1. 現役リフォームプランナーの業界裏話
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2025-01-09 20:45

好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話㉔ #291

違反と免停の負のスパイラルの果てに、ついに交通事故を起こし免許取り消しになった頃の黒歴史を告白します。

今までの履歴書シリーズもぜひ⇩
▽ 『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話㉓』
https://stand.fm/episodes/677e8000508f8e02eb47b922

▽ 『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話㉒』
https://stand.fm/episodes/671e39d0304983a5346ec39d

▽ 『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話㉑』
https://stand.fm/episodes/67150957146c6b6014310a9e

▽ 『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑳』
https://stand.fm/episodes/670a988154a7d413df7147bc

▽『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑲』
https://stand.fm/episodes/66fd4492624ab91c05b27d50

▽『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑱』
https://stand.fm/episodes/66e9b5f1dede9dae16ae1f30

▽『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑰』
https://stand.fm/episodes/668ab3a987ec60962830a0f6

▽『好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑯』
https://stand.fm/episodes/667ddd15c9a2f53c7de2dad1

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サマリー

エピソードでは、リフォームプランナーの寸尺かんなが自身の交通事故体験を基に、過労の影響やブラック企業での働き方を振り返っています。特に、信号を見間違えたことによって発生した事故から、過労やその影響についての警鐘が鳴らされています。また、運転をしないことで得られた仕事の効率向上やストレスの軽減についても語られています。特に、免許停止の期間中に新しい働き方を見つけられたことが強調されています。

寒い日の事故
お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
それはですね、あるとてもとても寒い日でした。
はい、まさに今ですね、この数年前のこの1月の真冬の山道だったんですよね。
これはね、関西の人だったら分かるんですけれど、
川内、長野というね、大阪の南に一応入るんですかね、すごい田舎があるんですけれど、
ここからここの現場を見ていて、そこで現場打ち合わせがあり、
その後ですね、6時には大阪市内に戻って、そこで打ち合わせしなきゃいけないというスケジュールだったんですよね。
現場打ち合わせがなかなかに時間がかかり、川内、長野も大阪なんですけれど、
ここから大阪市内でもね、1時間半ぐらいかかる場所なんですね。
ものすごい焦ってたんですよ。雪が降っていて、すごい寒い日で、
もう夕方になっても暗くなっていて、もうイライラしながらですね、道を急いでたんですよね。
でも時間帯が悪くて、ちょうど5時台とかって道路が渋滞しがちな時間帯ですよね。
雪が降っていて、私が乗っていた車用車、鈴木のアルトなんですけれど、
これのね、フロントガラスがね、半分もうワイパーでわーっとね、雪を払いのけてたんですけれど、
もう追いつかなくてね、ちょっと半分曇ってるような状態だったんですよね。
で、とある信号のところでみんな、車が並んでね、待ってたんですよね、赤信号で。
で、私はね、もうイライライライラしてて、先を急がないと遅れる、遅れる、遅れるって思って、
で、もうパッと信号が青に変わったんですよね。
よし!と思って、アクセルぶんと踏んだら、ドーン!って言ってね、
もう一瞬何が起こったかわからないぐらいの衝撃で、
で、初めてね、エアバッグにバフっとね、もう気がついたら何かこう、あの何でしょうあれはね、浮き輪というか、
風船の中に自分の上半身が半分埋まってる感覚、あれはね、本当にもうね、生まれて初めて経験してびっくりしたんですよね。
だからあれぐらいの衝撃でも、ちゃんとエアバッグって出てくるようになってるんだなってことがね、
初めて体験しましたね。
で、つまり停車してるところからアクセル踏んで前の車に私は追突してしまったんですけれど、
これはつまり何があったかというと、信号は赤から青に変わったんですけれど、前の車は動いてなかったわけですね。
なんですけれども雪で視界が悪く、なおかつフロントガラスが少し曇っていて、
私はもう上しか見てなかったんですよね、信号機しか見てないんで、赤が青に変わったと思って、
もう潔足でアクセルを踏み込んでしまったということだったんですよね。
まあだからよくある事故といえば事故なんですけれど、
まあでもね、あの時速だから停車している状態からガッとアクセルを踏み込んだだけでもね、
実際にはね40キロぐらいは出てたらしいですね。
でもうあの前の車は軽トラックだったんですけれど、
向こうもちょっとぐしゃっとなって、こちらはもうフロントがぐしゃぐしゃでした。
ガラスも割れてましたね。
でまあその状態で、後ろからねクラクションがパーパーパーパーパーパーってもう鳴り響いてて、
渋滞のところでね、この交差点というかね、信号機のところで追突事故が起こったんで、
もう後ろ全部ねもう渋滞のまま止まってるわけですよね。
でも一瞬頭が真っ白で、しかもねこのエアバッグとは言っても、
あのシートベルトですよね。シートベルトをして体固定してるんで、
このね追突の衝撃って結構激しくて、
しばらくねこの肩とか胸のあたりがね、痣になるぐらい痛かったし、痣も残ってましたね。
だから本当に交通事故って怖いんだなぁと思って、
あの例えば高速道路とかですごいスピードで走っていて、
まあね追突したりとかっていうことがあったときはね、
それどれほどの衝撃かと思いますよね。
でまあこの状態で、すぐに誰かが多分警察呼んでくれて、
私だったかな、なんかその辺の記憶もね、ちょっとね呆然としていて、
あのよく覚えてないんですよね。ショックのあまりね。
でとにかく前の人に声かけたことを覚えてます。
大丈夫ですか申し訳ないですって言って、
でとりあえずね後ろ、私の後ろにいた人とかもなんか声かけに来てくれたりとかして、
でまあ警察呼んで、で警察が来るまでこの状態のままですよね。
であのまあ警察来た後がね結構大変で、
事故後の現場検証
でここからねこの寒くて雪が降ってる中で2時間ぐらい現場検証しました。
すっごいアナログなんですよね、こういう警察のあのこういうことってね。
もう全部手書きでスケッチ書いてね、道路のこの服印とか全部書いて、
でどのあたりでねあの車がぶつかって、
であのこのタイヤコンがどういうふうに残ってるかとか全部書き込んでましたね。
なんかこの警察官って書類とかねこういうのをまとめたりするのもすごい時間がかかるんだなぁと思って見てました。
でここから私は結局もうだから車が廃車でもう乗れない状態なので、
社内に連絡して事故起こしちゃったということで電話したら会社の事務の人が保険会社にちゃんと連絡してくれて、
あとはもう任しとけと。だからぶつかった人とはまあお詫びしたりするのはいいけども、
直接事談とかくれぐれもしないようにということでね注意を受けました。
でとりあえず私の足がないわけなので、とにかく近くをね誰かいる営業マンか現場監督に連絡して迎えに行かせるから、
そこでとにかく安全な場所で待機しててくださいって言われて、
警察の現場検証が終わるまでずっと待ってね、で質問には答えてということをずっとやってました。
本当に本当に停車しているところからの追突なのでね、かなりぶつかられた、私がぶつかった方のお相手はね、
ドンと後ろからすごい衝撃で、下手したらムチ打ちになったりとかっていうリスクもあったので、
本当に本当に申し訳ないことをしてしまったんですけれど、今回に限ってはね本当に幸い、
どちらにも、車にはもちろん被害があったんですけれど、
体そのものには何もなかったということでね、本当に運が良かっただけで大丈夫だったんですけれどね、
これがちょっとね私はやはりこれはまずいなと思ってね、ほとんど過労だし、寝不足で下手したらもう徹夜もザラなんですよね。
たまにあの高速のね、パーキングエリアとかありますよね、こういったところはばれにくいんでね、こういったところでみんな仮眠取ったりとか、
ちょっと異常な状態で仕事してたんでね、私も初めてこんな事故を起こして、すごいショックだったし、
なおかつね、私だけじゃなくて、ありとあらゆる社員がね、しょっちゅう事故って、それをちょっとね、また今度あいつだよとかね、
次はあいつがやったかみたいなね、そういうことを笑いながら話してるようなね、そういう社内環境っていうのもね、ちょっと異常だなってことに旗と気づいて、
これがね、ちょっと私がこの会社をそろそろ辞めないと、もう私もいつまでも若いわけじゃないのでね、てかもうその時点でもすでにもう全然若い歳じゃなかったんで、
これはちょっと考えなきゃいけないなっていうきっかけになったんですよね。
で、話をね、運転に戻すと、これで結局私はそれまでも違反を繰り返して、
メンテ期間をね、短縮するためのこの講習を何度も何度も受けちゃあまた違反しっていうのを繰り返してた状態だったわけですよね。
ついにもう120日メンテまで来ていたので、もう後がなくなってた時にこの事故を起こしたんで、もうもちろん一発退場ですよね。
で、完全に免許剥奪というかね、免許停止になりました。
もうだから、しかもこういうことに遭うとすぐにね、免許取りに行ったりできないんですよね。
1年間はもう免許取れませんという状態になるんですよ。
で、これもね、これはちょっと焦りましたね。
というのも、リフォームの仕事ってね、あのそれこそ川内永野とか、その精神中央のね、あの本当に交通の便が悪いようなところとかもガンガン行くし、
で、何よりね、書類や資料や山ほど載せるんですよ。
で、場合によっては建築資材とかもね、自分が調達して現場に運んだりとかっていうこともあるので、
車っていうのはもう必須というか、もう絶対必要なものだというのがあるわけですよね。
で、これ1年間免許がなくて仕事にならないわっていうのでも顔面蒼白でした。
もうこれはね、もう会社に怒られるとかって以前に、私自身の業務がね、これではもう回らないと思ってね、もう真っ青になってたんですけれど、
まあもう泣いても笑ってももうどうしようもない状態なので、まあいろいろ悩んだんですけれど、これね、でも結果から言うと、
車がないっていうかね、車が乗れない状態っていうのがね、こんなに何とかなるもんだとはね、あのこの時はね、思ってもいませんでした。
過労の影響
実はですね、この私がちょうどこのブラック会社に入社した頃っていうのは、私のこの上司ね、すごく優秀な女性で愛さんって言うんですけれど、
愛さんがね、あのクモ真っ赤出血から復帰して、で、まあちょうどバリバリまた、何ていうのかな、以前のように、あの仕事をバリバリやりかけている頃に私が中途で入ったんですよね。
で、彼女は当時まだ30代半ばだったのに、クモ真っ赤出血ね、もちろん過労ですよ、原因はね。で、まあこれで倒れて、えーとね、3ヶ月ぐらい入院してたのかな。
ただ、本当に彼女運が良かったのは、会社で倒れたんですよ。会社のね、会議中に、すごいね、頭が痛くなったらしいんですよね。
あと吐き気が、あまりの頭痛と吐き気でおかしいなと思って、えっと席を立ってトイレ行ったんですよね。
そしたらそこで倒れちゃったんですけれど、いつまで立ってもね、トイレから帰ってこないんで、えっとこの会議に出席していた女性社員が心配してトイレを見に行ったんで助かったんですよね。
で、彼女は会社が倒れているのを見つけて、すぐに救急車で運ばれ、で、クモ真っ赤出血っていうのはね、運が悪ければもちろん助からないし、あと助かったとしても後遺症が残りやすい病気なんですよね。
本当にね、だから3つの可能性があったんですよね。それぞれだから3分の1ずつ可能性があったのに、彼女は本当に運良く後遺症も残らず助かって、今もね、もう何年も経ちますけれど、元気にね、このブラック会社は辞めて、別のちゃんとした会社に勤めて、今もね、バリバリ活躍されています。
だから本当に運が良かったんですけれど、若くしてね、やっぱりね、過労っていうのは本当に命を削ってるんですよね。
ただね、もう今思い出しても、このブラックの、ブラックな勤務っていうのは、ある種のね、魔薬のような、ランナーズハイのような状態になるんですよね。
仕事がね、やりがいもあって、面白みもあって、またこの仲間うちのね、この会社の中での連帯感みたいなものもあったりして、下手にね、こういう会社の中に馴染めたりすると、やりがいもあるし、楽しいしで、無理をしてしまうんですよね。
で、結局、もう自分がどれぐらい限界を超えて仕事してるかっていうことに、全く無自覚なんですよ。
正直今私、この年齢でこれはね、どんなに仕事が楽しくても、先に体がね、悲鳴を上げるんで、もうやりたくてもできないんですよね。
でもね、40代の前半ぐらいまでってね、全然無理が効いちゃうんですよ。
運転のリスクと効率
少々の徹夜だったら全然大丈夫でしたし、ちょこっとね、1時間ぐらい仮眠どっかで取れたら、全然ね、そこから14、5時間ぐらい普通に働けましたからね。
だけど、やっぱりね、こういう運転の不注意とか、そういったところにね、確実に出てくるんですよね。
だから、あの頃のね、この働き方っていうのはね、本当に危険と隣り合わせだったなっていうね、自分自身も危ないし、この自分のせいで誰かを巻き添えにするっていうリスクもあるっていうことで、
なおさらね、これはちょっともうこの働き方はこれ以上無理だなっていうことがあったんですよね。
話を戻すと、結局そういう、過労というかね、このクモマッカ出血の後、お医者さんから運転をね、止められてたんですよね、愛さんがね。
で、私が中途入社で入った後は、私がね、彼女と、これはOJTを兼ねてね、至る所に同行して一緒に仕事を覚えさせてもらったんですけれども、
運転手代わりというところもあって、いろいろな彼女の現場に一緒に車で行ったりとかして、走行しているうちに彼女も、この退院後1年経ったところでまた運転を復活させてたんですよね。
ただね、彼女が言ってたのがね、意外にね、運転しなくていいってね、楽だわって言ってたんですよね。
だから運転手、言っても体力と集中力と使うじゃないですか、これをね、いろんな若い営業のね、男性たちの車に同乗させてもらったりとかうまくしたり、あとは電車とバスとか乗り継いでいくと、
意外にもね、山奥とかでも、日本のね、交通手段っていうのは発達してるんだっていうことに気がついたんですよね、やってみるとね。
で私もこの免許剥奪というか免許停止になった後、もうやむを得ないのでね、1年間の間はね、至る所すべて自力でね、電車とか徒歩とかバス乗り継いだりとか、バスなんて高校生以来乗ったことなかったんですよね。
どっかの旅行中にね、観光バス乗ったりとか別ですよ。こんな普通にあの市バスとかね、そんなの乗らないじゃないですか。
初めて乗ったんですけどね、意外に具合が良くて、で電車もバスもそこでね、スマホでいろんな得意先とかお客様にメールでね、連絡を送ったりとか、
いろいろちょっとした雑務をこなす時間にもなるわけですよ。移動時間がそこでまたちょっとした仕事ができるんですよね。運転っていうのはね、すっごいいろんな意味で時間取られちゃってるんですよ。
確かに便利だし、確かになんていうのかな、そこでなんか音楽聴いたりね、今だったらきっとあの頃はね、スタイフとかもちろんそんな音声配信とかにまだ目覚めてなくて、てかなかったんじゃないですかね。
ラジオとかね、もっぱらそんなの聞いて、音楽とかね、その聞いてるぐらいだったんですけれど、今だったらきっとスタイフとかね、ボイシーとか聞いて、移動時間も楽しんだりはできたでしょうけれど、
この運転中の1時間半とかね、2時間もかけてあっちこっち行ってたのは、全くね、タイパーコスパ最悪なんですよね。ただ運転してるだけなんで、ここで何かこう、ここが仕事を効率的に進めてる時間には絶対なりようがないので、
まあこれもね、だから意外にね、交通機関をちゃんと使ってね、移動するっていいなぁと思ったんですよね。あとその重い資料ね、クロスのサンプル帳とかってめちゃくちゃぶっとくて重たいんですけれど、こんなのもね、工夫次第なんですよね。
お客様のところに先に郵送で送っておくんですよ。それで見ておいてください。で、私は体一つと、あとノートパソコンかスマホでね、いろいろ画面見てもらって、いろいろ資料をそこでね、ちょっとややね、電波状況とかで見にくかったりしてもね、まあもう何とかなるんですよね、結局ね。
だから、車が絶対ないとダメだって思い込みから解放されて、で、まあ1年間ね、この免停状態だったんですけれど、意外にね、快適にやってたんですよね。で、あまりにも快適で、それとね、もう一つ車がないことで運転できないので便利だったのは、ちょっとカンナさん、あのちょっと今時間空いてんだったらあそこ行ってきてよとかね、そういうね、走り仕事を頼まれないで済むっていうね、そういう便利さがあって、
まあそれなかなか良かったんですよね。あまりにも快適で、結局私ね、この免許がない状態のまま、結局はこのブラック企業を辞め、その後岡田社長が会社立ち上げて、そっちに一緒に行くことになるんですけれど、約ね、3年間ぐらいかな、結局免許なしで快適に仕事をこなしてたんですよね。
はい、というわけでね、車が必需品というわけでもない。で、あの運転の時間というのがね、意外に、だからね、これ職人さんはね、もうどうしようもないですよね。道具も絶対運ばなきゃいけないですしね。
車なしで仕事するってことが不可能な職種の人はもちろんいるんですけれど、私のようにね、リフォームの営業とかね、設計ぐらいの立ち位置であれば、逆にね、車から解放された方がはるかにストレスなくね、仕事に逆に効率よく取り組めたっていうところがあったのがね、すごい意外でした。
新たな働き方
もうね、車で移動してるばっかりにね、忙しい、時間がないのに、もうそのパーキングエリアをね、探すのもすごいストレスだったんですよね。
ギリギリの時間にお客様のところに赴くんですけれど、意外にね、最寄りのところにパーキングがないみたいなね、そんなことで焦って、結局でもお客様との時間減少が一番大事なんで、結局変なところに車止めて駐近切られるとかね、そういうバカなことをやりまくってたんで、
でもこれね、もう本当に一部の人からものすごい貧縮を買うような話をしていると思うんですけれど、余裕を持っていけばいいんじゃないの?みたいなね、言われると思うんですけれど、あの頃の仕事量っていうのも言い訳ばっかりですけれど、ちょっと本当に異常だったんですよね。
はい、というわけでね、今日は車にまつわるね、私の話をさせていただきました。私の履歴書シリーズ、もう少し続きます。またお楽しみにお待ちください。ごきげんよう。
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