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昔の選手って、上達するにはトップレベルの選手を見なさいとよく言われてたんですよね。
それはコーチもおそらく同じだったと思うんですよ。僕は選手時代のコーチが何をしてたかはわからないんですけど、
おそらくトップ選手の映像を何回も何回も見ていく中で、そこから学ぶことや感じたことっていうのを自分のチームに落としてた。
つまり情報を取ろうと思うと、それなりに努力をしないとなかなか良いものが手に入らなかったりとか、
あとはとっておきの情報を手に入れるには、とっておきの人たちが集まる場所に行かないといけないよねっていうことで、
トップ層だけが情報を共有してたとかっていうのが30年ぐらいとか20年ぐらい前の時代だと思うんですよね。
今は比較的トップレベルの選手たちの映像とかが家にいても見れるわけなんですよね。
だから良い情報っていうのは比較的仕入れやすくて、良い動作とかもわかりやすいんですよね。
ただね僕はね、それだけを見ててもなかなか良いものを見つけ出したりとか、
何がダメなのかっていうのに気づくのが難しいんじゃないのかなって、
最近思うんですよね。 思ったきっかけは全然スポーツとは関係なくて、
文章を書くのが上手な人がいるんですよ。とっても上手な文章を書く人がいると。
その人の文章をAIに分析させると、すごく上質な色々な文章を読んでいく中で、
その人が得た知識とか磨かれた感性みたいなのが、その人が醸し出す雰囲気が文章に出てるねっていうのを、
そのAIが分析してたんですね。で、それ見てた時に、これは僕にはないことだけど、
文章にもいろんなその人の言い回しであったりとか、その人が見てきたものが出るんだって。
これはスポーツをしてきて、それで背負ってきたものがある人が醸し出す雰囲気みたいなのが、
文章の中にもあるんだっていうのを僕はその時知ったんですね。
僕なんかは文章を書くのが上手じゃないので、それを上手に書ける人のことをすごいなと思うと同時に、
その人がなぜ文章を書くのが上手になったのかが気になったんで聞いてみたんですよ。
どうやって上手な文章を書けるようになったのっていうのを聞いた時に、
自分が本を読んできた、こんな本を読んできた、あんな本を読んできたっていうのプラス、
たくさんのダサくを見てきたと。それは学校の先生だから、ダサくって言うと言い方悪いけど、
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僕がダサくって言っただけでその人が言ったわけじゃないけど、本当に良いも悪いも含めて様々な文章を見てきたんだっていうね。
その見てきたものから得たことっていうのが、自分の醸し出す文章に出るわけですよ。
それを聞いた時に、例えば綺麗な文章を書こうと思ったら、綺麗なものをたくさん見ないといけないんだろうなって僕は勝手に思ってたんだけども、
違うんかと。それはなんかもちろん良いものもたくさん見てる。すごい大事だけど、それと同時にまだまだ未熟な文章っていうのにたくさん触れて、
それを修正するようなことをたくさんやってきたから、文章を書くのが上手なんだなって思ったんですよ。
当たり前ですよね。これね当たり前なんですよ。スポーツの世界でいけば当たり前なんですよ。
で、コーチとしても当たり前なんですよ。ただなんか隣のね、こう文章っていうのをただ僕はうまく書きたいなってちょっと思った。
なんで書けるんだろうって気楽に思ったけど、やっぱり文章が上手い人はそれだけのことを経験してきてるんだなっていうのをね、すっごい感じたんですね。
で、コーチの勘みたいなものがあるんですよ。まあ刑事の勘みたいな感じで。
なんだこれって思ったことって、大概そこが何かの悪さをしている原因だったりとかするんですよね。
その時は直感ですけど、そっからじーっと見ていったら、ああこれね、じゃあこうしたらいいねってわかる。
その勘が働く過程って、いいものだけを見続けてもなかなか出てくるもんじゃないんですよね。
だからそれは例えば、いわゆる文章が未熟ではなくて、僕の場合はまだ泳いだことない子供とか、
泳ぎ始めたばかりの大人の人も見てるわけですよ。これから上手くなっていく人たちの、もしくは初めて水に触れた人たちの水の中での動きっていうのは、
やっぱりそれは水泳選手の動きとは違いますよね。で、それも僕はたくさん見てきたから、
なんだこれはっていうトップレベルの選手の違和感っていうのは、そういった経験からきた、なんだこれはっていうものに対して
発動しているような気がするんですよね。だから、今っていいものがたくさん世の中に溢れてて、その情報を知って、あれはこうなんだよ、これはこうなんだよっていう人はいっぱいおると思うんやけど、
深い話をしようってなった時に、その多分これはこうだよって言える人っていうのは、その良いものだけじゃなくて、まだまだ未熟なものも莫大な量を処理してきているからこそ働くものだと思うんですね。
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これはね、経験に裏付けされたものだと思うので、動画を見ているだけではそれはできないんですよ。
ただ、今ってほらなんか動画を見てなんか分かった気になって、例えばアドバイスとかもできちゃうわけじゃないですか。
それってでも、なんかその人にとっては良かった成功パターンの動画かもしれないよね。 だけど結局ね、その
みんな絶対に違う人たちなわけなんだから、同じことを言ったって同じようになることはないんですよ。
となると、やっぱりその人流にカスタムしてあげないといけない。それがコーチがやるべきことだったりとか、先生がやるべきことだと思うんですけど、
それをねカスタムできるかどうかっていうのは、僕はまだまだ未熟な技術とか、いわゆるもっと平たく言うわ、下手くそなものをたくさん見ていって、それを良くする過程で
身につくものっていうのが、最終的に違和感という形でトップレベルの選手でも、なんだこれはっていうのに気づきやすくなる一つの重要なポイントじゃないのかなって思ったんですよ。
それはね、自分で喋りながらもそれはそうだろうって思うんですよ。 思うんだけども、自分がコーチだけのエリアで、コーチがどうするかっていうのを考えていくと、こんなに素直にね、この物事を
飲み込むことはできなかったわけですよ。 ただ、文章っていうのは、僕は本が好きで読むんですよ。面白い本が好きでたくさん読みます。
たくさん読むんだけども、でも僕は文章を書くのがそんなに上手くないぞと。で、そうなった時に、なんで僕は上手くないんだって。それはね、
書く量が違うし、未熟なものを見てないっていう、その量がもう圧倒的に違うわけですよ。 だから、やっぱり文章を上手くするにはやっぱそれなりのことはしなきゃいけない。何でもそうなんですけど。
だけど、良いものを見ることはできても、良くないというか、未熟というか、これから伸びしろがたくさんある人たちのものを見るっていうのは、
その分野の専門家じゃないと、なかなか触れることはできないと思うんですよね。 ただ、そこにどれだけ多く触れることができるかで、
例えばコーチだったら、コーチのいわゆるセンスというか、直感であったりとか感性みたいなのが、もしかしたら磨かれていく、いってるんじゃないのかなというふうに思ったんですね。
だから結局は、いろんな情報って無料でも手に入るけど、良いものっていうのは自分が動いて、自分が汗水を垂らしながら、泥にまみれながらでも経験してきたことの中にしかないんじゃないのか。
なってちょっと思ったんですよね。 これはもしかしたら現代のね、いやいや別にいいじゃん、そんな努力なんかしなくてもよ、これ見たらわかるじゃん、みたいなこととは矛盾してるかもしれないけど、そこそこだったら別にそれでいいと思うんですよ。
ただ、日本一、二の選手を例えば僕は出したいと思ってるから、そうなりたいんだとか、あとはこういうことをしたいんだって思った時に、僕にとっては必要なものっていうのが、トップレベルを知るっていうのはもちろんそうなんだけど、
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やっぱり自分が現場から離れてしまうことによって勘が鈍るっていうのはね、こういうことだと思うんですよ。だからやっぱり大人もそうだし、スクールに通ってくれる子どももそうだし、そこもたくさん見ておかないと、やっぱり選手で高みに登るっていうのは難しいんだよなっていうのを改めて僕はね、
文章を書くことが上手い人を見てそれを感じた。だから、違うところだと僕は専門家にはならないから、だからこそ素直に意見を聞けるわけですよ。そういった場があるっていうのは僕にとってもすごく良い環境なんだなというふうに思いましたね。
非常にね、興味深い発見。僕の中では興味深い発見。もしかしたら皆さんの中ではそれは当たり前だろうと思うことかもしれないけど、結局はやっぱり経験をしっかり積んでやっていかないと、直感を、いわゆるセンスみたいなものは磨かれていかないんだなっていうのを感じたので、今日話してみました。それではまた。