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スピーカー 1
まずは、プレーパークという場を象徴する、ある強烈なルール、というかスローガンから見ていきたいんですが。
スピーカー 2
ええ、あの言葉ですね。
スピーカー 1
はい、私が一番ガツンとやられた言葉です。
ケガと弁当自分持ち、っていう、これ今の時代になかなか聞けない言葉ですよ。
スピーカー 2
確かにかなりインパクトがありますよね。
スピーカー 1
基本理念として、禁止事項を可能な限りなくす、と掲げているわけですが、あのちょっと意地悪な見方をすると、禁止事項がないってことは、無法地帯にならないように大人がつっきりで指導しないといけないんじゃないかって思いませんか?
スピーカー 2
ああ、なるほど。でもそこがまさに、プレイリーダーという存在を呼び解く最初の鍵なんですよ。
スピーカー 1
と、言いますと。
スピーカー 2
彼らは、遊びを教える先生でもなければ、危険から遠ざける子守りでもないんです。
彼らは、子供のやってみたいという衝動を受け止めて、遊びが自然発生する環境そのものをデザインする高度なメタ認知を持った専門職なんですよね。
スピーカー 1
そのメタ認知、という言葉すごく面白いですよね。
あのプレイリーダーの育成日誌に書かれていた、ドロケイ、つまり鬼ごっこのエピソードを読むとよくわかるなと思ったんですが。
スピーカー 2
ええ、あの鬼ごっこの場面ですね。
そうなんです。これって単に大人が手を抜いて接待プレイをしているわけじゃないんですよね。
そうなんです。ここで非常に興味深いのはですね、彼らの視点の多層性なんですよ。
スピーカー 1
多層性。
スピーカー 2
はい。彼らはポンコツですぐ捕まる大人を演じて、目の前の子供と泥臭く遊びながら、同時に頭の中では、まるでドローンで上空から公園全体を見下ろしているかのように空間全体を観察しているんです。
スピーカー 1
なるほど。グラウンドレベルの視点と鳥の目線の両方を持っているから、メタ認知なんですね。
スピーカー 2
その通りです。すぐ捕まるというアクションも実は緻密な計算に基づいています。大人が隙を見せることで、遊びの輪に入れずにもじもじしていることか。
スピーカー 1
はいはい。
あとは、周りで様子を見ている保護者が、なんだあんなんでいいんだと心理的なハードルを下げて、会話や遊びに入ってくる隙、つまり余白を作っているんです。
スピーカー 1
ああ、計算されたポンコツ具合なんだ。すごいな。もう一つ、ウォータースライダー作りのエピソードにも唸りました。
スピーカー 2
あの斜面のブルーシートの事例ですね。
スピーカー 1
ええ。ブルーシートを敷いてスライダーを作っている途中で、地面から邪魔な大きな石が出てきたと。大人であるプレイリーダーがスコップを使えば、数秒で掘り起こして、はい完成って言えるのに、彼らはあえてそうしなかったんですよね。
なぜなら、石を発見した子供たちの目が、自分たちでこのでかい石を掘り出したいと輝いていたからです。
スピーカー 1
つまり、スライダーを早く完成させることよりも、子供たちが汗だくになって石と格闘するプロセスを優先したわけですよね。
スピーカー 2
ええ、まさにそういうことです。彼らって、なんていうかオーケストラの指揮者みたいに、はい次はこの楽器が鳴って、とトップダウンで指示を出すんじゃなくて、即興ジャズもセッションで、目立たないけど全体のグルーヴを支えてて。
スピーカー 1
はい。
スピーカー 2
誰かがソロを弾き始めたら、それに合わせてリズムを変えるベーシストみたいですよね。
いや素晴らしい比喩です。まさにそのベーシストの役割です。プレイリーダーの究極の目的は、大人が用意した完成されたサービスを子供に効率よく消費させることではないんです。
スピーカー 1
なるほど。
スピーカー 2
子供自身が試行錯誤して遊び切る、あるいは途中で飽きて失敗する、その過程そのものを保証することなんですよ。
スピーカー 1
でもこれ言うのは簡単ですけど、あの現場の泥まみれの状況で、瞬時にこれはリスク、これはハザードって見分けるの、至難の業じゃないですか。
だからこそ彼らはマニュアルに沿って動くのではなく、その場その場の状況に合わせて判断する動的実践を行っているんです。
スピーカー 1
動的実践ですか。
ええ。彼らは毎朝遊具や刃物の点検をして致命的なハザードを排除しますが、同時にあえてリスクを残すという繊細な調整を常にリアルタイムで行っています。
スピーカー 1
あえて残す。あ、斜面に子供が勝手に張ったロープのエピソードがありましたよね。
スピーカー 2
はい、ありましたね。
スピーカー 1
普通の大人の感覚なら危ないから片付けなさいってすぐ外しに行きそうなものですが。
スピーカー 2
プレイリーダーはすぐに撤去しません。その代わりさりならく近づいて、ロープが首に引っかかりそうな高さになっていないかとか、結び目が甘くていきなり解けたりしないかというハザードの要素だけをチェックするんです。
スピーカー 1
なるほど。取り上げるんじゃなくて致命傷にならないかだけを確認するんだ。高い木に登る子供へのアプローチもそうですよね。
危ないから降りなさいと行動を制限するのではなくて、木の下から自分の手首より細いエドには体重をかけないようにねと判断基準となる重宝だけを耳に入れるんです。
スピーカー 1
いや、親としての私の正直な感覚を言うとですね、自分の子供がスルスル木に登り始めたら反射的に早く降りてきなさいって叫んじゃうと思うんですよ。
スピーカー 2
まあそうですよね。
スピーカー 1
口を出さずに見守るってとてつもない忍耐力がいりますよね。
スピーカー 2
おっしゃる通りです。そして実は、子供がリスクに挑戦する環境を作るとき、一番の障壁になるのは子供自身ではなくて、周囲でハラハラしている親や大人なんですよ。
ああ、痛いところ疲れました。やっぱり周りの保護者の目も気になりますしね。あそこの親、子供に危ないことさせてるとか、服をあんなに泥だらけにしてって思われたくないというか。
スピーカー 2
わかります。川崎市の報告書などでも、現代は過剰なくらい怪我をさせない、失敗させないとする、完璧を求める子育てが主流になっていると指摘されていましたしね。
スピーカー 1
そういう親の不安とかプレッシャーに、プレイリーダーはどう向き合っているんですか?
スピーカー 2
彼らは子供を監視するのではなく、親に対してポジティブな通訳というアプローチを行うんです。
スピーカー 1
ポジティブな通訳、つまり見方を反転させるっていうことですか?
スピーカー 2
ええ。例えば、子供が泥水に飛び込んで服をドロドロにしてお母さんが今にも爆発して怒りそうになっている場面なんかですね。
スピーカー 1
はいはい、よくありそうです。
スピーカー 2
プレイリーダーはすかさずお母さんの隣に行って、「いやー何が楽しいか遊びの壺がわかってますね。」とか。
スピーカー 1
あ、水と泥の感触の違いをいろいろ試行錯誤して実験してるんですね、と楽しそうに声をかけるんです。
スピーカー 2
なるほど。服を汚すダメな行為から全身を使った創造的な探求へと、親の頭の中で翻訳してあげるわけだ。
スピーカー 1
そうすると親も、「まあいいか。」と肩の力が抜けるんです。
プレイリーダーは親を説教するんじゃなくて、親の心に余裕をできる余白を作り出して、結果として子供への過剰な声かけを防いでいるんですよね。
スピーカー 2
いやー、ユメパのドキュメンタリー背景を知って笑っちゃったのが、親自身の遊び心に火をつけるエピソードがあって。
スピーカー 1
あー、あれですね。
スピーカー 2
手作りウォータースライダーで、プレイリーダーの大人が自らウルトラマンのポーズで腹ばいになって泥水の中を全力で滑り下りたそうなんです。
スピーカー 1
はいはい。
スピーカー 2
それを見たお父さんがたまらなくなって、スーツのズボンをまくって子供と一緒に腹ばいで滑り始めたっていう、あれ最高ですよね。
スピーカー 1
大人が全力で馬鹿らしいことを楽しむ姿を見せることで、親の中にある正しい親であらねばならないという呪縛を解いているんですよね。
大人を巻き込んで地域全体で見守る空気を作っていくという。
スピーカー 2
なるほどなー。さて、いやここからが本当に面白いところなんですが、今回のフォーカスですね。
へー、ここからが本題とも言えます。
スピーカー 1
ここまで私たちは泥だらけになったりとか木に登ったりっていう屋外のダイナミックな事例を見てきました。
でも、現代の都市部では連日の猛暑とかゲリラ豪雨もありますし、誰もが歩いていける距離に自然豊かな冒険遊び場があるわけじゃありません。
スピーカー 2
そうですよね。そこで今回のフォーカスです。
泥も火もない安全でフラットな屋内空間においてプレイリーダーの哲学がどのように発揮されているのか。
スピーカー 1
仙台市の仙台メディアテイクの事例ですよね。
あそこは世界的な建築家がデザインした全面ガラス張りの非常に洗練された現代的なパブリックスペースじゃないですか。
そこでメディアテイクでチビパークという乳幼児や親子向けの遊び環境を作る事業が行われていると。
これを単なる室内のキッズスペースと捉えると本質を見余ります。
スピーカー 2
これは屋外の冒険遊び場の思想を都市の屋内インフラへと見事に移植したイノベーションなんです。
スピーカー 1
でもどうやって移植するんですか。
屋外なら予測不可能な自然とか物理的なリスクへの挑戦が遊びの原動力になりますけど。
屋内の洗練された図書館みたいな場所では焚き火もできないし木登りもできないですよね。
まるで野生の森の生態系を綺麗に管理された無菌室に持ち込むような難しさがあると思うんですが。
スピーカー 2
そこで彼らが何をしているかというと固定された遊具を置くのではなくて、
ダンボールとか新聞紙、筒、布切れといった用途が決まっていない素材を大量に持ち込むんです。
スピーカー 1
用途が決まっていない素材。
スピーカー 2
そして静かで正しく使わなければならないという公共空間のルールの中に意図的にノイズを発生させるんです。
スピーカー 1
あーなるほど。最初から遊び方が決まっている地域玩具を与えちゃうと子供の想像力はそこでストップしてしまう。
でもただのダンボールの山という不便なものとか未完成なものをあえて置くことで子供自身に遊びを発明させるんですね。
スピーカー 2
そういうことです。
いわゆる不便域放課、不便でることのメリットを活用しているわけだ。
スピーカー 2
その通りです。そして川崎市子供夢パーク、通称夢パの屋内施設の事例を統合するとさらに深いメカニズムが見えてきます。
スピーカー 1
夢パの屋内施設ですね。
スピーカー 2
ええ。夢パには乳幼児と親専用のゆるりや不登校の子供たちのためのフリースペースNといった屋内施設があります。
スピーカー 1
屋外でのリスク、つまり挑戦が木登りとか火起こしだとしたら、ただ寝転がっているだけの屋内の部屋で子供たちは一体どんなリスクに直面しているんでしょうか。
スピーカー 2
それは物理的なリスクから心理的なリスクへの転換なんですよ。
スピーカー 1
心理的なリスク。
スピーカー 2
現代の子供たちは学校や塾で常に何か有意義なことをしなさいとか生産的であれという強烈な同調圧力にさらされていますよね。
スピーカー 1
すごく感じます。
スピーカー 2
学校に行けなくなった子供たちの多くは完璧を求めるあまり、ゼロか百がの思考に陥って身動きが取れなくなっているんです。
スピーカー 1
常に評価されているような息苦しさがあるわけですね。
スピーカー 2
ええ。そんな彼らにとって何もしないこと、あるいは誰かがいる空間にただ身を置くこと自体がとてつもなく大きな心理的リスク、つまり挑戦なんです。
スピーカー 1
ああ、そうか。何も生産的なことをしていない自分を受け入れるのが怖いんですね。
だから屋内のプレイリーダーはカリキュラムを一切用意しません。一緒にご飯を作って食べる、ギターを弾く、あるいは一日中ゴロゴロしてゲームをする。一見生産性ゼロに見えるその時間を完全に承認するんです。
スピーカー 1
なるほど。何もしない自由を保障するんだ。
スピーカー 2
プレイリーダーは彼らが安心して失敗できる、あるいは何者でもない時間を持てるための心理的セーフティーネットを構築しているんです。
スピーカー 1
屋内の廃材が屋内では時間と空間の余白へと形を変えていると。
スピーカー 2
ええ。大人がゴールを設定しないことで子どもたちは自分のペースで心を回復させて、やがて再び自分の意思でやってみたいという小さな挑戦に手を伸ばすことができるようになります。
スピーカー 1
いやー、なんかプレイリーダーってただの遊び相手どころか、社会からこぼれ落ちそうな子どもたちをキャッチする第三の居場所を築く極めて重要なソーシャルワーカーでもあったんですね。