今週のポッドキャストのAIまとめです。
※ AIによる出力音声のため、AIの勘違いや論理の飛躍、人間の感覚とは異なる勘違いや名前の読み間違いなどが含まれている場合があります。
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!
サマリー
このエピソードでは、日常的なテクノロジースキルを持つ人々が世界人口のわずか8%に過ぎないという「8%の幻覚」を提示し、残りの92%との間に存在する深いデジタルデバイドを掘り下げます。AIがセキュリティリスクから自己完結型のツール作成を促し、この分断を深める可能性がある一方で、地域コミュニティの情報を概念的に翻訳することで、現実世界との接点を開く鍵にもなると考察。さらに、ゲームという仮想空間での異なる視点(特にFF14のララフェル)を体験することが、他者への共感能力を育む重要な手段となり得ると論じています。最終的に、デジタル社会が一部の「テクノロジー強者」のために設計されている現状に疑問を投げかけ、多様な視点を持つことの重要性を問いかけます。
導入:8%の幻覚とデジタルデバイドの問い
リスナーのあなたにちょっと聞いてみたいんですけど、あの、普段の仕事とか、趣味の場で、誰かに、えっと、あのファイルのこのカラム、レーティング順に並べ替えておいてみたいなことって、ごく自然にお願いしたりしませんか?
ああ、言いますね。もう息をするように自然に使っちゃってますよ。
ですよね。なんか、今日のランチ何にするって聞くのと同じくらい、全く違和感なく。
ええ。特にこう、デジタルツールに囲まれて仕事をしている人たちの間では、あの、完全にチームの共通言語として成立してますよね。
そうそう。パソコンの画面があって、マウスがあって、クリックすれば、望んだ結果がパッと枯れてくる。それって、まあ、蛇口をひねれば水が出るのと同じくらい、現代社会の当たり前のインフラだって思い込んでるじゃないですか。
はい。思い込んでますね。完全に。
でも、もしその当たり前が、実は恐ろしいほどの幻覚だったとしたら、どうでしょうっていう。
幻覚ですか?
ええ。もし私たちが、なんか見えない透明な壁に囲まれた、ごくごく小さなトックの中でしか生きていないのだとしたら。
なるほど。自分たちが世界の標準だと思い込んでいる、無意識のバイアスですね。
そうなんです。情報があふれてて、誰もがスマートフォンを持ち歩いているこの現代で、実は、私たちの視点がいかに特定の層とか特定のスキルセットの中に閉じ込められているか、そこには確固たる分断があるんじゃないかっていう。
うーん、確かに。テクロロジーが普及したからといって、みんなが同じ世界を見ているわけではないですよね。
はい。なので今回のディープな探究では、あなたが当たり前だと思っている常識は、本当に世界の常識なのかという問いに挑みたいと思います。
なかなか壮大なテーマですね。
そうなんですよ。で、今回ベースにするソース資料なんですけど、私たちが最近目を通していたすごく興味深い個人の発信記録があるんです。
えっと、2026年の8月末から9月上旬にかけるの記録ですね。
はい。テクノロジーとか地域コミュニティについて日々発信されているちえラジChatというテキストや音声の書き起こしと、もう一つが高見知恵のゲームの話しかしないポッドキャストからの抜粋録です。
一見すると、テクノロジー、地域社会、そしてゲーム文化と全くバラバラの話題に見えますよね。
そう、一見バラバラなんですよ。でもこれらを読み解いていくと、実は私たちの視点がいかに制限されているか、そしてテクノロジーや仮想空間を通じてどうやって他者への創造力、つまりエンパシーを広げていくかっていう全く同じテーマに行き着くんです。
日常のパソコンスキルから物理的な地域社会への関わり方、さらにはゲームという仮想空間での倫理観まで一本の線でつながるわけですね。
そういうことです。リスナーのあなたも多忙な現実世界での地域との関わり方とか、ゲームがどうやって現実の共感能力を育むか割れ、一緒に思考の枠を広げるために出てもらえればなと。
えー、とても刺激的な探究になりそうですね。
衝撃の事実:世界人口の8%しか持たないテクノロジースキル
はい。じゃあ早速第一のセクションに入りましょう。まず私たちがどれほど狭い世界に生きているかというちょっと衝撃的な事実から紐解いていきたいんですけど。
あのソースの中で言及されていたテクノロジースキルの分布調査のことですね。
そうです。これ2016年にOECD、経済協力開発機構が行ったかなり大規模な調査らしいんですけど、その結果が本当に信じられなくて.
はい。これはコンピューターを使った問題解決能力を測定するテストなんですけど、テストの内容自体はプログラミングを書くとか高度なシステムを構築するとかそういう専門的なものじゃないんですよね。
じゃないんですよね。なんかごく一般的なオフィスワークを想定したものなんですよね。
ええ。例えばたくさんのメールの束の中から特定の条件に合うものを探し出して開いてくださいとか。
はいはい。
あとはあっちのファイルとこっちのファイルを見比べて必要な情報を一つにまとめてくださいとか。
いやいやそれを私たちが毎日息をするように無意識にやっている作業じゃないですか。
そうですよね。でこのレベルのタスクを問題なくクリアできる人たちを調査ではレベル3と定義したんです。
レベル3。でこれ世界でどれくらいの人がクリアできたと思いますかって話ですよ。
ここがこの調査の最も確信をつく部分なんですが驚くべきことにこのレベル3のタスクをパスできた人は世界全体でわずか約5%しかいませんでした。
ちょっと待ってください。5%ですか。
はい。最も成績が良かったとされる日本でさえたったの約8%なんです。
8%。日本で100人いたらたったの8人ですよ。
そういう計算になりますね。
うわぁつまりリスナーのあなたが今この音声を聞いている時点であのポッドキャストのアプリを探してダウンロードしてアカウントをつくって検索して再生ボタンを押すっていうこの一連の動作を自己解決できている時点ではあなたは間違いなくこのトップ8%の高いテクノロジースキルを持つ特権階級にいるってことですよね。
そうなります。ソースの著者もOBSのような配信ソフトを触ってYouTubeで配信できたりポッドキャストの音声を編集して配信できたりする人は間違いなくこのトップ8%に入っていると指摘していますから。
いやぁなんか自分がすごいエリートになった気分ですけど、でもちょっと待ってください。その調査って2016年ですよね。
はい。そうです。
もう10年前の話じゃないですか。その間に私たちってコロナ禍っていう世界的なパンデミックを経験しましたよね。
ええ。大きな変化がありました。
あの時期リモートワークが強制的に導入されて、それこそおじいちゃんやおばあちゃんでさえ孫の顔を見るためにズームをつなぐようになったじゃないですか。社会全体のITスキルってあの数年で劇的に底上げされたはずですよね。
当然の疑問ですね。りゃさくに今はその8%という数字はもっと跳ね上がっているんじゃないかと。
そうですよ。みんなズームくらい使えますもん。
非常に鋭い指摘なんですが、実は著者もまさにそのコロナ禍を経た変化について言及しつつ、実態はそれほど変わっていないと分析しているんです。
え、変わってないんですか。
はい。なぜなら、ズームの参加URLをクリックしてビデオ通話に参加できるようになったことと、デジタルツールを使って自律的に情報を処理し問題を解決できることの間には依然として深い溝があるからです。
ああ、なるほど。単に特定のアプリの使い方を一つ覚えただけであって、コンピューターの仕組みそのものを理解したわけではないってことですか。
その通りです。例えば、ファイルディレクトリの概念、つまり自分の作ったデータがパソコンのどこにどう保存されているかというメンタルモデルを持っているか。
ああ、ダウンロードしたファイルがどこに行ったかわからないってよく聞く話ですね。
ええ、アプリケーション同士がどう連携しているかを想像できるか。
著者の体感では、地域のコミュニティ活動など、多様な背景を持つ人々が集まる言説の場に出てみると、現在でもこのレベル3に到達している人は、せいぜい10%を超えていないだろうと推測しています。
せいぜい10%。依然として9割の人はその壁の向こう側にいるんですね。
そうなんです。だからこそ、私たちが何気なく使う言葉が時に暴力的なまでの壁になってしまうんです。
著者が例に挙げているのが、まさに私が冒頭で言った、カラムとかレーティングという言葉ですよね。
はい。
これ、私たち8%の人間からすると、画面上の列とか評価を意味するだけの、もはや日本語の一部みたいな感覚じゃないですか。
ええ、全く違和感なく使っていますね。
でも残りの92%の人たちにとっては。
完全に意味不明な専門用語です。
日常会話の中に突然、難解な外国語が混ざってきたような感覚に陥るはずですよ。
本当にそうですよね。これって、自分が気づかないうちに、難解な外国語で話しかけているようなものじゃないですか。
ええ。
で、相手がポカンとしているのを見て、あれ、なんでこんな簡単なことが伝わらないんだろうって、ようやく自分が特殊な言葉を使っていたことに気づくっていう。
あるいは、気づかずに苛立ってしまうこともありますよね。
ありますあります。でも本当に異常なのは、そんな専門用語を日常のインフラだと思い込んでいる8%の私たちの方なんですよね。
ここでこの8%という数字の性質について、さらに深く考えてみたいんですが、全体から見て8%というのは、例えばAB型の血液型を持つ人の割合とか、左利きの人の割合に近い数字なんですね。
ああ、なるほど。であれば、クラスに数人はいる計算ですから、もっと日常的に交わってお互いの違いを認識していてもおかしくないはずですよね。
本来ならそうですよね。あ、君は左利きなんだねみたいに。あ、君はパソコンが得意なんだねって。
しかし、血液型や利き手とこのテクノロジースキルには決定的な違いがあります。それは極端な偏在。つまり、特定の場所に固まっているという構造的な問題です。
固まっている?
AB型の人が特定の街にだけ集まって住んでいるわけではありませんよね。
分散してますよね。
しかし、テクノロジースキルを持つ8%の人々は、IT系の企業で働いていたり、YouTuber界隈のようなオンラインの特定のコミュニティに属していたりと、活動する場所や交友関係が極端に偏在しているんです。
ああ、だから分断が起きるのか。物理的にも社会的にも8%の人たち同士で集まった方が圧倒的に仕事が早いし、話が通じるから楽なんですよね。
その通りです。同じ日本という国、同じ街に住んでいながら、実は92%の人々と関わる機会がなく、交わることのないパラレルワールドを生きているわけです。
信頼の崩壊と自己完結型社会への移行
それは怖いですね。その結果何が起きるんでしょうか?
8%のコミュニティは外部からの刺激やフィードバックを受けなくなり、自分たちの内部だけでどんどん独自の進化、あるいは専営化を始めてしまいます。これが顕著に現れているのが、ソフトウェアやツールのDIY化という現象なんです。
それ次のソースの話ですね。これテクノロジー界隈の行動心理としてすごく面白い変化だと思うんですけど、少し前まで私たちってブラウザの拡張機能とかVSコードとかObsidianといったツールを使うとき、公式のストアに行って誰かが作った便利な機能を探してインストールしてましたよね。
はい。VSコードというのはエンジニアがよく使う高機能なテキストエディターで、Obsidianは個人の知識をリンクさせて管理する強力なメモアプリですね。どちらも世界中の開発者が作ったプラグインと呼ばれる拡張機能を追加することで、自分好みにカスタマイズできるのは最大の魅力です。
そうそう。だから昔はこんな機能ないかなってストアを検索して評価の高いものを探すのが普通だったじゃないですか。
そうですね。
でも著者は最近そういう探し回ることをぱったりとやめてしまったと言うんですよ。代わりにどうしているかというと、ChatGPTとかCloudみたいな高機能なAIにプロンプトをかけて、自分専用の拡張機能のコードを書かせて、自分で作ってしまっていると。
ストアで探すからChatGPTを使って自分で作るへの明確なパラダイムシフトですね。
すごい時代になったなと思う反面、なぜわざわざ自分で作るのかっていう、その背景には深刻な理由があるんですよね。
はい。単なる技術の進化ではなく、信頼の構造の変化が起きています。著者が指摘しているのがセキュリティリスクの問題です。
マルウェアの混入ですね。
そうです。善意の開発者が公開している、まっとうな拡張機能に、いつの間にかマルウェア、つまり悪意のあるプログラムが混入して、ユーザーのパスワードや個人情報がごっそり盗まれる事件が背景にあります。
それって、開発者が悪い人だったってことですか?
いえ、いわゆるサプライチェーン攻撃の一種で、非常に巧妙で根深い問題なんです。
へー。
例えば、ある個人の開発者が、みんなの役に立つ素晴らしい拡張機能を無償で作ったとします。それが大ヒットして何十万人というユーザーを獲得する。しかし開発者は無報酬で、そのメンテナンスを続けなければならない。数年経つと疲れ果ててしまう。
確かに、ボランティアじゃ限界がありますよね。
そこで、悪意を持った第三者が近づいてくるわけです。
うわ、嫌な予感がする。
あなたが作った拡張機能を数万ドルで買い取りたいと持ちかけたり、あるいはメンテナンスを手伝うから共同開発者にしてくれと善意を操作って近づいたりするんです。
はい。
そして権限を手に入れた途端、次のアップデートでこっそりと情報を盗み出す行動を忍び込ませる。元の開発者すら気づかないうちに何十万人ものユーザーが被害に遭うわけです。
怖すぎる。つまり、ストアに並んでいる評価が高くて、昨日まで安全だった無料ツールが今日突然凶悪なブチに変わるかもしれないってことですよね。
そういうことです。
そんな事件が頻発したら、もう見知らぬ他人が作ったものを自分のパソコンに入れることなんて恐ろしくてできなくなりますよ。
この出来事が突きつけているのは、見知らぬ誰かへの信頼の崩壊です。
見知らぬ誰かの有料ツールを買ったり、無料ツールを入れたりするより、AIの力を借りて自分で作った方が安全で早い。
つまり、自己完結型の世界に向かっていると分析できます。
信頼できないグローバル市場から撤退して、AIっていう能器具を使って、完全無能薬の家庭再現を始めるような感覚ですよね。
非常に分かりやすい例えですね。
しかも著者は、この流れの中でソフトウェアを売り買いするという文化自体が変容していくんじゃないかと考察していますよね。
ええ。マイバイではなく、基本となるツールは無償で公開し、役に立ったら寄付をするというドネーション文化への移行について触れています。
お金のやり取りすらも、特定のコミュニティ内の信頼ベースに移行していくのではないかと。
なんか第一のセクションをまとめると、本当にSFみたいな状況ですよね。
そうですね。私たちは、ただでさえ8%という高いスキルの壁の中に閉じこもっているのに、今度はその壁の中でさえ他者を信じられなくなり、
AIを使って自分専用の道具を作り、小さな信頼の輪の中だけで完結しようとしている。
ええ。これって、テクノロジーの世界では、自分たちでツールを作り、特定のコミュニティ内で完結してしまいがちだってことですよね。
92%の人たちとの分断がますます深まってしまう気がして、ちょっとゾッとします。
AIが拓く地域社会への扉と企業CSRの再定義
その通りです。テクノロジーを自分たちの環境を快適にするためだけに使えば、間違いなく分断は加速するでしょう。
ですよね。
しかし、ここで視点を少し切り替えてみましょう。
自己完結のために使っているその強力なテクノロジー、特にAIというツールを、現実の地域社会に目を向けたときに使ったらどうなるか。
実はAIは分断を深めるのではなく、未知のコミュニティへの扉を開く鍵にもなるんです。
ああ、なるほど。壁の内側に引きこもるためのツールが、壁の外を見るための望遠鏡になるかもしれない。
それが次のセクション、現実世界への帰還、AIを使った地域検索の話に繋がるわけですね。
はい。ここからが非常に興味深いところです。
この部分、個人的にすごく面白かったんです。
ソースの著者は、「まちのえんがわCAST」という、地域で活動する様々な人々にインタビューするポッドキャストを運営しているんですよね。
ええ。地域活動のゲストを探すために、著者は最新のAIツールを駆使しているんです。
そう。ChatGPTはもちろん、パワープレクシティとか、GoogleのGemininoteクックといった最先端のディープリサーチAIを使って、自分の住んでいる横浜市内の地域団体やコミュニティカフェを探しているんですよ。
テクノロジーの非常にユニークな使い方ですよね。
いや、本当に。
普通、AIって最新ニュースをまとめたり、さっきみたいにプログラミングのコードを書くために使うイメージじゃないですか。
それを地元のコミュニティカフェを探すのに使うって、ギャップが面白すぎます。
一見するとオーバースペックに思えるかもしれませんが、実は地域コミュニティの情報検索において、AIは従来の検索エンジンにはない決定的な強みを持っているんです。
強みですか?
それは、言葉の翻訳機能です。
翻訳機能?英語を日本語にするという意味ではないですよね。
ええ、概念の翻訳です。
例えば、あなたが自分の住む街で、休日になんとなく人が集まってお茶を飲んだりできる場所を探したいとします。
従来の検索エンジンならどう入力しますか?
うーん、そうですね。横浜市○○区コミュニティカフェとか、○○駅ボランティア居場所とかですかね。
その検索方法には致命的な弱点があります。
現実の地域で活動している人たちは、必ずしも自分たちの場所をコミュニティカフェというわかりやすい言葉で呼んでいるわけではないんです。
ああ、なるほど。
彼らは単に学生の居場所と呼んでいるかもしれないし、放課後カフェと名乗っているかもしれない。
確かに。検索エンジンはキーワードの完全一致とかSEO対策に依存しているから、
私たちがコミュニティカフェと打ち込んだら、コミュニティカフェという単語をウェブサイトに設定している団体しかヒットしないんですよね。
その通りです。地域の小さなおばあちゃんたちがやっているような集まりは、SEO対策なんてしていませんから、従来の検索では見つけられません。
永遠にたどり着けないですね、それじゃあ。
しかし、AIを経由するとこの壁が突破できます。
コミュニティカフェと名乗っていなくても、AIが文脈を出回して、学生の居場所や放課後カフェといった言葉に自動的に言い換えて検索してくれるんです。
私たちが思いつかない言葉をAIが先回りして外面を翻訳してくれるんですね。
ええ。著者の具体的なデータポイントによれば、このAIによるディープリサーチで得られた情報に基にアプローチすると、ヒット率が6割から7割にも達しているそうです。
6、7割。それって解像度の高い情報がめちゃくちゃ得られてるってことじゃないですか?
そうなんです。人間は切迫した課題がない限り、わざわざ労力をかけて地域を検索しませんからね。
確かに。待機児童になって保育園を必死に探すとかじゃない限り、休日に自治体の使いにくいホームページなんて見ないですよ。
AIがその検索コスト、つまり摩擦を極限まで下げることで、無関心だった地域境との接点を生み出している。この構造は高く評価できると思います。
テクノロジーが泥臭い地域社会への扉を開いてくれたわけですね。でも、そこで終わらないのが現実の厳しいところなんですよね。
ええ、時間の問題ですね。
はい。AIのおかげで近所に面白そうなコミュニティがあることがわかった。よし、参加してみようと思ったところで、私のようなあるいはこの音声を聞いている多くのビジネスパーソンには、企業の従業員と地域参画のジレンマが立ちすたがります。
フルタイムで働く会社員の余裕のなさですね。
ソースの中で、週5日働く会社員が家事をして育児をして、さらに趣味を持つと、地域活動に関わる時間が全くなくなるという現実が語られていました。
ええ、学生時代から地域に関わってきた若者が、就職後もリモートワークの枠を使って必死に時間を捻出しようとする事例が紹介されていましたね。
でも、あの、ちょっと疑問に思ったのが、著者がその状態に対して警鐘を鳴らしていたじゃないですか。
はい。地域活動を趣味として楽しんでしまう事の危険性ですね。
そこなんですよ。楽しいから趣味の延長でボランティアやってますって言われた方が、周りも気楽じゃないですか。何でそれが危険なんですか。
それは、無意識のうちに他社の純粋な遊びや趣味に対して、不寛容になってしまうからです。
不寛容ですか。
ええ。もしあなたが、睡眠時間や余暇を削って、地域活動を自分の趣味だと言い聞かせてやっていたとします。
その時、休日に一日中ゲームをしているだけの友人を見たら、どう感じますか。
うーん、私はこんなに社会のために意識高い活動をしているのに、あいつは何て無駄な時間を過ごしているんだって見下してしまうかもしれないです。
それです。何でもかんでも有意義な活動に変換すればいいってものじゃないんです。地域活動を趣味に置き換えてしまうと、生産性のない純粋な遊びを許容できなくなり、多様性への寛容さを失ってしまう。
なるほど、深すぎる。遊びや余白がないと人間はギスギスしちゃうんですね。しかも今、リモートワークが縮小されて、通勤時間という地域の余白が再び奪われつつありますよね。
そこで著者が提案しているのが、新しい形のCSR、企業の社会的責任、の最低義なんです。
あ、企業単位での大規模な活動じゃなくて、従業員個人にフォーカスしたアイデアですよね。
はい。従業員個人がリモートワークの就業時間の一部を使って、それぞれの地元でボランティア活動をする、という提案です。
木曜の午後は業務として近所の子ども食堂を手伝ってまわすみたいな。それなら多世代が混ざり合うし、地域のことも知れるし、企業の評判も上がるし、最高じゃないですか。
確かに、企業と個人の境界線を溶かす画期的な提案に見えます。しかし、私はこの提案について深く分析した結果、危険な側面もあると考えています。
え?危険ですか?
ええ。企業がこれを管理対象のKPIにしてしまえばどうなるでしょう。
KPI。あ、今月は地域貢献ポイントを何ポイント稼げみたいなノルマンになるってことですか。
そうです。そうなれば、先ほどあなたが言った遊びや余白が消え、単なる義務になってしまいます。純粋な善意が企業の論理で管理されてしまう危険性があるんです。
うわあ、それはきつい。現実の地域社会で多様な世代と関わるのって、時間的にもシステム的にもハードルが高すぎるじゃないですか。
じゃあ私たちどこで他社への創造力を広げればいいんですか。
仮想世界が育む他者への共感(エンパシー)
絶望することはありません。実は私たちが家の中で画面に向かっているとき、そこには倫理観や他社への創造力を強制的にインストールしてくれるもう一つの社会が存在するんです。
それが第3のセクション、ゲームという仮想世界ですね。
その通りです。ここからソースは仮想世界のエンパシーについての深い考察へと入っていきます。
著者が科学系ポッドキャストの日の共通テーマ、悪に寄せて語っていた部分ですね。最近のゲーム、例えばワイルドアームズなどを引き合いに出して、倒しても構わない絶対悪という概念について言及していました。
ええ、最近のゲームにも未だに存在する絶対悪についてですね。
主人公、つまりヒーローの立場だからこそ語れる物語の力がある一方で、子どもが悪イコール問答無用で倒していい存在とインプットしてしまう危険性を提示していましたね。
現実世界はゲームのように白黒はっきりしていませんからね。著者はメガテンシリーズのような複雑な世界観も例に挙げています。
メガテンですね。天使の方が悪魔よりもえぐいことを平気でするようなあの世界観。
ええ、正義の名の下に行われる暴力の恐ろしさを突きつけてきます。だからこそゲームをプレイした後に親や大人がいい感じの補助線、つまりガイドラインを引いてあげることの重要性を著者は強く主張しています。
ガイドライン、つまりゲームは倫理観のフライトシミュレーターなんだなって思ったんです。
フライトシミュレーターですか?
はい。安全な仮想空間で極端な善悪を擬似体系して学ぶ。でもシミュレーターに乗った後に共感である大人と一緒にデブリーフィング、振り返りをしないと間違った想像法を現実世界に持ち込んでしまうんじゃないかって。
素晴らしい比喩ですね。まさにその通りです。だから著者はゲームをやらない親でもせめてゲームについて語り合える大人を子どもの周りに配置すべきだと述べています。
これすごく愛のあるアドバイスですよね。ここからさらに面白くなるのが、著者がプレイし始めたファイナルファンタジー14、FF14の話です。
Nintendo Switch2版のフリートライアルでレベル80まで遊べるというあの巨大なオンラインゲームですね。
はい。著者は最近のAAタイトルから特別な使命を負わないただの1回の冒険者の物語が減っていると考察していました。
昔のトラバースとかジルオール、FFXII、風来のシレン、No Man's Skyみたいに自由に世界を旅する感覚のゲームですね。
それらが現在は誰もが主人公になれる構造を持つオンラインMMOに吸収されていったのではないかという推論ですね。
そうです。そして著者はFF14でララフェルという種族を選択しました。
ここが最もエキサイティングな点です。ララフェルは身長約80センチ、現実の34歳児に相当する低身長アバターです。
このプレイ体験の描写がすごくて、カメラ位置が低くて常に見上げる視点になるんですよね。
店のカウンターが高くて見えないとか、周囲のキャラクターが巨大に見えるとか。
周囲を見渡すためにカメラを激しく動かす必要があり、画面用のディスクすらあると語っていましたね。
80センチの視点で巨大な世界を生きるってものすごい物理的な苦労ですよね。
ええ。ゲーム内のララフェルは自分の身長の1.5倍ジャンプできるなど、システム上の救済措置はあります。
しかし、プレイヤーが体感する低い視点からの景色自体はごまかせません。
視覚的な体験はリエルなんですね。
これが現実世界での幼児の視点への圧倒的な共感、つまりエンパシーを生み出しているのです。
幼児の視点への共感、それってゼルダの伝説をプレイした後に現実の山を見て、あ、あれ登れそうって思っちゃう現象のエンパシー版ってことですよね。
まさにその通りです。この柵ならくぐり抜けられるな、といった感覚が現実の幼児への想像力につながる。
普段選ばない体系や種族をロールプレイすることが、現実世界の想像力の幅を広げるという結論です。
いやーすごい。時間のない現実世界の代わりに、ゲームという仮想空間で他者の視点を擬似体験してエンパシーを鍛えられるんですね。
総括:見えないカウンターと多様な視点の重要性
そろそろセッション全体の総括に入りましょう。私たちは最初、自分と同じスキルの8%のバブルの中に生きているという話をしました。
はい。そしてAIを使えば未知の地域コミュニティへ手を伸ばすことができることも分かりました。
さらにツールやテクノロジーは壁を作ることもできれば、ゲームのように他者への想像力を広げる窓にもなるってことですね。
その通りです。
では最後にリスナーのあなたへ一つ挑発的な問いを残したいと思います。
今日、ゲームのキャラクターの身長によって世界の見え方が変わるという話をしましたよね。
はい。
これを最初にお話ししたITスキルの8%の話に重ね合わせてみてください。
もし、今のインターネットやデジタル社会全体が身長180センチのテクノロジー強者のためだけにカウンターの高さが設計された世界だとしたらどうでしょう?
うーん。
残りの92%の人たちは、実は毎日高すぎて届かないカウンターを見上げながら、このデジタル社会を生きているのではないでしょうか?
あなたが明日、職場で誰かにデジタルのツールを教えるとき、あなたは自分の背の高さを忘れずにいられるでしょうか?
相手の見ている景色を想像できるかということですね。
はい。ぜひ、あなた自身でもこの見えない高さや壁について考えてみてください。
今回のディープな探究はここまでとさせていただきました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
コメント
スクロール