突然の別れと医師の最期
お聞きの皆様、おはこんばんちは。現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。 6月の末に、この何年ぐらいかな、10年以上もっとですね、
最近ずっと、私の健康上のいろいろ相談をしていた、まち者というか、ある意味ホームドクターみたいな、そういう先生がですね、亡くなられたんですよね。
それも突然だったので、結構ショックで、ちょっとしばらく、時々ふっと思い出すと悲しくなったりしていたんですね。
でもこの先生はですね、90歳で、かなりの年齢なので、亡くなられても別に驚く年齢じゃないんですけれども、ただ非常に健康でしたし、つい先日までね、お元気だったのが、突然亡くなられたんでね、非常にショックだったんですけれど、
先日ちょっと落ち着かれた後、奥様とお話をすると、奥様は先生と同い年で、90歳のご夫婦なんですけれども、先生はもう全然ね、めちゃめちゃ元気で、ただある時、ちょっと亡くなられる3日前ぐらいにちょっと急に具合が悪くなってきて、
口から吐血したらしいんですよ、血を。で、慌てて救急車で病院に搬送されて、その方はお医者さんなんで、自分の親戚とかね、親御さんとか、ご家族の中にもたくさん医者がいるんで、そういう自分の関係者がいる、結構大きな病院に行って検査した結果、
腎臓の腎臓って2つありますけども、その1個が癌だったみたいです。なんですけどね、それまでも全然元気で、全く自覚症状もなく、腎臓だから2つあるうちの1個はすごい綺麗で、1個だけが癌で、で、もしかしたらその腎臓からあちこちに転移もしてたかもしれないんですけれど、
いかんせん年齢が高いんで、わりとずっと元気だったみたいですね。で、吐血して病院行ったら、そのまま全く頭もしっかりしたまま、
私の人生はいい人生やったわ、とか言って、もしかしたら自分が助からないっていうことも自覚あったと思うんですけども、終始明るく、ギリギリまで元気いっぱいで、今日は特に何もなさそうだから帰れとか言って、奥さんをもう病院から帰っていいよって言って追い出したりするぐらい元気で、
だけどもその夜中に、腰体が急変して駆けつけたら、しばらくして亡くなったっていう、そういう最後だったみたいなんですけども、腎臓っていうのはあんまり痛みとかね、そういうのが出ないみたいですね。
先生がご高齢だったせいもあるかもしれませんし、ちょっとわかんないんですけども、でも全然最後まで頭もものすごいしっかりしてて、私もいつも行ったら、もうあれだけ砂糖はやめろと言うとるやろうみたいな、いつも厳しいこと言ってくれる人で、元気いっぱいで、
全くボケるどころか、ずっといつも日本の今のこういう食生活とか、そういったものが乱れとるみたいな、そういう熱い思いみたいなのをずっと持ち続けて、最後そうやってギリギリまで元気で、割とスッと亡くなられたという最後だったようなんですよね。
なので、私はね知らずに、またいつものように先生の顔を見に行こうと思ったら、いやもう主人が6月の30日に亡くなったんですよって言われて、もうボロ泣きしちゃったんですけども、だから高齢なんでね、何があるかわからないと思いながら、いつも思っては心のどこかに思いながらも、
でもね、ずっとこのまま90、8とか100まで生きてほしいなぁなんて思ってたんですけどもね、ぽっくり亡くなられたらしいですね。
とはいっても全然苦しまずに、90まで元気で全く頭もしっかりしたまま亡くなったんで、先生はすごくいろいろ健康の体の管理の仕方とかいろいろ私よく指導してもらってたんですけども、
先生のまさに理想の人生というか、ピンシャンコロリって言うんでしたかね、ずっと最後まで元気で、ちゃんと仕事もしてたんですよ。
だからすごい良い人生で、ほとんど苦しまずに、ピンシャンコロリでいい感じで亡くなられたんだとしたら、それはね、先生が目指されてた通りの最後だったのかなと思うんですけどね。
ただ、身内の中でそういう別れがあるのも非常に辛いんですけども、こういうちょっと離れた他人が亡くなるっていうのは本当に切ないんですよね。
自分が行きつけのお店、行きつけのこういう待ち医者とかね、あといつも言ってる、とにかく自分が月に1回とか年に数回行く相手とかね、そういう定期的に会ってる人がもういなくなるっていうのはね、本当に切ないですよね。
もう一つ辛いのがね、私の場合はたまたまいつもの通り先生のクリニックに行ったら、たまたま奥さんがその時いらっしゃって、もううち廃業しましたよって言って、それで実は亡くなったんだっていうことを聞かされて、だからそれ行かなければわからなかったんですよね。
あれだけみんなから慕われている、長くそこで開業されてた方なのに、張り紙一つしてなくて、例えばもうこの何月何日で廃業しましたとか、主治医がもう亡くなったんで、もういろいろ長い間お世話になりましたとかね、せめて張り紙するとか、
私みたいに定期的に行ってた人間には何かアナウンスとかないのかなと思ってね。そうするとこれはもう、もともと生前の主人の考えもあるし、うちの子供たちももう誰にも知らせずに、ただサクッと終わらせましょうと。
お墓もなし、もちろん葬式もなし、もう身内だけで見送るという、そういう主義で、死んだら終わりっていうね、そういう考え方で、だから誰にもアナウンスなしなんで、あなたは逆に来てくれたから、お知らせできてよかったわって言って、よかったら拝んでいってちょうだいって言って、
そこにただ家族のために祀られている先生の写真とね、お骨もなくて、お骨はなんて言うんでしたっけね、共同墓地じゃなくて、何かそういうお骨を納める場所があるんですよね、最近ね。
そこにもう入れちゃってるんで、お骨もなくて、先生の写真が飾られているところに、とりあえずお線香だけね、お別れはね、自分の気持ちだけお別れしてきたんですけどもね、今ってこういうふうにだから、私がこれもし何ヶ月も来なかったりしたら、知らない間に先生いなくなってて、ある時行ったらクリニックがシャッター閉まってて、
何だったら奥様もね、もうね、お一人になったら、誰かお子様の家にね、引っ越しされたりとかしたら、気がついたらいなくなってるみたいになるわけですよね。だからそういう何て言うかな観光相殺っていうか、そういったことをね、なるべく簡素にしていくっていう今の考え方は、
身内としてはね、すごく楽だし、でも私自身も特に信仰がないですし、死ねばもうそれで終わりっていうふうに私も思ってるんですけど、とは言ってもね、なんかそのいろいろ日頃お世話になったり、そういう何て言うかな、しょっちゅうしょっちゅう会う間柄じゃない。家族じゃない。
とは言っても定期的に会ってる。こういう距離感の知人とかね、こういう関係の人たちがどうやってそういう個人を偲んだりね、亡くなったことすらももしかしてわからないかもしれない。気がついたら、ある時行ったらもうそのクリニックが閉まってて、何にもアナウンスがないんで、もうおそらく年齢から言ったらお亡くなりになったんだなということを推測するしかなくて、
何にもお別れができないっていうのって本当に切ないなと思いましたね。なんかいろいろ考えさせられますね。
幼少期の死への恐怖とトラウマ
こうしてちょっと思い出してみると、死ぬというね、死の概念がある時から理解できるようになるじゃないですか、子どももね。その死の概念が理解できた瞬間からすごく恐れてたんですね、私は死というものを。
いくつぐらいだったのかな?たぶんね、小学校の2、3年生とかそれぐらいだったかなと思うんですけども、死ぬっていうことは、将来、みんな人は死に向かって、最後死ぬんだっていうことをね、理解した時にものすごく恐怖に駆られて、ということは今、何で生きてるんだろうっていう。
結末が最後終わるってことわかってるのに、何のために生きてるんだろうってことをね、子どもなりにね、すごいなぜか考えたんですよね。
おそらくね、そういう経験された人ってたくさんいらっしゃると思うんですけどもね、子どもなりにある時、生命には終わりがあるってことを知った時にね、やっぱすごいね、ジレンマに駆られると思うんですよね。
でも、すごい恐怖、ものすごく怖くなっちゃって、どうしていいかわからなくなったんですよね。
それは、自分自身がその生きてるっていうことに対して意味があるのかっていう、実存主義的なね、その何かこう、問いかけみたいなものをすごい思ったりしたのと同時に、
私がね、最も怖かったのは、自分が愛している人とかね、その当時私ね、ペット飼ってもらってなかったんですけども、
でも、かわいがっている、赤セインコだけは飼ってもらっててね、赤セインコがやっぱり割とあっさりとなくなったりしますね、すごくもろくてね、鳥って。
それとかも、死んじゃったっていうね、あとはかわいがってた金魚とかね、そういうのも、生き物にはみんな生命があって終わりがあるっていうのを、なんか子ども心にわかった時に、
で、私がその当時、おじいちゃんとおばあちゃんと母とおばと5人で暮らしてたんですけれども、ある時おじいちゃんにね、聞いたんですよね。
人ってみんな死ぬの?って言ったら、そうだよと。うん、みんな生きるものはすべて、最後はみんな死ぬんだよっていうこと言われて、
それってね、怖くないの?って言ったら、怖いことあるかいなと言うわけですね、おじいちゃんはね。そんなもうみんな生まれてくるのと同じように死んでいくと、これはもうその生命の摂理なんだと。
何にも恐れることじゃないよと言われたんですね。で、これは年をとって死んでいくものなの?と。徐々に徐々に死というものに、私たちは死に向かって生きているのかみたいなことを子どもなりに何か拙いあれで聞いたと思うんですよね。
そうだよと。で、まあ順番からいけば、私がこの家族の中で一番年上だから、私が先に死ぬやろうなと。で、次におばあちゃんがとかって言ってましたけど、実は順番逆だったんですね。
おばあちゃんの方が先に死んで、おじいちゃんめっちゃ長生きしたんですけども、まあでもそんなこと言ってました。だからまあ普通でいけば、年をとって死んでいくんだと。
でもそうじゃない場合もあると。病気で死んだり、いろんなことで生命があるものは最後は死ぬんだけど、それは恐れることじゃなくて、それが摂理なんだと。生命の摂理なんだっていうことをね、教えられましたね。
ところがね、そのおじいちゃんとのその対話の後、その自分のその実存っていうものに対する恐怖以上にですね、いずれおじいちゃん死んじゃうのとか、おばあちゃん死んじゃうんだっていうね、それがねもうすごい辛くて、
大事な自分のね、家族、おじいちゃん、おばあちゃんが死んじゃうんだっていう、いずれ、いつか別れが来ちゃうんだっていうね、その強烈な恐怖があって、私はとにかく自分で言うのもなんですけど、すごい多感な子供だったんで、もうトラウマになっちゃって。
うちの母親に言わせるとね、本当に扱いが難しかったらしくて、私は子供の頃から映画さえ行けばね、とにかくじっと2時間、真剣に映画に没入する子供だったんで、とにかくね、母は時間があれば私をよく映画に連れてってくれたんですよね。
で、その間、私に映画見させてる間は、横で母は多分爆睡してたんですけどもね、疲れ果ててね、その間だけは私がおとなしくしてくれてるんで、映画によく行ってくれたんですけど、何度かね、ギャン泣きされて、もうああ、こんな映画にカンナを連れて行くべきじゃなかったっていうことが何度かあって、それが例えばバンビーとかね、ディズニーのバンビー。
あと、まあそういうね、ハリーとトントって映画があるんですよ。もう今となっては名作映画の一つと言われている映画なんですけどね、ポール・マザースキー監督のハリーとトントはね、おじいさんがかわいがっている猫と一緒に奥さんが死んだ後、いろいろゆかりのある人たちを訪ねて、アメリカをね、いろんな都市をね、横断していくっていうロードムービーだったんですけども、
途中でね、このかわいがっている猫が死んじゃうんですよね。で、最後おじいさんが一人になったのが、つらくてつらくて、もう耐えられなくて、これも今でもトラウマで見れないんですよ。
ハリーとトントをね、ベストムービーに上げる映画ファンって結構たくさんいらっしゃるんですよね。でも私はいい映画かもしれないけども、おじいさんがかわいがってた奥さんがいなくなった後ね、猫と寄り添って生きてたのに、その猫が死んじゃったっていう、それでも耐えられなくて、もうつらくて見れないんですよね。
で、バンビも同じく、お母さんが両銃で撃たれて殺されちゃうんですよね。いやーちょっとつらいですよね、それね。だから、自分自身が死ぬっていうこと以上に、自分が慕っている相手がこの世からいなくなるっていうことがね、どうにもこうにも受け入れられないっていうか、別れても二度とその人に会えなくなるっていうことがね、
やっぱりすごく恐ろしいんですよね。なんかそういうのありますね。今日ちょっとすごくシメっぽい話をしてるんですけども。
生き残る者の重みとドラマの紹介
死というものがね、自分自身の存在がなくなるっていうことだけじゃなくてね、その周りの人がね、昨日まで当たり前のように存在してた人があるときふっといなくなるっていうね、
このことを受け入れていくっていうことも、またこの生き残っていく人間にとって課せられた大きな重しみたいなものですよね。
生き続けるっていうことは、こういう悲しみをたくさん味わっていくっていうことですよね。生存していくっていうことはね。
だからなるべく自分が大事に思っている人は、どうせいつでも会えるというふうに思わずにね、なるべくしょっちゅう顔見るとか、少なくとも遠方に住んでる人だったら連絡入れて元気にしてるのかとかね、そういうことをしたりして、
今こうやって共に生きられている、一緒にいられるこの時間というものをね、とても愛おしいものだというふうに思いたいなと思いますよね。
と思ったりね、なんか実は先生が亡くなったことを知って、なんかちょっとずっとね、うじうじしてたんですよね。サッカーとか。サッカーのおかげでね、ちょっと紛れてたんですけどもね。
なんか今日はちょっとグリーフっていうかね、そんなお話をね、させていただきました。
今、自分がつながっている家族はもちろんですけども、友達も、友達よりもさらに遠い関係でもね、そういう自分が好きだと、大切だと思っている人たちと、今こうして同じ時間というか、同じ時代をね、一緒に生きていられるっていうことに感謝というか、
それを大切に思いながらね、残りの人生を送っていこうかなと思ったりしました。
そういえばね、あのちょっとね、しんみりした話で、最後ちょっともうちょっと明るい話にしたいんですけれども、今ドラマでね、TBSのドラマですごいTシャツが乾くまでっていうドラマやってるんですよ。
私はこんなのをね、リアルタイムで見ること滅多にないんですけども、あまりにもね、ネット界隈で評判がいいんで、ちょっと見てみようかなと思ってみたら、めっちゃくちゃ面白くて、これが。
これ見てる方もすでにたくさんいらっしゃるかもしれないんですけども、もし見てない人はね、今毎週金曜日にやってるんですけども、Tバーとかね、いろんな配信とかでも見る方法あると思うんですよ。
私はね、後からなんか、私がフォローしているツイッター界隈のね、インフルエンサーとかのコメントとかで、めっちゃこのドラマが面白いっていう評判を聞いて、一気に今3話まで、今まだ3話までしかやってないんですよ。
非常にミステリアスな内容でね。でも今日私がお話ししたような、やはりね、この死と別れということも確実にテーマの中に入ってるんですよ。さらにそれだけじゃなくて、もっと夫婦とか家族とか、そういうね、ちょっとミステリアスなんです。
サスペンスでもホラーでももちろんないんですけれど、ただね、何が起こってるのか、なんかちょっとしか見せないで、全体像がわからないままじわじわと進んでいくというタイプのドラマで。
主演は青井優、それから私が結構好きな松山健一と中島歩夢。中島歩夢はね、来ましたね。私ね、実はまたちょっと自慢なんですけども、この人絶対来るわって結構ね、前から注目してたんです。この人ね。
まずね、顔がいい。顔がいいっていうのは、ただかっこいいっていうだけじゃなくて、顔がね、すごい古臭い顔なんです。この人ね。明治時代とか、芥川龍之介とかね、それ系の文学青年みたいな顔で、昔のね、俳優座ってあってね、戦後にできた左翼系の演劇集団なんですけどもね、
こういうところにいた俳優さんみたいな、ちょっと古風なイケメンなんですよね。で、私がね、この中島歩夢を初めて見たのが、花子と庵っていうね、あの私、朝ドラって、NHKの朝ドラってそんなに、たまに何年かに1回ぐらいたまたま見出すと止められなくなるんで、でね、たまたま見た花子と庵っていうのが、これにね、出てたんですよ。
花子と庵自体はね、途中までめっちゃ面白くて、でね、後半からちょっとね、あの、ちょっとだんだん面白くなくなっていったんですけども、これはあの、赤毛の庵っていうね、私があんまり好きじゃない少女小説っていうのかな、なんかあって、誰でもご存知ですよね。
で、これをね、初めて日本で翻訳して、日本でもベストセラーにした、えっと誰だっけ、えーと、翻訳家の村岡花子の繁盛を描いているんですよね。この村岡花子の役は吉田家ゆり子がやってて、で、えっとね、この時に準主役で、この村岡花子の親友役として、白蓮っていうね、あのすごい美しい貴族の御礼状で、
で、彼女自身も文筆家になった、あの実在の女性がいて、それをね、仲間行き絵が美しく演じていたんですよ。正直言ってね、だからこの主人公よりもこの仲間行き絵がね、めっちゃ良かったんですね、このドラマね。
で、あとね、もう一人大スターが出てて、今は、その時はまだそんなブレイクする前だったんですけど、仲間行き絵じゃなくて、あの吉田家ゆり子をフンする主人公の、まああの夫というかね、の相手役が、あの彼の鈴木良平なんですよ。
私このドラマで鈴木良平も、うわーこの人絶対、絶対かっこいい、絶対有名になるはずと思ったら、本当にそのまま大スターになったんですよね。
で、同じく、この先ほど言った仲間行き絵を演じる白蓮の、そう白蓮はね、だからお嬢様なんで、大金持ちの実業家の年上の男と、それをね、これ誰がやったんだっけ、吉田幸太郎だったかな、と結婚してるんですけれども、
まあこれは完全に戦略結婚なので、仲間行き絵はこれに満足できなくて、途中からですね、左翼学生ね、あの帝国大学のね、あの左翼学生、社会運動をやってるようなね、学生と小田家になって駆け落ちするっていう情熱的な、実話だったと思うんですけどね。
で、あの駆け落ちするんですけど、そのね、あの帝国大学の学生役がこの中島亜佑美さんだったんですよ。めっちゃかっこいいわと思って。で、まさにこのドラマも、ドラマというか実際のこの時代背景が明治大正、昭和期の話なんでね。
で、そこでの帝大正の役がね、中島亜佑美さんぴったりで、かっこいいと思ったんですよ。ちょっとね、レトロイケメンなんですよね。で、この人が今来てますね。で、この人が主演なんです。この話が常に長くなるんですいません。
で、あのTシャツが乾くまでっていうドラマで、青井優と中島亜佑美と松山健一が主演なんですけれども、非常にミステリアスなドラマで。で、やっぱり死と別れっていうものもテーマの一部として入っているドラマでね。よかったら見てみてください。
はい、というわけでね、いろいろグリーフっていうかね、悲しみっていうか、この別れとかそういったものをね、受け入れていきながら、私たちは生きていくしかないわけなんですよね。ということを考えさせられるドラマおよび、ちょっとここ直近でね、起こった出来事から、ちょっとそんなお話をさせていただきました。はい、それではごきげんよう。