こんにちは、小畑昌吾です。 こんにちは、種市明です。
この番組、テクノロジーとカルチャーの種あかしでは、ファッション、ウェルネス、食、スポーツ、テクノロジーなど、感度の高い大人が気になるこれからの話題を日常目線で緩く語っています。
お届けするのは、Decentierでブロックチェーン、クリプト、AIのコンサルティングや、デジタル関係サービスSlappsを提供する小畑と、BEAMS出身で今フリープランナーとして活躍する種市明さん。
それぞれの視点で、ちょっと先のライフスタイルを考えていきます。
お願いします。
ゲスト回です。
いやいや、もうね、効果がわかってるけど。
え?そうっすね。
ちょっと打って湧いた大チャンスというか、大ラッキーなことに。
いやー、そうですね。僕、ファンですからね。
おかげだったね。まさかの展開ね、これ。
まさかの、はい。
急遽だもんね、割と。
はい。
緊急で、何とか回してますみたいな。
緊急で、そうですね。
そういう感じではない。
そんな感じ、そうですね。でもそのくらいかもしれない。
それはない。
それはないでしょう。
はい。
いやいや、あるよ。結構急遽だよね。
結構急遽ですね。
それ聞いたらもう、だって他のもやりたい、やりたい、やりたいって。
万難を背して。
差し込んだもんね。
ということで。
はい。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ノンネイティブのディレクターの藤井貴之です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
何から話そうかなって考えたんですけど。
一応ね、考えたんですけど。
いや、めっちゃ考えましたからね。今回。
何年くらい遡るんですか?
何から聞けばいいのかな?
シンプルにね、だってさ、アパレルの人はもちろんみんな知ってるから、業界の人はね。
そうじゃない方々って聞いてらっしゃる方がたくさんいらっしゃると思うんで、いろいろ。
質問が結構あるんですけど。
はい。
お願いします。
割と黙ってね。
割と、いやいやいや。
どうぞ。
はい。
いや、なんで僕いろいろ聞きたいことあるんですけど。
なんか一番初め、藤井さんどういう人なのかなっていうところから入った方が。
まさに今谷井さんおっしゃったように、知らない人も多分間隔ね半分ぐらいは結構ITとかの人が多いかもしれないんで。
知らない方もいらっしゃる気もするんで。
ちょっとそっから行けると、後々の話が分かりやすくなるかもしれないなと思って。
なんでちょっと藤井さんがどんな方なのかなっていう。
幼少期から行く方がむしろ面白い気がしてきたので、ちょっとそっからお願いできればと思うんですけど。
生まれどこなんですか。
僕は生まれは奈良です。
いつまで奈良。
奈良で小学校2年生の時に天気で大分に引っ越したの。
中津。
で中1までいたの。
でまた奈良戻ってきて。
でいつまで奈良に。
18で上京したんで大学の入学で。
なるほどなるほど。
で東京に来られて何されてたんですか。
東京に来て大学生です。
武蔵信濃美術大学。
名門ですね。
入ったんですけど遊んだりとか洋服とかでなんかもう全然行かなくなっちゃって。
あれその時あれよねなんか行ったことないお店だったけど、洋服屋さんで。
古着屋さんとセレクトのお店があって。
そこにそれこそ時知らずだった一ノ瀬くんが入江くんビームスの。
もう一緒に働いてたっていうかみんなバイトで回してた。
そこのお店で大学生の時に。
そうです。で客がピンちゃんとかだったんです。
そうなんだ。
みんな国分寺にいたんですよ。
国分寺の古着屋さん?
古着屋と買い付けとそれこそレッドウィングとかビルゲンやったりとか。
あの時はエアマックス買ってきたりとか。
そういう緩い感じの。
そこが18、19時くらいですかね。
じゃあ国分寺近辺に住んでたんですね。
そうです。国分寺に住んでて、学校が国分寺だったので。
そっち遊びとかバイトに目覚めちゃって。
大学3年生。
それこそ辞めようと思ったんですよ。
大学を?
洋服屋さんになりたいとか留学したいとかになって。
もちろん親がうち田舎者なんで、留学とか何それみたいな。ありえないみたいな。
じゃあ洋服屋で働くって言ってビームスジャパンを受けたんですよ。
ああそういうことなんだ。
それは国分寺にいて大学生になって留学しようか。
中退?中退するのに、もちろん親は反対するじゃないですか。
でも古着屋じゃダメだみたいな。結構厳しいんですようちの親。
なるほど。
うちの親がちょうどその時新宿で単身不倫だったんですよ。
本社があって西口で働いて。
ちょうど僕東京にいるじゃないですか。
呼び出してビームスジャパンで建設中の時に俺ここ入るからって言ってやめていいかって言って。
すごい。
まあいいかどうかわかんないですけど、一応ちゃんとしてるじゃないですか。
建物みたいな。
そうそう。でかいし。
すごいストーリーだね。
それで押し切って入って。
それは何ですか。だから卒業せずに中退してそこで就職した。
中退した後に入った。
中退するかどうせするんですけど。
するならどうすんだって言うじゃないですか。親だったらきっと。
じゃあなら帰ってくるのかとか。
心配だからお金どうするのとか。
だからビームスだったらいいんじゃないかなって。
いいんじゃないかなって言うのはそんな失礼なんじゃないですけども。
一番でかいのができたじゃないですか。新宿だし。
そうだったんですね当時。
そこでタネさんに会ってしまうんですけど。
もういいのに最初。
そこでからの。
中退と同時にビームスに社員で入ったんですか。
いやアルバイトですねオープニングスタッフで
アルバイトで入ったんですね地下1階。
新宿の店舗に入られたんですね。
なるほどなるほど。
それは洋服屋やるためにビームスで勉強するみたいな感じだったんですか。
あの時何も考えてなかった。
学校でファッション系のクラスだったんですけど。
嫌です勉強するのがファッション。
ファッション系のクラスってそういうむさびにあるんだ。
あります。今はないんですけど。
今は空間演出デザイン学部っていうところにいたんですけど。
今だと辞められた片山さんとかが教授で。
めっちゃ面白そうだなと思ったんですけど。
僕の時は一世宮城系の方とかがいたんですけど。
モード系じゃないんで。
全然頭に入ってこないから。
でもむさびって憧れの美大ですよね。
僕もそうですね。
本当は文化に入りたかったんですよ。
高校生ぐらいの時からファッション系で完全に行こうと。
高校生の時に裏腹ブームになったんで。
みんな文化に行ってるじゃないですか。
文化に行くのも絶対いいと思ってたら。
そこで専門学校だったらダメって。
確かにそれは言い方が悲しいけど。
むさびに入るって言ったら。
だから東京の大学しか受けなかったんですよ。
みんな関西を受けるんですけど。
東京行きたいだけだから。
むしろ浪人してもいいぐらいで。
東京の予備校に行ければ良かったんで。
それぐらい朝八日に入っちゃったんで。
でも入れるって。
入るのめちゃくちゃ難しいんですよね。
そうっすね。
なかなか頑張りましたね。
デザインの試験って何があるんですか?
デッサンと学科ですかね。
その時は洋服の道に進もうと思ったんですか?
なんとなくスニーカーが好きだったんで。
ラシックスとかミズノーとかわからないですけど。
そういうデザイナーにはなりたかったのかもしれないですけど。
でもざっくりしてるし。
年齢的に全部やり方がわかるわけじゃないもんね。
その時デザイナーさんというよりは店員さんがとにかく憧れの職人。
時代はそうだよね。
教師になったりとか。
だからあんま考えてなかったっすね。
で、そこから?
で、ビーングスに入ったのが20歳か21か。
その時にめちゃくちゃ雑誌の取材とか出してもらう。
スナップとか。
ちょっとプチプチバブルみたいなのが来て。
俺は途中から新宿のお店に配属になって来たんだけど。
その時に新宿にいたメンバーが。
社員の人たちもいたんだけど。
入ってきたんだけどアルバイトの奴らの方が目立ってたっていうか。
問題になりましたもんね。
ファンみたいのも来てるし。
でも別にめちゃくちゃな時の最後の時代みたいなもんだよね。
もう別にお店で売ってないもんとかも。
着まくって。
上住に靴買いに行って気に入らないから夕方なんか抜け出してとか。
あと俺覚えてるのが今日合わせが気に入らなかったから来ないみたいな。
遅刻じゃないですか。
めちゃくちゃだったよ。
その時の店長さんがすごいいい話し方で。
担任の先生みたいな。
担任の先生的なね。
担任さんとかもこういう感じだから。
俺はフワッとしてたからあれだったけど。
おろいジャンビーなことは言ってくれたんですけどよく持ってない方もたくさん。
でも押し切ってたよ。
いわゆるカリスマ定員的な。
そんな感じです。
だから結構来てましたね。
お客さんで今活躍してる人も。
なかなか面白い時代。
自由だったね。
仕事中に欲しいスニーカーの電話を別の店に電話してたから。
取り置きするとかやってて。
客中の電話じゃねえじゃねえかそれみたいな。
休憩時間原宿行ってましたって。
めちゃくちゃだったよ。
でもやっぱり個性的な。そっからね。
藤井ちゃんももちろんそうだし。
有名なスタイリストになったやつもいるし。
結構集まってたんですね。
加藤さんもいましたよ。
加藤ちゃんは今BIMSも残ってるけど。
後々聞くとあの時の新宿行ってたんですよっていうメンバー結構いて。
美永君もそうだし。
僕も覚えてます。
ポギーとかもアローズができて毎日来てて。
なかなかだってネットはなかったもんね。
雑誌しかなくてスナップで何来てるかみたいな時代があったですね。
そこに何年いたんですか?
僕結構長くいた風に言ってるんですけど1年半しかいなかったです。
そうなんですか?
あれそんな短かったっけ?嘘でしょ。
僕その次の会社2000年のオープンで入ってるから。
本当に?
何濃厚な時間。
その1年半は完全に重なったんですか?場所も。
俺は半年くらいだね。
移動っていうのが社員さんの話で。
谷さんは柏店から来て。
俺は銀座行って渋谷行って柏行って新宿になった。
1年半だったの?
急にめちゃくちゃ混んでたんだけど。
お店がでも忙しかったよね。
そうですね。でもファックスだったんで。
僕ファックスを受け取っちゃったんですよ。店長を当てないと。
社員1人かバイト2人?みたいな削れみたいな。
俺覚えてるんだけど、本当かどうか分からない。
とにかく社員、ちょっと人員削減をしなきゃいけないってビームスが。
新宿でってなった時に、アルバイトが何人?
社員は多分動いたりなんだったりになると思うけど。
割とスター選手でアルバイトもたくさんいた。
だけど多分最初の方に、俺じゃあ出ますって言って。
でも下の子たちにも、僕はなんとかなるんでみたいな。
俺それ聞いて、こいつなかなか弾力あんだ。
飽きてたのかもしれないけど。
もうちょっと長く言ってた。
1年半でね。
そっか。
それ当てがあったんですか?
ないです。
それ次の話に繋がるけど。
当てがなくてあそこに行ったの?
あれはトラバーイウで募集してた。
マジで?
次はどこに行った?
サイラス。
サイラスランドマリア。
分かりますよ。
めっちゃ行ってましたよ。
それのオープニングです。
そうなんですか?
あそこの二階のお店ですか?
そうなんですか?
その時、藤井が辞めた後にちょっとして
サイラスっていうブランドがめちゃくちゃ人気があって
とんでもない何時間も行列できるようなお店にいきなり入ってて。
そこでももちろんオシャレでってなった時に
これは決まってたのかって思ったけど
トラバーイウだったの。
あれすごかった。1000人くらい受けてたんだよ。
そうなの?
10人で募集。
トラバーイウってこういう?
いろいろ受けましたよ。
ルイビトンとかバーディーズとか。
トラバーイウって旧人気。
分厚い。
それを毎週買って。
そしたら出てると思って受けて。
1000人受けて10人なんですけど
2人もうこの辺で決まっちゃってるって噂を聞いて
8人じゃんって。
ビームスだったから撮ってくれたっぽいっすね。
ちょっとそういうのがちょっと必要とされてて。
こいつ結構面白いなっていうのはもちろんね。
雑誌の多分あれも見てただろうし。
すごい。それで入ったんだ。
そこは社員で入ったの?
社員ですね。
トラバーイウで社員で
サイラスってサイラスっていう会社?
ワングラムっていう。
今はシュプリームとサイラスをやってる会社。
今はもうサイラスをやってないですけど
シュプリームの会社ですね。
なるほどね。それ知らなかったわ全然。