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#103 ワット・プラケオが分からなかった
2026-08-21 28:56

#103 ワット・プラケオが分からなかった

あの日は分からなかったものが、少しだけ分かるようになりました。バンコクのワット・プラケオから、タイの仏教の話をしています。


ワット・プラケオからタイの仏教を考える/よく分からないまま出た/お坊さんがいない寺院とエメラルド仏/仏教は時代と地域に合わせて変化する/インターン生の仏暦とお坊さんのペンダント/王室・出家者・在家者/サンガとタンブン/タイ仏教のエコシステム/国家と仏教/雑談

・訂正

エメラルド仏は66cmでした。


耳で旅する週末-ミミタビ-

働くあなたの週末に、耳で楽しむ非日常ひとときをお届けします。毎週金曜日の18時更新、飲んだ帰りの電車の中で、ちょっとゆっくり過ごしたい土曜日の朝に、忙しい日常の合間に、耳から始まる物語を。

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サマリー

タイのワット・プラケオを訪れてもその魅力を理解できなかった語り手が、タイの仏教について深く掘り下げていくエピソード。タイ仏教は王室、出家者、民衆の三層構造から成り立ち、それぞれが相互に影響し合いながら一つのエコシステムを形成していることを解説。特に、王室の仏教が王朝の正当性を保証する役割を担い、ワット・プラケオのエメラルド仏がその象徴であることを明らかにする。この視点を得ることで、かつて理解できなかったワット・プラケオの重要性が腑に落ちるようになったと語る。

ワット・プラケオ訪問の疑問
はい、りょうたです。耳で旅する週末耳旅第103回です。 今日はタイの仏教の話をしていきたいと思います。
ということで、僕は仏教が好きで、この番組でもよく仏教の話をしているんですけども、
今日はですね、タイの仏教ですね、についていろいろ喋りたいなと思います。 まずそのきっかけに、タイの万国には
ワットプラケオっていう寺院があるんですね。 これは万国観光の定番のお寺になるので、
行ったことがある人も多いんじゃないかなと思います。 ワットプラケオ。 実際そのワットプラケオで行ってみてどうでしたか?
僕ね、過去に2回行ったことがあるんですけど、僕はね全くというか、そのワットプラケオの魅力っていうのが全然わからなかったんですね。
万国には三大寺院って言われている、あのね、有名なお寺が3つあるんですけど、このワットプラケオとワットアルン、
あとワットポーですね。これが3つ、3大寺院って言われてるんですけど、 ワットアルンっていうのは三島由紀夫の赤月の寺のモデルにもなった、すごく
形からしてすごく美しい寺院だし、 ワットポーっていうのはよく写真とかにも使われているすごい巨大な二半仏があったりもして、
すごい特徴的なお寺なんですよね、ワットアルンとワットポーって。 それと比較するとワットプラケオって何か捉えどころのないお寺だなーって感じていました。
ワットプラケオにはエメラルドブッダっていう仏像が有名なんですけど、このエメラルドブッダ自体もとても小さくて、
それをね少し遠目から見る感じで、それがどういうものなのかっていうのもなんかよくわからなかったんですよね。
ただこのガイドブックとか、ネットとかでワットプラケオって検索すると、タイにとっても最重要のお寺として紹介されていて、
日本で言うならね、伊勢神宮みたいな場所になるんですよね。
僕がね初めてワットプラケオ行ったのは、1回目はね今からもう18年前ぐらい、20歳の時なんですけど、その時は本当にただ入って出たみたいな感じで、
もう全然なんかよくわからず入ってよくわからないまま出たみたいな感じでしたね。
で、最近だと2年前にも行ったんですけど、その時はねしっかりいろいろ中見て回ったんですけど、でもねやっぱり、
ワットアルーンとかワットポート比べると、なんかそんなに優先度高くないというか、別に行かなくてもいいんじゃないかなって感じるぐらい、
なんかこう、いまいちわからなかったんですよね。その、まあ黄金の仏塔とかがあったり、モザイク画とか、その建物のね装飾的な良さは
なんかわかってもその場所とか、エメラルドブッダっていうものがなぜ重要になるのかってことがわからなかった。
で、ワットプラケオっていうのはこの王宮の敷地の中にあるんですよね。
まあタイには王様がいるわけですけどその王宮の敷地内の中にある。で、しかもそのワットプラケオの中にはお坊さんっていうのは住んでいない。
で、お寺なのに誰も修行していないっていうのがそのワットプラケオっていうお寺の特徴で、
で、ワットっていうのはお寺のこと、寺院のことを示すんですよね。アンコールワットのワットとかと一緒で、まあ寺院のことを示すんですけど、
それがねお寺なのに誰も修行していないお寺で、かつ王宮の中にあるというような
寺院になっています。で、今日はこのワットプラケオをこれから行く人とかこれまで行ったことある人がねどう感じればいいのか
そんなね手がかりになりそうな話がねできればいいなと思います。
仏教の柔軟性と変化
はい、ということでまあワットプラケオわからなかったんですけど、まあ僕なりにね本を読んだりこの最近ねいろいろ仏教を見てくる中で
こういうところが魅力なんじゃないかなみたいなところがちょっとずつねわかってきたんですよね。
で、まずあの仏教のいいところっていうのがあって、仏教は変化するんですよね。
それは時代と地域に合わせて変化する。で、これが本当に仏教の面白いところだなと思っていて、
例えばね今の日本は葬式仏教とか観光仏教って批判されたりもするんですけど、
今になってみるとねやっぱそれでいいんですよね。葬式というねあのシステムを日本で担っている
まあ一番大きいのは仏教だし、その葬式がね残った遺族の残った人のためのシステムだとすると
やっぱり僕はすごく必要なものだと僕は思っている。で、かつ観光仏教なんかも言われるけど
まあ時々ね、年に何回か旅行してお寺行って仏像を見て、手を合わせるだけでもすごく意味のあることだなと
最近は思うようになってきていて、そういうのを入り口に仏教に興味を持った人がね謝経をしたりとか
ちょっとお経を読んでみたりとか、そういうね緩やかな形で仏教とは関われる時代ということで
僕はね今の日本の仏教の形もまあこれはこれでいいんじゃないかなって
最近は思うようになったりもしています。
で、僕がね、このポッドキャストでも奈良がね好きだって話はしていて、その奈良にある当時のねお寺とかよく
回ってるんですけど、まあ奈良時代の仏教なんかはね、鎮護国家の仏教なんですよね。鎮護国家っていうのは国を守るための仏教
で、まあ飢饉とかね、疫病から国を守るために国分寺を建てたり、まあ東大寺を建てたりしていて
なんか災いが起こった時の心の拠り所として仏教があったと。
で、これってあんま今の感覚だと結構分かりづらいんじゃないかなと思うんですよね。その国の統治に仏教を使うっていうのが
でも当時はそれがね、あの日本の仏教の形として、まあこの国でね始まったということで
まあこの日本の中でも仏教の時代と時代に合わせて変化しているっていうような例えとしてね、あのまず日本の仏教から話してきたんですけど
これはこの仏教が変化するっていうのは日本だけの話じゃなくて、これはね世界的にもそうなんですよね。
で、本当に国によって仏教の形って結構大きく違うなと思っていて、特にあの
定座部仏教と台上仏教って大きく2つに分かれるっていうところでもあるんですけど
東南アジアに広まったね定座部仏教で比較してもタイとラオスとかミャンマーとか
一見するとまあ我々からしたらね似たような仏教に感じるんですけど
やっぱね一つ一つの国の仏教というのを見ていくと、やっぱりねそれぞれどうも違う
在り方があると、でこれがねやっぱ変化する仏教みたいなところで
やっぱりねあのいろんな時代のねいろんな場所の仏教を知る面白さがここにあるなと思うんですけど
タイ仏教の個人的エピソード
でまあ今日はねタイの仏教の話っていうのをワットプラ系をねきっかけにしゃべっていくんですけど
まずねあの僕がね私生活からプライベートというかから感じたタイの仏教のエピソードっていうのが2つあって
というのもねあの僕会社にタイの学生が大学生がねインターンで毎年何人か来るんですよね
タイの日本語学科で学んでるねこの学生がインターンで会社で来てよく面倒を見てるんですけど
その大学に提出するレポートっていうのがあるんですけどそのレポートのね年号っていうのが仏歴だったんですよね
あの仏歴っていうのはのブッダが入滅した年から数えられる小読みになるんですけどまあ日本だと基本西暦じゃないですかそのキリスト紀元の西暦なんだけど
タイだとその仏歴っていうのが一つ公式で使われているみたいでまあ西暦も使うよとは言ってたんですけどその仏歴がまあ今年2569年みたいなんですけどそのレポートがね2569年とかになってて最初これどういうことかなみたいに思ったっていうのが
えー一つありましたこれってどういうことって聞いたらそのブッダのあのなんだ年なんだみたいな感じのこと言っていてあー仏歴を扱ってるんだってまあ一個驚いたっていうのがあのインターン生からあったんですけど
でもう一つそのインターン生であそうなんだって思ったことがタイのね北部の出身の男の子がねいたんですけどそれがねあの
ネックレスをしてたんですねでそのネックレスをよく見たらペンダントがお坊さんをねの姿を彫ったペンダントだったんですよね一瞬仏像かなと思ったんですけどどちらかというとね
生きてるお坊さんっていうの姿を彫ったペンダントをしていてまあてっきりねブッダかなと思って
これって何ブッダとかって聞いたんですけどそしたらあの違うとあの僕の町の偉いお坊さんですみたいなことを言っていて
町の偉いお坊さんの姿をペンダントとして日常的に身につけてるんだっていう まあねあの地元のねお坊さんが信仰の対象になってるのかなっていう風に感じて
まあ結構このない感覚じゃないですかそういうのって だからねすごく印象的に
残ったエピソードなんですけど まあそういったところも含めてタイの仏教に触れる機会っていうのが
ありましたとでまあそれからねこの収録のために一応ね本を2冊読んでます ジョーザブ仏教とタイの仏教に関する本で
読んだ本のタイトルが東南アジアジョーザブ仏教への招待っていう本とタイ仏教入門 っていうタイトルの本を2冊読みました
でまずねジョーザブ仏教についての本っていうのは本当大乗仏教と比較すると恐ろしく 少なくて
アマゾンで見る限りだとほとんどないですね一般向けのものはまあ研究所ですごい ちょっとね高い値段がついているものとかは
あったりもしたんですけどやっぱり一般向けに書かれている本だと でまあアマゾンで流通しているものだと本当に恐ろしく少ない
だからねやっぱ日本人にとってジョーザブ仏教ってやっぱ遠い仏教ですよね 同じ仏教なんだけど違う仏教というか本当に遠いところにある仏教
だなぁと まあ改めてね感じたんですけど
タイ仏教の三層構造
でもねやっぱねタイの仏教を知るっていうことは やっぱ我々がね普段身近に感じている仏教
日本の仏教との違いを知るっていうことでもあるから やっぱなんか逆に理解が深まるなぁと思う部分もあったりしたので
ねあの結構ねやっぱいろいろ知れば知るほど面白いなぁという感じながら 本をね読んでました
まあその上でその本を読んだことと僕がねこれまでタイでタイとかね あのインドとかネパールとかで触れてきた仏教
あるいはねこれさっき言ったようなあの私生活の中でね 触れてきた仏教
を基に今の現時点の僕の理解をこれからねちょっと喋っていきたいとおもいます でまずあのタイの仏教っていう3層に3つの層に
分けて考えるのが良さそうだなと思いました でこの3層にまず3つ読み上げますこれが王室の仏教
次が出家者の仏教で最後が民衆の仏教ですね 王室の仏教出家者の仏教民衆の仏教でこの3つがタイという同じ国の中で一つの
エコシステムを作っているのが まあ基本的なタイの仏教の理解としてはいいのかなと思っています
で先に出家者と民衆のための仏教というのをちょっと喋っていくんですけども 定座部仏教っていうのは大乗仏教と違ってこの人生で下達できるっていうのは
出家した人だけなんですよね悟りを得ることができるのは
で 基本的に出家をして厳しい修行というのをしなければならない
と そのためあのタイではねお坊さんというのはすごく尊敬される対象でもあって
タイを旅行していると今朝起きたねお坊さんが電車に乗ってたりとか街中とかね 見かける機会ってあると思うんですけどまずああいう出家した人のための仏教
というのがあるとこれは なんていうかなまあエリートのための仏教でもあるんですよね厳しい修行をして
明日から卓発とかに出て まあある程度属性と縁を切ってっていうところで
初期仏教というかねブッダがいたね当時の系譜に連なるような生活をされている 出家をした人たちのための仏教というのがあると
でこれと 在家者ですね民衆のための仏教というのがあるんですけど
でこの定座部仏教のところでさっき言ったように出家しないと下脱できないんですよね でこれって大乗仏教とは全然違う考え方で大乗仏教って
法年以降 鎌倉仏教とかだと究極的には全員救われるっていうような考え方になっていくんですけど
悪人正規説とか念仏を唱えれば全員救われるみたいな まあそういう考えに日本の大乗仏教はなっていくわけですけど
これとは対局ですよね出家して厳しい修行をしないと救われない じゃあ在家の人たち普通の民衆の人たちってのは救われないのかって
言ったらここがねどうもそういうわけではないみたいなんですね でこれどういうことかというと出家した人たちのコミュニティーというか集団を
サンガって呼ぶそうなんですけどそのサンガに対して 苦毒を積むことがこの在家者のための仏教みたいになっているようで
例えば朝卓発に出たらその卓発でね ちゃんと食べ物を配るとか渡すとかっていうことで苦毒を積むと
でこの苦毒を積むと来世出家側に回るというか あのこの根性では下脱とかには至らないとしてもその苦毒を積むことで次の
人生でね来世において 出家者となってこう
下脱に至るというような考え方があるみたいで だからこれが一つあの出家者と
在家者で一つのエコシステムみたいな形になっているそうなんですね だから厳しい修行をするのは在家の人たちが支えてるんだけどその在家の人たちが
どうしてそのお坊さんたちの修行のお手伝いをするかって言ったらそれによって 徳が積まれて来世でね
もっと良い生をね得られるみたいな考え方があるようでこれがあの短文というような 言葉であるそうなんですね
でタイとかラオスとかでもそうなんですけど 旅をして朝早く早起き単価をするとこの
卓発をしているところで出くわしたりすることってあるんですけど あれもね短文なわけですよねお寺の修善の寄付とかもそうだし
この人生じゃなくて苦毒を積むことでいつか来世とかで下達に至るっていうような 考え方が在家の宗教として仏教としてあるみたいで
だからねあの 定座部仏教は出家している人だけが救われる
っていうのは一面的には正しいんだけどただそうじゃない人たちが救われないわけじゃ なくて一つのエコシステムの中で同じね
タイの仏教っていうシステムの中で まあ来世にねつながるっていうような考え方があるみたいですね
でさっき話したその会社に来ている大学生のインターンがその地元のお坊さんの ペンダントをつけていたっていう話にしてもそれはやっぱ自分の地域のお坊さんがやはり
あの尊敬される対象となっていて そのね多分その地元のねサンガに属するお坊さんのペンダントで
まあそれはねやはり信仰の対象になるんだなっていうことが 今回ね感じたことですね
でその日本の人が全員熱心な仏教とじゃないことと同じで もちろんタイの人もねみんながみんな
丹文を積んでる、古読を積んでるわけではないんだろうけど 熱心な多分在家の人たちからしたらそういう生き方考え方でこの仏教っていうのを
信仰してるんだろうなというふうにはまず感じました はいこれがね出家者と在家の在家者の
仏教になりましてまあ言ってみればエリートとね 民衆の方の仏教みたいな形ですね
王室仏教とワット・プラケオ
で最後がねあの王室の仏教になるんですけど まあ王室王朝あるいはね国家統治者のための仏教みたいになるわけですよ
でここでやっとワットプラケオのエメラルド仏陀が出てくるんですね でまあエメラルド仏陀って言ってるけど実際はエメラルドじゃなくて
まあ翡翠らしいんですよね実際は翡翠 だけど綺麗なね本当に綺麗なミドル色をしているのでエメラルド仏陀って呼ばれてきて
いるもので高さもね55センチで結構ね小さいんですよね でこれ小さいんですけどこのエメラルド仏陀っていうのが本当にこの
タイの王室にとってはとても特別な仏像になっていて でこれがどういうことなのかといったらこのエメラルド仏陀っていうのは
王朝の正当性を保障するものなんですよね でこれどういうことかというと
定座部仏教の世界には正しい王というモデルというか考え方があるようで 仏の方仏法によって国を治める王っていうのがいてまあそれがね
三河を守って寺を建てて聖なる仏像を守るみたいな考え方があると でこの
エメラルド仏陀っていうのはもともとタイの北部やったものがラオスに行ったり ラオスからバンコクに行ったりっていうことで
なんかねずっとこのエメラルド仏陀っていうのは時代時代で まあ奪い奪われてきた仏像みたいなんですね
でこれがあのもともとねラオスの弁ちゃんにあったものなんですけどこれがまあ18世紀に 今のね王朝にさらなるラーマ一世っていうのが弁ちゃんから取ってくるんですよね
まあ取り戻したというか取ってくるというかまあこれは国によって視点見方は変わってくるんで そうけど
この仏像を持っている 王朝っていうのが正しい王朝なんだっていうようなその王朝のなんていうのそのバック
ボーンを証明するものになってるんですよね まあ日本で言えば
ね三宗の神儀みたいな ことなのかなと思うんですけど
なんだろうねやっぱいろいろ歴史を知るとまあ確かにそういうことってあるなって 思うわけですよねその
じゃあ中華の王朝は何を持って正しい中華の王朝としてきたのかとか まあ日本の天皇もね誰がね
正当なる血筋なのかっていうことを何で証明してきたのかとか まあじゃあアメリカの大統領の権力を裏付けるものは何なのかみたいなところと
まあ共通している部分だと僕は思うんですけどこの 体においてはこのエメラルドブッダを持っているっていうのが
正当性をこの証明するものになっているっていうことらしいんですよね でこれって結構なんかあそこまで大きな意味があったんだって
本当にこれを知ると驚くんですけどこの 1782年にバンコクに新しい王朝がね今の王朝ができた時に
王宮の隣にねこのワットプラケオを作ってこのエメラルドブッダを治めたと でこのエメラルドブッダを守っているから王朝に正当性があるんだっていうのが
まあ歴史の出発点みたいなんですね でこれ本当にこんな大きな意味があるんだって
まあ驚くわけなんですけど なんだろうなこのここまででこの王朝の王室の仏教と
財家の仏教と出家者の仏教の3つの話をしたんですけど これ伝わってるかちょっと心配ではあるんですけど
あのまずそのワットプラケオにはお坊さんはいないわけですよ それは修行する場所として使われていないからで
あれは王がね王様が儀式をするための今場所でもあって で今でもね季節の変わり目に王がそのエメラルドブッダの服をね
変えるっていう儀式を行っているんですけど
これはねなんか200年以上途切れていない儀式になるみたいで この仏法をね守る王であるからこそということを
王としての権力を証明している これがエメラルドブッダだしその何のためにあそこワットプラ教があるのか
でそれが何でタイにおいて最重要なお手なのかっていうことの説明になりますと
でここで改めて思い出すのがさっき言った奈良時代の話で 奈良時代も国を守るための仏教だったわけですよね
でもうそれってもう日本で終わった形なんですけどでもタイでは今でもその 仏教というのが深く結びついていると
で王がいて参我があってそこにお坊さんたちがいて そのねそれを支えるために民衆がいるっていうような
理解の深化と今後の展望
こういう持ちつ持たりつってのがまあ続いてきているっていうのがタイの仏教 なのかなというのがあのね今回僕が
まあいろいろ読んだりね考えてわかってきたことです でこうなってくるとやっぱり僕がなんで
ワットプラ教に二十歳の時行っても何もわからなかったのかっていうことがわかるん じゃないかなと思うんですけど
まああそこはやっぱ なんだろうな基本的にその僕が大乗仏教の日本人がね拝みに行く場所ではないわけ
ですよね 同じ仏教であったとしてもあれは王権を保障するための装置としてそこにあったわけ
だから 王の儀式の舞台であるわけだから
まあ観光客としてね外国人が入っても感覚的にわかるはずはないんですよね でまぁこうやってね今僕なりの理解をしゃべったんですけど
まあこれはの仕組みが今ねこういう仕組みなんだっていうことがわかっただけで 本当にタイの日ね人たちの感覚がねあのわかったっていうわけではないんですけど
でもねやっぱもう1回行ったらねさらに面白く見られるだろうなっていうふうには今ね 感じています
はいということでまぁちょっとねあのうまく話したかっていうのは心配なんですけど これがねあの僕がねワットプラ協がわからなかった理由で
でもこの仏教がね面白いなぁってその変化する仏教っていう いうね視点に見ると葉っぱにタイの仏教も面白いなというふうに今ですね感じて
いるものでもありますね ということでまぁ本当にちょっと知ったかぶりもだいぶ含まれてはいるので間違ってる部分はね
ぜひ教えてほしいし今後もねあの いろんな国の仏教についてはね理解を深めていきたいなと思っています
雑談
入ってことでちょっとだけね雑談をしていきます とことでちょっとねあのお盆中はね仕事が忙しかったため
a 本編はねお休みしておりましたでまぁ2週に渡って友達の音松崎さんによるアメリカ
市から読み解く共同大論というのをですね番外編として配信させていただいております あの南北戦争の前後がテーマなんですよね
南北戦争に至るまでと南北戦争が終わった後 っていうところでそれぞれね話してくれていて
特にね僕は結構4本目が面白かったなぁって思っていて4本目ての1周目に配信 したね
④の第4回の番外編がね面白かったなと思っていて まあ自治って結構ね自治体の自治ね
地域の受ける実勢ってすごくいいことのように語られがちなんだけど まあ実はねその自治が黒人奴隷とかそういう仕組みをね
生んでいたみたいな話がねあの結構ねこれまでの共同大論で広がりがある広がりを感じるね 話だったなぁと思ってまぁその辺がね僕としてはすごく面白かったなぁと思い
いずれ松崎さんと2人でしゃべる回も収録するのでお便りも募集しているので松崎さんへのね質問とかメッセージがあればぜひお見せいただければなと思います
であとあのアプリですね旅のアプリスナル無事にあのクローズドテストが完了しました 本当にあのご協力いただいてくれた方はありがとうございます
でまぁ最終的には友人知人にも声をかけたんですけどちょっと12人のテスターっていうのは集め られなかったので足りない部分はねそういうちょっと有料のサービスがありまして
android アプリのクローズドテストに有料で参加してくれるサービスっていうのがあるので 当たりない部分っていうのはねちょっとその辺で補いつつ
とにかねクローズドテストは増えることができました で今ねあの本番環境に向けて
ね次の申請段階にあるのでまぁ順調にいけば5月ぐらいには android でね正式にリリースできるのかなとは思っています
マスナルに関しては正式にリリースできたらまたお知らせしたいと思います はいということで今日はねまた仏教の話でまぁちょっとねしばらくしばらくというかね
あの今上野でね国立博物館で空回転 やってるんですよねちょっとこの空回転もね行きたいなと思っているので
まあいずれまた近い回でね仏教会合をやるんじゃないかなと思うんですけど 本当に仏教面白いのでぜひぜひねあの
お付き合いいただければなと思います ということであの引き続きお便りも募集しています
でお便り会はねあの引き続き12ヶ月に1回ぐらいのペースでまとめてやろうかなと 思っておりますので
はいあの今日の仏教のタイの仏教の話でもいいし 他のエピソードへのお便りでもいいので
ね引き続き概要欄のお便りホームからお送りいただければと思います ということで今日も最後まで
聞いていただきありがとうございますそれでは今週はこんな感じです 受ければチャンネルのフォローと高評価をお願いします
spotify x メールフォームからコメントもお待ちしています 来週金曜日の18時にまたお会いしましょう
それでは意味旅で良い旅を
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