1. YAMATAROFARMの福利厚生
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351 お通夜にいってきました
2026-09-04 31:17

351 お通夜にいってきました

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中沢さんの御冥福をお祈りします

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はい、YAMATAROFARMの福利厚生。本日は、9月4日ですかね。 時刻は午後2時半を回ったところになります。
えーと、今週、金曜日。
あんまり曜日感覚がすごい、 優れてるっていうわけじゃないんですけど、
すごい、なんか、 すごいとこ止める車がいました。
まあいいや。 月曜日から、
割かし忙しいというか、 月曜日の夕方ですかね。
娘の小学校で、 娘の小学校の学年じゃないんですけど、
5年生。
5月に人参の授業をさせてもらったんですけども、
その5年生が今度は、実際に人参を 撒いてみようっていう話を聞いてて、
それをお手伝いするために、 学校の畑に行って、
梅立て、肥料をやって、 梅立てをしてっていうところで、
来週の火曜日に実際に撒くと、 言ったところをやろうと思っています。
どうなるかな。 多分大丈夫かなと思ってるんですけども、
今回は学校の移行というか、
農薬は使わないっていうところで、
除草剤と煎柱の薬ですね。
人参煎柱が付くとボコボコになったりするんですけど、 これの対策はしないと。
その畑のスペース自体があまり何も使ってないっていう話だったんで、
いけるかなと思いつつ、 一方で横のさつまが植わっている畑の真隣なんで、
煎柱がいるかもしれないな、 みたいなことを思いつつっていう感じなんですけど、
それの準備で、肥料を自分がブレンドしたやつを持って行って、
その後、畑を耕して、梅立てをして、
どういう風にやってもらいましょうか、 みたいな打ち合わせをしてという感じで、
月曜日は過ごしてきました。
火曜日ですね。
かねてからというか、先月8月26日に、
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自分が20年以上持っているジェッジ・ジョンソンというバンドの前のベースですね。
前のベースライナーを務めていた中澤さんが亡くなったということで、
普通は、いかんかもし難いというところはあると思うんですけど、
好きなバンドマンが亡くなったといっても、 いかんかもし難いというところはあると思うんですけど、
ありがたいことに、おつやんのご連絡をいただいて、
お連絡をいただいてから3、4日後だったのかな。
めちゃめちゃ急というわけではなかったんですけども、
急遽というか、1時ぐらいで仕事を終わりにして、
すぐ車で東京に向かいまして、おつやんに参加いたしました。
その後、水木ですね。
水木は、きょう金曜日、本当はきのう木曜日ぐらいから雨が降るという話だったので、
にんじんまいたり、ブロッコリー植えたり、
それから、甘長唐辛子を植えたりとか、というのを急いでやって、
今に至っているという感じですね。
きょうは、じちおんさんと中澤さんの話をさせてもらえたらなと思っております。
やっぱり、なにせ急だったので、驚きましたね。
葬儀の会場が比較的近かったので、高橋さんにお声かけさせてもらって、ご飯を一緒に食べさせてもらいました。
高橋さん、ご馳走になりました。ありがとうございました。
本当にショックで、今でもショックというか、信じられないような気持ちが強いですね。
営業のときもですし、自分も祖父母を亡くしていますので、
妻のおばあちゃんの葬儀に立ち会ったりしているので、
もちろん初めてというわけではないんですけど、
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ほぼ同じ年代、上の年代ではない方のおつやに行くということもものすごいショックでしたね。
おばあちゃんとか、ある程度ご年齢を召していらっしゃる方は、覚悟というか、なんとなくそういうもんだよね、みたいなのもわかるんですけど、
ご連絡いただいた方も、すげえ久しぶりに連絡をくれて、
彼も結構有名なバンドマンで、紅白とか今出ているのかな、わからないけど、
多分そこら中いろんなところでテレビ出たりとかされているんですけど、
自分がすげえその人に会っていたのがもう10年前くらいだと思うので、覚えていてもらって、
やっぱりまさかそんな嘘だろう、みたいなのは本当に一番最初でしたね。そんなわけないだろう、みたいな。
ジェシュ・ジャンソンとすると、2010年かな、
メインというかフロントマンの人、ジュニアさんを除いたメンバーが脱退ということで、
その時に中澤さんと添井さんと2人が抜けられて、その抜ける時のライブも行きましたね。
ユニットだったと思います。
ユニット行った後に渋谷のクラブでアフターパーティーみたいなのをやるって言ってたし、
その後中澤さんは抜けられてからはハイフラックスというバンドでベースをやりだしたけど、
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ハイフラックスもちょっと経ってからだよな、確か。2010年即即みたいな感じではなくて、
どれくらいだろう、2015年くらいかな。
でもちょっと空いてからハイフラックスというバンドでやられてましたね。
それはそれで見に行きつつっていう感じだったんですけど、
ハイフラックスの活動はそんなに目立ってしなくなっちゃって、
今年の8月久しぶりにやったんですよね。
それは別に見に行ってなくて、後から知ったんですけど、
その時は中澤さんがいなかったんですよ、バンドメンバーなのにというか。
中澤さんなしでだったんで、なんかあったんかなみたいなのをちょっと思った。
どっちかというともうバンドをやらないのかなとか、そういう心配というか懸念みたいなのがあったんですけど、
まさかね、どうやら末期があったということで、その時にはだいぶ厳しい状態であったという話でしたね。
そんな方が本当に目耳に見ずっていう感じになったんじゃないかなと思います。
早かったですね、連絡というか同病みたいなのは知らなかったんだけども、
本当に感覚的にはスッとあけなくいなくなったというか、
亡くなってしまったという感覚で、超怖いなって思いましたね。
まあ多分葬儀、自分の仲間だけじゃなくてね、いろんな会社の方のお花とかもあったんで、
普通に就職というかどこかで働かれてたとは思うんですけど、
健康診断とかね、ちゃんとやってれば上がったのかもしれないですけどね、
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なんかそういうわけでもなくという感じだったのか、いやはやショックな。
ショックとしか言いようがないですね。
自分もちょっと日が立って、ちょっと冷静に話せるぐらいになっているというか、
実はちょっと帰り際に撮ってみようみたいなのがあって撮ったものの、
なんか久しぶりにね、とても人に聞かせられるものではないみたいな感じで辞めたんですけど、
いやはやショックですね。
中澤さん、
ジェジのベースライナーという表現をしたんですけども、
ジェジオンソンではベーシストの人をベースライナーという風に表現して、
これは独特な表現だし、かつベースライナーという言葉がピッタリ合うんだけども、
普通のというか、やっぱり結構独特のベースなんですよね。
ライナーって直線的とかそういうのもあると思うんですけども、
すごい滑らかなベースが多かったりとか、
主張しているというわけではないんだけども、
単にその楽曲を支えているというわけでもない。
ちゃんと楽器の一部だし、メロディーの一部だし、
みたいな、そういう立ち位置なんですよね。
ジェジ自体、バンドなんですけど音源の音数がすごい多いバンドでもあるし、
ライブはライブでいいんだけど、音源の作り込み方というところに一定のこだわりとクオリティが見られるバンドでもあるので、
そこがまたちょっとバンドと違うところかなとも思うんですけど、
やっぱりその中でのベースというのはほどほど大きい立ち位置で、
またジェジ・ジョンソンの中ではベースの役割というのが結構広義というか広くとられているんじゃないかなというふうに思っています。
15:14
ハイフラックスも結構歌物的なところもあるんですけど、
特にハイフラックスの02という2番目の出した音源、最初は3曲入りかな、
2番目がフルアルバムみたいになっているんですけど、そのフルアルバムはかなり02は中澤さんメインみたいな、
そういうアルバムになっているので聴き応えが結構あるんですよね。
これはベースライナーしているわみたいな、違うバンドなんだけど感じるような劇になっていましたね。
やっぱりバンド、今は今で西ヶ谷さんという方がベースでやられているし、
ジェッジ・ジョンソンの形というかライブが変わったんですけど、
それが今のジェッジ・ジョンソンなんですよね。
ジェッジ・ジョンソンは統一されたものではなくて、今のジェッジ・ジョンソンという感じで、
前のジェッジは前のジェッジなんですよね。
これはメンバーの入れ替えとかがあったバンドあるあるかもしれないですけど、
やっぱりあの音が聴けなくなる、もう絶対に聴けないのかというのは寂しいなとシンプルに思います。
26年は基本的には2回とか行ったらいいよと。
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それは基本的には今度27日のジェッジのライブには行こうかなと思っています。
ちゃんと見届けないといけない、自分にとってライブの秘密になりそうな気がするので。
軽自動車でいつもの納品する車で行くんですけど、片道洋賀で降りれば3000キルくらいなんでね、電車で行くよりは全然安いし。
駐車料金もかかりますけど、それでも新富士だと8時40分かそこら辺の電車で下北でないと帰れないんですよね。
三島だとちょっと長いですけど、そんな感じなので、車は結構いいかなと思っているし、
シンプルにもうちょっと出歩きを後悔しないように出歩いた方がいいかなというのもありますね。
ただ、なんで2026年で歩かないようにしようと言ったかの大前提は基本的には仕事、行為、無理矢理休んででも行く、それはやめようという感じだし、
実際、毎回言ってますけど、すごい上手くいっているということは決して言えないレベルなので、何ともかんともしながら行かないといけないんですけど、
行かなくて後悔しているよりは行った方がいいかなというのも思うところではあるので、
なので全てのイベントに出ますとかいうつもりは全然なくて、あくまで仕事が優先だし、その中で都合がつけられる場合、もちろんお金の都合もあるし、
大阪行くところはそんなに簡単ではないので、こと今年行くというのは普通に無理かなと思っているんですけど、
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それでも東京を地味に行くくらいはしたいなというのもありますね。
多分11月から12月にかけてというのはずっと忙しいと思うので、そこの辺で歩くのは結構厳しいかなという気はしているんですけど、
今のところ、よくも悪くも9月ちょっと空きそうな気がするので、今のうちかなというところで行っていきたいと思います。
東京行くことになるので、多少早めに行って何かしたいなと思いつつ、そこは全然決めていない状態ですね。
どこほどあっけなく人はいなくなるんだなみたいな、そういう感想と、やっぱり被災問題が厳しいなというのは、それに対して抗う術がないというか、
健康診療へ行くとかね、そういうのはもちろん大事、やっぱり死ぬときは死ぬというかね、そういうのも思い知ったところではあって、
やっぱり日々無駄なくというか、頑張って生活したいなというのは普通に思うところではありますね。
ではそれとして、さっきの出歩くというところにちょっと話が行きますけど、仕事ばっかりしていてもね、じゃあ何のために仕事をしているんだよみたいなところで行くと、
仕事をするために生活しているわけでは全然ないというところですね。
自分にとっては仕事をするというのはすごい有意義なことだと思っているし、それを証明していかないといけないという思いもあるんですけど、
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なるべく仕事だけしていって何か後悔するということはないようにしたいなということを思ってはいますね。
中澤さんももうというか6個上かな、16歳と言っておったので、学年的に6個上になるのかなと思うんですけど、
まだまだいろいろできるような年齢にもかかわらずというところが、中澤さんが亡くなったことで、
自分のこれまでというか、ジェッジジオンソンと出会って、こっちと出会って中澤さんのことでしたし、それからジェッジがリスタートして、
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2012年、サーキットイベントの東京ブートレックだったかな、それに出るというのが最初で、7月くらいかな。
その後9でワンマンだったかな、そこでサポートというか、今のメンバーという形で、ひびきさんとキレ君とマイマイ入ってという感じだったと思うので、
かれこれ10年とか5年とかは、新しいジェッジの方になっているわけですね。
自分もライブに初めて行って、中澤さんをジェッジで見たの3回くらいかな。
当時石川県の大学にいたので、そんなにいっぱい見るというのはできなかったんだけども、なるべくで行ってましたね。
石川で中澤から東京までの夜行バスに乗って着いて、大学生なんでお金もないし、別に何もないんですよね本当に。
東京ってお金出せば色々できることはあるんだけど、お金がない人には厳しい街というか、そんなイメージがあって。
夜行で着くけど別に何かすることもなくて、ライブ見てそのまま夜行で帰るみたいな、そんなのをしてましたね。
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なんかめちゃめちゃ見るっていうのはなかったかなとはね、ちょくちょくお話させてもらったけど、会うということ自体はすごい少ないのに、こんなに思い入れがある人っていうのは本当に少ないなと思ってますね。
着いたのでこの辺で終わりにしようと思います。
ちょっとまた出歩こうと思いますので、何かあればお付き合いいただけたらと思います。
中澤さん、ご冥福お祈りいたします。お安らかに眠ってください。お聞きいただきましてありがとうございました。
31:17

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