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2020-12-18 09:20

#12 人生はやりたいことばかりで短い?ストア学派曰く「そりゃ違う!」

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どうも、身のないチャンネル、タカシーです。
今日はストア学派というところについてお話ししてみようかなと思います。
ストア学派と言われてもよくわからないよっていう人も多いと思いますが、ストイックっていう単語は聞いたことあるんじゃないでしょうか。
勤欲的なっていう意味ですけども、厳しくするとか。
そのストイックという言葉の元になった学派がストア学派です。
なぜストア学派というかというと、
当てないの採植された廊柱、柱楼っていうんですか、柱がいっぱい立っているところ、それをストアと呼んだんですけども、
そのストアの前に集まったことからストア学派と呼ばれるようになりました。
初期のストア派、元祖と言われている人がゼノンという人です。
ゼノンという人は一体何を言ったのかなというと、感情というものをより排除すべきだと言っているんです。
どういうことかというと、私たちは自分の感情や思考に対して責任があるというのがストア哲学の中心にあります。
幸運や不幸に対してどう対応するかは私たちの選択ということになります。
中にはもちろん感情ってそんな簡単なものじゃないし、天候のように変わるものだと考える人もいらっしゃいますが、
ストア派の哲学というのは、状況や出来事に対する感情は選択可能だと。
出来事とか状況というのは変えられない。
けども感情はコントロールすることができる。
それもコントロールするだけじゃなくて可能な限り排除すべきなんだというふうに考えたのがストア学派のゼノンです。
よく知られているもう一人のストア学派、後期に入りますけども、エピクトテスという人がいます。
エピクトテスはもともとは奴隷でした。
奴隷のために多くの苦痛に耐え、痛みや飢餓について知っていました。
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ひどく殴られたせいで片足が不自由にもなり、肉体は奴隷になったとしても精神は自由でいられるというふうな言葉を生み出すほど、肉体的にはかなり痛めつけられた。
どう考えるかは自分次第ということをエピクトテスは言ったわけですね。
これは古代ギリシャから始まって、ローマ帝国時代にすごく栄えた哲学の学派です。
二人、代表的な人がいます。キケロとセネカです。
二人とも同じことを言っているというか、同じテーマを持っていて、人生は短く追いや避けられないというテーマを持っています。
老化は自然な変化として受け入れるべきだと、変えられないことは変えようとはせずに、しかし同時にこの世での短い時を最大限に生きるべきだと信じて哲学を行いました。
キケロは死は恐れるものではない。魂というのは永遠に生き続けるので死は恐れるものではない。
年を取るという自然な変化を受け入れ、その死を悲観しなくてもいいと理解する必要がある。
身体や精神を鍛え、友人や会話により多くの時間を費やして精神的な満足感を得るようにする。そういうふうにして人生を過ごすべきではないのかと言っているんです。
そしてセネカという人なんですけども、セネカも人生の短さについて同じようなことを記しています。
人生が長すぎると文句言う人ってあまりいないと思います。
短すぎる、やりたいことがいっぱいあるという方が大多数なのではないでしょうか。
古代ギリシャのヒポクラテスも、人生は短く芸術は長いというふうに言っています。
セネカという人は正しい選択をする、すなわち無駄なことをして浪費しなければ人生の中で多くを成し遂げるのには十分なほど長いんだと考えました。
じゃあなんで短いのかというと、私たちは金銭を追い求めるあまりに多大な労力を費やして他のことをする時間がなかったり、自由になる時間は酒やセックスに溺れたりしている。
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だからこそ、年を取った時に、人生って短いと気がついても遅すぎるとセネカは考えました。
十分に生きれば、年老いた時に過去を恐れる必要がない。
時を無駄に過ごせば、自分がどのような人生を送ってきたかを振り返って考えたいとは思わないだろうというのが二人の考えです。
セネカという人は、多くの人たちはつまらない仕事に没頭する、そして成し遂げられなかったことを認めるのは避けるようにして、集団から距離を置くこと、忙しさにかまけて自分自身から目を背けないことを勧めました。
このように、ストア学派というのは、自分の人生というものに対して非常に厳しい目で接すること、その中で感情というものを背していくことというふうに考えました。
ただ、あまりにも感情を沈めると大事なものが失われたようにも思いませんか。
ストア学派が進める無関心というのは、コントロールできない出来事に直面した時の不満を軽減してくれるのは確かですが、
ただ、その代償に私たちは冷淡で白状になり、人間性を失うかもしれません。平穏を得るためだとしても代価が高すぎるのではないでしょうか。
次回はアウスティヌスという初期キリスト教の人をご紹介しますが、ストア派とは全く異なる、この世の悪を憂慮し、神と人間に対する神の意図を理解したいと絶望した情熱の人、そんな人です。
さて今回も身のない話となってしまいました。皆さんの中でストア学派というものの考え方が紹介されるのでしょうか。
あらはだ疑問ではありますが、近代哲学まで影響を及ぼしたストア学派ですから、セネカとかキケロなどは言わない文庫からも出ていますし、ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。
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それではまた。
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