2024-09-29 15:22

#130 外と内の統合

相棒えんぬは から登場します。 

 

理想と本音

外と内

乖離し過ぎて困ることがあります😅

♪あの子がほしい、あの子じゃわからん

そうだんしましょ、そうしましょ♪

昭和の子どもの遊びのように

トレードすれば良いんじゃ?

またしても“えんぬ”に助けられる“えぬ”でした。

 

#ココハコ

#らせん0929

#らせん9月

#らせん階段日記

#えぬとえんぬ

#外と内

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#トレード

サマリー

エピソードでは、内面的な憧れと外面的な本音の乖離について語られ、多くの人が抱える内弁慶の二面性が取り上げられています。自己認識を深め、内と外の統合を図ることの重要性が強調され、笑いを通じて人生の生き方が探求されています。

笑いと失敗の探求
えぬ
のんばんは、心地よいびっくり箱、ココハコのえぬです。
よく笑う人っているじゃないですか。笑いにもいろいろあるんですけど、
うらやましいなぁと思う反面、どうしても自分にはできへんなぁと思う笑いがあって、
それが、がはは笑い。がははははって笑えるやつです。
笑う対象も、面白いこととか、そういうのではなくて、失敗。
自分の失敗、誰かの失敗であっても、本人も笑ってて、
それを周りも一緒に笑ってあげるっていう、そういうやつなんですけど、
あれができないんですね。抵抗があるんですよ、めちゃくちゃ。
失敗とか、良くないこととか、ハプニング、困ったことに対して笑うっていうのができないんですね。
その辺が自分の欠点というか、弱点、欠点じゃなくて弱点。
笑えないってことは、何かそこにすごいあるんですよね。
ただすごいその分憧れがあるんです。
よく踊るアホに見るアホ、同じアホなら踊らにゃそんそんっていう、あれじゃないですか、泡踊りの。
あれは泡踊りスピリッツですから、別に普段の生活にそれを取り入れるっていうのはね、また違うかもしれないんですけど、
でもあんな感じで、例えば失敗でもね、同じ失敗でも失敗したことは元に戻せないわけで、
それをみんなで力合わせて修復することは変わりない。
でも何かその失敗がバカげてすぎて、おバカすぎて笑える。
じゃあ、同じ戻せない失敗なら、笑っていようか、みたいな。
その方が面白いやん、みたいな感じなのかもしれないんですけど、
あれがね、憧れと嫌悪感が混在しているんですよね。
えぬです。
ヒロシです、みたいな。
できないんですよ、あれが。
そもそもできなくてもいいのかもしれないんですよ。
ただ自分がどっかに憧れを持っているんです。
過去のことでも笑えないんですね。
ガーって思い出すだけでもヒヤッとするとか、
あの時は本当に頑張ってなんとか切り抜けたとか、そっちの方がフォーカスされすぎて笑えないんですよ。
うーん、今日はそういう話なんです。
内弁系と外への憧れ
えぬ
例えば人生ね、急にテーマ重くなりますけど、人生っていつか死ぬじゃないですか。
これみんな平等ですね。
同じ死ぬなら、笑って生きている間は過ごそう。
もしくは、同じ死ぬなら、どうせ死ぬんだから別に無理して笑わなくてもいいじゃないか。
こういう考えがあってもいいと思うんですね。
全然考えて自由だと思うんですよ。
で、どっちを取るかっていうのが選択も自由なんですよね。
どっかで憧れっていうのがあって、憧れと自分の本音っていうのがね、乖離してるんですよ。
そんなことってないですか。
で、この乖離っていうのがですね、生優しい乖離じゃなくて、グランドキャニオン級っていうか、
しかも両方とも結構強く主張してくるんですよね。
同じ人生、終わりが誰にも来る。
まあ早い遅いは別として来るんであれば、その間夢うつつというか、死ねばなかったことになるわけですよね、極端に言うと。
人の記憶には残るかもしれないけど、本人にとってはなかったことになるのであれば、
笑っちゃおうよっていう、何があっても。
笑い泣きになるかもしれないし、笑いながら怒る人みたいになってしまうのかもしれないけれど、とにかく笑っちゃおうよと。
これは憧れです。
でも本音の中には、死んだら亡くなるんだったら別に、笑っておうと、むすっとしておうと、びくびくしておうと、別に全てがそこで終わるんであればいいやんって。
その間、無理して笑うよりは、好きなような感情を自分が選択というか、好きな感情を持って自由に生きたらいいやん、という意見もあるよねって思うんです。
なんか、へりくつなのかな、これは。
何なんでしょう。
でも本当に思うんですね。
へりくつではなく、本当に思っていて。
だけど、じゃあ私はそれを何の迷いもなく選択しますかって言うと、どうかな、どうしようかなってなるところです。
だって憧れは、ガッハッハーって笑い飛ばして生きれる方なんですからね。
どうなんでしょうね。
もうやだ、もう。
やだ、もう。ややこしい。
なんで今日に限ってえぬいないんでしょう。
えんぬ
おるで。ずっと聞いとったで。
えぬ
あ、いた。どうなんやろ、これって。
えんぬ
どうもこうもないよ。
はっきり言って、たぶんえぬは、えんぬから見た時、えっとね、あれだよ。
内弁系っていうか、表では結構理想の自分で言ってるよ。
えぬ
恥ずかしいこと言ってくれたね、今。
えんぬ
うん。自分の口ではよう言わんやろ。だからえぬが言うてあげる。
えぬ
あー、そうか。そう、そうなんです。
内弁系のとこあるんですよ。
で、内弁慶ってことは、内側、だから身内とか親しい人の中では素で200%出しますね。
えんぬ
200%は出しすぎやろ。
えぬ
だって外で、公の場で出されへん分も割増しで出すんよ、内側に。
えんぬ
へー、大変やな、身内とか親しい人。
えぬ
うん、ちょっとそう思うけどね。
それで、嫌悪感と憧れは、内と外に分けられてるんや。
えんぬ
うん、多分そう思う。だって、笑う?深刻にならずに笑うっていうのは結構見知らぬ人たちの中でとか、職場の中でとか、地域とか、やってるよ。
えぬ
そうなんよね。内外があるよね。二面性があるよね、ほんと。
えんぬ
誰でもあるけどね、二面性。
えぬ
じゃあ、憧れっていう時は外。で、本音とか嫌悪感っていう時は内側か。
でね、これを統合したいなって最近すごく思うのよ。
えんぬ
そうやろね、統合のお手伝いしてあげるよ。
えぬ
できるの?どうやってするの、統合。
えんぬ
理想は外に向けてやってます。本音と嫌悪感みたいな本当のドロドロしたものも含めて、それは全部内側でやってます。
これとこれ、外と内をちょっとミックスするというか、いきなりミックスするんじゃなくてちょっとずつちょっとずつ交換したり近づけていくってことやね。
えぬ
交換する。
えんぬ
だから今うちでやってることを外でやる代わりに、外でやってることをちょっとうちに持ってくるっていう。
あれよ、あの子が欲しい、あの子じゃわからん、相談しましょう、そうしましょうっていう遊びがあったやん、昭和の。
えぬ
うん、あったあった。これ聞いてる人わかってくれてるかな。
統合への道
えんぬ
えんちゃんわからんでもどっちでも、そういう遊びがあったやんか、あれとような感じ。
何々と何々を交換しませんかと。うちと外でやるんよ。
えぬ
なるほどね。じゃあ例えば、例えばよ、外では私は楽観的、だからちょっとした失敗、ちょっと困りごとアクシデントがあっても深刻にはならずに、ちょっと余裕を持たせて笑って、何とかなるんちゃうみたいな感じでやってるよね。
えんぬ
そうそうそうそう。
えぬ
じゃあ内側でやってる何かと交換したらいいねんね。
えんぬ
そう、その時にさ、逆のことはダメよ。例えば、内側ではちょっとパニックになったり、ちょっと深刻ぶってるってあるやん。
うん、ある。
それ外に持ってったらあかんで。
えぬ
あー確かにね。じゃあ外側でやっている楽観的なものと内側でやっている悲観論者みたいなものを、これを交換してはいけない。ついのものを交換してはいけないってことやね。
えんぬ
そうそうそうそう。だから関係のないものを持っていくんよ。だって内側にあるものの中でいいものあるはずやから、それを外へ持っていくんよ。
えぬ
え?内側にあるものでいいもの?いいものやったらそもそも内側に隠さずに外に見せびらかしてるような気するけど。
えんぬ
でしょ?そこが違ってて、自分は気がついてないんよ。
それが外に出してもきっといいものであると、良い作用すると気づかずに内側だけでやっているものがあります。
えぬ
えーそれは何?えんぬ。
えんぬ
えんぬはここで言っていいの?
えぬ
言っていいっていうか、ドキドキするけど。えんぬわかってるの?
えんぬ
はい。わかってます。
えぬ
えー何?じゃあ。
えんぬ
一極集中しやすいところです。
まあ、熱しやすく冷めやすいとも言えるけど、とりあえず熱量が半端ないでしょ?そこ。
えぬ
あー確かにね。なんか外では意外とクールな風を装ってるよね。装ってるっていうか、絶対見せないね。
えんぬ
なんで見せへんの?
えぬ
恥ずかしいもん。それって。なんか何かに夢中になるってことが恥ずかしいのよ。
えんぬ
ほらそれ。だから気づいてない。何かに夢中になるって、やっぱり例えば何かに詳しいとか、何かに夢中になっている姿は
面白いっていうか、人間として面白みのある人やなぁとなるわけよ。
えぬ
あーなるほどね。ちょっとバカにされたり、笑われるとかじゃなく、人間としての面白みという風にとれるわけやね。
えんぬ
何かに夢中になっている姿は、人として素敵とまではいかんけど面白いなって
その人の人間性にどこか愛情に近いものを感じるんよ。人間って。よっぽどひねくれてなかったら。
えぬ
なるほどね。あ、だからえぬの外でやっている楽観主義者みたいな。
あれをうちに持っていき、その好感として、うちでしかやっていない一曲集中したり、何かに没頭するみたいな。
そういう精神を、そういうのを好感するってことよね。
えんぬ
そうそう。だから外でもやると。何かに夢中になったり、これ好きやねんとか、すごい好きでとか、すごい興味があって。
っていうのをちゃんと言えるタイミングが来たときは隠さずに言う。
内側では、今までは何かアクシデントが起きたら、なんかズーンって重くなってたのを、
いやいやなんとかなるでしょって言いながら、やることは今までと変わらんわけやから、やってたらいいんよ。
えぬ
あ、そうか。
えんぬ。
えんぬ
何よ。
えぬ
ありがとう。すっごいいい気づきやったわ今の。
えんぬ
やろ。だから最初からえぬを読んどけばいいのに一人でさ、なんかブツブツ喋ってるなと思って。
えぬ
そうだね。グランドキャニオンも、うちの近所の細い川ぐらいになるかな。
えんぬ
まあそうなるのが目標やね。一気にはなれへんかもしれんけど、そうなるのを目標にしてゴールにしてやっていけばいいんじゃない?
えぬ
やるわ。ということで今日は途中からえぬに助っ人に入ってもらいました。
えんぬ
ここまで聞いてくださった皆さん、ありがとうございました。
えぬ
この辺で終わりたいと思います。
えんぬ
心地よいびっくり箱、ココハコのえぬとえんぬでした。
えぬがおらんとあかんのや。
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