レクチャーシリーズ「パターンで学ぶ議論の仕方」(全8回)は,議論の仕方を少しずつ学び,充実した議論を行うためのスキルを高めることを目的としています。その第4回となるこのエピソード「他人と議論をしてみよう」では,掲示板などで文章を用いて他人と議論をする際の心得とコメントの書き方の具体例を解説しています。
なお,このエピソードは,私(たな)が大学の授業で使っている講義ビデオ「掲示板でのコメントの書き方」をもとに作成しました。したがって,「このビデオ」といった言い方が出てきます。ビデオでは,スライドを示しながら説明していますので,そのスライドを下に掲載します。文字起こし欄に,そこで参照してほしいスライドの番号を【スライド1】などと記載していますので,必要に応じて参照してください。
また,講義ビデオ自体も下に掲載していますので,必要に応じて参照してください。
スライド1

スライド2

スライド3

スライド4

スライド5

スライド6

スライド7

講義ビデオ
参考文献
They Say / I Sayのパターンについては,次の文献を参考にしました。
G. Graff & C. Birkenstein, They Say / I Say: The Moves That Matter in Academic Writing, 6th ed., W. W. Norton, 2024.
サマリー
このエピソードでは、実際に掲示板で議論をする際に注意すべき点や具体的なコメントの書き方が説明されています。
議論の心得
【スライド1】掲示板でのコメントの書き方について説明します。【スライド2】このビデオでは、次の4点について説明します。
1.議論の心得。 2.掲示板でもThey Say / I Say。
3.具体的なコメントの書き方。 4.応答(Yes/No/OK, But)以外のコメント。以上です。
【スライド3】議論の心得としては、次のことがよく言われます。 英語で言いますと、Respect and Toleranceです。
日本語に訳しますと、敬意と寛容とでも訳せるかと思います。 ここで、Respect、敬意というのは、場合によっては尊重というふうに言う場合もあります。
そのポイントは、相手を大切な人として扱うということです。 必ずしも相手を尊敬する必要はありません。
自分の考えと違う人、自分はその人が間違ったことを言っていると考える場合でも、Respectすることは可能です。
つまり、その人の意見を尊重するということです。 それから、Tolerance。
寛容と訳しましたが、場合によっては忍耐というふうにも言えます。 こちらの方が、より自分の考えと違う人、同意できない意見の人に関して当てはまることですが、
そのような人の意見でも、ちゃんと受け止める、 受け入れる必要はないです。受け入れなくてもいいのですが、受け止めるということが大事です。
これがToleranceです。 この議論をするときに、RespectとToleranceということを重視するというのは、なぜなのか。
なぜそれが大事なのかと言いますと、 議論においては、自分と意見の異なる人がいるということが大事だからです。
前に言いましたが、議論というのは、人によって意見が異なるようなことについて行うものです。 ですので、議論するときには必ず意見の相違というものが必要なわけです。
ですので、自分と意見が異なる人というのは、 議論する上で必ず必要な人なんですね。
ですので、非常に大切なものです。 その人がいるということを尊重し、ありがたいと思うことが大事です。
これは例えて言えば、対戦相手がいるからこそ試合ができるスポーツと同じようなものです。 自分のチームだけあっても対戦はできません。
しかも、相手が弱すぎれば、それは良い試合にはならないだろうと思います。 ですので、手強い相手というものが
掲示板でもThey Say / I Say
スポーツと同じように議論でも必要だということですね。 【スライド4】意見を言うときに、They Say / I Say というパターンで言うということは前にお話ししました。
They Say / I Say というのは何を意味しているかというと、 I Say、すなわち自分の意見を言う前に必ず They Say、他人の意見を要約して紹介するということです。
つまり、自分の意見というものは、誰かの意見に対する応答として述べるのだ、それが良い意見の述べ方だということですが、このことは掲示板で議論する場合にも当てはまります。
掲示板でも、They Say、他人の意見の要約というものを必ず前に置くようにしてください。
掲示板で議論するときには、このことがよく省略されてしまいます。 あるいは軽視されてしまいます。なぜでしょうか。
それは掲示板だと、自分が書こうと思っているコメントの元の意見というものが目の前にあるからです。
つまり、自分が意見を書けば、その意見は自分が意見をつけようと思った元の意見と並べて表示されるわけですね。
そうしますと、わざわざ自分の意見の中に相手の意見を書く必要はないのではないか、というふうに思ってしまうわけです。
けれども、それはよくありません。 やはり自分が意見を言うときには、このThey Say / I Say のパターンを必ず踏むようにしてください。
なぜでしょうか。ここに3つほど理由を書いておきました。
一つは、論点を明確にするためです。 一つの意見の中にも論点はいくつかある場合がありますし、また論点が見えにくい場合もあります。
ですので、論点を定めるためには、あるいははっきりさせるためには、このThey Say というものを入れることによって、自分は何について論じているのかということを明確にすることができます。
また、先ほど言いました議論の心得と関連する意味もあります。
すなわち、他人の意見を自分の言葉で言い換えて紹介するということは、相手に対する敬意、Respectを表明するということにもなります。
また、それが自分の意見と違う意見の場合には、まず相手の意見を自分の言葉で言うことによって、相手の意見、これは自分とは違う論、異論となるわけですけれども、それを受け止めるということにもなるわけですね。
これは一種のToleranceを表している、寛容あるいは忍耐を表しているということになるでしょう。
このような意味がありますので、たとえ繰り返しのように思われたとしても、They Sayを省略せずに必ず書くようにしてもらいたいと思います。
具体的なコメント例
【スライド5】ではここでは、具体的にどのようにコメントを書けばいいか、掲示板でのコメントの書き方について具体例を用いて説明したいと思います。
まずこのような例を紹介します。Aという人が書いた意見に対してBという人がコメントをつける、そのような場面だと思ってください。
まずAの意見です。 「オンライン授業は本当の授業ではないと思います。
なぜならば、本当の授業とは教室で人と人とが直接関わり合うことで成り立つものだからです」。
このような意見が書かれたとします。これを読んだBという人は次のような意見を書き込んだとします。
「B:私はオンライン授業も悪くないと思います。通学しなくていいので楽だし、その時間を他のことに有効に使えます」。
このBのコメントはどうでしょうか。皆さんいいコメントだと思いますか。
一見しますと、これはオンライン授業について議論している、いい議論のように見えるかもしれません。
Aはオンライン授業について否定的な意見、Bはオンライン授業について肯定的な意見を述べ、
オンライン授業について否定側、肯定側、両方で意見を出し合って、議論が進んでいるように見えるかもしれません。
しかし、これは先ほどのThey Say / I Sayの観点から見ますと、良くない例ということになります。
先ほどの原則に立ち返ればですね、BはAの意見を自分の言葉で要約しなければいけません。
しかしこの例では、Bの意見の中にはAの意見が一つも出てきていません。
ただ自分の意見を述べているだけですね。
このような形で意見を述べ合っていくと、議論はすれ違って深まりを見せない、
ただただいろんな意見が出てくるだけということになってしまいます。
では、先ほどのAの意見に対して、They Say / I Sayの観点からきちんとしたコメントを書くにはどうしたらいいでしょうか。
【スライド6】次の例はそれを実現した例だと思います。
もう一度AとBの意見を読んでみます。
「A:オンライン授業は本当の授業ではないと思います。
なぜならば、本当の授業とは教室で人と人とが直接関わり合うことで成り立つものだからです」。
この意見に対してBは次のようにコメントを書いたとします。
「Aさんは『本当の授業とは教室で人と人とが直接関わりあることで、
(ここ間違えてますね)関わり合うことで
成り立つもの』と言っていますが、私はそうは思いません。
なぜならば、大切なのは学ぶべきことがきちんと学べるかどうかだからです。
それが実現できていれば、オンライン授業でも『本当の授業』と言っていいと思います」。
前の意見を前段で要約して紹介していますので、文章としては長くなっていますね。
そして、そのThey Sayのところですが、このかぎかっこでくくった引用で表した部分、これがThey Sayに相当します。
このようにそのまま引用してもいいですし、
引用が長くなるようでしたら自分の言葉で短く要約するのがいいかと思います。
They Sayを言った後でI Sayを言うわけですが、I Sayというのはまずは自分の応答をはっきりと示すということですね。
ここではその応答がNoの応答、同意しないという応答になっています。
この同意しないということを表現する言い方はいろいろありますね。
「私はこの意見に同意しません」というようなちょっと硬い表現も可能ですが、ここでは実際に口頭で議論しているようなそういう雰囲気を出すために
「私はそうは思いません」というような、普通の話し言葉で言うようなそういう表現を使ってみました。
そして、その後で「なぜならば」ということで理由を述べていますね。
このように書きますと、ここで成り立っている議論の論点は何かということが明確になります。
それは何かと言いますとこの引用のところでも出てきています。「本当の授業」、これが論点ですね。
本当の授業とはどういうものなのかということをめぐって意見が異なっているわけです。
Aさんは本当の授業というのが教室で人と人とが直接関わり合う。
ここが本当の授業のポイントだと考えているわけですが、Bさんはそうではなくて大切なのは学ぶべきことがきちんと学べるかどうかということが本当の授業かどうかの条件であると。
このように意見が異なっているということがはっきり書かれています。
そして、Bさんは自分の考える本当の授業の条件は学ぶべきことがきちんと学べるかどうかであるので、それはオンラインであろうとオンラインではなかろうと対面の授業であろうとそれはどちらでもいいということになります。
オンライン授業でも本当の授業というものはあり得るんだということですね。
逆に言いますと、オンラインではない対面の授業でも学ぶべきことがきちんと学べていなければ、それは本当の授業とは言えないということにもなるわけですね。
このような議論の展開も可能かと思います。
お礼と質問
【スライド7】では最後に、今言いましたようなThey Say / I Sayの形をとって述べる意見のほかにどのようなコメントの付け方があるかということについて触れておきたいと思います。
掲示板で議論をするときには必ずしも先ほどのようなThey Say / I Sayの形で議論を書かなければいけないというわけではありません。
口頭で会話をするときにも議論をするときにも自分の意見を言うというときはあるでしょうが、それ以外の言葉というものも議論の中ではたくさん聞かれるものです。
これは掲示板でも同じなんですね。
いろいろあるわけですけれども、ここではその中で先ほどの応答以外のコメントの例として2つ挙げておきました。
1つはお礼です。
コメントを付けてもらったということは非常にありがたいことですね。
それによって自分の議論が深められる場合があるわけですから、実際に深められることも多いと思うんですけれども、
ですので、コメントを付けてくれた人に対しては、そのまま付けられて放っておくのではなくて、必ずお礼を言うようにしてください。
これは相手に対するRespectですね。敬意を表明するという行為でもあります。
具体的な書き方はいろいろあるでしょうが、典型的なものとして1つ例を挙げておきました。
「コメントありがとうございました。⋯⋯という点は気づきませんでした」。
このようにしてお礼を言うということです。
単にありがとうというだけではなくて、この後半の部分ですね、一言添えるというのが大事だと思います。
そして、その中にはこの⋯⋯で表しましたが、これが先ほど例で紹介した、They Say / I Sayのパターンとちょっと似ているわけですね。
つまり、ここでも相手が言ったことを自分の言葉で言い換えて要約してですね、それに対してお礼を言う。
そこが役に立ったというふうに感謝の意を述べるということが大事です。
これも自分のコメントの中にThey Sayを取り込むということの一例かと思います。
それからもう1つ、掲示板でコメントとして書かれるものの種類に質問があります。
質問というのはいろんな質問があり得るのですが、ここには典型的な2つの質問の例を書いておきました。
「⋯⋯の意味がよくわからないのですが、もう少し説明してくれませんか」というような質問です。
これは何か書いてあることに対して純粋に教えてほしいという場合ですね。
よくわからないので教えてほしいという場合です。
この⋯⋯のところは要約でもいいし、あるいは引用でもかまいません。
これもやはりThey Sayの一種だと思います。
2番目の例、「⋯⋯と述べられていますが、⋯⋯ということは考えられませんか」という、これは質問なんですけれども、
この質問の中には意見も含まれていますね。
つまり、自分の意見はここの部分です。
「⋯⋯ということは考えられませんか」というところは、ここは自分の意見が含まれています。
それに対して、「⋯⋯と述べられていますが」というところは他人の書いたことですので、They Sayになりますね。
つまり、これは質問の形をとっていますが、They Say / I Sayのパターンを踏んでいますので、ある種の意見とも言うことができます。
しかし、自分の意見として主張するのではなく、質問という形で相手の反応を引き出すような形になっていますね。
ですので、このように書けば相手は何らかの応答をしてくれるでしょうから、さらに議論が進んでいくと思います。
それに対して、先ほどのような自分の意見を述べるということだけですと、場合によってはそれでもう議論が終わってしまうということにもなるわけで、
議論をこれから続けたいと思うならば、このような質問の形をとって自分の意見を述べるというのも悪くないかなというふうに思います。
以上で、掲示板でのコメントの書き方について説明をしました。
17:14
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