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どうもこんにちは、たからんです。
今日はですね、この前参加したDateDVのZoomセミナーがちょっといろいろと学びがあったので、
ちょっとシェアしたいかなと思っているところです。
で、前もちょっと配信でご紹介したんですけども、
高校生の方がですね、主催をしてくださった会で、
これが前ね、群馬県でやってた性教育フェスタというところでですね、
ボランティア活動をしてくれた高校生の方がいまして、
その方がZoomセミナー、Zoom会をやるということで参加させてもらったんですけれども、
高校生主催だと若い方もいるし、私のような中年、中高年もいまして、
男性もね、若い人も半分くらい男性だったかなという感じで、
おじさんは私一人だったんですけど、だけど老若男女という感じで混ざっていて、
なかなか良かったなと思いましたね。
特に私なんか、若い世代の人たちとの交流とかそういう対話会みたいなのって、
なかなか機会としてね、つながりも少ないものもあって、
そういうところからいろんな人の考え方とかを聞けてすごく良かったなと思っているところがあります。
何個かあったのでちょっと紹介したいと思うんですけど、
一回でしゃべれるかどうかわからないですけど、
このセミナーはですね、まずデートDVって恋人同士のカップルとかで相手を強制しないとか、
相手の自由行動を制限しないようにするとか、そういうところの話になるんですけど、
私はこのデートDVって言葉は前から一応知ってはいたんですよね。
知ってはいて、いろいろな性教育関係のことを見ていると出てきていたんで、
分かっているつもりで何となくいたんですけど、
改めてちゃんと説明を受けると、その辺のところもふわっとしてたなみたいなところがありました。
1個目ちょっと思い浮かんだのが、セミナーをやって感じたことなんですけど、
まずデートDVそのものに行く前に、最初に境界、バウンダリーと同意っていうことの説明がありました。
私これやっぱり包括的性教育ってやつですごく一番大事だなと思っているところなんですけど、
自分の考え、自分の許せるところ、ここまではいい、ここからは嫌だっていうところっていうのは、
自分自身で決めること、相手は相手自身が決めてること、
そこを勝手に大丈夫だよねっていうふうに勝手にこっちで決めて、
侵害しないで、どこまでだったらいいっていう、そこを確認する、同意を取りましょうねっていう、
そこから入るんですよね。
そういうことができないと、親密なカップルとかになっても、
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気持ちがちゃんと通じ合わないってことになるよねっていう、デートDVにつながっていくんですけど、
その同意のところ、これって同意が取れてるかどうかっていうのをクイズ形式で出してもらったんですよ。
出て、その場でこれが大丈夫かどうかっていうのを手を挙げて確認するみたいなのがあるんですね。
最初に同意っていうのはこういうことですよっていう話が4つぐらい性質があるっていうことがあって、
一つ目が対等性、相手と自分で、対等な立場、それぞれが子と子でね、
上下関係がね、男と女だと、親と子どもなんていうのじゃなくて、
すぐに対等な立場があるってことが保証されてるってことっていうのと、
あと非強制性、強制的に値下がわせようとする、これダメだなと思いますよね。
で、次の2つが結構大事で、明確性っていうのがあって、
多分OKだよねっていう感じで、勝手に決めないっていう、
ちゃんとイエス、ノーっていうね、答えを聞くっていうところが大事だよって。
ここ結構やっちゃいそうだなっていう、失敗しちゃいそうだなっていうことが感じました。
多分この2人の関係、俺たちだったら大丈夫だよねみたいな感じのところって、
恋人同士でもそうだし、友達同士でもそうだし、親子とかもそうかもしれないし、
そういうので勝手に自分で決めちゃうってことありそうだなって思いましたね。
で、あともう1個が非連続性っていうのかな、非連続性。
1回OK、前大丈夫だったからっていうことで、また大丈夫だとは限らないっていうところ。
ここはね、あんまり意識してなかったですね。
すっぽ抜けてたというか、なるほどって思いました。
なんかやりそう、これもやりそうって感じで思いました。
で、その中で最初にこれはどうでしょうねっていう話で、
クイズが出たんですよ、これに合わせてね。
まず最初はアイスとか食べ物、お菓子とかを持ってて、相手が持ってたと。
それを食べさせて欲しいって思ったっていうときに、
こういうことはどうでしょうかっていう話になって、
もう何も言わずにいきなりパクッて食べちゃう。
相手のことをどうっていうんじゃなくて、欲しいからパクッて食べるっていうのと、
これどうですかねって、ダメですってみんなダメですって言ったんですよね。
で、2つ目が、それでいいよねって聞くんだけど、
いいよねって言って食べちゃう、食べる。
仲がいいから、私たちだったらいいよねって感じで食べちゃうっていう。
これもダメだよねってなりますね。
相手がいいかどうかって自分で決めちゃってる。
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これが多分、さっきの関係性でね、明確に聞いてないとダメだなって感じがするんですけど。
で、3つ目は、これはいいってみんな返事したところだけど、
これ食べてもいい?って聞いて、いいよって言われたから食べる。
で、4つ目は、この前くれたからいいよねって思って食べちゃう。
相手から見たら多分それもね、何も言わずに食べられたに近いかもしれないけど、
食べさせて実績があるんだけど、今回は食べちゃうっていう。
で、これダメだって言ったんですよね。
で、そこに参加してた人たちみんな全会一致で、それでそういう答えになったんだけど、
そのときですね、となったんだけども、すごくわかりやすいクイズでした。
しかもそのなんとか性ってさっきのね、4つの性質のことを事前に先に聞いてるわけだから、
うん、いいね悪いねっていうのはすぐよくわかったんだけど、
でもやっぱり、なんかね、そのね、いいよねって言って食べちゃうとか、
食べるだけじゃないんですけど、すごい仲のいい友達とかね、仲がすごく良くなっている恋人とか、
夫婦間とか子供との間で、ちょーだいって言って、パクーみたいな感じに乗って、
やりそうじゃないですか。やっちゃうんじゃないかなって思って。
で、しかも前、その連続性ってとこがすごく難しいなって、非連続性っていうの。
あの、さっき食べ、さっきじゃなくて、この前か、この前はいいって言ってたから、今回もいいよねって思って、
で、この前いいってなってたら、あの時すごくいいねって感じで食べさせてくれたけど、
今はダメなのかっていうね。
あー、そこすごく難しい、いいって思っちゃいそうだな。
あ、なんかすごいね、ちょっとずつこう、ステップアップで仲良くなれたっていう風に思ってて、
次はこの国行けるかなっていう風に思っちゃうってことが、ありそうなんだな、ありそうだよなって思いました。
実際今までそういうこともあったのかなって思ったんですけど、
その時にね、私やっぱりこの同意っていうのがすごく大事だっていう風には、やっぱり、
こういうことをしてからすごく思ってるんですけども、
こう実質難しいことなんだな、難しくないかっていう風に、
あの別に疑問とか否定する気までは言ってないんだけど、
なんかやりがちって思っちゃいましたね。
特に何も聞かずに。
例えば子供とかに、お父さんにもちょうだいって言って、
お父さんにもちょうだいって言うじゃないですか。
言うと、言ったら、嫌だって、子供だったら言うかもしれないけど、
言いづらいよね。
逆に友達だったら逆にさらに言いづらいかなって気がしますね。
え、いいな、ちょうだいって言われた時に、
嫌だ、あげねーよって言うのってすごい勇気いる。
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勇気いるというか、そこまで嫌じゃないからあげてもいいけど、
ちょっと嫌なんだけど、別にこれぐらいっていう風になって
許すことがある気がする。
で、それがまたってなったら、嫌ですねそれはね、連続性嫌ですね。
一回いいって言ってもやっぱ嫌だなってなりますね。
だから、難しいよね。
いいっていうか、ある意味同意したように見えるっていうところが
オッケーだったって勘違いしちゃうと、
大丈夫だよねって思っちゃうっていうのが、
これすごくあるなと思ってて、
自分で気づけるんだろうかってすごく不安ですね。
だって、すごくこっちはテンションが上がるというか、
聞いたつもりになってるわけで、
大丈夫って言ってもらいたいな、よしちょっと近づけたぞ気持ちが、
って思って、次もって思ってるっていうところだと思うんですよ。
それが一回目は実はちょっと断りきれなかったとか、
そういう状態だったのかどうかって、
分かんないよね。だから分かんないからこそ聞いて、
イエスノーちゃんと聞いて、問い取るってことなんだけど、
全部やる?
全部やります。そしたらもう毎回聞かなきゃいけないんですよね。
もう、いい?まあいいって人は聞くけど、
食べることだけじゃなくて、なんか他にもあると思うんですよ。
そうするとね、相手がどう、パワーハラセクラとも同じなんですけど、
相手がそう受け取ったらそうだっていうのがあるじゃないですか。
それはそうだと思うんだけども、
でもそうすると相手がどう感じるか、人がどう感じるかなっていうのは、
100%自分には分からないことだと思ってて、
だからこそ聞くっていうのが大事なんだけど、
どこで、どこで禁止性に触れるか分かんない。
ってなったら、自分がすべての挙手一等足を、
これやっていいですか?これやっていいですか?これやっていいですか?って、
聞かなきゃいけないってなっちゃう。
本当か?ってなって、どういってそういうことか?っていうところが、
なんかね、すごく考えさせられちゃいました。
なんでもない、単純なクイズだったんですよ。
それはそうだ、それはみんな手を挙げるよね、これは手を挙げないよね、
そうなるよねっていうクイズだったんだけど、
改めて考えたら、いやこれ、日常の生活の中でそんなこといちいち考えるか?ってなって、
自分で大事だって言っときながら、
これやっていくってすごく、どうしたらどうすればいいんだろう?
っていうのがやっぱりちょっと今ね、ちょっと分かんないところがありますね。
いちいち気をつけなきゃいけないの?
そんな狭かたみの苦しいことしなきゃいけないの?
そんなふうに思っちゃダメなのかな?みたいなのとか。
それのさじ加減っていうのかな?最終的にはさじ加減だと思うんですけど、
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なんかそういうのを、さじ加減が下手なだけなのかな?
さじ加減をうまく考えようね、考える意識を持とうねってことだけでいいのかもしれないですね。
自分、雑誌はね、
そう、だから、
何言ってもパワハラになるから何も言えねえよっていう会社の上司じゃないけど、
そういう気持ちにも近いところがあるかもしれないけど、
なんかそれだけだとね、人と人の関係ってそんなぐちゃぐちゃ、
ギスギスしなくてもっていうふうに思ったりもするし、
とはいえズキズキと入っていくのもおかしいしっていうのがありますよね。
だから今ちょっと思ったのは、確認するってことも大事なんだけども、
やっぱり、頑張ってやっぱり嫌とかNOとか、
やっぱり実はそれ嫌だったんだっていうのを勇気を持って言える、
勇気を持って言えるとか勇気を持たなくても言える、
空気とか社会とかっていうのをどんどん作っていくってことかな。
そっちが先かなってちょっと思いましたね。
ちょっと実は嫌なんだっていう、
日本人としては断るってことがすごく苦手な民族だと思うんで、
民族っていうかそういう文化だと思うんで、
それを嫌味なくって言うのはちょっと違う。
日本人らしくうまく、
日本人らしくって何だよって感じがするけど、
うまくNOが言える。
で、それのNOを受け取れるっていう感じで、
つまり、間違えちゃったと思った時に、
嫌だったんだ、ごめんね、分かんなかった、
次から気をつけるようかっていう、
そのステップ、そのフェーズに行けるための、
いい断り方といい断りの受け方、
いい断られ方、いい断り方といい断られ方、
っていうところが、
動員も大事なんだけど、その次の部分で、
そこがうまくできるんだったら、
動員もできるようになるだろうし、
失敗しちゃってもNOも言えるだろうし、
NOが言われても関係が壊れないっていうことが、
っていう人間関係がデフォルトになればすごく良さそうかな、
って今ちょっと喋りながら考えながら思いましたね。
そこじゃないですかね。
じゃあ頑張って、
嫌ですって言えるようになろうってことなのは、
ちょっとそれをどうやればいいのか、
今後考えていきたいかなと思います。
うまく言えましたみたいなのがあったら、
そういう報告というか、
そういうのも言えていけたらいいかなと思いました。
はい、そんなことでですね、
まだ全然デートTVのところまで行ってないですね、
動員だけなんですけど、
そんなことも割と深く考えられたことがあって、
まだ若い人たちの感覚とか面白かったなという話があるので、
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また別に撮ろうかと思っています。
はい、ということで今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。
私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。
皆さんにも素敵な気づきのある毎日となりますように。
タカランでした。
それではまた会いましょう。