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さて、この時間は日替わりコメンテーターによる解説で日々のニュースを掘り下げる
Brush Up。月曜日は法学者の谷口真由美さんです。谷口さん、おはようございます。
おはようございます。さて、今日は自民党・西田昌司参院議員の問題発言についてですね。
はい、私はフツフツと怒っております。
そういう方も多いと思いますよ。
本当に報道がたくさんあるので、ご存知の方も多いと思うんですけど、
5月3日に那覇市で行われた憲法に関するシンポジウムで、沖縄の伊都満市にあるひめゆりの塔の沖縄線で犠牲になったひめゆり学徒隊の説明について、
西田参院議員が、日本軍がどんどん入ってきてひめゆり隊が死ぬことになり、
アメリカが入ってきて沖縄が解放されたという文脈で書いてある。
歴史を書き換えるとこういうことになってしまうなどという発言をしたというものです。
これについて、7日にも記者会見をして、国会議員になる前の20年以上前に視察に行ったことがあると、
私が展示を見てそう理解した。展示の文章を覚えていないが、そういう印象を持ったという発言をしたというものですね。
続けて、沖縄戦は民間の方もたくさん犠牲になったが、助けるために日本軍が行った。
日本人を守るために先人は戦い、犠牲になった人を痛むと同時になぜそういう戦争が起きたのかを、
日本人自身が問いかけなければならないという文脈で発言したというふうに述べて、
当初撤回も謝罪もするつもりはないと事実を言っているので、そういうつもりはないと沖縄県民を傷つける意図はなかったと。
そうなんです。こういうふうに発言したんですね。
ところが、もちろん姫百合平和記念資料館は、西田氏が言及した事実は、そもそも資料もないということをはっきり言いまして、
沖縄県は知事をはじめ、沖縄だけではないんですけれども、沖縄の自民党の国家議員の人たちも、
どういうことだということで抗議をされた。沖縄県議会も緩和できないということで、抗議決議を行うということになったという背景がありました。
それを受けて、9日に国会内で西田参議院議員が記者会見をして、姫百合の党の展示内容をめぐる自身の発言については、
丁寧な説明なしに姫百合の党の名前を出したこと自体非常に不適切だった。
沖縄県民姫百合の党の関係者にお詫び申し上げる。発言は訂正削除するというふうに謝罪をしたんですけれども、一部謝罪なんですね。
だから全部について謝罪をしたわけではないので、今でもやっぱり展示をめぐる事実関係については事実だという前提で今も話しているということを言っていて、問題は事実だけで。
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ちょっと回線が乱れてしまいましたかね。ちょっと復旧に時間がかかるかもしれません。リスナーの皆さんすみません。
今は自民党西田議員の発言についてということで、今ちょっと技術的な対応しておりますが、どうでしょう。音声聞こえますかね。
すみません。戻りましたかね。音声聞こえますか。はい戻りました。すみませんちょっと音声が途切れてしまいました。すみません。
すみません失礼しました。それで西田氏の発言について、いろんな方が抗議をしたということがあって、ひめゆりの党というものについてですね、今更ですけれどもやっぱりちょっと皆さんにも再度お話をしたいなと思います。
ひめゆりの党に行かれたことのある方、就学旅行とかでですね、行かれたことのある方。
またちょっとトラブルが起きてしまいましたね。
戻りましたかね。タニーさんすみません。またちょっと音が途切れてしまいまして。
よくないですね。すみません。とんでもございません。改めてひめゆり学徒体についてですね。
すみませんちょっと続けます。
ひめゆりの党は沖縄戦で亡くなられたひめゆり学徒と呼ばれる方たちの慰霊碑があるところですね。
米軍の攻撃により多くの死傷者が出た伊原第三外科号とあったところにできています。
後にひめゆり学徒体と呼ばれることになるのは沖縄師範学校の女子部、沖縄県立第一高等女学校の生徒たちなんですけれども、
まず今の那覇市の麻生というところにあった学び屋で学園生活を送っていたということで、入ってすぐは女子中高生が楽しそうに
学園生活を送っているというところから展示が始まるんですね。
日常を一変させたのが戦争で、米軍の沖縄本島への上陸作戦が始まったのは1945年の3月です。
その時に沖縄の女子学生たちは日本軍の病院に動員をされるということになって、ひめゆり学徒体は丘の斜面に掘られた粗末なところで
武将兵の看護とか水汲み、伝令、食料運搬などになって、昼も夜も命がけで働き続けたということですね。
結局戦局が悪化して砲弾が飛び交う中、南部に撤退していくというので、6月18日に解散命令が出されると生徒たちはチリジリになって、北から迫ってくる米軍から逃れるため
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南の海岸を目指し、生き残って海岸までたどり着いた生徒も最後は逃げ場を失って、半数以上が悲惨な死を遂げたというものですね。
私は実は沖縄の琉球新報で連載をしていたことがあって、沖縄に何度も足を運び、沖縄の皆さんともお話を聞くのですが
姫百合の証言というのも、生き延びられた方たちも、相当トラウマももちろん終わりだし、自分だけが生き残ってしまったということで
何とも言えない感情を持ちの中、振り絞るように証言をされているんですね。
そういう方たちの気持ちみたいなことを踏みにじる発言ですよね。
これを機に皆さん、今年戦後80年ということもあるので、もう一度
歴史って実は事実は一つしかないんですね。 ただその事実に対していろんな見方を論評を批評を後から後の世代の人間が加えてるっていうのが歴史の解釈ではあるんですけれども
事実そのものがわからない。古代のこととかではなくて、まだ生きていらっしゃる方もいらっしゃるという状況の沖縄戦の話について
やっぱりその事実を歪めるようなことを発言することそのものには、きちんとした批判を政治家に対してでもしなきゃいけないと思うんですね
やっぱり1945年3月26日から始まって、組織的な戦闘は6月23日に終了している。
終了したってことは沖縄が降伏したってことなんですよね。
また音が途切れてしまいました。
また一瞬途切れてしまいました。
どうでしょうか。音声戻りますかね。 谷口さんいかがでしょうか。
3日に終了したということになっていますけれども、終了し聞こえますでしょうか。
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はい聞こえます。また途切れてしまいました。
リスナーの皆さん本当にすみません。何度も繰り返し断線してしまいましたが、今復旧しております。
谷口さんいかがでしょうか。
聞こえますでしょうか。
聞こえましたか。申し訳ありません。本当申し訳ありません。最後結論に入りますけれども、
皆さんにも戦後80年、皆さんの周りでも辛い戦争の体験を持った方のお話をご存知の方も多いと思いますけれども、
沖縄はその後もやっぱりステイ市という風にされて、現在も日本で一番米軍基地の多い土地になっています。
そういうところのお住まいの方であったりとか、生き延びられた方、子孫の方の気持ちも考えながら、やっぱりこの姫百合の塔の発言がどんなものであったかということをもう一度皆さんも考えていただけたらなというふうに思う次第です。
はい。その沖縄戦の実装に触れることのできる貴重な場ということにもなっておりますので、沖縄を訪れた際には是非そういったところにも足を運んで実装に触れていただきたいなと思います。
谷口さんありがとうございました。どうも失礼しました。ありがとうございました。
リスナーの皆さん、途中お聞き苦しいところがありました。大変失礼いたしました。この時間は谷口真由美のブラッシュアップでした。
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