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どうも身のない話チャンネルのタカーシーです。
今日は古代ギリシャの哲学者エピクロスについて説明しようかなと思います。
エピクロスは紀元前341年から270年に生まれて生きて死んだ哲学者でありますが、
エピクロスという名前だけだと聞いたことないなという人はいるかと思うんですけども、
実は現代でも使われている言葉につながってくる人です。
それは快楽主義者。快楽主義者というのを英語でエピキュリアンと言いますけども、
このエピキュリアンというのがエピクロスに由来するわけです。
現代の快楽主義者というのは贅沢で感動的な喜びにふける人たちのことを言いますけども、
実際のエピクロスが主張した快楽というのは全然違うものでありました。
それはできるだけ質素に暮らして自分の手に届く範囲での幸せを享受すること、
それを大事なことを楽しむ時間や余裕を作って幸福のためのエネルギーにしようよというのがエピクロスのいう快楽主義でありました。
とても不思議な哲学者で人生のほとんどを当てないで過ごしたんですけども、
エピクロスは庭園のある家を哲学の学園としました。
それをエピクロスの園と言います。
エピクロスの園の中では奴隷や女性という戒に置かれた存在の人たちも平等に取り扱われて哲学を実践していったということはあります。
さて前回のピロンの話、会議主義者ピロンの話で、
死というものって恐怖じゃないのって、それってどうすればいいのっていうところですけども、
エピクロスっていうのは死など全く恐れで必要ないんだって言ったんですね。
それよりもこの世での時間をもっと楽しむこと、人生をより良くするもの、幸福を見つける助けにすることっていうことが哲学なんだっていうふうに考えました。
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なんでそんな風に考えたのかっていうと、私たちは死を経験できないっていうのが理由です。
私たちは死を経験できないとはどういうことか。
まあ身近な人が亡くなってお葬式に行ったりすることで死を経験することはあるでしょう。
それは他者の経験です。
他者の死を経験することによって自分もああそうなるのだなというふうに考えるだけであって、
私自身が死を経験しているわけではありません。
実はこれ、古代のエピクロスが言っただけじゃなくて、20世紀の哲学者ビトゲンシュタインという人も、
論理哲学論考という本の中で、死は人生における出来事ではないと述べているんですね。
出来事とは私たちが経験することだが、私たちが死ねば経験する機会は消滅するので、
死を感じることも経験することもできなくなると言っているんです。
死ってなんで怖いのかっていう話なんですけども、
私たちが自分自身の死を想像する時っていうのは、
大抵死体に起こることを感じられるように思うから怖いんだろうと言われているんですね。
私たちが何であるかを理解していないせいもありますが、
私たちは肉と骨からなる身体に繋がれていて、原始からできているというのがエピクロスの味方です。
原始というとアトムですけども、
現代のアトムとはちょっと考え方が違います。
エピクロスが言うには、死んでアトムがバラバラになれば、
私たちは知覚を持つ個体として存在できなくなる。
後に誰かが注意深く全ての原始を集め、
元通りにして再生した肉体に命を吹き込むことができたとしても、
それはもはや私たち自身ではない。
新しく生き返った身体はもはや自分ではない。
新しい身体に起こる苦痛を感じることもないだろうと。
新しく生き返って一旦機能を止めた身体を蘇らせたとしても、
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同一性の鎖というのが断ち切られる。
また、エピクロスという人はちょっと面白い考え方をしていて、
将来に対して感じることと過去に対して感じることは違うという事実を指摘しています。
私たちは生まれる前というのは存在しなかったわけですね。
そうですよね。生まれる前って存在しなかったですよね。
そのことについて不安を抱くことってないわけです。
じゃあ、なんでこの世に存在しなかったことが不安じゃないなら、
死後この世から存在しなくなることを不安に思うのだろうかと。
私たちの考えは非対称的で、生まれる前のことよりも死んだ後のことを心配する。
しかしエピクロスはそれは間違いだと。
それが理解できれば死後のことも生まれる前のことと同じように思えるはずだと。
そうすれば不安など無くなるよって言ったんですね。
エピクロスはこういう風な考え方をしていて、
エピクロスの墓には自分の哲学がまとめてあります。
私は存在しなかった。
私は存在した。
私は存在しない。
私は気にしない。
こんな風に彫られているんです。
私たちが単に物質からなる肉体的存在で死後罰を受けることがないと信じれば、
エピクロスが論じるように死を恐れる必要はないと納得できるのではないでしょうか。
それでも死に至る過程というのは苦しく避けることはできないと不安に思うかもしれません。
そうですよね。
病気だったり痛みだったり、そういうものは怖いかもしれません。
確かに死について思い悩むのは非合理的だとしても苦しい思いもすることもあるだろうと。
だがエピクロスは良い思い出というのが苦痛を和らげてくれるとも言っているんです。
エピクロスが言っている快楽主義。
要は自分の幸せというものをどれだけ最大化できるか。
自分の生活の中で美味しいものを食べたり、友達と対話したり、
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友達と手紙を交換してその中で温かい思い出を作り上げていく。
そんなことができれば苦痛というのも和らげていくだろうと。
哲学というのは癒しなんだというふうにエピクロスは言ったわけです。
そんな中でエピクロスだけがこういう考えをしたのかというとそうじゃありません。
実はストア派という哲学者、ストア派に存在する哲学者も
不幸に直面した時、いかに強い心を持つかということを教えたことで知られています。
ということで次回はストア派についてお話をしてみたいなと思うわけですが、
なかなか面白い哲学者ですよね、エピクロス。
皆さんもどういうふうに思いなられていたか、
もしこんなふうに感じましたみたいなことがありましたらコメントに残してください。
それでは失礼します。じゃねー。