうのはそういう行動を取らなくなるのかな。
例えば、古典ラジオを聞いてる人でさ、SNSで荒らしてるやつとかいないのかな。
いや、いるでしょ。
荒らしはしないけど、
いや、客観性なくね?みたいな主張をしてる人とかはいますよね、それは。
だからそういうね、あの、愚民どもさ、浄化するっていうことってできるのかな、みたいなことは思う節はあるよね。
まあやっぱ、シャアみたいな感じの考え方にならざるを得ないっていう気持ちもまあわからんでもないっていうか。
そうそう、だからこれまあなんかね、何度かこのテーマで話してる気はするけど、
まあ結局こうそういう教養をつけても、でもっていうか、
まあそのそれの読み方だったりとか、
やっぱりその人が過去歩んできた人生で何があったかとか、
そういうのに影響されてしまったりとかして、
なんていうか、すごく、
まあもっとより良くしなきゃいけないんだっていう、
まあそれこそ、
SNSで強い言葉を使う人たちっていうのは、
それこそ浮気とかね、そういうのは絶対許さないし、
そういうのがもうキャンセルされるべきだっていうようなことを言うわけですよね。
それこそがやっぱり、
まあ世の中が良くなっていく方向、
それが我々が教養として学んできたことなんだみたいなふうに思って、
まあそれを発言してるんでしょうから。
そうなのかな。
わかんないけど。
なんかこう単なるストレス発散でやってる人もいいんじゃないのと思わなくもないっていうか。
まあそれはそう、そういう人もいると思うんだけど、
なんかちゃんと学んでんだけど、
綺麗にする方向に行く人たちというのは、
割と目にするなとかっていうことは思う。
単純にそういう同調をすると、
自分と同じ意見がいっぱいそこの周りにくっつくからさ、
気持ちがいいみたいな感じになってるだけなんじゃないの?
まあそれもあるでしょうけどね。
それでブーストされていく。
ああ私の方が正しいんだっていうのが、
なっていくっていうのはありそうですけど。
なんか本当にそんななんか世の中良くしていこうみたいな感覚で、
思ってる奴いるのかなっていう不思議さ、
あのあれは疑問はちょっとあるけど。
いやある気がするけどな。
まあなんか後付けで思うみたいなのはありそうだけどさ。
ああ。
なんかやっぱそういうの周りの奴を見てるうちにさ、
いや自分は正しい、自分はこういうふうに思ってやってたんだ実はみたいな感じでさ。
うーん。
だいたいこうそういうのって後付けでブーストされていくっていうのもあるからさ。
なるほどね。
うん。
まあ確かにね。
まあなんかごめんね。
僕はそんなに人間を信じられないからさ。
本当にそんなにいい方向にそんな人たちが持っていこうとしてるのかとか、
深く考えてるのかとかさ。
ああ。
そういう人たちに例えばそういうオデュセイヤっていうか、
まあいろんな本とかさそういうものを見せて啓蒙したらさ、
本当にその門は開かれるのかというふうにちょっと疑問に思ってしまうんだよね。
うーん。
いやまあ、うーん。
なんというか。
まあ例えばそのマルクスとかもそうだと思うんですけど、
その、
まああの人めちゃくちゃこうね、教養があって、
すでに啓蒙された側の人で、
で、
まあこの世の中の構造っていうのをちょっと分析してみたら、
やっぱりその株構造っていうその経済の構造っていうのが、
全てを何か規定しちゃってて、
だからまあそこから変えなきゃいけないよねみたいな話をしていく。
で、そこに向けての運動をどうするかっていうので、
その、
共産党宣言みたいなのを書いて、
労働者たちを立ち上がれみたいな。
暴力革命を起こすんだ。
今こそ武器を取れみたいな感じで、
こうアジテーションしていくみたいな感じになってるわけじゃないですか。
その株構造をぶっ壊すっていうこの正義のために、
みんなでマジでちょっと政府ボコボコにしようぜみたいな、
そういうアジテーションになるわけじゃないですか。
一応マルクスはもう開かれている側なんだけど、
それを壊すためには、
それこそ強い言葉でアジテーションしていく必要があるよねっていうのを
あえてやってるみたいな人たちがいるんだとは思うんですよね。
その感じがSNSでも感じるなというか、
許容がないとかっていうわけじゃなくて決して。
知っているんだけど、
わざとやってるとか、
そっちの方が絶対に世の中が良くなるからやるんだっていう、
確信を持ってやってるとか。
だけどそれこそ最初にモーさんが言ってたような、
オデュッセウスとかを見てると、
もうちょっと人間どうせクズなんだからさみたいな、
そこも受け入れないとさ、
神の視点に立ちすぎじゃね?みたいな感じもしなくはないという、
難しい。
難しいですね。
もちろん同調されて、
フィルターバブルの中ですごく気持ちよくなってるっていうのはね、
SNSは絶対あると思うので。
インターネットと知識の使い方
でもさ、SNSとかインターネットとかが出る前なんかっていうのはさ、
我々、僕が高校生とか大学生の時とかっていうのはさ、
とにかく日本人は全然自分の意見を言わないし、
政治が何が良いか悪いかも分かってないし、
選挙も行かないし、
デモとかも海外では普通なのに全然やんないし、
なんかこう日本人は大人しすぎるみたいな感じで叩く風潮みたいなのがさ、
あったような気がするんだよね。
インターネットとかが出てきてさ、
相変わらずリアルの世界ではまだまだ感はあるけれども、
なんかインターネット上とかでは騒がしくなるわけじゃん。
それはそれで、その当時に比べりゃ、
良いのか悪いのかよく分かんないけど、
良くも悪くも活発にはなってるのかなっていう感じがする部分もあるけど。
そうですね、確かにね。
だから台湾のあの人なんだっけ、
台湾のデジタルなんとか。
えっとなんだっけ。
オードリー・タン。
誰だっけ?
オードリー・タン。
そうそう、彼の言い方とかだと、
だから本当に何か言いたいことがある人とかが声に、
言葉に出したりとかするのは難しいわけだから、
このインターネットっていうのはすごく使えるんだということを言っていて、
だからそれが匿名にしちゃうと、
本当にもう何でも言いたいことを言っちゃうという心理が働くし、
でも、だから名前を出しちゃうと、
今度は言わない人が増えちゃうし、みたいな感じで、
自分の、例えばだから、
どこどこの学者です、みたいな。
旗描きだけとかで一応タグをつけて、
それで発言できるみたいなところ、
プラットフォームみたいなのを作ったとかっていうのはあるでしょ。
だからやっぱり使いようによっては、やっぱり私もすごく思うけど、
いいようにばっかり考えると、
私みたいなそこらの普通の主婦が、
いろんなことにすごい簡単に接触できるっていう、
知能部分とかで、知識の部分とか、
そういう今流行りというか最先端で研究とかをされてる人たちの話を、
お金あんまり払わなくても場所どこにいても読めたりとか見たりとか聞いたりできるっていうのは、
すごく人がどんどん、AIもあって、
どんどん知識を入れられて考えて、
頭がよくなるというか、
よくなる方向に行ってるはずなのに、
それをいい方に使えない人たちが、
いい方っていうかポジティブに使える方法はまだ知らないから、
ごちゃごちゃになってるっていうところなのかもね、今話聞いてて。
そうかもしれない。
誰かが仕組みを作って、
だから台湾ってそんなに大きい国じゃないからうまくいってるのかもしれないんだけど、
やっぱりそういううまくいってるところを、
日本も真似していければ、
フロイトの愛と破壊衝動
トモキがさ、この前フロイトのやつを、難しいやつを。
フロイトはなぜ戦争するのかっていうのの、
それで人間、だから心理学者でしょ?
フロイトって心理?
先進界?
先進界の走りというか。
それでさ、しょうがない。
人間の中に暴力的なものと、
いいこともしようとするっていうの。
それがエロスとタナトスなの。
タナトスは何?
暴力性みたいな、何と言うか、破壊衝動みたいな。
エロスが愛みたいなね。
ラブみたいな。
それは両方あるけど、
でもさ、ミソちゃんさ、どんなに人のことをさ、
あんまり信頼してなかったとしてもさ、
でもさ、やらないじゃん悪いこと。
まあね。
多分ミソちゃんは、多分やらない。
僕?僕はやらないでしょ?
やらないでしょ?ほら。
やらない。
でさ、やらない人の方が多いはずなのよ。
そりゃそうだ。
っていうことが分かったよってこと。
今話聞いてて。
それはそう思いますね。
やらない人を増やそうということが、
いいんじゃないかなと思ってるんだよね。
悪いのはある。悪いところは想像もしちゃうし、
悪いことも考えるし、みんな。
暴力的なこともある。
壁を穴開けたりとかしちゃう人もいる。
怒って。
でも壁だったらいいじゃん。
いや、でもそう思いますよ。
僕も別に人間全般は嫌いだけど、
自分の周りにいる人は、
うんぬんの話はよくしてますけど。
それは面白いんだけど。
だいたい話せば、
だいたい変な行動を取ってる人間も、
話して理由聞けば、
だいたい納得できることっていうのも、
一定数は絶対あるはず。あるんですよね。
あると思うんですよ。
なんでそんなことしたのかって聞けば、
やっぱりそういう行動に出てしまったがゆえの、
理由っていうのがあるし、
それがすごい人を不幸にしようと思って、
そういうことをやる人って、
あんまりいないと思ってるっていうのは、
それはわかってますって感じですね。
だけどやっぱりSNSとかで、
変なこととか言っちゃったりとか、
誹謗中傷とかしちゃう人は、
それぞれの問題があると思うんだけど、
結局は、
何話してたんだかわかんないけど、
結局は、
自分の中にそういう暴力性みたいなのを認めて、
きちんとその辺を、
折り合いをつけてる人じゃないと、
ついつい言いたいことを言っちゃうとか、
今までそういうチャンスを与えられなかったりとか、
実際周りの人には話せないみたいな人たちが、
勝手なことをいろんな温度で、
言ってしまうっていうことが、
今起こっている。
さっきももさんが言ってた、
悪いことはしないようにしよう、
悪いことっていうのは、
SNSでの誹謗中傷とか、
めちゃくちゃ強い言葉で言うとか、
そういうののこと?
不毛な。
浮気そのものをするかしないかとか、
人に暴力を振るうか振らわないかとか、
そういう次元じゃなくてってことなんですかね。
何?さっき私が悪いことをしない。
暴力性があるけどってこと?
なんというか、フロイトもそうだし、
悪をなくすことの危うさ
オデュッセイアで語られていることもそうだと思うけど、
人はやっぱ、なんだかんだ悪いこともしちゃう人間、
そのもの、生き物っていって、
それもひっくるめて人間であって、
だけどその一個なんか悪いことをした人に対して、
今のSNSの世の中って、
そいつはもう人間じゃねえみたいな感じで、
引きずり落としていくみたいなことが、
それって人間社会として結構どうなの?
みたいな話をしてたような気がするんですけど、
悪いことをしないっていうのも、
むずいというか、いろんな言い方があるなというか、
まさに悪とは何かみたいな話なんですけど。
そうだよね。私が言いたかったのは、
悪がわかんないとダメだね。
悪が何かわかんないとダメなんだけど、
今こうやって私たちがこんな風に、
これって結構平和で幸せな空間であるよね。
その空間を保ててるのはやっぱり歴史とか、
大変な人たちもいるけど、今も世の中で。
でもある程度こういうことが、
こういう何となく平和でいられる人たちが増えてるような気は、
これが人間らしい生活なのかどうかもちょっとわかんないけど、
こんな感じのことができるっていうことになっている状況と、
これを作ってきたのは、
人間がこっちを求めてたからだよねっていう風に思った時に、
いい方を選んできたんじゃないかっていうことがある。
分かった?今言ってる人。
なるほど。
だから今の状態が幸せですと、私は平和だなと思ってますと。
だからそういう風に指してくれてる人たち、
人間の世界っていうのは、
悪いことばっかりを選んできたらこうはなってないんじゃないかっていう、
ちょっと妄想的なことがあるから、
だからどんなに人間が暴力的であるっていうことを持っていても、
なんとかなっていくんじゃないかっていうことを考えた時に、
そういうことをただ知らないだけだよねって思ったりしちゃうっていうか、
誹謗中傷しちゃう人とかっていうのは。
まさにフロイトのなぜ戦争をするのか。
これフロイトっていうか、アインシュタインとの往復書館で、
アインシュタインがなんで戦争って起こるんですかねみたいな質問をしたのに対して、
フロイトは、いや僕はこう思いますけどねみたいな感想文なんですけど、
それで僕がメモってたやつで、
当時ってもう第一次世界大戦が終わった直後ぐらいに、
なんでこんな悲惨なことになったの?みたいな話をしだすわけですよね。
おかしくね?みたいな。
人類だってだいぶ極まってめっちゃ賢くなったじゃんみたいな感じだったんだけど、
それをフロイトが分析する中で、
その時って学者さんたちとかも、
本当に冷静な公平さを失ったかのようであったと。
極めて厳しい感情に突き動かされ、
学者たちは学問を敵と戦うための武器として利用しているのであると。
文化人類学者は敵を劣等で堕落した民族と宣言する始末であり、
精神医学者は敵を精神異常者とか心的な障害者と決めつけている有様である。
しかし私たちはこの時代の悪を強く感じすぎているのかもしれない。
私たちは自分が経験したことのない時代の悪と、
現代の悪を比較する権利はないのかもしれないとか書いてて、
すげーって思ったんですけど。
そうだねって思ったっていうか。
あるよねみたいな。
日本が戦争に突っ走っていった時も学者たちはそれを後押ししたし、
哲学者も後押ししたし、宗教界とかもあれを後押ししてるんですよね。
仏教とかめちゃくちゃコミットしてるし、
神道は当然ですけどとかもあったんで。
まあまあ別になんだろうね、
国民国家体制での総力戦だから、
それはすべてがリソースとして注がれたっていうのはそうなんでしょうけど。
同調圧力だってあるかもしれない。
その団体たちにとってのメリットデメリットっていうのも当然ある。
あるだろうしね。
終わってみたら、私はそんなつもりなかったんですけどねっていうのかもしれないしね。
そうなんだよ、ご都合なんだよね。
オデュッセウスもご都合主義だけど、まあいいんだけど、
そういう、それさ、すごいむずいよね。
年民だから尊敬されている歴史上の学者さんとかも困ってるわけだから、
その瞬間には。
そうなんですよね。
人間はクソだって言い続けてきたけど、
そういう悪的な行動みたいなものっていうのをひっくるめて、
なんかやっぱり人間の行動だし、
多分その悪みたいな行動っていうのをしなくなったら、
それはもはや人間じゃないんじゃないかみたいなことをちょっと思ったりもする。
いや、そうだと思う。
そうだね。
なんかこうね、ちょっとあれはレイヤー違うけど、
昔悪名高きロボトミー手術みたいなものってご存知ですか?
レイヤー違うな。
全頭瘍、脳みその一部を切除して、
人間の精神を均衡させるみたいな、
すごい画期的な手術として出て、
精神異常者と当時言われた精神病の人たちはそういう手術を受けさせられて、
なるほど。
おとなしくなったみたいな感じなんだけど、
当然人権的な問題とか、
全然人間の欲望がなくなってしまうみたいな感じとか、
自発性とか知性みたいなものがなくなっちゃうみたいな、
そういう好意症みたいなのがめっちゃ起こって、
やばすぎだろっていうことで、
1950年以降らしいんですけども、
もうやんなくなったらしいんですよね。
なるほど。
精神病っていう言い方が適切かわかんないけど、
要はそういう人たちって一般社会の中で、
一般と言われるマジョリティーの中からすれば迷惑な存在っていうふうに捉えられてたから、
その人たちをまとめておとなしくさせようみたいな感じにやったわけじゃないですか。
SNSとかで騒いでる奴らも迷惑な存在なわけじゃないですか。
そういう奴らを黙らせたときに、
逆にまた取り返しのつかない何かが起こってしまう可能性っていうのもあるんじゃないかなみたいなことを、
そういうところから逆説的に思ったっていう感じ。
そうなんだよね。
クソはクソなりの役割があるんですよ、多分。
ごめんなさい、さっきの精神病の人の話じゃないですよ、それは。
SNSに言ってる人たちの話ですけど。
そうかそうか。
裏切とかが許せないくて、そいつを引きずり下ろしてやろうっていうことをSNSで発信する人たちの精神と、
そういうことを言う奴はやばくねって思ってる僕みたいな、
そういうのやめた方がいいんじゃないですかって思ってるのは、
同じような感情で、
どっちもトライカーとしては、
その方によって悪で、
どっちもやめた方がいいよとかって言ってるんだけど、
まあでもどっちもあるのがやっぱり人間だよねみたいなことなのかもしれないよね。
自然にそうなっているだけのような気もする。
そうかもしれないですね。そうなのかもしれない。
それを良くないと言っているのが気のせいなのかもしれない。
そうかもしれない。
戦争と抵抗権をどう考えるか
浮気っていう一つの例を考えると、
浮気っていうのは2つのことがあって、
感情のことで本当に浮ついちゃってると。
私なんかいつも浮気してるからね。
何か谷口選手かっこいいなとか、
沢栗俊君かっこいいなとか浮ついてしょうがないよね。
それが浮気だったら浮気ですよね。
心まで本当にもう結婚相手に捧げなきゃいけないっていうことがルールであるとしたら、
全員そんなの無理っしょ。
そういうのは心理的に結婚したら何年とかで冷めるっていうのが分かってるっていうか、
それの中で結婚してる人たちが浮気をしましたっていうことを責めているあなたは、
そういうことを絶対しないんですかと。
っていうような感じの、
言ったり来たり論になっちゃうから、
浮気っていうのが良いか悪いかっていうことについては別の話にしたいんだけど、
悪いと思って、
全体で人間という種を守ろうとしたときに、
戦争とかだけはダメなんじゃないかなと思ったり、テロとか。
まあまあまあ。
人を生きてちゃダメですよっていう、
なんか行動ってダメなような気がしてるんだけど、
でもずっとやってるんでしょ?戦争を何回もね。
深井さん曰く4000回とかあるんでしょ?世界歴史上で4000回あるから。
でも、だからそれを何億円とかかけてリサーチすれば止められるじゃんって簡単に言うと、
深井さんは言ってたんだけど、本当止めてくれとか思うけど、
戦争はやめようよみたいな。
なんかこう、お相撲とかでやったらどうかとかね、思うよね。
それからでもあれですよね、サッカーですよね。
そうそう、サッカーとか。
オリンピックとかもそうだったろうしね、古代ギリシャのね。
だからウクライナとロシアはお相撲とかすればいいんじゃないかね、とかね。
そんな感覚になりつつあったんですけどもね。あったような気もするんですけどもね。
やっぱロシアウクライナのところからちょっと立ち読めが変わったよね。
なんか人権とかマジ吹っ飛んでいくみたいな、そういう世界に突入しましたよね。
だからどうなんですかね、みんなお二人の意見としては。
意見というか、今こうやってこうやって話してることも、
これ一応何百人か聞いてくださってるからみんなで考えましょうっていう感じ。
多分だけど子供たちが迷うと思うんです、この件については。
だから私ちゃんと子供たちに聞かれたら、ちゃんと話せる大人になりたいなと思っていて。
考え中でもいいから今こういうことを考えてるよとか。
私やっぱり子供の時からすごいいろんなことを考えてきたんだけど、
親に聞いても親もわからないし考えたことないから答えてくれたことが一個もなくて、
それでめっちゃ諦めてたことを最近AIとかと向き合ってるときにすごく感じて、
知りたいことをトコトコに知れるみたいな。
ちょっと本当のことじゃないかもしれないっていうのをちょっと疑いながらきちんと、
きっとこんななんだろうなって考えていくときに、
それはだからなんかみなさん考えましょうっていう感じ。
やっぱ僕は戦争とかテロとかがなくなった世界もまたディストピアだと思っちゃってるので、
抵抗権がなくなっちゃう可能性があるじゃないですか。
結局刀刈りされて何も抵抗できなくて、
もういいだくだく従うしかないみたいな世界観に突入しないとも限らない。
もちろん統治者が良ければいいけど、
そういうのまずいから抵抗しようぜみたいなのをジョン・ロックとかが言い出して、
啓蒙思想みたいなのが出てきて、社会契約みたいなのが出てきたっていうのはあると思うので、
それは今の異性者とか幸せに暮らしてる人々にとっては、
その方がいいよ絶対。暴力なんて絶対やめたほうがいいって思うけど、
本当に抑圧されてる人とかからしたら、そんなこと言ってたら俺ら死ぬから。
マジで抵抗しないとダメなんだって思っちゃうと思います。
深井さんとかも言ってたと思うけど、
世界大戦みたいな、世界中に巻き込むような戦争っていうのは、
もうさすがにやめようぜ人類っていう感じはしますけど。
だから暴力使わなくてなんとかならないの?
だからさ、人を殺し合ったりとか関係ない人を殺し合ったりとかしないで、
プロレスみたいなのって?
それを言い出すともう選挙とかもいらなくなるじゃないですか、それを言い出すと。
選挙だって相当怪しいもんじゃないですか。
あんなもん金で操れちゃうとか言い出せば、それはそうなんでしょうねって思うけど、
あれも暴力性があるとは思うし。
だけどそれをお相撲で決めてみんな納得できますか?みたいな話じゃないですかね。
その納得性の部分とか。
えーでも人をいっぱい殺して強い方が勝ったとかでいいの?
それの方が納得できるってこと?
納得というか、それで過去を従わせてきたみたいなことだと思うので。
納得性、納得性ね。
沼った、沼った。でも今言われたのは思ったのは私ね、人が少なくなってきて一番心配なのはね、どの国に行っても心配なのは、
なんかこれを、このいい状態っていうかを守ってくれる若い人たちがいなくなっちゃったら、
なんていうのかな、空港の税関イミグレーションとかでもそうなんだけど、
あそこにはちゃんとセキュリティーの人たちがいるからみんな平和にしてるわけなんだけど、
例えばルール守らない人がいたらセキュリティーが飛んでくるっていうのを知ってるから、そういうことしないけどみんな。
だけどセキュリティーがいてくれるからなんとかなるわけ。しかもセキュリティーの人が買収されたりとかしてなくて、
これが他の国に行ったらさ、メキシコとか違う国、どの国だったら怖いのかわかんないけど、
その人たちが買収どっかでされてたりとかして悪いことするかもしれないわけでしょ。
いやそうですよね。荷物から何かくすねるとかあるかもしれない。
そういうのはもうね、やっぱりたぶん私たちの界隈でいったら世界中回ってる、
トキニー君とかに聞けばどの国にはあるとかあるかもしれないんだけど、
でもその守ってくれるセキュリティーの人たちっていうのは、いつもいてほしいなって思うけど、
結局あの人たちは暴力というか力で身に伏せられるからってことだもんね。
そうなんですよ。
だからその人たちがどっちよりに行くかっていうので困っちゃうっていうのは、
結局その力、暴力的なことみたいのは残らないという。
人っていうのは管理されないってこと?
そうそう。似たようなことフロイトも言ってたよ。やっぱりなんか結局そうだよねみたいな。
暴力の歴史だよねみたいな。
その上ででも、暴力の歴史なんだけど、文明化された我々は、
文明化ってそれこそ猪が豚になっていくような過程と同じようなことで、
野生的なことがだんだん削られていくのが文明化なので、
家畜化されてきたんだと我々は。
家畜化されてきた我々はそのもう野生に耐えられなくなっていって、
そういう戦争とかに文明化された人間っていうのは反対せざるを得ないんだっていうようなことを言っていて、
暴力を肯定的にはやっぱり言えなくなってしまうっていう、
人間の心理的な動物としてそういう風になっちゃうものだよね。
だからどうしよう、俺耐えられないんだけど、暴力。
でも怒っちゃうよね、暴力みたいな。そういう葛藤をしてるって感じでしたね。
なんかやっぱさ、今思えばとかさ、今の現代的感覚で思えばさ、
共同体と暴力の歴史
例えばモンゴル高原に住んでる遊牧民族がいてさ、
そいつらはだいたい秋になると定住民族のところに虐待に来て人いっぱい殺してさ、
物を一周ばって去っていくわけじゃないですか。
やばいね。
今思うとやべぇしさ、なんで定住できないんだよ。
定住っていうか濃厚しないんだよっていう感じ。
奪うなやとかね。
そう思っちゃったりするけれども、
まあまあ当然いろんな技術だとか、
適した場所とかっていうような前提条件も当然あるんだけど、
でもそれをやってる人たち的にはそんな簡単なことじゃないよねっていう。
そんなことすぐできるわけないじゃんみたいなさ。
なんかそういう部分っていうのも発生するわけでさ。
そうだね。
だからなんかやっぱこう、
悪いこと、戦争をすること、なんでそんなことをやるんだみたいな感じで、
被害者とか第三者は言うけれども、
やっぱりやってる本人たち的にはやってる本人たちなりの何かがあるみたいなっていうのもあるんだろうなと思うし、
それを当然肯定してはいけないんだろうけれども、
でもまあやっぱそれが人間だよなと思う。
そうだね。
いやそうなんだよな。
なんか本当に思ってたけど、
やっぱ人間の所属の社会的な欲求っていうところが本当に全て、
やっぱりそういうのの引き金になってるような気がするっていうかさ。
だって別にこう、人間なんて個人なわけだからさ。
個人以外のことなんてどうでもいいわけだけど、
でも例えば同じ民族がさ、人間が殺されたってなったらさ、
それに対して生き残ってさ、
民族もろとも復讐に走るみたいなこととかっていうのが平気であるわけじゃないですか。
いやそうですよね。トロイア戦争なんてまさにね。
そうだよね。
だからそういうようなのがどんどん、
トロイア戦争とかだったらまだそういうイチポリスの中の話だからさ、
今に比べれば規模は少ないけれどもさ、
それがもっとどんどん国の規模がでっかくなって民族の幅もでっかくなってくるよさ、
それは大きい大戦争みたいなのが起こってくっていうのは普通のことだよなと思うし、
そこの部分が本当に原因のような気がするけどね。
そこも認知革命によって得た能力なんだと思うんだけど。
そうですよね。
完全なる個人で生きていくことを、
ゼトするような認知革命が起こらないと、
人間は多分永久に戦争し続けるんだろうなって気がする。
個人でね。
だから完全にコミュニティみたいなものはなくなる、
ソーシャルがなくなるみたいな、そういうような発想にならない限りは、
多分絶対に争いはなくなんないよなと。
でも個人になったとしても争いはするだろうし、
そもそもそうなったら多分人間という種自体の終わりの時だと思うので、
それはそれでちょっとあるんですけどね。
個人になっていきそうなベクトルっていうのはやっぱり、
過去に比べてはあったりとかして、
そういうのでアメリカっていう国家ができたりとか、
人種ではない区切りみたいなのが出て、
人種とかから離れたとしても結局国家っていうのは残って、
それが今ある意味抑圧的に働いたりとかしているっていうのは、
いろんな区切りは変わったとしても、
何かしらでやっぱり人間は連帯したりとか連携したりとかしちゃうし、
そういう生き物なんだろうなって感じはするし。
とはいえですよ。
文化の発展と大衆の政治
過去のことをこうやって考えるのも本当にいいんだけど、
とはいえじゃあ今日からどうしましょうかっていうことを考えるとですよ。
いいですか。
そうすると今回ですね、
フロイトさんのことを振っていただいたので、
3分ぐらいだけ私ちょっと本を読んだんですけどね。
フロイトさんが一生懸命考えてくださったのは、
文化の発展を促せば戦争の終焉へ向けて歩み出すことができると。
じゃあもう歩み出しましょうよって思ったわけです私は。
だから文化の発展っていうのは今で言うとやっぱり私たちが、
私も愚民だなと思ってないで、
とにかくこういろんなことを知って、
これまでの起こったことを知って、
これからなるべく人を傷つけたりしないで、
なんとかいい感じにいきましょうっていうことを決めることですので。
よろしくお願いします。
そうなんだ。
僕がそれを読んだ時に、
その通りだなと思いつつ、
まさにそうやって第二次大戦でさすがにもうやめようって言って、
みんな反省を人類はして人権とか大事にしていこうって言って、
文明も発展してきて、
第一次大戦当時よりもさらに人類は家畜化されて、
戦争とか嫌だよねっていう空気感っていうのはすごく醸成されていたんだけど、
一方でそういうふうに家畜化されていくと、
ニーチェじゃないけど、
やっぱりそれこそ政治とかもあんまり考えなく、
考える必要がなくなる。
直接関係ないので、
生きる死ぬに自分たち、
別に餌もらっていれば食えるので、
日々の仕事頑張っていれば食えるので、
もう政治にコミットしなくてよくなっていくっていうので、
考えない人たちっていうのがすごく増えてきてしまうっていうのはあるんじゃないかなと思って、
そういう考えない人たちとかを、
ある意味トランプじゃないけど、
ハックする人たちが出てきて、
こういう現象とかが起きてきてるのが今なんじゃないかなっていう感じがしていて、
また非常に物騒な感じになっていく。
考えない人たちなのか、
その人たち何考えてるんでしょうけど、
野生的な考えるとは違う考える。
もっと日々のご飯多くくれよ、みたいな。
そういう家畜的な、宿軍的な欲求をハックされて、
今があるみたいな感じがしていて、
なんか、やっぱり両面あって、
フロイトがそう言ったのはすごくわかるんだけど、
結局それだけでも、
それを賢くハックしてきちゃう人がやっぱり出てくるよなっていう感想を抱いたって感じですね。
ハックされてる。
でもその他大勢しかいなかったじゃん、今までだって。
ああ、まあね。
だからそれをハックと言われれば、ハックですよね、みたいな。
ずっとそうだったっちゃそうだよね。
支配層とそうでない層みたいな、一般大衆とかっていうことが。
だからそれはなんかいつも一緒じゃないかなって、
最近いつもグミンの問題をずっと考えてて。
だからちょっと諦めがついたっていうか、
大衆の方が大衆だから。
たくさんいたよねって思ってるんだよね、いつも。
まあそれはそうそう。
人間の不完全さを織り込む未来
でもだから人間が少しアップグレードするようには、
大衆が少なくなって、全員がいい感じの知能を持つ、知能というか。
何を持てばいいのかよくわからないけど、
アップグレードされていくみたいなことが起こったりするのが未来なのかなとか。
まあまあまあね、確かにそれこそ、
それを少しずつ啓蒙していくしかないというか。
わからない、でもずっと大衆っているのかなとも思うよね。
リーダーって絶対必要っていうか、たくさんでいると。
考えるのが嫌いな人もいるし。
例えば僕だったら仕事面とかだと、全然リーダーとかやりたくないわけですよ。
考えたくないし。
そんなことを考えたくないというか、
ちょっと他に考えてたいことがあるんだよねって感じだったりするので、
それのこうなんか、違う分野でいろいろみんなあって、
多分そういう政治とかは考えたくないっていう人たちは、
まあいっぱいいるでしょうね。
面白いよね。
ということで40分ぐらい経っちゃったんで、
ごめんね、なんか面白い話だったのでついつい長くなっちゃいましたけど、
これはエンドレスで全然解決できない問題ですから。
そうですね、まだまだまた同じようなテーマで話になるでしょう。
それでも私は何を聞いてもやっぱり、
人間ってすごいなっていうことを強調したいんですね。
なるほど。
そういうこととかを考えていきたいですね。
なんとかしたいんですね。
その辺。
そうですね。
はい、じゃあそういうことで、
今日も最後まで手伝いをお聞きいただきありがとうございました。
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懐かしいですね、ほんとね。
人間はそういうものなんだなーって思ってきた。
愚民というのもなんか違うなーって。
人間に限らずだよね。
これも前は言ったよね。
社会性のある生き物っていうのはやっぱり大なり小なり。
単に人間がそういうコミュニティを広く作れるというだけの話であって、
社会性を持った生き物っていうのはやっぱりなんか、
人間のやってるクソ挙動と言われるようなことっていうのと
ほぼ同じことをやっちゃってるみたいなところもあるわけで。
別にね、群れ同士で戦争するなんてことだってあるわけだしさ。
生物ってそういうものなのかなっていう感じですね。
そうだと思います。
それを織り込んだ上で、
どうするかっていう風にしていくしかないと思うので、
やっぱり何かをなくそうとしたりとかすると、
やばいことになるんじゃねーのかなーとかは思う。
なんかさ、どう足掻いても人間というか、
脳みそなんて不都合だらけだし、
完璧なものではあるわけはないので、
なんかこうあれだよ。
キリスト教とかユダヤ教とか教えたけど、
割礼するみたいにさ。
赤ちゃんのうちにさ、脳みその中にAIのサブ端子みたいなのぶち込んでさ。
なるほど。
半分AI半分脳みそみたいな、そういう感じでしてしまえばいいんじゃない?
大門に相談できるみたいな、AIの。
道を踏み外そうになったら大門が止めてくる。
大門が止めにくる。いいかもしれない。倫理的な。
僕は全然人体改造とかしたいんで、
そういうの全然ウェルカムだな。
分かります分かります。僕も全然やりたいです。
でもどうせインストールするAIが100種類ぐらいとかあって、
どのAIにしとくみたいになって、
結局堂々巡りなんだよ、言ってることは。
そうなんだよね。
価値観を誰が作るんだっていう話だからね。
そうそうそうそう。
まあ難しい話だよ、本当に。
いろんなインテリとかいろんな学者さんが議論しても分からんし、
シャアみたいなすごい人だって、
人間はなんていくら考えてもクソなんだから。
いやそうですよ。
アインシュタインとフロイトが話してたわけですよ。
その直後にヒトラー出てくるんですよ。
まさにこれ話した1年後か2年後ぐらいに、
ヒトラー出てくるんですよ。
フロイトドイツ人ですから。
ヤバくね?みたいな。ユダヤ人だし。
恐ろしい。また話しましょう。
じゃあそんな感じで終わりますか。
はい。ありがとうございます。
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