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2025-03-14 10:44

過保護の行く末が心配😨

アンチ過保護派からのお知らせ笑

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定期的に訪れる過保護について。過保護の呪い。もうね、過保護はいかん。
でもね、なんでいかんかって言ったら、子供のためにならないからですよ。
で、子供のすべてを親がやってあげるっていうのは、そりゃそういう気持ちはみんな持ってるけど、
でもね、すべてをやることが正解だったら、みんな簡単に正解を出すわけなんですよ。でもそうじゃないんですよ。
迷いながらも、もがきながらも、ここは見守るしかないっていうところは見守ったりすることによって、
子供は自分が思っている範疇以上に成長するっていうシーンを、僕はたくさん見てます。
だから、ある人は例えば、こけないようにするのも大事ですよ。
でも、こけないようにしてても、どっかでまあ、転ぶじゃないですか。2歳ぐらいとかだったら。
転んだら、じゃあどうするか。まあ泣きながらでも立ち上がって、たぶんお母さんの元に走ってくると。
それで、「おお、痛かったね。」って言いながらしていくうちに、また泣きあんで遊び始めるわけじゃないですか。
で、こけないように守りたいっていう気持ちはわかりますよ。でもね、四六時中ついてるわけにはいかないんですよ。
どっかで転ぶんですよ。どっかで転ぶ。で、その時に立ち上がり方を知らん子っていうのは、
周りの子に比べてちょっと厳しいんじゃないのかなと、僕は思ったりするんですね。
あとはね、カホはね、話が通じん。あんまり。言ってることの意味が僕にはさっぱりわかんない。
それは言い過ぎか。
はぁ?って思うことはよくあるよ。
例えばそうだね、最近思ったはぁ?って思ったことは、あるんかいって話ですけど、試合に行きますと。
試合に行った時にね、みんな会場の前に集合して、門が開くまで待ってるんですけども、
そこである保護者がね、「丸々くん、うちの子よろしくね。丸々くん、丸々ちゃん、うちの子泣いてたらこれやってあげて。」とか、
いろいろ言ってる親がいたんですね。僕そういうの絶対にダメだと思うんですよ。
だって丸々くんも丸々ちゃんも、お前んとこの子供を見るために試合に来たわけちゃうでと。
必死に何かを狙っていく世界なんだから、それはちゃんとやらないとあかんよと。
で、「お母さんとちょっと来てください。」と。
あのね、みんな必死に練習して頑張ってきたんですよ。
だから、お宅のお子さんを見るために試合に来たわけじゃないと。
そもそも試合っていうのは、自分でできることを自分でちゃんとできるから出れたわけでしょ?
そこで、本人はできますよ。僕がOKって言ってるんだから、子供はできるんですよ。
でも親御さん、あなたがそれを言ってしまうと子供も甘えるし、周りの子も気を使うんですよ。
だから、この試合はあなたのお子さんのためにあるわけじゃなくて、一人一人が結果を出すためにあるというふうに考えてもらいたいっていう話を優しくね、伝えておきました。
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やっぱりね、なんかその、わがわがで言っちゃうんですよ。過保護は。わがわがで言っちゃうんですよ。
わがわがはわかるけど、それ人に迷惑かけたらいかんよね。
あんまりそれね、小学校では言われないと思う。小学校で言うことはないと思うんで。
だけども、ここはね、みんな一生懸命にやってる場だからね、そっちを優先するのは当然であると。
これが、回数をこなすごとにそういうことはなくなってくるだと思うんですね。
だから、なんでもやっぱ回数はこなさんというか、でも過保護の人でずっと言われてないまま、中学生、高校生の親になってしまうとずっと過保護なままなんですよ。
よう出せんって。
この間ね、それもそうなんだけど、高校生の男の子なんですけど、
うちの子はバスに乗せたことないんで、たぶん乗れないと思いますって言ってて、
いやいや、バスに乗れない人はいませんと。
わからないことあったら聞けばいいんですからと。
いやいや、絶対無理だと思いますって。
いや、絶対無理っていうか、それはやらさないことによってできてないだけだから、
それなんでもやらさんと。
だって、あなたのお子さん以外、みんなそれやりますよと、普通にやってますよと。
だから、できるできないじゃないって、もうやらせろというふうに僕は言ってるんですよって話をして、
分かりましたって言ってね。
子供に聞いたら、全然できる、別にって。
こうしたらいいんだろうみたいな感じで言ってるんですよ。
ほらねって。
だから、親がうちの子なんてそんなことできないよとか、これぐらいしかできないよって思ってるから、
そこまでしか飛ばなくなっちゃうんですよね。
これものすごい弊害ですよ。
で、自分勝手にしなさいっていう親はおらんかもしれんけど、
適度に放置する子って自分で考えるんですよ。
自分で考える答えって、そんなに的確じゃないかもしれん。
小5とか小6とかでも。
妄想とかファンタジーの世界でね。
俺はたぶん中学生になったら日本一になってみたいな。
いいじゃん別にそれでって。
夢を持ってたっていいじゃんって思うんですよ。
小5だとやっぱりそこがね、親が考えるこのラインっていうのを全部子供に押し付けてるから、
子供がね、面白い話をしないんですよ。
なんか夢のあるとか妄想が膨らむとか、そういうのはないんですよ。
もしくは何も考えてないパターンもあるよ。
ぼーっとしてることもあるかもしれない。
これね、じゃあそれ子供大丈夫?って思うわけですよ。
だから、やっぱりちゃんと叱るところは叱らんといかないし、
向き合うところは向き合って、多少ね、辛い思いをしながらも、
見守るところは見守った方がいいよ。
絶対に。
なんかね、もう辛いんですよ、見守るっていうのは。
見守ったことある、経験がある人だったらわかるけど、
子供が苦しんでるのに、自分が手助けせずに見守るっていうのはものすごいしんどいんですよ。
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もうすんごいエネルギーがかかる。
逆に言うと子供がこうやって悩んでる間、親もめっちゃ悩むんですよ。
でもね、家法がどうなるかっていうと、
子供が悩んでることを親が解決して、親が安心しちゃうんですよ。
でも子供ってね、それでじゃあ本当に解決してるのかなっていうのをちょっと考えてみると、
もしかしたら、なんか親の意見を押し付けられてるだけで、
ある日突然ね、子供の自我が何か芽生えるきっかけがあればね、
もうお母さんうるさいんよ、バシーンみたいなね。
どうしたのうちの子ってなるかもしれないけど、そうなるよと僕は思うんですよ。
だから、その子のためにっていう言葉を言ってくる人を信用はできないかもしれないけど、
まあ親だったらね、その子のためにって言わなくてもちゃんとね、
親の子のために頑張るわけじゃないですか。
でももしかしたらそれが、自分のためにやってるかもしれないぞと考えると、
これは子供のためにならんと思うんですよ。
なんか子供が悩んでる姿を私が見るのがしんどいから、もう私がやっとこうとかじゃなくて、
悩んでる時はそれを見守って一緒に苦しんで出した答えが、
結局ね、その子供の時はね、親の言いなりに子供になるけど、
大人になって親のとこに来てくれるかどうかの話にも僕はなると思うんですよね。
もううちのお母さんちょっとうるさいからもう私帰らんって言われるかもしれんよ。
それを考えると多少ね、苦しいなって自分が思っても、
子供と一緒に悩んで苦しんでっていう時間を作ることによって、
悩みがある時に帰ってきて母ちゃんと話をしてくれる関係性が作れるかもしれないじゃないですか。
だからどっちにしろ僕はね、家保護ってどうですかって言ったらね、
いいことなんか一つもないと思ってます。
それはもう確実に子供にとってはそうだし、もう指導者にとってもマジでいいことなんか一つもないよ。
ああそうなんだこっちかって思う、なんか家保護なのかと思って。
その場合僕はでもね、ちゃんと伝えます。
なんか偉そうに言うかもしれんけど、
なんかその選手の親とはどうであるみたいなところをちゃんと話します。
あのね、今こうやってお母さんがやることによってこの子はこれとこれとこれができなくなります。
その間に他の子はそこができるようになってより進んでるんですね。
今は同じスピードで進んでるけどそこってお母さんが手を入れてるからみんなと同じスピードで進んでるんだけど、
一旦それをやめて遅れてもいいから自分の力でちゃんとできるようにして、
追いつくようになってきて初めて他の子と同等のレベルまで来ますよ。
だからそういうことを考える先々を考えると、
今ちゃんと親がこうから離れないとこの子は伸びないですって言うと頑張ってくれますよ。
まあちゃんと言うとね、わかってくれるからね。
だからそれを言うのもね、なんかこっちとしてもまあしんどいわけじゃないですか。
まあそれぞれのご家庭の育て方があるとはいえ、
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だからその育て方とか家庭環境とか方針とかには何も言わないけど、
コーチとして水泳選手がやって欲しいことを親に伝えていくっていうのは、
まあそれぐらいの範疇だったらやってもいいかなと思うので、
まあちょっと口うるさいなと思われるかもしれないけど、まあそれをやってる。
でも家保護は本当にやめた方がいい。
なんか家保護に何かされましたかって言われると、別に何もされてないんだけど、
ちょっと伸びる上でやっぱ気になるポイントになります。
これもしかしたら子供がめっちゃ思い悩んでるときに、
親御さんがこんなことしてしまって、より伸びない面倒くさいことになるかもなって考えると、
それは嫌だから早期に解決したいなと思ったりはしております。
僕もね、たくさんのパターンの子供と親御さんを見てきたから、
だから経験則として、もう会った瞬間だいたいわかるんです。
あ、はいはいはいって、そういう感じねっていうのは。
だからそういった場合にはうまく、
それをちょっとでも修正できるようにね、
話をしていっているという次第でございます。
だから家保護に恨みはないけど、
教義の特性上ね、というかたぶん生きていく上で、
家保護は本当に僕は良くないと思うんで、
自分が苦しむのが嫌な親が家保護にしてるんじゃないのかさえ思う。
これは極端な例かもしれないけど、僕はそう思ってるから、
なるべくね、我が子にはちょっと苦労もさせといた方がいいし、
その苦労を見守るという親の強さっていうのも、
あってもいいんじゃないのかなと思っております。
ということで終わります。
それではまた。
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