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ゆるい歴史回#1補足「僧兵って何?」
2026-07-10 14:25

ゆるい歴史回#1補足「僧兵って何?」

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まつゆきによる歴史を知ろうパートにおける補足回。よく聞く僧兵って一体何者?

その疑問に少しばかり言及しています!


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みなさん、こんにちは、こんばんは。 タイパ・コスパラジオの松雪です。
今回はですね、前回お話しした泉市の歴史の中で、僧兵の話が出てきて、
ちょっと僧兵の話は若干補足した上で話した方がいいかなと思うので、
番外編の番外編じゃないんですけれども、少し僧兵の歴史についても触れておこうかなと思います。
もともと、みなさん、自社仏閣とかってどんなイメージを持たれてますかね。
大体、心が祓われるような場所とか、お手で合わせて神物祈りを捧げるような、
そういう場所だなっていうイメージ、みなさんはお持ちだと思うんですね。
私も実際そうなんですが、一見ね、武力とか争い事とは無縁そうに思えますよね。
もともと、中世の日本において、例えば平安時代から室町時代の間においては、
自社仏閣っていうのは、とても怖いとこって言ったらちょっと語弊あるんですけど、
すごいパワーを持っている環境だったんですね。
天皇とか将軍さえも、やっぱりちょっと警戒するような組織でございまして、
じゃあなぜ宗兵という武装集団が現れるのかっていう話なんですが、
あれですね、宗兵って言うと、源義経に付き従ってた弁慶を思い浮かべてほしいんですけれども、
加藤っていう白い頭巾みたいなものを被って、薙刀を持っている、ああいうイメージですね。
なぜああいう武装集団が発生するのかというと、
自社仏閣の存在意義みたいなところについて遡って捉える必要がありまして、
まず神道において、死っていうものは相当の穢れでして、
基本的に神社の中に死体を安置するとかっていうのはタブー中のタブーっていうのは、
多分今も当然やってないことになってます。
そういった事情がございますんで、朝廷の人間であったり貴族の人たちにおいても、
死体の処理というのは安置であったり土葬、
さかのぼれば古墳みたいな形で巨大なお墓作って安置したっていうのがあるんですが、
なかなか古墳とかって作るとなると、
結構庶民、市民に労働を強いることになって、
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これは結構コスパが悪いというので、どんどんお墓は縮小していってた傾向にありました。
そんな中で仏教が入ってきて、
肉体っていうのは器に過ぎなくて、林で転生するもんだよみたいな話が流行ると、
あ、そうなんやなって。ほんなら焼いちゃうか!みたいな、
すごい安易なテンションで言ったんですけど、
仮装の文化が取り入れられまして、
少なくとも貴族や朝廷の皇族なんかは仮装を取り入れていったというふうに記録は残ってます。
仮装っていうのは今みたいにポンポンポンポンできるものじゃなくて、相当巻き込めたりしないといけなくて、
何が言いたいかというと、庶民の方には非常に負担の大きいイベントで、
仮装なんてできないんですね、簡単に言うと。
できないので、一般の市民たちは死体を基本的にその場に放置したりとか行きしたりみたいな形になってたんで、
都の周りは当然人が多いところで、死体がそこら中に放置されてたという状態でした。
さすがにそれは日々死に触れるような状態になりますし、
衛生的にも非常に悪いと。
病とかが蔓延するし、そもそも汚れがとんでもなく入ってきて、
見箱に悪いやんっていう話になりますんで、
じゃあちょっとどうしようかってなったときに、
この作物が育つ農地とかに捨てるわけにもいかないですし、
平坦で使いやすいところに捨てるわけにもいかないんで、
山手のあんま人の来なさそうなところとかになんとなくみんな捨て出して、
気がついたらそこが暗黙の了解で死体処理場みたいな形になっていくんですね。
今京都とかで鳥辺野とか足立野だったかな、
バケルニ野原野って書くエリアとかがあるんですけど、
まさにそこら辺、今も観光名所なんですけれども、山の裏手のところがそういう処理場だったんですね。
これをまたそのまま放置しておくと、
この汚れがたまりにたまって、
見箱を最終的に汚れで満たしちゃうんじゃないかみたいな考え方もあった中で、
これもまたどうしようかっていう問題が出てきたときに、
神社は直接は受け入れられないっていう部分に対して、
寺が私たちが受け入れますよと、死者を迎え入れたという形ですね。
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具体的にはその死体処理の現場に行って、
そのエリアのすぐ隣とか入り口、入り口がちょっとあったのが怪しいんですけども、
井織っていう小さい小屋みたいに建てて、毎日お経をあげたり、
散らばった骨集めて供養をすることによって、
汚れを封印するような形にしたのと、霊魂を沈めるという役割があったんだろうなと。
呪いとか、術的な部分を払う側面を担ったんだろうなというところです。
封印するというか、汚れのある死体っていうものに対するバリケード、防破堤として役割を果たしたということですね。
後に神社も建てたりするんですが、ちょっと役割が違ってて、
寺は死体を供養するような役割になってまして、
神社は何かっていうと、道祖神とかって聞いたことあると思うんですけども、
お参りとか、死体を行き、死に行く人たちの道中の安全であったりとか、
帰りが寺の汚れの払拭なんかっていうものを担う役割として神社が建てられてたというケースがあります。
で、こうなると完成するのが、まずお寺で供養されてる死体の行き現場、
行き現場って言うと事件現場みたいなあれなんですけど、
その周りを神社っていう結界で囲うようになるんですね。
これによって都の方に汚れが漏れてこない、完全に安心なバリア設計ができたという状態になって、
ほっと一安心。
そこでまた状況が変わってくるのが、都としては死とか汚れっていうものを、
言ったらあの時代最も貴族が恐れていたものを、
一手に引き受けてくれる自社仏閣に対して、
工具をするんですね。
待遇を良くしていくと。
で、当然お金とか物資が寺や神社に回っていって、
これがまた自社仏閣の地位っていうのは上げていきます。
そもそもの話、そういう汚れとか死とかが蔓延しているエリアなので、
朝廷としてもわざわざ介入したくないというか、入り込みたくない。
できればそのまま上手いこと収めておいてほしいというので、
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不予不入という一般的に言われる用語で、
立ち入らないし、もう税金も取らねえというような特権を与えてしまいます。
時代が進んで、教科書とかでよく見る硝煙なんかが出てきて、
貴族が私有地を持ち出して、
これは当然私有地で取れた農作物とかは朝廷の税金として収めなあかんところがあるんですが、
いっぱい取られるの嫌やなって思った貴族が、
税金の割のために名目上自社仏閣に土地を寄進したりするんですね。
寄付しちゃうという形にして。
そうすると不予不入の件があるので、朝廷は自社仏閣に立ち入ることができないので、
税金取れないんですね。
こういうのが横行していって、どんどん自社仏閣の力は高まっていくようになります。
これに加えて不入の下りがあるので、
無法者、法化してしまった人たちとか、
荒くれ者であったりとか、
なかなか属性に身を置けない人たちが逃げる環境になってきたんですね。
自社仏閣としても表情はみんな平等だからみたいな形で受け入れて、
裏では労働力の確保であったりとか武力の確保という形で、
どんどんこういう人たちを受け入れていました。
今、武力っていう話をしたんですが、
さらに時代が進んで鎌倉時代に入ると、
今まで朝廷の貴族が権力を担っていたんですが、
これが武装集団である武士の方に力が移っていって、
彼らには貴族の道理が通じないんですね。
貴族っていうのはものすごく汚れを恐れていた、死を恐れていたんですが、
武装集団、大和魂、丸出しの武士たちからすると、
死っていうものは本当に身近な存在であって、
恐れる対象でないって言うとわからないんですが、
ちょっと捉え方が違うんですね。
そうなった時に、今まで貴族から利権を貪ってた状態にある、
ごめんなさい、神仏関係の方に申し上げないですが、
自社仏閣っていうのは、自分たちの利権を守るために武装せざるを得なくなったんですね。
そんな時に利用できたのが、無法者であったり荒黒い者の集団であったり、
こういう人たちを武装化させて、警備員、当然お坊さんそのものがなるケースもなくはなかったと思うんですが、
基本的にはこういう人たちが武装して、兵力として力をつけていったという背景があります。
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一応恐れないと言いつつも、神罰っていうバフもかけて、
それも相まっての最強武装集団とどんどん相なっていったという形になります。
これは現代にも通用する話なんですが、
いろんなバックボーンを持った人たちがこちらに自社仏閣に逃げてきていて、
その中には、当然先ほど申し上げた荒黒い者であったり、法を犯した人たちもいますし、
貴族同士で出世争いとかに敗れた人たちなんかも、自社仏閣に身を寄せたりしてたんですね。
そんな人たちが一応建前上平等に話をするとなると、
多様性が生まれて、本来だったら身分の差で出てこれない才能ある人たちが、
ニョキニョキ出てきて、称才を発揮したりだったりとか、
武功を挙げて力を誇示できるであったりとか、
そういった形で活躍を伸ばそうという形で、ちょっと皮肉な話でもあるんですが、
仏教における無縁の考え方が、結果的に自社仏閣勢力の武力を高める結果、
勢力を高める結果になったんだなというところでございます。
無縁とかっていう話、仏教用語で申し訳ないんですが、
そういった背景も含めてどんどんと力をつけていって、
最終的に私の故郷である泉の国でも、
かの有名な織田信長と対峙するような自社仏閣勢力として、
出立していたということを次回お伝えできればなと思っております。
すみません。こちらで一旦総編の補足は以上となりますので、
良ければ次回も引き続きお聞きいただければなと思います。
ご視聴いただきありがとうございました。
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