男子高校生の軽率な発言と話し手の怒り
はい、どうもこんにちは、たからんです。
えー、ちょっと言いまし方ですね。
スタンドFM聞いてましたら、あのー、
性の話で、男子高生の話っていうのが、えー、タイトルが見えましてですね。
えー、ちょっとナノさんって方の配信を聞かせていただきました。
あのスタイフのね、中の、えー、ちょっと繋がりの中で、えー、繋がってる方なんですけども、
その話の中でですね、電車の中で男子高生が色々喋ってるのを聞こえてきたってことで、
で、その中で、その中の一人が、付き合ってるのかわかんないですよね。
同じ高校生なのか同級生なのかもちょっとわかんないですけども、
女の子を妊娠させてしまったという話が聞こえてきたっていうんですよね。
で、その後に続いて、そのグループの他の子が言った一言がすごく気になったってことで、
その後に、「それって卸すことできないの?」っていう風に言ったって言うんですよね。
で、えー、まあ、ナノさんの話では、配信の方は実際のお話聞いてもらった方がわかるかなと思うんですけども、
男の子、男性ってそういう風に思うのかすぐ思っちゃうのかっていうようなご感想でしたね。
女性だと自分の体のことの変化とかいろんなことを考えたり話すっていうことがあるんじゃないかなっていう中で、
男子はすぐにそういう風に、やるだけやって卸せばいいんじゃないのっていう風に、そういう点にしか頭が行かないっていうところに、
もっと妊娠とかそういうのってどういうことが起こるのかっていうのをもっと知る機会が必要なんじゃないかなっていうような、
そんなような話を前提としてされてたかなと思います。
性教育の不足と社会の責任
で、これ聞いてですね、私ですね、私の感想。私の感想で、まあ、初っ端なその辺の経緯をパッと聞いた。
パッとこう、感情的に思うとこですね。えーと、なんていうのかな。下手野郎だなっていう風にまず思いましたね。
笑い事じゃないんですけども、マジでムカついたんですけど。
もうなんだろうな、本当に性教育がなってないからっていうことはもちろんあって、社会的な責任っていうのはあると思うんですよ。
だからあるので、子供たちが分かってないっていうのは、社会的な、社会の大人の責任があると思うんですよね。
だからそういうところにも怒りを感じるのもあるんだけども、
まあ、それでもですね、あのね、男の子、男子職人、言いたいんだけども、
なんか、女の子の体のことを考えないで、軽はじめな性の発言をするっていうのは、
あの、ちょっとね、暴力です。暴力ですっていうのか、なんていうのかな、これなんか、分かんない奴にこういうこと言っても伝わらないんですよね。
あのね、単純に軽蔑しますね。軽蔑します。もうこいつダメだなって私は思います。
もう、どういう場面でも、そんな発言が出てきたとか、過去にそんなことがあったんじゃないけども、分かんない。
まあ、過去にあったとかそんなのどっちでもいいんだけど、できちゃったとかそこじゃないんですよ。
そこもダメなんだけど、その後の考え方っていうのかな、ことの重大さというか、なんていうか、
あの、そういうところで頭がいかないっていうのは、人としてどうかと思うっていうのがまずあって、
相手のことを考える能力がないって私はみなすので、
うーん、そんなの男女の話だけじゃなくて、人と人とのどんな場面でもそうだし、
未知の間でもクライアントに対してどう思うかとかそういうところもあるし、
うーん、相手のどういうことかっていうことを考えられないっていう時点で、
ちょっともうバンジーに当たってこいつダメだなっていうように私は判断しますね。
うーん、ちゃんと考えた方がいいと思います。
性教育の現状と課題
で、うーん、分からないのかなーっていうのはちょっと不思議なんですよね。
だって性教育なんてこの日本で全然一切やられてこなかったんですよね。
うーん、もちろん人によると思うんですよ。
で、菜野さんのお話の中では、男性って男の子ってこう考えちゃうのかっていう風になーっていう風にね、
ちょっと疑問というかそういうものなのかなって思ったってことなんですけど、
まあ全員じゃないと思うんですけどね。
高校生といえどもですね、うーん、全員じゃないと思うんだけど、
まあでもあんまり深く考えられないっていう現状っていうのはすごくあるとは思います。
実際ちゃんと知識というか心構えというかどういうことなのかっていう概念というか、
そういう風に考える機会を与えては来られなかったっていうのはあると思うんで、
うーん、ただのね、何か悪いかいいのか分かんないけど、
お尻断定とかさ、うんごドリルとかさ、そういう単なる下ネタでバイバイ言ってる延長だと思ってるのかもしれないんですけど、
そういうところに興味が出てきてっていうので出てきちゃうっていうふざけるところって恥ずかしいところっていうので、
まあ下ネタで笑うっていうのも別にあってもいいと思うんだけども、
ただやっぱりね、性とかセックス、性行為とそれから妊娠に至ることっていうところっていうところっていうのは、
体に対することもあるし、社会的な影響をその人、特に女性、相手の女性側に対して、
社会的な影響を人生を左右することをしているっていう責任というか影響力っていうのを男の俺たちは知っているし、
そういうことになる可能性があるっていう、人の人生狂わせる、または選択できなくするっていう、
限られた選択しかできなくするというか、多大な影響力を持つっていうことがあるっていうのを、
男はもうちょっと真面目に考えればいいと思うんですよね。
わかんないんですかね。考えればわかるじゃん。わかんないの。
こっちは何もしただけでさ、何も体の変化も社会的な影響も起こらないけど、女性にはそれが起こりますよね。
それが、なんていうのかな、自分には何もなくて相手がすごい大変なリスクを打って、全然フェアじゃないし、
それに対してどう自分でフォローするとか、カバーするとかっていうか、あとは気をつけるとか、
なったらなったでどういう行動をとるとかっていうのって、そこは男としての責任というか、
振る舞いなんじゃないですかっていうふうに思うので、そこのお話だけでは、電車の中では私たちがそういう話をしてきただけだと、
どういう人たちなのか知らない、わかんないけど、その人たちがどうなのかは知らないですけども、
でもね、当事者の話なんでしょ、自分の話なんでしょ、自分で目の前の友達にして、
それとおろせないの?って、おろせば解決じゃんって言いたいんでしょ、違うだろうよ、
っていうところがわかんないっていうのはまずいっすね、まずいですよ。
で、それを教えられてない社会ってのは確かにまずいんだけども、
性行為の影響力と男性の責任
個人的には、環境によってそう、個人的には、そんなもん自分で気づけよって思う。
気づけないでしょうけども、たぶん。
なんで気づけないんかな、教育がなってないからなんでしょうかね。
別に俺だってこういう教育を受けてないけどそう思うんだけど、なんなんすかね、この違いは。
っていうとかすごくなんかわかんないんですよね。
で、たぶん大多数の男子は思わないんでしょうね、きっとね。
なのであえて言おうかなっていうのをちょっと今日は思って、そういうのをあえて言って、
一般的にどういうふうにっていうか、何が悪いかってのは知らないですけども、
今日は個人的な感情として言っています。
ダメだよっていうのね、ダメだよって思う、すごく思う。
刃物で人を斬りつけて後遺症を残すみたいなんじゃないけども、
例えばですよ、私はそのくらいの凶器としての危険性を持っていることだし、
そういう何かしら、もしかしたら、ただ刺してもね、普通に治って、
その後の生活なんでもないってことになるかもしれないけども、
でもそれに刺さったことによる気持ちのPS…なんだっけ、後遺症っていうかね、
残ることもあるかもしれないしっていう、そういうことと匹敵するような、
同一じゃないけども、そのくらい何か気持ちとか社会的な立場とか、
実際の体への影響とかっていうことを起こすこととして、
どうするっていうのを考えるべきことなんじゃないですかね。
包丁で人刺しちゃいけないなんて誰だって当たり前に分かってるでしょ。
声じゃなくて何か怪我されちゃったってなったら大変だったらどうしようっていうふうになるでしょ。
そういうのと同じくらいに慎重に、慎重にというか真剣に考えるべきことなんじゃないかなって私は思います。
ただ、今のはそういうふうに言ってるけど、危険性とかそういう影響があるっていうことを言ってるんだけども、
包括的性教育の必要性
ただ、コミュニケーションとしての性行為とかそういうことっていうのは、また別の角度としてとても大切なことなんですよ。
ただ、そういう影響がすごく強いからこそ危険度も高いし、コミュニケーションとしての価値も高い、
そういう両方を持っているものだっていうことを、そういうことをちゃんと伝える、
それって他にきっとないんですよね。
命を大切にするみたいな話と全然別途で違うけど、
似たようなというか、そういう命を疎かにするみたいなことにするっていうのってすごく人の尊厳を損なうことじゃないですか。
ママ気に入らなかったら殺していいわってことはないじゃないですか。
それと同じとかちょっと違うんだけども、でもそのくらいの重さがあるというような感覚で、
すごく性に対することっていうのは、人を大事にも最悪なことにもすることだから、
丁寧に扱うことなんだよ。自分のことに対しても相手のことに対しても、そういうもんだよと。
触れちゃいけないってわけじゃないんだけども、そういうふうに扱っていこうよっていう、
そういうものだからねっていうことをね、もっとちゃんと知る場っていうのが必要なんじゃないかなとすごく思います。
自分の子供にそういう性の勉強、知識というか教育っていうことを私はできてないんです。
娘も息子もいるんですけども、できてないんですね。できてないんですよ。
やり方どう接したらいいかわからない。自分だってやってきてないし、ぶっちゃけ恥ずかしい話だし。
わからないんだけど、だから偉そうなこと言うわけじゃないんですけど、
でも考え方としてそういうのは持たないとまずいんじゃないかなと思います。
少なくとも人のことをちゃんと考えるんだよっていうことぐらいは伝えてるつもりではあって、
性の話じゃなくてね、すべての一般的なこととして。
それがまずあればですね、性のことについてもですね、ちゃんと教育をした方がいいと思うけど、
そういうないがしろな発言ってなかなか出てこないものじゃないかなと思いますが、
そういうふうに言っている人は多いとは思うので、無理なんでしょうね。
教育が必要なんですよね。だから性教育が必要だと思います。
性教育っていうのは単なる今の日本でイメージされている性教育じゃなくて、
包括的性教育、国際セクシュラリティ教育ガイダンスっていうのがあるので、
それに則ったものの考え方ですね。
自分のこと、相手のことを尊重して大切にするっていう、
基本的な尊厳人権っていうのをしっかりそれぞれちゃんと尊重しようね、
リスペクトしようねっていうところの概念から入って、性のこともすごく大切なんだよっていう。
この教育体系を早く確立しないといけないんじゃないかなと思います。
話し手の危機感とメッセージ
ということで今日はだいぶ感情的なところが多かったと思いますが、
ちょっと何となく危機感を覚えるなというような感じがあったので、
ちょっと残してみました。
今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の後ろに新しい世界を教えてくれる何単の存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
高谷でした。それではまた会いましょう。