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日本全国のプレイパークの現状と課題:プレイパークと子どもの居場所(プレイリーダーから見た屋内遊び)
2026-08-11 19:44

日本全国のプレイパークの現状と課題:プレイパークと子どもの居場所(プレイリーダーから見た屋内遊び)

プレイリーダーと遊びの環境:子どもが主体的に育つ「居場所」と「遊び」に関するブリーフィング・ドキュメント

エグゼクティブ・サマリー

本資料は、川崎市子ども夢パーク(通称:ゆめパ)や各地のプレーパーク(冒険遊び場)の実践、および「プレイワーク」の概念に基づき、子どもにとっての遊びの価値と、それを見守る大人(プレイリーダー/プレイワーカー)の役割についてまとめたものである。

もっとも重要な洞察は、遊びとは単なるレクリエーションではなく、子どもが「ありのままの自分」でいられる権利の保障であり、自律性を育む「いのちの仕組み」であるという点だ。プレイリーダーは、子どもが「やってみたい」と思う挑戦(リスク)を尊重しつつ、予測不可能な危険(ハザード)を取り除く専門的な環境調整役として機能する。また、学校でも家庭でもない「第3の居場所」として、不登校児や生きづらさを抱える若者を含む多様な子どもたちを受け入れる場所の重要性が強調されている。

1. 遊びの理念:リスクとハザードの峻別

子どもの遊びにおける安全確保と価値の最大化を両立させるため、以下の2つの概念を厳格に区分して管理することが基本とされる。

リスク(挑戦対象としての危険性)

  • 定義: 子どもの発達にとって必要な、冒険や挑戦の対象となる危険性。子どもが自ら判断し、予測可能なもの。
  • 価値: 経験的に危険を予測し、事故を回避する能力を育む。遊びの楽しさの本質的な要素である。
  • 対応: 適切な管理の下、子どもが「リスクへの挑戦」を行える環境を保持する。

ハザード(除去すべき危険性)

  • 定義: 遊びの価値とは無関係に事故を発生させる恐れのある、子どもが予測・判断不可能な危険性。
  • 具体例: 遊具の破損、設計上の不備、予測不能な倒木など。
  • 対応: 大人(管理者)の責任において極力取り除かなければならない。

重要概念: 「自分の責任で自由に遊ぶ」「怪我と弁当自分持ち」 子どもがやってみたいことを禁止せず、失敗や怪我さえも学びのプロセスとして受け入れる姿勢が、プレーパークの根底にある。

2. プレイワーカー(プレイリーダー)の役割と専門性

イギリスで生まれた「プレイワーク」の概念に基づき、子どもに関わる大人のあり方が定義されている。

専門職としてのプレイワーカー

  • アプローチ: 遊びを本能的な「いのちの仕組み」と捉え、哲学、心理学、生物学などの知見を土台とする。
  • 役割:
    • 子どもが自ら遊び育つための「環境の調整」と「見守り」。
    • 子どもの主体性を奪う過剰な口出し(アドバイス)を避け、肯定的なまなざしで傍に居ること。
    • 子どもがハザードにさらされないよう自然に声をかけ、安全を確保する。
    • 保護者や地域住民、行政との関係づくり(コーディネート)。

「第3の大人」としての存在

  • 親でも先生でもない大人として、子どもの気持ちに寄り添うよき相談相手となる。
  • 「生まれてくれてありがとう」というメッセージを、言葉や態度を通じて届ける役割を担う。

3. 多様なニーズに応える「居場所」の構造

現代社会において、遊び場は単なる公園の機能を超え、子どもたちの「第3の居場所」として多機能化している。

屋内・屋外の複合的環境(川崎市子ども夢パークの事例)

約1万㎡の広大な敷地には、屋外だけでなく、天候や心身の状態に合わせて選べる多様な屋内スペースが設けられている。

施設・エリア名主な機能・特徴
全天候型スポーツ広場「たいよう」雨天でも身体を動かして遊べる屋内広場。
乳幼児・親子専用の部屋「ゆるり」小さな子どもと保護者が安心して過ごせる。
「ごろり」何もせずゴロゴロしていても怒られない、休息のための部屋。
音楽スタジオ・創作スペース楽器演奏や木工細工など、個人の「好き」に没頭できる場所。
フリースペースえん不登校の子どもたちが、ありのままの自分で過ごし、学び育つための場所。

子どもの権利の保障

川崎市などの自治体では「子どもの権利に関する条例」に基づき、以下の権利を具現化する場として遊び場を位置づけている。

  1. 安心して生きる権利
  2. ありのままの自分でいる権利
  3. 自分を守り、守られる権利
  4. 自分を豊かにし、力づけられる権利
  5. 自分で決める権利
  6. 参加する権利
  7. 個別の必要に応じて支援を受ける権利

4. 運営と社会的課題への対応

遊び場の維持・発展には、行政、専門家、地域住民の連携が不可欠である。

持続可能な運営体制

  • 公設民営のモデル: 川崎市のように、行政が施設を設置し、専門知識を持つNPO法人等が運営を委託される形態が先進事例として注目されている。
  • プロボノ・ボランティアの活用: 仙台市の事例では、IT企業人などのプロボノを受け入れ、団体の課題や想いを「見える化」することで、組織の広報や運営基盤を強化する試みが行われている。
  • ネットワーク化: 千葉県などでは、県内の遊び場団体が連携し、プレイワーカーの研修や立ち上げ支援を共同で行っている。

現代的課題への対応

  • 不登校と生きづらさ: 2020年度の不登校児は約20万人に達しており、学校以外の学びと育ちの場を確保することが急務となっている。
  • コロナ禍の影響: 一斉休校などの危機的状況下でも、子どもたちが他者とつながり、ストレスを発散できる場所として遊び場が機能し続けた実績がある。
  • 失敗の許容: 完璧を求める過度な教育環境から子どもを解放し、「安心して失敗できる環境」を提供することが、回復力(しなやかな心)の育成につながる。

結論:求められる洞察

プレイリーダーから見た遊び場とは、単に遊具がある場所ではなく、子どもが自身の好奇心に従って「試行錯誤」を繰り返せる「自由な時間と空間」である。大人の役割は、子どもの「やってみたい」という芽を摘まず、適切な環境を整え、信じて待つことに集約される。こうした「居場所の力」は、子どもが自分自身の人生を自ら考え、歩んでいくための根源的なエネルギーを育む。

感想

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サマリー

現代の過剰に安全化された公園とは対照的に、プレーパークは子どもたちが泥や火、道具を使って自由に遊ぶ混沌とした空間を提供します。プレイリーダーは、一見するとただ遊んでいるように見えますが、子どもの成長に必要な「リスク」と取り除くべき「ハザード」を峻別し、遊びが自然発生する環境を緻密にデザインする専門家です。この哲学は、都市の屋内空間にも応用され、ダンボールなどの未完成な素材を通じて子どもの想像力を刺激し、さらには「何もしない自由」を保障することで、不登校の子どもたちが直面する心理的リスクにも対応します。遊びはもはや個人の責任ではなく、ウェールズや川崎市の事例に見られるように、社会全体で保障すべき重要なインフラとして認識されつつあります。

現代の遊び場とプレイリーダーの紹介
スピーカー 1
あの、あなたも最近、町の公園を通りかかったときに、ふと気づいたことありませんか?
スピーカー 2
ほう、何でしょう。
スピーカー 1
なんか、現代の遊び場って、なんていうか、完璧な安全性みたいなものが、隅々まで行き届いている気がするんですよね。
スピーカー 2
ああ、なるほど。確かにそうですね。
スピーカー 1
ブランコの下には、ふかふかのゴムマットが敷き詰められていて、で、遊具の角は全部プラスチックで丸くコーティングされているじゃないですか。
スピーカー 2
ええ、よく見ますよね、そういう光景。
そして、至る所にボール遊び禁止とか、大声を出さないっていう看板が立っている。
スピーカー 1
まあ、安全化動画で言えば間違いなく安全で、非常に分かりやすい空間だなと。
スピーカー 2
そうですよね。
まあ、ノイズが完全に排除されて、しっかりコントロールされた環境というか、私たち大人はそういう予測可能で、目に見えてリスクが管理されているものに対して、どうしても安心感を覚える傾向がありますから。
スピーカー 1
ええ、分かります。でも、今日私たちがディープダイブしていくプレーパーク、つまり冒険遊び場の世界に足を踏み入れた途端にですね、そのきれいに整えたシステムは完全に崩れ去るんですよ。
スピーカー 2
いや、本当にそうですね。
スピーカー 1
今回は手元にたくさんの資料がありまして、川崎市とか仙台市、東京都区、東京都港区のプレーパーク運営に関する報告書ですとか、
あとは映画夢パの時間の背景資料とか、プレーワークの専門性に関する研究論文なんかを束ねて持ってきたんですけど、
スピーカー 2
かなり読み応えのある資料ばかりでしたね。
スピーカー 1
はい、そこから見えてくるのは泥だらけの斜面とか、燃えさぼる焚火とか、ノコギリやトンカチを夢に振り回す子どもたちっていう、控えめに言っても泥沼のように混沌とした風景なわけです。
スピーカー 2
現代の都市空間において、これほど大人の管理から逸脱した異質な風景も珍しいですよね。
スピーカー 1
そうなんです。今回の探究では、この過剰に安全な現代社会と泥だらけのカオスの境間に立って、子どもたちの自由を守るプレイリーダー、あるいはプレーワーカーと呼ばれる専門職の人たちにスポットライトを当てます。
スピーカー 2
はい。一見すると、彼らはただ泥まみれになって子どもと一緒に遊んでいる、近所の気のいいお兄さんやお姉さんに見えるかもしれません。
スピーカー 1
なんか楽しそうに遊んでるなみたいな。
スピーカー 2
ええ、でも実は、彼らの頭の中では驚くべき計算と、極めて高度な環境デザインの哲学がフル回転しているんですよね。
スピーカー 1
だから今回の最大のミッションは、その一見ただ遊んでいるだけに見える彼らが、現場で展開している見えざる計算を解き明かすことなんです。
スピーカー 2
それは非常に興味深いテーマですね。
スピーカー 1
さらに、泥や火といった分かりやすい屋外の要素を取り払った屋外遊びにおいて、彼らの哲学がどう発揮されて、都市のインフラすら変えようとしているのか、今回はそこまでを一本の線でつなげて理解したいと思っています。
スピーカー 2
はい、わかりました。
よし、これを紐解いていきましょう。
「ケガと弁当自分持ち」とプレイリーダーの多層的視点
スピーカー 1
まずは、プレーパークという場を象徴する、ある強烈なルール、というかスローガンから見ていきたいんですが。
スピーカー 2
ええ、あの言葉ですね。
スピーカー 1
はい、私が一番ガツンとやられた言葉です。
ケガと弁当自分持ち、っていう、これ今の時代になかなか聞けない言葉ですよ。
スピーカー 2
確かにかなりインパクトがありますよね。
スピーカー 1
基本理念として、禁止事項を可能な限りなくす、と掲げているわけですが、あのちょっと意地悪な見方をすると、禁止事項がないってことは、無法地帯にならないように大人がつっきりで指導しないといけないんじゃないかって思いませんか?
スピーカー 2
ああ、なるほど。でもそこがまさに、プレイリーダーという存在を呼び解く最初の鍵なんですよ。
スピーカー 1
と、言いますと。
スピーカー 2
彼らは、遊びを教える先生でもなければ、危険から遠ざける子守りでもないんです。
彼らは、子供のやってみたいという衝動を受け止めて、遊びが自然発生する環境そのものをデザインする高度なメタ認知を持った専門職なんですよね。
スピーカー 1
そのメタ認知、という言葉すごく面白いですよね。
あのプレイリーダーの育成日誌に書かれていた、ドロケイ、つまり鬼ごっこのエピソードを読むとよくわかるなと思ったんですが。
スピーカー 2
ええ、あの鬼ごっこの場面ですね。
そうなんです。これって単に大人が手を抜いて接待プレイをしているわけじゃないんですよね。
そうなんです。ここで非常に興味深いのはですね、彼らの視点の多層性なんですよ。
スピーカー 1
多層性。
スピーカー 2
はい。彼らはポンコツですぐ捕まる大人を演じて、目の前の子供と泥臭く遊びながら、同時に頭の中では、まるでドローンで上空から公園全体を見下ろしているかのように空間全体を観察しているんです。
スピーカー 1
なるほど。グラウンドレベルの視点と鳥の目線の両方を持っているから、メタ認知なんですね。
スピーカー 2
その通りです。すぐ捕まるというアクションも実は緻密な計算に基づいています。大人が隙を見せることで、遊びの輪に入れずにもじもじしていることか。
スピーカー 1
はいはい。
あとは、周りで様子を見ている保護者が、なんだあんなんでいいんだと心理的なハードルを下げて、会話や遊びに入ってくる隙、つまり余白を作っているんです。
スピーカー 1
ああ、計算されたポンコツ具合なんだ。すごいな。もう一つ、ウォータースライダー作りのエピソードにも唸りました。
スピーカー 2
あの斜面のブルーシートの事例ですね。
スピーカー 1
ええ。ブルーシートを敷いてスライダーを作っている途中で、地面から邪魔な大きな石が出てきたと。大人であるプレイリーダーがスコップを使えば、数秒で掘り起こして、はい完成って言えるのに、彼らはあえてそうしなかったんですよね。
なぜなら、石を発見した子供たちの目が、自分たちでこのでかい石を掘り出したいと輝いていたからです。
スピーカー 1
つまり、スライダーを早く完成させることよりも、子供たちが汗だくになって石と格闘するプロセスを優先したわけですよね。
スピーカー 2
ええ、まさにそういうことです。彼らって、なんていうかオーケストラの指揮者みたいに、はい次はこの楽器が鳴って、とトップダウンで指示を出すんじゃなくて、即興ジャズもセッションで、目立たないけど全体のグルーヴを支えてて。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
誰かがソロを弾き始めたら、それに合わせてリズムを変えるベーシストみたいですよね。
いや素晴らしい比喩です。まさにそのベーシストの役割です。プレイリーダーの究極の目的は、大人が用意した完成されたサービスを子供に効率よく消費させることではないんです。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
子供自身が試行錯誤して遊び切る、あるいは途中で飽きて失敗する、その過程そのものを保証することなんですよ。
遊びにおける「リスク」と「ハザード」の峻別
スピーカー 1
そういうことかとはいえですよ。リスナーのあなたも今こう思っているはずです。子供にそこまで自由を委ねて大人が手を出さないなら、当然取り返しのつかない怪我や事故が起きるんじゃないかと。
スピーカー 2
当然の懸念ですよね。ノコギリを使ったり高い木に登ったりするわけですから。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
ただ自由に放り出しているだけなら、それは単なる育児放棄になってしまいます。
ここで遊びにおける危険に対する専門的な切り分けが必要になるんです。国土交通省の指針などでも言及されているんですが。
はい。
危険には明確に性質の違う2つの概念があるんですよ。それがリスクとハザードです。
スピーカー 1
リスクとハザード。普段の生活だと結構同じような意味で使っちゃいますが、プレイワークの世界では別物なんですね。
スピーカー 2
ええ、全く別物として扱います。
スピーカー 1
ちょっと私の仮説なんですが、リスクっていうのは例えば少し高い切り株からジャンプしてみるみたいな子供自身が見て計算できる挑戦のことでしょうか。
ええ。
で、ハザードは父に埋もれて見えない割れたガラス瓶みたいな子供の力じゃどうしようもないトラップのことですかね。
スピーカー 2
まさにその通りです。完璧な理解ですね。
リスクは子供の心身の能力を高めて、危険を予測して回避する力を育むために成長のスパイスとして必要な危険なんです。
スピーカー 1
必要な危険、はい。
スピーカー 2
一方でハザードは子供には予測不可能で、遊びの価値とは全く無関係にただ重大な事故を引き起こすだけの危険です。
腐って切れそうなブランコのロープなんかがこれに当たりますね。
スピーカー 1
つまり、プレイリーダーの基本原則は、リスクは子供に挑戦させて、ハザードは徹底的に取り除くということですね。
スピーカー 2
その通りです。
動的実践と保護者へのポジティブな通訳
スピーカー 1
でもこれ言うのは簡単ですけど、あの現場の泥まみれの状況で、瞬時にこれはリスク、これはハザードって見分けるの、至難の業じゃないですか。
だからこそ彼らはマニュアルに沿って動くのではなく、その場その場の状況に合わせて判断する動的実践を行っているんです。
スピーカー 1
動的実践ですか。
ええ。彼らは毎朝遊具や刃物の点検をして致命的なハザードを排除しますが、同時にあえてリスクを残すという繊細な調整を常にリアルタイムで行っています。
スピーカー 1
あえて残す。あ、斜面に子供が勝手に張ったロープのエピソードがありましたよね。
スピーカー 2
はい、ありましたね。
スピーカー 1
普通の大人の感覚なら危ないから片付けなさいってすぐ外しに行きそうなものですが。
スピーカー 2
プレイリーダーはすぐに撤去しません。その代わりさりならく近づいて、ロープが首に引っかかりそうな高さになっていないかとか、結び目が甘くていきなり解けたりしないかというハザードの要素だけをチェックするんです。
スピーカー 1
なるほど。取り上げるんじゃなくて致命傷にならないかだけを確認するんだ。高い木に登る子供へのアプローチもそうですよね。
危ないから降りなさいと行動を制限するのではなくて、木の下から自分の手首より細いエドには体重をかけないようにねと判断基準となる重宝だけを耳に入れるんです。
スピーカー 1
いや、親としての私の正直な感覚を言うとですね、自分の子供がスルスル木に登り始めたら反射的に早く降りてきなさいって叫んじゃうと思うんですよ。
スピーカー 2
まあそうですよね。
スピーカー 1
口を出さずに見守るってとてつもない忍耐力がいりますよね。
スピーカー 2
おっしゃる通りです。そして実は、子供がリスクに挑戦する環境を作るとき、一番の障壁になるのは子供自身ではなくて、周囲でハラハラしている親や大人なんですよ。
ああ、痛いところ疲れました。やっぱり周りの保護者の目も気になりますしね。あそこの親、子供に危ないことさせてるとか、服をあんなに泥だらけにしてって思われたくないというか。
スピーカー 2
わかります。川崎市の報告書などでも、現代は過剰なくらい怪我をさせない、失敗させないとする、完璧を求める子育てが主流になっていると指摘されていましたしね。
スピーカー 1
そういう親の不安とかプレッシャーに、プレイリーダーはどう向き合っているんですか?
スピーカー 2
彼らは子供を監視するのではなく、親に対してポジティブな通訳というアプローチを行うんです。
スピーカー 1
ポジティブな通訳、つまり見方を反転させるっていうことですか?
スピーカー 2
ええ。例えば、子供が泥水に飛び込んで服をドロドロにしてお母さんが今にも爆発して怒りそうになっている場面なんかですね。
スピーカー 1
はいはい、よくありそうです。
スピーカー 2
プレイリーダーはすかさずお母さんの隣に行って、「いやー何が楽しいか遊びの壺がわかってますね。」とか。
スピーカー 1
あ、水と泥の感触の違いをいろいろ試行錯誤して実験してるんですね、と楽しそうに声をかけるんです。
スピーカー 2
なるほど。服を汚すダメな行為から全身を使った創造的な探求へと、親の頭の中で翻訳してあげるわけだ。
スピーカー 1
そうすると親も、「まあいいか。」と肩の力が抜けるんです。
プレイリーダーは親を説教するんじゃなくて、親の心に余裕をできる余白を作り出して、結果として子供への過剰な声かけを防いでいるんですよね。
スピーカー 2
いやー、ユメパのドキュメンタリー背景を知って笑っちゃったのが、親自身の遊び心に火をつけるエピソードがあって。
スピーカー 1
あー、あれですね。
スピーカー 2
手作りウォータースライダーで、プレイリーダーの大人が自らウルトラマンのポーズで腹ばいになって泥水の中を全力で滑り下りたそうなんです。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
それを見たお父さんがたまらなくなって、スーツのズボンをまくって子供と一緒に腹ばいで滑り始めたっていう、あれ最高ですよね。
スピーカー 1
大人が全力で馬鹿らしいことを楽しむ姿を見せることで、親の中にある正しい親であらねばならないという呪縛を解いているんですよね。
大人を巻き込んで地域全体で見守る空気を作っていくという。
屋内遊びと心理的リスクへの挑戦
スピーカー 2
なるほどなー。さて、いやここからが本当に面白いところなんですが、今回のフォーカスですね。
へー、ここからが本題とも言えます。
スピーカー 1
ここまで私たちは泥だらけになったりとか木に登ったりっていう屋外のダイナミックな事例を見てきました。
でも、現代の都市部では連日の猛暑とかゲリラ豪雨もありますし、誰もが歩いていける距離に自然豊かな冒険遊び場があるわけじゃありません。
スピーカー 2
そうですよね。そこで今回のフォーカスです。
泥も火もない安全でフラットな屋内空間においてプレイリーダーの哲学がどのように発揮されているのか。
スピーカー 1
仙台市の仙台メディアテイクの事例ですよね。
あそこは世界的な建築家がデザインした全面ガラス張りの非常に洗練された現代的なパブリックスペースじゃないですか。
そこでメディアテイクでチビパークという乳幼児や親子向けの遊び環境を作る事業が行われていると。
これを単なる室内のキッズスペースと捉えると本質を見余ります。
スピーカー 2
これは屋外の冒険遊び場の思想を都市の屋内インフラへと見事に移植したイノベーションなんです。
スピーカー 1
でもどうやって移植するんですか。
屋外なら予測不可能な自然とか物理的なリスクへの挑戦が遊びの原動力になりますけど。
屋内の洗練された図書館みたいな場所では焚き火もできないし木登りもできないですよね。
まるで野生の森の生態系を綺麗に管理された無菌室に持ち込むような難しさがあると思うんですが。
スピーカー 2
そこで彼らが何をしているかというと固定された遊具を置くのではなくて、
ダンボールとか新聞紙、筒、布切れといった用途が決まっていない素材を大量に持ち込むんです。
スピーカー 1
用途が決まっていない素材。
スピーカー 2
そして静かで正しく使わなければならないという公共空間のルールの中に意図的にノイズを発生させるんです。
スピーカー 1
あーなるほど。最初から遊び方が決まっている地域玩具を与えちゃうと子供の想像力はそこでストップしてしまう。
でもただのダンボールの山という不便なものとか未完成なものをあえて置くことで子供自身に遊びを発明させるんですね。
スピーカー 2
そういうことです。
いわゆる不便域放課、不便でることのメリットを活用しているわけだ。
スピーカー 2
その通りです。そして川崎市子供夢パーク、通称夢パの屋内施設の事例を統合するとさらに深いメカニズムが見えてきます。
スピーカー 1
夢パの屋内施設ですね。
スピーカー 2
ええ。夢パには乳幼児と親専用のゆるりや不登校の子供たちのためのフリースペースNといった屋内施設があります。
スピーカー 1
屋外でのリスク、つまり挑戦が木登りとか火起こしだとしたら、ただ寝転がっているだけの屋内の部屋で子供たちは一体どんなリスクに直面しているんでしょうか。
スピーカー 2
それは物理的なリスクから心理的なリスクへの転換なんですよ。
スピーカー 1
心理的なリスク。
スピーカー 2
現代の子供たちは学校や塾で常に何か有意義なことをしなさいとか生産的であれという強烈な同調圧力にさらされていますよね。
スピーカー 1
すごく感じます。
スピーカー 2
学校に行けなくなった子供たちの多くは完璧を求めるあまり、ゼロか百がの思考に陥って身動きが取れなくなっているんです。
スピーカー 1
常に評価されているような息苦しさがあるわけですね。
スピーカー 2
ええ。そんな彼らにとって何もしないこと、あるいは誰かがいる空間にただ身を置くこと自体がとてつもなく大きな心理的リスク、つまり挑戦なんです。
スピーカー 1
ああ、そうか。何も生産的なことをしていない自分を受け入れるのが怖いんですね。
だから屋内のプレイリーダーはカリキュラムを一切用意しません。一緒にご飯を作って食べる、ギターを弾く、あるいは一日中ゴロゴロしてゲームをする。一見生産性ゼロに見えるその時間を完全に承認するんです。
スピーカー 1
なるほど。何もしない自由を保障するんだ。
スピーカー 2
プレイリーダーは彼らが安心して失敗できる、あるいは何者でもない時間を持てるための心理的セーフティーネットを構築しているんです。
スピーカー 1
屋内の廃材が屋内では時間と空間の余白へと形を変えていると。
スピーカー 2
ええ。大人がゴールを設定しないことで子どもたちは自分のペースで心を回復させて、やがて再び自分の意思でやってみたいという小さな挑戦に手を伸ばすことができるようになります。
スピーカー 1
いやー、なんかプレイリーダーってただの遊び相手どころか、社会からこぼれ落ちそうな子どもたちをキャッチする第三の居場所を築く極めて重要なソーシャルワーカーでもあったんですね。
遊びの保障は社会のインフラ
スピーカー 2
これをより大きな視点につなげてみるとですね、子どもの遊びを保障することはもはや家庭の責任ではなく、社会のインフラとして取り組むべき課題になっていることがわかります。
象徴的なのがイギリスのウェール好き会政府の動きなんですよ。
スピーカー 1
ウェールズでは2010年に遊び従属義務という法律ができたそうですね。でもどうしてわざわざ法律にする必要があったんでしょうか。
スピーカー 2
従来、子どもが遊ぶ場所がないというのは、親の努力不足とか個人的な問題として片付けられがちでした。
スピーカー 1
まあ日本でもそうですよね。
しかしウェールズは遊びの保障を道路や水道と同じ公共インフラとして捉え直して、自治体に対して子どもの遊ぶ環境の確保を義務付けたんです。
スピーカー 1
おお、義務付けた。
国が責任を持つという世界的にもパラダイムシフトとなる法律でした。
スピーカー 1
つまり遊びを個人の自己責任から社会のインフラへと押し上げたわけですね。
日本でも川崎市がいち早く子どものけじりに関する条例を制定して、それがユメパの誕生につながっていますし、
スピーカー 1
全国で540以上の市民団体が草の根で冒険遊び場の活動を続けているという事実も、遊びを社会のインフラにしようという確かな潮流を感じさせます。
スピーカー 2
行政による制度の裏付けと現場のプレイリーダーによる高度な実践、この両輪が回って初めて子どもたちのやってみたいという本能を社会全体で支えることができるんです。
大人への問いかけ:人生のプレイパーク
スピーカー 1
いや本当に深いですね。
さてここまで聞いてくれたリスナーのあなた、今日私たちが深掘りしてきたリスクとハザードの違い、そして何もしない自由の価値、これらは果たして子どもだけのものなのでしょうか。
スピーカー 2
確かに考えさせられますね。
スピーカー 1
ちょっと大人になった私たちの日常を振り返ってみてください。
私たちは仕事や人間関係において取り除くべきハザードだけでなく、本当は自分の成長や喜びに必要なはずのリスク、つまり挑戦までめんどくさいからと過剰に排除して結果的に息苦しくなっていないでしょうか。
あなた自身の人生というプレイパークで最近自分に許した小さなリスクは何ですか。
常に生産的で完璧であることを自分に求めるのを少しだけやめて、時には泥水のように混沌とした状況に身を委ね、自分自身のやってみたいをなりゆきに任せてみる、そんな時間を持ってみるのも悪くないかもしれませんよ。
スピーカー 2
何もしない余白と失敗するプロセスを楽しむ、効率化が進む現代だからこそ大人に一番必要なのはこのプレイワークの哲学かもしれませんね。
スピーカー 1
えー、本当にそう思います。安全なゴムマットの上だけを歩くのをちょっとお休みして、少し心に泥をつけてみましょうか。
今回のディープダイブはここまでです。また次回、新たな探究でお会いしましょう。
19:44

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