はい、リョウタです。 耳で旅する週末-ミミタビ-。今日の旅のサウンドは、ウズベキスタンテルメズの公園にあるパンチングマシーンで遊ぶ若者たちです。
こちらの音の詳細は、後ほど喋っていきます。 ということで、今日は久しぶりにソロ会ということで、一人で喋っていきます。
今日何喋ろうかなと思ってたんですけど、 旅の魅力というかね、自分がどうして旅を好きなのかということを言語化したいなと思って、
旅をしていると点画面になるよねっていう時があって、そんな話をしていきたいんですけど、
点画面になるって言われても、これ最初ね、何を言ってんだっていうような感じだと思うので、ちょっとずつ
いろいろ話を重ねながら、この僕が点を面に感じる瞬間というのを伝えたいなと思うので、ぜひお付き合いいただければなと思います。
まず、今日話すのは、ウズベキスタン南部のテルメズという町が、
実はね、ガンダーラ仏教の西の端っこの町なんじゃなくて、アムダリア川っていうような大きな大河の中を生き返ってきた、たくさんのいろんな文明文化が混合した文化の一つの象徴、表彰なんだということを最終的にしたいんですけど、
こういうのを最初に感じたのって、マレーシアのマラッカなんですよね。それは20歳の時なんですけど、
マレーシアっていうのは、人口の多くはマレー人で、イスラム教が国教の国なんですよね。
僕、マレーシアのマラッカが本当に好きな町の一つで、20歳の時に行った町なんですけど、
マラッカっていうのはマレーシアの南西にあたるところかな、
マレーシアの西海岸にある町になってます。町が世界遺産になっているところで、非常に穏やかで気候も良くて、
本当にいい雰囲気の町なんですけど、そこはたくさんのいろんな文明とか文化が入り混じっているところで、
例えば観光の目玉はセントポール教会というキリスト教の教会なんですけど、マラッカにはマレーシアで一番古い中華街っていうのもあるんですよね。
だからこのマレー人という方がいて、イスラム教っていうのが国教でもあると、キリスト教の教会があって、マレーシア最古の中華街がある。
こういう複数の文化がね、すごく穏やかなマラッカっていう風土に溶け込んでいて、僕としてはすごくそれが居心地が良かったっていうのもあって、
本当に好きな町、国なんですけど、
当時マラッカをブラブラしながら、ちょっと観光したり中華街行ったりね、町の中をふらついたりしたり、
あと海沿いですね、行ってマラッカ海峡をただ眺めてるみたいなことを5日間ぐらいかね、やってたんですけど、
なんかね、その時間っていうのが僕の旅の中ではすごく印象的に残っていて、心に残っていたんですね。
で、それから帰国したにしばらくしてから、あの時感じたものって何だったんだろうっていうのが結構ね、自分の中ではすごく気になっていて、
いろいろ本を読んでる中でフェルナンブローデルの地中海っていう本があるんですけど、
その本を読んだ時に、歴史っていうのは時間の流れだけじゃないし、人と人との営みだけじゃなくて、
歴史を作っているものっていうのは、自然環境であったり地理環境っていうのも歴史を作っているんだっていうことを、
僕はこのフェルナンブローデルの地中海を読んで知るんですけど、
もちろん今は地裁学っていう言葉もあったりするから、そういう視点っていろんなルートから持つことってあると思うんですけど、
僕が最初にこういった見方とか知ったのってフェルナンブローデルの本を読んでからなんですけど、
これが地球っていう大きな構造の上に歴史があって、その歴史の中で人のドラマがあるっていうことを知るんですよね。
その時にすごくカタルシスっていうか旅の面白さっていうのを感じて、もちろん現地で起こるいろいろなドラマとかっていうのもすごく楽しかったんだけど、
僕はこういうのを後から気づく、知る、腑に落ちるみたいな瞬間もやっぱり旅の面白さが帰国後まで続くっていうようなところがあって、
今日はそんな話をしていきます。
これまでテレビ図の仏教遺跡の話をしてこなかったなと思っていて、
去年の12月にウズベキスタン、8日間ぐらいからかけて回って、12月、1月ってかけて配信してたんですけど、
テレビ図の話の時、シャープ70でアフガニスタンマーケットっていうアフガニスタンとウズベキスタンの国境沿いにあるアイリートムフリーゾーンっていう
ショッピングモールについての話をしたんですけど、この仏教寺院について話してこなかったなと思っていたので、
改めて仏教寺院の話をします。
まず大枠から話したほうがいいかなと思うんですけど、テレビ図には仏教遺跡っていうのが残ってるんですね。
今はイスラム教の国だから、本当に仏教寺院ってそんなに帰り見られてないというか、手厚い保護っていうのは受けてない状態ではあったんですけど、
紀元前6世紀頃にインドで生まれた仏教というのがあるわけですけど、それはだんだん複製していくんですよね。
今のパキスタンとかアフガニスタンにかけての地域に仏教が伝わっていくと、
当時のクシャーナ町っていう王朝があったんですけど、北インドから中央アジアにかけて一体を支配していたクシャーナ町っていう王朝があって、
そのクシャーナ町の中で仏教が広まっていって、中央アジアに伝わっていくんですけど、それがいわゆるガンダーラっていう場所なんですね。
ガンダーラって仏教が来るよりもずっと前にはアレキサンダー大王が来てるんですよね。
アレキサンダー大王ってのは当然ギリシャから来てるわけですけど、東の方を征服していく中で、インドの手前まで来てるんですよね、アレキサンダー大王って。
そういういわゆるギリシャのヘリニズム文化と仏教文化が融合して、ガンダーラっていう仏教文化が発展していくと、
それがやがて中国に伝わった仏教が日本に入ってくるということで、我々が目にしている仏教にも非常に大きな影響を及ぼしている地域なんですけど、
特に仏像が生まれたのがガンダーラなんですよね。もともと仏教って偶像崇拝しないから、像っていうのがなかったんですけど、
そこで仏教とヘリニズム文化がぶつかることで仏像が生まれて、大乗仏教が発展していって、それが中国に伝わって日本に来るっていうのがすごく大きな大枠の話です。
テレメズの仏教遺跡っていうのも色々あるんですけど、テレメズっていうのはもちろんガンダーラ仏教の影響を受けて栄えたもので、
テレメズはウズベキスタン南部でアフガニスタントの国境の町にあるんですけど、ここを訪れた有名人っていうのもいて、
それが玄奘三蔵、6世紀頃に中国からインドに向かう途中で立ち寄っていて、
当時そのテレメズには10以上の寺院と1000人以上の僧侶がいたっていうような記載を大統祭遺跡にも残していたりしていて、そんな記載なんかも残ってると。
僕これ行く前思っていたことが、テレメズってガンダーラ文明の端っこの町かと思ってたんですよね。
支流じゃなくて、あくまでも支流はパキスタンとかアフガニスタンで、テレメズはその端っこであるって思ってたんですけど、
元々ガンダーラ仏教を見てみたいなと思った時に、最初パキスタンとかアフガニスタンとか行けたらいいなと思ってたけど、
やっぱりこの辺りには治安もあるし国際情勢もあるし、ちょっと行けないなと思ってテレメズを選んだんですね。
そういう消極的な理由から今回行ってきたのがテレメズの仏教寺院なんですよね。
例えば、加藤急増さんが発掘した遺跡に、
カラテパっていう仏教遺跡とかもあるんですね。
カラテパの仏教寺院っていうのが、2世紀前後の遺跡で、
当時、クシャーナ町っていう中央アジアから北インドを支配していたイラン系の王朝っていうのがあるんですけど、
そのクシャーナ町のカシニカ王という方が仏教を保護して、
それが大乗仏教の発展に非常に寄与したというのが、歴史として非常に知られているんですけど、
テルメズも当時はクシャーナ町の中で非常に仏教が栄えまして、
その中の代表的なものにカラテパの仏教寺院っていうのがある。
僕がこれを見てきたところなんですけど、
本当にアフガニスタンとの国境沿いの川沿いにある仏教遺跡で、
その川の向こうにアフガニスタンの領土が見えるっていうような立地にあるところなんですけど、
これが洞窟の寺院ですね。
大きな岩場というか砂岩を削って作られてできている仏教寺院みたいなんですけど、
たくさんの洞窟が空いてるんですよね。
洞窟寺院ですね。
大きな岩場というか砂岩、柔らかい岩と言っていいのかなっていうのを掘ってたくさんの洞窟があって、
そういったところが住居用の僧帽、僧侶用の住居用僧帽になっていたり、
僧侶の方が暮らすところですね、になっていたり。
非常に日本で見る仏教というのは基本的には木造建築の中にあるものだから、
こういう乾燥した大地で岩場とか砂をもとに作られている仏教寺院の施設っていうのは、
すごくあんまり見慣れないものだから非常に興味深いし、
ロマンを感じる場所だったんですね。
その近くにはファイアズテパっていうような仏陶とかもあったり、
あともう少し離れたところにはズルマラっていうような大きな仏陶があったりもして、
そういったところですね、
テルメズの仏教寺院の発掘に非常に大きな貢献をしたのが加藤旧造さんという方になります。
非常に面白く眺めて帰ってきたんですけど、
帰ってからこのテルメズの話、テルメズの仏教寺院の話、いつかしたいなと思ってたけど、
なかなかどういう切り口でしゃべればいいかなということで、
今までできずにいたから、なんだかんだもう4月になっちゃったんですけど、
加藤旧造さんの本を1冊読んだんですね。
それがシルクロードの古代都市っていう2013年の著作物になるんですけど、
このシルクロードの古代都市っていうのは、
アムダリア川沿いにある古代の遺跡について書かれている本になるんですね。
このアムダリア川っていうのを知ることで、
それまで僕がテルメズの仏教っていうのを点で捉えていたのが、
アムダリア川沿いに広がるユーラシア大陸の東西の文明が混合して広がる大きな面として感じられるようになったというところで、
非常にそこが自分の中で大きなカタルシスを感じる部分だったんですけど、
アムダリア川っていうのは中央アジアを複製から南東に斜めにかけて横切っている非常に大きなタイガーで、
中央アジア最大のタイガーになるらしいんですけど、
国でいうとタジキスタン、トルコミニスタン、ウズベキスタン、アフガニスタンを流れていて、
そのテルメズなんかはウズベキスタンとアフガニスタンの国境にもなっているような非常に大きな川があると。
加藤久三さんはこのシルクロードの古代都市で、テルメズについての記述は全くないんですね。
アムダリア川沿いに栄えたかつての古代都市を記載についての記述がいろいろあるんですけど、
まずアムダリア川っていうのはユーラシアの東西を結ぶシルクロードの一つの軸になっていたんだと。
それっていうのは文庫が混合する土地、混ざり合う土地だったということを書いているし、
それはさっき言ったような仏教文化とヘリニズム、それが中国へと伝わっていくようなシルクロードの一般的に知られているような道だけじゃなくて、
古代の遺跡を調査していくと、もともと在地にいた民族ももちろんいたし、
それとヘリニズム文化とやったり、
あとこのゾロアスター教、古代のゾロアスター教なんかもアムダリア川沿いで発展しているようで、
こういったものがいろいろ融合している様子なんかを記述している本になっていて、
これが加藤久三さんの大きな視野というか視点というのをすごく感じて、
ガンダーラの西の端として僕はテレビ図を見ていたんですよね、点としてガンダーラの端っこの方として見ていたんですけど、
大きな面で見るとヨーロッサの文化が混合している遺跡がアムダリア川沿いにはたくさんありますと、
テレビ図もその一つの表彰なんだということを知るとテレビ図の印象がすごく大きく変わって、
その時にそういうことかと自分の中ですごく納得できるものが、腑に落ちるものがあって、
なんかこう旅って面白いなあって、歴史って面白いなあってなってくるんですよね。
さっきちょっと触れたフェルナンブローデルの地中海っていうのも、
自然環境とか地理的環境っていうのをもう一つの歴史として捉える見方、
地球という大きな構造があって、その上に歴史があって、
その中で人のドラマ、一人一人のドラマがあるんだっていうような歴史観っていうのを、
僕はすごく持っているんだなということを改めて感じた今回のテレビ図の旅だったなって思いました。
実際に僕テレビ図のカラテパの遺跡を見て回っていたときに、
この対岸がアフガニスタンだって言ったじゃないですか、
テルメズのカラテパの仏教寺院のアムダレア側の向こう側対岸がアフガニスタンになってるんですけど、
1980年代ってソ連によるアフガニスタン侵攻があった時代なんですね。
その際の軍事拠点がテルメズだったみたいなんですよ。
このカラテパの仏教寺院っていうのもソ連が当時軍事演習場として使っていたみたいで、
だから本当に中央アジアって、さっき言ったようなインドとインド文明、中国文明、
ギリシャ文明を代表とするヨーロッパ文明っていうものだけじゃなくて、
北部のロシアの文明圏も非常に大きな影響を及ぼしていて、
実際アズベキスタンも元々旧ソ連だったから、今でもロシア語っていうのは公用語の一つになってるんですけど、
そのカラテパが当時軍事演習場で使われていたと。
僕は実際にそこで薬莢を見つけたんですよね。
カラシニコフかな。銃ですね。銃の薬莢、弾丸っていうのが落ちていて、
いろんな文明がここで交差していたんだなってことをすごく感じて、
だからあの辺りって中央アジアって呼ぶじゃないですか。
僕は実際には中央ユーラシアだなって思うんですよね。ユーラシアの中央にある中央ユーラシア。
その中央ユーラシアを流れる大動脈がアムダリア川なんだなということで、
こういうことに気がついたというか、こういうことが自分の中にふっと落ちてきたときに旅のカタルシスがあるし、
前回のエピソードで旅の飛距離の話をしたと思うんですけど、これがすごく旅の飛距離が出るなっていう瞬間なんですよね。
そんな感じで、テレメイズの仏教人の話、今までしてこなかったんですけど、
この一つ一つの仏教人について喋ってもしょうがないなっていう思いがあって、
空手パーがどうとかファイアーズテーパーがどうとか言っても、
ポッドキャストで伝えられることって、その細部ってことはなかなか伝えるのは難しいから、
私今、先生AIに聞いた方が早いし、空手パーとかファイアーズテーパーとかテレメイズの仏教人に訪れている方のブログっていうのが結構あるので、
YouTubeでもあったので、興味ある方はぜひ空手パーとかファイアーズテーパーとかズルマラとかね、
ぜひ検索してもらって見ていただければ、写真とか映像付きでたくさんネットに検索すれば出てくるので、
いろいろ見ていただければなと思います。
続いては、ご当地グルメのコーナーです。
せっかくなので、ウズベキスタンの食べ物、グルメを紹介したいなと思っていて、
ウズベキスタン料理で一番有名なのってプロフかなと思うんですね。
プロフっていうのはお米料理ですね。国民食と言われているお米料理がありまして、
プロフと親戚関係にある食べ物ですね。
名前も似てますよね、プロフとプラフということで、名前も似てるんですけど、
一般的には肉と人参と玉ねぎをたっぷりの油で炒めて、最後お米と炊き上げるっていうのが、
ウズベキスタンによくあるプロフなんですね。
これがさっき言ったプラフと親戚関係にあるっていうところが、
シルクロードで枝分かれした兄弟みたいな料理らしいんですよね。
名前も似てるけど、すごくシルクロードを感じる食べ物なんですけど、
このプロフっていうのが特徴なのが、巨大な鍋で一気にまとめて作るっていうのがあって、
数十人分から多いと数百人分とかを巨大な鍋で一気に作って、
注文すると大鍋から寄せてくれるんですよね。
これが国民食のプロフなんですけど、やっぱりウズベキスタンって南北にも長い土地だし、
東西にもすごく大きい広い土地なんで、
こってりかあっさりかとか油の量とか入ってるお肉とか、
地域差もあるし家庭差もあるしお店の差もあるっていうような食べ物になっています。
僕がプロフ食べたのってテルメズなんですよね。
テルメズで入ったローカル店のお店でプロフを食べまして、
そこがやっぱり大鍋で、お店の前で火つけて大鍋でプロフ作っていて、
注文したら店の中に運んでもってきてくれたんですけど、
これがやっぱりすごい多量の油と羊肉がのったガッツリ系のプロフだったんですよね。
これちょっと本当かどうか地味に聞いたんで、
ちょっと創出系で確認はできてないんですけど、
ウズベキスタン南部っていうのは牧畜が盛んで、かつ土地が乾燥してるっていうこともあって、
油がのったりお肉がたくさんのってるガッツリ系のプロフっていうのが主流みたいなんですよね。
本当にお米がかなり油を吸っているプロフになっていて、
ここまで聞くと想像がだいぶつくと思うんですけど、
一口目が信じられないほどうまいんですよね。
油のってるし肉もたくさん入ってるから、確か羊の肉だったと思うんですけど、
ただやっぱり半分ぐらい食べてくるともうちょっと胃もたれも感じてくるし、
明日以降のお腹が壊れるんじゃないかってちょっと心配になっちゃって、
半分ぐらいしか食べれなかったっていうようなプロフだったんですけどね。
ただやっぱりおいしいですよ、一口目。
油がそこまで多くなければ本当に日本人の口にもすごく合うんじゃないかなと思うんですけど、
ぜひウズビキスさん行ったらこのプロフ食べていただいて、
シルクロードを感じてほしいなって。
で、これチャーハンと親戚なのかなと思っていろいろ地味に聞いたり調べたりしたんですけど、
どうもやっぱプロフとピラフとチャーハンっていうのは基本的には別物みたいなんですよね。
プロフとピラフって生米を炊き上げると油とかで炊き上げる料理。
どちらかというと炊き込みご飯に近い食べ物になるみたいで、
例えばチャーハンは炊飯したお米を炒めるわけだから、
これは似ているようで実は全然違う食べ物ということみたいですね。
ただ何となく味のフィンクはチャーハンにも通じるものが僕はあったんじゃないかなと思います。
やっぱりローカルなお店でローカルな味付けで食べるっていうのも一つ醍醐味ではあるんですけど、
僕みたいにお腹に自信がない人はプロフ食べるときは多市圏都とか大きな都市のある程度観光客向けのお店がいいかもしれないなと思います。
でもぜひおいしいんで一度は食べてみてください。
はい、ということで最後になるんですけど、旅の三論を紹介しますね。
改めてテレメズの街の中心部には大きな公園というのがあって、
さらに公園の中心には立派な現代建築というのが建っていて、
それはカルチャーセンターというか文化センターで1000人ぐらいが収容できるような文化施設になっているみたいで、
音楽系のコンサートとかもそこで開かれるのかな、多分宗教関係のイベントなんかもあるんだと思うんですけど、
そういう現代建築の立派な建物が中心にある公園というのがあって、
その公園が宿から近かったっていうのもあってぐるっと回ってきたんですけど、
結構若者が非常に多くて、テレメズ、本当に20代の高校生、大学生ぐらいから20代ぐらいの若者っていうのが、
公園でいたるところにいて、ベンチで男女で会話していたり、男性グループ、女性グループとかでタムロしていたりというような結構大きな公園があって、
さっき言った文化センターの手前に噴水があったんですよね。
ぐるっと回るとそれなりに大きい噴水というのがあったんですけど、さらにその噴水を取り囲むようにパンチングマシーンとかUFOキャッチャーというのが点在していて、
結構これ見るとシュールなんですよね。もう暗がりで街灯とかもなくて、月明かりは明るかったんですけど、
パンチングマシーンの明かりとUFOキャッチャーの明かりだけがあって、そういうので若者たちが結構遅い時間まで溜まって遊んでいて、
そのパンチングマシーンの音なんですよね。女の子がパンチングマシーンの仕切りというかお店の人なのかわからないんだけど、
とにかく野外のパンチングマシーンで女の子が順番みたいなのを取り仕切っていて、
その周りに10代の若い男の子10人ぐらいが取り掛かっていて、順番でパンチングマシーンやってるみたいな。
すごいみんな静かだったんですよね。特に特典出る時とかも誰も声も出さないで順番にパンチングマシーンやっていて、
その雰囲気がすごい良かったなと思って動画撮ったんですけど、
僕も中学生の時とかゲームセンターで友達とパンチングマシーンとかやったなっていう思い出がもちろんあって、
みんなでワーみたいな感じになってしたんですけど、
このテレメジオのパンチングマシーン10人ぐらいいたのに静かにパンチングマシーンやってて、
その雰囲気がすごく良かったなっていうことで、今日この旅のサウンドとして紹介しました。
ということでこんなもんかな。ちょっと伝わったのかどうかっていうところがちょっと熱気になるところではあるんですけど、