ちゃんみなの発言に感動
こんにちは、たまです。 こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
本日はですね、最近我々が構っているHANAというアーティストがいるというのを、前のエピソードで話したことがありますが、
HANAの7人のメンバーと、プロデューサーであるちゃんみなさんが、今回彼女たちの新しいアルバムが1個出るんですけど、
アルバム発売に先立って、7人プラスちゃんみなさんでインタビューに応えているという動画があって、
それで話されたちゃんみなさんの発言がすごい良かったので、ツイッターとかですごい流れてるみたいな前提があってですね。
その発言が良かったので、紹介しつつ広げていこうと思うんですけども、
内容が一番最年少のメンバーのマヒナちゃんっていう子がいるんですけど、
現在16歳。
マヒナちゃんは16歳っていう、フレッシュな。
マヒナちゃん以外のメンバーは、HANAに入る入らないというのがもう決まってる状態で、最後マヒナちゃんを入れるか入れないかっていうのを決める時間が45分しかなくて、
どうするっていう時間もしてるってなった時に、過去のマヒナちゃんとちゃんみなさんの会話とか、その他諸々を踏まえて、
ちゃんみなさん的にはマヒナちゃんは他の環境でも全然やっていける子だし、面白い子だしなって思ってたから、
HANAに入れるかどうかその点で迷ってたらしいんですけど、
最終的に私がマヒナを輝かせればいいって決めて入れたっていう、そんな話があってですね。
他者を輝かせる喜びへの疑問
私はそれを聞いてて、人を輝かせるとかって思ったことないな。
自分で管理職とかやってた時期もあるのにとか、先輩後輩で後輩がいっぱいいるみたいな時もあったのに、一緒に働いてる中であんまりそういう概念を持ったことがないなって思って、
だから純粋にそういう概念を持てることにちょっと感動したというかっていうのもありますし、
自分はなんでそれを思わなかったのかなと、今現在も思わないんですけど、それはなんでなのかなっていうのをちょっと考えている次第でございます。
私も全く一緒で、誰か自分以外の他者を成長させたりとか、輝かせることに喜びを感じるっていう経験を全くしたことがないと言いながら子育てをしてるんですけど、
どういうところからその感情が出てくるのかすらわからない我々っていう感じではあるんですけど、
似てるかどうかわからないけど、私は家庭教師という教える仕事をしてるけど、別に教えてる子が輝くことが嬉しいとかそういうことではなくて、もちろん合格したら嬉しいとかはあるんだけど、
やっぱりできないという課題をどうやったら解決するかみたいな、自傷の方に興味が強いので、
わからない課題を解決することへの、自傷への楽しみはあるんだけど、人が輝くみたいなところのシナプスがないから、わからんねっていう話しか変わらない気がするんだけど、
それは不思議だなと思っています。
あと周りで人が頑張ってる人を応援したいとか、周りの人が幸せになっていると私も幸せみたいなことを言ってる人がいて、
あまりにもわからなすぎるから、どういう思考なんだろうって本当に不思議というか本当に思ってるのかなって思うぐらいすごくピュアに言ってらっしゃる方もいて、
不思議だなぁという、謎は何も解決しないんだけどっていう感じです。
ちゃんみなの原動力の考察
そうやって応援したいとかって思えること自体は素晴らしいことだなとは思うんですよね。
ちゃんみなさんの話に少し戻ると、彼女自体は個人でソロアーティストで、プレイヤーとしてもゴリゴリやってる第一線の人じゃないですか。
だから別に育成をすごい頑張らなくても、本来個人アーティストとしてもう全然売れっ子ですっていう状態で、
音楽自体が好きみたいな、自分の音楽を作り上げていくことが好きみたいなのでも全然当たり前にいいと思うし、
そういう気持ちもおそらくあるんだと思うんだけど、そこと並行して人を輝かせたいというのが両立するのが何でだろうっていうのが、
私の中で最大の謎で、謎だねって着地になっちゃうんですけど。
人を応援したいみたいな感じのスタンスの人って、あんまり私の過去の経験だと自分のパフォーマンスには向き合わない。
あんまり興味がないのかなみたいな、人をサポートするのは好きだけど、自分の実力でどうのこうのとかって上を目指していきたいとか、
あんまりそういうタイプじゃない、そもそも。よちあきとかじゃなくて、あんまりそれがしっくりこない人っていうのが多いイメージがあって。
てなると、なんか両立しないってことなのかなと思いつつ、ちゃんみだを見てるとどうもそうじゃないっていう。
確かに、でも彼女の最初の今のノーノーガールズというオーディションを子供と一緒に一から見直してるんですけど、
そこで自分がやっぱりノーと言われてきた経験があまりにも多すぎるから、それを同じようにノーと言われてきた人たちに来てほしいみたいな話をしていて、
たぶん彼女の場合には自分がそういう強いコンプレックスというかを持って、でもその中で立ち上がって第一線に来たからこそ、
同じような立場の子を救えるのが私こそが私なんじゃないかっていうのも要因としてあったりするのかなと、勝手な考察ですけど思ったりします。
プレイヤー気質と育成観の違い
なるほどね。ネガティブ経験があるっていうのは一つトリガーなのかもしれないですね。
思い返ってみるとそうだなと。自分でもそう思いますね。あんまり良くも悪くもパフォーマンス問題みたいなのが自分がなかったので、
努力してないときはパフォーマンス出ないし、努力してれば出るし、みたいな感じだったので私。
割と大規模プロジェクトに入れられるとかっていうよりも、最後の方はありましたけど、コンサルタントとしてやっていた案件のほとんどは私一人で案件に入ってるっていうのが多かったので。
だから他の人を育てるっていう環境もないし、別にその後大きい案件に入っても、それは個人個人で頑張ってやることですよね、みたいな感じだったんで。
そういうネガティブ経験が良くも悪くもないっていうのはあったのかもしれないなって思います。
何だっけ、さっき何回言おうとしたっけ忘れちゃったんだけど、周りの友人とかで誰かを応援したいみたいに言ってる人の話を聞くと、
自分がこれをやりたいみたいな強烈な欲求がないみたいな人が多くて、私だったらゲームやりたいとか何かをしたいみたいな欲望が結構いっぱいあって忙しいんですけど、
そういう人を応援したい人って自分自身でこれをやりたいみたいなのが強くない分、他者が強く思ってる人を支えることで疑似的に自分の呼び出せるみたいなところも一つあるのかなという。
私なんか人を応援してる暇がないっていうか、自分のやりたいことが多すぎて、だからその自分から湧き上がってくるやりたいというのがすごくあり余ってるのか、それともないから他者で叶えているのをサポートするのかっていう間違いも一つあるなとは思いました。
なるほどね。どっちが幸せとかではないけれども。
いろんな人がいるからこそお互い社会的に人間として成り立っている気はするけれども、わからんっていう結論ではありますよね。
将来的な育成への意欲と学び
わからんはわからんなんですけど、中長期的に見たときに、私自身は自分のプレイヤーとしても、どのぐらいゴリゴリ働くかちょっと私未知数ですけど、
自分のパフォーマンスというか、自分の結果を出していくっていうのもやりつつ、それでメリットを育成という形でメリットを享受できる人がいたりとか、
そういう環境を作れるのであれば、それはやりたいなという気持ちはあるけど、今それを着手したいとは思わないけど、両方できる人物になれたらいいなとは思うわ思うという感じですね。
これも人による気がしますね。
そうね。
どっちがいいかでもなって。
年を重ねていったら、そういう境地にもなるのか、ちょっとまだ未知数ではあるんですけど。
皆さんの話に戻ると、さっきおっしゃったように、自分もガチのプレイヤーでかつガチのマネジメントっていう両立するのが、
そのパワーは本当に正直どこから来るんだろうというか。
しかも子育てしながらっていうのが。
これもメリットがありますからね。
普段から皆さんが言っている言葉って、すごく人を育てるみたいなところとか、愛情みたいなところを見るのにすごいいい教科書だなと思うし、
特に今回のアルバム発売記念動画、1個目だけじゃなくて2個目も昨日が出てると思うんですけど、
すごくある意味人間関係の学びになるというか、すごい彼女の慈愛を感じる素晴らしい動画なので、何の回しものでもないけど、ぜひ皆さん見てほしいなと思います。
人を育てるということの教科書じゃないけど、こんな概念、コンセプトもあるんだなっていうのは本当に勉強になりますね。
じゃあ本日は以上にしたいと思います。ありがとうございました。