はい、じゃあまあそういうことで今日は第5回になりますね。 2026年の8月1日、アメリカ誌から読み解く共同体論⑤
南北戦争後の国家形成と人種というところで、 あの前回が④の時には南北戦争開戦前夜ということで、
南北戦争に至る過程のもろもろの法制度に近い感じのものを扱っていたので、前回のやつはかなり、何て言うんでしょうかね、聞いてて面白いのかと言われると大変困ってしまうような感じのものでもあったんですけど、
しかも今回はですね、もう南北戦争の戦争そのものはほとんどすっ飛ばしてしまいまして、もうその終わった後の話でどういうふうに
アメリカが再建の時代を迎え、そして国民国家というかを形成していったのかというお話をしたいと思います。
一応、南北戦争のそもそもきっかけというか、どういうふうなことだったのかっていうので、
一般的な理解としてはやはり、例えば歴史の教科書的な考えで言うと、林間が現れて奴隷制に反対して、奴隷制を支持する南部に対して奴隷制反対派の北部が衝突していって、
最終的には北部が勝利を収めて奴隷制が廃止されていくっていうのが一般的なアメリカ史の理解っていうことになるんですけども、
ただこれだと本当に奴隷制が大きな問題ではあるんですけど、ただその唯一の論争の対象であったわけではないということで、
前回のところで僕がすごく先行研究にのっとって話していたのは、南北のこの問題っていうのは奴隷制っていうのも一つの大きなトピックではあったんですけど、
でもそもそもその奴隷制がなんでアメリカという国家で承認されてきたのかっていうと、それ自体が憲法の問題に遡ってしまうと、
つまりアメリカの憲法の中では奴隷っていう言葉は使われないくて、自由ではない人々っていうような言い回しをされるんですけども、
そういった人の存在をそもそも憲法的に認めていて、奴隷制を認めている国家としてスタートしている。
これはアメリカという国家の非常に大きな矛盾にもなっていて、一方でイギリスから独立して平等、自由、そういったものを求めている国家のあり方を定めているにも関わらず、
その一方で奴隷制を国家の制度としても保持しているっていう、そうしたそもそものかなり矛盾というものがあって、
その矛盾の元に社会体制が構築されていくわけなんですけれども、その矛盾は確かに矛盾としてあるんですけども、
一方でその合衆国憲法といったものは、もともとほとんどアメリカという国家体制の結びつきがない人々、
アメリカ人であるよりはむしろどこかの州の人であるっていう人の意識を持っていた人々を強力に結びつけるような理念でもあったわけなんですよね。
でもその理念の中には落とし穴としてそういう奴隷制みたいな矛盾とかが入っていて、
そういったものをどういうふうにやりくりできるかっていったものが時代的にずっと争われてきたテーマのことでもあったんですけれども、
南北戦争に至る過程として、そういった矛盾をずっと抱えながら独立囲碁をやってきたアメリカ社会が、
その矛盾を平和的な手段では解決できなくなっていったっていうのが、南北戦争に至る過程の中で現れてきたものだというふうに位置づけられるっていうふうに先行研究的には行われていて、
それが結局最終的には政治的にも憲法としても収容できなくなった事態として、最終的に南北っていうラインに分かれて、それでそれぞれが戦うことになっていったということになるんですね。
例えばこういうことで言うとかなりそのリージョンというか地域性の問題とかも絡んできますし、
あと結局南部が奴隷制のために戦ったっていうふうに言ってしまうと、その時奴隷を所持していたのは大体3分の1くらいだったわけなんですよね、南部の人口の人々の。
で、残りの他の3分の2くらいの人たちは奴隷を所有してなかったわけなので、奴隷を所有してない人たちがなんで奴隷制のために戦うんだっていうことになると、
やはりそこには元々のアメリカ合衆国を合衆国たらしめる理念の問題だったり、地域性の問題だったり、あるいは州と連邦との関係性の問題であったりっていうものが入っていたわけなんです。
で、そうしたものに対して武力衝突が行われていくわけなんですけど、少しだけ南北戦争そのものの話をすると、この戦争はかなり近代戦に近い形の戦争で行われていて、
もう第一次世界大戦を彷彿させるような情景がこの時生まれてるんですね。
つまり武器は長射程のライフルを互いに持って、で、さらにこのお互いに残骨を掘っていって、残骨の中に自分の身を隠しながらライフル銃で敵を撃って行って戦っていくっていうある種の陣地戦みたいな形になっていて、
もうほとんどその馬を持って、なんて言うんですかね、剣で戦うみたいな、そういう時代とも違ってるわけなんですよ。
で、南北戦争はもうかなりアメリカ市の中では最も戦死者を出したというか、その当時の人口比率として見た時に戦死者の割合が最も高い戦争だったというふうに言われていて、
で、このやつは僕もちょっと少し計算してみたら、日本の太平洋戦争の時の軍人の戦死者数よりも人口比の割合で言うと高いくらい、それくらいこのアメリカ合衆国の内部においてある種同胞のアメリカ国民同士が殺し合うっていうようなね、そういう戦争だったわけなんです。
で、やっぱりその戦争はすごく大きな影響を後世の方にも生み出していて、しかもこの時にある種のこれまで築いていた合衆国憲法であったり、あるいは独立宣言だったり、そうしたものの理念を持ってアメリカという国家を形成していった歴史からかなり見感点を迎えていって、
この南北戦争後にアメリカという社会は劇的に変わっていくっていう、そういうことを踏まえているような戦争でもあったというところですね。
というわけで、ようやく枕を述べて本文の方に行っていきたいと思うんですけども、はじめにのところでアメリカの国民国家形成と再建の時代、1963年から77年、これがいわゆる1963年に南北戦争が一段落して、そこからその戦争後の再建の時代を迎えていくっていうことになるんですけども、
この時に、ひとつばえし大学でアメリカ史を専攻されている木戸義行さんの専攻研究で、シーズアメリカ合衆国志丸に南北戦争の時代っていうところから取ってるんですけども、この木戸さんが言ってるのが、
では、いつアメリカ合衆国は国家建設と国民創造を始めたのか。諸説ある中、本書は南北戦争と再建期こそがその深淵だと捉えるっていうふうに書いてます。
この時に何が国家として変わっていったのかって言ったところで、連邦政府は総力戦となる内戦を戦う中で、それまで衆に奪われていた通貨発行権を国家主権の名において奪い返し、連邦課税を実施し、財政政策の主導権を握った。
さらに、祖国のために死ぬことを強いる連邦徴兵を一気に実現していったというふうに書いています。で、僕はこの文章を読むと結構逆に意外だなと思ったのが、アメリカってこの時期まで、つまり通貨の発行権も連邦政府としては持っていなかったし、さらに連邦課税もできていなかったしっていうようなことで、
そうすると、やっぱり国家としてはものすごく強権力な国家ではなかったわけですよね。で、基本的に連邦の方で唯一というか、大きく持っていたのは連邦裁判所の方で、裁判権の方は連邦の方で保持していたんですけども、結構やはり集権が強かったような国家体制だったんですね。
各州の方で、やっぱりいろんな権力を持っていて、で、それをもとに人々が活動していたからこそ、人々の意識もどんどんその州の知恵の意識が強い。で、これは前々回くらいの時にアレクシス・オトクビルのところでもやったんですけれども、
オトクビルが1830年代頃にアメリカの方を旅行していられた感想も、結局そのアメリカっていうのは国民国家としてあるのではなくて、連邦政府のもとに州政府があって、さらに州の下にはシティがあって、その下にはタウンがあるっていうような、で、人々は結局タウンシップ、タウンから州までの間のところにしか自分の貴族意識を持っていないっていうようなことを主張しているんです。
そういったものの生活基盤、あるいは政治基盤としての州っていったものが、どんどん今度から国民国家というのに変わっていく。だからアメリカという国家のために死ぬっていうような、そういうことを強いるような連邦調変も行われていくっていうところで、かなり大きく変わっていったっていうふうに言えるかと思います。
次のところも、南北戦争後の大きな変化の一つとして、市民憲法、シビルライツアクトの成立が1866年に行われると。この時初めて、合衆国市場を初めての合衆国市民の概念を公的に成分化した画期的な法律であると。
人種や肌の色、過去奴隷であったかどうかに関わらず、役権、訴訟権、法のもとの平等、幸福追求権、財産権などの基本的権利を連邦政府が保障するものであり、州政府によって奪われない上位法としたということで、州法というのがもちろんアメリカの合衆国にはあるんですけども、
その州法よりも、さらに上位の法として、この市民憲法というのができてくるというところで、ただちょっと今太字でこの河川のところで州政府によって奪われないというところをちょっと強調したんですけども、これはちょっと後の方で出てくるんですが、この文言が後に逆に救われてしまうような部分にもなっていきます。
でも明らかにこれはやっぱりこの法律が制定されたというのは、南北戦争後に奴隷制の廃止というものを明悪的に謳うためにこういった法が出来上がっていったというところで、過去奴隷であったかどうかに関わらずというところで、そこで人々の基本的人権なようなものをこれで認めるという法律になっています。
さらに合衆国の理念であった合衆国憲法自体も修正が入っていくと、それが中世第14条1868年に確定するものなんですけれども、合衆国において出生し、またはこれに帰化し、その管轄権に服するすべてのものは合衆国及びその居住する州の市民である。
いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。またいかなる州も法の流プロセスによらないで何人からも生命自由または財産を奪ってはならない。またその管轄内にある何人に対しても法の平等な保護を拒んではならない。
この市民権法もあと合衆国憲法修正第14条にしても明らかに州よりもこの連邦政府が上だということを認めている内容になっています。だからこそだんだんと中央集権国家的なものの体制の基盤が法制度においてもあるいは憲法においても整備されていったというのがこの再建の時代ということになっていきますね。
ただし法制度あるいは憲法としてこういったものが整備された手段にこの社会秩序というかそこに住まう人々が劇的に変化するかといったら当然そういうわけではないわけです。
当然南部と北部の格室あるいはもともと奴隷を所有していた人々の気持ちそういったものがこうどんどんその南部一回その南北戦争によって負けた側の方の再建時期にいろんな形で復活してくるっていうところがやはりその社会の難しさといいますか
かなりその法を整備しただけでは社会そのものは変わらないということをよく表しているような事例になってくるんですけどもそれが2番のところで南部の再建奴隷解放から人種差別へというふうにつけてるんですけども
ここの部分は辻内京都鏡徳さんという方のアメリカ合衆国における奴隷制廃止後の南部社会の再編仮定という東京大学で1990年に出された博士論文を読んで参照したところになってくるんですけれども
前段階においてこの当時の南部、まあ南北戦争が行われてたんですけどもこの南部の最も大きな生産物は綿花です
綿製品を作るための綿花で綿のプランテーションといったものがすごく大規模に行われてるんですけどもこの当時アメリカの綿生産は世界一のものになっていて
この綿の需要がイギリスとかからもすごくあってどんどんどんどん生産していってそれがお金になっていった
この綿のプランテーションを維持するために多くの黒人奴隷が使われていたっていうことになるので
じゃあその奴隷制を廃止してこのプランテーションが成り立つのかって言ったら当然成り立たないわけなんですよね
そうなってくるとこの奴隷解放後の綿のプランテーションを維持するためにどういうふうにその労働力を確保すればいいのかっていうものが社会課題として持ち上がってくるわけなんです
この時にはいろんな試行錯誤も行われていて
例えばすでにこの時にはアメリカにはかなり多くの移民がやってきていてアイルランド系の移民であるとかドイツ系の移民であるとか
あるいはアジアの方からでも中国日本からの移民もだんだん増えてきている時代になってくるんですけれども
でもなかなかそれがその綿生産の方に適応できるかっていうとちょっと難しかったみたいですね
まず奴隷制は程の移民ですので奴隷扱いはできないわけなんですよ
ということは奴隷以上の賃金を確保しなくてはいけないっていうのは当然あるわけで
しかも元々綿の生産に慣れているわけではないのでそういった人々を働かせるっていうことに対してのコストパフォーマンスというか生産性みたいなものは高くもない
ということで結局はこの元々奴隷であったいわゆる解放国人の人たちの労働力をどう調達するかっていう風な方向に南部としては動いていくっていうことになっていくんですね
この時にとはいえこの市民憲法法であったり合衆国憲法修正第14条っていう縛りもあるわけなので
この縛りを飼いくぐりながらどうやって元々奴隷であった黒人たちをプランテーションにもう一回つかせるかっていうことを政策としてどんどん行っていくというところになります
中身としては解放国人を擬似的な市民に仕立てた上で自主的な奴隷制の継続を起とし
っていうところで社会的に奴隷を使っていく元奴隷を使っていくっていうことになるんですけども
黒人の側は契約書を持てず一方的に罰則されるような雇用主本位の契約とかを結んでいくわけなんですね
一応市民として出てきた解放国人の人たちとはプランテーションの大農家は労働契約を結んでその労働力を調達していくことになるんですけれども
でもそもそもこういう契約の概念を当時の解放国人がどれだけ理解できたかっていうと難しいんですよ
もともと奴隷を奴隷として扱っていた存在で敷地率が高いわけでもないですし
そもそも契約というやり取りの主体として現れてきたことがなかった
奴隷っていうのは奴隷の売り主と買い主の間でやり取りする財産っていう扱いをずっとされていたので
この奴隷自身が人として市民として活動するっていうのは大きな問題というかギャップをはらんでいるはずなんですね
当たり前だと思うんですけどもともとの市民社会的な知識がない人間が急にこの19世紀のこの合衆国社会に進出して
対等な契約を結べるかとかを考えた時にそれは無理だろうっていうようなところなんですけど
逆にそういうところにつけ込んでいく人たちがどんどん現れてくるっていうところです
だからこそプランターというのは契約を守らないし報酬支払い拒否であったり
あとは最初に前貸し分をこうして奴隷にいろんな食べ物であるとか工作のための道具であるとかそういったものを貸しているので
それを差し引いたものとして残りの賃金を払うみたいな感じの契約を結んでるんですけど
その差し引き額がほとんど全額じゃないかっていうくらいのえげつないような契約になっていたりするわけなんですよね
そういうことでこの南部の方においてはブラックコードと呼ばれるような黒人への法規制が南部で対抗的に制定されるわけなんですね
これは市民憲法でありったり合衆国憲法の修正に対してのある種の南部のカウンターというか
南部は南部で結局その州法として大きなブラックコードといったものをついていく
そのブラックコードの内容っていうのが例えば扶養できないとみなされた黒人の子どもを法公認として児童労働につかせるっていうような
ほとんど奴隷の扱いと変わらないようなものになりますし
あとは解放された元黒人奴隷の人たちっていうのは解放された瞬間に
解放民局というところがかなりの程度でその人たちの保護とかの活動をしていくんですけども
もうその全部に行き渡ってるわけではないので
必ずしも家を持ったりあるいは適正な公職を持ったりできない人たちっていうのは一定数いたわけなんですね
そういう人たちを不労者バグランスかなっていうふうにみなして
それの取り締まりとこのバグランス不労者の人たちを見かけたら強制労働につかせてもいいっていうような法律を制定していくんですね
これはやっぱり南部のプランテーション維持のために必要な措置ということで合法化というか正当化されていくんですけども
あと当然というか白人との婚姻禁止っていうものも法律として出来上がってきますし
あと黒人の土地所有だったり侵食の禁止だったり制限っていうものを課していくっていう
そういうところで次のページのところになってくるんですけれども
いずれにしようかなり黒人という存在をどんどん規制していくような法律が出来上がっていくっていうところなんですね
それの一つの象徴的なものがいわゆる事務苦労制度と呼ばれる合法的な人種隔離政策で
レストランとか公園、あと通行するためのバスとかなどの公共施設での人種隔離っていったものがどんどん行われていくんですね
しかもこの時に、それは憲法違反であるとか、あとは市民権の法律に違反するっていうものに対しての一つのカウンターとして
合衆国憲法修正13条や14条は、衆政府による差別を禁止したのであって
私的個人の差別を規制することはできないという解釈が共有されてしまうような感じになっていくんですね
これはもう裁判所でもそういう判決を下していくっていうので
1896年のプレッシー判決では分離すれずとも平等というような判決をしていくということなんです
つまり市民としての平等性っていうのは担保するんですけども
それに対して各、例えばお店であったり、あるいは個人であったり
法的な機関もそうなってるので、全て不私人とも言えないんですけども
そういうものが差別をするっていうのは、それは別に合法というか問題がないっていうような
そういう解釈が普及されてしまうんですね
これがちょっと前ページのところで、市民権法であったり、合衆国憲法の修正第14条であったりっていうところで
衆政府には奪われないとか、衆からのそういう規制は違反であるっていうふうにみなすんですけど
個人であればいいっていうようなね、そういう解釈を生んでしまう余地があったっていうところなんですね
これは実際に1960年代のいわゆる公民権運動まで、このジム・クロー制度っていうものは続いていきますので
だいたい100年にわたって、結局この黒人差別の人種隔離制度っていったものが維持されていくっていうことになります
あとはかなり暴力の問題にもつながっていくんですけども
白い三角棒みたいなものを着た白人集団によるクー・クラックス・クランっていう秘密結社が出来上がっていって
そういう人たちが見せ物的に黒人に対してのリンチ、暴力を振るっていくっていうのが1865年以降たびたび行われると
この時には、交換された白人女性の復讐という名目でこうしたリンチが行われていくんですけども
でも実際それはほとんど捏造に近いような名目であって
どちらかというと単に黒人男性をある種の奴隷的地位に落とし込むための名目としての拷問であるとか処刑であるとか
そういったものが行われていくっていうことになるんですね
そういったことを見てみると、なかなか南北戦争後に南部がどれほど変わったのかっていう話をすると
なかなかそれが大きくは変わっていかないというか
変化を受けた上でその変化した上での暴法的差別が行われていくっていうところに
非常にアメリカという社会のある種の問題の根深さみたいなものがあったりして
これはやっぱり法制度であるとかの問題だけではなくて
社会秩序の問題としてみなして、この社会秩序が大きく変動することがないように
特に白人男性の意識の中で黒人を落とし込めるようなカラーラインの問題が出てくるっていうのが
やっぱりこの時代の特徴でもあるっていうところですね
ただこうしたものっていうのは必ずしも北部が望んでいた解決の手段ではなかったはずなんですよね
もともとその北部の方で奴隷解放のために争われた側面もある南北戦争で
しかもその戦争が終わった直後っていうのは
特に南部にいる白人男性の地位っていうのは圧倒的に低いというか
このアメリカという新しい国民国家的なものが出来上がる中で
当然北部が優遇されるような制度というものが出来上がっていくような形になるんで
ただそういった中で同じ白人であるにも関わらず
北と南で身分差が出来てしまっているような
そういう現状に対する鬱屈っていったものが
逆に南部の白人男性が黒人に対しての隣地であるとか
差別をどんどん強化していくっていう流れにもなっていくっていうところでもあります
北部のいろんな改革をしようとするなんですけれども
それはなかなかある面ではうまく機能しなかったというところがあって
それが次の黒人への土地付与の挫折っていうところなんですけれども
もともと南北戦争が行われる時って
最終的には黒人兵も参加していくことになるんですね
黒人で軍族になった人たちが南部と戦っていくっていうようなところもあって
そういう人たちに対する恩賞であったり
あるいはこうして解放された元黒人奴隷の人に対して
どういうふうに社会的に包括していくのかっていう課題があったわけなので
その時の一つの政策として
反乱者財産募集法というのが1861年に可決されていくんですけれども
1861年なんでこれはまだ戦争中なんですね
戦争中の中で南部の反乱に加わった大土地所有者の人たちから
土地を募集してその募集したものを解放黒人に付与するっていうような
そういう法律が実際に施行されているので
その奴隷から解放された黒人の人たちは
もう戦争が終わったら自分たちはきちんと土地をもらえるんじゃないかっていう期待をかなり持っていた
というようなところがあります
それが40エーカーの土地と1頭のラバがあればいいっていうような
そういう言説に結びついたっていうことになってくるんですけれども
さらにさっき言ったように南部のプランテーションを維持するために
どうやって元黒人奴隷の人たちを労働につかせるのかっていうところで
大きな社会課題になってくるんですけれども
それはこの解放黒人自体も面下の生産を奴隷的な作目図
スレイブクロップとみなして非常に嫌がっていたっていうところがあるみたいなんですね
奴隷の一つの象徴として面下の生産っていったものがあったので
それを生産するのは結局もともとの奴隷の立場と変わらないんじゃないか
っていうようなことがあり得るわけなんです
そうなると解放黒人にしても南部側としてはプランテーションをどんどんまた確保していきたいんですけれども
それにつくのは嫌がるっていうような黒人の動きも現れてくるっていうところで
解放黒人が望んでいたのは何よりも自治の概念とか
自己の所有っていうようなそういうことでもあったみたいです
なので食料生産をする場合は自分の土地で自分が必要とする
トウモロコシであったりカボチャだったりニワトリであったり
いったものを希望するのであって
決して面下の生産をしたいわけではないっていうところだったんですね
それはまあつまり他人のための市場向けの生産を前提とした賃金制には反対で
作物に対する権限を少しでも主張できる借り分け制度
日本で言うと借り分け日本語で言うと借り分け制で
英語で言うとシェアクロッピングシステムって呼ばれるようなものになるんですけども
これは言ってしまえば戸作能ですよね日本語で言うところの
あの土地を地主から借りてその土地で自分の好きなものを作るっていうような
こういうものを開放国人としても希望していたっていうところになるんですけども
ただこれ自体は日本の歴史を見ても分かる通り
戸作制度っていうのは基本的に土地を持っている人に対して優遇される制度になっているので
開放国人が結果的にこのシェアクロッピングシステムを望む面があったとしても
それはその結末としては開放国人にとってもいい面を迎えるということはあまりないというところにもなるんですね
でそれがまあそもそもこのシステム自体が大土地所有のプランターが土地の一部を国人とか貧しい白人に借地させて
土地の賃料と貸し付け品としての農具ラバーあとは種とかですね
そういったものの代金を収穫した作物で地主に支払う制度っていうことになってくるので
まあそうなってくるとやっぱりこの土地にその開放国人をいさせるかどうかっていうのが
結局その生産手段がこの土地所有者に握られてしまうっていうことにもなってくるので
そうなってくると開放国人の立場っていうのは奴隷とあまり変わらないようなね
非常に悪い方の立場に留まってしまうようなシステムになっているというところで
しかもこれは必ずしも南部の人たちだけで行われていたわけではなくて
北部側もこのシステムを採用していくっていう面があったみたいです
それは北部の独占資本家と南部のプランテーション貴族との利益が一致したばかりでなく
北部の独占資本自体が直接に南部の黒人作種に乗り出し
北部の資本家の中から同時に南部の土地所有者になるものも現れたっていうところがあるようです
これが持っているものっていうのが先ほどの歴史の一般的な理解として
北部側が奴隷制を廃止するために南と戦って南北戦争が行われたっていう理解が一つの正しさを持ってたとしても
この時北部側の人たち、北部に住んでいるアメリカ人たちが黒人に対しての好感情を持っていたかっていうと決してそんなことはないと
むしろ北部の方が黒人差別が激しかったと言われるようなところもあって
あくまで北部っていうのはその当時の時世に合わない奴隷所有というこの悪を憎んでいたのであって
黒人という存在を救いたいとかそういうこととはまた別の意識を持っていたっていうところがあるようですし
あとはこの当時はどんどんアメリカ社会が工業化を迎えていくような時期にもなっていて
当然綿製品を工場で作って綿の服ですねとかを綿花を原料として綿製品の生産に入っていくんですけれども
そうしたものは北部の大資本家の人たちが工場主としてやっていくことになるので
結局その黒人に綿花を生産をさせるっていう理解が南部の方の大土地所有者にとっても
北部側のこの工場を持っている人たちにとっても同じになってしまうんですね
そうすると南にしろ北にしろ結局元黒人奴隷の人たちを大規模なプランテーションの労働力として使いたいっていう思惑が一致していくっていうことになってくるので
結局どっちの側からもある種単なる労働力として差別的な待遇をされるような社会的な情勢になっていくっていうところにもなります
というところでなかなか単純な黒人というか奴隷解放の物語では終われなかったのが南北戦争の一つの結果でもあるかなというふうに言えるかと思うんですけども
この中で北部側の戦後処理としての南部の再建にあたってなんですが
自由労働イデオロギーによる戦後処理っていうのが書かれたところなんですけれども
この当時の労働に就くっていうことが非常にこのアメリカ社会にとってみるとプラスの面を持ってるんですね
だから黒人奴隷として元黒人奴隷として最終的に自分の小規模な自立していって本当に独立独歩でやっていくような黒人側が望んだあり方っていうのは
当時のアメリカ社会の労働イデオロギーにとってみるとどちらかというと異質なものっていうか
むしろ労働をすごいすることによって成功していくっていう形の物語というか
そういう目標みたいなものがアメリカの社会的には優先されていくような労働思想になっているところもあるので
それに反するような黒人のあり方っていったものはやはり社会的に制約されていったっていうところがあります
その労働イデオロギーの中身がどういったものなのかっていうと
勤勉精神、スピリットオブインダストリー、独立、インデペンデント、労働の尊厳、ディグニティオブレイバーっていうふうに書かれてありましたけども
などの経済的独立を前提とするセルフメイドマン、独立自営業者の理想を南部に当てはめるっていうところになっていくと
これは南部側に関しては南部の大都市所有と奴隷栽培による貴族的経営を批判っていうふうに書いてあるんですけども
しかもこの理想とするイデオロギーはさっきの開放黒人の人たちが望んだイデオロギーとも近しいところがあるにもかかわらず
実は断絶したものとしてみなされていったっていうところもあります
なんでかっていうと近代化されている労働倫理を内面化した近代的な労働者っていったものが社会的に養成されていくので
そうした中で開放黒人をどういうふうに扱っていくかっていうところで
北部側としては良質な労働力を得るために教育っていったものを普及していくっていうことになっていきます
こうしたものに対して当然黒人のリーダーたちからの反論とかもあって
フレデリック・ダグラスっていう人が当時リンクアントのアラブ・クライの有名な方だったという先行研究にあるんですけども
この人たちは当時の黒人のリーダー的存在で
ただもともと黒人奴隷ではなかったのかな
おそらく自由黒人の一人であったみたいなんですけれども
この人たちがその北部側の見解とかに対して言うのが何もしないでいただきたい
黒人として私たちが望んでいる唯一のことは何事であれ自分たちにやらせておいてほしいということです
黒人をどう処遇すべきかなどと悩まないでいただきたい
公正に対応してくれるだけでいいのですっていうような発言をしているそうです
ただこういったものでフレデリック・ダグラスは黒人によるある種の自治というか
そういったものを主張していくということになるんですけども
でもこの黒人が当時のアメリカ社会でどういうふうな役割を担えばいいのかっていったときに
このフレデリック・ダグラスもまた結局その労働によって富を築いて
それで社会的に成功を収めていくっていうこういうモデルを採用しているというか
こういうモデルを北部側の人間とも共有しているようなところがあるんですね
だからこういった発言も法の前での平等であったり自立自由法人という
北部の白人中山階級に代表される自由労働イデオロギーの立場に立った発言というふうに書きました
なんでこういったところで実は黒人のリーダー的存在も
ちょっと元黒人奴隷であった人たちとは異なった見解を持っていて
黒人は黒人として社会的には成功していくためには経済的独立を達成してきちんとした賃金を得て
そして階級が上がっていくというか経済的階級の上昇を果たすっていうようなことを目標に上げるっていうところになってくるんですね
これが次のページのところで3ページのところになるんですけども
このあたりのことを研究している一つのものとして
金子アユムさんという方が全国黒人実業連盟と20世紀転換期における歴史の記憶のポリティクスっていうものを
アメリカ研究44号の2017年に論文の投稿を行ってるんですけれども
ここでも解放黒人がセルフメイドマンを目指していくっていうようなことを歴史的経過として描いていて
その時に黒人ビジネスマンみたいな人たちが台頭してくるんですけども
黒人の実業形による男らしい性向の個人史の語りは奴隷解放以来半世紀にわたる黒人全体の進歩の物語と重ね合わせられ
奴隷解放の日を無の状態と捉えゼロから出発して蓄財と繁栄に至る進歩こそ
アメリカ黒人の歴史であるとするっていうような見解を示していたというふうに言われます
だから勤勉さと権役、商売と専門職の路線による社会進出を目指すと
これは解放黒人の人たちにとってみても自分たちが成功していくことの一つの
それを歴史的な進歩に重ね合わせて自分たちの存在を提示していくっていう流れになっていくんですけども
でもこれってまさにある種のアメリカンドリームみたいなところのアメリカの物語ともに偏ってくるところがあって
つまり真面目に働いて富を得てそこから成功して誰かに使われる存在ではなくて
自分の一人前の店舗とか自立した個人としてやっていくっていうようなことになってくるんですけども
これはこれでつまり何が言いたいのかというと黒人の中でもいろんな層の人たちがいて
もともと自由黒人であった人たちとあとは解放黒人として元奴隷であった人たちという人たちとも見解が違うわけですし
黒人といってもなかなか一括りにはできないようなところっていうのはあるわけなんですよね
それぞれのところで自分たちはこのアメリカ社会の中でやっていくためにどういうふうな位置づけを行っていくのかということで
それぞれがいろんな立場から発話して自分たちの物語を作っていくっていうそういう面があったということなんですね
ただこうしたところから当然抜け落ちていくものっていうのもたくさんあって
一つは解放黒人の物語から抜け落ちるものとして先住民いわゆるネイティブアメリカンへの差別意識みたいなものが
実はその解放黒人の中でもものすごく共有されていくっていうものが先行研究で挙げられてます
つまり彼らは自分たちでアメリカ社会の中での立場を表すためにインディアンとかとは違うんだっていうような言い方をしていくんですね
それはインディアンを平らで誠実な労働を忌避する存在とみなし黒人の勤勉さを強調して
つまり人種とか民族の中でも黒人というのはきちんとしたものなんだという
ネイティブアメリカンの人々たちに比べれば自分たちは有意義なアメリカ市民であるっていうような言い方をもって
自分たちの社会進出を果たしていくわけなんですけども
でももともとこのネイティブアメリカンの人たちっていうのは
このアメリカという国家の土地が拡大していく上でもともと住んでいたところを追われ
生産手段とか当時の自然環境といったものを破壊されて
さらに強制的に移住もさせられていってきた人たちなので
もともと成功するというか生産して労働して地位を向上させていくっていうのが一時的に難しい存在であったはずなんですね
でもこういった人たちを結局平らであるとか労働に向かないとか
そういったある種の属性に当てはめてそれでこの差別意識を持っていくっていうところは
結局ネイティブアメリカンの人たちが抑圧されていった歴史とか過程を忘却していくっていうところでもあります
あとアメリカ国人の先ほどのセルフメイドマンを目指していくということなんですけども
こういったところでこれはアメリカ社会内である種受け入れられていくような進歩の物語になっていくんですけども
でもこの時に白人女性とか黒人女性とかはもう参選権が認められてなかったりするわけなんですね
だからアメリカ国人の人たちはこの市民憲法法だったり合衆国の修正によってある種市民として成立して選挙権を持つようになったんですけども
白人女性とかあるいは黒人女性はこの当時まだ選挙権を持っていないっていうことになるので
そうすると結局その黒人の中でもさらに男性であれば社会的に優遇されていく面が出てきてしまうと
逆に言うと女性は抑圧されていくような面があって
特に白人女性はこの時に自分たちは一体奴隷以下の存在なのかと
つまり元奴隷であったにも関わらず選挙権を持てるようになったにも関わらず
白人女性の人たちは選挙権を持てないわけですから
そうすると自分たちの存在は何なんだっていうことにもなっていくわけなんですね
そうした意味では非常にこの進歩の物語から漏れ出てくる存在っていうのは多々あって
そうした人たちが今後この社会に対する維持申立てというか
社会改良運動みたいなものを担っていく存在にもなっていくっていうところなんですね
そうするとでも
じゃあそもそも何で南北戦争みたいなものをやる必要があったんだっていうことにもなりかねない
問題に行き当たってしまうわけなんですよ
そうなってくるとこれも金子アイムさんが研究でやってるんですけども
アメリカ南北戦争の記憶の社会文化史的研究
南北戦争後の半世紀をめぐる議論を中心にっていうのを
明治大学の教養論集に投稿論文として
2017年に上げてるんですけれども
こうなると失われた大議論の台頭みたいなものが出てきてあって
つまり戦争をめぐる南北戦争の
この戦争の評価をどういうふうにしていくのかっていうのが
歴史的に変容していく過程でもあるんです
それがこの南北の再建の時とも
重なっていくような時代になってくるんですけれども
つまりその時に新しき南側の言い分として
南部の連邦脱退は
連邦政府による集権の侵害に対する正当な対応であり
北軍は集権の行使を抑圧する侵略してあったとする
南部の自衛戦争という解釈を採用していくわけなんですね
これは歴史的に言ったら
どこまでその事実性とか史実性があるのかっていうのは
かなり問題を含むような考え方にもなってくるんですけれども
ただしこうした対議論が
歴史的に事実誤認の甚だしいことを
多くの歴史学者が指摘しているにもかかわらず
けれどもこの発想
失われた大義として南北戦争をやっていったんだっていうのは
現代の南部社会においても
保存されているような記憶のあり方でもあるんですね
それはそうすると事実かどうかっていうのはあまり問題じゃないんですよ
事実かどうかではなくて
どういう風な歴史観を持ち
どういう風な自分たちの
そのアイデンティティに関わる問題として
この南北戦争を扱っていくのかっていう
そういうことの問いにもなっていくので
それが歴史的にどういう風に形成されていったのかというものを
この金子さんは研究として書いてるんですけども
それがあの戦争は何のためのものだったのかっていう
南北戦争史観の変遷というところで
もともとこの
南北戦争というものは
ある種の解放主義に立って
行われていった解釈が優先されていて
それは我々が日本人が歴史の教科書で学ぶような
そういう歴史観でもあるんですけども
つまり奴隷制を廃止し
北人に自由と平等な地位をもたらした戦争と解釈すると
もちろんこの解釈自体もちょっと問題をはらむというか
歴史学的にどこまで正しいのかというのは問われるんですけれども
ただこの解放主義が持っている
南北戦争の歴史観の一端というものは
やはりある程度正当性は持っているところでもあるんですが
こうしたものが今度和解主義的な解釈に変わっていったと
つまり南北戦争は何のために行われたということが
問題ではなくなっていくんですね
そうではなくて南北戦争が行われた後
両軍の兵士がつまり北も南の両方の兵士が
立場は違えども男らしく勇敢に戦い
犠牲を払ったことを相互に承認するような
そういう戦争感に変わっていったというふうに
金子さんとかは書いてるんですね
そうなってくると急に奴隷の問題がなくなってくるわけなんですよね
南北戦争がひとつは奴隷であったり
あるいは合衆国憲法の課題であったり
理念を巡るような争いであったはずだったものの
それがもう最終的にお互いの和解の物語に変わっていってしまうということになっていて
そうすると北部や南部ともに和解主義が中心となっていて
黒人奴隷の存在が周辺化されてしまうと
もともと黒人奴隷が大きな問題を占めていたはずの戦争であったにもかかわらず
まるで黒人奴隷みたいなものがなかったかのような
扱いをされるような南北戦争主観に変わっていくということを先行研究で挙げてます
結局それが何を意味するのかというと
黒人を犠牲にして南部の白人同士が和解したという性格が濃厚になってくると
ここでもやはり奴隷制の問題ということではなくて
人種の問題にすり替わっていってしまうという
結局黒人と白人というこの両者の対立の軸の問題へと切り替わってしまっていっているというのが
南北戦争の戦争主観にも現れているというところみたいなんですね
ただしこういった今お話をしていると
一方的に白人男性が自らの正当化のために
元奴隷であった黒人を社会の底辺に配置して
それでもって自分たちの立場を肯定していくような
こういう社会秩序を作っていくということになってくるんですけども
でもそもそもそういうふうなことをせざるを得ないほどに
白人男性という立場も実は脅かされていったんだということを書いているのが
松原博之さんの研究になるんですけども
松原さんは私の指導教授でもあるんですが
この人が理念国家アメリカの誕生とこじれる人々というものを
今を考えるアメリカ誌という本に掲載してまして
それが先ほどまでずっと理念として挙げていた
セルフメイドマンみたいなものがどんどん没落していく事態と
実は重なっていったということでもあるんです
セルフメイドマンみたいなものが独立自衛である種の商売を営んで
経済的に自由が散歩されていて選挙権を持っていて
それで自分たちの社会を担っていくっていうような
そういう意識の下でこの存在こそがアメリカ市民だっていうような時代が
この南北戦争前までは意識としてあったんですけども
この19世紀の時代にアメリカ社会そのものがどんどん工業化、近代化を遂げていくと
どうしてもこのセルフメイドマンっていう存在が成り立たなくなる
あるいはその存在がどんどん脅かされていくっていうようなことを迎えていくんですね
それは結局小規模商業っていうのがなかなか成り立たなくなっていく時代と同じで
誰もが結局人に使われるような雇われ労働者であったり工場で働く存在に
これは黒人であろうと白人であろうと関係なくある種経済っていう側面だけを捉えると
もう経済的には雇われ労働者であるっていうことが
同じような存在として黒人と白人をみなしていくっていうことになっていくんですね
そうすると独立と自由の理念というものがどんどん衰退していくわけです
そうするとこれまでにも貧しい人たちっていうのは当然いたわけなんです
あるいはセルフメイドマンであっても経済的には貧しかった人々っていうのは当然たくさんいるわけなんですね
でも彼らにとってみるとそれでも貧しくても自分はある種
例えば一つのお店の主であるとかちゃんと選挙権を持ってあるとか
そういうことでつまり奴隷ではないっていうふうに言えたわけなんです
奴隷ではないっていうことが市民的自由とその当時の社会性を担保していたんですけども
そうした時代が工業化、近代化、経済発展によってどんどん終焉していくと
そうした時に何が行われていたのかっていうと
それが奴隷ではないということから有色人種ではないという人種概念の発明へっていうふうに松原さんは書いてるんですけども
一見すると人種主義っていうのはたぶん我々現代的な観点から見てもある種時代遅れの発想みたいなところってあると思うんですね
というか普通に今で言ったらコンプライアンっていうふうになるわけであって
例えば今黒人だからとかあるいは日本人だからとか中国人だからとかとかアフリカ人であるとか女性だからとか
そういうことで言ったら確実にその人は市民社会においてはなかなか受け入れられないというか
公的な立場でそういったことは言えないようなものになっていると思うんですけれども
でもこの当時の19世紀後半のアメリカ社会において奴隷ではないっていうことが担保されない社会になった時に
じゃあどうやって自己の存在を社会の中で確立していくかっていう時に持ってこられたのがその有色人種ではないっていう
つまりカラードではないっていう人種概念の発明ということになるんですけれども
だからこそこれは改めて作られていった発想概念だっていうことであって
もともと差別意識があってその差別意識の延長に社会秩序が保たれていたっていうこととはまた違うと思うんですよ
つまり奴隷という存在は当たり前にあったわけなんですね
奴隷差別ももちろん差別としてはあったとは思うんですけども
でも奴隷は財産だったわけですからだから差別する対象ではなかったはずなんですよ
そもそも人間じゃないわけなんで
でも奴隷ではなくなった解放国人にはやはり差別をしないと社会秩序は保たれない
この時に人種による差別っていうことをこの当時のアメリカ社会が発明していったんだっていうのが松原さんの見解っていうことになるんですね
だからそれのことの説明として人種主義は全近代的な偏見の残りかすではないと
それは市民からなる近代的国民国家アメリカが誕生し奴隷制を廃止したのち
19世紀後半になって歴史の表舞台で出てきた新しい現象なのであるっていうふうに言ってます
だからこそある種の根深さがあるっていうことでもあるし
でも多分当時としては新しい考え方っていうふうにも見なせると思うんですね
しかもこの時にこの発想っていうものは白人性男性にとって非常に重要な見解を含んでいる
しかもこの白人青年男性っていうのはこの見た目の問題
この自分の人種によって担保される存在基盤なのであって
つまりこの白人男性という発想のあり方からは別に経済的には関係ないわけなんですよ
貧しくても白人男性っていうことはあり得るわけじゃないですか
だしある種こう問題があっても白人男性があるってあるっていうことが
一つの社会的な理解というか社会的承認を得られるための
そういう手段として現れてくるっていうことなんで
これがその人種婚姻を問題視することは
セクシャリティを媒介に黒人と女性等を共に制する方法であった
黒人男性を不法な異人種間婚姻者やレイプ犯として死刑に処することは
自己を立せない獣的な存在として黒人を特徴づけただけではない
それは同時にその黒人から白人女性を保護する力を持ったものとして
白人男性を位置づけ自立像を高めつつあった白人女性たちを
返す刀で保護されるべき存在へと押し込めることにあった
自立したアメリカ人としての地位を得ようとした人々は
人種主義とセクシャリティの管理を組み合わせて白人男性になった
強調しようここでもかつての自由民たちは
いわば初めて男性であることを自分たちの基盤に据えたのである
というふうに言ってるんですけども
僕はこれは松原さんかなり面白い見解というか
僕も読んでいてはっと説得力があるなという
これ実証するのはかなり難しい発想でもあるとは思うんですけども
面白いですよね
白人であるとかあるいは男性であるっていうことが
正徳的なもともと備わっていたものであることには間違いないんですけども
それが社会的にある種の象徴とかある種の権力を持つようになったっていうのは
その自分たちの持っているこの人種区分であったり
性区分っていったものを発明したからこそ
それが社会に流通するようになったっていう見解を持っていて
この時につまり自分は白人男性であるから
黒人ではないしあるいはアジア系の人種でもないし
なかなか価値があるっていう言い方が言えて
さらにじゃあその白人女性に対しての白人男性の立場っていうのは
黒人の脅威から白人女性を守るために自分という存在はあるっていう風にも提示できるわけなので
そうするとこのいろんな社会階層、身分差、身分制度、階層性、階級性みたいなものがある中で
この社会秩序の中に白人男性というものをどんどん上の方に位置づけていく要素を
発明していったっていうことがこの時代なんだっていう
こういう言い方になるかと思うんですね
これは逆に言うとこういった新しい発明をしないと重複することになるんですけども
白人男性の地位って保てないわけなんですよ
つまりもうセルフメイドマン足りえないし奴隷ではないっていうことはステータスにはならない
あとさらに言うと工業化が進んでいくともともと家庭で家事育児を担っていた女性も
どんどん社会進出を果たしてこの工場とかで労働していくことになるんですね
っていうかほとんどこの当時の社会にあってはどんどん女性もまた働いて
お金を生み出していかないともう家庭生活が成り立たないようなそういうところにもなっていって
そうすると白人女性はじゃあそうやって自分はお金も稼いできてると
さらに家事育児も担っていると
なのにも関わらずなぜ選挙権を持ってないのかっていうそういう反論ができるはずなんですね
でも実際にアメリカ社会としては白人女性にも黒人女性にも選挙権を与えてない
そういうところをじゃあどうやったら正当化できるかって言った時に
この人種の問題と性別の問題ということを持ち出すことによって
白人男性が社会的に優位になるっていうことを正当化していくっていう
そういうことだと思うんです
そうすると理念国家にふさわしい市民であろうとする努力こそが
今にも存続する白人男性市場主義を生んだのであるっていう風に書かれていて
これは現代でも大変通じるところがあるところなんです
つまり現代のアメリカ社会においても
北部と南部の話で言っても
南部っていうのは北部ほど経済的にはうまくいってないっていうのがよく言われていることで
いわゆる白人男性が当然社会的にはいるんですけども
どんどん社会的にはマイノリティーになっているわけなんです
そのマイノリティーになっている白人男性が
現代でもアメリカ社会の中でどういう風に自分たちの立場を位置づけていけるかとなったときに
この白人男性であるっていうことにどうしても固執せざるを得ない
こういう白人男性であってことにステータスを生み出して
だからこそ黒人連を差別であったり
あるいは女性への非常にこう旧来的な役割を押し付けるような形での発想を手放せないような形としてなっていくっていう
それはこの社会秩序の問題であり
自分たちのこの社会秩序のあり方を手放せないからこそ
理念国家にふさわしい市民っていう努力っていうことが反転して差別主義を生んでいくっていうようなね
そういう面があるっていう言い方をされてるんですけれども
これがなかなか現代でも通じるというか
現代でもやはり人種問題もあるいは性別問題もなかなか解消されない
ある種の大きな課題として位置づけられるのは
この社会秩序の問題と絡んできてるからっていうことだと言えるかもしれないですね
こうしたものに対して松原さんにしろさっき先行研究で挙げた金子さんにしろ
この人たちはいわゆるジェンダー史を先行としてる方たちで
女性史とかを学んでる方なんですけれども
そうしたジェンダー史の文脈の中で
先ほどの松原さんの論文が載ってるのと同じ本の中に
土屋和代さんかなっていう方が
ブラックフェミニズムとインターセクショナリティ
人種階級ジェンダーセクシャリティという論文を挙げてるんですけども
いわゆるブラックライブスマターの問題というか
現代でも非常に白人の警察によって
黒人男性が締め付けられて殺されてしまったという問題が
2023年かなとくらいにあったと思うんですけど
人種の問題というものが全く解消されてなくて
1960年の公民権運動後でも
いまだに人種をめぐる黒人への差別というものが
繰り返し行われていくというところの中で
つまりこれは現代問題であるということなんですけれども
そういったものに対しての一つのジェンダーシーの立場の方たちの研究として
インターセクショナリティということを
アリシアガーザという人たち
アリシアガーザの言葉をこの土屋さんは挙げてるんですけれども
インターセクショナリティとは
誰も取り残されないための思想だと語ると
それは人々の欲圧に高圧をつけ
誰が最も阻害されているのかを競ぐような
欲圧のオリンピックではない
インターセクショナリティとは
これまで人々が社会からどのようにして
なぜ取り残されてきたのかを理解し
忘れ去られてきた人々の存在を可視化することで
変化のためのロードマップを示すものである
というふうに書いてます
これは逆説的になんですけれども
やはりこのアメリカという国家が
独立宣言から始まって
国家として形成されていった時に
歴史的に必ず見落とされていたというか
欲圧されていた人々が出てきているということの
それへの一つの回答というか対応だと思うんですね
つまりアメリカの合衆国憲法は奴隷制を認めているわけですしから
奴隷という取り残された人々
といったものがいたわけで
さらに言うとネイティブアメリカンの方のように
土地を覆われ社会的に欲圧された人々もいて
そして今度は人種問題、女性問題
性別の問題が作られることによって
黒人であったりあるいは女性であったりという
どんどんこういった欲圧されてきた人々を
生み出すことによって
逆にこのマジョリティの人々と思われるような存在を
どんどんその社会の中心に据えて
それで社会秩序を保ってきた歴史であるっていう
でもこれって別にアメリカ史に限った話でもないと思うんです
日本でも他の国でも同じような人種問題
民族差別、女性差別とかっていったものは
繰り返し繰り返し行われてきた
そういう社会課題でもあるし
あるいはその共同体というものを意識、形成する上で
差別の問題と切っても切り離せないようなところもちょっとあったりもして
つまりある誰かを差別するからこそ
別の誰かを優遇して
それによって社会秩序が生まれて
その共同体が維持されるっていう
そういう歴史的側面っていうのは
おそらくどんな集団でもある程度持ってると思うんですね
そういったものがあっても
最終的にはやはりもっと大きな問題を生み出してしまったりもするわけです
それが例えば南北戦争であるならば
アメリカ人同士が殺し合って
そしてアメリカ史上最も多くの戦死者
人口割合からすると最も多くの戦死者を出した戦争としてなっていると
でもそういう戦争が行われたにもかかわらず
やはり同じように
社会秩序の問題として今度人種っていったものが
形成されていってしまったっていうところがあるわけで
そうするとまた大きな戦争にどんどん関わってくるというか
最終的にこの共同体がある種崩壊を迎えてるっていうような
見方にもなり得るかなと思われるんですけども
そうするとこの共同体がはらんでる問題
差別の問題であったり社会秩序の問題であったり
といったものがどういうふうにその共同体自体が
この問題に対してアプローチできるのかっていうことを考えること自体に
やっぱりその共同体論としての問題も現れてくると思いますし
僕はこういったことっていうのは非常にアメリカだけの問題でもなくて
でもアメリカ史を見たときには非常に何か通じるものがあるなっていうふうに
見て取れるような研究が現れてるっていうところでもあるので
そういったものが共同体論にも活かされるところがあるんじゃないかなとは思うんですけども
というところで一応用意してきた資料と説明は以上になります
ありがとうございました