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2026/08/24 たまゆらタイム
2026-08-29 10:12

2026/08/24 たまゆらタイム

 羽田空港の過去と未来

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サマリー

この放送では、8月24日から始まる1週間の過去の出来事や記念日を紹介し、特に明日8月25日の東京国際空港(羽田空港)開港記念日に焦点を当てています。羽田空港の開港から現在に至るまでの歴史、戦争による接収、高度経済成長期の発展、そして現在の拡張計画やJR東日本によるアクセス線の新設など、未来に向けた変化について詳しく解説しています。

季節の移り変わりと8月の記念日
こんにちは、石井ケンイチです。 今週も、たまゆらタイムの時間がやってまいりました。
8月24日。 気がつけば、8月も残すところ、1週間ほどになりました。
語読みの上では、すでに秋。 昨日23日は、20四節季の一つ、初暑でした。
初暑というのは、厳しい暑さが少しずつ落ち着いてくる頃、という意味です。
とはいっても、最近の8月の下旬は、 とても暑さが収まったとは言えないような日もありますよね。
昼間はまだ真夏のような暑さ。 それでも夕方になると、日が暮れるのが少し早くなってきました。
セミの声に混じって、夜になると、 秋の虫の声が聞こえてくることもあります。
季節というのは、ある日突然変わるものではなく、 こうして少しずつ次の季節へ移っていくものなのかもしれません。
子供の頃を思い出すと、8月の終わりというのは、 少し複雑な時期でもありました。
夏祭りや花火、海や山へ出かけた思い出を振り返ると、 今年の夏も終わるんだな、そんな寂しさを感じたものです。
さてここからは、今日8月24日から1週間の 過去の出来事や記念日を見ていきましょう。
今日8月24日は歯ブラシの日。 8・2・4を歯ブラシと読む語呂合わせです。
何気なく使っている歯ブラシですが、 歯や口の健康は食事を楽しむことにも、 そして全身の健康にも関わっています。
そして明日8月25日、東京国際空港開港記念日です。 これは今日後半にたっぷりとお話します。
そして8月27日は、「男は辛いよ」の日。
1969年8月27日に映画シリーズの第一作が公開されました。 厚見二郎さん演じる車寅二郎さんですね。
シリーズは長く続き、千葉又の風景と共に 日本映画を代表する作品になりました。
8月28日はテレビCMの日。 1953年のこの日、日本テレビが民間テレビ放送を開始し、
日本初のテレビCMが放送されました。 今ではテレビだけでなく、インターネットやスマートフォンでも当たり前に広告を見る時代です。
70年余りの間に広告の姿も随分変わりました。 そして8月29日は焼肉の日。
829で焼肉。こちらはわかりやすいですよね。 まだ暑い時期ですから、しっかり食べてしっかり休んで、
夏の疲れをためないようにしたいものです。 そして焼肉の日って、焼肉屋さんによっては結構なんか安く食べさせてくれるようなね、
そういうイベントがあったりします。 最近は毎月29日で肉の日とかって言って何かしらやってるところも多いですけどね。
そして8月30日は冒険家の日とされています。 1965年のこの日、同志社大学の南米遠征隊がアマゾン川の源流からカリオまで、世界で初めてボートで下ることに成功。
そしてこの8月30日、1989年には堀江健一さんが小型ヨットで太平洋横断を達成するなど、 日本人の冒険にまつわる出来事が重なった日です。
これ後に太平洋ひとりぼっちっていう映画にもなってますよね。 こうして1週間を見てみると、古代ローマから映画、テレビ、冒険、そして空港までずいぶん幅広い歴史がありますね。
羽田空港の歴史と未来
さてここからは明日、8月25日の東京国際空港開港記念日にちなんで、 私たちが普段羽田空港と呼んでいる東京国際空港のお話をしてみたいと思います。
羽田空港、利用したことがある方も多いのではないでしょうか。 東京モノレールや京急線に乗って空港へ向かい、大きなターミナルに入ると、たくさんの航空会社のカウンターが並び、次々と飛行機が離陸していく、日本を代表する巨大空港です。
ところが開港当時、95年前の羽田は今とは全く違いました。
1931年8月25日 現在の羽田空港の前身
東京飛行場が開港します。 日本で最初の国営による民間航空機専用の飛行場でした。
場所は東京の羽田。当時は現在のような巨大空港ではありません。 現在の羽田空港がある場所の一角に小さな飛行場が作られました。
そして戦争。 1945年終戦後の東京飛行場は連合国軍に接種され、羽田エアベースとなりました。
この時、空港周辺に暮らしていた住民にも大きな影響がありました。 エビトリ川より東側の住民およそ1200世帯、約3000人に対して短期間での撤去が命じられました。
現在の巨大な羽田空港の歴史をたどると、その土地にかつて人々の暮らしがあったことも忘れてはいけないと思います。
その後、1952年に空港は日本側へ返還され、東京国際空港と解消されました。
ここから羽田は日本の高度経済成長とともに急速に発展していきます。 飛行機は大型化し、プロペラ機からジェット機の時代へ、国内線も国際線も増えていきました。
しかしここで大きな問題が起こります。 羽田にはもう十分な余裕がなくなってきたんです。
1970年代には航空需要の増加によって羽田の処理能力は限界に近づいていました。
そこで1978年、新東京国際空港、現在の成田国際空港が開港します。
国際線の多くは成田へ移り、羽田は長い間国内線中心の空港となりました。
ところが羽田の歴史はここで終わりません。 むしろここからもう一度大きく姿を変えていきます。
羽田沖の海を埋め立て、空港そのものを沖へ広げていく大規模な沖合展開事業です。
1993年には現在の第1ターミナルが開業。 2004年には第2ターミナルが開業します。
そして2010年、沖合に新しいリーカス走路が完成。
同時に国際線ターミナルが開業し、羽田に本格的な国際線が戻ってきました。
現在の第3ターミナルです。 現在では羽田からも世界各地へ飛行機がたくさん飛んでいます。
ところが面白いのは羽田空港はこれで完成したわけではないということです。
実は今もさらに姿を変えようとしています。
現在進められている大きな計画の一つが第1ターミナルと第2ターミナルの再編です。
国土交通省の計画では第1ターミナルと第2ターミナルの間に新しいコンコースなどを整備しつながるわけですよね。
国内線と国際線をよりスムーズに乗り継げるようにしていきます。
さらに第1ターミナルと第2ターミナルと共に北側へ施設を伸ばし搭乗ゲートを増やしていく計画です。
今、第4ターミナルという構想すらあるみたいですからね。すごいものです。
つまり羽田では国内線のターミナル、国際線のターミナルという従来の分け方そのものが少しずつ変わろうとしているんですね。
そしてもう一つ大きく変わるのが空港への行き方です。
現在鉄道で羽田へ行く場合、品川から京浜急行や浜松町から東京モノレールを利用する方が多いと思います。
ここへ新たに加わろうとしているのがJR東日本の羽田空港アクセス線です。
現在2031年度の開業を目指して工事が進められています。
計画している東山手ルートでは東京駅方面から羽田空港へ直接乗り入れるようになります。
JR東日本によると東京駅から羽田空港までの所要時間は現在のおよそ30分からおよそ18分へ。
しかも単に東京駅と羽田駅を結ぶだけではありません。
つのみや線、高崎線、常磐線方面など現在のJRの鉄道も活かして羽田空港への直通アクセスを広げる構想です。
さらに将来的には新宿方面へ向かう西山手ルートというのも構想されています。
そして新しいJRの駅は羽田空港第2ターミナルの近くの地下に作られる計画です。
飛行機から降りてJRに乗り、そのまま東京方面へ羽田空港の姿だけでなく、東京の交通そのものが変わる可能性があります。
将来的には羽田空港からそのまま光復方面へというのもないわけじゃないですよ。
今そこまでは着工してないけど計画はありますので、もう近い将来だと思います。
エンディング
さてお別れの時間が近づいてまいりました。
今週も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
お相手は石井ケンイチでした。
それではまた来週この時間にお会いしましょう。
玉揺らのような優しい時間をどうぞお過ごしください。
10:12

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